大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2016年08月27日 | 植物

<1702> 大和の花 (22) キキョウ (桔梗)                                     キキョウ科 キキョウ属

                                                         

 日当たりのよい草地に生える多年草で、全国各地のほか朝鮮半島や中国、ウスリーにも野生の分布が見られるという。山上憶良が詠んだ『万葉集』の秋の七種(草)の歌(巻8・1538)に登場するアサガホ(朝㒵)をキキョウとする説が有力で、この憶良の歌以来、キキョウは秋の七草とされ、万葉の花にあげられている。キキョウというのは漢名の桔梗の音読みによるもので、『古今和歌集』には物名を詠み込んだ歌に「きちかう」と出て来るが、これが初出だと言われ、それ以前は、アサガホと呼ばれていたか。ほかにも、アリノヒフキ、オカトトキなどの古名も知られるところである。

 こうして秋の七草にあげられたキキョウは7月から10月ごろにかけて、青紫色の鐘形の花を咲かせることはよく知られ、非常に馴染み深く、園芸種は白い花や二重の花なども見られる。また、昔から桔梗根と称せられ、太い根を煎じて化膿症の腫れものや喉の痛み等に服用して来た名高い薬草でもある。野生のものは自生地における環境の変化によるものか、全国的に激減し、絶滅予測のニュースがあって久しく、大和(奈良県)でも絶滅危惧種にあげられている状況にある。

 奥宇陀の曽爾高原は野生のキキョウが多く見られたところであるが、ここ15年ほどの間に激減し、その姿を消して行った。温暖化による遷移か、シカによる食害か、盗掘かといろいろ考えが巡らされているが、はっきりした原因はわからないというのが正直なところであろう。今やないものねだりの花になっている野生の現場であるが、園芸種が豊富なため、野生の絶滅に危機意識は低いように思われる。しかし、絶滅の危機状況は環境の変化を示すという意味において同じ環境下にある私たちには見過し得ない点を含んでいることが思われて来る。 写真左はキキョウの花が咲き乱れる平成10年(1998年)の曽爾高原。今は見つけるのが難しいほどになっている。写真右はアカトンボをとまらせた野生のキキョウ(曽爾高原で)。野生のこういう風景も今は昔の懐かしさの中にある。

     やさしさを奏でてゐるよ赤とんぼ桔梗はコラボの花を咲かせり

 

<1703> 大和の花 (23) ヒナギキョウ (雛桔梗)                             キキョウ科 ヒナギキョウ属

                                                 

  日当たりのよい草地に生える多年草で、本州の関東地方以西、四国、九州、沖縄に分布し、中国、朝鮮、東南アジア、オーストラリアに広く見られるという。草丈は40センチほどになり、枝分かれする針金のような細い茎や枝の先端に上部が5裂した5~6ミリほどの花冠を有する小さな青紫色の一花を上向きにつける。私は野生の花を撮り始めて花数が少ないこの小さな花に出会った。

  大和路では結構よく見かける花で、若草山ではシカの影響か、矮小化した丈の低いヒナギキョウがシカに食べられた芝草に混じって咲き出す。花期は5月から8月ごろで、薫風が吹くころになると花を見せ始める。 写真左は若草山の芝草に混じって咲き出たヒナギキョウ。その名にぴったりな可愛らしい花である。写真右は花のアップ。花の中央にある花柱が三つに裂け、受粉態勢にある雌性期の花であるのがわかる。これは近親交配を避けるヒナギキョウの工夫によるものである。

       快い風の季節 雛桔梗の花の星々が その風に揺られながら 語り合っている

       私たちの目指すところは 風と同じ そう 幸せが見え隠れする桃源郷の丘

       あの丘の上 さあ あなたとともに あの明るい丘の頂を 目指して行こう 

 

<1704> 大和の花 (24) キキョウソウ (桔梗草)                                キキョウ科 キキョウソウ属

                                                            

  北アメリカ原産の高さが80センチほどになる1年草で、各地に帰化している外来種である。大和(奈良県)でも道端などでときおり見られる。日当たりのよいところに生える草花で、稜のある茎に長さが1.5センチほどの円形乃至は卵形の葉を互生し、その葉の腋に1~3個の花をつける。花と葉が直立する茎に段々になってつくので、ダンダンギキョウ(段々桔梗)の名もある。

  花期は5月から7月ごろで、桔梗の花を小振りにしたような花柱が受粉態勢に入ると三つに裂ける花冠の艶やかな紫色の花を咲かせる。外来と言われてみると、和生のキキョウに比べ、その艶やかな花には何となくしっとりとしたものに欠ける気がする。これは日本列島の自然環境に関わり、他の国と比せられるところであろう。

  これは草花に限ったことではなく、私たち人間にも及んでいることに思いが巡る。一つには湿度によるところが考えられる。所謂、しっとり感は潤い、即ち、湿度によるところが大きいように思われる。これは人肌にも言えることである。保湿、水の効用である。

  なお、このキキョウソウという1年草は始まりの花は開かないまま結実する閉鎖花で知られる。これはスミレ(菫)やセンボンヤリ(千本槍)と同じ特質にあるが、普通の花が終わった後に見られるスミレやセンボンヤリとは逆に現われる普通の花の前段に閉鎖花の展開が見られる。 写真はキキョウソウの花(平群町の道端で)。

       何処に暮らすにしても

       環境に馴染むこと

       これが一番だ 

       殊に自然の環境に馴染むこと

       これが大切だ

       自然の環境というのは

       其処に住むもの 全てに

       分け隔てなく 平等にあるからだ

       例えば 雨の多い土地柄なら

       雨の多い環境が そこには平等にある

       その平等を受け入れ

       その平等を理解することが出来れば 

       ひとりひとり暮らしは違っていても

       その暮らしの灯は

       点し続けて行くことが出来る

 

<1705> 大和の花 (25) ツリガネニンジン (釣鐘人参)                キキョウ科 ツリガネニンジン属

                                                       

  山野の草地に生える高さが1メートルほどになる多年草で、折り取ると白汁を出す茎はほとんど枝を分けず、直立するものが多い。棚田の土手などに生えるものはときに傾いて花を咲かせるものも見かける。通常、茎の下部の方に卵状楕円形で鋸歯のある葉を隣生し、上部の方に鐘形の花を1個から数個、これも隣生状につけ、花は下向きに咲く。花期は8月から10月ごろで、この花が咲き出すと暑い夏も終わり、秋が訪れる。

  花の色は通常淡紫色であるが、ときに濃い色のものや稀に白い花のものも見られる。花柱が花冠より長く外に伸び出すのが特徴で、花の形が釣鐘に似て、白く太い根にチョウセンニンジン(朝鮮人参)を連想してこの名があるという。ツリガネソウ(釣鐘草)とも呼ばれ、この花の鐘を鳴らすのは宮沢賢治の童話「『貝の火』。霧が晴れた朝、「カン、カン、カンカエコカンコカンコカン」とこのツリガネソウの鐘が鳴り、光を失った主人公ホモイが父母とともに聞く。

  また、「山でうまいはおけらにととき」と俚謡にもあるように、「ととき」はツリガネニンジンの古名で、昔から山菜として知られ、春の若芽をお浸し、和え物、天ぷら、卵とじなどにして食べた。「嫁に食わすも惜しゆうござる」というほど美味しいらしい。 一方、薬草としても知られ、生薬名は沙参(しゃじん)。ニンジンに似る太い根を採取し、日干しにして乾燥したものを煎じて服用すれば、咳止め、去痰に効能があるとされる。北海道、本州、四国、九州に分布し、国外ではサハリン、千島に見られるという。 写真は直立して花を咲かせるツリガネニンジン(左)と白い花の個体(右)。    山里は長閑なるかな既に秋 棚田の稔りの色を交へて

<1706> 大和の花 (26 )ソバナ (岨菜)             キキョウ科 ツリガネニンジン属

           

  ソバナのソバは「岨」のことで、島崎藤村の『夜明け前』の「序の章」の冒頭に「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨づたいひに行く崖の道であり、云々」とあるように切り立った崖地を指す。所謂、ソバナはこのような山地の崖地に生え、若芽を食用にしたことから岨の菜と捉えられ、この名がつけられた多年草である。また、縁に鋸歯がある長卵形の葉がソバ(蕎麦)の葉に似ているのでソバナ(蕎麦菜)の名が生まれたとも言われる。言われてみると、どちらだろうと考えさせられるが、前者の方に説得力があるように思われる。

 ツリガネニンジン(釣鐘人参)に似て、あまり分枝しない茎を1メートルほどに伸ばし、8月から10月ごろ茎の上部にまばらな円錐状の花序をつけ淡青紫色の花を下向きに咲かせる。花冠の開口部が広く、花冠の形が三角状に見えるので仲間のツリガネニンジン等と判別出来る。自生の分布は本州、四国、九州とされ、国外では中国、朝鮮半島に見られるという。大和(奈良県)でも見受けられるが、渓谷の崖地に赴かなければ出会えないところがある。

 ときに白い花の個体も見られるが、2008年の奈良県版レッドデータブックには「県内では主に石灰岩地に生える。危険要因は植生の遷移やシカによる食害である」とある。自生の分布は紀伊山地に集中し、希少植物にあげられている。 写真は渓谷の崖地から茎を伸ばし、花を咲かせ始めたソバナ(右)と白い花の個体(左)。 ともに上北山村の山中で。  岨菜咲く岨伝ひ行く渓の道