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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

Rhodococcus equiによる腹腔内膿瘍の末路

2020-08-01 | 感染症

家族の急病で獣医師が休んだので、午前中の手術は延期してもらった。

おかげで運ばれてきたRhodococcus equi 感染症の子馬をしっかり剖検することができた。

2月生まれで、生後32日から肺炎で治療し、途中、血液検査の急性炎症像が治まって治療を中断したことは2回あるものの、ほとんどずっと治療していた、とのこと。

先日、高度医療センターへ来院し、超音波検査で腹腔内膿瘍を確認し、もうあきらめた方が良い、ということになった。

径30cmほどの腹腔内膿瘍があった。

盲腸と結腸のリンパ節から派生したように見えるが、もう小腸も巻き込まれている。

腸閉塞を起こさなかったのが不思議なくらい。

何度も破れて、そのたびに癒着して治まり、また大きくなり、を繰り返したのだろう。

治療しなければもっと早くに症状も悪化したのだろう。

肺は肋骨側はきれい。わずかに横隔膜面にほとんど治りかけた膿瘍の痕があった。

肺膿瘍は血行盛んな肺実質に取り囲まれているので治せるし、自然に治ったりもする。

しかし、腸管のリンパ節が化膿してある程度の大きさになると、血行を失うし、実質臓器に取り囲まれているわけではないので治りようがない。

自潰すれば、癒着してまた大きくなる。

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例年、夏から秋にかけてRhodococcus equiで長期に治療した挙句にダメになった子馬を解剖する。

その都度、警告の記事を書くが、もうその季節は子馬の季節ではない。

牧場もロド感染症をなんとかしたいという意欲が薄れている。

だから、今年は2月16日に「ロドコッカス感染症を減らすために」という記事を書いた。

運ばれてきた子馬が生まれる前日のことだった。

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今年、肺炎子馬を入れていたパドックは今のうちに客土更新した方が良い。

今やっておけば、霜が降りる前に草が生える。

来年、新生子馬を入れるために。

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分娩馬房も、肺炎子馬が居た馬房も今から洗浄と消毒を繰り返したほうが良い。

壁にも天井にも床にもロド感染子馬の喀痰や糞便がこびりついている。

その中にはRhodococcus equi強毒株が乾燥して残っている。

洗ってもきれいにならなかったら、消毒薬などかけても意味はない。ペンキを塗ってしまうしかない。

来年、繁殖シーズン前にやろうなどと思っていても、2月や3月はまだ凍るので洗浄も消毒もできない。

子馬が生まれ出したら忙しくてそんなことはしていられない。

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来年、子馬が生まれたらロド感染症を減らすためにどうするか、獣医さんに相談したほうが良い。

獣医さん達もこの時期なら時間をとって相談に乗ってくれる。

日齢ごとに血液検査して炎症像があったら早期に治療することをお勧めする。

NOSAIは予算をとってロドチェック事業をやってくれる。

来年になってからでは獣医さんも忙しくて手が回らない。

やるなら、「今でしょ」。

来年の子馬のために。

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ロシアンセージ。

ロシア原産でもなければ、セージでもないらしい。

 

 


Salmonella

2020-07-31 | 感染症

子馬が水様性下痢をして脱水が進行するので診てくれないか、との依頼。

数日前からで発熱もある、とのこと。

腸炎は伝染するかもしれないので入院させたくない。

輸液バッグを貸すから地元で治療したら、と提案した。

細菌検査もしていて結果待ち、とのこと。

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あとで、”Salmonella と結果が来た” と連絡が入った。

うちから?

診療で忙しく確認する暇もない。

家畜保健衛生所に連絡した方が良い。

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Salmonella 属は腸内細菌の一属で、強い病原性を示すことがあるので警戒が必要。

ほとんどはSalmonella enterica subsp. enterica が菌名になる。

菌種 enterica 亜種 enterica だ。

(そういう分類法、命名法になったのは1985年だから、私が大学卒業後だ;笑)

しかし、病原性と関係する抗原性、血清型により固有名が付けられている。

チフス菌は、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi だし、

動物からよく採れるネズミチフス菌は、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimurium となる。

菌名、菌種名はイタリック(斜体)で表記することになっているが、血清型は菌・菌種ではないので斜体にしないのだそうだ

(ややこしいんだよっ!)。

・・・・ブログの記事タイトルにはイタリックにする機能がないみたい

Salmonella属の細菌学上の分類や命名が整理されたのは2002年で、

現行の方法になったのは2015年だというから、ごく最近だし、これからも変更されるかもしれない;笑

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時間が空いて、細菌検査ブースを覗いて、例の検体の培地を観たら、コロニーが真っ黒。

硫化水素産生する細菌ではこうなる。

硫化水素産生する菌は、Proteus spp.など他にもあるが、この黒さは激しい。

うちにもSalmonella を確定するための凝集反応用の抗血清が置いてあるが、凝集反応をしたかどうか、担当者が不在でわからない。

シャーレをそのまま家畜保健衛生所へ送って、同定と防疫措置をしてもらうことになった。

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発症子馬は翌日には死んでしまったそうだ。

必要なら家畜保健衛生所で同居馬の検査もしてくれる。

サルモネラ感染症は古典的な伝染病なのだが、近年は発症事例は多くなく、あまり警戒されていないのかもしれない。

子牛や子馬が下痢をしても細菌検査をしないこともあるが、Salmonella などのような強い病原性と伝染力を示す病原体は、きちんと病原体を把握して対処しないと感染動物も助からないし、伝染して続発しかねない。

Salmonella 感染を疑ったら、ただいつものように検体を送るのではなく、検査施設に「かもしれない」と連絡してもらいたい。

それで、迅速な検査ができるし、菌量が多くない同居畜などでは選択培地の使用なども必要だ。

コクシジウム症を疑ったりして、ウンコだらけのビニル袋で送ってこられたりすると、検査で手や周囲を汚染させないように特別な注意も必要だ。

そして、発生牧場では防疫措置も必要になるので、Salmonella が分離されたら家畜保健衛生所の力を借りた方が良い。

血清型によっては家畜届出伝染病に指定されているので、獣医師には届出義務がある。

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あとは逸話と思い出話。

学生時代、研究室でホルスタイン雄子牛の牧場でゲンタマイシン経口薬の治験を手伝った。

当時、ゲンタマイシンは子牛の下痢によく効いた。

しかし、Salmonella が入っている牧場ではダメだった。

Salmonella は腸内だけでなく全身に侵入し敗血症を起こすので、ゲンタマイシンの経口薬で腸内のSalmonella を叩くだけでは効果が期待しにくい。

Salmonellaは細胞内寄生菌なので、脂溶性がないアミノグリコシド(ゲンタマイシンも含まれる抗生物質の分類)は細胞内に入りにくいので効果が期待しにくい。

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この地域では、水害のあとにSalmonellaが続発することがある。

堆肥場などの汚染部からSalmonellaが流れ出て、弱い子牛や子馬に感染するのだろう。

数年前の台風による水害の後にも牛農場と馬牧場でSalmonella症が発生した。

人の食中毒でも1-3割をSalmonella症が占めているとされている。

保菌や排菌している個体が居ると、感染を防ぐための注意はたいへんな作業になる。

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死亡畜焼却場に下痢で死亡した子馬が運び込まれていて、解剖を頼まれていたわけでもないのに死骸の脱水のひどさに直腸便を検査して、Salmonellaを確認したこともある。

「チフスなんだよ」

本当のチフスはSalmonella Typhi (こういう表記も認められている。Salmonella は斜体、Typhi は菌種ではないので斜体にしない)の感染症だけだが、類似の病態も起こりうると考えた方が良い。

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USAの獣医科大学獣医教育病院でもSalmonella は特別な注意をしている所が多い。

私が訪れた頃(28年前!)は入院馬は全頭SalmonellaをPCRで検査していて、陽性だと隔離厩舎に入れていた。

のちに、PCRのみ陽性で、培養が陰性で、症状がないなら隔離する必要まではないのではないか、という学術報告も出ていたと記憶している。

獣医教育病院が汚染されて院内感染が起こると病院を閉鎖して消毒と検査を繰り返すことになる。

あの有名なNew Bolton Centerも閉鎖されたことがあったはずだ。

よくあるのはFood Animal Section へ牛がSalmonella を持ち込み、それがEquine やSmall Animal のSectionへ広がる。

One Floor でつながった構造の病院が多く、多くの人が行き来するので厄介だ。

消毒用マットや踏込み消毒槽は効果が疑問視されている。

やるとしたら、靴を履き替えないとダメだ。

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現代のイージス艦の兵器が、太平洋戦争時の海軍にどれだけの戦闘能力を発揮するか?

それは日米戦争の流れを変えることになるか? 

しかし、そもそも歴史を変えるようなことをしても良いのか?

タイムスリップ戦争ものとして物語は進みかけるが、太平洋戦争の最中に未来を知ってしまった帝国海軍参謀は単独で暴走を始める。

打ちつくせば補給できず、壊れれば修理できない近代兵器より、未来を知ってしまうことの方が大きなことなのかもしれない。

そして・・・・

 

 

 

         

 

 

 

 

 


回虫による重積 ロタ+

2020-05-07 | 感染症

10:46 子馬の開腹手術で起こされる。

(私は夜早く寝る。

映画やプロ野球ニュース観る生活は私達には向かない。

夜11時12時に呼ばれるのは最悪だ。

それから手術していたらすぐ夜明けで、”完徹”になりかねない。)

9週齢の子馬が疝痛で運ばれてきて、超音波で小腸の膨満が確認されたが、ロタウィルス陽性。

で、輸液して痛みの様子を観ようとしたが、ひどく痛い、とのこと。

           ー

開腹したら空腸重積に触れた。

4-50cm入り込んでいる。

2重じゃないよ、重積部ってのは3重になっているんだ、わかる?

押し出すように引き抜こうとしたが、最後に裂けてしまった。

重積を解かないまま切除する方法もあるが、そうなると引き込まれている腸間膜が短く切断されて腸間膜を縫合閉鎖しにくくなる。

破裂しても腹腔内まで汚染しないようにはしていた。

まだ大きくない回虫がいっぱい。

生きてウネウネ動いていた。

駆虫することで死んだ回虫が小腸に詰まったり

回虫が詰まった小腸を小腸が飲み込んで重積を起こすことがあるが、

今回の子馬はロタ腸炎で蠕動亢進し、回虫が居る小腸が重積を起こしたのだろう。

          ー

健康な部分で空腸同士を端端吻合し、上位の膨満した空腸の内容を盲腸へ送り、

腹腔内に癒着防止のためのSodium Carboxy Methyl Cellulose を入れて閉腹した。

この子馬のためにフルモキサールを渡しておいた。

線虫は隙間に入り込む性質があるので、腸管吻合部から這い出てくるのだ。

          ー

子馬は、フルモキサールで回虫駆虫を!

もうイベルメクチン(エクイバランほか)は馬回虫には効かない(と思った方が良い)。

          -

 

馬の寄生虫対策ハンドブックには、60日齢までの子馬の回虫を駆虫するのは勧めないとされている。

しかし、それでは回虫症のリスクが高くなる。

おそらく、日本のサラブレッド生産地は、気候的にも、馬の密度からも、寄生虫のリスクが非常に高いのだ。

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林の中へカタクリやエゾエンゴサクを観に行った。

ギョウジャニンニクも生えていたので刈ってきた。

 

 

 

 


新・冠ウィルス

2020-02-26 | 感染症

世間は新型コロナウィルス感染症で持ちきりだ。

報道が少し加熱しすぎている気もする。

マスコミの対応もそれを助長している。

          ー

新型インフルエンザのときも、最初は隔離、検疫が注目されたが、そのうち市中感染が広がっているのがわかって、患者数を数えるどころではなくなった。

当初恐れられたよりはるかに致死率が低かったのも幸いだった。

          ー

「菌」って言う人がいるけど、ちがうから、ウィルスvirus だから。

コロナウィルスは、流行時には一般の風邪の30%を占めるそうだ。

しかし、今回は新型なので、全ての人が有効な免疫を持っていない。

ただ、子供たちが重症化しにくいのは、コロナウィルス風邪に近年かかって抵抗力を持っていることが多いからだ、という説もある。

          ー

 

このSF小説を思い出した。

とても面白かった。

この本に出てくる病原体は細菌だったんだっけ?

南極で生き残った人類の「復活」への決意と努力に泣いたのを覚えている。

今読むとより切実かも。

          ー

今思えば、札幌雪まつりは中止すべきだった。

中国は、春節の最初から自粛、移動禁止、すべきだった。

世界的なpandemicに向かっているのか、まだ抑え込む努力を徹底すべきか、そしてそれが効果を示すのか、まだ疫学の専門家にもわからないようだ。

          ー

きのう、きょうは職場の管理職会議だった。

TV会議にすべきだったのかも。

夜は懇親会。自粛しなくて良かったのか;笑

          ー

風邪をひいて具合が悪かったら学校も職場も休むべきだ。

今この状況だからじゃなくて、日頃から。

 

 


1歳馬の髄膜炎

2019-07-05 | 感染症

1歳馬が放牧地で様子がおかしく、歩くのがやっとで、馬房へ入れたら立てなくなった。

何度か立ち上がったらしいが、その都度倒れ、横臥のまま頭をばたつかせていて、あきらめた。

とのことで剖検を依頼された。

後頭骨と第一頚椎の間でスパイナル針で脊髄腔を穿刺したが、脳脊髄液は採取できなかった。

間違いなく脊髄腔に刺さっているのだが・・・・

外傷性に脊髄腔が破れて、脳脊髄液が失われてしまっているのか?

                -

今度は腹側から切って、脊髄腔を開く前に穿刺した。

濁った脳脊髄液が回収された。

しかし、どうして背側からの穿刺では採取できなかったのだろう・・・・

                -

そのまま脊髄腔を開けたら、

脊髄腔はフィブリンでいっぱいだった。

おそらくそのせいで脊髄液が採れなかったのだ。

頭も骨を切って脳室を開けてみたが、脳炎は肉眼ではわからなかった。

急性の感染性脊髄炎だったのだろう。

脳脊髄液は、研究機関へ培養とPCR検査に送った。

広い意味では敗血症だ。

特定の細菌は髄膜炎を起こしやすいことが知られている。

写真を撮るために途中で手袋はずして解剖しちゃったよ・・・・・

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夜間放牧が続いて、馬達も疲れています。

元気な馬は大丈夫ですが、弱っている個体が居ないかよく観察して、必要なら休養させてやってください。

                 -

実は馬の獣医さんたちも、7月は怪我や事故の多発月なのです。

忙しかった春の疲れが溜まって、緊張が解けたこの季節に怪我や事故に遭いやすいのです。

休養させてやってください;笑

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ウッドデッキの塗装した。

しゃがんだり、座り込んだりしての作業が長く、疲れた。

暑くもあった。

私たちは春は家のこともなかなかできないからね。