馬の鎮静や全身麻酔については、いろいろ書いてきたが、覚醒中の事故の予防や、麻酔にともなうあれこれについてが多く、実際にどのように麻酔しているかは書いてこなかった。
が、質問があったので紹介しておこうと思う。
あっ、その前に、どうして鎮静・麻酔・鎮痛が必要なのかを思い知らせてくれる動画を紹介しておく。
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YouTube: Horse kick
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鎮静
平成20年度に行った鎮静処置は413頭。
今は塩酸メデトミジン(ドミトール)を使うことがほとんど。4-6μg/kg静脈内投与している。
かつては2%塩酸キシラジン(セデラック)を使うことが多かったが、メデトミジンの方が長く効いている。
キシラジンが保険給付薬であることを除けば、同じ鎮静効果を求めるならメデトミジンの方が安くつくと思う。
メデトミジンに酒石酸ブトルファノール(ベトルファールorスタドール)を併用すると、鎮痛効果を期待できる。
局所麻酔を上手に使うことも、立位で処置するときのコツであり、安全のためにも大切だ。
浸潤麻酔だけでなく、肢や頭や眼の処置では神経ブロックを使えば、かなりの処置が立位で可能になる。
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全身麻酔
注射麻酔
平成20年度に行った全身麻酔のうち、後で述べる維持麻酔を用いない注射麻酔は136頭。
これは、メデトミジンでの鎮静ののちに、塩酸ケタミン(ケタミン10%)を約2.5mg/kg静脈内投与している。
たいていはミダゾラム(ドルミカム)かジアゼパム(ホリゾン)を混注している。これにより麻酔時間が延長する。
しっかり鎮静されていれば倒馬はスムーズで、10-20分間ほど馬は寝ている。ただ、麻酔時間は痛いことをするかどうかにもよるので、倒馬して処置するときも局所麻酔を併用することが望ましい。
麻酔時間を延長したい場合は、キシラジンとケタミンを追注することができる。
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TIVA(Total Intravenous Anesthesia) or トリプルドリップ
単回あるいは数回の注射麻酔では処置時間が足らないときには、麻酔薬を点滴して維持している。
これは平成20年度は118頭に実施。
25gのGGE(グァイフェネジン・グアヤコールグリセリンエーテル)を5%ブドウ糖500mlに溶かした液に、ケタミン1000mg、キシラジン400mgを加えた液を点滴静注する。
30分から1時間ほどまで麻酔時間を延長できるが、投与量が増えると覚醒が悪くなる。
処置の準備をしっかりしておいて麻酔時間を短くすること、局所麻酔を併用して疼痛や興奮を少なくすることが大切。
かつてはかなりの手術をトリプルドリップで行うことが多かったが、最近は減少傾向にある。
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吸入麻酔
注射麻酔で倒馬したあと、気管内に管を挿入して、気化性の麻酔ガスを吸わせて麻酔維持する。この吸入麻酔が平成20年度で389頭。
かつてはハロセンを使っていたが、今はイソフルレンかセボフルレンを使っている。
どちらの薬も呼吸抑制があり、自発呼吸が止まってしまうので呼吸器付きの麻酔器で、麻酔医がモニターしながら呼吸も管理している。
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再鎮静
全身麻酔して処置が終わった後、スムーズな覚醒のためにもう一度鎮静剤を投与することがある。
痛みによる興奮や、まだ代謝されない麻酔薬が残った状態より、鎮静剤で落ち着いて寝ている時間を経てから覚醒して立ち上がるほうが起立状態が良いことが多いからだ。
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注射麻酔、TIVA、吸入麻酔を合わせて平成20年度は643頭に全身麻酔をかけたことになる。たぶん日本で一番多い。
かつては、「麻酔をかけた馬は走らない」とか「麻酔をかけると半年は駄目だ」などと言われたこともあったようだ。
実際に、昔は麻酔方法も手術の結果も望まれるようなものではなかったことも多かったのだろう。
今も、完全に安全な麻酔や、結果の保証のある手術はない。
しかし、鎮静処置や全身麻酔で処置を行うことで、今まで治せなかったものが治せるようになってきた。
必要なときには躊躇なく行うべきだし、馬の獣医師はその準備をしておくべきだろうと思う。
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足枷、去勢馬具、ロープの使用は、吸入麻酔薬や解離性麻酔薬が使われるようになるまで、馬の「麻酔」に不可欠であった。
今はもう、こういうのは麻酔とは呼ばないのだろうと思う。