shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Helen Merrill

2009-03-05 | Jazz Vocal
 これは“ニューヨークのため息”と呼ばれたヘレン・メリルのデビュー・アルバムであり、私が初めて買ったジャズ・ヴォーカル盤でもある。それからもう15年以上が経ち、何百回と聴いているはずなのにまったく飽きない。いや、飽きるどころか聴くたびに魅了されてしまう。原題はシンプルに「Helen Merrill」、邦題はもちろん「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」... 泣く子も黙るジャズ・ヴォーカル・アルバムの金字塔である。
 世間ではこのアルバムは「クリフォード・ブラウンのトランペットを聴くべき1枚」ということになっており、右を見ても左を見てもブラウニー絶賛の嵐で、ヘレン・メリルのヴォーカルに関してはアホの一つ覚えみたいに「ハスキー」の一点張りである。挙句の果てには“ブラウニーさえいればヴォーカルは別に彼女でなくてもいい”などという極論まで出てくる始末(>_<) 確かに私だってブラウニーのトランペットが聴きたくてこの盤をターンテーブルに乗せることが多いが、だからといってもしヴォーカルが他のシンガーだったとしたらこのアルバムがこれほどまでに人々の心を捉えることはなかっただろう。ヘレンの大人の色香を発散するくすみ色したハスキー・ヴォイスがブラウニーの煌びやかなトランペットの音色と絶妙なコントラストを生み出し、眩いばかりの艶々したサウンドを引き立てている点を過小評価してはいけない。
 それと忘れてならないのがオシー・ジョンソンの見事なブラッシュ・ワークである。フェザー・タッチで巧みにメリハリをつけながら音楽をスイングさせていく匠の技とでもいおうか、そのツボを心得た至高の名人芸といえる鉄壁のリズムがあったからこそ、ブラウニーはあれほどまでに気持ちよく吹けたのではないだろうか?リズム・セクションが良ければ名演が生まれるという最高の一例だ。
 このアルバムのハイライトは何といってもコール・ポーターの名曲②「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」である。オシー・ジョンソンの瀟洒なブラッシュ、ジミー・ジョーンズの歌心溢れるピアノ、ミルト・ヒントンの律儀なベース、ヘレンのこれ以上ないと思えるくらい曲想にピッタリ合った粋な歌い方、そしてそれらが渾然一体となってスイングしているところへ勢い良く切れ込んでくるブラウニーのトランペットという按配で、「ジャズ・ヴォーカルとは何ぞや?」と問われれば黙ってこの曲を差し出したいくらい素晴らしい、まさに絵に描いたような名曲名演だ。クインシー・ジョーンズの絶妙な器楽アレンジの貢献度も大と見た。以前アップした青江三奈のヴァージョンと聴き比べるのも一興だろう。
 ヘレンがミディアムでスイングする④「フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」では、1分12秒からの“オスカー・ペティフォードの弾むようなセロ → キラキラと輝く流麗なピアノ → 変幻自在のトランペット”と絶品のソロが続くあたりが一番の聴き所。特によく唄うペティフォードのプレイにはセロという楽器に対する見方を瞠目させる深い味わいがある。アップテンポで軽快にスイングする⑦「ス・ワンダフル」では又々ブラッシュが大活躍、タル・ファーロウを思わせるバリー・ガルブレイスのギター・ソロも悪くはないが、ここでもやはりブラウニーが美味しい所を持っていく... 1分49秒からの息もつかせぬ展開が圧巻だ。
 とにかくこの奇跡のようなアルバムは“歌良し、演奏良し、ジャケット良し!”とすべての点において最高位にランクされる、ジャズ・ヴォーカルの入門盤であり、永久盤だと思う。

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