真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「浴衣妻の下心 全身快感」(2000『ノーパン浴衣妻 太股の肉づき』の2008年旧作改題版/製作:シネマアーク/提供:Xces Film/監督:下元哲/脚本:金田敬/企画:稲山悌二・奥田幸一/撮影:中尾正人/照明:代田橋男/編集:酒井正次/助監督:高田宝重/スチール:津田一郎/監督助手:加藤義一/撮影助手:西村聡仁/録音:シネキャビン/現像:東映化学/出演:つかもと友希・しのざきさとみ・風間今日子・なかみつせいじ・村井智丸・日比野達郎・久須美欽一・荒木太郎)。
 下町の銭湯「富の湯」、番頭の与三郎(荒木)は富の湯を閉めるつもりで、地上げ屋の鹿嶋(日比野)から既に手付けも受け取つてゐた。そのことを与三郎は未だ公にはしてゐなかつたが、小遣ひ稼ぎに商店街のオヤジ達の尺八を吹く、タバコ屋「鈴木商店」看板娘であり富の湯常連の女子高生・美津子(風間)から、同じく常連で、将棋仲間でもある焼き鳥屋の熊川(なかみつ)や御隠居(久須美)も知るところとなる。そんなある夜、風呂上りの美津子がはしたなくも全裸で扇風機に吹かれ牛乳を満喫してゐるところへ、与三郎は「早く帰《けえ》れ」とけしかける閉店間際の富の湯に、見慣れぬ浴衣姿の女が現れる。女・さくら(つかもと)の謎めいた色気に、与三郎は一目で心を奪はれる。翌日以降も通ひ始めたさくらを、与三郎は富の湯を貸切にして迎へる。汗だくになりながら与三郎が湯加減を見るボイラー室に、さくらが気紛れに光臨する件。与三郎にとつては、その刹那灼熱のボイラー室が楽園にすら変つたといふ幻想的なショットをより決定づけるためには、思ひ切つてさくらにはタオルで隠さずに、不自然であつたとて肌も露なまゝボイラー室に入つて来ては欲しかつた。
 与三郎が、判れた女房・千恵子(しのざき)が営む和風スナック「さつき」を訪れると、熊川と御隠居が、昨今町の男達を賑せ鼻の下は伸ばす、寺の境内で男を漁ると、一夜を共にして呉れるとかいふ浴衣を着た美人幽霊の噂に花を咲かせてゐた。早速深夜ジョギングを始めようと躍起になる熊川を余所に無関心な風を装へど、与三郎は浴衣幽霊とはさくらではあるまいかと内心穏やかではない。噂話のイメージ中に登場する、折詰ブラ提げたポップな千鳥足の酔つ払ひは高田宝重。「さつき」店内に、もう一人後ろのボックス席に見切れる一人客は不明。開巻の濡れ場に登場する村井智丸は、さくらを抱く青年。一度限りといふ禁を破り再びさくらの前に現れるも、旦那はヤクザだといふ嘘に、すごすごと退散する。スタート・ダッシュをつかもと友希の濡れ場で飾りたいといふ言ひ分ならば、勿論判らぬではない。とはいへこの村井智丸の存在により、熊川が喰ひつき与三郎は心騒がされる、浴衣幽霊のプロットが初めから割れてしまつてはゐる。
 幽霊譚の機能不全により、片翼捥がれたやうな気がしなくもないものの、しつとりとした心情描写と、三作目といふ次第でエクセス・ルールにも囚はれない、情感豊かな主演女優とに麗しく支へられた人情ピンクは、潔い実用性の一点突破に徹しない際の下元哲にしては珍しく、正方向に見応へがある。加へて脇を固める布陣も磐石であるのは、改めていふまでもなからう。その上でなほ、明後日の方角に引つかゝつたのは。「銭湯なんて、何時かはなくなつてしまふもんだ」と、さくらには心を残す与三郎が、鹿嶋に便宜的な抵抗ならば見せておきながら、最終的に素直に富の湯を閉めることに対しては未練を感じさせない。その素気なさに、曲解の謗りも省みず個人的には大きな、強い疑問を残すものである。最短距離の更に内側で直截にいつてのければ、銭湯も、ピンクの小屋も、その立ち居地はほぼ変らないやうなものではないのか。鯨ならば、海に沈みあるいは翼を持ち空に飛立てばよいのかも知れないけれど、銭湯もピンクの小屋も、何時か時の流れに押し流されて、世の中から消え去りつつある場所である点に変りはないのではなからうか。だとするならば、映画の軸足を失してでも、たとへそれが儚い蟷螂の斧にすら過ぎなくとも、与三郎には意地を張つて貰ひたかつた。取つてつけたやうな方便でも、嘘をついて欲しかつた。与三郎役の荒木太郎にも、恐らくその意識、少なくとも状況認識自体は共有頂けよう。

 与三郎が終に富の湯を閉める件、何処かで聴いた音楽だと思へば、どういふ訳だか中空龍の劇伴が越境して(?)使用されてゐる。


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