弁理士の日々

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特許審査開始を遅らせる法改正?

2009-11-04 20:56:14 | 知的財産権
11月4日の日経新聞朝刊1面トップは、
「特許の審査開始 柔軟に」「出願後 最大8年に延長」「製品化にらみ修正しやすく」
という記事です。

「政府は医薬品や電気製品など、発明から製品化までに時間がかかる特許の取得を後押しする。企業が製品化のメドを付けた段階で申請した特許の内容を修正できるよう、出願者の希望に応じて審査の開始時期を弾力化する。」「現在は出願から5年半までに審査に入る仕組みだが、特許庁はこれを8年程度まで延長できるようにする方向で検討する。製品化に合わせた特許を取得できれば、企業は期待した収益を確保しやすくなる。」
「例えば新しい成分の効能を研究し、製品化へこぎ着ける前に特許を取得すると、開発した製品と実際に取得した特許の内容がずれ、製品を独占的に販売する権利を得られない可能性がある。新製品で期待する収益を上げるのが難しくなるだけでなく、ライバル企業が同様の製品を販売した場合には差し止めや損害賠償の請求も困難になる。
電機などの業界も、どの仕様が製品の国際標準となるかを見極めながら、関連する技術の特許内容を確定している。このため迅速な特許の審査は必ずしも有利とは限らない。特許の出願から審査請求までの期間を短縮する制度改正があった01年以降は、こうした業界はいっそう厳しい特許戦略を強いられている。」
「11年の特許制度改正に向け議論を進めている『特許制度研究会』(特許庁長官の私的勉強会)は、4日にまとめる報告書素案に新制度の検討を盛り込む。産業構造審議会は10年度以降に同報告書をもとに制度の詳細を詰める。」

特許制度研究会でそのような議論がされていたのですか。
さっそく特許庁の特許制度研究会サイトで調べてみました。
その結果、第6回(平成21年8月25日)に議論がされているらしいことがわかりました。

第6回(平成21年8月25日)における(第6回配布資料)は、
「産業財産権をめぐる国際動向と迅速・柔軟かつ適切な権利付与について(基本的考え方)」
という表題で、以下の内容を含んでいます。
「2.迅速・柔軟かつ適切な権利付与に関する検討
(3)審査着手時期の多段階化について
出願人が特許審査を受けるにあたり、その審査着手時期には様々なニーズが存在する。早い権利化のニーズがあるものとして、iPS細胞に代表される国際的な競争が激化している研究分野における発明や、ライフサイクルが短い発明、早期に事業化を予定している発明などが挙げられる。一方、国際標準化に関連する分野、医薬品や基礎的研究など製品化・実施化に時間のかかる分野では、遅い権利化のニーズもある。
早い権利化のニーズについては、早期審査制度・スーパー早期審査制度により、出願人の望むタイミングでの迅速な審査着手が可能であるが、遅い権利化のニーズに対応する制度は現在のところ設けられていない。
上記の観点から、遅い権利化のニーズにこたえる制度導入の必要性について、遅い権利化のイノベーションへの悪影響、出願人のニーズと第三者の監視負担のバランス、過去の制度改正の趣旨との整合性を考慮しつつ検討する必要があると考えられる。」

そして、第6回の当日になされた議論については、第6回 特許制度研究会 議事要旨として以下のようにまとめられています。
「<審査着手時期の多段階化について>
○ 実施ができるようになるまで時間がかかる医薬品等においては、費用がかかっても、審査着手を繰り延べられる制度があれば有り難い。
○ 技術分野によってニーズに相違があるのではないか。
○ 繰延べを導入すると制度が複雑になる。
○ 出願人に発明を権利化する意思があるかどうかを、第三者が見極められるようにすることが必要。審査請求期間を長くするべきではない。
○ 審査着手時期の多段階化については、審査だけに限られない幅広い視点で、細部まで検討してみないとわからない。
○ ワークシェアリングの観点からタイムリーな審査が重要。審査着手時期をいたずらに延ばすことは疑問。」

委員の間では賛否両論、いろんな議論があったものの、報告書では審査を遅らせる法改正の方向でまとめていくのでしょうか。

そもそも、審査請求可能期間は出願から7年間であったものを、平成11年の特許法改正で3年間に短縮したばかりです。法改正で審査請求期間を短縮した趣旨については、産業財産権法(工業所有権法)の解説【平成6年法~平成18年法】に収録された法改正の解説(平成11年法律改正第1章 審査請求期間の短縮)において詳細に解説されています。審査請求期間が7年では長すぎるからというので、3年に短縮されたのです。短縮した主な理由は、出願されたままで権利が確定しない期間が長すぎると、第三者の負担が大きすぎるから、といったものでした。

ここへ来て、出願人が希望すれば、審査開始までの期間を延長できるように法改正するというのですね。

新聞記事によると、「特許出願後に新製品の開発動向を踏まえ、取得する特許の内容を修正するためには、時間が必要である」といった内容が記されています。
しかし、取得できる権利は、出願時の記載内容からはみ出ることはできません。出願時の記載内容から取得できる最大の範囲で権利を取っておけば、それで事足りるはずです。
大昔、補正要件が現在の「新規事項不可」ではなく「要旨変更不可」であった時代、審査請求期間も7年間と長期間であり、製品の売れ筋動向を見ながら取得する権利の内容をシフトさせた、という話は聞きます。現在の「新規事項不可」の制約の中でも、工夫すれば出願当初の記載を拡張した範囲にうまく補正できる可能性はあります。
しかし出願人のこのような態度は、出願時の記載を超えて権利取得を目指そうとするものであり、決して誉められません。
何も特許庁がこのような出願人の要望を実現する後押しをすることはないと思うのですが。
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