<3391> 作歌ノート 曲折の道程 (七)
灯火に導かれつつ回廊を渡る男の背の花明
何を見ようと、何を聞こうと、一寸先きが闇であっても、そこが心を断たれた識閾にあっても、孤高の姿の中に聖(潔癖)なるものを持ち得る男たらんことを。いつもその背にそのときどきの花明かりがそれを諾い、安らぎを灯すものであらんことを。よく見るがよい。苦しみの身でさえ、灯火に導かれつつ渡り行くとき、その花明かりのほのぼのとあることを。
孤高てふ言葉に見ゆるダンデイ スム思へば雪にけぶれる古塔
朝靄にけぶれる古塔を美しむ黙して静かなる立ち姿
燭は祈願のこころもってして行きゆくところほのかなりけり 燭(ともしび)
是非を問ふ是も非もなしといふ声の冬の一景雪の堂塔
風の声天の碧青こころして登り行くべき階の上 階(きざはし)
花が散る吹雪となるにむらぎもの心一会の高殿にあり
この大事手厚く内に納めむと思ひつつあり門扉を閉ざす
閉ざしたる門扉に雪のしんしんと降る宵ながら詠むもよからむ
ダンデイスムは思想に近い。ああ、我がダンデイスム。一つに「孤高」という言葉が浮かび上って来る。天に思いの人よ、その人の声を聞けば、心は一つ。古塔、回廊、堂塔、階、高殿、門扉。これらはみな灯火に導かれつつ行くときどきに現れる物心の要なる一景、私のダンデイスムの在処に顕現する。例えば、靄のかかる朝まだき、雪にけむる夕暮。ひとり祈願を込めて行くその心に有無を言わせぬ畏怖の声なきにしもあらず。その声に向かうときの気概も、散る花に寄せて詠む心も、すべては私のダンデイスムに連なるところと言える。 写真は靄に浮かぶ古。
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