地場・旬・自給

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絵の事

2013-01-31 04:58:42 | 水彩画


(この場所を描いている。)

最近少しづつ絵は描いているのだが、どうもやっていることがおかしく成っている。この変な感じを上手く書くことはできないだろう。それでも何かその周辺のことでも、ぐるぐる書いてみることは、後でもう一度考えて見る上で材料になるかもしれない。最近の絵を描くことのように結論がないまま、分からないまま書き始める。家のそばの、いつもと同じあたりの風景を描こうとしている。ところが、毎日その場所に2度ほど行くのだが、そうだ、この場所は一枚の絵の取材で描いた場所である。この場所の何を受け取ろうとしているのかが、良く分からなく成ることがある。思い当たることと言えば、色である。今広がっている色彩に反応が出来ない。その理由が良く分からない。何故色に反応するのか。何故色彩を美しいと感じるのか。これが分からない。何かの記憶なのだろうか。見ている自分と言う眼から妄想が抜けたような感じ。

絵を描くのは、できた絵がどうこうということでもない。ただ眼前にあるものに感動する何かがあり、その感動しているすごさを絵にしたいということで、絵を描きたくなっていた。そのこと自体に意味があるのかどうかも、気にしている訳ではない。絵を描いてきて、せめて、眼前に広がる自然にひきつけられる何かを画面に定着させたい。何故そこが気になるのか、気にならない所があるのか。この違いは何か。そう言う事も知りたい。絵にしたく成る何かと、絵を描きたいと思う気持ちと、視覚的な刺激とは繋がっているようで、違うようでもある。ただ絵の具を塗りたくなることもある。絵の具を塗って表れて来るものが、何かを呼び覚ましてくれそうな感じ。目の前にある空間の動きのようなものに引かれているのか。色彩と両方なのか。良い絵をでっちあげようとしなくなった時、それでも残ってくるものがあるのかどうか。

分かっていてそれを描きとめようとする時もある。この2つの間を行き来している。一枚の絵で方向が揺れ動くような気分の時もある。要するにとても一定しない。この揺れ動く感じがなんなのだろうと思う。絵を描くと言う事どういうことか、明確に分かってやっていたようなことは、無かったのだろう。山北に来て数年して、作り絵をでっちあげることが出来なくなった。見えているものを、自分が美しいと感じるものを描くことにした。分からないからそう言う形でやってみようと思ったのだ。その頃は、絵にしがみついて生きてゆこうと考えていたから、自分の新しい絵を早く探そうと急いだ。絵を止めると言うことは人生を終わりにするような気分だった。そうして、美しいと思うものを描いている期間が10年くらいあったと思う。その内に、美しいと感じる場所が変化してきて、何か力が湧きでているような場所に引きつけられると感じて、描くようになった。

これを続けているうちに、どうもそう言う自然の現象より、人間の自然に対するかかわりに面白さを感ずるように変化を生じる。畑というより、元畑だった所が、自然に戻ってゆく過程のようなものを面白いと思うようになった。遷移、痕跡、の中に自然の持つ本質のようなものを感じた。この時期が10年ぐらい続いた。具体的にそういう観念を描いたという意味ではない。そう言うものに引きつけられ、眼前の風景を描いていたということ。その後の変化は、畑のような人間が耕作の目的で作ったものを描きたくなった。それは、自然が戻してゆく完全さとは比較にならないほど、拙く、つまらなく、醜いのだが、そのどうしようもない感じを含めて絵にして置きたくなった。絵になるというような見込みはないものを描いてみる。このあたりから見失う。今は何を描きたいのか。そもそも絵で描く必要があるのかどうかも、怪しく成ってきた。やはり原発以来、おかしい。
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ステルス・マーケティング

2013-01-30 04:36:23 | Peace Cafe
芸能人が報酬を受け取り、商品の宣伝をする。ごく普通のことである。これを、宣伝と分からないようにホームページやブログにもぐりこませることを、「ステマ」(ステルス・マーケティング)というそうだ。オークション詐欺があり、その宣伝をしていたと言うので多くの芸能人の名前が出てきた。このオークションは絶対に落札できないシステムなのだそうだ。参加費を詐欺していた。ネットの中では、良くありそうな仕組みである。これは落とせない仕組みだから、詐欺なのだが、落とせる場合でもほぼ詐欺にと言える仕組みもある。ネットで売買される、骨とう品など詐欺の可能性承知で成立している。先日、先輩からこのお皿幾らぐらいかと熱心に言われた。ネットの写真で価格など分かる訳がない。30センチほどの皿に美人画が書かれている。絵は悪くない。しかし、手描きなのかシール印刷なのかが写真では分からない。こうしたオークション購入品がお宝鑑定団に登場する。500円とか言われて盛り上がる。

偽物だろうが、気に行っていればそれでいいのだが、その人のレベルまでさらけ出すようで怖いものである。20年ほど前、南伊豆の方で、梅原や、中川一政の絵を並べているお寿司屋があった。それに文化勲章受章者○○円などと価格まで付けてある。良く見ると筆跡まであるタイプのレリーフ印刷物である。誰も何も言ってあげないのだろう。実に自慢げである。満足ならそれでいいのだが、その鮨屋の評価には問題が加わるだろう。ステマがたちが悪いと激怒しているテレビ出演者がいた。その気持ちはよく分かる。テレビタレントというものがそもそも、ステマの世界の存在である。スポンサーの顔色を伺わない評論などない。結局は宣伝だなと思う事は良くある。商品の世界は厭なものである。金もうけをしようと言う気持ちが、見え隠れして不快なものだ。テレビショッピングに駆り出されているタレントの姿を哀れだと思う。ステマとどこが違うのだろうか。

美人になれる石鹸ぐらいなら、どうでもいいが、日本の安全保障までこの調子で評論されている。ステルス評論家が何と多いいことか。最近政権が代わってみて、ああこの人はそうだったのか。と思い当たったのが、ラジオ日本の評論家たちである。頼まれてもいないのに、ステルス評論を買って出る人は結構いる。多くの報道機関がステルス報道の疑いがある。産経新聞のように、はっきりと右翼を表明すればまだ分かりやすい。朝日新聞等の場合、一見左翼的と言われながらステルス報道があると怖い。最近の日揮のテロ事件報道はどうもきな臭い。爆弾3勇士扱いするのは良くない。戦場カメラマンが殺された場合の報道に比べて、少し度が過ぎる気がする。この問題を正義の報道として、ひっきりなしに報道しても批判はされない。むしろ、良い報道機関として、政府にも評価されるだろう。その上に、財界からも評価されコマーシャルがもらえるかもしれない。そしていつの間にか、日本の置かれている世界情勢のある断面が強調され、刷り込まれる。

結局は、資本主義社会の成り立ちというものの背景にあるものは、すべてがステマと言えば言えるのだろう。梅原の絵が1億円と言われること自体が、商品絵画時代を象徴している。この絵が値上がるかどうか、そう言う投機的予測が、絵の評価と価格について回る。投機的に視るという世界には、ステルスが飛び交う。自分の目で見て、判断すると言う事がなかなか難しい。価格が存在しなければ自分の目で見る他のことはない。お宝探偵団の評価は大体に高額である。それは番組の鑑定士たちが値を上げれば、自分が儲かる人たちだからである。つまり売値である。アメリカやヨーロッパの同様の番組は、業者の買い取り価格だから安い。このブログだって、平和憲法を守るための、ステマなのだ。誰かにお金をもらっている訳ではないが、平和憲法をどうしても守りたいという思いが、このブログを書く動機の一つである。
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共同の意味

2013-01-29 04:24:02 | 水彩画
水彩人は「水彩による、自由な表現」を目的する会である。あしがら農の会は「地場・旬・自給」を目的に、市民が農業に取り組む会である。農の会には農業者を目指す人と、市民的に自給を目指す人とがいる。以前は農業者を目指す、農業的力量のある人が、農作業の中心に居て、市民的な人を引っ張って行くということであった。しかし、農業を目指す人は、農業で生計を立てると言う大事業である。とても、自給的な人のお手伝いどころではない。そして、農業者を目指す人は個々に独立していった。農の会全体で、共同することは無くなった。共同するということは自分の為のことだ。この事はどちらかとえば、絵を描くことで知った。絵を描くことは、一人のことである。様々な芸術の分野の中でも、個人で完結している分野とも言える。何故、絵を描くのに共同が必要なのか。

水彩人同人の松波氏は面白い絵のことをいつも書いている。そこで私の絵の批評を評価してくれた。何故他の人の絵に対して、本気で考えて見るかと言えば、それしか自分の絵を良くする道はないと考えているからである。普通の人である私にとって絵を描くと言うことは、人生を少しでも深く味わい、日々を充実して生き、生きる真実に触れるために絵を描いている。社会や歴史に影響するような、芸術をやっている訳ではない。その上で自己確認のように絵を描く。その時に、必要なのは仲間である。仲間と共同で探求することである。自分の絵が成長するということは、自分を否定するということである。自分の越えられないと考えている限界を、超えることだ。今までの自分が居た所を越えない限り成長というものはない。脱皮することで、前より深く成る。この繰り返しである。絵を描く人は自分の殻により深く閉じ籠ることが、自分の絵の世界を深めると思い込んでいる。つまり、天才のそうした姿を自分に重ね合わせ、普通の人が絵を描くと言う事の意味を間違うのだろう。

自己満足で今の自分がいいと思うのは、衰退である。自己を客観視して、その物差しとして仲間がいる。その仲間の目で自分の絵を見ることである。それにはよりすぐれた仲間と、切磋琢磨しなければならない。自分の修業の一里塚としての絵である。後退しているなら、修業方法が間違っているのだ。仲間はこの修業に必要なのだ。そのことは、道元が一人で山に入った訳でないことでもわかる。一人では道を誤る。座禅修行でも、一人で座るのは、人間が狂ってしまうので良くないと言われる。自己完結すると、つじつまが合いすぎる。他人がそこに入り込むことが煩わしく成る。当然のことで他人は自分と考え方、やり方が違う。能力差がある。足手まといであるかのように見える。しかし、仲間の人の絵を本気で考えて見ることで、自分のことが分かる。共同することでの効果が出る。それが絵にも表れる。

農の会では、市民のグループ田んぼの方が収量が多い。専業を目指している人の田んぼより、長年やられているMOA自然農法の方々の田んぼより多い。地域の平均収量よりも、有機農業でありながら収量が多い。大豆も小麦もお茶もそうである。理由は簡単である。共同だからである。自分の為より、みんなの為と感ずることで、力が出せる。また、そうでなければ本当の共同という事ではない。共同ということは、変な言い方だが、陰徳を積むと言う事だと思っている。知らない間に、誰かが田んぼの石に気付いて拾うかどうかである。そういう無数の思いを積み重ねるから、結果として共同の方が収量が多く成る。共同の道を探るべきだ。一人でもやれる人には共同は迷惑なことだと思うだろうが、実は、その方が能力のある人、力のある人に大切なことではないだろうか。絵の場合、良くなるという事が分かりにくい。しかし、私は水彩人の御蔭で少しづつ進んで来たと思っている。競争社会の中で、なかなか受け止めにくい所なのだろう。
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麹作り2013

2013-01-28 04:46:28 | 自給
今年も農の会で麹を仕込んだ。大豆の会で準備をして仕込みを行う。この25人100キロの大豆の為の、準備をまとめて見る。2班に分かれて行う必要があった。味噌の仕込みに合わせて、準備をする。

全体で用意する道具、
1、セイロ3組 2、かまど4個 3、釜4個 4、蓋4個 5、薪ケイトラ1杯程度 6、大きなシート 7、麹菌 330グラム以上 8、温度計 9、ステンレスボール3個 10、ふかし布大 11、しゃもじ3個 12、ステンレス大ざる1 13、米袋人数分
各自が準備するもの 1、浸したお米 3キロ×口数 2、毛布 3、新聞紙、4、温度計 5、湯たんぽ、これを使い捨てカイロに変更したらどうか。

作業手順
1、薪の準備は早めに大山材木店さんにお願をして置く。
2、A班は平日、B班は土日に分けて日にちを設定する。雨を考えて、予備日を取る。
3、作業日の材料、道具の搬入 搬出 を上手く手分けする。
4、1回に作業が出来るのは、3キロ1口として1セイロを6口。これを1時間半とする。
5、9時から作業開始の場合、30分前にかまどに火を入れる。
6、2口の人の場合。1段目を2つにするか、上下にセットし、上下を入れ替えること。
7、蒸し時間は下段で、強火で1時間以。十二分に蒸すこと。
8、蒸したお米を部屋に運び、麹菌を植え付ける。
9、米袋方式の場合、袋にお米をそのまま空けてしまってもいい。
10、この時に冷えていないように手早く。持ち帰る間に冷やさないように行う。
11、最後の人が終わったなら、火の始末。釜や蒸し布の洗いを行う。


注意点
1、火力は強く、良くふかす。
2、釜の水がすぐ無くなるので、30分に1回は満杯にする。
3、湯たんぽの準備。湯の扱いやかまどの準備を考えると、使い捨てカイロに変えるのもある。
4、お米は12時間以上水に浸し、冬なので24時間でも大丈夫。3時間以上水を切る。
5、麹菌は3キロに対し、10グラム。
6、来年はセイロ2、釜1を購入し、大きさ33センチにそろえる。
7、大豆の会の道具置き場を作る。
8、輸送のためには、ケイトラを使える人が、もう一人必要。
9、米袋の購入準備。

麹作りも年を重ねるごとに、洗練されてきた。安定して良い麹が出来るようになってきた。味噌作りの際に、やはり自給の暮らしは技術だとつくづく思う。かまどの火の管理をお願いすると、暮らしの技術が見えてくる。たき火が得意だと言う人は案外に多いのだが、そのレベルはそれぞれである。自己流というのは、意外に低いレベルのことも多い。一般に農家の人はそれぞれの方法を持っている。こういう技術が伝承されていない。誰もが出来ると思っているが、雨の中で生木を燃し付けることが出来るかとなると、そこまでは出来ない人もいる。共同体験が少ないから、人のやり方から学ぶという事が、ヘタなのだと思う。たき火講習会のようなものをやってくれないからいけない。こんな話になりがちである。そうした暮らしの技術は様々な場面で、学ぶ気持ちのある人が学んでゆくものである。大抵の人は、人に教えるくらい自分が上手いと思い込んでいるために、学ばない。

これは自給の技術すべてにわたっている。具体的な方法を覚えるのではなく。その工夫をする考え方の方を身につけて行く必要がある。農業は常に予想外のことが起きる。予想外のことをどこまで予想の範疇に入れられるか。それでも予想外のことが起きた時の対応力。麹を上手に作り、味噌を上手に作るということは、実は大豆やお米を上手に作ると言う事と変わらない。



昨日の自給作業:小麦の麦踏、追肥、土寄せ3時間 累計時間:21時間
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自給生活の健康法

2013-01-27 04:21:44 | 自給
年齢とともに身体は衰えて来る。そして死ぬ。それは当然のことであるが、死ぬまで元気にいたいと言うのは、願いである。自給生活をしている以上、医療を出来る限り受けたくない。墓場に入るまで医療にかかわらないで行くのが理想である。しかし、これは運がかなりの占めていることなので、あくまで出来る限りそうありたいと願う。

死ぬまで元気の10カ条
1、早寝早起き。
2、空腹になったら食べる。
3、野菜中心の小食。
4、発酵食品を食べる。
5、身体の内観を行う。
6、体重の測定を行う。
7、適度な運動をする。
8、身体を冷やさず温める。
9、頭を使う。
10、動物と共に明るく暮らす。

日々そうして暮らしている。あくまで個人的なことで、死んでみなければ良いのか悪いのか分からない。免疫力を高め、マイクロバイオームが健全であるようにする。病気になる原因はストレスである。ストレスの対応法である。ストレスを上手く受けて暮らすかでもある。ストレスがない暮らしというのではすぐ病気になる。良いストレスを持ちながら、積極的に生きたいと思っている。悩みがないということは、ボケているからだ。生きているということは、悩ましいことの連続である。その受け入れ方に慣れることである。例えば、空腹というのはストレスである。毎日2度か3度空腹を味わい、食事をする。これを、おなかも減らないようではストレスがないようだが、お腹が減るという機能が弱っている。体内にいるマイクロバイオームに生かされているのだから、仲間の良い微生物の応援をする食事をする。

身体を内観する。自分の内臓の動き具合を感じて見る。乗車前点検のようなものだ。エンジン音を気お付けている。静かな気持ちで、頭のてっぺんからつま先まで、味わう。体重変化は何かのあらわれである。皮膚に現われる変化はストレスのかかり過ぎの場合の反応になるので、シグナルを見落とさない。畑仕事のような、暮らしに必要な作業を上手く配置する。犬の散歩はちょうどいい。身体の冷えは要注意。ともかく温める。血行を良くする。頭を本気で使う。連続30分間が限度である。そのくらい限界まで頭を使う。絵を描く、文章を書くと言うのはいい。具体的に形が残り人に見えることは大切である。動物と共に暮らすということは何よりである。動物が良いのは汚れているからである。言う事を聞かない所である。一緒に居れば、前向きな明るい気分になれる所である。
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自民党とTPP

2013-01-26 04:28:20 | Peace Cafe
自民党という政党は、本音と建前の使い分けの巧みな政党である。自民党議員の大半はTPP反対で当選してきている。農協の集計では、選挙前200名は反対を表明していたはずである。しかし、安倍政権はどことなくTPP推進を匂わせて、アドバルーンを上げている。これからの経過を見ていれば、安倍政権の農業に対する考えが見えてくる。自民党支持者というのは、政治とはそんなものだという、大人的割り切りがある。原理主義者ではないということだろう。長いものには巻かれろ的な、諦めの境地という場合も多いのだろう。だから、農協の運営委員として、TPP反対の署名に回れば、拒否する家は無かった。みんながやるのだから一応やるのが決まり。1軒当たり10名お願いしますという署名である。地元の自民党議員にお願いをする。

この一応の農家の集合体はまだまだ生きている。当選したので、TPP推進派に変わると言う訳にもいかない。そこで、一応交渉には参加してみてはどうだろう。農業分野の関税撤廃などというのが出てきたら、即止めればいいのだから。交渉もしてみない内から、農業は関税撤廃などと決めつけるのは、おかしいだろう。選挙前から安倍氏のTPPに対する意見は、巧みに不明確であった。交渉してみてダメなら辞めればいい。まあまあ、ここは先生の立場もあるから、一応の交渉参加までは認めよう、などというあいまいな妥協になる可能性もある。戸別補償も止められない。そうして、TPPの協議に参加すると、参加すれば日本の輸出はこんなに改善される。特別枠で、補助を様々付けるようにしますので、何かご要望はないでしょうか。TPP参加についての議論が、こんな風に推移することが想像される。私の邪推だろうか。

その結果どういう事が起こるか。国にはお金がないのだ。また借金をするのだろうか。農業分野が産業として、自己矛盾を起こすような、つぎはぎだらけの補助金を増やして、農業はますますいびつになる。経営不利地帯の日本の農業は滅びて行く可能性が高い。安定した長期的な共通ルールを作らなければならない。政府が変わって制度が変わる。これでは就農など出来ない。平等に競争すると言うのは、そもそも国家間では不可能である。経済競争におけるルールは大きいもの強いものが有利になるように出来ている。決して公平なルールなどない。農業では歴史的条件、文化的条件、環境条件が異なる場合。勝利者は決まっている。サトウキビ栽培を沖縄と北海道で行えば、沖縄が当然有利である。それを同じルールでの平等の競争と言われても困る。北海道なら、テンサイを作る以外ない。しかし、日本以外で作る方が、さらに生産性が高い。

それではどうやって瑞穂の国を守るのか。政府がまずやらなければならないことは、食糧自給を必ず守ると言う意思を、国民に向け、世界に向けて表明すること。国内に対しては農地法を変えることだ。農業者が暮らして行ける条件が無ければ、農業者が減るだけである。食糧自給を国是にしてもらいたい。瑞穂の国の資本主義としては当然であろう。

1、農産物、農業者に対する補助金はやめる。
2、農業をやりたいものには、一定の地域の農地を国の責任で貸す。
3、その為に守るべき農村環境の地域設定をする。放棄されてゆく農地を上手く国が運用すること。
4、農村保全地域で農地が放棄される場合、国が所有を進める。
5、保全地域で耕作したいものには、農地は耕作している間は貸与される。
6、中山間地にまとまった新規就農者の受け入れ地域設定をする。

瑞穂の国の資本主義では、農業で利益を上げるのでなく、農業を生きがいにする人を生み出すもののはずだ。既存の農家を維持すると言う事と、新しい生き方としての農業は、考え方に開きが大きすぎる。別のこととしてとらえなければ展望が見つけられない。その為には、新規就農者の入植地域をまとめて作り、その地域では普通に働けば、生きてはいける環境的条件を整える。
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玄米せんべいは難しい

2013-01-25 03:43:49 | 自給




御菓子というものはあまり食べないが、せんべいは好きだ。草加せんべいのような硬い醤油味のものと、品川巻きが好きだ。何とか作れないかと昔から思っていた。お米を作っているのに、上新粉を買ってきて作ると言う気はしない。何とか米粉を製粉して挑戦してみたいと思っていた。以前も挑戦したのだが、なかなか上手くいかないまま、製粉した米粉は、お好み焼きなどに入れて食べてしまった。これはこれで小麦粉だけのものより、面白いものだった。今年は、里地里山協議会の製粉機で、どんど焼きの団子の粉を作ることになった。それに合わせて、米粉を製粉できることになったので参加させてもらった。どうせ作るなら、普通手に入らない、玄米米粉を作ってみた。3回製粉をして、細かいものと、荒い粉が出来た。細かいもの熱湯で練って、団子にしてみたが、甘い香ばしい味がしてなかなかいい。これならいよいよせんべいである。

せんべいにするには、粗めの粉が良いのではないか。細かすぎると、どうも米の風味が無くなる気がする。しかし、荒い粉は熱湯で練るだけでは固まらない。そこで、ぬるま湯でよく練ったものを蒸してみることにした。ぬるま湯で練ったくらいでは、全く粘りは出ない。ばらばらのまま10分も蒸してみたら火が通り粘りが出た。そこでもちつき機に入れる。これでよく捏ねるのが作戦である。いつも五平餅を作っているが、この時ももちつき機でこねる方が楽である。手で捏ねるくらいではさしてねれない。もちつき機でぎりぎりまで練り上げる。しかし、今回出来上がってみたら、水不足であった。それなら途中で熱湯を加えてやればよかった。それでも粘る塊になったので、冷める間に餅の形にした。四角いものと、丸いものだ。四角いの海苔を張る予定。丸いのは醤油を塗る。薄くと思ったのだが、面倒くさくて3ミリくらいの厚さである。どうも1ミリくらいが良いようである。これが上手くいかない原因の一つのようだ。

すぐ天日干しにした。3日間は干す。干している間に一回り、小さく成る。炎天下に干したが、少しづつ反り返ってきた。半日で裏返したら、裏側は水滴があるほど濡れていた。夜は取り込み、昼間はまた陽にさらした。こちこちのこんなものが、せんべいになるかと思うほどカチカチで、不安になる。調べて見ると、柔らかく焼くのが難しい。一回目は硬く成って、揚げせんべいにした。揚げるとこれまた香ばしく甘みが増してなかなかではあった。しかし、せんべいはパリッとして、割れるような歯ごたえが重要だと思う。弱火で長く、焼くことにした。まずはオーブントースターの100度で10分一度冷まして、もう10分焼いてみた。なかなかである。確かにせんべいが出来た。醤油をつけて、もう一度焼いてみた。そこそこのせんべいではあるが、硬い。

せんべい作りには火炉(ほいろ)という工程があるらしい。煎餅の独特のパリッとした感じを作りだ。煎餅が焦げない温度50度から60度で、1時間以上あたため続ける。水分を上手く抜いてやることが出来ると、やわらかいせんべいになるそうだ。そこで陶器製の2重がまで弱火で焼いてみた。しかし、まだ硬い。せんべいは難しいものだ。色々干してみると、干しの具合も影響するようだ。今のところせんべいは諦めて、玄米米粉はうどんにして食べている。小麦粉2に米粉1の割合で入れてうどんにする。なかなかいいものである。米粉をうどんにするなど、もったいなくてお祖父さんに怒られそうである。しかし作ってみると、お米の方が作りやすいのだから、これは仕方がない。

昨日の自給作業:麹の仕込み2時間 累計時間:18時間
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アルジェリアでのテロ

2013-01-24 04:51:17 | Peace Cafe
アルジェリアで武力攻撃が起こり、大勢の日本人が殺されるという、大変なことになってしまった。日揮という会社が参加していた天然ガスプラントが攻撃をされた。亡くなられた方々は、サハラ砂漠のまっただ中で頑張っていたのかと思うと、悔しい限りである。これからこういう事件は多発するに違いない。どのように防ぐのか、真剣な対応が必要である。政府は自衛隊法の改変を言いだしている。全く無意味なことである。フランスもイギリスも、軍の対応など出来なかったというのに、自衛隊が出動するなどとんでもないことである。アルジェリアが外国の軍隊を受け入れる訳がない。あらゆる機会に自衛隊を持ち出すのが、自民党政権の安倍氏の発想である。どうすればテロを防げるか。このことを真剣に考えれば、自衛隊を持ち出すなど馬鹿げている。今回の事件で言えば、火に油をそそぐばかりである。世界の情勢をもっと深く考察すべきだ。

日本政府が行うべきことは、情報収集能力を高めることである。そして海外進出する企業に提供することである。今回のような事件が起きた最大の原因は、アルジェリア政府の武力攻撃に対する対策を良く分かっていなかったことにある。どんな対策をしてこのプラントを守ってくれているのか。もし不足であるなら、どのような対応が出来るのか。それも不可能なら引き揚げるのが正しい判断である。しかし、隣国マリにおいて、フランスの武力攻撃があった。あの時に次に何が起こるのかを日揮としては考えなくてはならなかった。それは日本政府も同様である。何の手だてを打たないまま、武力攻撃を受けてしまった。イスラム世界とそれ以外の世界の対立が絶え間なく起こる。この問題は経済の問題ではなく、思想や宗教や価値観の問題である。資本主義経済の価値観と対立している。日本があっさりと譲ってしまった所である。簡単な解決はあり得ない。どこで折り合いをつけ妥協するかだけである。

情報収集を自衛隊が行うということはある。しかし、これには自衛隊法の改正の必要はない。報道は連日このニュースだけである。確かに悲しい大事件ではあるが、その意図の先にあるのは、自衛隊を国防軍にするという、流れに利用しようというものだ。現在の報道の姿勢は、大勢が政府とあうんの呼吸で、体制翼賛的である。国民を扇動しようという意図もないとも言えない。尖閣報道でも同様である。尖閣に領土問題がある。私はそう考えている。根拠があるなしではない。因縁的であろうと隣国が自分の領土だと主張をしているのだ。日本のものである根拠があるなら、堂々と話しあうべきだ。話し合いも拒絶する姿勢は間違っている。このような主張すらできない報道がある。すべてが内向きで、自信の喪失が原因である。話し合えば不利になる。こういう思い込みがある。国際司法裁判をすれば公正な判断がされない。これは韓国の竹島に対する姿勢と瓜二つの姿である。

日本が外交を持って平和を守ろうと決意した以上。情報収集能力がないなどというのは、全くおかしな話だ。今回のような事態になった時、日本が一番情報があると言うくらいの能力を持たなければ、日本の安全は保てない。情報と軍隊とは別である。情報組織を自衛隊の中に持たない方が、外交上有利な点もあるのではないか。外交官として、武官ではなく文官として情報収集に当たる。この方が日本的なやり方だと思う。もう一つは、企業の海外活動をどこまで日本政府が把握し、かかわるのかである。今回のプラントへの参加は国策的なものであろう。政府がホローすべきものだった。企業活動の中には、必ずしも日本の利益にかなわないものもある。こうしたグローバル企業の活動をどう考えるかもある。いずれにしても、この機に乗じて自衛隊を国防軍への世論を盛り上げようと言う、政府のやり方は、日本の安全に置いて極めて危険である。
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文部科学政務官の義家弘介氏

2013-01-23 04:30:54 | 身辺雑記
神奈川16区選出の自民党衆院議員で、文部科学政務官の義家弘介氏が地元の神奈川県厚木市の成人式に出席した際、比例復活した民主党議員より後に紹介されたため、「民意を否定する話ではないか」などと同市に抗議していたことが16日、分かった。(東京新聞)本人のFacebookでは、「地元選出代議士は、自民党・義家ひろゆきだ。新成人達は参政権を手にした。その門出を祝う式典でもある。たかが紹介の順番では済まされない。選挙、民意、民主主義を否定する話だ」文部科学政務官の義家弘介氏は、大阪の教育委員会に政府から派遣されている。体罰でなく、暴力だと大阪に調査に行く前から言明している。もしそう言う明確な認識があるなら、政務官は責任者である。早急にこの教師を、告訴し逮捕させなくてはならない。今回の入試中止に文部省としてかかわっていることになるのだが、今回の曖昧なやり方は理解しがたい。橋下氏はこれで良かったと言っている。すぐけんかを仕掛けるが、治め方が稚拙だ。喧嘩は治め方まで考えて始めるべきだ。

紹介の順番問題が民主主義を否定しているとは恐れいいる。義家弘介氏がどういう人かよく分かる話である。大抵の人はこういうとき黙っているものだ。議員が偉い人のつもりなんだと改めて思う。こういうことは市会議員でも全く同じである。普通に人と同じに扱う人はいない。先に呼ばれて抗議を受けた後藤 祐一氏は2期目の議員である。比例当選を地元選出より、下に見る考え方は選挙制度を否定している側面がある。義家弘介氏は参議院からの移籍の初当選の議員である。どちらを先に読むかの民意は、少し難しい所がある。自分の方が票が多いいから民意を多く受けていると言えるのだろうか。そういう確立したルールがどこかにあるのだろうか。本音で言えば、自分は政権党自民党の議員だぞ。尊重しなければ、どういう事になるか分かっているのか。こういうことなのだと思う。

この人は、不良少年から更生し、立派な教員になったと言うので、ヤンキー先生で一躍有名になった人である。タレントなら良いが、政治家はどうかと思う。発言を聞いていると、あまり不良少年時代と変わらないのではないか。こういう人を文部科学大臣政務官にしていいのかと思う。義家氏は目玉として政府の教育再生会議で担当室長をつとめていた。安倍氏にスカウトされたのか、自民党から参議院に立候補し当選した。そして、今回衆議院に鞍替えし、政務官になったのだ。安倍教育改革の本質を考える上で、氏家氏の言動は参考になる。暴力否定とは言え、競争の教育が義家弘介氏の特徴ではないか。この人の文章を読んでも、あれもダメこれも駄目と、批判は沢山あるのだが、教育どうすればいいのかとなると、思想の欠落した愛国教育のようだ。この人のブログを読むとそのことが良く分かる。力んでばかりで実態思想が書かれていない。

たとえば
日本を取り戻すとは、『日本人のこころ』、『日本の精神』を取り戻し、当たり前の国として、日本を再興していく事に他ならない。かつて、世界から尊敬された日本の気高さを今こそ、取り戻さねばならない。守るべきものを、守るために、どのような責任を果たすのか、を今こそ問われねばならない。平成二十五年一月二日
神奈川十六区選出 衆議院議員 義家弘介


確かに、暴走族の落書きのようなにおいがする。力んでいるということは分かるが、日本精神とは何か。日本の気高さとは何か。この事を分かりやすく伝える。そう言う国を作るための道筋を示すのが、政治家ではないか。これでは街宣右翼である。この人には日本という国がどのような国であるのかへの理解がない。瑞穂の国の資本主義でもきちっと読んだらどうだろうか。
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横綱大鵬の死去

2013-01-22 04:08:18 | 身辺雑記
大鵬が死んでしまった。横綱というイメージは大鵬から作られたものではないだろうか。それくらい立派な姿だった。対戦相手が怪我をしないように、そーと倒して勝つあたりが、他の力士とはまるで違った。あまりに強くて、相撲人気は下火になってしまった。1960年入幕というから、まさにテレビ時代の力士である。テレビ中継には反対の親方も多く、相撲が無くなるとも言われる中、中継が始まり民放ですら相撲放送をするようになった。1940年、サハリン(旧樺太)でウクライナ人の父と日本人の母の間に生まれ、第二次世界大戦終戦の混乱期に五歳で北海道に引き揚げた。高校の定時制を一年で中退し、二所ノ関部屋に入門。五六年秋場所、本名納屋で初土俵を踏んだ。定時制に通いながら営林署で働く。この時営林署に勤めていた、母の叔父に当たる人が北海道勤務で上司に当たった。大鵬少年の入門にかかわったと聞いている。納屋少年が相撲取りになることに協力し、地元後援会のようなこともやったらしい。

それまでの栃錦、若乃花はラジオである。ラジオにしがみついて、写真のイメージを膨らませながら聞いていた。ラジオ中継でだいたいの取り口が分るようになった。聞き手の方も相撲言葉を熟知しなくてはならない。また表現が上手で、講談風のものだった。「上手投げ、上手投げ、」と叫ばれて、どちらが投げたのだか分からないで、固唾をのんで待っていると、「若乃花の勝ち、」と大音声を上げる。聞いてほっとしたり、しょげてしまったものだ。今の相撲のラジオ中継を聞いていると、全く分からない。名前と力士が合わないから、体型がイメージできない。「突っ張った、突っ張った」と言われても、あんこ形と、小兵力士では突っ張りの姿が違いすぎる。突っ張った後、そのまま付ききるのか、かわしてははたくのか、まわしを取りに行くのかが分からないと、ラジオではどうしようもない。テレビに慣れてしまい、受身で見ていることが良く分かる。名前を覚えられなくなってもいる。

大鵬の思い出を語るテレビ中継では、同時期横綱を張った北の富士さんが大鵬さんは若い頃、「一枚アバラだった」と話していた。雷電こそ一枚アバラの力士と言われていた。胸から胴にかけて、あたかも肋骨が1枚の板であるかのように、骨が太く間がないぐらいに厚みがある体形のことで、痩せ形ではあったが肩幅が極端に広かったそうだ。これはロシア人の父親を持つという事も原因していると思う。ハンマー投げの室伏選手の素晴らしい肉体も、日本人離れしている。最近の外国人力士の活躍は当然のことで、格闘技においては肉体の優劣が決定的である。大鵬は横綱になったのが21歳だった。横綱になった時が133キロで現代幕内で一番軽量の力士と一緒だそうだ。それが春馬富士である。それでも当時は大きい方だった。横綱になってどんどん大きく成って、153キロになった。大鵬は横綱になって、一度驕ってしまったそうだ。それを座禅修行して修正する。伊豆の方のお寺だったと記憶するが違うだろうか。

一つの時代が終わって行くことが分かる。大鵬のように樺太から命からがら、北海道に逃げ帰り、北海道各地を転々としながら苦労を重ねて育つ。こんな人生はもう想像もつかない時代だ。樺太から逃げなくてはならなかったのは、ソビエトの不可侵条約を破っての侵攻だ。最後の引き揚げ船で北海道に引き揚げる。船酔いで稚内で下船したために、幸運にも魚雷による沈没を免れたそうだ。相撲のけいこが苦しくなかったというのだから、すごいものである。大鵬の悠然たる態度から、天性で強かったと思われているが、ともかく稽古をした力士ということである。それが姿態度にに現われない所まで修業が進んでいたのだろう。当時は何となく、祖父がロシア人と言い伝えられていた。横綱がロシア人ではまずかったのだろう。しかし今では、日本人が横綱になれるだろうかという状態である。
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ストレスの科学

2013-01-21 04:32:13 | 身辺雑記
あらゆる生物に免疫機能がある。これを自然免疫とか、補体とかいうものである。最近の健康本では免疫のことが、うるさいほど強調されている。免疫力を高める食事とか、免疫を高める体操とか。温泉効果でも免疫力を高めると言う具合である。それは当たり前で、ストレスが病気の原因であるとすれば、ストレスを軽減することはすべて、免疫力を高めると言うことでもある。しかし、こうした民間療法的な免疫力に対して、医学的な視点からの科学的なアプローチまでしている、考え方は少ない。例えば麹のような発酵食品は免疫力を高めると言われる。どういうプロセスで、免疫力を高めているのかを確かめたくなる。そのことを書いた本が「免疫革命」安保徹新潟大学大学院医学部教授 講談社1600円である。生き方によって、病気は作り出されている。生き方を変えない限り病気の根源は取り除くことが出来ない。このように帯に書かれている。

こういう本は大体が似非科学が多い。しかし、ガンにならない前にこの本を読んで良かったと思う。現代は3人に一人はガンになる。つまり、それだけストレスの大きな社会ということではないだろうか。私のガンのイメージであるが、誰もが日々細胞はガン化している。しかし、大抵の場合はガン化した細胞に対して、お前は何を勘違いしているのだ、と言う事で、ガン化した細胞は修繕される。ところが、何かの加減で修繕が効かない場合が、起こる。これはめったにないことだが、ガン化した細胞が増殖してしまう事になる。個々の細胞のガン化を違うぞと教える仕組みが免疫機能なのだと思う。だから、人間に免疫機能が十分に活動している時は、ガン細胞が増殖するような事はめったにない。ところが、免疫機能は様々な理由で、弱まることがある。一言で言えば、ストレスで免疫機能が弱まる。良くない食事を続けているとか。睡眠不足が続く。疲労が続く。悲しみにくれる。怒りに包まれる。寒さにさらされる。ストレスの原因は数限りなくある。

中学1年の時に国語を教えていただいた方に、本巣好隆という僧侶の方が居た。この方は宿題を忘れた生徒に、「君は遊びが足りなかったんだ。本気で遊んでみなさい。」このように熱心に言われていた。その意味は大抵の生徒が分かったと思う。勉強がしたいと思うほど遊べと言う事を言われていた。すべてが中途半端だから、勉強がしたいという気持ちが出てこないのだ。当時は、そんな見事な説教は通り抜けてしまっていた。39の時行き詰って本当に遊んでみようと思ったのには、そんなことがあったのかもしれない。遊び続けていれば、やりたいと言う事にぶち当たる。「中途半端に義務的なことをこなしていれば、人生の目的に出会えない。」これは父の口癖であった。何もするな。何かで紛らわしてはならない。義務感に追われて生きるのでは、本当の自分の生きるに出会えない。やりたいことに出会うためには、やりたいと思う事をやってみる以外にない。

やりたい事を日々やって暮らすのが、一番ストレスのない暮らし、ではストレスを取り除くにはどうしたらいいのか。自分の身体の声に従うことである。眠ければ寝て、食べたかったら食べる。動きたければ動き、動きたくなければ休む。30代までは、あまり寝なかった。眠いことは眠かったのだが、寝ている訳にはいかないことが多くて、眠いという身体の声を無視していた。それで、良く病気になっていた。食事は時間が来たから食べると言うものだった。身体のことより、やるべきことに追われていた。山北に39歳の時に開墾生活を始めた。この時から少しづつ変わった。朝起きたら「さて、今日は何をやるかな。」というような暮らしにしようと思ったのだ。その時やりたいと思う事をやる。身体を動かしたくて、やたらつるはしを硬い土に叩きこんでいた時もあった。ただただ寝ていた時もあった。自分というものに従ったら、自分はどうなるのかと思っていて、そのまま暮らしてみようと思っていた。無為に生きる。

昨日の自給作業:田んぼの整備3時間 累計時間:16時間
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美しい日本の農政

2013-01-20 04:20:12 | 身辺雑記
たしか、「美しい日本」というのが前回の安倍氏が総理大臣だった時の目標ではなかったか。まだあのときの文章が内閣府には残っていて懐かしい気分になる。
 一つ目は、文化、伝統、自然、歴史を大切にする国であります。
 二つ目は、自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国であります。
 三つ目は、未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国であります。
 四つ目は、世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国であります。


昨年末文芸春秋には「新しい国へ」瑞穂の国の資本主義という事を書いている。
日本という国は古来から、朝早く起きて、汗を流して田畑を耕し、水を分かち合いながら、秋になれば五穀豊穣を祈ってきた「瑞穂の国」。私は瑞穂の国には、瑞穂の国にふさわしい資本主義があるのだろうと思っています。自由な競争と開かれた経済を重視しつつ、しかし、ウォール街から世間を席巻した、強欲を原動力とするような資本主義ではなく、道義を重んじ、真の豊かさを知る、瑞穂の国には瑞穂の国にふさわしい市場主義の形があります。
棚田は労働生産性も低く、経済合理性からすればナンセンスかも知れません。しかしこの美しい棚田があってこそ、私の故郷なのです。そして、この田園風景があってこそ、麗しい日本ではないかと思います 。市場主義の中で、伝統、文化、地域が重んじられる、瑞穂の国にふさわしい経済のあり方を。自立自助を基本とし、誰かが病に倒れればみんなでこれを助ける。これが日本古来の社会保障。


「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(古事記)「豊葦原千五百秋瑞穂国」(日本書紀)みずみずしい稲穂を意味する瑞穂の実る国が日本である。全く安倍氏に同感である。美し稲作の国、日本である。もし、安倍氏が保守本流の思想を持つ人間であるなら、是非ともこの理念を総理大臣としての施策の根本に据えてほしい。すべてをこの観点から考えてほしい。言葉の通り、故郷の棚田が無くなるような、経済政策は取らないようにしてほしい。美しい棚田をどのように維持するか。この具体的な政策を示す事が、総理大臣としての役割である。今経済の緊急対策という事で、莫大な借金をして、公共事業を行おうとしている。これは従来のばらまき公共事業とは違うと言う事を、強調している。言葉通りであるなら、次の産業の育成のための、つまり米百俵としての我慢の投資でなければならない。古くなったトンネルや橋の直し。学校や病院の耐震補強。こうした公共事業は次の産業の呼び水にならない。

建前と本音という事がある。安倍氏が嘘をついている訳でもないのだろう。瑞穂の国をうつくしい日本という認識はある。日本の美しい国土から生まれてきた、稲作を基本とする日本の文化、伝統を愛する日本主義者の一人であるという意味では、私の仲間である。所がそうした日本を再生する道筋が異なる。私は実際に田んぼが無くなってきたので、これを復活しなければならないと考え実行している。しかし、農業が産業としての合理化が進められれば、日本の美しさを醸成してきた、中山間地の集落は人が居なくなるだろう。美しい国を作り上げるためには、山間地が放棄されてはならない。ところが、安倍氏は経済が衰えれば、日本全体が委縮し、美しい国の再生もできなくなると考えるのだろう。ここに方向が分かれる原因がある。日本が最も美しかった時代は、江戸時代である。貧しい時代である。貧しくともご先祖を敬い、自然に従い暮らしていた。是非ともこの事を思い起こしてほしい。

江戸時代の本当の姿を、想像できないのではないだろうか。明治政府が作り上げた、虚構の江戸時代像に混乱をしているのではないだろうか。未来の産業の活性につながる公共事業とは、補正予算の具体的にはどの部分なのか。I PS細胞の研究に投資すると言うのは、未来に繋がることは分かる。その他探しても、全体で占める割合は、数%にみえる。ばら撒きでないことをガラス張りにして良く分かるようにすると、発言しているにもかかわらず大半は、ばらまき予算以外の何物でもない。復興予算も必要ではあるが、すぐに産業の活性化に繋がるものは少ない。こうした公共投資が一時的に、経済を活性化させるとは思う。しかし、このやり方ではまた、公共事業を当てにする地方の土建業が肥大化する。そして次の仕事を要求することになる。さらに公共事業とならないか。これでは1年後には大きな破たんが起こりかねない。

農地法を変えなくてはならない。放棄されてしまうような、中山間地を今までとは違う枠で、地域指定する。個人に変わり、国がその維持に責任を持つ地域にする。多くの地主が、ご先祖の大切な農地を荒らしてしまう事に苦しんでいるはずだ。一定の条件で国のものとして受け入れる。国が良い農地として維持することを約束する。そして、こうした営農不利条件地を、今までの産業とは違う形の新規就農を行う地域とする。今まで新規就農が成功しない理由は、従来の農家の中に紛れてしまうことがある。新規就農者の意識は全く違う価値観で就農している。どうしても無理が生じてきた。もっと自由に新しい日本の農業を模索できる場所を、国が確保して行くことである。そうした地域指定を可能な所から行う。原則的には補助金農政を止めると言うことも大切なことだ。補助金の一時しのぎで、農業を歪めることは健全な農家が育つことを阻害することになる。
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ツールドフランス7連覇のアームストロング

2013-01-19 04:21:41 | 身辺雑記
ツールドフランス7連覇のランス・アームストロング氏のドーピング違反は本当のことだった。自ら90年代から使っていたことを告白した。衝撃的なことだ。パリに居た頃、ツールドフランスのゴールでシャンゼリゼ通りがお祭り騒ぎだった。余りの興奮状態を見てヨーロッパ人が自転車競技に格別な思いがあることを知った。長年、ヨーロッパ選手が勝利を独占していた、ツールドフランスをアームストロング選手というアメリカ選手が7連覇もした。けた外れの特に山登りでの強さは認めざる得なかった。それ位傑出して強かった。この選手はガンを克服したことでも、注目をされていた。その経歴からガン撲滅キャンペーンの財団の代表でもあった。ガンになり、独自の闘病を経て生還してから、勝つようになった選手である。ガンで上半身が痩せたことが、却って良かったと言われていた。子供の頃からトライアスロンをやっていて、世界のトップに近い選手だった。

アメリカの郵政省チームとしてツールドフランスに参戦していた。自転車レースは、個人競技ではあるのだが、一心同体の共同で闘わないと勝てないという競技だ。先頭が風の影響を受けて、不利である。長距離レースでは初めから終わりまで先頭という訳には、行かない。チームで誰を勝たせるかを決めて、引っ張り役や追いつくことを阻止する役割と使い分けて、一人を勝たせるためにチームで支え合い戦う。9人編成のチームが、20~22チーム参加する。個人競技であるのに個人の気持ちは抑えなければならない。我慢して引っ張る役をしなければならない。チーム内でもめ事が起き、移籍が行われたりする。とても危険なスポーツで、昨年もテレビ中継の車との接触で死亡者が出た。ヨーロッパのプロスポーツの生まれ方という物が見えてくる。この独特のチームで行う競技である所が、自転車競技がすごい盛り上がりになる理由だと思う。

ところがこの頃から、アームストロング選手はすでにドーピングをしていたらしい。同僚だった選手の告発から問題は発覚する。ドーピングをしていたからガンになった可能性もかなりの確率であるだろう。アメリカのスポーツ選手は一番でなければならない。しかも巨額のお金が動く。勝利至上主義のアメリカンドリームのプロスポーツである。アメリカのプロレスリングの世界は、大衆というものの本音を表している。例えば日本人レスラー、グレート・トウゴウは、下駄を履きはっぴを着た卑怯な悪役であった。もちろんロシア人の悪役レスラーというのも存在した。スミノフなど、フランス系カナダ人でありながら、ロシアの悪役をしていた。しかし、アメリカプロレスは当時から日本を市場と考えていた節があり、そうした差別的なだけでもなかった。ジャイアント馬場はアメリカで参戦していた時期がある。力道山のプロジューサーとしての先見の明というものだ。

アメリカでは、プロレスは衰退を始めていた。日本のリングで一流レスラーが戦った。ルーテーズとかカールゴッチはいかにもスポーツ選手体形だった。馬場のアメリカの試合を見て驚いたのは、悪役という訳でもなかったことだ。1960年代のアメリカという国は、とても差別的な国ではあったが、アメリカの興行師は馬場の資質を見抜いていた。その時代の人間関係が力道山後の日本のプロレスを作り上げる。アメリカでは強いことが価値である。その後再生するアメリカプロレスはザ・ロードウォリアーズの強烈な強さを作り出した。アメリカのプロレスは日本とまるで違うストーリになる。勝利の形が、圧倒的で一度も相手に技を許すこともなく勝利してしまう。プロレスラーは筋肉マンタイプ一辺倒になった。このあたりにアメリカ人の価値観が反映している。アームストロング選手はガンになっても、ドーピングをして、勝ち続けなければならなかった。アメリカンドりームは、悲しい夢である。
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田んぼの違い

2013-01-18 04:00:23 | 自給
田んぼが一枚一枚違うものだと言う事を痛感する。それは、放射能の測定を通して、田んぼには水や風からの影響というものが、深くかかわっているという事に、改めて気付かされたことである。同じ小田原でも、土壌への放射能汚染は場所によって100倍も違った。このことは放射能以外のあらゆる事象が、その場所の持つ特性となって表れていると想像される。田んぼの場所は動く訳ではない。地球の歴史に従い、土壌が出来地殻変動があり、日本列島が定まり、たぶん何億年の時間が土壌を作り出した。そのゆるがない場所の土壌である。日当たりも何万年も同じである。田んぼになってからの、何百年の年月はさらなる重いものである。舟原や欠ノ上のような、久野川沿いの棚田は、江戸時代の初期に開かれ400年は経過したようだ。川沿いの斜面に石積みをしながら、削り、客土して、作り上げられた。宝永の噴火の際にはかなりの火山灰をかぶったはずだ。関東大震災の際に一度大きく崩れたようだ。近年、道路が舗装化されるに伴い、田んぼへの客土があったと思われる所がある。

山からの水の違いの影響も大きな変化がある。箱根山麓の明星岳、明神岳の山の状態の総合的生産力というものが、どのように変化して来たのかも、田んぼへは大きく影響をしている。昭和初期までは相模湾が豊かな漁場であったと言うから、山は照葉樹と落葉樹で豊かに覆われていたはずである。江戸時代から、炭、薪の生産地として大切にされていた山である。箱根から丹沢に、豊かな山があるということは、巨大な堆肥場が上流にあるようなものだ。その絞り水が田んぼに流れ込んでいた。もし、山が昔のままであれば、田んぼというものが永遠の循環の中にあるかのような構想が立てられる。山は戦後植林で針葉樹に変わる。山の堆肥場としての生産性が落ちる。相模湾の行状としての生産力が落ちる。同時に田んぼは化学肥料が入るようになる。そこで、水と土壌で作る田んぼの循環は切れる。この全体の循環を再生するのが本来である。田んぼをやっていると、先祖からの長い暮らしの継続を考えてしまう。私一代で出来ることなど限られている。

本来山が豊かでであれば、山から大量の腐植が田んぼに流れ込んでいたはずである。山の絞り水はカルシウム、マグネシウムなどのミネラルが多く含まれている。これを上手く利用したのが、江戸時代の稲作である。これは空から風に乗って運ばれたものもあったという事だ。現代の田んぼにはミネラル不足の問題がある。ミネラルは土壌に結合して動きにくい。落ち葉の持つミネラルが、水とともに流れ込む代替が無くてはならない。緑肥は育てた方がいい。冬にクローバーやレンゲや菜の花を育てることは望ましい。しかしこれがなかなか上手く行くものではない。条件によっては稲よりも育てにくい。種が高価であるので、毎年買う訳にはいかない。本来であれば、景観植物として行政の補助があっても良い部分である。堆肥を入れるのが現実的である。稲藁は田んぼで堆肥にして、もどす。さらに、養鶏場の床を冬の間に入れる。

当面はいまある田んぼそのもので見る以外にない。田んぼは5年ほどで、自分の耕作法の結果が表れて来る。田んぼを始めて、1年目に悪い田んぼというものはまずない。放棄されていたような田んぼであれば、尚更土はいい。慣行農法で行われていた所でも、草は出ないし、肥料が残っているのかまずできる。これが3年目ぐらいから、できなくなる。そして5年目くらいに底が来る。手を打たないで自称自然農法を続けて行けば、寂しい田んぼになる。最初は何もしなくてもよく出来るものだから、展望を楽観して、土壌を育てることを怠る。耕作をするということによって、土壌を消耗しているという事に気付かなければならない。肥料分という事ではなく、腐植というものに焦点を合わせる必要がある。耕作すれば腐植は減少する。腐植を増やすためには、緑肥を育てるか、堆肥を入れる必要がある。
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アメリカで出来たスポーツ

2013-01-17 04:31:28 | 身辺雑記
ベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボールの3競技がアメリカで生まれた代表的なスポーツであろう。どの競技もプロスポーツとして盛んに行われている。特に、ベースボールは野球として日本でもプロスポーツになった。日本に来た、元大リーガーがアメリカに帰って、「日本には、ベースボールに似た野球というスポーツがあった。」と語ったと言うのは印象的であった。その野球の世界大会にWBCというものがアメリカで行われる。日本はこの野球大会に出るのかどうか、最初から揉めていた。もめた末に出て、日本が初回も2回目も優勝した。又ことし3回目があり、日本が出るかどうかで散々もめた末、ついに出ることになった。しかし、日本国内選手だけが出ると言う事で、アメリカでやっている超一流の人は出ない。どうも日程的に3月にこれに出ると言うことは、選手として無理があるらしい。

野球はオリンピック種目にどうしても取り上げられない。ベースボールがマイナーなスポーツを抜け出せないのは、その余りに難しいルールによる。ルールブックとなると、一冊の本である。プロ野球の選手が、ルールのテストをしても半分も点数が取れない人がいると言われるほど難解なルールになっている。例えばインフィールドフライの規定、等と言っても、正確に答えられる人は少ないだろう。アメリカで生まれたスポーツというのは、押し並べてルールが複雑で、細かな部分に及んでいる。それは、アメリカという国が、細部の細部までルールブックで決めておかないとならない国だからというきがする。そんなことは書いておかないでも当たり前だろうと言う所まで、決めておかなければ問題化する。暗黙の了解というものが、存在しない、沢山の民族を統合させた国がアメリカなのだろう。WBCに参加するかどうかのもめ事を見ても、アメリカと付き合う上で、ルールは重要なことである。

日本ではスポーツは、柔道とか剣道のように精神修養の方法になる傾向があった。あるいは、相撲のように神事から脱皮しないものも現存する。身体を鍛えることを人間としての道を究めるための方法にしようとする。ヨガとか、太極拳などはかなりその傾向が強い。その意味で、日本にはチームスポーツは生まれにくかった。蹴鞠を考えてみればいい。蹴鞠がサッカーのようになぜならなかったのかである。古代中国で出来た時には、もう少し競技的なものであった。蹴鞠は相手が取りやすい球を出す事を最上としている。チームで長くボールを上げ続けることが出来るかを競うようになる。肉体的に相手に勝つという事を、いやしいこととする気持ちが日本人にはあったのではないか。葉隠の中の武士道にある、逆説的精神というか、屈折した精神はそうしたものを反映している気がする。スポーツというものを、形成しているルールというものへの理解が、日米で随分違うようだ。

日本人が日本人らしさを失うなかの取り違えが、運動部の暴力事件である。これは全くの氷山の一角である。苦行を行い解脱する事を目的にする修業を、学校教育のクラブスポーツに持ち込んでしまう。人間を鍛えるためには、運動部で鍛えた方が良い、くらいの考えが社会の通念にある。運動部の練習においては、少々の体罰は認めるべきだ。この考えの方が一般的には評価されている。社会常識と法律の乖離である。勝つため。この意味が日本人にはあまりなれない考えかただった。明治以降、世界の競争に勝つという価値観で、自分に勝つという、日本的な精神が間違った使われ方をしてきた。勝つという結果だけを価値観とした未熟な指導者が、修業世界の道場主のように支配をしてしまう。恐れていることがある。ルール精神のない日本人が軍隊を持てば、同じようなことにならないか。勝つことだけを目的とした武力集団化する。どうも、日本人は平和主義で行く方が向いている。
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