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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

子宮出血へのトラネキサム酸の投与

2021-03-17 | 繁殖学・産科学

先日の膀胱破裂の症例は、当初子宮穿孔が疑われていた。

子宮穿孔創を直接探るための膣から手を入れての内診で、まだ大きい子宮を手繰り寄せるようにして子宮角まで触ろうとして、おそらく子宮内膜が切れたのだろう、開腹手術中に膣からの出血が続いた。

なかなか止まらないので、開腹手術中にトラネキサム酸を投与してもらい、オキシトシンを点滴してもらった。

トラネキサム酸は、止血するフィブリンを融解するプラスミンがプラスミノーゲンから変化するのを妨げることで止血効果を示す。

だから、私は手術や血管破綻による出血を抑える効果を疑ってきたけれど、2000年代になってヒト臨床での大規模研究で実際の症例での効果が示されてきている。

具体的な使い方の注意、そして「効かない止血剤」として使われてきた理由が、この講演ではざっくばらんに語られている(p5からの松田先生の講演)。

先の研究の紹介と同じ慈恵ICUの勉強会だが、こちらの方が詳しい

その中にあるが、手術時の出血を抑える、輸血必要量を減らしたようだ、と言っても差は大きくないので、観ていてわかるほど出血が減るとは思えない。

産後出血に対する効果もヒトでは示されている。

ただし、分娩時の子宮出血量の抑制のために、分娩後にトラネキサム酸とオキシトシンを予防的に投与する、という研究では否定的な結果が出ている調査もある。

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分娩後24時間の16歳繁殖雌馬が疝痛で来院。

心拍は40ほどだが、呼吸数が80。

来院したら、口粘膜が白っぽい。

超音波検査している間も枠場でガタガタと肢を踏み変えたり、挙げたりしようとする。

もともと気性が荒く、人を襲う危ない馬なのだそうだ。

PCV49%、乳酸値12mmol/l。

どうやら腸閉塞ではなく、子宮動脈破裂のようだ。

子宮広間膜で動脈性の出血が起きているが、まだ血腫は破れていない。

鎮痛剤として、ブトルファノールを投与し、まだ痛いのでフルニキシンを再投与した。

ゆっくり点滴を始め、トラネキサム酸を混ぜた。

子宮血流量の減少を期待してオキシトシンも入れた。ただし、様子を観ながら、10単位ずつ。

なんとなく落ち着いた。

子馬を牧場においてきていて、そのために興奮してもいる。

「今晩が山です」と言って、そおっと牧場へ帰ってもらうことにした。

          ー

しかし、この母馬はその後2時間くらいで死んでしまった。

翌日剖検したが、子宮体に血腫があり、内膜下から内腔にも出血しており、腹腔内へも出血していた。

結局、破綻した動脈は閉じなかったのだろう。

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今日は、1歳馬の飛節軟腫の関節鏡手術。

1歳馬のひどい外傷のキャスト除去。

子宮動脈破裂と、小結腸切断した難産の繁殖雌馬の剖検。

関節鏡手術のあとの細菌性関節炎?の関節穿刺。

3年続けて奇形を産んだ繁殖雌馬の子宮内視鏡検査。

新生子馬の疝痛。

研修の獣医さんと、見学の獣医さん、ひとりずつ。

 

 

 

 

 

 

 


分娩後48時間の不調は膀胱破裂だった

2021-03-14 | 繁殖学・産科学

分娩して48時間の馬が親子で来院。

その朝から沈鬱で、T39.5℃。

腹水が増えてきているようだ、とのこと。

全身の白血球は減ってない。

超音波で観ると腹水がやや増量している。

穿刺したら、赤い、しかし比重は低そうな腹水が採れてきた。

腹水の白血球は4万。

腹膜炎は間違いない、しかしひどくない。

「便は出てる?おしっこは出てる?」と訊くと「便もしたし、尿も出ている」とのこと。

開腹手術することにした。

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子宮は穿孔してない。

小結腸も閉塞も虚血性の損傷もない。

小腸閉塞も腸間膜の損傷もない。

膀胱?

触ってみるがわからない。

内視鏡を入れたら、膀胱尖に孔があった。

腹腔に入れた手で、膀胱の破裂孔から出てきた内視鏡を触れた。

膀胱破裂か・・・・・

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開腹手術創を切り広げても、膀胱は縫えそうにない。

麻酔覚醒起立してから、立位で膣底を切開し、膀胱を膣内へ逸脱させて縫合することにした。

手術はYoshi先生にやってもらった。

膣壁は粘りのある丈夫な組織で切開しにくい。

アリス鉗子で保持しておいて縫合し終わったところ。

膣底の縫合は、吸収糸を大きめの三稜針に付けて連続縫合。

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私はかつて、尿道括約筋を切開して、膀胱を膣内へ反転させることで繁殖雌馬の膀胱破裂を修復できることをVet Surgery誌に報告した。

分娩にかかわる膀胱破裂が5000頭に1頭の割合で起こることも報告した。

膣底切開して膀胱破裂を修復する方法は、ケンタッキーのHagyardのRodgerson先生が報告した。

ただ、症例数は多くなく、どの部位の破裂でも縫合できるか懸念があった。

私たちは、膀胱頚部近く、腹側の破裂でも膣底を切開する方法で修復できることをEquine Veterinary Education誌に症例報告として書いた。

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終わって10時過ぎ。

かつては助けられなかった事故が起きたこの馬も助かるだろう。

馬の臨床獣医学も着実に進歩しつつあり、われわれもその中で学び、ともに前進でき、いくらかはその進歩に貢献できる。

馬の臨床をやってて楽しい、やって来て良かったな、と思った。

夜中だけど。

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翌朝、この13歳の繁殖雌馬は少し食欲も出て、元気を取り戻しつつあるようだった。

腹腔ドレインを使って腹腔洗浄した。

もう退院しても大丈夫だろう。

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skiに行ったら、なんとスキーブーツが壊れた。

こんな壊れ方をするとは思わなかった。

このあと、崩壊し、インナーブーツで歩くはめになった。

29年使っていたから壊れても文句はないのだけど;笑

形ある物はすべて壊れる。

盛者必衰のことわりにも似て。

 

 

 

 


今シーズン初の帝王切開

2021-03-02 | 繁殖学・産科学

0:04 初産だが、骨盤骨折歴がある馬で、産道が狭くて出そうにないので、帝王切開も考えてます。との電話で起こされる。

30分で行きます、とのこと。

ぐずぐずしていられないので、研修に来ている先生と、第二当番の獣医師を呼ぶ。

0:35 来た馬のお尻を観ると、たしかにひどく左右不対称。

これは即帝王切開した方が良さそうだ。

全身麻酔して、手術台に乗せ、毛を刈って、消毒して、etc.

0:48には手術を始めることができた。

すぐ子宮の中の子馬の飛節を引き寄せ、子宮と胎盤を切開する。

しかし、子馬の後肢を子宮から引っ張り出すのに手間取る。

臍動脈をクランプして、オキシトシンの点滴を始めてもらう。

胎児胎盤の血液を少しでも子馬に戻したい。

1:05 子馬を引張り出して、倒馬室へ運んでいってもらう。

それから、子宮の切開部分を縫合閉鎖し、腸管手術より長い開腹手術創を閉じる。

2:07 母馬を覚醒室へ運び出した。

1時間ほどで母馬は立ち上がった。

左が盛り上がっているのではなく、右が落ちているのだ。

右の腸骨を骨折したのだろう。

P6020147”産道”のかなりは腸骨で造られている。

それがこれほどゆがんでいてはまともには出てこれないだろう。

母馬はよたよた歩けるようになって入院厩舎へ移した。

子馬はもう立ち上がれるようになっていたが、乳を吸わせるのはたいへん。

初産だし、帝王切開したし、母馬が子馬を受入れるか心配したが、子馬を舐めて自分の子と認めたようだ。

たいしたもんだ。

われわれは”仕事”を終えたのは3:30

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翌朝、母馬は食欲も出ていた。

午前中の関節鏡手術を始めておいて、手分けして落ちない胎盤を落としにかかる。

オキシトシンを点滴する。

胎膜の血管を切って、断端からチューブを差込み、水道水を注入した。

10リットルほど入れたら、母馬は伏臥した。

そのあと、すぐに胎盤は剥がれて押し出されてきた。

その間、30分ほど。

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夕方、すっかり普通の親子のようになって退院していった。

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先日、新冠温泉でグルメしてきた。

おいしゅうございました。

このコースは3月中やっているらしい。

 

 

 

 

 

 


朝の難産

2021-02-25 | 繁殖学・産科学

朝、難産の依頼。

頭と両前肢が出ているが、後肢の少なくとも1本が産道に入ってきている、とのこと。

うるさい馬で馬房に入って難産介助できない、とのこと。

その状態で来院するなら、すぐに全身麻酔して難産介助した方が良い、と判断して第二夜間当番獣医師と研修に来ている獣医師にも連絡した。

すぐ麻酔して後肢を吊上げた。

産道に腕を入れると、胎仔の右後肢が産道に入ってきている。

潤滑剤を入れて、研修の獣医さんに後肢を押し戻してもらう。

骨盤腔の向こうへ押し戻せた、とのこと。

吊上げていた母馬を下ろして、あとは引っ張る。

すぐに牽引娩出させられた。

子馬は、四肢も曲がっていないし、腱拘縮もない。

なぜ後肢が産道に入ってきてしまったのかわからない。

分娩予定日5日前で、分娩徴候もあって、分娩馬房で監視していたのだそうだ。

前夜も馬房の中を歩き回ったり、寝たり起きたりしていたとのこと。

そこまでは何の異常もない当たり前の経過だったのだが・・・・

            ー

この繁殖雌馬は「うるさい」馬で、ふだんは注射するにも立ち上がる。

蹴るし、噛むし、叩くし、実際、人を蹴って怪我させたこともある。

母馬の性格も分娩のリスク要因かもしれない。

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子馬は生まれ始めているが

春まだ遠い。


新生仔虐待あるいは育児拒否

2021-02-22 | 繁殖学・産科学

きのう日曜日の午後、新生子馬が親に蹴られて下顎が折れてしまいグラグラ、との連絡。

グラグラじゃあ手術して固定しなければならない。

(写真は去年の同様の症例)

1/3円プレートと4mmキャンセラススクリューで固定した。

左右両側が折れていても、正中切開でアプローチする。

その方が傷が閉じ易い。

”スモール”と呼ばれるDCPもあるが、それより薄い1/3円プレートを使う。

スモールDCPにしても使うscrewは4.0mmキャンセラスか、3.5mmコルチカルだ。

咀嚼しないで飲乳さえできればいい新生子馬なら1/3円プレートで充分だ。

腹側に当てないで外側よりにプレートを置いて、下顎にbi-corticalになるようにscrewを入れる。

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この母子は、19日になった夜中に初産し、

初乳もちゃんと飲ませたが、20日にパドックへ放して厩舎へ入れた後おかしくなった。

子馬を虐待し始め、20日夜に人が見ている前で齧りつき、蹴飛ばした。

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分娩をTVカメラで住宅から監視するので、人は厩舎へ行かなくした牧場もある。

新生仔虐待や育児拒否がなくなったそうだ。

人が厩舎で見守るにしても、できるだけ助産しないようにしている牧場もある。

母子間の関係成立を邪魔しないようにだ。

子馬をタオルで拭いてやることも多くの人がすることだが、そのタオルに母馬以外の馬の臭いはついていないか?

母馬は子馬を臭いで一番認識している。

他の馬の臭いがしたら、自分の一部ではない、自分の子ではない、と思ってしまう。

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下顎を手術した子馬は、もう乳母につけるそうだ。

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クリントイーストウッドは中学生だった私のヒーローだった。

荒野の用心棒、ダーティーハリー、アイガーサンクション、etc.

その頃、money making star だったはずだ。

老齢になって監督として評価され、もう俳優業は引退したのかと思っていたが・・・・

この映画のクリントイーストウッドはヨボヨボ。演技なのかリアルなのかわからない。

家庭を顧みず、ユリの栽培に集中していた男は、その業界では評価され人気者だったが、ネット販売に押されビジネスも立ち行かなくなった。

金にも困っていたところ麻薬の運び屋として使われるようになり・・・・

元題は”The mule” 

mule はラバ、騾馬。

雄ロバdonkey を雌馬にかけ合わせて産ませる。

頑固者をmuleと呼ぶこともあるようだし、本当に麻薬などの運び屋をmuleと呼ぶこともあるようだ。

そういうと”荒野の用心棒”でもイーストウッドはラバに乗って現れたのだったか・・・・

クリントイーストウッドにこの映画でアカデミー主演男優賞をあげて欲しかった。

名演だったと思う。