風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「沙林 偽りの王国」上下

2023-10-14 | 読書


東大文学部を出たのちに、TBS勤務を経て九州大医学部へ・・・
医師と作家というとんでもないキャリアを持つ著者の作品は
閉鎖病棟、受精、エンブリオ、千日紅の恋人、インターセックス、
蝿の帝国〜軍医たちの黙示録と読んできた。
綿密な下調べとエビデンス、精神科医らしい心理描写など
どの作品も読み応えがある。
しかもテーマがほぼ社会性を帯びて重い。
一瞬ノンフィクションかと思えるようなリアリティもある。
これらは決してエンタメとして読んではいけないと思う。

さて本作。
これまたリアルにいたと思われる医師の視点から
オウム真理教事件の全貌を、特にサリン事件を軸に描く。
科学的な分析は、残念ながら文系頭には理解が難しかったけれど
戦争で毒ガスを使われた歴史は興味深く読んだ。
また松本サリン事件から地下鉄サリン事件に至る警察の失態も
縦割り組織の弊害と看破して追及している。
(解説を書いているのがそのトップだった国松元警察庁長官)
当時テレビや新聞、雑誌記事などで断片的に知った事実が
医師と警察、マスコミとのやり取りの裏側まで克明に書かれており
30年近く経ってから総括してもらった感じ。

もちろんこんな事件は2度と起こしてはいけないのだが
果たして教訓になっているのだろうかという疑問が湧いてきた。
特に下に引用した一節を読んだりすると。

「眠ろうとして床に就いたとき
 『宗教が倫理観を黒塗りにする』という命題に再び行きつく。
 第一次世界大戦で、フリッツ・ハーパーのような科学者たちが、
 専門知識を生かして毒ガスを製造したとき、
 彼らの頭を占めていたのは『国家』だろう。
 お国のため、母国の勝利のための毒ガス製造だったはずだ。
 そのとき、人を大量に殺傷していいのかという倫理観は、
 もうどこかに吹き飛んでいたはずだ」

「『週刊読売』は、
 こんな後手後手に回ってあたふたしている事態に対して、
 元東京地検特捜部長の河上和雄氏の談話を載せていた。
 河上氏は、オウム関連事件の一番の責任は政治家にあると断言し
 これまでどうして教組や教団幹部を
 国会で証人喚問しなかったのかと批判する。
 例えば証人喚問で、毒ガスを撒いたのは米軍だと言えば、
 それだけで偽証罪で告発できたはずだと悔しがる。
 それを政治家がしないのは、
 選挙の際に宗教団体のお世話にならなければならないからだ。
 宗教団体の票は手堅い」

特に後者の文章は
オウム事件が本当に総括されたのかと疑問に思わざるを得ない。
何も教訓になっていないのではないか?

「沙林 偽りの王国」上下 帚木蓬生:著 新潮文庫
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ズマグニ | トップ | セルフチェック »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書」カテゴリの最新記事