私の母親は美空ひばりの大ファンである。とにかくどんなに疲れていても、ひばりの歌声を聞くと元気になるようだ。恍惚状態で一心不乱に聴き入っているその姿は一ファンというよりはもう信仰に近いかもしれない。母にとっての美空ひばりはちょうど私にとってのビートルズみたいな絶対的存在なのだろう。
私が子供の頃美空ひばりに対して抱いていた印象は“演歌歌手”、ただそれだけだった。母が特に「柔」をよく聴いていたせいもあってか、余計にそんなイメージが増幅されたのかもしれない。当時の私にとっては美空ひばりも都はるみも島倉千代子もみんな同じ“演歌のオバチャン”にすぎなかった。
それから約30年が経ち、ジャズ・ヴォーカルを聴き始めた私はナット・キング・コール経由でひばりに辿り着いた。それがこの「ひばりジャズを歌う ナット・キング・コールをしのんで」である。演歌の歌手がジャズのスタンダード?と思いながらも好奇心旺盛な私は是非聴いてみたいと思った。しかし何処にも売っていない。当時このCDは廃盤になっており、その内容の素晴らしさゆえ手放す人が殆どいなかったため、中古市場にも滅多に出てこなかったのだ。足を棒にして京阪神の中古屋を探し回り、ついに梅田の名曲堂で見つけた時は手が震えるほどコーフンしたものだ。大急ぎで帰って聴いてみるとこれがもうめちゃくちゃ巧い。しかも演歌どころか完全にジャズのノリである。これには正直ビックリしてしまった(゜o゜) 子供の頃からずーっと抱いていた偏見・先入観が木っ端微塵に吹き飛んだというか、目からウロコというか、私は自分の不明を恥じた。
日本人ジャズ・シンガーの場合、スタンダード・ソングを歌いながらも実際には曲に振り回されているように、あるいは必死に曲にしがみついているように聞こえることが多い。しかしひばりは違う。スタンダード・ソングの数々を自由自在にコントロールし、余裕で歌いこなしているのだ。偉大なるナット・キング・コールの唱法を下敷きにしながらも“ひばり流”ともいえる独特の節回しで、曲によっては黒人女性シンガーかと思うぐらいのグルーヴを生み出しているのが凄い。これは英語の発音がどうとか、歌唱力がこうとかいう次元の問題ではない。派手なスキャットやインプロヴィゼイションはなくとも、そのフィーリングはジャズそのものだった。
ひばりが雄大な歌心で包み上げる①「スターダスト」、③「ファッシネーション」、⑤「トゥー・ヤング」、⑧「プリテンド」、⑩「慕情」、⑫「夕日に赤い帆」といったスロー・バラッドでは言葉の一つ一つに心がこもっているのがダイレクトに伝わってきて感動する。この説得力溢れる歌声は、英語で歌おうが日本語で歌おうが関係なしに私の心に染み入ってくるのだ。特に「スターダスト」はこの曲の五指に入る名唱だと思う。ナット・キング・コールの代名詞と言える②「ラヴ」でも臆することなく堂々と日本語で歌い切り、モノマネではない“ひばりの”「ラヴ」になっている。そこにはジャズと歌謡曲のフィーリングを融合させた“ひばりの世界”が屹立している。英語で歌う④「ウォーキング・マイ・ベイビー・バック・ホーム」や⑥「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」で聴ける豊かな歌心、抜群の表現力には言葉を失う。⑦「恋人よ我に帰れ」のとても日本人とは思えないスイング感や歯切れの良い歌いっぷりも圧巻だ。変幻自在のひばり節が楽しめる⑨「月光値千金」、哀しみが胸を刺すような⑪「ロンリー・ワン」と、大袈裟でなく全曲素晴らしい。
彼女の歌を聴いていて他の凡百の歌手達と明らかに違う点は、まったく何の気負いも感じられないところ。それでいて凄くスイングするのだ。スイングの真髄がここにあると言ってもいいかもしれない。この人の歌には余計なものは何もないが、必要なものはすべてある。昭和が生んだ大歌手美空ひばり、母にとって神と言うべき演歌の女王は私にとって日本最高のジャズ・シンガーだったのだ。
It's Only A Peper Moon / Misora Hibari
私が子供の頃美空ひばりに対して抱いていた印象は“演歌歌手”、ただそれだけだった。母が特に「柔」をよく聴いていたせいもあってか、余計にそんなイメージが増幅されたのかもしれない。当時の私にとっては美空ひばりも都はるみも島倉千代子もみんな同じ“演歌のオバチャン”にすぎなかった。
それから約30年が経ち、ジャズ・ヴォーカルを聴き始めた私はナット・キング・コール経由でひばりに辿り着いた。それがこの「ひばりジャズを歌う ナット・キング・コールをしのんで」である。演歌の歌手がジャズのスタンダード?と思いながらも好奇心旺盛な私は是非聴いてみたいと思った。しかし何処にも売っていない。当時このCDは廃盤になっており、その内容の素晴らしさゆえ手放す人が殆どいなかったため、中古市場にも滅多に出てこなかったのだ。足を棒にして京阪神の中古屋を探し回り、ついに梅田の名曲堂で見つけた時は手が震えるほどコーフンしたものだ。大急ぎで帰って聴いてみるとこれがもうめちゃくちゃ巧い。しかも演歌どころか完全にジャズのノリである。これには正直ビックリしてしまった(゜o゜) 子供の頃からずーっと抱いていた偏見・先入観が木っ端微塵に吹き飛んだというか、目からウロコというか、私は自分の不明を恥じた。
日本人ジャズ・シンガーの場合、スタンダード・ソングを歌いながらも実際には曲に振り回されているように、あるいは必死に曲にしがみついているように聞こえることが多い。しかしひばりは違う。スタンダード・ソングの数々を自由自在にコントロールし、余裕で歌いこなしているのだ。偉大なるナット・キング・コールの唱法を下敷きにしながらも“ひばり流”ともいえる独特の節回しで、曲によっては黒人女性シンガーかと思うぐらいのグルーヴを生み出しているのが凄い。これは英語の発音がどうとか、歌唱力がこうとかいう次元の問題ではない。派手なスキャットやインプロヴィゼイションはなくとも、そのフィーリングはジャズそのものだった。
ひばりが雄大な歌心で包み上げる①「スターダスト」、③「ファッシネーション」、⑤「トゥー・ヤング」、⑧「プリテンド」、⑩「慕情」、⑫「夕日に赤い帆」といったスロー・バラッドでは言葉の一つ一つに心がこもっているのがダイレクトに伝わってきて感動する。この説得力溢れる歌声は、英語で歌おうが日本語で歌おうが関係なしに私の心に染み入ってくるのだ。特に「スターダスト」はこの曲の五指に入る名唱だと思う。ナット・キング・コールの代名詞と言える②「ラヴ」でも臆することなく堂々と日本語で歌い切り、モノマネではない“ひばりの”「ラヴ」になっている。そこにはジャズと歌謡曲のフィーリングを融合させた“ひばりの世界”が屹立している。英語で歌う④「ウォーキング・マイ・ベイビー・バック・ホーム」や⑥「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」で聴ける豊かな歌心、抜群の表現力には言葉を失う。⑦「恋人よ我に帰れ」のとても日本人とは思えないスイング感や歯切れの良い歌いっぷりも圧巻だ。変幻自在のひばり節が楽しめる⑨「月光値千金」、哀しみが胸を刺すような⑪「ロンリー・ワン」と、大袈裟でなく全曲素晴らしい。
彼女の歌を聴いていて他の凡百の歌手達と明らかに違う点は、まったく何の気負いも感じられないところ。それでいて凄くスイングするのだ。スイングの真髄がここにあると言ってもいいかもしれない。この人の歌には余計なものは何もないが、必要なものはすべてある。昭和が生んだ大歌手美空ひばり、母にとって神と言うべき演歌の女王は私にとって日本最高のジャズ・シンガーだったのだ。
It's Only A Peper Moon / Misora Hibari