嫌われ松子の一生/中島哲也監督
僕は世間に疎いので、原作が漫画だとか、テレビドラマ版があったのだということはこの映画を観てから知った。最近観た映画ではダントツに傑作だと思ったのだが、このお話をすると僕の話を聞くそばから皆さんなんとなく遠い目をしているようにも感じる。映画以外ではどのような評価だというのだろう。
漫画を読んだというSダッチ君の話では、限りなく選択ミスをする話だということで、そういう意味では確かに原作通りなのだろう。(だからといって映画を観たいという感じではなかったな。実際改めて観ないのではないか)
テレビでは松子役が内山理名という人らしいが、それだと映画とはかなり違うものなのだろうなとは予想できる。多少僕の偏見があるが、内山という人は実際に男にモテそうだが、女には好かれる感じではない。一方映画の中谷美紀は、(僕はかなり好きな女優さんだけど)男にはあまり好かれないが女には理解が得られそうな感じのする人である。そして、映画の松子は、ぜんぜん共感が得られない人物だが、女の人にはあるいは分かる話なのかもしれない。(と、思う)
まあ、そういう不確定な比較をしても何も始まらないが、これだけ悲惨な話でカタルシスを感じる作風になったということだけでもかなり奇跡的なことのように思える。はっきりいってかなり面白くて、感心もし、感動してしまった。僕が映画を観てそういう気分になることは非常にまれなので傑作と勘違いしているのかもしれないが、これだけ心動かされる日本映画は久しぶりである。僕は「下妻物語」も傑作だと思ったので、中島監督という人が凄い人なのかもしれない。
先にも少し触れたように、僕は松子にはこれっぽっちも共感がもてない。まあ、平たく言うとただのバカなので、共感する人は恐らくないとは思うのだが、誇張はあるにせよ、確かに世間にはこのような女の人がいるような気がする。普段はそういう事実にものすごく恐ろしさを感じて生きてきたけれど、松子を観てから多少考えというかイメージが変わった。これは前向きな生き方なのであって、不幸な生き方ではないということなのだろう。境遇は限りなく不幸のようにも思えるが、また、あえてそういう世界に自ら飛び込んでいくようにも思えるが、少なくとも恋愛をしているときは松子の人生は不幸なのではないのかもしれない。松子が人生が終わったと感じているのは、ちゃんと生きていない時だ。彼女が間違って(いるように見える)選択していることは、見ている僕らには不思議でこっけいだけれど、松子にとっては必然なのだろう。ぜんぜん参考にさえならない人生だが、人の心を強く打つ何かがある。松子のような生き方ができないだけではなく、幸福から見放されているのは実は観ている僕らではないのか。
僕は松子はバカだと思うが、尊敬はできる。いや、尊敬させてくださいという気分だ。彼女のおかげで、僕は元気になった。だからといって信じられないものは無理には信じない人生に変わりはないけれど、松子のような人が怖いとは思わなくなる可能性がある。バカなことだって精一杯やったらいい。それはちっとも不幸なことなんかじゃないんだからという答えが分かったような、分からないような、まあ、どうでもいいかな。
ともあれ、この映画はやっぱり傑作なのであった。
僕は世間に疎いので、原作が漫画だとか、テレビドラマ版があったのだということはこの映画を観てから知った。最近観た映画ではダントツに傑作だと思ったのだが、このお話をすると僕の話を聞くそばから皆さんなんとなく遠い目をしているようにも感じる。映画以外ではどのような評価だというのだろう。
漫画を読んだというSダッチ君の話では、限りなく選択ミスをする話だということで、そういう意味では確かに原作通りなのだろう。(だからといって映画を観たいという感じではなかったな。実際改めて観ないのではないか)
テレビでは松子役が内山理名という人らしいが、それだと映画とはかなり違うものなのだろうなとは予想できる。多少僕の偏見があるが、内山という人は実際に男にモテそうだが、女には好かれる感じではない。一方映画の中谷美紀は、(僕はかなり好きな女優さんだけど)男にはあまり好かれないが女には理解が得られそうな感じのする人である。そして、映画の松子は、ぜんぜん共感が得られない人物だが、女の人にはあるいは分かる話なのかもしれない。(と、思う)
まあ、そういう不確定な比較をしても何も始まらないが、これだけ悲惨な話でカタルシスを感じる作風になったということだけでもかなり奇跡的なことのように思える。はっきりいってかなり面白くて、感心もし、感動してしまった。僕が映画を観てそういう気分になることは非常にまれなので傑作と勘違いしているのかもしれないが、これだけ心動かされる日本映画は久しぶりである。僕は「下妻物語」も傑作だと思ったので、中島監督という人が凄い人なのかもしれない。
先にも少し触れたように、僕は松子にはこれっぽっちも共感がもてない。まあ、平たく言うとただのバカなので、共感する人は恐らくないとは思うのだが、誇張はあるにせよ、確かに世間にはこのような女の人がいるような気がする。普段はそういう事実にものすごく恐ろしさを感じて生きてきたけれど、松子を観てから多少考えというかイメージが変わった。これは前向きな生き方なのであって、不幸な生き方ではないということなのだろう。境遇は限りなく不幸のようにも思えるが、また、あえてそういう世界に自ら飛び込んでいくようにも思えるが、少なくとも恋愛をしているときは松子の人生は不幸なのではないのかもしれない。松子が人生が終わったと感じているのは、ちゃんと生きていない時だ。彼女が間違って(いるように見える)選択していることは、見ている僕らには不思議でこっけいだけれど、松子にとっては必然なのだろう。ぜんぜん参考にさえならない人生だが、人の心を強く打つ何かがある。松子のような生き方ができないだけではなく、幸福から見放されているのは実は観ている僕らではないのか。
僕は松子はバカだと思うが、尊敬はできる。いや、尊敬させてくださいという気分だ。彼女のおかげで、僕は元気になった。だからといって信じられないものは無理には信じない人生に変わりはないけれど、松子のような人が怖いとは思わなくなる可能性がある。バカなことだって精一杯やったらいい。それはちっとも不幸なことなんかじゃないんだからという答えが分かったような、分からないような、まあ、どうでもいいかな。
ともあれ、この映画はやっぱり傑作なのであった。