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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

生産地の獣医師の仕事 運動器疾患

2007-12-06 | 学会

Pb230055 ながながとウマ科学会シンポジウム「生産技術を考える」で話した内容を書いている。

まあ、生産地の方で「そんなことよく知っている」という方は読み飛ばしていただきたい。

運動器疾患もけっこうある。

競馬場やトレセンでの診療では、全体の約半数が運動器疾患、ついで疝痛(消化器疾患)だそうだ。

それに比べると、生産地の疾患がいかにバラエティーに富んでいることか。

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 運動器疾患には純粋に整形外科疾患も多い。Pb230060

たとえば育成馬の飛節軟腫。

脛骨や距骨の離断性骨軟骨症OCDであることが多い。

X線撮影して関節内に骨軟骨片が見つかると関節鏡手術してそれを取り出すことになる。

関節鏡手術を始めた頃は、軟腫が自然に解消しないか待つだけ待ってから手術をしていたが、今は牧場や馬主さんや調教師さんが「さっさと手術してくれ」と言うようになった。

競走成績まで含めた予後は良好だと思っている。

OCDもDOD(成長期の整形外科的疾患)のひとつだが、もちろんDODへの対応も生産地の獣医師の仕事の一つ。

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Pb230061 生産地での馬の死因は、骨折、腸捻転、分娩事故、新生児死で、なかでも骨折はたいへん多い。

馬が致命的な骨折をすると助けるのはなかなか難しい。

しかし、体重が少ない子馬や、治った後に競走能力を要求されない繁殖雌馬や種雄馬は、骨折治療の対象になる可能性が高い。

だいじな馬を1頭1頭助けることも生産地の獣医師が求められていることではある。

(つづく)

  今日は競走馬の Tieback & Ventriculocordectomy 喉頭形成・声嚢声帯切除手術。

その後、高齢の繁殖雌馬の披裂軟骨炎。

呼吸障害がひどいので、緊急に永続的気管切開をした。(右;クリックすると大きくなりますが、頚の部分で気管にPc060076_3穴 が開いている写真です。馬を押さえていた人は倒れてしまいました。見たくない人はクリックしないように。)

こいつのおかげで今日は昼食ぬき。

その後、競走馬の橈骨剥離骨折の関節鏡手術。

合間に、1歳馬の外傷。

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Pc060078 消毒用踏み込み槽も凍ってしまうようになった。

もう片付けなければならないだろう。

 


生産地の獣医師の仕事 呼吸器疾患1

2007-12-04 | 学会

Pb230055 生産地では呼吸器疾患も多い。

畜産業では、幼若な家畜の下痢と肺炎は、牛でも豚でもその他の家畜でも大きな損耗を引き起こす。

個体管理が徹底されている馬でも例外ではない。

Pb230058仔馬の肺炎を調べると約半数がロドコッカス・エクイ Rhodococcus equi によるものであることがわかる。

(実は調査するまで、誰もそう思っていなかった。ロドコッカスによる肺炎など、仔馬の肺炎のごく一部だと考えていた。これは、大きな間違いだった。)

仔馬のロドコッカス感染症に取り組むにあたって、最初にこの病気の発症日齢を調べた(左写真の左下グラフ)。

たいへん特徴的な分布をしている。

生後30日齢以内に発症する仔馬はほとんどいなくて、30~60日齢で発症する仔馬はひじょうに多い。

それ以降に発症する仔馬は漸減している。

仔馬のロドコッカス感染症には約10日の潜伏期間があることが、感染実験などで確かめられている。

ということは!実はほとんどの仔馬が生後1ヶ月以内に感染して、潜伏期間を経た後発症しているのではないか。

そして、60日齢以降など遅れて発症している仔馬は、遅くなって感染したのではなく、異常を発見したり、感染を診断するのが遅れただけなのではないか。と考えた。

 そこで、私たちは診断法にELISAによる抗体検査でスクリーニングし、気管洗浄液からの菌分離で確定診断することを導入した。

これらの方法の普及により早期発見、早期診断、早期治療が可能になり、治療の成功率は向上した。

 感染子馬を隔離して早期治療し、治療に成功することで、感染子馬による牧場の汚染(感染子馬は喀痰や糞便中に多量の菌を排泄する)を防ぐことにつながった。

そのことによりロドコッカス多発牧場を減らすことができた。

このような病気との取り組みは獣医師でなければできないことだ。

1頭1頭を治すことを求められるのが臨床獣医師だが、実は1頭1頭を治すことより本当に成果をあげるのは病気の予防、疾病のコントロールだと思う。

(つづく)

Pb280063 この時季は出張、学会シーズン。

ウマ科学会、JRA調査研究発表会、AAEP。

そして、日常診療に引き戻される。

今日からTieback 6頭。


生産地の獣医師の仕事 生殖器疾患

2007-12-03 | 学会

Pb230055_3 外傷不慮についで多かったのは生殖器疾患。

馬は季節繁殖動物だし、サラブレッドの種付け料は高額なので牧場も獣医師も、受胎させ、1年1産をめざすことにたいへんな労力と神経を使っている。

生産地の獣医師は、3月から6月の午前中は繁殖障害治療施設(右下)に貼り付けになって、直腸検査、子宮内膜炎の診断治療(子宮内薬剤注入、子宮洗浄)、超音波画像診断装置による受胎確認にあたっている。

しかし、せっかく受胎しても早期胎芽死と流産で10頭に1頭は生まれないことが知られている。

生産とは非常にロスとリスクが多い事業なのだ。

                               -Photo_2

 馬の子宮内膜炎は激減した。

かつてはクレブシラ Klebsiella 、シュードモナス Pseudomonas 、プロテウス Proteus といった抗生物質に耐性を示す細菌による子宮内膜炎がけっこうあって、獣医師はその治療に悪戦苦闘していた。

しかし、この10年、こういった細菌が馬の子宮内膜炎の材料から分離されることはほとんどなくなった。

Klebsiella pneumonia type 1 などはいかにもたち(性質)の悪そうな独特のコロニーをしているのだが、検査にあたっている獣医師も若い人はお目にかかったことがないだろう。

  実はこういった消毒薬や抗生物質に強い細菌による難治性の子宮内膜炎が流行した背景にはCEM(馬伝染性子宮炎)の流行があった。

CEMと呼ばれるかつてなかった細菌性子宮炎が30年ほど前、世界的に馬にひろがった。

欧米では撲滅に成功した国もあったが、日本は清浄化に失敗し、発生数は減少したものの20年以上にわたって発生し続けた。

で、本交(種雄馬と繁殖雌馬を交配させること)しか許されないサラブレッド生産では、種雄馬のペニスの消毒、繁殖雌馬の子宮内への抗生物質の注入が汎用された。

その結果、消毒薬や抗生物質に強い細菌による子宮内膜炎が流行することになった。

CEM菌は伝染力は強いが、それほど消毒薬や抗生物質に強い細菌ではなかった。

陰核などに保菌するという点ではしつこい細菌ではあるのだが、CEMそのものが治せないということはない。

CEMでだめになった馬より、CEMの流行後にはびこった性質の悪い菌による子宮内膜炎で駄目になった馬の方が多かったのではないだろうか。

 話が長くなった。

CEMが流行したあと、消毒が大事、抗生物質で治療するしかないとなり、さらには予防にまで抗生物質を使うようになった。

そのことが、より被害の大きい問題を引き起こしたのではないかと言いたいのだ。

研究にあたる獣医師、臨床にあたる獣医師、家畜保健所で指導にあたる獣医師、いずれにしても獣医師の知見や指導が伝染病と衛生状況のいく末を決める。

獣医師の責任は重い。

いずれ日本がCEM清浄化宣言できる時が来たら、すべてを含めて検証・総括してみるべきではないだろうか。

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 そして、CEM清浄化に近づいたのは、もう多発しなくなったものの散発しつづけるCEMに、あらたな意欲をもって取り組み、PCRという検出精度の高い検査方法を導入し、検査材料の採材方法を改善し、撲滅への意欲をなくしている生産地の獣医師を指導した、行動力をもった立派な研究者がいたこともここに書いておきたい。

(つづく)

Photo

ああクリスマス。

うちのツリーも出すか~


生産地の獣医師の仕事 下痢・疝痛

2007-12-02 | 学会

Pb230055_2 外傷不慮、生殖器疾患についで多かったのは消化器疾患。

生産地で多い消化器疾患は、仔馬の下痢と、いろいろな年齢の馬の疝痛。

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 仔馬は半数以上が下痢で診療を受けている。Pb230057_2

糞便を検査した仔馬の約半数はロタウィルス陽性で、仔馬の下痢ではロタウィルスが大きな原因になっていることがわかっている。

ロタウィルスによる下痢も含めて、ほとんどは治癒するのだが、中には重症化したり、あるいは併発症として胃十二指腸潰瘍が悪化する仔馬がいる。

数年前から妊娠末期の母馬に接種するロタのワクチンが市販されている。

母馬を免疫することで、初乳中のロタ抗体を増やし、子馬をロタウィルスの感染から守ったり、ロタウィルスに感染しても重症化するのを防ごうというワクチンだ。

このワクチンが実際にどのくらい効果をあげているか調査したが、効果を数字で示すことは難しかった。

しかし、効果を実感している牧場も少なくないようだ。

仔馬の下痢は、さまざまな原因が考えられる。検査したり、調査して、この複雑な要因がからむ疾患をコントロールするのは獣医師の役割だろう。

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Pb230056生産地ではあらゆる年齢の馬が疝痛を起こす。

疝痛で最も多いのは便秘・風気疝といった内科的に治療が可能なものなのだが、中には致死的な疝痛もある。

昔は獣医外科学の教科書でさえ、馬の開腹手術は実際には難しい。と書かれていた。

しかし、現在では開腹手術適応の急性腹症は、躊躇なく開腹手術すべきだ。

開腹手術後の生存率も以前とは比べものにならないくらい向上した。

1頭1頭を致死的な疝痛から助けることも獣医師が求められている役割だ。

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グラフは急性腹症の月別の発症数を示している。

グリーンの棒は腸破裂。4月をピークに、3月から5月が多い。つまり分娩事故としての性格が明らかになった。

紫の棒は腸重積や腸捻転を示している。6月をピークに、5月から8月が多い。

これは、放牧中の青草摂取量が多い時季に一致する。採食量が疝痛発生の要因であることがわかる。

このように事故を疫学的に分析することは、病気の予防に役立てることができると考えている。

事故を分析し、病気を減らすことも、獣医師が果たすべき役割だろうと思う。

(つづく)

Photo 以前は旅行も飛行機に乗るのも好きだったのだが、最近はどうも・・・・・

海外なんかはとくにおっくうだ。

南の島へ行くなら別だけど。

加齢性変化ですかね。


ウマ科学会学術集会 シンポジウム

2007-11-30 | 学会

Photo_3 真のウマ立国。生産技術を考える。をテーマにしたシンポジウム。

東京で行われる馬のシンポジウムで、「生産」がテーマに取り上げられ、生産地の人以外がそれを聴いてくれたことは意味があっただろう。

私が担当した「獣医師の役割」の話についても、

「生産地の診療はこんなにいろいろなんですね」とか

「獣医さんっていろいろやってるんですね」とか、声をかけていただいた。

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 日本ウマ科学会の会則第二条「目的」は、

この学会は、馬の改良増殖その他畜産の振興並びに馬事文化の伝承に資するため、馬に関する研究の推進と、それらの成果を社会に還元することを目的とする。

 となっている。

う~ん・・・・・・・これなら生産は中心であるべきだな。

臨床獣医学も「馬に関する研究」に含まれるだろう。

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乗馬の生産の話も意外に(ゴメンナサイ)面白かった。

遠野の乗馬のセリなどは出場馬の数が足らず、購買者の方が多いそうだ。

日高ではサラブレッド生産をあきらめて、黒毛和牛生産へ転業する牧場もある。

しかし、施設がちがうので多少の投資も必要だし、技術も知識もあらたに必要だ。

乗馬生産ならお手のものではないだろうか。

調教・馴致すればけっこうな値段で売れるようだ。

種付けは人工授精も許される。

ハフリンガー種などは日高では乳母として稼ぐ方法もあるのではないだろうか?

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 ディスカッションの中で、若い人がこの業界(馬産地)に入ってこなくなっていることも問題の一つとして挙げられていた。

今あるからといって、これからも続いていくとは限らない。

生産界は、方向付けも、施策も、努力の質も量も、もう誤ると取り返しがつかない結果へつながるところへ来ているように思う。

さて、私が話した内容はボチボチと紹介していきたい。

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Photo タイガーマスクは岩手競馬で2勝目をあげ、JRAへ復帰することになった。

がんばれ、タイガーマスク!

岩手の皆さんありがとう!って私が礼をいうのもヘンだけど(笑)。