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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

ウマは馬

2008-07-05 | 学会

 北海道獣医師会の学会を準備するための会議でいくつか議題、話題になったことから。

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 研究発表のタイトルに動物種を入れるべきと指摘されていた。

しかし、微妙な演題もある。

「乳房炎」とあっても「牛の」と入れなければいけないか?

「第四胃変位」とあっても「牛の」と入れなければいけないか?

「酪農家」とあれば「牛の」は要らないか?

「蹄葉炎」は・・・牛にもある!

しかし、権威ある学術雑誌でも動物種が入っていないタイトルの論文が載っていることがある。

どうも犬についての論文に「犬の」が抜けていることが多いような気がする。

獣医学分野のもっともメジャーな動物種になった犬を扱う獣医師の驕りだろうか。

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 動物種は一般にはカタカナ表示する。しかし、牛、馬、犬、猫などは習慣的に漢字で表記する。らしい。まあ、これも結局はどちらが正しいという問題ではなく、取り決めなのだろう。

(うさぎは、ウサギか兎かどっちだろう?)

英語論文でも Horse とするタイトルと Equine とするタイトルがある。

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 症例報告の頭数は数字で表記するのだそうだ。つまり「・・・・の症例」。

英語論文では「・・・・in a Horse」とタイトルに書かれることが多いが、これは英語を母国語とする一般の人には奇異な言い回しのようだ。

「1頭の馬における・・・・・」などとは一般の日本語としてはおかしいのと同じかもしれない。

しかし、医学・獣医学論文ではその方がそれらしいのだ。

そして、学術論文のタイトルの付け方にも流行がある。

少しずつ、文語的な表現から自然な口語的表現になっていくのかもしれない。

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ノビタキ。

雄。

夏羽。   


n=1

2008-02-23 | 学会

 臨床獣医学の学会では、研究発表として症例報告が行われることがある。

しかし、条件を整えた実験結果や、大規模な調査の発表に比べて、症例報告の学術的価値は低く扱われる。

症例を扱う場合は、症例数 n がその価値に関わってくる。

とくに一つの症例だけの報告 n=1 は、「1例報告だから」と言われてしまうこともある。

1例報告は、好結果が出ようが、残念な結果に終わろうが、たまたまそうなった。偶然そうだった。という面がついて回るので、報告された事象を評価しにくいのだ。

 ただ、臨床獣医学にとって、症例はまさに実践であり、目的である。

スポーツで、「試合ほどすぐれた練習はない」と言われるように、症例から学ばなくては臨床の進歩はない。

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 昨年のAAEPの講演・発表のDVDを3枚ほど買った。

http://www.verandatapes.com/category.cfm?Category=91

1枚はDr.Dean W. Richardson による Lessons from Barbaro と題した特別講演。

獣医師向けの講演なので、Dr.Richardson 自身も断っているように、今までマスコミには流されなかった手術部位の写真などもあるし、整形外科学的な検討もされている。

発表されていたx線写真だけから想像していたよりひどい骨折と損傷だった。

蹄葉炎も想像していたよりひどかった。

そして、報道で聞いていた以上に積極果敢な治療が行われていた。

 手術やキャスト交換のたびに安全な麻酔覚醒のために使われたプール。

内固定に使われたロッキングコンプレッションプレート、5.5mm皮質骨スクリュー。

関節固定術につかわれたBone saw と関節内のドリリング。

自家海綿骨移植、抗生物質入りのペースト。

蹄葉炎の予防と治療のための特殊な蹄処置、蹄葉炎になってからの積極的な蹄壁の切除。

 私たちが準備もしていないものばかり。

しかし、別な世界の話ではない。

同じ馬の臨床分野での話なのだ。

私たちも学ばなければならない。Lessons from Barbaro.                            

USA、いや世界中が注目した1症例。 

n=1だが、Lesson は複数形だ。

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生産地の獣医師の仕事 伯楽と獣医師

2007-12-09 | 学会

Pb230066 かつては馬の良否を見分けることができる人や、馬獣医師は「伯楽」と呼ばれていた。

「伯楽」という言葉はやがて「博労」という言葉へかわったが、「博労」という言葉も辞書によればまだ馬獣医師の意味を含んでいたようだ。

「ばくろう」は「馬を喰らう」とも書く。

こう書くと家畜商の意味で、今風にはエージェントとも呼ぶ。

 かつての伯楽と呼ばれた馬医者と、現在の獣医師 veterinarian 馬臨床獣医師 equine practitioner を分けるものは、科学としての獣医学であり、獣医学教育だろうと思う。もちろん国家資格としての獣医師免許も。

大工と建築家を分けるのは建築学だろうし、船頭と航海士を分けるは航海学だろう。

これは、どちらが上とか、どちらが立派ということではない。

徒弟制度と経験の中でしか伝承できないものを、社会的な資格や専門家として存在を認めることができるものに変えているのは科学であり、学問だろう。

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Pb230067 臨床獣医師は診療、すなわち診断・治療を行っている。

しかし、ながなが書いてきたように、1頭1頭を治すことより、予防によりその他の馬を守ることのほうが成果につながることもある。

事故の予防や疾病のコントロール、そのための方法を普及・指導していくのも獣医師の仕事だ。

そして、それを正しく進めて行くためには、客観的な真実を求めるための調査や研究も必要になる。

獣医師の役割とは、混沌とした動物飼養の世界に科学を持ち込むことではないだろうか。

 また、強い馬づくりを実践して素晴らしい成果をあげているA先生も、その方法を普及・指導しようとしているトータルコンサルタントのH先生も、もとは優秀な臨床獣医師だ。お二人の今の基礎となっているのは獣医学だろうと思う。

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Pb230068 その点で、私は獣医師として技術者と呼ばれるのは好きではない。

技術とはわざ。わざという字は手が支えると書く。

どうしても手でする作業のイメージが付きまとう。

獣医師のやるべきは、手ですることばかりではないだろうと思うのだ。

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獣医師法が改正されたもっとも大きい点は、獣医師が社会的存在として認められたことだと思っている。

単なる国家資格ではなく、獣医師という、教育を受けて獣医学という背骨を持った存在が社会の中で必要なことと、その存在価値を認められたのだと思っている。

獣医師として働いている人はみんな仕事に必要だから資格を取ったのではなく、獣医師として採用されたのだ。

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 別に技術という言葉に抵抗があるわけではない。

診療技術というのはあるし、外科に及んでは手が支えるわざの部分が大きいことは実感している。

しかし、われわれ獣医師が手でする仕事だけに拘泥していて良いはずはないし、徒弟制度や伝承で受け継がれるべき仕事ではない。

獣医師の中にも自虐的に自分達は「技術屋だから」とか「職人芸だ」と言う人がいるが、私は言わない。

 医師を技術者とは呼ばないでしょう?

 弁護士にも法廷技術はあるだろうが、技術者ではないでしょう?

 技術者とは英語ではテクニシャン technician 。欧米では獣医師の指示を受けて作業を手伝っている人たちのことだ。


生産地の獣医師の仕事 生産地?

2007-12-08 | 学会

Pb230069 日本では10万頭の馬のうち競馬サークルにいるサラブレッドが6万頭と言われている。

これ以外の乗馬2万頭あまりもかなりがサラブレッドなので、日本の馬はサラブレッドばかりに偏っていると言える。

サラブレッドというと競走・競馬のイメージが頭に浮かぶが、実はサラブレッドの多くは生産地にいる。

そして、生産地では2歳まで育成調教も行われている。

また、現役競走馬も休養・リハビリ・治療のために生産地へ戻ってくる。

生産地と呼ばれるが、現実は「生産・育成・調教・休養」地なのだ。

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   ギャンブルとしてだけ競馬を楽しむ人も少なくないだろう。しかし、ギャンブルの題材としてだけなら、競馬は運営にコストがかかりすぎる。

馬の魅力、そして血統の不思議さ、活躍した馬の子供がまた登場してくるサークル、応援していた馬の子供をまた応援したくなるファン心理。

生産があるからサラブレッド Thoroughbred はサラブレッドなのだ。

生産があるから農水省が管轄しているのだ(笑)。

生産のない競馬は魅力が半減すると思っている。

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 日本人がスポーツの世界で、海外に目を向けるようになっているという人もいる。

たしかに以前に比べればそうかもしれないが、それは日本人が世界へ出て活躍している分野だけで、純粋にスポーツとしてのレベルの高さを求めてはいないように思う。

メジャーリーグベースボールでも海外サッカーでも注目をあびるのは日本人プレーヤーのいるチームだけだ。

F1もTV局の思惑に反して、日本人ドライヴァーが活躍しないときは寂しいかぎりだ。

外産馬ばかりになって、生産牧場名も、血統も、なじみのない名前ばかりになったら競馬人気に影響するだろう。

そして、生産しないなら、競馬は農業とも、畜産振興とも、環境保全とも、馬文化の保存ともつながりを失う。

(つづく)

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P9240030 BTC。

東京ビューティセンターではありません。念のため。


生産地の獣医師の仕事 売買への関与 

2007-12-07 | 学会

Pb230062 じつはスクリューやプレートを入れる手術の中で一番多いのは、仔馬の肢軸異常の矯正手術。

蹄の処置や運動制限だけではよくなりそうにないと、最近は成長板をまたぐようにスクリューを1本入れることで骨の成長を阻害し、反対側だけが成長することで肢軸異常を矯正している。

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Pb230063  この肢軸異常を含めて、骨端症、骨軟骨症、骨嚢包、方形骨形成不全、腱拘縮が成長期の整形外科的疾患と呼ばれている。

成長期の骨は、成長板や関節内の軟骨が骨になっていくことで盛んに造られるが、この仕組みがうまく行かないことによる疾患を成長期の整形外科的疾患DODと呼ぶ。

軟骨ばかりが分厚くなって、下の骨から剥がれてしまえば離断性骨軟骨症だし、その部分だけ骨ができないので骨に穴があいてしまうと骨嚢包だ。

成長板の軟骨の異常が骨端症だし、成長板周囲の骨の形や成長が異常なのが肢軸異常、軟骨が骨になっておらず四角いはずの骨が四角くないのが方形骨形成不全、腱に比べて骨が成長しすぎているのが腱拘縮。ということらしい。

このDODは最近、馬の世界でたいへん注目されている。

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Pb230064  その理由のひとつにセールにおけるレポジトリーの普及・要求がある。

レポジトリーとはセールで、その馬の購買に興味がある人がその馬のX線写真や喉頭の内視鏡ヴィデオ画像を見られるように保管しておくことだ。

セールによって1頭28枚とか32枚のX線撮影をすることになる。

当然、なんらかの異常がみつかるきっかけにもなる。

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 以前は、外見上だけでの相馬(馬を外見から評価すること)が行われていた。

右下の写真は現役競走馬だが、右前肢はあきらかに肢軸異常で、これなら誰にでもわかる。

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Pb230065 絵は装蹄師用の教科書からコピーさせてもらった。

肢軸の異常について図示されている。

下に並んでいるx線写真は1歳馬なのだが、外見上は異常はなかった。

しかし、X線撮影してみると手根骨の並びが良くない。

腕節の内背側には骨増勢があり、関節内には骨片もある。

獣医師は外見だけでなく、X線画像も思い浮かべながら馬を見ている。

これからは馬の売買への獣医師の関与も今まで以上に求められていくだろう。

生産地の獣医師の新しい仕事となっていくだろうと思われる。

(つづく)