真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
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福岡市在住のピンクス。ピンクスとは、ピンク映画愛好の士、を意味する造語である。
仮名遣ひは正仮名を使用。
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感じる若妻の甘い蜜
た行
/
2012年12月19日
「
感じる若妻の甘い蜜
」(2012/製作:《株》旦々舎/提供:オーピー映画/脚本・監督:田中康文/撮影:飯岡聖英/照明:ガッツ/編集:酒井正次/助監督:北川帯寛/音楽:宮川透/監督助手:原田眞行/撮影助手:宇野寛之/編集助手:鷹野朋子/メイク:佐々木愛/タイミング:安斎公一/応援:小林徹哉・金沢勇大・中川大資・江尻大、他三名・大高伸/協力:オフィス吉行・多呂プロ/出演:管野しずか・荒木太郎・赤西ケイ・佐々木基子・池島ゆたか・那波隆史・野村貴浩・太田始・小林節彦・松井理子・望月梨央)。出演者中、小林節彦以降は本篇クレジットのみ。照明のガッツは、守利賢一の変名。ポスターでは、製作は《株》旦々舎とラボアブロスに、どうもこの辺りが判然とせん。
くたびれて帰途に着く荒木太郎と、歩道橋の上、如何にも訳アリな風情で終に歩を進める力も失ふ管野しずか。男が女と出会ふ、女は左腕に、袖を鮮血が染めるほどの傷を負つてゐた。黄昏たススキ野原を歩く荒木太郎と管野しずか、メイン・テーマが火を噴きタイトル・イン。のつけから、映画が半端ない。
三年後、タイトル前にもモノローグで語られるが驚くことに結婚してゐた津田政志(荒木)とかなえ(菅野)は、六年三本前の処女作「
裸の三姉妹 淫交
」(2006/脚本:内藤忠司・田中康文・福原彰=福俵満/主演:麻田真夕・薫桜子・淡島小鞠)に於ける華乃家と同じ物件にて、慎ましくも穏やかな暮らしを送る。とはいへ、おとなしくそこで満ち足りてゐればいいものを、「協亜生命」第三営業部に勤務する津田は会社が進める保険の新プランに反抗、係長に降格されるに止まらず、新課長はかつての部下であつた森田(野村)。旧知の部長・佐藤(池島)の尽力で辛うじて首が繋がる、針のむしろに座つてゐた。那波隆史は、佐藤が津田を連れて行く会員制の秘密クラブ「SINA」のマスター・前島、ついでにバーテンダーは北川帯寛。そこで女を抱く自らの姿を撮影させるのが佐藤の趣味で、津田は要は、体のいい撮影係だつた。赤西ケイが、ここで佐藤に抱かれる頑なに表情を失した女・亜門。一頻り落ち着いた、抜群のタイミングで飛び込んで来る佐々木基子は、第三営業部最強の生保レディ・羽田奈津美。親睦会と称して連れ出した―保険新プランに反対し現場を混乱させた―津田を、猛女連で集中攻撃。ほぼ前後不覚にまで追ひ込まれた津田は、ホテルにて羽田からパワハラ込みで捕食される。目に留まつたのが、連れ込み内での佐々木基子の、近年覚えがない艶やかな美しさ。本篇二戦目にして銀幕映えするクール・ビューティーを加速させる管野しずかと、固定された無表情に壊れた心を押し込める赤西ケイ。そして三番手の濡れ場にも貪欲に織り込まれたドラマを、頑丈な芝居で綺麗に形にする佐々木基子。適材適所が迸る巧みな戦略にも裏打ちされた、三花繚乱が実に素晴らしい。その三日後、津田が何時も通りに重たい気持ちで出勤した駅。目が合つた津田を、物凄い―本当に物凄い―表情で見詰め返した太田始が、津田の眼前電車に飛び込む。
配役残り松井理子と望月梨央は、「SINA」の店の女。小林節彦はかなえの回想中、かなえを犯す二人組の片割れ、もう片方は不明。応援部隊からは僅かに、「SINA」店内で羽目を外す江尻大は視認出来た。仮に応援勢が「SINA」店内と協亜生命社内要員だとすると、女子社員役の女の名前が足らない。
新東宝からオーピーに越境しての四年ぶり第三作「
女真剣師 色仕掛け乱れ指
」(2011/主演:管野しずか)から、七ヶ月間を置いての田中康文第四作。もう少しビシバシ量産体制に入つて頂けると、有難いところでもある。加へてへべれけな切り口で恐縮ではあるが、加藤義一は精度にムラがあるのとどうしても映画全体にコシがないゆゑ、城定秀夫の本格娯楽映画を追撃するに当たつてこの世代では田中康文が最も近い位置にゐると、常々ぼんやり目するものである。さういふ勝手な期待には、今作は必ずしも応へない。うらぶれた中年男が、謎めいた若い美女と刹那的に出会ふ。何時しか二人は何故か結婚、さうはいへ男は自爆気味にうらぶれ続けた挙句に、姿を消す。蓋を開けてみると案外狭い世間に分け入り、女は男を捜しに行く。詰まるところは行間ばかりのたつたそれだけの始終で、笑つて泣かせて色々あれこれあつた末に、統一的な物語が目出度く見事に大団円。といつた類の映画では、本作は全くない。然れども、宮川透と撮影部の驚異的な働きに支へられ、劇映画としての体裁を損なはない最低限に叙事は止め、器の残りは正しく溢れんばかりの無尽の叙情が満たす。鳴り始めるや即座に捕獲した観客の心を、劇中世界に放り込み離さない劇伴の威力にも震へさせられつつ、兎にも角にも撮影が超絶。日常に非ざる異界を鮮やかに現出する「SINA」の店内空間、荒涼とした中に一掴みの温もりも残すススキ野原の外景、一連二つといふ意味で二連のショットには度肝を抜かれた。時代に後れるどころでは最早済まない懐古趣味を臆面もなく振り回すが、映画はどうしてフィルムでなくてはならないのか。口で簡単にいふと目に見えないものも映すから、となるが、一つの具体的な結果は間違ひなくここにある。画面に興奮するのみで技術的な領域に踏み込んでは一個も見通せない節穴を憚りもせずに、なほかつ下手な物言ひを滑らせれば、とても他の組と同じ機材同じ条件で撮つてゐるやうには思へない。僅かに観た限りではあるが、数十倍、数百倍の予算で製作された一般映画にも易々と互角以上に戦へよう、この画そのものが有するエモーション。テーマ的な部分に関して適当に掻い摘むと、ところで処世スキルはゼロで労働意欲はレス・ザン・ゼロな間違ひだらけの管理人は、現に年が明けると非自発的に無職になる―どうだ?鬼よ、泣け―のだが、実際に幾多と居るであらう津田の如きダメ中年男が、蒸発しても追ひ駆けて来るかなえのやうな健気で若くておまけに美人、一言でいふと理想的な女の存在に孤独を免れ得るだなどといふのは、竜や魔法使ひが出て来る以上のファンタジーに過ぎまい。いふまでもなく、よりリアルなのは太田始の姿だ。クライマックスの遣り取りも決して磐石ではなく、本来ならばかういふ都合のいい惰弱な嘘―南風系のコメディの場合には、また話は別だ―に対しては、意固地を拗らせた脊髄反射的な反発も込みで首を縦にはまづ降らないものが、濃密な映画の力にまんまとチョロ負かされ、ストレートに圧倒されてしまつた。完敗を認めるほかはない、娑婆の冷たさに凍えるまでは。寧ろ、忘れさせて呉れると助かる、それは小生の修行の問題か。
因みに、助監督の北川帯寛と協力からは金沢勇大・中川大資・江尻大の計四人は来年あるいは後(のち)に、池島ゆたかプロデュースの十五分×四本のオムニバス・ピンクで、合同監督デビューを果たす面々。尤も、今回―五月中旬公開の本作で―この四人の名前が揃つたのは、当時的には純然たる偶然だらう。
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