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地場・旬・自給

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春、笛吹市の懐かしさ。

2018-03-31 04:59:59 | 水彩画

藤垈の方から、遠くに寺尾の見える夕景である。この空は何が起きているのか。写真というものも不思議である。空間が動いている。写真だから不思議なのだが、絵を描いていても、風景というものはいつも動いている。動いているけど見えない。見えないけれど動いている。あらゆるものは動いている。その見えない動きをとらえることが、風景を描くという事になる。空だから、一見何かがない場所に見えるが、空気というものがある空間である。一杯に空気は詰まっている。その満杯の空気は山をも動かそうとしている。山というものがどっしりある空間も、実は同じ空間であり、絵を描くという眼で見ているという意味では、山も空も同じことになる。だから色彩というものになる。絵の上ではすべてものという意味よりも、その様な動きの方が大きなことになる。

ここを3日に渡って描いた。絵である。あの写真だと遠くに行ってしまう、南アルプスが、目の前に迫っている。さらに遠くにある空も頭上にもある。だから、遠くだからとか、近くだからとかいう、遠近法的な見方は私の中ではあまり意味を持たない。自分の中にある記憶の空間のようなものを、妄想しているのだろう。この点は定かではない。妄想と言い切ってしまう方がまだ近いという事に過ぎない。自分の頭の中にあるすべてが、グルグル回りながら、目の前のものに対応している。絵を描くという頭もあるのだろう。子供の頃見た景色という事も現れるのだろう。何を目指して何処に行くのか、見ているものを見ているようにあらわそうとしているのに、何もわからなくなる。

甲斐駒ヶ岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳と南アルプスが連なっている。

見ているままに描いているのだが、まるで違う事になっている。絵を作ろうとか、絵を描こうとかそういう事は極力あたまに浮かばないようにしているのにと思う。人間が見ているという事の摩訶不思議。見えるようで見えない。見えないようで見えている。どういうことなのだろうか。ジャコメッティがその人がいないとしたときの空間を見るといっている。そこに何かが存在するという事で、空間がゆがみ押しやられる感覚。見ているものがない時を見ようとする。ものがあるという実感に至ろうとする努力。ものがあるという事は、空気であれば、山であれば同じである。空気であるから、無いという訳ではない。空気があるという事で起こること。

出来れば桃の花があるうちにもう一度描きに来たいものだ。石垣に越したらば、もう簡単には描きに来ることはできないことになる。そう思うと春の藤垈あたりを、自分の絵として描いておきたい。自分の何かがわかるかもしれない。どうも人間というのは3,4歳までで物を見るという空間の意識は固まるらしい。その年齢に目が見えなかった人には、空間を把握する能力が少し異なるらしい。資格というものが確立される時期は案外子供のころらしい。ここ頃の体験が今の私の絵になっている理由のような気がするのだ。だから、今の私が、3,4歳の子供のような目で、空間をどう把握しているかを絵で確かめておきたい。

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花の笛吹市は桃源郷である

2018-03-30 04:09:30 | 水彩画

花の谷間 笛吹市藤垈から見る、原から寺尾に続く谷間

この時期の御坂山地に襞のように繰り返される、尾根と谷間は格別に美しい。藤垈、大黒坂、寺尾、原、の甲府盆地の南に位置する。特に、早朝光が盆地に入り込む頃は、光と空間が織りなす舞台の世界である。それは夕方に南アルプスに太陽が沈む時にもう一度再演される。昔は桑畑と田んぼがもう少しあった。この原の谷間も、上流にため池があるから、田んぼは行われていたはずだ。田んぼがあったころのことは、残念ながら記憶にはない。多分見たはずなのだけど、少しも思い出せない。藤垈の方にあった田んぼは今はほとんどない。田んぼがなくなることで景色は、湖になる機会を失う。甲府盆地が田植えになると、湖のように一面が光ったこともあった。これは確かに記憶にある。田植えの匂いまで蘇る。その記憶は、昔はこの盆地全体が湖だったんだと、教えられたことにつながっている。

今は甲府盆地が花の湖である。すでに桃が咲いた。2週間は早い。もう20年近く桃の花をを描きに来ているが、こんなに早いことは初めてのことだ。これは冬が寒かったからだ。寒さに強く当たることで、花を早く咲かせることになる。3月に25度を超えるということは、初めてのことらしい。この夏のような陽気も影響している。この2日で一気に桃が開花した。桜、杏子、桃が一時に咲いた。桃農家の方は、急な開花に追われるように花粉採りで忙しくしていた。この辺りは標高が300メートルはある。今は山の上の方まで道がある。上の方から見てみようと登ってみると、山の日蔭にはまだ雪がある。林道には冬季通行止めとある。春が下の方からのぼってくる。山の上の日蔭で暮らしていた頃が思い出された。

なぜ、高いところから広がって行く空間という物を描きたくなるかといえば、多分おばあさんか、保子おばさんに背負われて、向昌院の梅の木の下から坊が峯を眺めていたからだ。最近はこの推測が確信に変わっている。人は私の俯瞰的に上から見る描き方を、仙人とか、殿様とか、揶揄することもある。むしろ、これは町の方への憧れという物なのだ。さみしい村はずれの山寺ある。そこから見る甲府の町という物が、どれほどの輝きでっあたものか。親元を離れて、おじいさんおばあさんのところにいるということも影響している。あの甲府のさらに先に東京の家があるという気持ち。見るということはそういうこともすべて含んでいる。絵を描く眼はそういう記憶を呼び覚ます。だからと言って今見えている坊が峯が、変わるわけではない。絵も変わるわけではない。絵の世界が妄想の記憶の中に漂う気持ちである。

絵という物は妄想なのだと思う。人間の中にある深くしまいこまれた、染みついたもの。ここにぶち当たるものだと思う。それは他の人にはどうでもいいことだろう。ただそうした、奥底まで妄想したものは、何か人間共通のものがある。世界の上ずらだけを、撫でまわすような絵も、人間共通である。そして、人間の根源を探りあてるという絵画も、繋がらなければならない人とつながることになる。奥底の妄想にどのように踏み込むか。これは生きる覚悟のようなものが必要だ。人間の奥底はどうしようもない、でたらめのものだ。狂気がある。そのただならぬものまで、さらけだすということになる。ダビンチの絵の中に漂う狂気。北斎の絵の中にのたうつ狂気。こうした真実の実在は証明は絵の世界だけに存在する。奇跡のように実在するものである。

 

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桜満開の甲府盆地

2018-03-29 04:50:46 | 水彩画

小山城址 桜の向うに南アルプスが見える。

甲府盆地はどこに行っても花花。花があふれている。去年から描いている小山城址をまた描きに来た。今は笛吹市の境川藤垈で生まれて、育った。もし故郷の記憶というものがあれば、とどこかで辿ろうとする自分がいるが、よくわからない。藤垈のは[芋の露連山影を正しうす]と飯田蛇笏氏が書いた隣のである。この句を記憶しているのは、その景色の中に生まれ育ったからだ。露に映る連山の姿に故郷がある。その露には正しいを目指そうとしていた、自分もいるような気持になる。あの凍りつくような秋の寒い朝に、甲府盆地の向こう側の南アルプスは厳しいものである。さあ油断してはならないぞと、身が引き締まる思い。

昼ご飯を食べたラーメン屋にあった地方紙に、地元の俳人として飯田龍太氏が出ていた。この人もなくなられてもう10年は立つだろう。そのお父さんの蛇笏氏は、句会で向昌院にも何度か見えた。当時私は何もわからないくせに、父は和歌の尊ぶ家の人だったので、俳句というものをどこか軽んじていた。それは江戸文化というものを軽んじることにも通じていて、今思えば何たる恥ずかしい人間だと思う。句会でお寺の周りをぶつぶつ言いながら、俳句をひねり出しているみんなの姿を、不思議な生き物に見ていた。私はこうして、花花花の季節になると、甲府盆地に来たくなる。18ぐらいまでの記憶だから、50年の年月がたっている。昨日もまた境川小学校に行っても記憶が定かではない。私の生まれた、向昌院が様変わりしていて、なんとも、どう考えればいいのか受け止め方が難しい。日本では50年たって変わっていない場所というのは、消えてゆく運命にある、消滅と呼ばれるような場所なのだろう。あるいは文化遺産。

今年は今日あたりが桜満開だ。それを1か月前に予測してホテルの部屋を予約した。桜の満開が3月中というのは、さすがに早い。どうしてこの日が桜満開と読むことができたのか。百姓はおてんとうさまを読めなければできない。1か月予報で言えば、気象庁より正確に天気を読む。長年培ったものだ。桜のシロ。雲のシロ。杏のシロ。雪山のシロ。白はすべて違う。そんなことは誰の目にも良くわかることだが、これが写真でも、絵でもなかなか難しい。その辺を描いていたのだと思う。突然昔の水彩画のやり方が自分の絵に現れた。ありえないことを描くために、全く違う迫り方をするということ。その迫り方が西洋画で学んできたようなやり方とは違う。このシロの違いが違いとして画面に誰の目にもわかるように表すというのが西洋画。その違いの作り出す、自然の幽玄のようなものを画面では目指すのが、日本画的な手法とでもいえるのか。4つのシロが描けたとしても、その作り出した世界が表せるわけがない。目の前にある現実を再現するのが絵ではないと言い切る。写真では、なんとなく4つのシロの違いは見える。ところがその4つの違いが生み出した空気感はなかなかでない。

そんなことに今更気づいたことが、うれしい。自分の凝り固まっていたものが少しはほぐれてきている気がしている。自分に戻ってもいいんだというような気さえする。前に進むためには、自分を否定しなければならないという、発想自体がなんだか自分を縛ってきた。自己肯定して絵を描くということにもいくつかある。写す目になるとしても、写す世界をどう見るかはやはり人間次第である。この自分という人間がどのように反応しているかが問題。まず、4つのシロに出会うことは出来た。これをどのように描けるかということは、自分にはどうでもいいことで、この4つの白が作り出したこの風景という物の動静というのか、鼓動というのか。勢いというか。自分を含めた全体の持つ力のようなもの。そこに直接迫るということだ。今日もう一度夜明けから描いてみようと思っている。

 

 

 

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舟原溜池の整備

2018-03-28 06:44:00 | 地域

3月28日朝6時 溜池に水が溜まった。4羽の鴨が来ていた。下の池はすでに50センチぐらいの水位がある所もある。満水で60㎝から70㎝と考えている。

15時間ぐらい水を入れていて、後20センチほどで下の池が満杯になるところまで来た。

上の溜池はまだ水は流れているだけで溜まってはいない。こちらは浅い水位の池になる予定だ。

斜めになっているパイプは魚道である。この塩ビ管は40センチぐらいの直径がある。一番下の塩ビ管から水は下の池に行っている。

あさひが差し込んできたところで幻想的な景色になっている。

木ブシとこぶしが今咲いている。花が咲くと空気が華やぐ。

舟原溜池に水が溜まった。舟原に越して来てから20年の夢が実現した。この溜池は江戸時代初期元治年間に作られたという。その頃日本中が新田開発が進んだ。徳川幕府の政策である。小田原でも久野地域に田んぼが広がり、それに伴い集落も増え。人も増えていった時代だろう。久野の古い家は大体この頃からの家の歴史がわかっているようだ。

この溜池が奇跡的に残っていたことは小田原の農業遺構という意味で、かけがえのないことだと思っている。小田原での人の暮らしを考える上で、とても大切なものになってゆくと思う。田んぼは減り続けてゆく。後10年すると、どれだけ残っているか心配になるほどである。私は20年前に小田原久野に越して来てから、すこしでも田んぼが残って欲しいと願ってきた。色々試みたが、なかなかうまく行くことばかりではなく、小田原の田んぼの減少は止まることはなかった。

田んぼが無くなるとしても、小田原の田んぼがどんな形で始まり、どんな暮らしが小田原にあったのかは記憶しておく必要があると思う。これから農業を取り巻く環境はさらに変わってゆき、農業は無くなる地域も増えてゆくことだろう。せめて、この溜池が農業遺構として記憶を止める何かになることを願っている。この後美しい場所にしたいと思っている。美しい場所であれば、人は守り残そうとするはずだ。多分するだろう。いやするかもしれない。

 

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アートと芸術

2018-03-27 04:35:54 | 水彩画

形で残る作品だけでなく、仮設のものやパフォーマンス、ワークショップなど、芸術のかたちが多様化しています。現代アート、コンテンポラリーアートということでカタカナの「アート」と呼ばれることが多いのですが、これらは必ずしも美術館の中に収まるものではなく、むしろその外、たとえばまちなかや自然の中、あるいは廃校や空き店舗といった場所を舞台に、さまざまな人々の協働によって作られる作品やプロジェクトです。ーー吉澤弥生氏インタビュー 人をつなぐ芸術

芸術の社会的役割が衰退する中、ワークショップという場にアーチストが登場している。このアートと呼ばれるものが良く分からない。これは芸術と呼ばれてきたものと、別の物でいいのだろうか。70年代現代美術というものが現れた。それまでの分からない芸術というのは、抽象作品から、アクションペインティングというような感じだったものが、直接的な芸術論を作品の背景に込め、理屈を読み解かせる美術というような、実に観念的な作品が現れた。これは、若い芸術家志望者には魅力的なもので、読み解きの競争のような感じで、作品を真似したりした。論理の問題であるから、熟達の技術というようなものは関係のしない芸術の登場。制作の段階から、結果の作品まで、すべてに意味付けをしようとした。もちろん私もそうした論理先行の美術の動きに影響された。その頃日本中で現代美術展のようなものが企画されていた。大学の同じ美術研究室に見えていた、内地留学生の人の作品が北陸現代アート展受賞をした。審査委員長が針生一郎氏だった。大きな刺激を受けた。10㎝角ほどの四角い枠がカレンダーのようにある。その枠が一日らしい。そして日記のようにその中に、生ましい日記のような一日が込められていた。私はその人を知っていたので、その一つ人の枠のなかの世界にぞっーとした。生のその人が虫ピンでとめられている気がした。

その後いつの間にか変化しながら、彫刻のシンポジュームなども行われるようになった。友人が夏休みに下関だったか遠くで泊まり込んで制作するようなものに参加していたというような話を聞いた。その場に残された作品というか残骸などを見せてもらいにいったこともある。町おこしとワークショップの連動の場が始まりつつあったのだろう。2000年ころからイベントと連動したアーチストと呼ばれる人が登場する。私の考える、つぎの時代の芸術とは個人化だという考えと対極的なものなのだろう。芸術の社会化。というか芸術とは別分野と言い切った方が分かりやすい、アートの登場。町おこしにアートが何か力になるとされるているのだろう。最近のテレビニュースでも度々放映される。廃校やシャッター通りのお店を表現の場にするというようなイメージがある。何か意味ある成果があったのだろうか。街に人を呼び込みたい。街の印象を変えたい。その一つの手立てとして、アートに目が向けられる。アートと芸術とは少し違う肌触りがある。アートと現代美術というものとも違う。70年代登場した現代美術と呼ばれたものは、もう半世紀も前のことになるのだから、現代という言葉時代がちぐはぐな感じがする。歌謡歌手がアーチストになった感じか。

それでも現代美術と50年前呼ばれていた作品と、今アートと呼ばれている作品は似ている。似ているけど違う。その違いは、物存在としての主張があるのが芸術。音楽のように、あるのだけど物存在ではないのがアート。地方活性化というものは経済全体の問題である。そこには触れないで、閉じたシャッターを開けて人を呼び込むようなアトラクションをやっても、地方は活性化はしない。それはゆるキャラの張りぼてと何も変わらない。現代音楽がクラシックのジャンルに入るように、現代美術は芸術の一部として作られていた。今行われているアートはインスタグラム的とでもいうのだろうか。むしろ60年代のアングラ劇団のやっていたことに近い感触がある。現代美術はかなり難解で、高踏的で、理屈っぽい印象を身にまとっていた。それゆえに反社会的な空気感も含んでいた。だから、今行われている街づくりに加わるアートとは似て非なるものという感触がある。70年代の美術家が反体制的な活動を含んでいたということが、社会的には70年以降現代美術が消えてゆく一つの要因であったのだろう。しかし、当時その周辺に居たものとしては、もう少し多様性を感じていた。多様性ではなく、その現代美術と言うまだ位置づけを持たない混沌は、単純に割り切られるのを拒否していたのだろう。

 

 

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日本の安全保障は平和の国づくりで

2018-03-26 04:04:40 | Peace Cafe

世界で自国主義が広がっている。国家間、民族間、階層間の格差も広がり続けている。アベ政権はこの緊急事態を乗り切るためには日本も軍事力を持たなければならないと考えている。しかし、それは展望のない危うい願いである。軍事力は国力を反映する。強い者大きいものが勝利する弱肉強食の世界だ。アメリカ、中国、ロシアのような核武装した国と同等の軍事力を持てる可能性は日本にはない。日本がそのような道を進もうとすれば、それはまるで北朝鮮の二の舞になるだけである。だから日本の戦力というものは中途半な危ういものにならざる得ない。中途半端な軍事力ほど、危ういものはないだろう。圧倒的なアメリカでさえ、北朝鮮の核武装におびえるのだ。つねに軍事力はいつ戦争に転がり込むかもわからない、危険な力なのだ。日本の安全保障は専守防衛しかない。警察力の範囲でいい。外国から見た場合、敵愾心のない非軍備の国に見えている状態が一つの方策である。どの方策であっても、絶対の安全はない。より安全という比較の問題になる。

核武装をすることは日本は出来ない。世論がそれを許さない国柄という事もある。核兵器無しの状態で中途半端な武器を持つことが、最も危険な選択になる。相手が核ミサイルを構えているのに、通常兵器で対抗など出来るわけがない。アベ政権は沖縄に敵基地攻撃可能な弾道距離を配備すべきと主張している。それは相手に口実を与えかねない行為になる可能性もある。抑止効果もあるだろうし、相手も、まあ―中国のことであろうが、沖縄のミサイル基地を攻撃するかどうかには決断がいるだろうが。中距離ミサイルを構えて、核ミサイルをどうやって抑止するというのだろうか。それくらいなら、拳銃も捨てて、手を上げた方がいいと思っている。行うべきことは中国との平和的な付き合いだろう。互いが必要な関係になれば、戦争にはなりにくい。どうすれば中国と仲良くできるか。それはアメリカの配下である現状を辞めることだ。アメリカは同盟国日本に対して、安全保障の観点だとして、鉄鋼アルミの輸入制限を加えた。アメリカはそういうでたらめで、利己的な国だ。いつまでも、従うだけでは戦争に巻き込まれる。しかも、アメリカははいつ中国と関係を強め、日本同盟関係を切り捨てるかさえわからない。

戦後の世界経済はグローバル経済と言われてきた。自由貿易。経済が国境を越えてゆく時代。その中で日本は幸運な成功を得ることができた。勤勉で有能で、安価な労働力に支えられた、技術立国を成功させた。しかし、技術というものは必ず追い越される。労働力も勤勉でもなくなり、安価でもなくなった。現状では日本が競争に負ける分野も当たり前になっている。一番でなければだめだと躍起になったところで、金メダルは、日本が独占はできない。競争に頑張るのも必要だろうが、負けるものの方が多いいという前提で考えことだ。グローバル経済が終わり、自国主義の利己的社会になれば、日本の企業は大国に吸収されるような形での依存状態になるだろう。時間が経過すれば、日本の経済的地位は当たり前のところまで低下するだろう。この現実世界を認めない限り、日本は未来図を描くことができない。経済でもそれほどでもない。武力的にはかなり弱い。人口は減少してゆく。そんな日本に展望はないのか。

平和な自立国家という展望がある。武力競争に日本は加われない条件下にある。ではどうしてここを乗り切るかである。平和主義の旗を、高々と上げることだ。これは武力主義への白旗でもあるが、世界における独特の地位を目指す旗だ。むしろ日本には展望がある。アメリカや中国よりも、平和国家日本という独特の展望が持てる。人間が人間らしく生きる国。幸せな国を作ることができるはずだ。日本は東洋の独特の小国を目指す。まず自給自足が出来る国。世界の誰とも仲良くする国。敵を持たない国。格差のない国。高い文化力で国の尊厳を保つ国。これからはロボットとコンピュターの時代である。国土の面積が小さいとか、経済力競争に勝てないとか、資源が不足するとか、災害が多発するとか、日本には日本の条件がある。しかし、反面から見ればこの日本列島という恵まれた条件の国でもある。日本という国力応分に、他国に喜ばれるような国になれば、決して滅ぼされるようなことはない。

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文科省の裏切りの原因

2018-03-25 04:08:59 | Peace Cafe

文科省は前川講演問い合わせ問題で、文科省として絶対に守らなければならない教育の自主独立をないがしろにしてしまった。これは、財務省の公文書書き換え問題と同質のアベ政権における行政の自立性の崩壊をうかがわせる。政治家の問い合わせは全く問題がない。政治家はそういう存在と考えなければならない。ただ今回の自民党文教族のやったことは、まさに今のアベ政権のソフト独裁の姿であることは良く分る。そのことは最後にもう一度書く。文科省は最初の記者の質問に対し、愛知県の教育委員会への問い合わせは、文科省が誰の指示もなく行ったと答えていた。外部からの問い合わせはや指摘があったようなことは、すこしも見せなかった。自民党文教族の圧力があったという事は、隠しておくべきことだという理解が存在したのだろう。文科省は自民党と上手く歩調を合わせることが、省としての基本姿勢になっているのだ。それが前川事務次官が、加計学園の設立認可に対して、政府の働きかけがあったと発言したことで、政府からの怒りを買った反省だったのだろう。

前川氏事務次官の文科省としての抵抗は当然のことであった。意見が違うのは当たり前のことである。獣医学部を特例として作ろうという考えに対して、今までの文科省としての判断基準からすれば、おかしなことに見えるはずだ。それでも政府がやろうという特区の考え方で、地方経済の活性化や若者が地方に定着すること。獣医学部の必要性が高まっている状況。結局のところ政治的判断という事になるのだろう。ただその設立組織の理事長が安倍氏の盟友という、ややこしいことが重なったために今もってすっきりしないところがあるという事だろう。安倍氏の申請を知らなかったと強く言い切った安倍氏の態度は、いかにも不自然に見えた。「知らないことにしておくからね。」と約束したのだろう。そのことは一応別である。天下り問題で前川氏は止めることになった。確かそれは初めての天下り問題ではなかったはずだ。大学が補助金をもらうために、文科省の役人の天下りを受ける。あちこちで社会がゆがんでいる。

犯罪になるかどうかは別にして。こういうことは日本の社会では普通に起きていることだ。日本社会は良く言えば思いやりの世界である。真綿で首を締めるという事がある。はっきりとした圧力や金銭を使うのでなく、人間関係を巧みに織り込む。政略結婚というようなものが、昔から繰り返し行われてきた。大企業の運営でもこうした姻戚関係が重視された時代もある。そして、政治家の社会では今でも安倍氏と麻生氏は姻戚関係だあるというようなことになる。しかも、選挙となるとますます、地縁、血縁、同窓、勤務関係、等で、政策とは別の要因で投票先を決める強い傾向にある。この頂点にいるのが安倍晋三氏なのだろう。安倍氏個人はとりわけ優秀な人ではない。しかし、この人の取り巻きとして、日本の利権集団全体がこの人を担ぎ上げている。安倍氏は担がれるにはうってつけの、自分の考えというものを持てない人である。自分の考えに固執しないから、その時に応じての作文を読み上げることに抵抗がない。この構図がたまらなく不愉快なのだ。

自民党文教族と言われる人たちを尊重しなければ、文科省の行政としての仕事が動かない。文科省関連の法案は当然通らないだろう。文科省の出した予算もあれこれ変更させられるだろう。持ちつ持たれつの関係が続いてきた。しかし、前川氏はそれに反発して、逆鱗に触れた。ここで前川氏を苛め抜くことは、アベ政権の官僚全体への脅しである。自分たちに逆らった人間がどういう末路を見るか。官僚はアベ政権の言いなりになっていれば無事である。事勿れ。だから今回の前川問題はアベ政権としては、すでに目的を達し、大成功だという認識であろう。自民党の二人の議員のあの鼻高々な記者会見を見れば、それが良く分かる。必ず安倍親分から恩賞が下されるはずだ。十分脅しは出来たのだ。今回の愛知の教育委員会は、文科省に抵抗を示した。大したものだと思う。今後大概の行政は前川氏はもう呼ばないとするであろう。戦後の日本社会は、こうした因習的な日本社会の悪弊を、取り払おうと進んだ。ところが日本が普通の国になるに従い、また長いものには巻かれろ的社会に先祖がえりを始めているようだ。

 

 

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憲法9条に自衛隊明記

2018-03-24 04:27:08 | Peace Cafe

自民党憲法改正推進本部は二十二日の全体会合で、九条改憲に関し、戦力不保持を定めた二項を維持して自衛隊を明記する方針を決めたーー東京新聞

自民党は自衛隊を憲法9条に明記する案を決めたらしい。決めたという話だが、そうなのかというくらいぼんやりしていて、この恐ろしい場面に何か現実感がない。細田会長に一任という事で、こんな重要な問題を異論がありながら一任という意味が良く分からない。自民党には理性とか、論理性とかいうものはないのだろうか。私には、細田氏がどういう文章にするのかの想像が出来ない。安倍氏さえ総理大臣から降りれば、憲法改定の話は消えてくれるのではないかと、人頼みの様な頼りない心境である。これはでたらめ日本への岐路である。そこそこの武器を保持して、核保有国中国と対抗しようという愚かな発想が哀れだ。展望なくアメリカと戦争したときの愚かさ以上の馬鹿げた方針の間違いである。日本は核武装できない国なのだ。加えて軍事費に大きく支出をする余力もない国になっている。中国と軍事的な対抗をするという発想を変えなければ日本は危機に追い込まれる。世界を見渡せば、小さな軍事力のない国であっても、普通に存在する。小さな国の巧みさに学んだ方がいい。日本は軍事力でない平和を進める国になる選択をする他道はないのだ。

自衛隊が現実にあり、その存在基盤が憲法に保障されていない。自衛隊の存在を現実に併せて変えようという事が自民党の主張だ。それは自衛隊を、いわゆる軍隊に変えようという意図が背景にあるに違いない。段階を踏んで徐々にそのように変化させられてきた。今や、装備という側面では明らかに軍隊である。しかし、核武装した国と戦う事は不可能である。それは北朝鮮の戦略を見ればよく分かる。アメリカに核ミサイルが打ち込めるかどうかで情勢が変わる。以前北朝鮮はアメリカとの直切対話を繰り返し希望した。ところが、アメリカは2国間交渉を拒否し続けた。ところが核ミサイルをアメリカまで打てる可能性が出てきた途端、2国間交渉をむしろ希望するようになった。軍事力とはそういうものだろう。日本は核武装は出来ない。核攻撃を受けた国であり、核の拡散は世界を崩壊させると主張し考える国だからだ。それが敗戦より学んだことであり、世界中に多大な迷惑をかけた国としての、謝罪という事でもある。

一方に、敗戦という事を違う受け止め方をしている人たちがいる。安倍総理を代表とする、日本の怨念集団である。その中には籠池氏のような人もいる。ヘイトスピーチをやるような人もいる。街宣車で乗り回す、右翼と呼ばれる人もいる。石原慎太郎氏をはじめ日本の保守政治家にも多いいのだろう。日本会議というような組織もある。企業人にもいるのかもしれない。産経新聞などの報道機関も、そんな考えを持っているのだろう。テレビを見ているとそいう評論をする人も時々いる。優秀な日本人がもう一度軍事大国になって世界を指導する。というような、訳の分からない暗い野望というようなものを感じる。それは私の恐れるあまりの、幻影にすぎないのだろうか。本当のことなのだろうか。

自衛隊という時に、アメリカの要請によって警察予備隊が出来た時から、その存在の曖昧さは当然つきまとうはずだ。アメリカが押し付けた憲法というのであれば、アメリカに押し付けられた自衛隊もおかしいなものであろう。自衛隊は警察予備隊に戻せばいい。そうすれば、憲法に明記しないとしてもその存在は明確に位置付けられる。警察の一部として、災害救助をはじめとして、国防を含めた緊急事態に対応する組織である。その方が憲法違反に明確にならない組織になる。現状自衛隊が災害支援を行う時に、何か本来の目的ではないことを、親切心から対応してくれているというような印象が作られる。それは自衛隊という名前が良くないだけだ。警察予備隊であれば、災害救援に緊急出動することは、行うべき業務になる。警察の業務の中に国防という事を加えればよいのだろう。軍事力は世界を崩壊させるためだけに作用している。世界がおかしいからといって、それに合わせなければならない理由はない。日本は平和憲法に基づき、まず尖閣の解決のための平和的努力をすることだ。

 

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習近平氏の独裁体制の確立

2018-03-23 04:16:45 | Peace Cafe

中国では国民投票もなく、習近平体制の独裁化への憲法改定が行われた。中国は国家資本主義を強力に進めている。中国的自国主義というものは、帝国主義的色合いが明確である。対するアメリカの自国主義は焦燥する巨大国家のあがきのようだ。自由主義経済圏と呼ばれた中に日本は存在した。いまやそのような枠組みは無くなったようだ。各国の自国主義が強まる中で、ますます漁夫の利を得たの新興勢力である中国がアメリカを追い越す可能性もつよいのではないだろうか。自由主義経済を標榜するもの同士が互いの権益だけにこだわるようになり、角を突き合わせる傾向が続けば、そういう結果になる日は近まる。イスラム諸国と欧米諸国との繰り返される戦争があった。日本もその支援を要請され加わった。しかし、武力によっては何も解決できず、むしろ深刻な戦争が繰りかえされ、軍事費の浪費を繰り返えしただけになったうえに、テロに晒されることになった。これを眺めている立場の中国はこの間世界中に影響力を高めることができた。

中国はアフリカ諸国や近隣諸国に対して、一帯一路政策で着実に影響力を高めている。今や日本もその枠組みに入れて頂かなければ、経済的不利益が強いと政策に変更せざる得ない状況に至った。そして、どの段階でトランプアメリカがいつ中国と経済連携を強めるかである。その時に至れば、アメリカ一辺倒の日本政府は泡を食う事になるだろう。中国敵視政策を日本が継続することは、日本経済の大きな損失なのだ。トランプはアルミと鉄鋼を国家安全保障上の問題があるとして、関税を課すことにした。同盟国のはずの日本に対しても同様に輸入障壁を設けるというのだ。関税を課す要因を国家安全保障上というのであれば、何故同盟国日本が除外されないのか、戦略の矛盾がある。トランプアメリカの言う同盟とは、アメリカの利益を最優先する同盟である。同盟国が経済的損出を被ることなど眼中にない。この点を日本政府は厳しいものとして認識しておく必要がある。米軍ヘリの事故対応で、安倍氏の直接のお願いも完全に無視されている姿を見なければならない。トランプアメリカは中国の方がアメリカの利益になるとすれば、日本を切り捨ててしまい、どうなろうと関係がないという事である。

中国と日本のどちらがアメリカの利益になるかである。先になればなるほど、中国を無視して世界経済などあり得ない。競争相手ではあるが、日本の十倍の人口を持つまだ発展の余地のある国中国は、アメリカの経済にとって良い取引相手になる可能性が高いに決まっている。トランプにとって、思想も信義もない。お金だけで動く、強欲むき出しの自国主義政権である。利益になる方向に結局は動くはずだ。日本が属国としてふるまい、利用できる国である間は利用するであろうが、中国との関係の方が利益が大きいとなれば、平然と中国が同盟国になると見ておく必要がある。これが、自国主義というものの行き着く先である。そして、この傾向はますます強まるであろう。日本は一日も早く中国敵視政策をやめなければならない。アメリカの方がマシだという、甘い考えは捨てる時期が来ている。日本はどこの国をも敵視してはならない。それが平和主義憲法の国だ。小さな国が武力主義を持たなくとも国の安全保障は保障される世界を模索しなければならない。

習近平政権はロシアのプーチン大統領と似たような長期政権になると考えられる。習近平とどのように付き合うかを考えた方が、トランプのオンリーでいるよりはるかに国の安全保障の可能性が高まる。石原、安倍路線で中国を敵視して、対立を深め、日本の軍事化を進めるという考えは、破綻がますます広がり始めている。日本が憲法を改定して軍事力を高めたところで、中国の国力、軍事力にはるかに及ばないことを自覚すべきだ。中国から学ばなければならない状況が始まっている。中国敵視政策は日本の不利益になる。むしろ、日本は軍事力ではない平和外交の独自の外交戦略を作る。そして世界における独自の位置を確保するほかない。そんな道がある訳がないと考え、軍事力に依存する道を選択したとすれば、今後の世界情勢の不安定化に巻き込まれてゆくことになるだろう。経済が苦しくなるとしても、日本国という尊厳を大切にして、外国に迷惑をかけない国であれば、軍事力競争よりは安全な国家運営になるはずだ。

 

 

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つぎの時代の困難を思う。

2018-03-22 04:37:10 | 暮らし

つぎの時代の大変さを思わざる得ない。競争主義と拝金主義が徹底されてゆく時代。自己利益が正義のように主張される時代。政治は自国の利益という観点だけで行われてゆく時代。それを良しとする有権者。社会全体の経済は良くなっているにも拘わらず、生きづらくなっていると思う。格差の存在。価値観としての拝金主義が堂々と主張され、評価されるようになったからだ。ホリエモンが自民党の衆議院議員の候補になったあたりから世の中は変化していたのだろう。資本主義というものが行きすぎてきたという事なのだろうが、資本主義というものは行き過ぎまで進まざる得ないところに問題があるのだろう。ホリエモンを犯罪者とは見ない社会ではないか。国家資本主義と言える中国が登場すれば、その中国と競争するためには、アメリカのように自国主義を標榜して、弱者を踏みにじることを恥じない国にならざる得ない。中国は社会主義であると表明しているが、社会主義とは程遠いい国家資本主義だ。

若い人と接していると、我々よりもはるかに善良で、心正しい青年が多いいことに驚くことがある。よい青年が果たして、このどうしようもない世界で生きて行けるのかと、本当に心配になってしまう。私は、高校の時も、大学の時も、やたら突っ張っていたと思うが、少数派であるという事は思わないで済んだ。正義はあの時代も少数派ではあったが、正義の価値を主張することは社会は認めていた。現実的には少数派に違いなかったのだが、多数派を形成している現実主義はどちらかといえば肩身が狭くて、余り存在が目立たなかった。未来を変えようと考えることを正義として主張できる空気があった。ところが、今はどうだろうか。この自己利益だけの現実主義者たちが、臆面もなく自分たちの正当性を主張しては恥ない。要するにトランプ的に自己利益を正面から主張する態度が、まともだとされる状況になっている。

私などもう歳をとってしまっているので、追い込まれたしても大したことはないが。若い人たちの心正しい人たちのことを思うと、申し訳なくて仕方がない。善良な若い人がその善良さを維持して生き抜けることを願うばかりである。その方法は極めて難しいだろうと思うが、一つあるとすれば、仲間を見つけることだろう。その仲間が見つかるのであれば、一人とは違う。仲間を見つけることも難しいに違いない。それでも居ない訳ではないだろう。私は金沢大学で良い仲間を見つけることができた。生きてくるうえでの指針になった。そのまま笠舞の下宿が今に続いている。仲間と目標を探すことができた。私が絵を描いてこれた理由は、金沢大学の美術部があったからだ。そして、次に水彩人の仲間に出会えたからである。絵を描く人の世界も、名誉欲の強い人が幅を利かせるような嫌な世界であった。しかもその世界では評価されることもなかった。それでも偶々絵を描く同志が見つかった。本音で語り合える絵の友人を持つことができた。それで今でも前向きな気持ちで絵を描くことができる。

農の会の友人も同じである。30年前一人の自給自足の為に山の中で開墾生活を始めた。にもかかわらず、いつの間にか友人が一人、二人と増えて、今では仲間で農業を模索している。様々な幸運があったのだと思う。まだ世の中に拝金主義を下らないとする空気があったように思う。農の会ぐらい、労働と配分を別に考えるという事を受け入れようじゃないかという人もいてくれた。しかし、世の中ここまで拝金主義になると、新規就農を希望する人たちの中には、拝金主義的意図で新規就農を目指す人も少なくない。少なくないどころかそれを当たり前として、恥じない人たちの方が多いい。次の世界に生きる人は価値観が違う人のなかで、どうにか生きなければならない。若い人が道を見つけることは、私達の時代よりもはるかに大変であろうとおもうが、まずは友人を見つけることだ。

 

 

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総理大臣の責任とは何か。

2018-03-21 04:08:19 | Peace Cafe

安倍総理大臣は改ざん前の文章を見ても、私や私の妻が関係がないことは明白であると。たぶん国会で3回発言を聞いた気がする。私には明らかに関係しているとしか読めないので、大きな行き違いにびっくりした。総理大臣という存在の意味をどのように考えているのだろうか。これが金正恩夫人の名前が書かれていたら影響があるだろう。では習近平夫人の場合も多分影響がありそうだ。つまり政治体制をどう考えるかで、判断は異なる。安倍氏は日本の総理大臣というものをどういうものだと思っているのだろう。アベ政権の政治というものは、ソフト独裁ととらえるほかない。命令をしないでも、自分の利害によって先回りして従う姿。以前、自ら李下に冠を正さずとやはり国会で発言した。その通りではないだろうか。総理大臣の品格が日本の品格なのだ。安倍氏は競争主義の操縦士である。総理夫人がここまで詐欺師にかかわることが、ゆがんでいるのだ。それだけでも総理大臣として辞任すべきことなのだ。夫人は、主人も評価しているとまで発言しているではないか。教育勅語を暗唱する幼稚園生の演出に騙されたのだ。右翼的資質を利用されたのだ。

安倍氏の登場ほど、嫌な感じを受けた総理大臣はいない。日本が最後の橋を渡ろうとしている。そしてその意図の実態がつかめないのだ。木偶人形だとか、操り人形だとか。腹話術だとか。ひどい批判アベ登場以来重ねてきた。そして、いまあの嫌な感じが間違いなかったことを強く感じている。恐ろしいことではないか。日本を奈落の底に引きづり込む総理大臣である。ソフト独裁の傀儡なのであろう。背景に鵺が存在するに違いない。その鵺がボロを出したのが今回の森友事件であろう。鵺は日本会議だけではないだろう。日本の保守勢力の最後のあがきなのだ。敗戦以来の怨念のような暗い情熱の塊が、黒いエネルギーとなって安倍晋三という人間に取り付いて、無意識に動かしている。もちろん当人は自分で動いているつもりに違いない。ところがあるレールに乗せられて、自動人形のように、へらへらと心にもないことを口にしているとしか思えない。ここが嫌な感じがしてならない。

今回の失敗も、失敗という意識では心に響いて居ないようだ。それゆえにあの改ざん前の文章を見て、かかわっていないことが明らかだと平然と言い切れるのだ。これは、個人としての知性をうしなっているという事だろう。一方麻生氏はあの憎々し気な態度に、人間が見える。畜生はまったと思っていることが出ている。世間はこの傲慢な態度に腹を立てているが、麻生氏を憎まれ役として、この後辞任してほとぼりを冷まそうという戦略なのだ。恐ろしいのは安倍氏の方なのだ。この事件はアベ政権を官僚たちがどのように判断しているかの、表現である。それは加計問題も、前川問題等にも良く出ている。自民党アベ独裁といえるような状況は、議会制民主主義を内部から腐らせてゆく。少々の間違いが起きても、政権交代が起きないとなれば、政権党の政治家はすべて従うだけになってゆく。そして官僚はアベ政権にへつらう人間で固まってゆく。その弊害が起こした事件が続いている。それは良いことも悪いことも含めて、民主主義ではない要素で社会が動き始めてしまったという事だ。政府に従う、お上に従う事が自分の有利になるという社会が出来つつある。

政治にかかわることはすべて賛否両論ある。社会はその総意で形成されている。民主主義が成立するためには、取り入れられない少数意見をどう政治が尊重できるかである。日本という社会は長い物には巻かれろ。お上の御威光。このような歴史的な傾向が強い社会だ。民主主義社会を作り出すためには、まだまだ努力が必要なのだろう。戦後70年のその努力が、アベ政権によって水の泡になったようだ。忖度と言われるようなものは、社会のあらゆる場所に蔓延して、そういう見えないものによってことが動く傾向が強まっている。選挙にもそういう傾向が強まっている。原発再稼働は反対の人が多数派の地域でも、何故か選挙では再稼働派が選ばれる。日本人を動かしている要素が、実に打算だけになってきている。このあたりを良く見抜いているのが、アベ政権なのだろう。理念なき社会。それは日本だけでなく、トランプアメリカも、イギリスのEU離脱も同じなのだろう。これは資本主義の競争の原理がもたらした、人間の変貌という事なのだろう。

 

 

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ゲームオタクとは言わせない

2018-03-20 04:53:26 | 身辺雑記

対戦型のコンピューターゲームで競う「e(エレクトロニック)スポーツ」の普及を目指す動きが本格化している。日本では子どもやオタクの「遊び」と見られがちなコンピューターゲームだが、世界的には「競技」として注目され、国際オリンピック委員会(IOC)もスポーツの一つとの認識を示している。日本でも今月1日、プロライセンスを発行する団体「日本eスポーツ連合(JeSU)」が発足。世界を追撃する態勢が整いつつある。

プロゲーマーというものが存在して多額の収入があると言われている。将棋や囲碁にもプロが存在する。最近国民栄誉賞を授与した。次は、ゲームオタクが国民栄誉賞を授与する時代なのだろう。明らかに社会の方角に間違いが起きている。これが、拝金主義の行く末なのだろう。お金になるならそれも良いではないかと、子供にゲームを進んでやらせる親も現れるに違いがない。ゲーム塾も生まれることだろう。もうあるのかもしれない。将棋や囲碁が学校教育で行われている。コンピューターゲームの授業が誕生する日も近いのだろう。お金になるという事が正しいこととされる時代の悲しい現実である。人間が腐り始めていると思うしかない。政府がお金の為にラスベガスを日本にも作ろうという時代である。世界との競争に勝つためには、景気を良くして、失業率を改善し、国際競争に勝つには何でもありという事だろう。

人間はどこに向っているのだろう。人間が生きるという事の意味を間違えている気がしてならない。一日一日を充実して生きるという事は、どういう事だろうか。お金を稼ぐこと自体を目的にしたような生き方では、最低の生き方としか思えない。ゲーム依存症というものがある。れっきとした病気とされている。アルコール依存症や賭博依存症と同質なものだそうだ。少し違うのはゲーム依存症は若年層に多いいという事らしい。私にはゲームにはまり込む気持がわからないではない。将棋や囲碁にはかなりはまり込んだし、ビンゴゲームにも陥ってしまった。今は絵画依存症かもしれない。田んぼ依存症かもしれない。農業依存症かもしれない。フィギアスケートに熱中して、オリンピックで金メダルであれば、素晴らしいと絶賛される。その内ゲームに熱中して金メダルをとり、年間所得が1億を超えれば、正しい生き方とされるのだろうか。

ゲームはやったことがないのでわからないが、その後の生き方にある。ゲームで世界一になって、腱鞘炎で引退する。その時に何が残るかである。人間として生きてゆく上での大切な価値観をゲームから得られるのかである。絵に熱中するという事は自分という人間を突き詰めるという事である。絵を描くことを通して、自分という人間を育ててゆくことだ。そういう絵の描きかたがあるという事だ。絵を描くにしても、収入の為に描くという人もいるだろう。装飾品として役立つとすれば、社会的意味もあるのだろう。しかし、芸術としての絵を描くという事は、それとは全く異なる。人間の哲学である。自分の生きるという事を探るという事だ。絵の場合、装飾としての絵画と、芸術としての絵画とがあるので誤解があるが、装飾絵画は商品絵画という事である。ゲームには哲学はあるのだろうか。ゲームには人間の深淵に踏み込む世界があるのだろうか。

人間はくだらないことに陥りがちなものだ。それを防ぐのが親の役割だろう。親がしっかり生きていれば、ゲームなどくだらないものだという事ぐらいは理解できる人間に自然になる。私が将棋にはまっていた時に将棋を止めろとは親は一言も言わなかったが、将棋などくだらないという自覚はあった。生きるという事にはもっと大切なことがあると思っていた。アジア大会では正式種目として取り入れられるそうだ。世界はおかしな方角にひた走りである。こんな時代であるからこそ、何が大事なものであるかを、しっかりと見定める必要がある。

 

 

 

 

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ディープラーニングの作り出す未来図

2018-03-19 04:15:04 | 暮らし

囲碁においてディープラーニングというコンピュターの思考方法は人間を超えた。囲碁は複雑なゲームなので、囲碁によって方法を開発できれば、他のことにも応用が可能という事で開発されたようだ。新しいディープラーニングゼロというものは、囲碁というルールだけをインプットして、3日間自分どうしで390万回戦い続けて、人間を超える強さにまで至ったという。つまり自己研鑽能力が高い。そして、将棋やチェスなどのゲームはさらに簡単に数時間で今までのどのソフトよりも強くなったという。かなりの分野で人間の思考能力を超えた。例えば顔認証においては、人間の能力を凌駕したという。見えているという事を理解する。この能力は実は相当に奥深いと考えて、絵を描いてきた。その見るにおいてもどうも人間を超えたようなのだ。人間がカンと読んでいたような、あるのだけれど人間特有の感性と思われていたような分野を、コンピューターが越えようとしている。

390万回3日間という数は、極めて少ない時間でかなり複雑なことが解明できることを意味する。この能力が様々な分野に応用が広がるという事らしい。すでに、囲碁などのゲームについては終わりにして、次の分野の展開に入っているらしい。390万回を3日間でこなすためには、グーグルという大組織が必要だったという。グーグルでは囲碁ゲームはあくまで実験であって、もっと人間社会の未来を考えているようだ。例えば環境問題などに取り組んでいるという。どうすれば温暖化を止めることができるかというような方法を、ディープラーニング方式で探っているらしい。この手法は人間の思考を超えているらしいことは明確になってきている。地球のあらゆる状況をインプットすると、その未来図をどんどん探り出してゆく。政治的判断などは、まさにディープラーニングはどう考えているかをテレビでは世論調査のように主張するだろう。ディープラーニングは医療分野で大きな成果を生みだす予測。病気の診断は人間を超える可能性が高い。これからの病院では、ディープラーニングのセカンドオピニオンが備えられるのではなかろうか。

何しろ情報の処理能力は人間よりもすでに優れているのだ。そのほかあらゆる研究分野で活躍するはずだ。今までは人間がカンで目星をつけたようなことは、すべてをやってみてしまうということで解決する。これは企業競争に大きな影響を与えてゆくことになりそうだ。早くこれを取り入れたものが勝つのだろうが、取り入れるためには莫大な費用が必要になる。その結果、国家と、社会の格差は広がってゆくの可能性の方が高い。国家間の競争も軍事利用を考えれば、恐ろしい化学兵器や手に負えない病原菌なども簡単に作れるようになるのかもしれない。力を力で制するという考え方では、国も社会も成り立たない時代になるだろう。競争という意味が変わる。専門の囲碁の棋士は機械同士の囲碁の方が、見ていて面白いというのだ。人間の発想では及ばないような手が打たれ、それが終わってみれば理にかなっているので驚くという。その感動は一過性のものに過ぎない気がする。自動操縦の自動車レースを見ていて何が楽しいのかという問題でもある。ゲーマーの戦いを入場料を払い見る時代。人間というものの衰退の兆しなのか。

ディープラーニング方式というのは量が質を凌駕するという方法なのだろう。凄い能力のコンピュターを凄い量そろえて、一気に稼働させれれば、人間の数万年の歴史的蓄積が数日で越えてしまうような事が可能な能力の機械の登場が近い。ある意味人間が人間を超えてしまう機械を手に入れようとしている。この時に人間が意味が変わるのかといえば、私には人間という本来に立ち戻ることになるという期待がある。ただ命として一日を生きるという意味に立ち返るしかないのではなかろうか。競争は機械に任せて、一人が生きるという意味をそれぞれがどのようなものかと考える。囲碁の初心者だから囲碁が面白くない訳ではない。強いから偉いというようなものではなく、そのものを楽しむという事はあり得る。絵を描くという事はまさにそういう事だろう。マチスの方が私より絵を描く深い喜びを知ったかもしれない。然し私には私だけの絵の楽しみが深い。絵を描くという事を味わう事は人間にしかできない。自分が見ていることをどういうことなのか描いてみる面白さは、限りないと思う。

 

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前川前文部事務次官への嫌がらせ

2018-03-18 04:41:21 | Peace Cafe

文部省は加計問題での政府のやり方に、疑問があるとした前川前事務次官に対して、必要な嫌がらせを継続している。教育の実際に文部省が口を出すことは、極めて危険なことで、教育の国家統制に繋がりかねない由々しき問題である。加計問題での政府の圧力について、前川氏が批判した際には、前川氏が風俗店に行ったというようなことを報道に流すようなことまで行った。何か今までになく陰湿なにおいがしてならなかった。今度は名古屋の方で、前川氏に総合学習の授業を依頼した公立中学校があったようだ。それに対して、文部省の天下り問題で停職相当とされた人間に授業を依頼することが問題ではないかとして、文科省が市教育委員会に事業内容の録音の提出を求めたというのだ。その授業内容は新聞に出ていたが素晴らしいものだ。前川氏とかかわると、損なことになるというような、圧力を教育界全体に圧力をかけているのだ。実にいやらしい人権に対する圧力である。辞めさせられた人間であろうと、何を話したかまで文科省に報告しなければならない理由はまったくない。

加計問題において、獣医学部を四国に作るという事は、私は基本理念は賛成である。しかしその設立において、アベ総理大臣の盟友である人が理事長の学校という点から、様々な疑問が生じた理由も想像できる。確かに、盟友である人が獣医学部の新設を行ったことを、ゴルフをしたり、会食をしていながら、全く聞いたことがなかったという点が不自然である。加計氏が話さなかったとしたら、あえて話さなかったという事なのだろう。総理大臣の友人に、政府のかかわる問題を話しては良くないという配慮があった可能性がある。しかし、総理大臣になるはるか前から、加計氏は獣医学部新設をしようと働きかけをしていた。正式な申請に至る遥かに前のことだ。それも知らなかったと言い切るとなると、ちょっとそれはおかしくないかという気がした。獣医学部新設は素晴らしい発想である。政治家であり、日本のことを考えている友人に自分はこういう事が必要だと考えていると話すのが普通のことであろう。

アベ氏が強く否定するときには、実は怪しまれたくない余りに、言い過ぎることがある。例の関係していたら政治家を辞めるという国会答弁に見られたことだ。家計学園の獣医学部の話を聞いたこともなかったと強く断言したのは、むしろ相当に怪しいことの気がした。それでも、獣医学部は出来た。そして、前川氏は文科省を辞めた。そして今なお、前川氏の動向を探り、圧力をかけ続けている政府がある。逆らったものを徹底的に苛め抜くやり方は、見せしめなのだろう。前川氏がひどい目に合う事で、官僚たちが政治家の言いなりになるだろうという思惑が見える。このやり方の陰湿さに、アベ政権の鵺の存在を感じる。森友事件では近畿財務局の職員が自殺をした。公文書の内容が交渉過程に関して詳しく書きすぎているから、もっと簡潔にしろと言われたらしい。その完結の意味は書かれている人の名前などは削除しろという事だったようだ。

書き換えられる前の文章を読むと、確かに不自然に感じる。なぜ日本会議の名称まで書いておいたのか。安倍昭恵氏の名前まで記載されている。そのほかいろいろの政治家が書かれている。これは圧力があったことを、不愉快に感じた仕返しではなかったか。担当官が、籠池氏という圧力のすごい人間との交渉に辟易した感じがする。しかもその学校はアキエ夫人が名誉校長である。あとでは安倍記念小学校と命名するのだなどとも話したのだろう。アキエ夫人の付き人からも問い合わせのファックスが財務省にきたりする。この話はおかしくないかと、たまらないと感じた可能性がある。そこで、一寸の虫にも魂はあると、出てきた名前を記録しておこうとしたのではなかったか。その為に、こんな理不尽な結論を出さざる得なかったという事を、示そうとしたのではなかろうか。しかし、事件そのものがすべて闇に葬り去られようとしている。この理不尽に耐えられず、自殺をした。もしかしたら、朝日新聞への内部告発もしたのかもしれない。

政治に嫌なにおいがしてならない。すべては小選挙区制に始まったような気がする。小選挙区制は自民党を、上の意図を伺うだけの集団にした。そして公明党を、ただ立ち回りだけの政党にした。以下の話が前川氏の講演の内容とあるが、政府の皆さんに聞かせたいような話だ。それで録音を取り寄せたかったとは思えないが。

◆前川氏の講演要旨

 前川氏が名古屋市北区の八王子中学校の授業で講演した要旨は次の通り。

 奈良県の田舎に生まれ、小学校の途中で東京に引っ越した。その時、都会になじめず一時、不登校になった。学生時代は引っ込み思案で、今のように人前で話すタイプではなかった。人の性格は変えられる。

 学生時代に読んだ、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」という本に影響を受けた。本から「人と人とはつながるけれど、別々の人間として分かり合っていく、人とはそういう存在だ」ということを学んだ。

 これからの日本、世界がどうなっていくのか分からないが、未来をつくっていくのは二十二世紀まで生きる皆さんだ。少子高齢化もあり、今までのように日本人だけでつくる社会ではなくなる。多文化共生社会を外国から来た人とも一緒につくれるかが大きな鍵。そのためにも、いろいろな人と話しながら問題を解決していく力、生涯学びながら生きていく力が必要。そうした力を中学生の間に身に付けてほしい。

 文部科学省を辞めてから、夜間中学を拡充する活動に力を入れていて、実際に自分が教えることもある。昔は中学にいけない人がたくさんいた。高齢の人に小学校低学年が学ぶ漢字を教えることもある。在任中から気になっていたが、ほったらかしにしていた。今は「学び直す場をつくる」ということが活動のテーマです。

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石垣島のミサイル基地

2018-03-17 04:24:18 | 石垣島

石垣島の選挙では現職の中山市長が当選した。公明党が支持に回った時から中山氏当選は覚悟した。沖縄の選挙は最近そういう事になっている。そのことはもう受け入れるしかないことだし。石垣島のことを石垣島の人が選択した結果だ。それは大切なことだと思う。これで自衛隊のミサイル基地が出来ることだけは明確になった。中山氏はミサイル基地の実態について、敵基地攻撃能力はないものだと繰り返し主張した。つまり、中国までは届かない射程距離の短いミサイルの基地だと説明した。防衛省や、政府に確認したうえでの発言であったのだろうか。今防衛省は次の防衛計画を立てている。そこでは明確に敵基地攻撃能力を備えるとしている。そのミサイル基地は、八重山諸島から沖縄、奄美が予定されている。どうしても作りたいのであれば、無人島に作るべきだ。沖縄奄美の人々を危険にさらす必要はない。

(政府が年末の決定を目指す新たな防衛力整備の指針「防衛計画の大綱」策定に向け、自民党がまとめた提言骨子案が15日、判明した。他国の弾道ミサイル発射拠点を破壊する「敵基地反撃能力の保有の検討」を要請した。陸海空に加えて新たな防衛分野の宇宙、サイバーへの対処力を高めるとともに、空間や地域をまたいで対応する自衛隊の統合運用機能の強化を掲げた。―――東京新聞)
 
これは以前から言われていることで、新しいことではない。南の島に中国に向けてミサイルを配備して、アメリカとの軍事同盟を強化するという方針である。沖縄からアメリカ軍が引き上げてゆく可能性がある。その時に軍事的な対抗処置を必要と考えている。実態としては、アメリカへの自衛隊基地の提供である。米軍基地が沖縄から減っているように見せかけたいと考えているのだ。同盟国アメリカが軍事基地を共用する。沖縄の基地負担軽減を見せかけだけ作ろうという形だ。こうして中国に向かい合うように、奄美、沖縄の列島に基地を並べようとしている。これが日本の防衛計画である。しかし、与那国でも、宮古島でも、そして石垣でも、選挙の時の説明は離島防衛である。石垣島を守るためには、ミサイル基地が必要だというのだ。中国はいつ攻めてくるかもしれない。その時に石垣島を守るためには、ミサイル基地があれば対抗できるというのだ。
 
この言い方は明らかなウソだ。石垣島にミサイル基地があれば、もし中国が攻撃しようとするときには、まずミサイル基地を攻撃するだろう。その反撃拠点を叩いてから攻撃するに決まっている。そもそも中国が日本を攻撃するという、想定はどういう時のことであろうか。日本を中国が占領しようという事であろうか。占領して植民地にでもしようとするのだろうか。中国は覇権主義であるから、ヒットラーのように世界制覇を目論むという事であろうか。それはアベ政権が作り出した幻想に基づく想定であって、現実性の無いものだ。アベ氏得意の悪魔の証明ではないが、無いことの証明は難しい。現実の国際関係から想定するのであれば、尖閣諸島が中国によって占拠される事態である。その時日本は反撃して取り返そうという事を考えているのだろう。石垣のミサイル基地から、中国の尖閣を攻撃する船にミサイルを発射する。これはあり得る想定だろう。中国本土から石垣島のミサイル基地にミサイルが飛んでくるだろう。その前提で、中国本土のミサイル基地を攻撃できる中距離弾道ミサイルの基地を作るというのが、防衛計画だ。
 
間違えた想定ではないと思う。石垣に中国への反撃が可能なミサイル基地があれば、中国も尖閣の攻撃を控えるという事もあり得るだろう。しかし、尖閣諸島をそんなことまでして何故取り合いをしなければならないかが理解できない。領土問題といっても、利用価値の低い島など、人間の命に比べれば価値の低いものだ。その島の周辺海域の利権が問題であるなら、どのように権益を配分するかを両国で話し合えばいい。当たり前のことではないか。ところが話し合いを拒否しているのは日本政府である。日本の固有領土であると、一切の交渉を拒否している。そして、対中国の防衛計画を増強している。尖閣問題を解決しようとしない理由がある。日本には平和憲法があり、軍事力増強に拒絶感があるからだ。その平和憲法を改定するために、わざわざ尖閣諸島を問題化しようとしている。そして対中国へのミサイル基地である。石垣では市長選挙でミサイル基地を選択してしまった。それはこれから起こるであろうことには、石垣市民自身が責任を持たなければならないという事になる。
 
 
 
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