馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

疝痛開腹手術馬のその後 元の生活

2013-07-05 | 学問

最近はかえって聞かれることは減ったが、

「腹切ったりして、元の生活に戻れるの?」

というのは疝痛で開腹手術を考えるときの悩みだろう。

実際には、開腹手術してみないとわからない。というのは、腸のどこがどうなって疝痛を起こしているのかわからないことが多いからだ。

疝痛の開腹手術はたいてい探査的開腹手術 exploratory celiotomy だ。

そして、結腸の問題なのか、小腸の問題なのか、馬の年齢は?、これらによって疝痛の開腹手術後に元の生活に戻れるかどうかの予後はかなりちがう。

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Equine Veterinary Journal 45 (2013) 224-228 にノースカロライナ大学からの報告が載っている。

Return to use and performance following exploratory celiotomy for colic in horses: 195 cases (2003-2010)

馬の疝痛の探査的開腹手術後の元の飼養目的と価値への復帰状況:195症例(2003-2010)

要約

調査実施の理由: 疝痛手術後に馬が元の飼養目的と価値に戻れるかについて客観的データはほとんどない。

目的: 疝痛手術後の馬の機能的使用への復帰と、不良な結果につながる要因について調査すること。

方法: 疝痛で探査的開腹手術を行った馬(2003-2010)についてノースカロライナ州立大学の馬疝痛データベースを調査した。

6ヶ月未満しか生存しなかった馬、手術前に使用目的がなかった馬、追跡調査時に追加情報が得られなかった馬は除外した。

経過、背景、使用目的、術前・術中・術後の選択された項目について情報を集めた。

追跡調査は電話で尋ねた。

ロジスティック回帰分析を用いて臨床データと結果の間の関係を調査し、95%信頼区間とP値によるオッズ比を求めた。

結果: 6ヶ月以降生存した馬の中では、133/195(68%)が本来の使用に戻っており、85/156(54%)は手術前と同等かそれ以上の評価であった。

1年では、145/190(76%)の馬が元の使用をされており、101/153(66%)は手術前と同等かそれ以上の評価であった。

以前に開腹手術歴があったり、整形外科的状態で馬房内休養されていたり、絞扼性の病変でないタイプであったり、術創のヘルニアをおこしたり、下痢や蹄葉炎をおこしたりした馬では、元の使用・価値へ戻っていない傾向が明らかであった。

結論: 疝痛手術後に元の使用や価値に戻る点での予後は全体にかなり良好であった。

複数の術前の要因が元の使用や価値への復帰を阻害している可能性がある。

可能性がある関連: 術前の跛行、術後のリハビリテーションやヘルニア整復のような併発症への治療についての畜主への計画的な教育が、彼らの馬が疝痛手術後に元の使用や価値へ戻る上での有益な情報になるかもしれない。

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2003年から2010年までの間に急性腹症でノースカロライナ州立大学で開腹手術を受けた馬372頭の記録が回収され、調査された。

38頭(10.2%)は手術後か退院前に死亡した。

16頭(4.3%)は退院後、6ヶ月以内に死亡した。

95頭(25.5%)については追跡できなかった。

<野外データでは仕方がないことでもあるのだが、全体の1/4について調査ができていないというのは残念だ。

とくに、経過が悪かった馬について追跡しにくい傾向があったかもしれない。>

29頭(7.8%)は計画的な飼養目的がなかった。<コンパニオンアニマル?>

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馬の年齢は0.5-25歳で、中央値は9歳であった。

105頭の去勢馬、72頭の雌馬、18頭の雄馬であった。

79頭はstock horse breeding<資産としての繁殖供用馬・・・・農場の馬というか・・・、クウォーターホース、アパルーサ、ペイントホースを指している>、33頭のサラブレッド、27頭のウォームブラッド、20頭のアラブ馬、8頭のdraught breeds 、28頭のそれ以外の種類の馬だった。

<このような状況は成績に大きく影響しているので、海外の馬の文献を読むときに注意する必要がある。

私が対象にしている生産に用いられているサラブレッドはとても厳しい経営効率で飼養されていて、それが淘汰の理由になりやすい。

開腹手術までした馬でも1割近くはとくに飼養目的はなかった。という状況とは大きく異なる。>

元の飼養目的とは、195頭のうち156頭が運動目的で、障害飛越が58頭、ショーが35頭、ウェスタンが23頭、馬場馬術が20頭、競馬が8頭、繋駕が6頭、halter<ってなんでしょう?>が6頭。

運動以外の飼養目的(35/195)は、繁殖供用されていたか(繁殖雌馬9頭、種雄馬1頭)、トレイルライディング馬(29頭)であった。

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ということで、この文献では元の生活や価値に戻れるかどうかという点まで考えた開腹手術馬の予後は fair to good ということになっている。

依頼主の満足度という一節も結果の中にあって、8割近い畜主がexcellent 素晴らしい、と回答している。

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あ~ノースカロライナ大学。

7年間に400頭弱の疝痛手術頭数だから、うちより少ない

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10 コメント

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  治療しても飼育目的に合致しないならば、治療... (はとぽっけ)
2013-07-05 21:35:10
  治療しても飼育目的に合致しないならば、治療をしないという選択肢があるわけですね。
 治療の選択、進め方においてヒトと大きく異なるの点はまさにこういうところかと思います。とくに競走馬としてのサラブレッドでは。
 客観的な信頼しうる「数字」に判断のよりどころをもとめるわけですね。
 halter は犬でいうところのドッグショー 品評会のような?でしょか?
 hig先生のところで、顧客満足度調査のようなことをしたことはあるのですか?気になりますか?治療を進めない場合でも満足となりうるあたり、なんだか複雑な気持ちになりますけれど。
 おんまさん、みんなで見てますねぇ。「誰だろね?」と思っているのでしょうか?
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<とくに飼養目的はなかった> (piebald)
2013-07-05 21:46:49
<とくに飼養目的はなかった>
いいなぁ~、と思います。これですよね。
ここのところ、これが大切なところだと思います。うまく言えませんが、これが馬だと思います。
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hig先生こんにちは。 (kinako)
2013-07-05 22:39:30
hig先生こんにちは。

 乗馬多いのですね(ため息)競技も行けるのですね。
 去勢馬も多いですね、hig先生、もしやいつもの習慣でmareを訳していらっしゃるの・・?
 
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>はとぽっけさん (hig)
2013-07-06 06:39:19
>はとぽっけさん
 USAで診療を見ていても、大学病院へ運ばれては来ながら、開腹手術は選択肢ではない。という症例もかなりありました。
 経済動物ならでは、ということもありますが、利益を生まない動物だからゆえに、という症例もあるでしょう。

 大学病院とちがって私のクライアントは不特定多数とは言い難いですし、飼養目的もサラブレッドブリーディングばかりですので、調査しなくても顧客満足度はある程度は把握しているつもりです。

 記念写真で、並んでいるのではなく警戒しているんでしょうね;笑。
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>piebaldさん (hig)
2013-07-06 06:42:02
>piebaldさん
 piebaldさんの世界ですね。この調査では対象からはずされてしまっているのが残念です。乗るわけでもない、売るわけでもない、見せるわけでもない、働かせるわけでもない、でも愛情をもって飼われている馬もいると思いますね。
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>kinakoさん (hig)
2013-07-06 06:50:49
>kinakoさん
 ノースカロライナ大学周辺には馬が多いのだろうか、どんな馬なんだろう?とかつて考えたことがありました。この文献でなんとなくそれがわかりました。

 この文献での表記は、例えば性別がわかる部分はgeldings, mares, stalions となっています。male, female は出てきません。maresは雌馬の意味でしょうし、繁殖目的なら繁殖雌馬でしょう。
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 いえ、つまらないことなのですが、最初のほうで7... (kinako)
2013-07-06 10:16:50
 いえ、つまらないことなのですが、最初のほうで72頭の繁殖牝馬、というのが、運動目的の牝馬も入っているのではなとおもったのです。。
飼養目的分類から見て、この大学病院の患者は、生産地や競走馬よりも、農場の馬や一般の乗馬よりな感じがしますね。。
乗馬の比重が大きいと、中高年のスポーツ医学、さらにはアラフォー女子のスポーツ医学!(伊達さん頑張られましたね(^∇^))(laminitisの危険性upとか--;)のような視点も自然にありそうと思いました☆
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>kinakoさん (hig)
2013-07-06 11:25:47
>kinakoさん
 ありがとうございます。ご指摘のとおりだと思います。本文を直しておきました。そしてstalionsもやはり、種雄馬ではなくてintact maleの意味なんでしょうね。
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2年前の秋、網嚢孔ヘルニアを発症した休養馬を助け... (カンカン)
2013-07-06 15:38:27
2年前の秋、網嚢孔ヘルニアを発症した休養馬を助けていただきました。その後、後遺症?なのかわかりませんが 陰茎麻痺になり、回復も長引きましたが、スタッフたちの頑張りもあり、帰厩させることが出来、レースにも復帰しております。内容は 今ひとつが続いてましたが、本日の特別レースでなかなかのメンバー相手に、6着になりました。開腹手術をしても、元気になった一例だと思います。助けていただきまして ありがとうございました。
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>カンカンさん (hig)
2013-07-07 05:54:50
>カンカンさん
 若い馬の網嚢孔ヘルニアも珍しいですし、開腹手術後の陰茎麻痺もめったに起こらないことです。私も2-3頭ほどしか経験がありません。
 それも、手術後すぐではなく退院後でしたよね。
 
 またもとの競走馬生活に戻って出走を続け、賞金獲得するというのはexcellentですね。
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