弁理士の日々

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生海苔異物除去装置事件

2006-04-17 00:18:14 | 知的財産権
「生海苔異物除去装置事件」といえば、均等が認められた特許権侵害訴訟事件(東京地裁 平成10(ワ)11453東京高裁 平成12(ネ)2147)として有名です。

この生海苔の異物分離除去装置特許(特許2662538)(請求項1~4)については、上記侵害事件の被告会社が無効審判を7回も請求し、請求棄却審決に対しては審決取消訴訟を提起し、争ってきました。5回目までは、いずれも審判請求が退けられてきました。
ところが6回目の無効審判(請求項1に対する)(無効2003-35247)で、審判段階では従来通り請求棄却審決を受けたのですが、審決取消訴訟を提起し、とうとうその訴訟(平成16(行ケ)214)で審決取消判決が下ったのです。判決は確定し、再度の審決で請求項1が無効とされました。その後の経過については後述します。

6回目の無効審判では、新たな証拠が提示され、その証拠(訴訟での刊行物1)から本件請求項1に係る発明は当業者が容易に想到できるものであるかが争点になりました。審判では「容易に想到し得ない」とされたのですが、知財高裁ではその判断が誤りであると断定されました。

刊行物1(特開昭51-82458)は、パルプ等の繊維懸濁液から夾雑物を分離する篩い分け装置に関するものであり、図面を見ると、環状の回転体相互間で構成されるスリットを通って液体が通過し、パルプなどの繊維懸濁液はスリットを通過し、夾雑物はスリットを通過できない、ということで、本件特許発明の生海苔異物除去装置とよく似ています。

刊行物1によると、高濃度の繊維懸濁液中では、繊維は凝集性のフロックを形成します。このような懸濁液に攪拌エネルギーを与えると、繊維フロックは崩壊します。この現象はパルプの流動化と呼ばれ、攪拌エネルギーを絶えず供給することにより保持されます。
同心円状の円盤と円筒状の穴との間隙をスリットとし、繊維懸濁液がスリットを通過する際に、円盤と穴との回転速度差で液に攪拌エネルギーを与えると、フロックが崩壊します。その結果、繊維は凝集していない個々の繊維としてスリットを通過し、夾雑物のみがスリットを通過できずに除去することができます。

審決での認定:
審決は、生海苔とパルプ繊維との違いを認定しています。パルプ繊維が線状又は紐状であるのに対し、生海苔はかなりの広がりを持つ薄膜状又はフィルム状です。そして、異物が通過しない程度の狭い間隙を液が通過する際に、線状又は紐状のパルプ繊維がその間隙を通過したとしても、パルプ繊維よりもかなりの平面的広がりを持つフィルム状又は帯状の生海苔が、そのような間隙をうまく通過することは予測しがたい、としています。

高裁での認定:
高裁判決では、まず甲3の2公報を挙げ、その文献では、生海苔を細かく切断して生海苔混合液とすることが従来から行われていたこと、及び、生海苔の厚みよりわずかに大きい孔幅のスリットを設け、生海苔のみがスリットを通過して異物を分離する装置が開示されており、細かく切断された生海苔が狭いスリットを通過し得ることは当業者に周知であったとしています。
その上で、刊行物1の発明を生海苔異物分離装置に使用することは、当業者に容易に想到し得るものであったとし、審決の違法性を是認しています。

私は判決文を見ることしかできないので、以下の点については想像にすぎないのですが・・・、想像するに、攪拌エネルギーによってフロックが崩壊した繊維懸濁液において、個々の繊維の大きさは、スリットの寸法よりも小さいのではないか。そして、生海苔については、たとえそれを細かく切断するにしても、膜状の生海苔を広げたときの寸法はスリットの寸法よりも大きいのではないか。
もし私の想像が正しいとすると、判決は技術的事項を誤って認定している可能性が高いです。
スリットの寸法よりも小さい繊維が通過できる点が刊行物1に記載されているからといって、スリットの寸法よりも大きい生海苔が通過できるとは、生海苔の当業者が容易に想到し得るとは思えません。
速度差を有するスリットを用いる技術思想が相違します。刊行物1では凝集フロックを崩壊させてスリットよりも小さい個々の繊維に分解することが技術思想の中核であるのに対し、本件発明は、スリットよりも大きい膜状の生海苔を通過させることが技術思想の中核です。

刊行物1では、攪拌エネルギーによって凝集性フロックを崩壊させることをパルプの「流動化」と呼んでいます。この点について、審決は正しく認識しています。
ところで、甲3の2公報には、生海苔混合液の攪拌によってスリットの目詰まりを防止しようとする技術が記載されています。
刊行物1で攪拌により流動化(フロックを崩壊)させる現象と、甲3の2公報で攪拌によりスリットの目詰まりを防止する現象とは、全く別の現象を指しています。ところが、原告は、「生海苔混合液を流動化(攪拌)することで異物を詰まりにくくさせることは甲3の2公報で公知」と主張し、原告は両者をごっちゃにしています。
判決は原告の主張に惑わされたようです。審決で「流動化の必要がない生海苔の混合液に対して該装置(刊行物1の装置)を用いようとする動機付けも困難である」と正しく認識しているのに対し、判決は、甲3の2公報を引用し、「攪拌を行うことで分離孔の目詰まりを防止することが、その解決手段として認識されているのであり、生海苔混合液については、これを攪拌する装置を用いる必要がないとする審決の判断も誤りである」と認定するに至りました。

判決が認定した技術的理解が誤っているのか、それとも正しいのか、判決文を読む限りでは定かではありません。しかし、どうも判決は技術を見誤ったように思えてなりません。
被告(特許権者)にとっては、まさか裁判所が刊行物1をこのように理解するとは思わず、判決を見てびっくり、いわゆる「不意打ち」判決ではなかったのか、と推測します。もしそうであれば、裁判官の誤解を解く方向での主張を、被告が十分に展開していなかった可能性があり、その点を十分に主張立証していれば結論が覆っていた可能性が高いと言うことになります。

この事件のその後の展開については稿を改めます
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