日曜日、ドラマ「官僚たちの夏」を観ていました。懐古ドラマとして観るには楽しめそうですが、ビジネスドラマとしては「もう、そんな時代じゃないよね」といった感じです。アメリカがお手本であった追いつけ追い越せの頃なら、霞ヶ関が民間産業を保護育成していく護送船団方式は有効に機能していたと思いますが、そんな時代はもう遠い昔です。でも、今のように、「それなら、自由競争だ」で良いかと言えば、必ずしもそうではないと思います。同じ日曜に、エマニュエル・トッドの「デモクラシー以後」(藤原書店刊)を読みましたが、自由競争がもたらすのは格差社会で、何らかの保護主義的政策が必要と書いてありました。確かに、自由競争の下では、ひとり勝ちが起こり得ます。そうすると、少数の勝者と多数の敗者の間で格差は大きくなります。保護主義には何となく悪しきイメージがありますが、もしかするとそれはジャパン・バッシングによってアメリカから植え付けられたイメージかもしれません。保護主義にも良い保護主義、適度な保護主義があるのではないか、あるいはひとり勝ちにブレーキをかける制度的枠組みが必要なのではないか、そんなことを思いながらドラマを観ていました。自由競争に手綱を付けることを自由に競争している人たち自身によって実現することは、そもそも矛盾していて、無理な注文です。それは、利に付く人ではなく、理に付く人の成し得ることです。そんなことを考えていると、「官僚たちの夏」は案外現代的なドラマなのかもしれないと思えてきました。
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