「去る者は日々に疎し」、何とも寂寥感のある言葉です。これは見送る側に立った言い方ですが、去った人がみんなからだんだん忘れられていくということは、去った人もみんなをだんだん忘れていくということです。どっちもどっちなのかもしれません。人はある環境から離れることによって、こころの中に居場所をもっていた「ひと」、「もの」、「こと」が棚卸しされ、新しい「ひと」、「もの」、「こと」に場所を譲ると言うことも出来ます。そう考えれば、「日々疎し」くなる一方で「日々親し」くなるものもある訳で、「日々に疎し」の言い方は一面的な見方であることが分かり、そんなに寂しい言葉でもなくなってきます。そんな中、最後まで忘れない「ひと」、「もの」、「こと」として何が残るか、それを楽しみとしたいところでもあります。
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