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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

長期在胎

2011-06-04 | 繁殖学・産科学

分娩予定日を過ぎても産まれないのを「長期在胎」と呼ぶが、どれだけ過ぎればそう呼ぶのかわからない。

「獣医産科・繁殖学」(文永堂)にもその定義は書かれていない。

 馬については、Williams(1940)という人が、「馬の胎子が死亡した場合には、流産よりもむしろ長期在胎が多い傾向がある」と述べているそうだ。

これは、予定日を過ぎた死産がかなりあることを言っているのかもしれないが、正しいとは思えない。

 Vandeplassche(1980)は長期在胎馬21例について調べ、

「馬の長期在胎に関しては、いかなる治療も、あるいは分娩誘起処置も通常は不必要であり、これらの馬は健康で、腹部の大きさも正常である」

と結論しているそうだ。

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 ときどき、分娩予定日を大きくずれ込んで、「まだ産まれないんだけど、大丈夫でしょうか・・・」と相談を受ける。

中には、「もう帝王切開してでも出して欲しい」と言ってきた人もいる。

とくに症状がないことを聞いて、「ちゃんと準備ができてから産まれるので待ってください」と言うことにしている。

牛は分娩が遅れると胎子が大きくなることがある(牛の種類や飼養条件によっても異なるようだ)が、馬の場合はその心配はしなくて良い、というか心配しても仕方がない。と思っている。

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今年も、1年と10日ほどの妊娠期間で分娩した例を聞いた。

その例は、胎盤炎があり、途中流産徴候を示したこともあったようなので、まったく正常とはいかないが、妊娠期間375日ということになる。

とくに異常がない例で、最長どのくらいの妊娠期間(分娩の遅れ)で正常なお産をした例があるのか知っておきたいところだ。

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P4081004

妊娠末期に死んでしまった繁殖雌馬。

外貌から腹壁ヘルニアを起こしたのだとわかった。

このように下腹部が落ちてしまう例では、骨盤前縁に付着している腱が断裂してしまっている。

このようになるのは老齢馬か、異常に妊娠子宮が大きく重くなる胎膜水腫であることが多い。

あるいは双胎でも起こるのかもしれない。

しかし、この馬はただ胎子が異常に大きいだけで、胎膜水腫や羊水過多ではなかった。

P4081006 (剖検写真。観たくない人はクリックしないで下さい。)


桜散る

2011-05-20 | 繁殖学・産科学

P5191069_2 子宮内膜のシストをレーザー焼烙している。

高齢馬に多いのだが、子宮の内膜に水腫がおき、リンパ液が溜まりすぎてシストになり、受胎を妨げる。

子宮頚管が開いているときに、手を入れて指でつぶす方法もあるが、子宮頚管が閉じていると手が入らない。

電気メスで焼く方法もあり、高周波スネアをシストにかけて焼烙すると、ポロリと茎から取れる。

しかし、スネアをかけるのはなかなかたいへんだし、茎が太いと簡単には焼ききれない。

電気メス(高周波)は子宮の中に液体が溜まっていると使えない。

で、レーザーの方が使いやすい。

欠点は、煙で視界が悪くなること。かな。

ケンタッキーでは子宮に液を入れた状態でレーザー焼烙しているらしいが、濁るだろうし、子宮が下垂するだろう。

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P5201071_2 午前中、準急患として子宮穿孔による腹膜炎。

右子宮角の穿孔だった。

どういうわけか、右が多いのだそうだ。

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そのほかに、当歳馬の手根中手関節の骨折を伴う脱臼、食道梗塞後の食道狭窄、の剖検。

2歳馬の後肢の跛行診断とX線撮影。

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P5201082_2  桜の季節も終わる。

サクラ咲く。

サクラ散る。P5201085_2

繰り返されてきたこと。

そして、繰り返しではないこと。


胎便性腹膜炎

2011-04-04 | 繁殖学・産科学

 難産した繁殖雌馬がそれ以降、元気食欲不振ということで、分娩2日後来院した。

血液はPCVが80%を越えている。腹部の超音波画像診断でも腹水が増量している。

腹水には白血球がいっぱい。

子宮体背側が穿孔していることが膣から手を伸ばした触診でわかった。

子宮穿孔による腹膜炎か?それにしても脱水がひどすぎる。

塗沫標本を作ると好中球が細菌を貪食している像が見えるが、貪食されていないフリーの細菌はそれほど多くない。

腹水の上澄を尿検査ペーパーで調べてみるとビリルビンも強陽性。

子宮穿孔だけではなく、消化管も傷ついたのか? 

消化管穿孔か?あるいは消化管の壊死が始まっているのか?

それにしては全身の白血球は6000以上あり、ひどいエンドトキシン血症になっているにしては馬は反応があり、目つきもひどく悪くはない。

 太いドレインを腹部正中に刺して、子宮の穿孔創から生理食塩水を注入し、腹腔ドレナージをしていたら緑色の粘り気のある糞の小さな塊が出てきた。

やはり、消化管穿孔もあるのか?それなら治療してもしかたがない。治療を中止するか・・・

 「いや、胎便だ。」

子馬は分娩時に苦しいと低酸素で蠕動亢進し、肛門括約筋がゆるみ、子宮の中で胎便を漏らしてしまう。

胎便は、胎児の腸の中にあるウンコで、口から何も物を食べていないのに、胎児の腸内にウンコがあるのはおかしなものだが、胎児が飲み込んだ羊水中の皮膚などの老廃物や、脱落した胎児の腸粘膜や、分泌された消化酵素などでできている。

無菌的な子宮内にいたのでウンコと言っても細菌は含んでいないはずなのだが、消化酵素をふくんでいるので、胎児の肺に吸引されても肺炎を起こすし、胎児の腸に穿孔があると胎便性腹膜炎を起こす。

そして、胎児由来の蛋白も含まれているので、母馬は胎児自身より強い反応を示すのではないだろうか。

子宮の穿孔創から胎便を含んだ羊水が母馬の腹腔へ漏れてしまったのだろう。

30?以上の生理食塩水を注入して腹腔を洗浄した。

子宮の穿孔創は膣から手を入れて手探りで縫合した。子宮頚管のすぐ奥の背側では開腹手術しても縫合できないだろうし、PCV80%以上では全身麻酔に耐えられるかどうかわからない。

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通常の子宮穿孔による腹膜炎より回復が悪かった。PCVの下がりが悪い。

しかし、発熱や細菌感染はほとんどなかった。

なんとか退院していった。

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P4021007_2 drafthorse先生、ありがとう!

がんばろう!

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私の小さいときの記憶は神戸市長田区若松町から始まっている。

小学校2年生までその町に住んでいた。

阪神淡路大震災で焼け野原になった。

近所に住んでいた人たちは大勢亡くなった。

今回の東北関東大震災で、阪神大震災や奥尻島の人たちが支援に駆けつけたり、アドバイスを送ったりしている。

今回被災した人たちが一番参考になる素直に聞ける言葉かもしれない。


尾位の難産

2011-03-04 | 繁殖学・産科学

「牛が難産で尻しか触らないっていうんですけど、帝王切開しかないですよね?」

と早朝、若い獣医さんから電話。

自分で行って、後肢から牽引して娩出させるように指示する。

「それで出せないなら帝王切開だね。」

後肢から出せたそうだ。

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「馬の流産の難産なんですけど、後から来てるんですけど・・・」

と夜中に電話。

「子馬が小さいし、後肢から引っ張れば出るから」と指示する。

後肢から出せたそうだ。

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難産で夜中起こされる。

枠場へ入れて手を入れてみると、出てきている2本とも後肢だ。

蹄の向きからするとほぼ背中が上を向いている。

尾位上胎向(背中が上向き)は後肢から引っ張るしかない。

Photo_20(左は尾位下胎向、これは上胎向に直して出す必要がある)

両後肢に産科チェーンをかけて引っ張って出す。

子馬は生きていたが次の朝、死んでしまった。

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初めて尾位の難産に遭遇したら、驚きとまどうかもしれない。

しかし、間違いなく2本とも後肢だと確認したら

胎仔の背中が上になるように捻りながら牽引して出すしかない

尻さえ骨盤を通れば引き出せる。

異常産だし、臍が切れていたり、胎盤も機能しなくなっていたりするので、急いだほうが良い。

Photo_21

 尻から産道に入ってきていると厄介だ。

尻を押し戻して、飛節を引っ張り、それから中足骨を引っ張り、そして繋を引っ張って、両後肢を牽引して娩出させる。

 (図は「獣医繁殖・産科学」より)

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枠場がない?

枠場がなくても後肢から引っ張って出すしかない。

そして、やはり枠場さえあれば助けられる馬もいると思う。

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P2240898明治初期の征韓論をめぐる対立を思うとき、

ヨーロッパをその眼で視察した高官たちと、西郷たち留守番をした者たちの「意識」と「感覚」の差が大きかったのではないかと思う。

文書で読んだり、報告を聞いて「わかる」のと、実際にその場に立って、その目で見るのとは、欧州列強と日本との国力の差や、海外情勢についての認識に差ができてしまったのだろう。

馬の臨床獣医学を思うときも、世界の趨勢から遅れず、離れず居たいものだ。


帝王切開の数と比率

2011-01-14 | 繁殖学・産科学

帝王切開、英語ではcesarean section 、C-section と呼ばれたりもする。

帝王切開の語源と、とんでもない誤訳だという記事

帝王切開の適応について考えた記事

去年、帯広畜産大学石井先生は、乳牛の帝王切開の症例数も同じNOSAIでも診療所によってかなり違う。と述べられていた。

牛の難産でも、難産介助してなんとか経膣分娩させるか、早めに帝王切開の決断するか、その診療所と獣医師によってかなり異なるのだろう。

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人医療でも、国や病院によって帝王切開が実施される率は大きくことなるようだ。

権威ある医学雑誌Lancetにも報告されたことがあるのだが、

「世界42ヶ国の3年間の帝王切開と収入統計のデータを調べたところ、貧しい家庭の女性は1%未満の帝王切開率であった。

世界保健機関(WHO)は、女性の健康を保証するために帝王切開率を5-15%にするように各国へ勧告している。

1%しか帝王切開が行われていないということは母児は分娩中に死亡しているだろう。」

ということのようだ。

また、

「それらと同じ国でも裕福な人たちの間では帝王切開率は高く、ブラジルでは最も裕福な女性達の帝王切開率は67%であった。」

                                         VOAから

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人医療でも帝王切開の適応についていまだに議論されているようだ。

分娩が週末になりそうだと、土曜日曜は病院が手薄になるので金曜日には帝王切開が増える。などと聞くと、現実問題はともかく、「いいのかな」と思ってしまう。

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馬では、難産は緊急事態だ。

ひどい難産になると子馬はたいてい奇形か助からないかだが、帝王切開してでも助けたい母馬なのか、そうではないのか考えてその場で言ってくれた方が良い。

ただし、それは、帝王切開するとたいていその年は種付けにはならず、翌年種付けしても難産歴がない馬より受胎率は落ちると思われ、うまく受胎しても分娩するのは再来年になるのを承知の上でだ。

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Photo今年もぼちぼち、

「帝王切開してほしいんだけど」

という電話が夜中にかかってくる季節かもしれない。