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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

喉頭の動きのグレードをどう解釈するか

2009-02-27 | 呼吸器外科

2月11日の記事の続き

Equine Respiratory Medicine and Surgery を元に喉頭反回神経障害について考えてみたい。

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臨床家同士がやり取りする上でも、外科手術の必要性を判断する上でも、売買前の検査においても、トレッドミルで運動させながらの検査が必要かどうか決める上でも喉頭の動きのグレード分けで共通の方法を使うことが望ましい。

しかし、安静時の喉頭の動きが臨床的な問題をどれだけ反映しているかは、各グレードについて多頭数の馬で、トレッドミル上で高速運動しているときの喉頭のヴィデオスコープ検査してみなければならない。

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喉頭反回神経障害を診断するためには、

運動のパフォーマンスや、

運動中の喉鳴りがどのような音か、

そしていつ鳴るか、

さらには喉頭を触って筋肉の萎縮があるかどうか、

と併せて喉頭の機能を臨床的に判断する必要がある。

内視鏡所見だけでの喉頭の評価は不完全で、内視鏡だけで喉頭反回神経障害を診断するときは注意が必要である。

残念なことに、内視鏡検査と喉頭の触診が、診断のために獣医師がするすべてであることがある。(日本ではほとんどどこでもそうだ!)

喉頭のグレードシステムに基づいて、次のように臨床的決定がなされる。

gradeⅢcとⅣの馬は明らかに喉頭反回神経障害であり、運動時に特徴的な異常な吸気音を示す。トレッドミル検査はほとんど必要ない。外科的治療が指示される。

gradeⅠとⅡaの馬は、機能的に正常だと考えられるべきだ。しかし、運動時に異常な呼吸音が聞こえるなら、とくに背側輪状披裂筋の萎縮があるなら、トレッドミル内視鏡検査が必要である。多くの研究で、安静時には喉頭の正常な機能を持っていると考えられた馬の中には、トレッドミル上の強い運動中には披裂軟骨の虚脱を示す馬がわずかにいることが報告されている。

gradeⅡb、Ⅲa、bは運動中の呼吸機能に問題が有るかもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、一般的に安静時検査中に完全な外転ができないこと(gradeⅢb)は、運動中の呼吸機能に問題があったり、プアパフォーマンスと関係している。gradeⅢbの馬の83%が高速運動中に披裂軟骨の虚脱を起こしていたとする報告がある。

披裂軟骨の完全な外転を維持できない(garadeⅢa)については判断が難しいことが有る。トレッドミル検査をしてみると、このような馬の75%は運動中に左右対称の完全な外転を維持できたという報告がある。

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競走馬、育成馬の喉頭の機能の評価はたいへん難しい。

そして、手術するかどうかの判断は手術の結果についてもよく知っていなければできない。

このままでは駄目だから、やるしかない。は一つの決断方法ではある。

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Csc_0123

雪の上に残る惨劇の証拠。

被害者は誰だ。

犯人は猛禽類か?

生きるってことは、たいへんなことだ。


喉頭片麻痺のグレード

2009-02-11 | 呼吸器外科

Equinerespiratory 馬の呼吸器の内科・外科の教科書が出ている。

図や写真が多くて良い本だ。

馬の臨床もだんだん専門に分かれてくるね~

呼吸器ばかり診ているとか、開腹手術ばかりしているとか、関節鏡手術ばかりしているとかが楽しいかどうかは別にして、専門に細分化されている方がその分野ではレベルが高い仕事ができるだろう。

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さて、安静時の喉頭内視鏡検査所見のグレード分けについて。

安静時の馬の喉頭の動きを表記するためのさまざまな主観的グレードが使われてきた。

(Cook 1988, Ducharme et al. 1991, Dixon et al. 2001, Lane 2004)

最近になって、内視鏡による喉頭のグレードシステムは臨床家や研究者の間で広く統一見解が出された。

それは、今まで用いられてきた多くのグレードシステムを融合させたものだ。

2003年に開かれた馬の呼吸器についての Havemeyer ワークショップの議長 N.E.Robinson の名前で発表されている。

安静時の、鎮静していない馬の喉頭内視鏡検査で、反回神経障害を主観的に評価するときには、このグレードシステムを用いるべきなのだ。

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英語は発表されている原文。日本語訳は私。

GradeⅠ

All arytenoid cartilage movements are synchronous and symmetrical and full arytenoid cartilage abduntion can be achieved and maintained.

披裂軟骨の動きすべてが左右同調し左右対称で、完全な披裂軟骨の外転が可能で維持されうる

GradeⅡ

Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or larynx is asymmetric at times but full arytenoid cartilage abduction can be achieved and maintained.

披裂軟骨の動きは同調せず、かつ、あるいは喉頭は左右不対称な時があるが披裂軟骨の完全な外転は可能で維持されうる

(GradeⅡとⅢにはサブグレードが付いている)

a. Trasient asynchrony, flutter or delayed movements are seen.

短時間の不同調、震える動き、あるいは遅れた動きが認められる

b. There is asymmetry of the rima glottidis much of the time due to reduced mobility of  the affected arytenoid and vocal fold but there are occasions, typically after swallowing or nasal occlusion, when full symmetrical abduction is achieved and maintained.

披裂軟骨と声帯ヒダの動きの減少により声門裂の左右不対称を多くの時間認めるが、時には、嚥下時や鼻孔を閉じた時などには、完全な外転が可能で維持される

GradeⅢ

Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or asymmetric.  Full arytenoid cartilage abduction cannot be achieved and maintained.

披裂軟骨の動きは左右同調せず、そして、あるいは左右不対称。披裂軟骨の完全な外転は不可能で維持されない

a. There is asymmetry of the rima glottidis much of the time due to reduced mobility of the arytenoid cartilage and vocal fold but there are occasions, typically after swallowing or nasal occlusion, when full symmetrical abduction is achieved but not maintained.

披裂軟骨と声帯ヒダの動きの減少により声門裂の左右不対称を多くの時間認めるが、時には、嚥下時や鼻孔を閉じた時などには、完全な外転が可能である。しかし、維持されない

b. Obvious arytenoid abductor muscle deficit and arytenoid cartilage asymmetry.  Full

abduction is never achieved.

披裂外転筋が衰えていることが明らかで、披裂軟骨は左右不対称。完全な外転が起こることはまったくない。

c. Marked but not total arytenoid abductor muscle deifit and arytenoid cartilage asymmetry with little arytenoid cartilage movement.  Full abduction is never achieved.

披裂外転筋が衰えていることは明確だが完全ではなく、披裂軟骨は左右不対称だがわずかには動く。完全な外転が起こることはまったくない。

GradeⅣ

Complete immobility of the arytenoid cartilage and vocal fold.

披裂軟骨と声門裂はまったく動かない。

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まあ、ややこしい。

基本は

GradeⅠは、左右同調、左右対称。完全に外転し、維持が可能。

GradeⅡは、左右同調しない、あるいは左右対称ではないが、完全に外転し、維持が可能。

GradeⅢは、完全な外転はできず、維持もできない。(paresis ; 不全麻痺)

GradeⅣは、動かない。(paralysis ; 麻痺)

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喉頭の内視鏡所見を表記するための用語が定義されている。

Abduction ; 外転:披裂軟骨小角突起が声門裂の中心線から離れる動き。

Full abduction ;

  完全な外転:披裂軟骨小角突起のほとんどが水平になる(声門裂の中心線と90°)

Asymmetry ;

  左右不対称:声門裂の中心線に対して左右の小角突起が異なる位置にあること。

Asynchrony ;

  左右不同調:同じ時に小角突起が動かないこと。これは、片方の披裂の捻れ、振るえ、遅れ、二相性の動きを含んでいる。

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言葉でどれだけ正確に表現しても、あくまで主観的な評価なので複数の人が一致させるのは難しいだろう。

また、安静時の喉頭の評価と高速運動中の喉頭の機能にかなりのずれがあることも報告されている。

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Csc_0105 裏山には昔からキジの家族がいくつか住んでいる。

キジは日本の国鳥だが、この高麗キジは帰化種ということらしい。

絶滅させるのが正しいの?


乗馬のTieback

2008-12-22 | 呼吸器外科

乗馬の喉頭片麻痺の症例。

術前の内視鏡検査では、左披裂軟骨もわずかには動いているようにも見えたが、

輪状軟骨の左背側を触っても、背側披裂輪状筋の盛り上がりを触れない。

背側披裂輪状筋は、披裂軟骨と輪状軟骨を結んでいる筋肉で、麻痺によりこの筋肉が萎縮すると、披裂軟骨筋突起を後に引けなくなり、左披裂軟骨を外転させられなくなる。

喉頭片麻痺の診断法のひとつに、喉頭の触診が挙げられる。

教科書には、披裂軟骨筋突起の触診が書かれているが、私は背側披裂輪状筋を触った方が良いのではないかと思っている。

                           -Pb260011

手術してみると背側披裂輪状筋はかなり萎縮しているのを目視できた。

正常なもの(右)に比べると、5%も残っていないだろう。

手術適応だということだ。

Tiebackt1 手術は Securos Equine Tieback Kit (左)を使用。

ナイロンコードは今まで報告されてきたどの糸よりも丈夫だろう。

手で糸を引っ張るのではなく器具でコードを引っ張って披裂軟骨を外転させる。

力はいくらでもかけられるし、調節も容易。

結紮の代わりにステンレス製のクランプで留める。

結び目が緩むことはない。

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しかし、軟部組織が痩せることでナイロンコードのテンションも緩むので、手術時は強めに牽引する必要がある。

この牽引が強すぎると、咳や誤嚥や肺炎を引き起こす。

披裂軟骨のどの程度の外転が必要かは馬が求められる運動能力にもよる。

平地のサラブレッド競走馬は相当外転させないと、他の馬との競走に勝てない。

この乗馬は・・・・オリンピックを目指したいそうなので、かなりの外転が必要かもしれない。

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Pc220359 今朝は久しぶりの積雪。

明日から寒くなるらしい。


a hard day

2008-11-24 | 呼吸器外科

Pb200231 顆粒膜細胞腫(卵巣腫瘍)の摘出手術。

膁部切開ではなく、内股部切開で行った。

膁部切開より術創を切り広げやすい。

膁部は馬が座ったり、立ち上がるときに引き伸ばされやすい部分なので、術創が開き易いし、歩くたびに痛みが強いようだが、内股部はそのようなことは少ないようだ。

膁部の術創は目に付き易いが、内股は見えないので、外貌上も良い。

しかし、これは術後処置をしづらい点では欠点でもある。

卵巣摘出に使った感想は、

卵巣は、膁部切開より少し遠い。しかし、術創を広げ易いので腫大した卵巣を外へ出すのは一長一短か。

子宮からの卵巣の切除、卵巣動脈の結紮は、術創から遠い分、難しいかもしれなPb200235い。

膁部切開より、腸管が出てきてしまい易いかもしれない。

腸管を押しのけながら、術創の中で結紮するのはたいへんだった。

顆粒膜細胞腫の摘出は簡単な手術ではない。血管を結紮した糸が滑って抜けると命にかかわる。

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Pb200236 涙が止まらず、そのうち膿性の目やにになった当歳馬。

先天性の鼻涙管の鼻側開口部の欠損のようだ。Pb200237_3

全身麻酔下で、眼の方の開口部からカテーテルを入れて、鼻の中でカテーテルの先端を触知する。

そこを切開して、カテーテルを引っ張り出す。 

この状態で2-3週間おいておくと、鼻側開口部も閉じなくなる。

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P3010176 ひきつづいて、現役競走馬のEE(喉頭蓋包埋)の手術。

(左写真はEEの別症例)

全身麻酔して、内視鏡で喉頭を観ながら、EEカッターで切開した。

喉の手術も神経を使う。

競走能力を左右するし、やり直しが難しいからだ。

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ひきつづいて、2歳馬の第一趾骨縦骨折のスクリュー固定手術。

発症当初はx線撮影でも骨折線は見えなかったそうだ。

1週間経っての再検査でわずかな骨折線が見えるようになったとのこと。

骨折はこのように最初はx線検査しても骨折線が見えず、少しずつ開いてくる症例がある。

1週間後に再検査して、きちんと診断した獣医さんに敬意を払う。

スクリューを1本入れただけで、わずかに見えていた骨折線も完全に見なくなった。

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夜になって、繁殖雌馬の疝痛。

強い痛みが数時間続き、血液でもPCVも乳酸値も上昇している。

超音波で分厚くなって、膨満した小腸が観えたので、開腹手術適応なのはすぐ判断できた。

開腹すると小腸がすべて肥厚し、紫色になっている。

空腸上部の腸管膜に穴があり、その穴を小腸全体がくぐってしまっていた。

小腸全体を穴から抜く。色調は回復した。

大結腸を引き出して、結腸捻転のときと同じように内容を洗い出して、腹腔内の結腸膨大部も空にする。

そうしておいて、結腸を馬の胸の上に置く。盲腸は馬の右側へ。小腸は尾側へ。

そのことで、なんとか空腸腸管膜根部の穴の全体が目視できる。

なんとか穴を完全に縫って閉じることができた

(右写真は別症例剖検時;穴の位置を見たい獣医さんだけどうぞ)。Photo_2

しかし・・・・覚醒中の骨折事故で助からなかった。

歩様が良くない馬なので吊起帯も着けていたのだが・・・・

全身状態、馬の蹄の状態・運動量・筋力、すべてが生死を左右する。

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15分の昼食をはさんで、16時間働いた。

指は午前中の手術で攣った(ツッタ)。

翌日は腰も三角筋も筋肉痛。

私には筋力トレーニングが必要だ。

解決策はコレダ(笑)。

Pb220242


DDSP馬の喉頭蓋

2008-10-04 | 呼吸器外科

Dsc_0122 DDSP Dorsal Displacement of Soft Palate 軟口蓋背方変位。

気管の入り口についている喉頭蓋が軟口蓋の下にもぐりこんでしまう。

1歳馬、2歳馬に多く、ゲロゲロ、ブルブルと聴こえる喉なりを起こす。

DDSPを起こし易い馬の喉頭蓋は薄く、弱く、短く見えることが多い。

Dsc_0119 Dsc_0120 Dsc_0123 こんな喉頭蓋やら、あんな喉頭蓋やら・・・・・

面白いことに、DDSP状態でなくして、しばらくすると喉頭蓋がしっかり反り返ってくることもある。

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P7100002 Tie forword surgery(左図;Equine Surgery 3ed.より) は甲状軟骨を舌骨へ、つまり前へ引っ張ることでDDSPを起こしにくくしようという手術。

今まで行われてきた、胸骨甲状筋切除、軟口蓋辺縁切除、軟口蓋焼烙、などの外科処置方法より、強力に喉頭の位置と角度を変えることができる。

しかし、喉頭蓋の形状が悪い馬にはどうかと思っていたが・・・・・・     

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P9160375 手術前、弱く短く見えた喉頭蓋が、術後は左のようにしっかり反り返り、厚さも充分に見える(左)。

同じ喉頭蓋でも、DDSPを起こしにくくなることで、しっかりした正常な形態になるのかもしれない。

(喉頭蓋の向って左に見えているのは軟口蓋を焼烙した痕)

         -

1歳馬、2歳馬の喉鳴りで一番多いのはDDSPだ。

しかし、馬が精神的にも肉体的にも成熟してくると自然に治るのが多いので、私は2歳の春くらいまでは手術を勧めていない。

もっとも2歳でも、もう待っていられないという状況の馬では手術を考える必要がある。

まして、3歳馬では待っていられない。

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北海道にもともといるカエルはニホンアマガエルとエゾアカガエルだけだそうだ。Ca360142

すると、これはエゾアカガエル。

DDSPを起こすとゲロゲロ、ブルブル喉鳴りするが、

カエルとはなんの関係もありません。

念のため。

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メイショウサムソン!ガンバレ!!