goo blog サービス終了のお知らせ 

地場・旬・自給

ホームページ https://sasamura.sakura.ne.jp/

水彩人春期展

2025-04-22 05:52:13 | 楽観農園


水彩人春期展

 水彩人では初めて春期展を開催する。元々は上野の東京都美術館で本展を秋に開催する。そしてもう一つ小品展を行うと言うことが、規約で決めてある。小品展は地方展というかっちでの開催が続いていた。今回20号以下の作品にそろえて、春期展を行うことになった。

 私は25日26日は確実に会場にいます。また、30日の最終日もいます。後はいるかもしれませんが、溜め池の工事があるので、会場にいない日もあります。

 それが昨年相模原で地方展を行ってみて、一つのあり方かもしれないと言うことになった。今回は江戸川区船堀にある展示スペースで開催することになった。下見に行ってみるとなかなか良い会場だった。明るさが少しくらい所が気になる位か。

 展示してみないと分からないが、展示は25日の午前中になる。今回は展示する人と、写生をする人に分かれることになった。私は写生班である。一駅手前にある江戸川沿いの公園で写生を行う。久し振りの写生会である。

 一般の出品者が参加してくれると良いのだが、その意味では初日では難しいかもしれない。今度東京都美術館で写生会を企画している。来れも久しぶりである。まずは予行演習になるだろう。良い写生会がやりたいものだ。

 私が考える写生会は一緒に描くと言うことだ。私自身が一緒に描くことで何かを得られるかもしれないと考える。教えるとか教えられるとか、そういう物ではない。絵は教えられる物でもないし、学べる物でもない。

 それぞれが発見する以外にない。みんなで描いたから発見できるというわけでもないが、あらゆる場面に期待している。何か絵を描く状況が変われば、新しい自分が発見できるかもしれないと思う。

 写生会全体の気運のような物が自分を開いてくれることがある。昔春日部先生の写生について行き絵を描くと何か新しい自分を見つけることが出来た。先生の持っているエネルギーが自分に何かを注いでくれると思えた。

 そんな写生会になれば良い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蓮池を作る

2025-04-15 04:01:56 | 楽観農園


 蓮(学名: Nelumbo nucifera )はそもそも熱帯インドのもので、亜熱帯の石垣島ならば、小田原よりも元気に育つはずだ。熱帯睡蓮を溜め池で育てていて、とても状態が良い。溜め池の回りにはヒカゲヘゴを植えたので、いよいよ素晴らしい場所になりそうで、楽しみが増した。

 蓮の花も素晴らしいものなので、花蓮も作ってみたいとは思っていた。レンコンは昔作ったことがあるが、掘るのが大変なので、それよりも実をとる蓮ではないかと思えた。台湾の友人で阿聰自然田の黄さんという方がいる。この方は台湾の有機農業農家で2番目に大きい農場をやられている。

 黄さんは蓮の実の栽培をされている。深田で条件が悪い田んぼをレンコン畑にされたと言われていた。台湾では蓮の実を食べる習慣があり、コンビニでも売られているぐらいだ。蓮の実栽培は手がかからないでレンコンより良いと言われていた。いつかのぼたん農園でも作ってみたいとは思っていた。



 今回4番溜め池の整備をした。ここを蓮池にしたらと考えてみた。睡蓮や田んぼよりも蓮に向いているのだ。4番溜め池は溜め池としては最後のもので、水を一滴でも無駄にしないために作ったものだ。溜め池を深く掘り1m近く耕土を入れて代掻きをして、畦塗りをした。漏らないでそのまま5番田んぼに水が流れている。

 考えたらすぐに苗がほしくなり、注文してしまった。大分の「宮川花園」である。以前熱帯睡蓮のことを詳しく教えていただいた。とても親切な方なので、蓮のことも頼めるかと思い、すぐに電話させて貰った。4月が最後の出荷シーズンと言うことで、今ならまだ大型種でも残っているものがあるので、間に合うと言われて注文をした。

 2600円の株を3種類注文した。7500円以上だと送料が無料になるというので、こういうことになった。「 酔妃蓮」「 アルバ・グランディフローラ」「 蜀紅蓮」どれが良いのかわからないまま、赤、白、ピンクとお願いした。考えただけでもうれしくなってしまう。


 睡蓮もそうなのだが、蓮の花も、花として販売できるのではないかと思っている。自分が見て楽しみたいというのももちろんあるのだが、のぼたん農園は自給農農園である。農地を使わせて貰っている。趣味の遊びのようなことはしない。私がいなくなって、将来それが農園の収益になればと考えている。

 蓮池の花や実が生産につながるものでなければならない。4番溜め池は計画としては、最初は田んぼの溜め池にしようと考えて作った。4番溜め池は水が溜まらない溜め池だった。溜め池の底が抜けているのだ。3番溜め池もそういう傾向があり、本当は3番溜め池の底を代掻きをしたいと考えていたのだが、それはダメだというので、4番で水を食い止める作戦に変えた。

 3番田んぼの底が抜けていても4番に入ってくると考えられるので、4番をしっかりした底の抜けない溜め池にすれば、水源からの湧水を下に流してしまうことなく、田んぼに入れられると考えた。少ない水を有効に使うためだ。これは構想で、そううまく行くかどうかはこれからのことだ。



 そして、本当の不耕起田んぼをやってみようかと考えた。5番田んぼでは不耕起田んぼをやっているのだが、底が抜けている砂利層のままの田んぼだ。水が溜まりにくい。一度代掻きを深く行い、その後不耕起にすべきだと考えているのだが、やられている人がどうしても耕すのは嫌だというので、水を多く入れるほかなくなっている。

 そこで、4番溜め池で底の抜けない田んぼでの不耕起をやってみようかと考えた。そこで試しに4番溜め池の新しい田んぼの両方の田んぼで、不耕起田んぼを試みてくれないかとお願いした。所が何と4番溜め池をビオトープにしたいと言うことだった。

 ビオトープはダメだ。ビオトープをやれば、特定外来生物の溜まり場になる。その上にここは農地である。農地は生産の場である。生産性のないビオトープは農地法に違反すると考えている。そもそも石垣市は農地法違反のビオトープを行政としてやっている。これをおかしいと主張してきた。



 行政の田んぼでやるビオトープを批判してきたものが、自分でもビオトープをやるなどとんでもないことだ。有機農法の田んぼを行い、それが生物多様性を作り出す。ここが重要なことだと思う。行政自らが農業を諦めてしまう姿勢を見せるのであれば、悪い前例を作ることになる。

 のぼたん農園では農地を生産の場として利用する。例えば、水源の森作りは生産のための森だと考えている。上部の農地を工場に行政が周辺を無視して、転用をしてしまった。工場の排水計画すらない。排水路すらない。垂れ流しである。井戸も掘ったらしい。

 そのために水の湧く量が減少したのだ。それを補うために森作りをすることにした。行政に工場用地に農地を転用するのであれば、本来工場の水にカンする計画、排水の種類など把握しなければ、周囲の農地に特に下にあるのの内に問題があるだろうと主張したが、「そんなこと法律にない」という見解だった。



 法律にはある。今の法律にないということは行政の発言として記録して良いか。裁判で争うことにすると言うと、慌てて撤回した。私の部署ではそういう指導はしないのだと、たらい回しに環境課の方に回した。回された環境課の方では、農地課の問題だと責任を回避して、元に戻しただけで終わった。

 のぼたん農園の敷地内で水も循環させるほかないと考えた。それで水源の作りを始めたわけだ。森になれば、草地の5倍の保水力が出来ると書かれていた。2反ぐらいの面積である。ここが森になりどれだけ湧水量が増えるかはわからないが、やるだけのことはやりたい。

 溜め池を最大限に広げることも行っている。4つの溜め池は70㎡、60㎡、60㎡、30㎡になった。深さが平均1mであれば220㎡であるから、220立方㍍になる。最後にうまくいって、3番と4番の溜め池を合流させられれば、後10㎡増える。これで、7グループの1反4畝の田んぼの水をまかなうことになる。今年は雨が多いのでうまくいっている。
 
 水を購入することを考えれば、440回通う量である。この水が溜め池でまかなえるはずだと考えている。下に井戸はあるのだから、ポンプアップすればいいわけだが、それは電気を使う最終手段である。自給農場なのだから、できる限り自然な形で循環させたい。

 4番溜め池を作ることは、ユンボが北からで来たことである。福仲先生にお願いしようと考えていたのだが、福仲先生がサトウキビの刈り取りで忙しくて、来てもらえなかった。自分で挑戦してみようと、始めた。水がどうすれば漏れないか、できる限りの対策をした。

 水が漏れ出て驚いて、一晩悩んだこともあったが、何とか水漏れを防ぐことが出来た。結局は畦塗りであった。これは舟原溜め池でも可能なことだ。渇水期にため池にユンボで入り畦塗りをすることが出来れば水漏れは収まる。挑戦する価値はある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「良い苗を作る」稲作り

2025-04-02 04:36:28 | 楽観農園


 マイコス菌の実験田んぼの苗代。ここまで乾いていても、苗は枯れなかった。写真は新しいものから、11月の古いものを探して掲載したので、だんだん前のものになっている。

 イネづくりでは、「よい苗を作る」ということが何より重要だということを、改めて感じている。気候変動が大きくなり、例年通りはなくなっている。強い苗を作ることが、前提といえるほど重要になっている。石垣島で苗作りを試行錯誤して、だんだんやり方を整理してきた。

 現段階の作り方をまとめておきたい。まず苗の目標を明確にすること。強い苗とはどう言う苗のことか。5,5葉期2分げつの苗ということになる。徒長気味ではない硬い苗。根元の茎が扁平5mmはあり、がっちりしている苗。いわゆる大苗がいい。

 有機農業で大苗が良い理由は、大苗は根付きがよく、土壌が腐敗気味でも耐える。有機の田んぼでは初期草がすき込まれる。この草の腐敗を土壌をよくする方向に導く。この初期段階の田んぼ土壌を乗り切るためには、健康な大苗でなければならない。
 
 腐敗気味土壌とは、緑肥や、落ち葉など大量に漉き込むために、代掻きして田植えをする頃に、嫌気発酵が起きている。ガス湧きが起こりがちである。この腐敗土壌が雑草の発芽を抑える。同時に苗の活着が遅れることがある。この時にしっかりした苗であれば、耐えきり活着をし、すぐに成長を始めてくれる。




 では5,5葉期の健苗をどうやって作るか。いわゆる機械苗の箱播きでは不可能なことだと思う。ポット苗ならば可能となるが、特別の苗土を必要とすることになる。これを作ることは相当の手間がかかるので、田んぼの苗代の工夫をすることになる。

 そこで、いわゆる保温折衷苗代に戻ることになった。戦時中に工夫したどり着いた、荻原豊次の「保温折衷苗代」と言うものがある。祖母の実家の油川の桑原家では昭和30年頃、保温折衷苗代を、家の庭でやっていた。桑原大叔父は農業試験場の技官だった。甲府盆地の寒い環境で、油紙と、障子を使い保温をしていた。当時保温折衷苗代は日本全体に広がっていた。

 私はこの技術を思いだし学び直し、試行錯誤してきた。小田原でもやるようになった。当時の油紙や障子が、今は穴あきビニールである。穴あきビニールは温度調整がある程度出来る。良い苗を作るために重要なことは、温度調整と水の駆け引きにある。



 苗代の土壌には十分な肥料がなければならない。肥料の量は苗に当たらないのであれば多い方がいい。苗は滞りなくすんなり育つ必要がある。過保護で良い。土壌は深く柔らかく、湿潤土壌である。土壌の中も水が変わる方が良い。

 苗代は田んぼよりも、3倍くらいの肥料が欲しい。ぼかし肥料を作り苗代に入れて使えば一番いいのだが、その土の手当てや、作り方がかなりの手間暇を必要とする。苗代に肥料をまき、ぼかし肥料碑を作るつもりで進める。1か月以上前から準備しなければならない。種まきが5月初めであれば、遅くとも4月初めには作り始める。

 5,5葉期の苗は種まきをして、5週間はかかる。初期の葉は5日間で1枚徐々に時間がかかるようになり、5枚目は7日近くかかる。6月1日が田植えであれば、4月の27日には種まきをしなくてはならない。苗代づくりは少なくとも4月初めに1度目の肥料を入れて、これはそば糠でいい。粗起こしをする。



 4月13日には発酵鶏糞を入れて、2回目の粗起こし。そして24日ぐらいに代掻きを行う。代掻きはできるだけ丁寧に、深めに行う。そして水を落としながら、できる限り平らにする。苗代に高低差があれば、水の駆け引きができない。特に苗代上に水たまりはあってはならない。

 種まきを4月27日だとすれば、苗代ベットの代掻きを25日に行い、水はベットの上から下げる。ベットはできる限り水平で、水たまりがない状態にする。ベットの土が落ち着いた状態のところに、鳩胸で根だしの種もみをまく。種籾は播かれたときに半分ぐらい土に沈む土の状態が良い。

 種籾は鳩胸状態。すべての種が芽出ていなければならない。それは低温で永く浸種することが必要。できれば根も出したい。種籾の根だし法がある。鳩胸状態になった種子を、脱水機で水を切る。コメ袋に入れて、暗い場所で30度で、例えば風呂の蓋の上に1日から、2日置くと、根が出てくる。

 鳩胸根だし種子を苗代に播くと発芽がそろう。種籾の播種量は1㎡あたり80g以下が望ましい。苗代に余裕があれば50gであればさらによい苗になる。良く無い苗を2本植えるよりも、良い苗にして1本植えという考えの方が確かである。



 「燻炭を播く」蒔いた種もみが保温されることと雑菌から守られるように、燻炭を播く。撒かないでも問題はないが、土壌が発酵土壌であれば、カビが出ることがあるから、燻炭を表面に撒くことで、安全対策になる。種を炭が覆うことで保温にもなる。

 種を蒔いたときに種が半分ほど土壌にのめり込むくらいが良い苗代の堅さと水分量である。種全体が潜り込むほど柔らかいと発芽が悪くなる。土に乗っかっているだけだと水が来たときに流され動く。潜らないのであれば、軽く抑えてやれば良い。

 まかれた苗代は穴あきビニールトンネルをかける。水はベットの周りの溝には常にある状態が望ましい。ただし、流し水ではなく温まった水が良い。種まき翌日は一度水位を上げて、水に浸からせる。そして水はまた下げておく。すぐに芽が出るはずだが、芽が1㎝まで伸びてこない間は、水やり程度に水位を1日1回上げる。

 水はできる限り貯め水にして置き、温めておきたい。温まった水がベットの周り取り囲んでいる状態が一番良い。5月の育苗のころは温度が急激に上がるときがある。この時は穴あきビニールの風上の一部をまくり、風を入れる。一部を開ければ上部の穴から温まった空気は抜ける。

 

 この写真は防風ネット。石垣島でも来年は穴あきビニールにしたいと考えている。トラックターで田んぼ全体は粗起こしをして、田んぼの縁はすべて代掻きをする。特に苗代部分は早くから肥料を入れて、繰り返し粗起こしをしておく。


 防風ネットでも良いのだが、少し生育が遅れた感じがした。迷うところだが、パオパオぐらいが一番良いのだろうか。しかし中が見えないのでは、水管理が出来ない。4穴あきビニール位が良いかと今は思っている。


 種を蒔き管理している状態。



 
 水位をあげたり、下げたりしている。ベットの中の土壌の水を替える。


 種を蒔くのを待っている苗代。奥にある水たまり部分は結局発芽が悪かった。苗代は上部が山なりになり、水が溜まらない方が良い。水の細やかな管理が出来るようにする。それが出来ないときには、沈んでいる苗代がないように、2葉期ぐらいまでは、水位の上げ下げで、水やりをする。

 発芽がそろった段階で、水位は稲の丈に合わせて、あげて行く。3葉期以降は常に水があって良い。徒長気味に生育するようであれば、水は下げる。

 いまだに、試行錯誤中なので、迷いながらであるが、堅い苗を石垣島でも作れるようになってきた。もう一息である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お米が高いなら、作れば良い。

2025-03-31 04:49:21 | 楽観農園


 お米が高いと言われている。備蓄米がスーパーに並んだが、10キロ7000円は超えている。まだ高いのか、適正価格なのか。2つの考えがある。小さな農家の生産費からいえば、適正価格と言える価格だろう。しかし、大規模農家にはかなり儲かる価格である。

 政府は小さい農家を残す方針できた。それは正しい考えなのだが、方法を減反奨励金を使ったため、稲作農家の生き残りにおかしなことが起きた。農家は減少して、大型農家が増加する。これは方角としてはいいのだが、商品流通としては不自然な商品になってしまった。

 そのために、生産費と補助金と、故郷の地域を残したいという思いと、コメづくりが好きだ、農業以外はできないという人。そういう様々な思いと条件が、生き残っている小さな稲作農家を、混沌の中に追い込んでいる。米を作っている私にはその気持ちが少しは分かる。作らないもののコメ価格評論はその観点が抜けえいる。

 作っていない人には、イネづくりをする人の気持ちが、見えない。それなら自分で作ってから、考えて見れれば良いではないか。毎日1時間働けばお米は出来る。お米だけではなく、食べ物はすべて確保できる。それが自給食料にかかる時間だ。ただし、一人でやろうとしたら、毎日2時間かかることになる。

 みんなでやる自給であれば、一日一時間で可能なのだ。その自給のための技術を、あしがら農の会で探求した。そして、場所を石垣島に変えて、実現に向けて日々楽しく暮らしている。小田原と石垣島とは違うが、それぞれの環境に合わせた自給のためには、違う農業技術が必要なようだ。

 ではどのくらいの面積があれば、食糧自給は可能なのか。100坪である。みんなの自給ならば100坪である。4人家族であれば、300坪ぐらいになるのだろう。鶏は飼ったほうが良い。卵と鶏肉を食べることができる。野菜は庭先で作るのが良い。

 鶏小屋が、堆肥小屋になる。40代の元気満々の頃に、丹沢の高松山の山麓で15年くらい実践して確かめたことだ。自給自足など、あり得ないとよく言われるのだが、嘘だと思うなら、今も石垣島の「のぼたん農園」で挑戦しているので、是非見に来てほしい。

 自給農業は出来る人と出来ない人がいる。観察する能力と、根気の問題なのだろうが、自然との関わりの乏しい人には出来ない。資本主義の人にもできない。出来ない人は出来る人のまねをすれば出来る。体力の問題ではない。普通の人の平均的な体力があれば、まず大丈夫だろう。

 お金はどれくらいかかるかと言えば、10キロ1000円ぐらいだ。卵だけで言えば、1個10円くらいだろう。ただし、このレベルまで進むことが出来る人は限られているだろう。卵10円で安いと思うかもしれないが、労賃からすべてを計算してみると、230円になる。

 鶏小屋だって作らなければならないし、ひよこのふ化もしなければならない。そういうことをすべて楽しみとして出来る人でなければ、多分苦しくなって挫折することだろう。鶏が好きで、飼っていれば満足というような人がやることだろう。でも生きるってそういうことだ。

 自給農業には労賃がない。労賃を入れるとすれば、10キロのお米は1万円でも売る気にはなれない。毎日、毎日田んぼを見ているのだから、月に10万円としても、50万円にはなるだろう。それで500キロならば、10キロ1万円になる。

 ところが労賃がないどころか、お金にならなくてもやりたいというぐらい、イネづくりは面白いのだ。生きるというのはそういう、好きなことをやりきるということではないだろうか。資本主義は肉体労働を価値と考え計算するから、ロボットと人間を天秤にかけるようなつまらないことになる。

 田んぼも畑も同じことで、いやいややる人に出来ることではない。そういう人は1キロ1000円のお米を買って食べるしかない。自給農業は工夫の連続であるし、発見の毎日である。毎日眼を開く喜びがある。発見した曲がったハウスパイプの伸ばし方を、今も自慢にして吹聴している。

 自慢したくなるぐらい、見つけたときはうれしかったのだ。先日もみんなで福仲先生のとってある曲線のパイプをもらいに行った。240㎝を150本貰ってきた。みんなでやったので実に充実した作業だった。誰もが自給のために自主的にやっている仕事である。1本のパイプのためにずいぶんの時間を費やしたが、ここが生きる時間の充実である。

 これが仕事で、1本の延ばすと100円とかだったら、馬鹿馬鹿しくてすぐ嫌になる。所がこのパイプ延ばしが自分が食べるお米のためだと思うと、楽しくなってくる。おかしいのかもしれないが、捨てられたもう使われない錆びたパイプを、再生することを大切だと思えるようになる。

 買えば済むことである。労賃まで入れればむしろ高くつくことだってあるだろう。しかし、捨てられかかったものを生かすことが出来る、ものを大切に工夫して生かす喜びだ。汚いと行っていやがる人もいるだろうが、やっているうちにその少し曲がった寂びたパイプがより美しく見えるようになる。

 お米を作ることほど面白ことはない。多分稲作の研究者の数は他の農業分野より多いはずだ。日本の稲作研究は世界のトップクラスであった。現状は低迷気味。稲のすべての栽培種の基となる野生種の生息場所を特定したののは、日本人の女性研究者である。この研究は、私にはノーベル賞に値する。

 そうした何千人の優秀な研究者と比べても、石垣島で田んぼを実践する私の方が見えていることもある。自慢である。何しろ私は年がら年中田んぼを観察している。そして栽培の工夫をしている。絵を描いて居る眼がある。稲の形を見て、稲の色を見て、どう判断するかにはそれなりに自信がある。

 特に自給農業としての稲作の技術については自信がある。まだ石垣島では到達していないが、必ずやり遂げ確立するつもりだ。自給農業は命がけの実践である。取れなければ食べないという覚悟でなければ面白くない。採れないでも良いなどというアマチョロイ自給農業はない。

 結果が明白だ。山北で自給農業に挑戦したときに、シャベルの人力で、5年間で実現するという条件で田んぼ作りから始めた。それが出来なければ千日回峰行と同じ決死の覚悟をして挑戦した。だからその日々ほど充実して愉快なことはなかった。

 今も同じである。のぼたん農園の冒険を10年間で実現することが夢である。今4年目である。この冒険は山北の時とは違う楽しさがある。山北の時は体力が有り余るほどあった。体力仕事を連日続けることが出来た。今はあと何年動けるかという中での終わりのある冒険である。

 生きているうちになんとしても、自給農園の実現である。のぼたん農園は少しづつ美しい場所になっている。最後にはのぼたん楽園になるはずだ。一年3回収穫のあるひこばえ稲作である。自給肥料のアカウキクサ農法である。水牛を使う伝統農法である。そして100坪の自給である。

 お米が高いという人は是非ともお米の自給に挑戦してみてほしい。1キロ100円で可能だ。労賃とか、商品価値とかが身体で分かるだろう。石垣島で一緒に挑戦出来る。小田原なら農の会で可能だ。いつでものぼたん農園にいるので、尋ねてきてください。現在38名の仲間と爽快な冒険を続けている。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マイコス菌苗の田植え

2025-03-25 04:44:54 | 楽観農園


 マイコス菌の実証実験の田んぼで、3月24日田植えを行った。全国各地、海外からの人を含めて30人あまりの方が来てくれた。田んぼの活動を繰り返し行ってきたが、今回ほど真剣に取り組んでくれた田植え体験はかつてなかった。夕方6時までやったが、充実感に満たされた田んぼ体験だった。

 多くの田植え体験が子供に田植えをさせたいという親の願いのことが多い。子供は遣らされ感がある。そしてそもそも親は田んぼをやりたいわけではない。回りから子供の撮影をしているなどと言うことが多い。こんな体験は無意味どころか悪い結果になる。

 苗取りから始まった。私は8時過ぎに行き準備をして待っていたのだが、事前準備係の3人は10時になってから現われた。これはダメだ。苗の取り方も遅く、丁寧ではあったのだが、12時までにかなり残ってしまった。苗採りは田植え以上に時間のかかるものだ。

 予定を変更して、30人の人たちにも苗採り体験をして貰うことにした。残して良かったと思えた。どんなところに苗が生えていたのか。全員に苗採り体験もして貰うことが出来た。こういう田植え体験は珍しいのではないか。折衷苗代というものをよく説明した。種まきからここまで7週間かかって、全く水のない時期が半分くらいあったと言うことなど。


線引き体験

 今回、田んぼ体験を行ったのは樋口さんと一緒に水牛を使い準備を進めてきた、8番田んぼである。マイコス菌の実験田んぼである。この田んぼは乾いていることの方が多い。このところ雨が多かったので、苗作りの後半の2週間は水があった。

 2月4日に種を蒔いた。7週間の育苗で5葉期である。かなりゆっくりの育苗であった。生育に時間がかかったのは、やはり水のない期間が長かった為と考えて良いのだろう。本来5週育苗、5,5葉期くらいが良いと考えている。7週育苗は少し小さかったが、苗は悪いというほどではない。苗の色は黄色ではなく、健全な緑色である。苗床はかなり肥料がいる。

 苗代が真っ白に乾いている期間が何週間もあったので、マイコス菌をまぶしてない種籾ならば枯れているだろう。苗代が乾いて、コチコチの堅い土壌になった。歩いて足跡がかすかにつくくらいの硬い土壌である。乾くと石のようになるのが、石垣の腐植ない土壌の特徴である。

苗採り体験

 マイコス菌は鳩胸状態まで浸種した「にじのきらめき」の種籾にまぶした。そして水のあるときに作った苗代に蒔いた。蒔いて覆土はしない。そのまま何もしていないで経過を見てきた。グリーンネットをネズミと鳥よけに架けただけである。どう言う微生物資材なのか、不思議に健全に成長した。

 水がないところでも田んぼが出来るマイコス菌、微生物資材と言うことである。今回はともかく実証実験である。苗採りした苗はマイコス菌を溶かした水に根をつけておいた。ココデネニヨクマイコス菌を付着させる必要があると考えた。

 8番田んぼは雨が多ければ水が来て、雨が少なければ水が来ない。この状態で稲が普通に育つのかである。田植えの後はしばらくは水を浅く張る予定である。畦際に溝を掘り水を回す。この田んぼにはジャンボタニシがかなりいるので、苗が大きくなるまでは水張りはしないで、ひたひた水の湿潤土壌状態で進める。

 排水口は稲が大きくなるまで解放しておく。苗がそれで根付くのかどうかもみたい。かなり不安なことだが、農業はやってみなければわからない。現状ではぐちゃぐちゃぐらいの土壌の湿った状態である。

 苗採り、線引き、代わる代わるやって貰い、いよいよ田植え。植え方を細かく聞いて貰ったが、よくよく理解した上でやりたいと言うことで、質問も多かった。しかもみんな立派に植えてくれた。田植えが終わると見事な田んぼが現われた。

 そしてすぐに、防風ネットのためのくい打ち。長いものはユンボを使い、短いものはくい打ち機で行った。風が強いために、田植えが終われば、すぐにネットを張る。ネットがなければ根付いていない稲はたちまちに枯れてしまう。幸い、珍しく風のない一日だった。

 くい打ちが終わり、今度は防風ネットの準備。干川さんがくれた大きなネットを3つにはさみで切って、3枚で一回りできた。上部をステンレス線で止めて、中段と下段にネット押さえの線を針で通した。さらに一番下に鉄パイプを並べた。これで風でばたつかなくなった。

 今度は田んぼの上に黒い線を渡した。これがあると後で天井のように上部に鳥よけネットを張ることが出来る。そして出入り口を完成して、すべて終わった。すると使った道具などをどんどん洗ってくれた。苗代を覆っていたグリーンネットも水洗いしてくれた。

 始めから終わりまで、気持ちの良い人たちとの活動だった。稲にもそのことがわかったはずだ。良い生育になるに違いない。この田んぼは2週間この後水は入れない。雨が降っても排水を続ける。ジャンボタニシがいるから、苗が大きくなるまで、水はまずい。

 今日これから田んぼに行くのが少し怖い。ジャンボタニシがどれくらい現われているかである。早く言って駆除したい。もう少し大きな苗ならば良かったのだが、田植え体験の日程が、3月24日と決まってしまったので、それに合わせてやるほかないと言うことになった。

 この田んぼには田いもが20本ほど植えてある。かろうじて枯れないぐらいに水が入れば良いと思っている。つまり、田いもがバロメーターである。マイコス菌がまぶされていない田いもがどうなるか。それと稲を比較しながら見て行くつもりだ。

 8番田んぼは水が行かなくなる時期がある。もちろんできるだけ多くの水が行くようにするつもりだ。しかし、井戸水を入れると言うことまではしない。水がなくなったときに稲がどう言う変化を見せるのかをじっくり観察したい。

 また、水がない田んぼでどの程度雑草が生えてくるかである。これもかなりの問題になるはずだ。多分ヒエがかなり出る。どの程度出るか、カヤツリグサはどうか。雑草対策に水のない場合どうしたら良いかが、一つの課題になるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

KOMATSUーPC40MRユンボを買いました。

2025-03-21 04:04:41 | 楽観農園


 やっとユンボを買うことが出来た。905時間しかまだ使われていない、ほどほどの中古のものだ。KOMATSUーPC40MR。車幅は2m。バゲット幅が60㎝の0、14m3というサイズだ。このくらいの大きさがないと、ユンボは安定感がなく使い憎いと、感じている。

 ユンボというのは不思議な名前だと思う。正式名称は油圧ショベルという。フランスの会社の製品名なのだ。日本に入ってきたときにユンボで入ったもので、そのままどこの油圧ショベルカーもユンボと呼ばれるようになっている。多分ユンボの語呂が重機らしくてよかったのだろう。



 ユンボとしてはごく一般的な大きさのものだ。このサイズでも4トンもあるのだから、十分大きいと思うが、これで重機のクラスではミニクラスなのだ。ずいぶん探したが、一段下の30サイズは沢山出ていたが、40サイズのものが手頃だと思いあれこれ探した。

 以前はお隣の大里さんからお借りして、使わせていただいていた。そのユンボが壊れてしまい、借りられなくなった。のぼたん農園ではまだまだ工事が続くので、ユンボを購入するほかなかった。石垣島では中古ユンボはほとんどない。それで手に入れるのに時間がかかってしまった。

 以前から高梨さんには買った方が良いと言われていた。買うときは高いものだと思っても、石垣島では後で売ればそれなりの値段で売れるから、借りて使うよりも購入した方が良いと何度も言われていた。それで農場を始めるときに買いたかったのだが、みんなからすぐ壊れて修繕費がかさむので買わない方が良いと、言われていたのだ。



 これから水牛牧場を始める計画である。あれこれ工事しなければならない計画である。ユンボがなければ工事が出来ない。それが一番買わざる得なかった理由になる。借りた場合1ヶ月で33万円くらいになる。水牛牧場に作業道を作る必要がある。作業道は崖を崩して作る必要がある。

 道路造りの工事はそれなりのサイズのユンボでなければ出来ない。特に下に降りる道はかなりの急斜面で段差10mはある。ここに道を作るのはかなりの難工事だ。もちろん私には出来ないので、福仲先生にお願いして作って貰うことになっている。できあがったら福仲先生の水牛も来ることになっている。

 溜め池の直したい箇所もいくつかある。2番溜め池はもう一回り広げたい。あと1mぐらいは東側に広げられる。3番溜め池には水漏れがあり、直す必要がある。3番溜め池は底が岩なのだ。岩の隙間から水が漏れているのだと思う。



 3番溜め池の底に50㎝くらいの厚さの土を入れて、田んぼのように代掻きをして、水の漏れを減らしたい。現在は水が深くはならない。土を入れれば浅くなるだろうが、漏れるよりは良いだろう。併せて横幅も縦幅も限界まで広げたい。溜め池は水量が溜まるほど価値がある。要するに貯水量がなければ意味がない。

 3番溜め池にもいくらか湧き水が染み出てきている。溜め池に今の倍くらいの水が溜まるようになれば、いくらか水不足の解消になるのではないかと考えている。そうでないと不耕起を続けている5番田んぼが、いつまでも水で苦労することになる。

 次にやらなければならないことは、機械小屋の移動である。もう一つコンテナを購入して、2つのコンテナを並べて設置したい。そして二つのコンテナをつないで屋根をつける。屋根が出来ればその下にユンボを入れたい。出来ればコンテナ機械小屋の周りにコンクリートの土間を作りたい。

 ヤラブ木のトゥリーテラスの回りももう少し整理をしたい。コーヒー園ももう少し感じ良くしなければいけない。道に沿って石を並べた壁を作りたいという計画も実現したい。ヤラブのトゥリーテラスまで降りて行く道もなだらかな車ぐらい通れる道に直したい。この工事はすでに昨日行った。

 黒糖絞りの場所を作る必要がある。平らな円形の場所だ。予定では以前小麦畑のあった場所になる。そこの側側にコンテナ機械小屋を移し、その隣に黒糖絞りの場所を作る。そこから水牛車の水平道が始まることになる。水牛車道もユンボが来たので作ることが出来る。

 水牛車水平道には、道沿いに琉球石灰岩の石積みも作る予定だ。ユンボで一応平らな道が出来たところで、琉球石灰岩を良い間隔で下ろして貰う。そうすれば、石を並べるのも楽になるはずだ。ということは2トントラックが入れるように道を作らなければならない。これは嶋田さんにお願いしたい。

 田んぼの畦直しもしたい。24日に田植えをする8番田んぼは、急いで畦直しをしたい。田んぼ作業には20人以上の人が来る言うことだ。絵本の村の関係の旅行らしい。そのときに田んぼ回りが綺麗になっていた方が良い。単管パイプも打つのでそれも考慮して平らにしたい。

 単管もユンボで打てるかもしれない。これはやってみないとわからない。うまく打てれば、素早く済むだろう。まあ単管を打つ練習と思えば良いだろう。田植えが済んだら、すぐ単管打ちをしてネットを張らなくてはならない。田植えしたばかりの根付いていない稲は風でやられてしまう。

 パイナップル畑の下にあるススキの草原も何とか取り除く必要がある。そうすればパイナップル畑が広くなる。しかし、パイナップル畑が広がってもしょうがないかもしれない。もう少し様子を見てから、ススキの除去はやれば良いかもしれない。
 
 水牛のC放牧地にある水牛池も直す必要がある。大雨の時に崩れてしまい、池が小さく浅くなってしまった。水はある程度湧いているのだから、池を広くしてあげたい。下側にもう少ししっかりとした土手を作れば池が深くなる。水牛が夏の間快適に暮らせるようにしてあげたい。

 3つの水牛放牧地の中の作業道も作り直す必要がある。しばらく直さないでいたら、歩けないような道になっている。放牧地内のススキも広がりすぎてきている。これも出来れば掘り起こしたい。ユンボであれば根こそぎ採れるからススキも片付くはずだ。

 あれこれ考えると切りがないほどやった方が良いことがある。これでのぼたん農園の整備も大分進むことだろう。今年は写生旅行に行きたいと思っていたのだが、とても行くどころではない。次々に片付けなければいけない課題が出てくる。今年何とか片付けて来年には生きたいものだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日中韓 経済貿易担当閣僚会合開催

2025-03-13 06:09:05 | 楽観農園
日中韓 経済貿易担当閣僚会合開催
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

稲の11月播種について

2025-03-13 04:09:26 | 楽観農園


 稲の「にじのきらめき」品種を11月播種にして、ここまでの成長はなんとかなった。分ゲツ数も3番田んぼは30分ゲツまで行きそうである。「にじのきらめき」にしたことが良かったようだ。分ゲツ取れ数に心配がない。背丈が72㎝で有機農法でも80㎝止まりだ。

 この後の問題は穂孕み期の低温の影響である。ここまで順調にきたので、かえってここに来て心配が膨らんできた。三月中に寒さが続くことになると、不燃が多くなるはずだ。ウエザーニュースの天気予報では3月17,18,19日に13度まで下がると予想している。これは外れるとみている。良くはずれるのだ。

 ちょうど穂孕期に当たる。この低温で幼穂が障害を受けないだろうか心配になる。うまく進んでいるので、ますます心配が募る。危険は承知で11月播種にしたのだ。これで問題があるのならば、11月末の播種に来年はすれば良いと考えている。何事もやってみなければわからない。冒険、挑戦、探究心。

 心落ち着くために、低温に対する稲の耐性をまとめてみる。稲の苗が活着するには、水温約12℃以上が必要となる。相当に低いものだ。稲は小さいうちのは耐寒性が高い。石垣島では18度以下に水温が下がることはまずないのでこの点では問題はない。

 稲の正常な受粉・受精には約25~30℃の高温が10時間ほど続く必要がある。約17℃が7~10日も続くと、多くの花が不稔になり、お米が実らないとされている。4月の受粉受精時期では26度が平均の最高気温なので、受粉受精についてもまず大丈夫だろう。

 石垣島4月では17度まで下がる日が続くなど考えられない。 月の平均気温がおおよそ22℃以下となると、イネに冷害の被害が現れる。石垣島の4月の平均気温は約23~24.5℃である。4月出穂であれば、気温的には問題はないだろう。

 一番注意すべきことは低温障害型冷害がある。穂ばらみ期から開花受精期にかけて低温に遭うことにより起こる冷害である。低温に対する抵抗力がもっとも 弱い穂ばらみ期、出穂前18日頃から出穂期までの期間。また開花受精期にかけて低温にあうため,受精ができず不稔が多発することがある。

 この二つの時期は低温に対する抵抗力が最も弱くなっている。そのため、花粉の発育・受粉に影響を及ぼし、不稔が多発する。出穂の時期が早ければ障害型の冷害に遭う可能性が出てくる。 幼保形成期の3月の平均気温は、約20.9℃である。開花受精期である4月は石垣島の月平均気温は約23~24.5℃である。

 4月に出穂するのであれば、十分の気温がある。東北地方が冷害になる気温よりもかなり高いものになる。低温感受性の最も高い時期(不稔を起こしやすい危険期)は,幼穂の発育ステー ジの減数分裂後期で,概ね出穂前10~11日頃の葉耳間長が0の時期にあたる。

 今年で言えば、3番田んぼで3月中旬で、1番、2番田んぼで、三月後半に出穂前10日になるのではないか。これは要注意である。不稔の原因は低温のため花粉の発育が不良になるため。不稔が発生し始める限界温度は,耐冷性の強い品種が15~17℃,弱 い品種が17~19℃といわれている。

 できるだけ10センチ以上の深水にして幼保を守る必要がある。不稔は低温が2~3日以上持続しないと発生しないとされる。一応の目安は,5日間の気温が20℃以下に低下した時間(日単位)の積の和Σ (T-20)を冷却度といい,冷却度が10以上で不稔が発生し始め,15以上で顕著な 発生,20以上になると激甚になるといわれている。これは意味が少しわかりにくい

 不稔に影響しはじめる限界温度は、耐冷性強の品種で15~17℃、 耐冷性弱の品種で17~19℃前後であり、不稔発生程度は冷温の程度と持続時間、稲体 の前歴、後歴に関係するが、夜温が相当強度の冷温でも昼温が高い場合は不稔発生が 軽減される。

  日平均気温20℃以下の低温や最低気温が17℃以下が予想される場合は、水深10cm にして幼穂の保護をはかる。これで整理できる。確かに17度以下はまだあり得る。天気予報3月17,18,19日に最低気温が13度まで下がる。と予報されているものもある。

 多分外れて、15度ぐらいまでと考えている。果たしてどうなるだろうか。ともかくその時期は深水にする必要があることは間違いがないだろう。湧き水のためか水温は高い、また昼間の日照の強さで水温はかなり上がるので、守られる可能性が高い。昨日から深水にした。

 どの田んぼも深水にはしてあるが、さらに限界まで深くすることにする。幸い今は水があるので、深水も可能である。この時期の深水は悪いはずがない。いよいよ、11月播種の山場にさしかかったと言うことになる。ここを乗り切れば、後は大丈夫だろう。ヒヤヒヤものである。

 株を作ることには成功しているので、この後は穂をうまく守ることが出来るかにが問題になる。幼保形成期以降は強い風も要注意である。昨年は台風の風が幼保形成期と開花期に当たり、不稔をさせてしまった。鳥の害も始まるので、ネットを張らなければならない。

 その意味では11月播種の方が富熟期が3月4月になり、強風による不稔の影響は避けられる点は良い。問題は低温の影響の避け方であろう。10センチ以上の深水を試してみる。一番田んぼは湧き水の温かさがあるので、大きな問題はないかもしれない。

 今年の石垣島の11月は比較的暖かかったが、日照時間は短かった。12月1月2月の天候は低温で少雨で、日照は少ない傾向だった。と石垣島気象台から発表されている。稲にはあまり恵まれない年だったとみて良いのだろう。確かに稲は遅れたが何とかはなった。

 今年大丈夫であれば、稲の初期生育の段階では、平年ならばもう少し暖かく、雨も多いと考えても良いことになる。ただ、11月は穴あきトンネルは使いたい。稲作には全体に今年は厳しかったと言うことなのだろう。農家の方の大方の感想でもある。

 確かに3月に出穂期を迎える稲作は他にはないことになる。きちっとこれで実るのかどうか。やはり不安はつきない。不稔がある程度あるのは覚悟のところではある。それは三回の収穫をする全体を見れば、1回目の収穫がある程度の不稔は仕方がないと言うことになる。こう考えておけば少し気が楽になる。

 このあと2回のひこばえの収穫を考えれば、いくらかの不稔は許容度なのではないだろうか。一回だけの収穫を目指すのであれば、確かに12月播種ぐらいが適当な時期になるのかもしれない。まだ先のことだから、今からくよくよしていても仕方がないことだ。自給農業は採れたもので暮らすと考えれば、命がけのものになる。
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣の有機の稲作がすこし見えてきた。

2025-03-11 04:00:35 | 楽観農園


 1番田んぼ、このあたりは良い生育の場所。品種は「にじのきらめき」11月はじめ種まき。12月はじめ田植え。田植えから現在、4ヶ月が経過して、13葉期ぐらいである。ゆっくり成長である。3月半ばから下旬に出穂。4月下旬に稲刈りの予定。初めて、徒長気味の成長ではなくなった。

 石垣に来て、初めて稲がまともに、満作を目指して生長してくれている。葉を15枚出すところまで来るのにずいぶんと苦労をした。それは覚悟をしていたことではあったが、つらいことではあった。小田原で出来ていたことが、まさかこれほど石垣では難しいことになるとは思わなかった。今回なんとか手応えはつかんだ。

 石垣での有機の稲作りはまだ確立されていない。畝採りが出来ていない。せどりまで出来なければ、有機農業技術が確立されたとは言えない。その理由は、石垣の気候に適合した稲の品種がないからだ。本来有機農業技術は植物にとって理想の栽培技術だと考えている。農薬も、化学肥料も使わないと、植物に問題が出ると言うことは、何か技術的におかしいだろう。



 有機栽培栽培して、満作にならないことの方がおかしい。よく病気や虫が問題にされるが、40年の有機農業経験で病気や虫で困ったことは一度もない。正しい有機農業を行えば、それほどの問題は出ない。農薬は予防的なものなのだ。もしもの為に、使われている。除草剤がなくても抑草は可能だ。雑草対策は工夫次第で可能だ。

 温帯気候の小田原と亜熱帯気候の石垣島では、土壌が違っていた。一見見た目は似たような赤土なのだが、土壌の腐植の量が全く異なっていた。小田原の赤土は関東ローム層で田んぼの土にすぐなる。石垣の赤土は赤黄色土といって、ほとんど腐食を含まない、そのままでは耕作土にはならないものだった。

 強い日射量で微生物が育ちにくい。腐食の消耗が激しく、腐食の蓄積がない。つまり砂漠化して行く過程の土壌で栽培しているような感じだ。裸地にすれば急速に砂漠化する。どのようにすれば砂漠化が阻止できるか、ここから始めなければならなかった。


2番田んぼのゆがふもち

 見た目が近い赤土なもので、当初勘違いしていた。ローム層であれば、そのまま田んぼの耕作を繰り返して行けば、良い耕作土になる。しかし、石垣島の土壌は耕作を重ねて続けても良くなって行くことはない。簡単に言ってしまえば、自然農法は不可能な土壌なのだ。私はそう判断をした。腐植がたまるよりも消耗が激しい。

 腐植を増やす努力をひたすら繰り返す以外にない。これが石垣の有機農法の第一目標。そして土壌をより深く耕すことである。それはのぼたん農園の田んぼにした土壌は所々に石の層がある。所によってはそれが岩盤のような砕くことも難しい層がある。そのために耕土が極端に浅いところが出来た。

 すべての田んぼが、3年前に自分たちで作った新らしい田んぼである。ユンボでやっと平らに削ったものを田んぼとした。これを一年一年改善してきている。4年目の今年、今までの成果がいくらか。出始めたところである。3番田んぼではほとんど稲の生育にムラがなくなった。


 田んぼの耕土がかなり均一になったと言うことと考えられる。その理由は3番田んぼには昨年腐植を多く入れた。稲わらはもちろんのこと、周辺で草刈りしたものはできる限り入れた。これでもかと言うほど繰り返し入れた。それでもたちまち消えていった。

 そして、アオミドロやアカウキクサを増やして、貼り付けては繰り返しすき込んだ。粗起こしの際に昨年黄色くなった、耕土の浅い、下に岩盤のあるあたりを、何度も深く起こした。そして子供の頭ぐらいの石を田んぼから拾い出した。まだ残ってはいる。起こしてはよみがえり堆肥を入れた。

 昨年土作りに努力した3番田んぼがやはり成果が出てきた。土壌の改善という意味ではまだまだ課程である。これからもどんどん腐植を入れなければならない。特にススキが多いので、ススキを刈り取ってきては田んぼに入れると良い。ススキのような分解しにくい堅い繊維質のものの方が、かえって良いようだ。

 アカウキクサをうまく繁殖させることも重要である。アカウキクサは水を落として、地面に貼り付けて、土壌にすき込んで行かなければならない。水を落としたときに、ひび割れるところまで水を落とすと、水持ちが悪くなるので湿潤土壌ぐらいに落とし、転がしですき込む。

 アカウキクサの窒素分も土壌にすき込まなければ意味がない。田んぼに入れた草などの腐植と一緒に土壌にすき込んで行くことが大切になる。また、土壌の粒子が細かすぎるので、縦浸透が少ない。転がしを入れて、土壌に酸素を送り込むことも、土壌の活性を促すことになる。

 今年は一番田んぼではほとんど雑草がでない。アオミドロと、アカウキクサが水面を覆っているからだ。これを田んぼに悪いという人がいるが、それは慣行農法の考え方で、実際には田んぼに窒素分と腐食質を増やしてくれている。そして水温を上げないように抑えてもくれている。3月でも水温は30度に上がる。


3番田んぼが一番生育が良い。昨年の草を沢山入れた土作りの成果と思われる。

 水は天水田なので、節水方式でしか作ることは出来ない。少ない水をうまく管理することが、何より重要になる。上の田んぼから下の田んぼに水を流し続けて、死に水にしないことだ。動いていれば水は腐りにくい。水の温度が上がりすぎることも、石垣では気をつけておかなければならないことなのだ。

 石垣島の3月小田原の7月である。それは気温のこともあるが、特に日射量の強さである。小田原の7倍の強さがあるという。曇り空に見えても、3月で日焼けをする。稲もこの強い光の日射で夏を感じている。ぐんぐん光合成をして、急激に大きな厚い葉を出している。

 小田原では8月中旬が出穂であるが、石垣では4月初めと考えれば良いようだ。そして連休前後に稲刈りと言うことになる。この時期に稲作りをすれば、台風も避けることが出来て、また梅雨時の前に稲刈りが終れる可能性が高くなる。11月初め播種の考え方は、ゆっくり成長に成功したのだと思う。


3番田んぼ

 11月播種は与那国島では行われていたと書かれていた。始めるときの唯一の頼りであったわけだが、苗が寒さに向かう時期の育苗になる。しかも田植えが一番寒い時期になり、田植えのの苗が低温と風で停滞する。これに耐えるかが課題であった。ただ、2月になり暖かくなるまで耐えれば、一気に成長することになる。この予測は正しかった。

 3月に入り、稲は一気に生長している。3番田んぼは平均で25分ゲツある。良い穂が出来るかどうかが、これからの課題になる。不安はまだある。昨年の不稔が怖い。不稔の原因を夏の夜温の高さと台風の風と考えているが、それが正しければ今年の出穂期はそれを外してはいる。この後どうなるだろうか。不安と期待でわくわくドキドキしてくる。


6番田んぼ

 ある程度方角が見えてきたのは「にじのきらめき」を選択したことにある。素晴らしい品種である。「にこまる」と「さとじまん」の良さがでている。留場が大きく厚く、穂を太陽から隠してくれる。分ゲツをとることが楽だ。そして72㎝という高さで倒伏の心配がないから、肥料の失敗がない。しかも、ひこばえがでやすい品種である。

 ひこばえの準備に入ることを考えておかなければならない。稲刈り前に思い切って追肥をする。このときに水を切って、転がしが入れられるならば(もう入らないか。稲刈り前なら良いだろう。)その方が根の再生につながるかもしれない。やはり、最初の根は、稲を実のらし終えて、根は老化して行く感じがある。

 7月下旬あたりで2回目の稲刈りが予測される。そして11月初めの3回目の稲刈り。ひこばえは3ヶ月で収穫できると考えて良い。3回の耕作で120キロとれれば、一応畝採り達成というのが、今年の1番田んぼの目標である。今の調子であれば、それは2回で超えそうである。他の田んぼはひこばえをやらないというのだが。やらしてくれるならばやりたい。

6番田んぼ少し遅れたが、生育が追いついてきた。


 来年への改善点を考えると。
1,さらに腐食を増やすために、周りの草を田んぼに入れて行くこと。あらゆる場面で草を入れることが重要になる。
2,苗代に穴あきビニールを使う。今年苗作りではまずまずだったが、低温の不安があった。
3,餅米の「ゆがふもち」は品種を変えた方が良いかもしれない。鹿児島の品種のため、寒さの影響を受けたようだ。
4,ひこばえをやることで腐植が増やせると言うことがある。それだけ稻藁の量が多くなる。その分土壌が出来るまでは追肥の量を増やすことが必要になる。
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヒカゲヘゴ、ムクナ豆、ベチベルを植える。

2025-03-07 04:00:34 | 楽観農園


 ヒカゲヘゴの苗をなんと40本下地さんから貰った。これを堀りとるのは大変だったことだろう。干川さんとのりさんが、下地さんのパイナップル畑でとってきてくれた。待望のヘゴである。のぼたん農園にも大きなヒカゲヘゴがある。そのそばに3本以前下地さんから分けてもらい、植え付けてある。うまく根付いてくれている。

 ヒカゲヘゴはのぼたん農園の空気にぴったりである。溜め池の縁にあるヘゴの木は風格がある。龍神を見守る鎮守の樹木だ。一番溜め池から2番溜め池の縁に並ぶように植え付けた。以前からこうなれば良いなと思っていた。願いが叶ったのだ。思いは通づるものだ。

 ヒカゲヘゴはいかにも石垣の景色に合う。大きなものは10mにもなる。あの独特の葉の姿は亜熱帯の気候を感じさせる。溜め池の回りがヘゴの生育環境に合うと思われる。かなり湿気のある場所を好むようだ。明るい日陰ぐらいが良いと思う。池の熱帯睡蓮とも調和して素晴らしい眺めになることだろう。

 ヒカゲヘゴと言うから、日陰を好む、日陰にある植物と思っていた。それが、日陰を作るヘゴということによる命名らしい。本当かな。実はパイナップル畑のような日向に生える植物らしい。名前で反対に誤解していた。前回それで日陰に植えたのだから、間違っていた。

 それでも植た3本がみんな根付いたのだから、少し日陰でも大丈夫なようではある。明るい日陰が好きな植物である。風には弱いので、風が避けられる場所でないと、台風が来たときに根こそぎ倒されてしまう。開南の方にあったヘゴの育成畑では、台風の後すべてが倒されていた。意外に根が浅い。

 のぼたん農園には一本大きなヘゴが自生しているので、その母の木に守られるように、似たような環境に植えることが良いと思っている。溜め池の北西側である。樹木は同じ木といるのが好きなものと、一人でいたい木がある。のぼたん農園のヘゴは、他のヘゴと居たいといつも寂しそうだった。

 本やネットの情報を見ると、勝手なことが書いてある。結局東京のようなところで育てる際の環境が書かれている。石垣で考える場合、それではダメだ。やはり生えているところに準じて、環境を選ばなければうなく育たない。亜熱帯の気候は極端なものだから、わずかな違いで失敗をする。

 1割ぐらい枯れるのは仕方がないと、以前森林組合の方に言われたので、90%の36本根付けば成功と言うことになるのだろう。しばらくは水やりをしなければならない。幸い、このあと雨が多くなりそうである。のりさんによると雨が降るので採りに行ったと言うことだった。さすがである。

 下地さんが分けてくれたヘゴの苗は、以前は富山だったか、そちらの園芸店の方が採りに来ていたそうだ。最近は来ないと言うことだ。鉢物にして育てれば素晴らしいものになるはずだ。何しろ鉢物は高い。ネットで調べてみると16.000円とでているものがある。ヤフーでは小さなものが1068円とでていた。

 下地さんから40万円分もらってしまったことになる。まだまだあると言うことだから、小さいものを鉢物にして、育てるとパイナップル以上によいお土産になるのかもしれない。のぼたん農園が継続されてゆくためには、観光客が立ち寄り、石垣ならではのものを買える場所になるのも一つかと思っている。

 いつかあのヘゴの木の下のテーブルでコーヒーが飲みたいものだ。当分はヘゴの葉が邪魔をして、通ることも難しいことだろう。テーブルが置けるようになるまでには、10年はかかる。85か。生きていてコーヒーが飲めるだろうか。樹木のことを考えると、自分事ではなくなる。

 先日小田原の渡部さんからムクナ豆というものを分けてもらった。早速植えてみた。うまく育つかどうかはわからない。5日目だがまだ芽は出ていない。ムクナ豆は石垣の気候に適合しているらしい。沖縄ムクナ豆農園というものがある。栽培技術というより放任栽培で出来る感じだ。

 ムクナ豆は独特の成分の豆らしいので、まず作ってみて、食べてみてから栽培するかどうかは決めたい。作りやすいことは確かなようだから、今年は5粒蒔いてみた。沖縄本島那覇市では4月播種と書かれているから、石垣ならば3月初旬で良いと思われる。早速蒔いてみたので楽しみだ。

 楽しみにしているのはもう一つ「ベチベル」である。赤土流出を防ぐために、サトウキビ畑の周辺に植えるらしい。沖縄県がサトウキビ農家に配布しているので、申し込んである。正申し込みが殺到して、今年度分は終わり、4月以降になると言うことらしいが、これもまた待ち遠しい。

 「ベチバー」という名前も使われている。インド原産のイネ科の多年草と言うことらしい。---Vetiveria zizanioides です。イネ科の植物で半耐寒性多年草です。東南アジアを中心に分布する多年草です。草丈は2メートル近くに達することもあり、成育は旺盛です。やや湿り気のある日なたを好み、強い寒さを嫌います。

 根には甘い香りがあり、香料用としても栽培されています。別名クスクスグラス、ベチベル。 根からはベチバーオイルが取られます。乾燥させた根は籠などの工芸品やマット作りなどに使われるほか、防臭剤としても利用されています。原産地では土壌の浸食対策などにも用いられています。 

 石垣島では種は取れないと言うことで、野生化はしないと言うことで赤土流出防止のグリーンベルトに使われるらしい。熱帯化で実がつくようにならないか。のぼたん農園ではベチベルでわら細工をやりたいと考えている。伝統工芸品として、月桃やアダンの葉が使われているが、素材作りが大変すぎる。

 ベチベルの方がいくらか楽かもしれないと考えている。乾燥に苦労するらしいが、晴れが予測されるときに刈り取れば大丈夫ではないか。屋根のある風とおしの良い場所につるしておけば、良さそうだ。長さが2mは越えると言うから、かなり長い繊維がとれると言うことになる。

 これでムシロ作りをすると良さそうだ。ちょっと見た目ではい草に似ている。管理は楽と言うことなのだが、これもやってみなければわからない。4月になって分けてもらえることになれば、試してみたいと思う。いずれにしても根が香りが良いらしいので、根を匂い袋に入れるとか、わら枕はどうだろうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2025.2.27の「のぼたん農園」

2025-03-01 04:21:17 | 楽観農園
フェースブックでは写真と記事が連携できません。詳しく読んでみたい方はブログの方を見てください。https://blog.goo.ne.jp/admin/entry?eid=75cc90edd9cd566df688a48f070f998d&sc=c2VhcmNoX3R5cGU9MCZsaW1pdD01MCZzb3J0PWRlc2MmY2F0ZWdvcnlfaWQ9JnltZD0mcD0x

 小田原から戻り、この一週間の稲生育が順調だったことがわかり安心した。日差しがある程度あり、稲はかなり生育したようだ。マイコス菌の試験栽培もそれなりに動きがあり、興味深くあたりをうろうろ歩いていた。石垣での稲作栽培の確立に、いよいよ真剣に取り組むつもりだ。


 よく見えないが、里芋が8つ発芽してきた7番畦の畑。堀口さんが作ってくれた50㎝ある高いベットの畑である。せっかく堀口さんが作ってくれたのだが、それを他の人が里芋を植えてしまったので、堀口さんのやり方を見せてもらうことが出来なかった。堀口さんは平塚の「いかす」におられた人である。

 素晴らしい人が加わってくれたものだと思う。「いかす」と農の会はいくらか関係がないわけではないようで、二宮の中村さんが以前、単純農法の関係で代表の方と関わりがあったらしい。中村さんは炭素循環農法をやられていて、長い時間がかかりながらも、今は収量もかなり上がってきている。





 ここから上の写真は、マイコス菌をまぶした「にじのきらめき」の8番の苗代である。天水だけで水をやったことはない。苗の芽が出てきている様子を見ると、水がないのに確かに芽はそれなりに出てきてはいる。まずまず順調に2葉期である。発芽率はもう一つ良くない。種籾にまぶしただけでも、何か効果があることはわかった。

 同じ時期に蒔いた4番田んぼの「にじのきらめき」の苗代がある。そちらは毎日水をかけているのだが、そちらと比べると、生育はむしろ良いように見える。まだわからないが、水やりなしでどうなるかをよく観察してゆきたい。小田原の根守さんが菌根菌ならば、種から発芽までに影響があるのはおかしいと言われていた。さすがに根守さんの見解である。

 確かに言われてみればそうなのだが、稲の籾は発芽に関してはさして水はいらない。浸種した種は、水がなくてもなんとか発芽してくる。それが稲の性質である。そして遅れて根が出ているのだろう。出た根に対して、菌根菌が初期から手助けをしてくれて、水がない苗代でも、雨だけの苗代でも生育するのかもしれない。今後の生育に興味がますますわいてきた。


 4番田んぼの畦の畑1,5m角の正方形の畑を連ねている。なかなかよく出来てきた。すごいのはよく草が管理されていることだ。きれいな畦ができあがってきた。畦の畑の一つのやり方見えてきたかもしれない。確かにこうした高畝栽培が良いやり方かもしれない。


 
 3番田んぼを西側から見たところ。こちら側は初期いくらか遅れていた場所。全体に分ゲツが20本を超えてきた。30本以上の株もある。これを見ると「にじのきらめき」は石垣の気候でも出来るのかもしれないと思えてきた。当初3番田んぼでも、生理が狂い早く穂を出した株があったが、それもなんとか収まり、うまくゆく可能性が出てきた。安堵した。



 なぜ3番田んぼがよく出来て、他が悪いのかはまだ完全にはわからないが。昨年この田んぼは私が栽培した。ともかく腐食を入れられるだけ入れた。それが今年の栽培に生きたような気がする。昨年は干ばつで水が少なく後半悪かったのだが。

 ここは30㎝×40㎝植えである。南に日照を広くとるために空けてある。これが幸いした可能性もある。先日、熱圏の小林先生はどうも土が良いように感ずると言われた。さすが研究者である。確かに土壌が他より大分改善された気がする。

 ここは古くから田んぼだった可能性がある。そして昨年私が管理して、かなり土壌に腐植を増やす努力をした。それが今年現われてきた気がする。土が良くなれば、石垣でも有機栽培が出来る可能性が見えてきた。もうひと頑張りである。


 他の1番、6番田んぼはそもそも田んぼではなかった場所である。まだ土壌が出来ていない可能性が高い。1番は深い岩盤で、そこを砕いて田んぼにしている場所である。6番は長いこと放牧地であった。すごい石混じり土が客土された場所である。

 田んぼの土になるためには7年かかると言われている。まだ3年である。それでも去年よりは、いくらか良くなったかもしれない。そうでもないか。ともかく土壌を育てなければダメだ。腐植を増やすことだ。まだ土壌が出来ていない間は、適時追肥をすると言うことも必要だと思う。



 2番田んぼの「ゆがふもち」昨年はそこそこで来たのだが、今年も徐々に生育してきたところ。どこまで行けるかいくらか楽しみになってきた。最初はダメかと思うほど遅れた。多くはとれないと思われる。鹿児島での作出品種のため、石垣ではもう一つの栽培になるらしい。

 餅米でも、石垣に適した品種を探さなければ、ダメだろう。品種で言えば、やはり台湾の品種だろう。台湾には良い餅米はないのだろうか。餅米を食べる文化はむしろ日本より深いのだから、おいしい餅米がありそうな気がする。なんとか探したいものだ。

 実は西友ストアーで台湾のお米が売られた。日本の米が高くなり、台湾からのお米を輸入して、関税をキロ360円ぐらい払うらしいが、それでも日本のお米より安いと言うことだ。何という品種を輸入したのだろうか。このお米は11月14日から販売して、売り切れになってしまい購入できなかった。

 そこそこおいしいということだった。それではと思い探したが見つからなかった。また輸入してくれないものか。台湾の品種で日本で作られているのは大豆では枝豆品種である。お米でも最近日本中がひどい暑さである。台湾品種を取り入れることは出来ないのだろうか。



 2番田んぼである。遅れていたが、徐々に良くなってきた。完全にアオミドロに覆われている。照沼さんはアオミドロが問題だと言われたが、私はこれがあるから、腐植が増える。また水温が下がり、良いと考えている。のぼたん農園の水温は稲には高すぎるのだ。

 長年アオミドロのある田んぼで耕作をしてきた。風でアオミドロが苗を押し倒さなければ、アオミドロはあった方が良い。これで完全に草が抑えられている。アオミドロ抑草になっている。そしてこのアオミドロが腐植を増やすことにもなる。


 
 天水田のために水が停滞する。それで水温が40度まで上がってしまう。この時期でも25度まで上がっている。アオミドロが分ゲツを止めるという人がいるが、それはない。分ゲツは日照に影響されることはない。いつもアオミドロガ出てくる田んぼで耕作してきたが、問題は起きない。


 アオミドロがでるとその後に、アカウキクサが出てくる。うまくアカウキクサがでれば、窒素が固定され、それが補肥になる。十分分ゲツがとれたならば、一度水を止めて、浮き草を土壌に貼り付けると良い。12葉期ぐらいが良いと思うのだが、この点石垣では補肥の時期が決められないでいる。




 1番溜め池はアカウキクサが広がっている。1番溜め池に咲に広がると言うことは、水温がある程度必要と言うことなのだと思う。23度の水が湧いている。溜め池の方が田んぼよりも水温が高い。上の写真が2番溜め池で、下が1番溜め池である。2番溜め池は水が冷たいので、アカウキクサがでていない。


 カワチバイの苗代 低温のため葉先が白くなったが、徐々に回復してきたところ。「かわちばい」は石垣の熱研で作出したという、インディカ種である。試験栽培をさせてもらっている。どういうわけか、登録申請がされて、5年もたつのに申請が認可されていないため、種籾の購入が出来ない。

 石垣島の泡盛品種と言うことだ。インディカ種の中でも低温に弱い品種らしい。もしかしたらそれは、暑さには強いという可能性がある。去年の不稔の多さは、暑さのせいもあるので、少し期待できるかもしれない。さてどうなることか。

 県の試験場の大野さんの栽培した感想では、穂のそろいが悪く、脱粒が多く栽培しにくいのではないかと言うことだった。石垣島で泡盛品種が出来れば良いことなので、試験栽培はしてみたい。私たちのように手刈りでやるなら問題ない可能性もある。




 1番田んぼ。遅れながらも少し分ゲツを増やしてきたところ。まだ分ゲツを増やしている最中なので、これから良くなる可能性が出てきている。もし土壌の問題であれば、土壌は一年一年良くなってくれるだろう。来年のこその稲作である。

 今は「にじのきらめき」が石垣の気候に適合するかどうかである。その点、3番田んぼで大丈夫だと言うことが見えてきた気がする。11月はじめの播種。12月はじめの田植え。4月中の収穫。そして、7月の1回目のひこばえの収穫。10月の2回目のひこばえの収穫。


 一番田んぼはともかく生育にばらつきがある。この原因は土壌が出来ていないためだ。岩盤があり、それを壊しながら田んぼにしている。去年の暮れに大分崩して田んぼにしたが、そのために土壌が良いところと、新しくなったところがあり、生育むらになっているのだろう。

 3回の収穫が終わったならば、今年生育の悪いところを把握しておき、よくトラックターで耕し、石拾いをする。そして来年に備える。浅い耕土の下が岩盤ではしっかりとした栽培が出来るはずがない。そしてアカウキクサとアオミドロを利用して腐植をさらに増やすこと。


 4番田んぼの畦の畑である。畦の畑の一つの見本のような姿である。1.5m角のベットの畑である。回りから管理が出来るので、かなりわかりやすそうだ。また草がよく取られて入れていて、管理が素晴らしい。お茶の苗を植えているのだが、枯れたものもあるようだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キーボードフィンガーになる。

2025-02-27 04:30:20 | 楽観農園


 農作業をしていた時に突き指をした。右手の中指と薬指である。突き指自体は軽いもので、本来ならば1週間もすれば、何もしないでも治る程度のものだった。ところがそれが1か月もたっても直らない。むしろだんだん痛さが増して、2か月後は何もしないでいても気になることになった。

 さすがにこれは何かおかしいと思い、調べるとキーボードフィンガーというものらしいということが分かった。その時には人差し指を含めて、右手の3本の指が痛いというレベルになっていた。まあ、忘れていられる程度ではある。キーボードを打つのがつらくなったのだ。

 思い当たるのが、キーボードの不具合のことだ。富士通のパソコンを買ったときについてきたキーボードなので、購入したのは沖縄に引っ越したときのことだから、2018年の暮れである。パソコンは2019年から使っていることになる。キーボードも6年間ほぼ毎日使っている。

 キーボードは一部のキーが動きが悪くなり、途中他のキーボードに変えていたのだが、何とか清掃をしてまた元の富士通の慣れたキーボードを使っていた。所がどうもそれがいけなかった。打ち心地が悪いので、ついつい力を入れて打つようになっていたようだ。

 そこでキーボードを良いと言われるものに買い替えた。私にはこれは高いものだった。東プレ Topre REALFORCE RC1 キーボードというものである。指が治るなら仕方がないと思い購入した。購入した時には指にいいか悪いのかはわからなかったが、今のではだめなことだけは分かるので仕方がなかった。

 変えてから2週間がが経過したころから、指がいくらか痛くなくなった。キーボード自体はまだ打ちにくい。やはり慣れたキーボードの方が早く頭の流れで打てる。しかし、打ちにくいに関しては、2,3か月使えば、慣れると考えて我慢している。実際だいぶ慣れてきた。

 昔の小説家の人が、万年筆の書き心地の自分に合った良いものに、こだわりがあるということを読む。書いている感じと頭の中の動きが連動しているから、その万年筆でなければ、発想が出てこないということはよくわかる。それは絵を描くということはそういうことで、弘法は筆を選んだはずだ。

 絵の場合のことを言えば、これが難しいところだが、描きやすい筆がいいということでもないのだ。そこがなかなか絵の厄介なところである。ある方向に描きにくい筆だから、自分の絵が現れるということがある。頭の中のものが出てくるといっても、自由に出てくるというようでもなく、絞り出してにじみ出てくるようなものだ。

 自分が、絵が引っ掛かりながら出てくるという方が近い。絵は身体で描いている。頭では描かない。身体はあまりに流れに乗りすぎるのも、上滑りになるらしい。心と身体が、一体になってもらうには、手先の仕事になることはかなりまずい。

 キーボードの打ち心地の場合、頭の中の文章が湧いてくる流れの速さに適合して打てるようでありたい。湧いてきているのに、それがうまく打てないでいれば、文章が発想が滞ってしまう。当然キーボードの文章というものがあるのだろう。原稿用紙の文章があり、筆による文章もある。また口述という文章もあるのだろう。

 AIに文章を読ませたら、その違いを判別できるに違いない。文体というものがその人らしさをにおわせているものであると思う。井伏鱒二氏の文章が一番好きだ。きっと万年筆書いて居たと思う。調べるとやはりペリカンのものだとあった。(冒頭の写真はそのこと。)鉛筆ではないだろう。付けペンでもない。筆ではもちろんない。

 冒頭の写真は井伏鱒二のペリカンの愛用の万年筆のことが書かれているものだ。一番好きな文章である井伏鱒二の文体は万年室であるに違いないと思っていた。それでネットで調べたら、こういう写真が出てきた。いつもネットで調べながら文章を書いている。便利なものだ。確認ができる。

 あの井伏鱒二の骨太の文体はペリカンである気がしていたのだ。本当は井伏鱒二の文章をまねしたいぐらい好きなのだから、ペリカンで書けばいいのだ。実はペリカンを昔持っていた。文章を描くのは昔から嫌いではなかったのだ。しかし、そのころ好きだったのは、志賀直哉だった。

 あの時のペリカンはどこに行ったのだろう。お母さん。ほら松陰神社の家の、あの古い机の引き出しに入れて忘れてしまった。という気持ちになった。せっかくペリカンで書いたが、到底良い文章など書けなかった。そう志賀直哉の文章を原稿用紙に写してみたのだ。

 まだ井伏鱒二氏の文章の魅力までは理解が届かなかった。高校の教科書で山椒魚 読んではいたが、語り継口の味わいということまでは分からなかった。確かにあの作品は面白いが、何度も読んでみて井伏鱒二氏の、晩年の当たり前の文章の方が好きだ。

 キーボードフィンガーのことだった。軽く打つということを覚えなければ駄目なようだ。どうしてもガツンと打ち込むタッチでいると指が痛い。どう軽く打てるかが、大切になる。開成のドコモショップで、すごい打ち込みの方を見た。軽やかに指が目に見えないほどの速度でキーボードの上を踊ってゆく。

 あれくらい軽いタッチで打つものだとわかった。力んで打つようなものではないわけだ。良いキーボードは確かにかなり軽い打ち込みでも反応してくれる。打ち方が治るまで、気を付けていなければならない。軽く軽く、軽やかに。つまり頭の中の脳の反応も軽く軽くということだろう。

 指の動きのリズムに脳の動きは連動している。パソコン打ち込みで煩わしいのは、誤転換である。これで脳の発想が止まる。戻って直している間に、次の文章が出てこなくなる。だから、誤転換のまま文章を書き続けることになる。後でまとめて治す。直しから外れている場合も多い。

 キーボードでもう一つはテンキーのあるものはだめということ。パソコンで数字を打つようなことはほとんどないので、いらない。いらないのについているので邪魔。また腕を支えるキーボードレスト枕は使ってみたが、私には合わなかった。机に手首を載せて打つ。軽く手首を浮かせるぐらいの方がいい。

 最近はキーボードの打ちすぎなのだ。3時から6時30分まで打ち続けていることがよくある。文章を書くのに時間がかかるようになったということがある。だんだん早くなりそうなものなのに、試行錯誤をしている時間が長くなっている。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

のぼたん農園でこれからやりたいこと

2025-02-13 03:58:07 | 楽観農園


 10番畑。ここに渡部さんが、大豆と苗代で余った種籾にマイコス菌をまぶして直まきをした。一週間たつが、まだ何も芽が出ない。水の不足するのぼたん農園なので、マイコス菌は有望ではないかと期待している。早く発芽してくれないかと思っているが、まだ芽は出てこない。不安になる。

 のぼたん農園は自給のための体験農場である。やりたいことは次々に出てくる。のぼたん農園で絵を描いていると、あれもやりたいと思わす突き動かされるものが、次々に出てくる。そんな誰にでもあるだろう、思いつきを実現してしまうのが、のぼたん農園の希望である。

 いままでいろいろ手がけてきた。自給の田んぼ。自給の野菜畑。3つの溜め池作り。井戸掘り。水牛池づくり。自給のサトウキビ栽培。自給のためのパイナップル栽培。自給の柑橘のための畑。自給のための大豆と小麦の畑。これも気に取り付けた自然蘭園。熱帯睡蓮池。

 自給の熱帯果樹園。自給のコーヒー園。自給のための共同機械小屋。のぼたん自生地の整備。水源の森作り。水牛放牧地のABCの3。3年間でずいぶんのものを作ったものだと思う。ここまででも十分面白かった。何もないところから、やりたいことを思いついては進めてきた。

 湧き水だけがあり、あとは何もない場所とと言うことで自由な発想が出来た。大きな構想としては、修学院離宮の自給農園。思いつきで始めてしまうので管理が十分ではなく、まだまだ良い状態まで進んだものは少ないが、着実に前進はしている。だめで元々の気持ちで、やりたいことはためらわずに始めることにしている。

 最近作られているのが、トゥリーハウス。ヤラブの大木を見たときからの夢だった。といっても、どちらかと言えば、トゥリーテラスという感じだ。これは中村さんがどんどん進めてくれたものだ。寝袋で一晩泊まってみたいと思っている。夜ののぼたん農園をヤラブの木の上で過ごしてみたい。子供の頃に穴を掘り、中で一晩過ごしたことを思い出す。

 結局の所、子供の頃の夢を次々に実現しているのが、のぼたん農園である。子供の夢の実現の場所。こんな面白い場所が出来つつあるのは、多様な参加者の力だ。誰もが一人の自給のためにやりたいことを、難しいとは思いながらも、思い思いに自由に挑戦してみる農場でありたい。

 一人一人のとんでもない夢を、挑戦することが可能な場所にしたい。先日自然農は十分な収穫まで7年かかると書かれたものを読んだ。有機農業は5年かかる。ただし、始まりの方角が間違っていれば、10年たっても何も生まれない。正しい方角とはどちらなのだろうか。

 科学的思考である。様々に空想的農法が主張されている。それぞれが勝手なことを唱えているので、間違えた方角に向かって始めてしまう人がいる。あり得ない農法が、あり得るように言われている。方角の間違いに気づく能力こそ重要である。挑戦は素晴らしいが常に冷静な反省が必要である。

 のぼたん農園は永遠に途中経過なのかもしれない。夢というものはそういうものだろう。夢は実現すると次の夢が現われるものだ。きっとまだ気づいてもいない夢がある。ごろ寝する小屋。これはインスタントハウスで実現するつもりだ。頼めば出来るのだから、割合簡単な夢だ。

 寝るところがあれば、次の夢は竃、かまどである。竃は以前も作ったことがあるが、ご飯の炊ける竃である。おいしい竃ご飯を食べたいと言うことだ。燃料の薪はいくらでものぼたん農園にはある。琉球石灰岩で作ればいいと思っている。時間が空けば次に手がけるものになる。

 次の大仕事は水牛サトウキビ絞り場所である。毎年、宮良小学校で行われているので、次はのぼたん農園でもいつでも行える場所を作りたいと考えている。やいま村では以前やっていたらしいが、いまは止めている。食品衛生法上の問題らしい。販売しなければいいわけだろう。

 のぼたん農園ではサトウキビ畑がある。そのサトウキビを1本いくらで販売することは出来る。サトウキビ畑にゆき、自分で刈り取ってくるところが、のぼたん農園らしくて面白い。そして自分で絞りたければ絞るという自給の考え方。自己責任で、水牛サトウキビ絞りが出来る。そんな形ならば、問題がないかもしれない。

 水牛の活用を考えたい。伝統農業の水牛利用に加えて、観光と結びつく形で、水牛を生かさなければならない。水牛はなかなか面白い動物だし、もぅっと水牛を生かした使い方があるはずだ。そうしなければ、水牛を家畜として飼うことは、出来なくなるかもしれない。

 倉庫を田んぼのそばに移したい。2つのコンテナを並べてその間と周囲にコンクリートの床を作る。ユンボやトラックターなどを止めておく。水道も引く。人が集まるときにはそこが休憩場所になる。屋根の上も上がれるようにすれば、眺めの良いテラスも出来るだろう。

 そして次の最大の課題が、水牛牧場作りである。一段下の平地に水牛の居場所をつくる。そこへのぼたん農園から降りて行く道を作る必要がある。下の農地に放牧地と溜め池を作り、出来れば田んぼも作りたい。そうすればいつも水のある田んぼになる。

 これにはどうしてもユンボが必要になる。ユンボを借りるのか購入するのかも考える必要がある。ユンボを買って、使わなくなったところで売ってしまうと言うのが良いと思っているのだが。なかなか買えないでいる。小田原の方で購入して、渡部さんに助けてもらうほかないのか。

 ユンボが来たらやることが山ほどある。この前並べてみたら10はあった。3番溜め池の下の堤をしっかりとした幅のあるものにして、3番溜め池を今の倍は水のたまる溜め池にしたい。強い雨は降るのだから、そのときに蓄えることが出来ればと思う。

 黒糖絞り場所とインスタントハウスの設置場所の整地。水牛車の水平道づくり。2番田んぼの畦直し。12番畑の脇を通る、トゥリーテラスへの道づくり。上の駐車場作り。道路の直し。8,9,10番畑の畦の直し。放牧地内の作業道の直し。

 やりたいことが沢山あって大変だと思っているわけではない。やる方がいいことがあるというのが、張り合いになっている。のぼたん農園の名前の由来はのぼたんの自生地があったためだ。今では石垣島でも少なくなったといわれている。

 自生地の管理はなかなか出来なかった。最近頑張って自生地の雑草の草刈りをした。かなり大変なことだったが、なんとか進めることが出来た。もう一息である。今年ののぼたん花祭りは楽しみである。溜め池もかなりきれいになったし、睡蓮祭りも悪くない。

 水牛をつないで、木陰にシートを引いて食事をする。嶋田さんや福仲先生にに歌ってもらったら最高ではないか。のぼたん農園は楽しさ満載である。誰でもいつからでも参加してもらえる。人は多い方が楽しい。旅行に来て参加してくれてもその日から仲間になれる。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

移住婚の奨励

2025-02-11 04:06:04 | 楽観農園


 9番田んぼ、水が来ないので、耕作しないでいた場所だが、荒起こしだけはしてみた。今年はサトウキビを作ろうと考えている。昨年植えたサトウキビをすべて苗にして、今年はできるだけサトウキビ畑を広げるつもりだ。昨年は60mぐらいだったので、すべて苗にすれば、10倍の600m位になるだろう。

 日本婚活支援協会は、2020年8月の募集開始から2024年3月末までに、全国8道府県の受け入れ自治体に合計1,087名の移住・結婚希望者を紹介、これまで20組以上の交際進展カップルが誕生したと発表している。1年で四,五組では全く地方活性化や人口増加には影響を与えていないことがわかる。

 宮古島市が、少子化対策と若年層の移住定住促進を目的に実施した「結婚新生活支援事業」を行った。2023年度の申請件数は想定していた155世帯を大きく下回る51件(交付決定は47件)であった。期待と成果が一致しないこのような結果は、宮古島市のみならず他の自治体でも散見される。 ーーーシノドス

 政府が結婚して東京から地方に移住する女性に60万円を支給するという政策を企画したが、批判が殺到して政府は実施を見合わせたということである。田舎へ行けば60万円あげますはどこか気持ちが悪い。と行かない人が騒いだのだ。異次元の少子化対策の一つなのだろうが、ちょっとあきれ政府のトンカンチンだ。

 確かに異次元の政府的発想である。田舎に若者が希望する仕事を作ればいいと思うのだが、政府には仕事の分散が出来ない。結局大企業依存というか、企画力のない政府なのだ。まるでコンサル的発想である。政府主導では事業を創世する能力はない。むしろ企画を一般の人に募集したほうがいい。私は自給農業地帯の企画案を提案したい。

 少子化対策と、地方活性化策はお金では実現できないものということになる。気持ちが前向きに変わらなければ始まらない。日本はアベノミクスの大企業尊重政策で、停滞に入ってしまった。そのアベを良しとして国葬をしたような政府の状態では、話にならない。

 気持ちとしては地方で暮らしたいと考える人はたくさんいる。都会では到底暮らせないと思っている。都会が嫌いと言うことではないが、都会には暮らしがないからだ。都会好きの都会暮らしの人たちが、地方創生を考えていてもだめだ。田舎にしか暮らせない人が政府にはいないのだ。

 田舎暮らしの醍醐味などわかるはずもない人が考えると、結婚して田舎にゆくなら60万円差し上げますなどという、馬鹿げた発案になる。人間本来の暮らしが田舎にはある。身体を動かす肉体が生きる暮らしがある。田舎にはお金では買えないものがあるから魅力的なのだ。

 都会人の田舎願望は、それは田舎を旅行したいという気持ちに近い程度のことだ。田舎暮らしを現実として実行できる人は少数派であることは間違いない。何しろ仕事がない場所で、暮らすというのは自ら作り出す生活力のない人には無理なことだ。自ら生きる気力がないと田舎では暮らせない。

 実際に石垣島で多くの若い移住者と会う。そして、その人たちは実に個性的で、くっきりした個人なのだ。自分の考えを持たないような人は、まず石垣島への移住はしないのだろう。曖昧な夢見る移住をしてみたとしても、一年以内に島を離れることになる。

 すぐ諦めて島を離れる人もたくさん見た。身体を使う暮らしが面白いと思う人なら、なんとか暮らしを見つけられる。観光客がたくさん来ている。アジアからのお客さんも増えている。観光関係の仕事はないわけではない。新しい仕事も作れる気がする。

 自給農業地帯を政府が作る。自給農業が可能な場所は全国に広がっている。農業機械や土木機械を行政が準備をする。そして入植者が自由に機械を使うことが出来るようにする。それぞれの場所に、土木や農業や建設の補助をする指導員を置く。家は増えている空き家を提供する。

 古民家の再生だけでもやりたい人はかなりいる。化石エネルギーを使わない暮らしに憧れる人が多い。井戸掘りをしてみた。バイオガス装置を作りたい。食糧の自給農業をやってみたい。そういう田舎ならではの暮らしに補助をする仕組みを作る。

 自給農業地域の最低限のインフラを確保する。石垣島程度のインフラで十分である。生活道路、電気とか水道とかネット環境ぐらいでいいだろう。それぞれが自由に活動を展開できるようにする。5年間は生活建設期間として、最低生活可能な仕事を提供する。まずモデル園を全国に10カ所程度作る。

 のぼたん農園に来る人も、夢見る人が多いわけだ。大歓迎である。好きなことがあれば、楽しく暮らせる。しかし、若い人が暮らせる最低条件がない。5年間最低生活可能な仕事を提供してくれれば、自給生活が出来る条件を整えることが出来るだろう。

 石垣島に来る人の大半の人が、スキューバダイビングが好きなので、というような夢だ。それはいいのだが、ダイビングの仕事となるとなかなか大変なようだ。ただ海に潜れればいいというのでは暮らしは難しい。大事なのはそのもう一つ先を考えなくてはならない。

 グランブルーのジャックマイヨールになりたいというぐらいの大きな夢がいい。ジャックマイヨール上海に生まれて、佐賀で海女さんの素潜りを見て、海に惹かれるようになったと言う。そして素潜り深度105mの世界記録を作る。世界記録よりも彼の生き方が素晴らしい。

 呼吸を長く止めて素潜りするということで、酸素不足の酩酊状態というか、陶酔状態で別世界に行くらしい。一種の宗教的体験に近い。日本の禅寺で精神を鍛え、ついに1976 年、49 歳の時に人類史上初めて水深100m に達する偉業を達成。それは人間を超越した感覚だったらしい。ただ残念なことに晩年うつ病に落ち込み、自死した。

 島の暮らしの楽しさは限りないものがある。奥深い楽観思想につながる。しかし、島の身体を使う暮らしを楽しいと思うか、大変だと思うかは人それぞれなのだ。移住というのは根無し草の暮らしになる。至る所青山あり。という覚悟がどこか必要なのだろう。

 故郷とかふるさととか、根拠を捨てるということが出来るのかということだ。生きるという行脚の修行である。何かを捨てなければ、何かを得ることは出来ない。場を捨て、場を作るというのは大事業である。だから面白いのだが、それが出来ない人も多い。

 団塊の世代の男性までは、家を捨てきれない人も多いのではないだろうか。日本では坊さんになることを、出家するという。私の名前が出というのは、家を出てほしかったからだそうだ。若い人たちはそんなことは考えないかもしれないが、都会を離れる勇気がでるだろうか。

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメダス情報

2025-02-10 03:58:03 | 楽観農園

 一番下にあり、トゥリーハウスのそばにある12番の畑。からしなが蒔かれている。上に枯れ草が敷かれている。芽を出し始めている。左側の部分にトゥリーハウスへの道路を整備する予定である。道路の先に平らな場所を作り、車が回って戻れるぐらいにする。

 12番畑の奥にはギンネムの林があり、その中にコーヒーが植えられている。あまり大きくはないのだが、枯れないで育ってはいる。手前に石を積み上げて、ピパーツを植えることになっている。イノシシよけの柵も位置を変えて再整備しなければならない。

 トゥリーハウスは中村さんと石川さんとのりさんの3人で完成まで進めてくれた。とても面白い場所になった。かなり高いところにあるので、夏など風邪が通り気分がいいと思う。一度寝袋で寝てみたいと思っている。まずは、木の上でコーヒーを入れて飲んでみたいものだ。

 石垣島には4つのアメダス地点がある。石垣島。盛山。伊原間。川平。の4カ所になる。ここのデーターを見てその日の天気を判断する。今朝の気温は14.7度。雨量0。風速四m。とある。昨日おとといが11度まで下がり、今年の最低気温だった。冬の底は抜けたようだ。

 崎枝ののぼたん農園付近のデーターは川平が一番近いが、カピラは雨量計だけしかない地点だ。そのかぴらでも崎枝と同じではない。雨量や気温や風速についてはこの4地点でもまるで違う。この違いがなかなか面白い。この違いでその日の天気の変化がある程度わかる。

 石垣島はそれほど大きな島ではないが、中央に526の山があるので、風の方角などで、ずいぶん雨の降り方が変わる。時々局地的な豪雨がある。その豪雨が雨量に影響するので、年間雨量で小田原と比較してもあまり参考にはならない。その年その年の成り行きに任せるほかないところがある。

 それでも毎日アメダスは気にせずにはいられない。もちろん天気予報も見るが、天気予報は小田原と比べて的中率がかなり低い。島の天気予報はかなり予想は難しいのではないだろうか。ただ地形的に一番雨が多いと感じるのは名蔵あたりである。島の中央にある於茂登岳 が影響しているのではないだろうか。

 5年間毎日名蔵地区を通過している。島の西側の石垣地区で晴れていても、名蔵に来ると雨と言うことが実に多い。そして名蔵を通り越して崎枝まで行くとまた雨がやんでいる。雨が名蔵だけ局地的に降っている気がする。上ノ島と呼ばれる竹富島と向かい合う位置にある。

 於茂登岳の東側にあるのが、名蔵地区である。海から入り込む東の広がる太平洋からの雲が山に遮られ、雨を降らすのではないだろうか。それで名蔵地区から、アンパルが稲作地帯になったのではないだろうか。昔から名蔵に出作りの小屋を作り、どこの地区の人も苗を作っていたと言うことである。

 戦後石垣島にダムが出来る前の時代には、田んぼの土地改良が進んでいなかったし、導水管などはなかったわけで、安定して水のある名蔵地区で苗作りはすることになっていたのではないだろうか。名蔵には日本で最初にラムサール条約に指定された湿地名蔵アンパルが広がっている。

 1963年大干ばつに見舞われ、牧草が枯れて、牛が死んでゆき、田んぼも稲もすべて枯れた。島中が黄色く乾いきかれ果てたたと言われている。そして、1971年石垣島はさらに大干ばつに見舞われ農業は壊滅的打撃を受ける。(連続干天日数191日) 南西諸島では稲作1期作の期間3月から9月初めまで少雨が続き、大干ばつになった。

 特に宮古島、石垣島方面でひどく、6月に入ってからは草も枯れ、水もなく、牧牛の餓死が始まった。これを考えると耐えがたいものがある。また、さとうきびは大部分が立ち枯れた。各島では飲料水が無くなり、本土から運んだ。

 沖縄が米軍の占領から解放されたのが、1972年沖縄が沖縄住民に返還。沖縄返還は沖縄でのダム建設が始まることにもなる。アメリカ支配が終わる前年のことだ。昨年2024年の小雨を経験して、1971年の大干ばつの話が語られることが多い。

 雨量だけ見ると2024年の去年の方が大干ばつと言われた年よりも深刻だったのだ。のぼたん農園では湧き水が涸れることはなかったが、田んぼでは水不足で不燃が多発した。しかし、島全体としては水利ダムが出来たために、田んぼの水不足もそれほど言われなかった。

 石垣島には於茂登岳南麓にかけて4つのダムがある。石垣ダム、名蔵ダム、底原ダム、前里ダム。南山麓にダムの適地がある。また南側に人口は集中している。石垣島はこのダムのおかげで、豊かな島になったのだろう。大切な場所であり信仰の山でもある於茂登岳である。

 残念なことにこの、神聖な山に巨大な自衛隊基地ができてしまった。もしピーホスのようなものが基地から流れ出たらダムに流れ込む地形である。宮良川の取水上は影響を受けるはずだ。軍事基地の困るところは、閉鎖的な場所になり、何をしているかがわからなくなることだ。普天間の米軍基地ではつい最近まで消火訓練でピーホスを使用したらしい。

 石垣島の住民にとって命の水をダムは貯めている、一番まずいところに軍事基地が出来た。もっと人のいない場所はいくらでもあるのに、おかしなことが行われてしまった。どうもこの場所には昔ゴルフ場があったらしい。そのゴルフ場は倒産して閉鎖していたらしい。喫茶店が残っていて、入ったことがあった。

 その所有者は保守系の市会議員であるらしい。何か関係があるのだろうか。全くわからないことだが、宮古島で軍事基地が作られる際にはやはり、閉鎖されていたゴルフ場跡地が買収された。それに伴い、市長が賄賂を受け取り有罪判決が出ている。

 石垣島は山があり、雨が偏在して降るとしても、4つのダムが配置されているので、生活水や農業用水の不安はない島だろう。お隣の平らな竹富島はダムがない。水は石垣島から送水されている。黒島は西表島から送水されている。波照間島はかなり遠いので、海水の淡水化が飲料水である。

 観光客は住民の5倍の水を使うといわれている。節水意識を旅行気分で捨てているのだろうか。宮古島が観光リゾート開発で注目されるようになったのは、5つの巨大な地下ダムが建設された結果である。農業用ダムと言われて作られたのだが、むしろリゾート開発につながることになった。

 のぼたん農園は天水田をやってる。小さな湧き水と雨水便りの天水農業である。今年もすでに水の不安を抱えている。毎日天気予報を見ながら雨を待っている。上にラム酒工場が出来てから、湧水の量が減ったように思われる。この先果たして大丈夫なのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする