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野田政権はすり替え政治

2012-03-31 04:40:23 | Peace Cafe
政治は消費税問題になっている。昨夜の記者会見でそのことだけ長々と述べていた。私の中では消費税は5番目のテーマである。1番は当然大震災からの復興と、原発事故の収束を含めた、新しいエネルギー政策である。2番目は、TPPを含めた、日本の経済のこれからのあり方である。そして、3番目が日本の社会福祉政策を含めた、格差社会離脱の再分配のことである。4番目が、地方分権を含めた、政治の枠組みと行政のあり方を決めること。そして、5番目になって税制の改革である。この前提となる4つに対して、目をつぶったまま、5番目の課題に政治生命をかけている野田政権の、見当違いにいら立ちが募る。消費税はその前提となる、4つが定まらない限り、どうやった所で末節のことである。確かに、根本の問題は民主党政権の能力では、手も足も出ないのであろう。立ち向うどころか、まるで気づいていないごとく、消費税と力んでいる。

野田政治に耐え難いことは、何も判断を出来ないことである。復興の全体を見通す大計画が無い。枝葉末節に捉われて、瓦礫片付けに捉われて、東北全体をどうするのかということは、考える姿勢もない。結局のところ、日々の日常に追いまくられて、展望というものを持つことが出来ない。議論になれば一見正義の正論を唱えるのだが、混沌の中にある現実には向かい合おうとしない。自然エネルギーはどうするのか。原発はどうするのか。根本には目を向けず、再開という既定路線の為のストレステストがどうだこうだと、曖昧さを増してゆく。政治について意見が違うのは、当たり前のことだ。根本的な違いを棚上げしておいて、原発再開云々になる。つまり、現状で将来のエネルギーを問題を議論すれば、反対が多そうだ。棚上げして、今ある原発の安全論議程度にしておこう。こうした、本質からずらした論議がすべてを考える上で、耐えがたく、空しくしている。

政治生命をかけて消費税を持ち出しているのは、4つの課題を棚上げするためとしか思えない。本質的でない所で議論を蒸し返し、肝心の事には一向に触れない。こういう政治の現状が耐えがたいのである。昨夜首相自身、明確に事が動き出さないことが国民の政治不信になっていると主張した。そう言って自民党を揺さぶっているのだろう。しかし、消費税が動き出した所で、税の一体改革はまだ道遠しである。連動するはずの福祉政策や公務員の経費削減など、議論が遅れている。このカエルの面のような、何にも答えないでそっぽの正論を述べる厚かましさが、もう耐え難い。北朝鮮の手法に似ている。食糧援助を引き出したとたん。ミサイルを打ち上げる。これは衛星である。衛星がいけないなら、お前たちも止めろ。こういう正論である。原子力爆弾をやめさせたくて、食糧援助したいのはお前の方だろう。という具合に問題の核心が動いて行く。

原発の良しあしの問題が、いつの間にかロケットかミサイルかの議論になる。消費税を2段階であげるとか、景気が悪くなれば止めるとか。民主党が徹夜で何日もかけて議論した意味はあるのか。本当に議論すべきは、前提となる4つの課題が問題があって、その議論を尽くした上の、具体策なのだ。もう一度確認すれば、1番は、大震災からの復興と、原発事故の収束を含めた、新しいエネルギー政策である。2番は、TPPを含めた、日本の経済のこれからのあり方である。そして、3番が、日本の社会福祉政策を含めた、格差社会離脱の再分配のことである。4番が、地方分権を含めた、政治と選挙の枠組みと行政のあり方を決めること。どう考えても消費税より重い。これらがすり替えられ、議論さえされずに、時間稼ぎだけ。耐え難い野田政治状況なのだ。
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美味しいとは言えないどぶろくの作り方

2012-03-30 04:13:26 | 自給
どぶろくの美味しいと思うものをまだ飲んだことがない。日本酒ではさすが美味しいというものがあるが、やはりどぶろくは素人芸にすぎないと思ってきた。何度やってもこれならとまでは行かない。一番の欠点は、すっぽさが残るということである。これを取り除かないことには、美味しいとは言えないと思っている。あえて言えば、アルコール度をどうすれば強くできるかである。甘酒を酒っぽくしたくらいでは、酒とは呼べない。我が家には上湧水がある。お米もなかなか良いお米だ。米糀の作り方も、なかなかのレベルに達してきた。そろそろ、美味しいと言える「どぶろく」作りに挑戦してみる。

1、まず「くされもと」の作り方。
酒米は2割以上も削るというが、もったいなくて出来ない。7分づきである。この事と酸っぱさとは関係があるのか。研いだお米5合をガラス瓶中に入れて、湧水を水が2センチほど上回るように加える。そこに焼きおにぎり1個をほぐして加える。暖かい所(30度は欲しい)に置いて、今回は炊飯ジャーの上。3日置いた。濁ってまさに腐れて来たような臭いがする。わずかに湧いてくる。発酵臭がしたらときどき混ぜ込んでやる。これを布で越した水が「くされもと」である。

2、ご飯の蒸しかた、炊き方
5合のくされもとに使ったお米を硬めに炊く。4号くらいの水加減にして、料理酒を加える。アルコールを加えて沸点を上げて、蒸しあげたご飯に近付ける。蒸し事が普通のようだ。何故だろう。酒造りが古いやり方を、残しているということか。やはり、味に影響のあることなのだろうか。

3、仕込み
硬く炊けたご飯を40度くらいにまで冷ます。同量の糀と混ぜる。熱湯殺菌した甕に、くされもとを加え、混ぜたご飯と糀を仕込む。最初は果樹酒用5リットルガラス瓶が観察に向いている。ひたひた程度までの水加減。雑菌が入ることも、酸っぱくなる可能性なので、仕込んだら出来るだけ雑菌が入らないように管理。毎日1回かき回してやる。味みもして変化を確認する。一日一日、水分が増え、上部に、あるいは中段に分離し、琥珀色の液体の層が出来て来る。小さな泡が徐々に増えるので、この泡が、お米を持ち上げている。

4、熟成期間の管理
置き場所はどこでもいいが、雑菌を避けたい。酒倉は良い菌が勝って存在するはずだ。それでも最初は室内に置いて、観察しやすい方がいい。毎日、1回かき回す。温度も計る。温度は何度であっても構わないが、美味しいものを作るデーターとして記録する。10℃から15℃くらいで、温めないでゆっくり進めた方がいい気はする。

5、完成の判断
好みの味になれば、完成であるが、見た目では、上澄みが澄んだ琥珀色になる。

ところがである。今回も若干酸っぱい。敢て失敗した方法を上げておく。乳酸発酵をしているようだ。雑菌が入ったという訳でもない味である。乳酸発酵してしまう原因の一つは温度管理があるようだ。これが難しい。ヨーグルトを最初に加える方法の根拠は、乳酸菌の力で雑菌の繁殖を抑えようという事。乳酸菌と共存できる酵母菌の活動だけ優先させようということになる。ヨーグルトを使わないで、くされもとや酒母あるいは、一度仕込んだものの絞りかすを使う考えでは、まず、初期に5℃以下の低温で発酵させる。その段階では乳酸発酵になる。その後、温度を25度に上げて、酵母発酵を促進してやれば、酸っぱくないどぶろくになるはず。そう考えて何度進めても、実際には酸っぱさが抜けない。原因はどこにあるのかわからないが、多分温度管理の問題のような気がしている。

甘酒を作る場合は、最初から高い温度60℃で行う。ご飯と混ぜるときから高温で行い、60℃保温を続ける。一昼夜でかなり甘くなる。さらに甘くしたい場合は、一度5度まで冷やし再度60℃まで上げて一昼夜保存する。これでして全くすっぱみのない驚くほど甘いものになる。前回は、この甘酒の糖分をアルコール発酵させれば、一つの方法かと考えて、酵母を加えて20度で保管してみた。しかし、これは雑菌が入った状態にになった。いずれ、酒造りは実に難しいものだ。再挑戦である。

昨日の自給作業:タマネギの草取り、じゃがいも掘り2時間 累計時間:18時間
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東京都美術館の見学

2012-03-29 04:39:11 | 水彩画


東京都美術館は長期間改築をしていた。9月25日から10月3日水彩人展を開催する。その為にの下見をした。一番気になっていたのは、会場の壁面である。以前の都美術館は暗めであった。壁の色のこともあったが、壁に沢山穴があいていて、目障りであり暗い雰囲気を作っていた。今回は壁は明るくなった。ほぼ白に近いクリーム色。照明も明るくなった。新国立美術館が穴あきボードをやめて、ワイヤーで釣ることになリ壁はきれいである。都美術館は展示の利便さの方を選択したということなのだろう。大きく変わったのが床で茶色のじゅうたん素材である。びっくりするくらい暗めで静かな雰囲気になった。壁の白さが際立つ感じである。しかしここに絵が入ることを考えるとちょうどいいのかもしれない。公募展では壁など見えないというほど、一杯に絵がかけれられる所が多い。壁の移動は3,8メートルピッチになった。天井の照明と連動してということになる。

部屋の配置や、導線についてはそれほどの変化はない。地下の審査室や搬入出室はほぼ変化なしとのことだ。見るつもりで出かけたのだが、まだ出来ていないのでだめだという事を言われた。4月1日から始まるというのに、まだ下見も出来ないというのは大丈夫かという気もするが、対応が面倒ということのほうだろう。2時間あった見学時間のうち、1時間が書類上の説明で届け出の詳細の調整だった。確かに役所的には、こちらの方の為に来てもらったということだろう。バリアフリーということで段差が無くなり、事務室にもエレベーターで入れる。トイレの配置も少し変わった。同時開催の会場の連携は、通路が繋がり、とても良くなった。食堂は2つになり、少しは余裕がある。以前は一度下に降りて戻るという事だった。むしろ変わったのは企画展示の会場のようだが、これは見れなかった。彫刻展示室もだいぶ変わったようだ。階段にエスカレーターが付いて、とてもは入りやすくなった。

帰りに、カヨ子さんが鶏の作品を出しているので、新国立美術館を見に行った。アンデパンダン展を見た。都美術館と比べてみたいということもあった。一番の違いは、周辺環境だと思った。上野は恩賜公園という広い空間的背景がある。美術館のあるべき場所という感じがして、駅に降りる気持ちが違う。新国立は館内の空間が広い。ガラス張りの巨大な吹き抜けで、特別な場所を演出している。非日常空間。都美術館のルーブルのような王宮系を真似たような大げさなものでなく、暮らしの延長上にある美術館という当たり前の空気がする。役所や病院に近い様な空間。これはこれで悪いものではない。芸術作品をどういう場所で見たいのかということになる。小田原でいえば、城址公園であるか、文学館や松永記念館のあたりか、あるいは一夜城付近か。それは芸術作品というものをどうとらえるかで変わってくるのだろう。私は一夜城あたりで見たい。改めて出掛けてみるのだが、広々とした自然の空間がある場所。いわばMOAの美術館があるような場所である。

ついでに言えば、アンデパンダン展の絵には少々がっかりした。ありきたりの公募展と変わらない。無審査を長年行ってきた結果、公募展に引きずられて、精神の独立と自由を失っている。他にはこれはないという面白いものもあったが、大半は公募展作品である。公募展の呪縛が、アンデパンダン展に及んでいる。公募展と何が違うのか、明確な意識を失っている。「水彩人展」は独自のものを目指している。いまだかつてない展覧会を目指す。そうでなければ今さらやる意味が無い。水彩画という絵画を何としても確立する。アクリル画や日本画とは違う、水彩画というものを探求する。水彩画には、発想の原点を直截に示す。いわば脳のメモのような表現がある。大げさな装飾美を排除した、イメージの原型にたどり着く様な表現がある。大半の水彩画が、亜流の油絵であったり、日本画であったりするのでは、水彩画の本質的なあり方を、見失っていると言わざる得ない。
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開成町グリンリサイクルセンター

2012-03-28 04:49:12 | 暮らし






開成町の剪定枝の堆肥化施設を見てきた。県のホームページによると、平成12年度より「環境に優しい町、資源循環型都市」を基本方針とし、一般家庭から出る「生ごみ」「剪定枝」を「廃棄物」としてではなく有効な有機物資源(未利用資源)と捉え、これを「たい肥化」し生産された、たい肥を農業に有効利用することによって、「ごみの減量・再資源化」と「資源循環型社会の構築」を図ることを目的として始めた事業で現在実験中。とある。その後12年が経過し、現在どうなっているかを見てきた。いぜん、開成町に正式に見学の申し込みをしたのだが、現在見学を休止しているということで、しばらく待って欲しいという事であった。見学に行ったと言っても時々この前を通る。別段いつも通り受け入れも、堆肥の販売もしているので、入れない訳ではない。このすぐ隣で田んぼを仲間がやっている。苗代もここで長くやっていたので良く良く知った場所だ。

ともかく、センター長という方にお会いして、見学の事を伺ったが、町役場で駄目だと言っているなら、無理でしょうと言うことだった。しかし、普通に営業しているのに、何故駄目なのかが私には当然分からないし、センター長も不思議そうな顔をしていた。酒匂川の土手の上である。宝永の噴火で飛んできた火山灰を集めて作ったというちょっとした高台である。そばに人家がなく、絶好の場所である。一番近い施設が、300メートルほど離れた、高台病院である。河川敷が広く広がり、風の吹きぬけも良く、臭いもこもらないだろう。景観の素晴らしい所だ。丁度地元の方が、ケイトラ一杯檜の枝を持ち込んでいた。普通の焼却場と一緒で、秤に乗って、重量を計り、おろしてゆく。現金を払うようではなかった。制度につては、聞くことが出来なかった。降ろした剪定枝は写真のように、機械でチップ化のコンベアーに順次乗せている。

最初の写真のあたりに、コンクリートのマスが6つほど並んでいて、そこでチップの切り返しをしている。全体で、4人ほどでやっているのではないか。機械はユンボのようなものが2台。それとチップにする建物と機械。年間、480トンの剪定枝の処理と書いてあるが、毎日、2トン位の施設か。出来る堆肥が200キロぐらいか。県の資料では、480トン入れて、152トン堆肥が出来るとなっているが、どういうことだろう。この計算間違いだろうか。4人が働いているいるように見えた。その人件費を考えるとかなりの負担であろう。似たようなことを民間事業者がやっているが、そう言うものと比較して、採算性はどうなるだろうか。民間でも堆肥の価格が採算ベースで絵は高いものになり、利用者がなかなかいないということがある。炭素循環農法では、こうした剪定枝を堆肥にせず、生で使うらしいので、研究の余地がある。

小田原では、すべての剪定枝が燃やされている。だいたいの地域がそうした処理法を取っている。堆肥化を藤沢市ではさらに大規模に、家畜の糞尿処理を含めた堆肥化がすすめていたが、3年ほど前経営破たんした。原因は堆肥化の方法にある。剪定枝に生ごみや、家畜の糞尿を混ぜた場合堆肥は高温化する。高温化する場合堆肥化技術が重要な要素になる。大抵の施設は、施設の老朽化が早まり修繕費で行き詰まる。中国では、ただのコンクリートの床だけの施設がある。鎮江市のお酢の工場での廃棄物を堆肥にする施設である。除雪車の歯を逆に付けたような車でかき回すだけである。実に合理的な方法であった。話は少し変わるが、ここでの放射能の調査が、10ベクレル以下の不検出に成っている。少し信じがたい数字である。剪定枝そのものは1ベクレル以下ということという事になるが。地域差ということになるのか、疑問がある。
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湯河原:早藤農園

2012-03-27 04:00:11 | 地域
小田原有機の里づくり協議会の研修で、湯河原:早藤農園へ伺い、早藤さんのお話を伺った。早藤さんの先代に当たる方が「黒砂糖・酢農法」葉果面散布で完全無農薬早藤巌 著 農文協発行である。以前からお名前は伺っていたので、一度は行きたいと考えていた。今回協議会の研修と言うことで、お訪ねすることが出来た。しかし、残念なことに農園が見れると考えていたのに、倉庫のような所で話を聞くだけだった。この理由は今もってわからない。見学に行って話だけで終わりなら、本で読めばいいだけの事だ。何故見せてくれないのだろうか。お父さんの巌氏は現在90歳になられたそうだ。黒酢農法の本を読むと、稲作の事も書かれている。稲作は今は止めたそうだ。湯河原で田んぼは見ない。平地はすべて住宅に変わったのではないだろうか。早藤さんの事を伺ったのは、昨年の有機果樹栽培のシンポジュームの席である。九州のみかん農家の方から、小田原なら近くに早藤さんが居るではないかと教えられたのだ。

みかんは小田原では有機栽培は出来ないと考えて来た。何年かに一度ある寒さで、まるで枯れたように痛めつけられる。弱った所にソウカ病が取りつく。ところが、寒い所の方がうまく行くはずだと言うのが、九州の方の意見だった。寒い方が病気が出にくいと言うのだ。信じられないで今もいる。寒い方が病害虫が少ないというのは、一概には言えないと思う。みかんに向いた環境でなければ、自然に従う農業は難しいと考える方が普通だ。小田原で有機農業でみかんを栽培されている人もいる。しかし、納得がいく状態ではない。木の様子がもう一つである。元気を感じない。元気のない樹から良い作物が出来るとは思えない。そう言うこともあって一度は早藤さんのみかんの樹が見たかったのである。しかし、今回お話を伺うだけで肝心のみかんの樹を見ることが出来なかった。実はもう一度湯河原まで身に行った。探したがやはり場所が分からなかった。農業を知るために話だけではどうにもならない。だから、笹村農鶏園では週に一度火曜日は見学日にしている。

後継者となった義則氏は果樹園だけでなく、湯河原の町おこしの方でも活躍されているようだ。朝市を何十年も続けてこられたそうだ。この朝市の話は、実は力石さんから聞いていた。力石さんはその昔、農の会の野菜や私の卵を宅配してくれていた人だ。旬彩ネットワークと言うものをやられていた。田んぼを何年か一緒にやったこともある。義則氏の話は聞いていたことになるのだが、つながらなかった。その意味では、農の会の顧問である石綿利久氏が40年前学んだ人が、早藤さんだった。そう言えば時々、島本酵素農法に最初は取り組んだという話をされていた。早藤農園では島本酵素農法は今はされていないそうだ。島本から購入する資材が、有機基準の承認を得られないということらしい。だから購入資材で基本的な所を依存をすることはまずい。

以前とは農法はだいぶ変わったという事だ。堆肥を中心にした農法らしい。堆肥農法であるなら、笹村農鶏園の考えと近い。良い堆肥を作るという事が大事と言われていた。堆肥は毎日魚のあらを20キロ取りに行くと言うから、相当力を入れている。馬糞が手直に入るので毎日。魚のあらも毎日20キロ。おから、米ぬか、樹木チップ、落ち葉、ジュースの絞りかす、摘果したみかんなども活用しながら堆肥をつくる。反当たりで300キロ投入。そう多くは無い。入れ方は、土壌表面へ散布。それなら私のやり方とそうは変わらない。いよいよ堆肥が見たくなった。樹が見たくなった。馬を飼っている所を探せばわかると考えた。早藤さんの家を訪ねる度胸がなかったので、馬の所へ行き堆肥だけでも見せてもらおうと考えた。ところが湯河原で馬を飼っている所を探せばすぐわかると思ったのだが、馬を飼っている所が、いくら探しても分からなかった。
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ギャンブルにはまる人

2012-03-26 04:09:33 | 身辺雑記
ギャンブルにのめり込む人の脳は、先天的な特徴がある。まさに私はこれだと思った。京都大の高橋英彦准教授(精神医学)らがこの原因の仕組みを見つけたらしい。ストレスを受けたときに何かの物質が出るらしい。脳内の情報伝達物質を回収してしまう「取り込み口」が多かった。これだけでは何の事だか良く分からないが、多分、素人解釈で言えば、「ドキドキ感に習慣性があり、ギャンブル中毒になるタイプの人は、先天的である。」ということではないか。私自身がはまりやすい人間だという、自覚があるので少し想像できる。そのはまりやすい自分の心理がとても嫌だった。危うきに近づかず、で生きてきた。勝負事が好きだと言うのは、気が付けば子供のころからだった。これが先天的なものだという感じが自分なりに分かる。言ってみれば負けず嫌いの、手に負えない所を持つ人間だ。負けるということがどうでもいいという風に受け流す事が出来なかった。勝負事に勝つコツは、勝つまでやると言う事だそうだから、負けず嫌いというのが、取り込み口が多いい人に近いのか。

ゲームというものと、ギャンブルはほぼ一緒だと思う。依存してしまう何かがある。のめり込めば、中毒症状になる点では同じだ。ゲームに金銭をかけないと面白みが不足すると言う人が居る。将棋でもお金をかけなければやらないと言う人が居る。プロの将棋の棋士はまさにそういう人たちである。わたしの場合お金をかけたらば、絶対にやらなかった。それは、ドキドキでどうにもならなくなりそうで怖かった。同時にお金に絡むことが良くないという倫理観からである。これは、多分親の教育だろう。父親は商売人であったが、お金に対して清教徒のように潔癖症だった。だから、お金をかける人を、すでにのめり込んでしまっている手に負えない人と見ていた。そうなる自分の心理が怖かった。お金が怖いものだという事と、近づかないということできた。

ハマり込んだのが、ピンボールゲーム。やらないと居られなくなった。だんだん上手になって行くことが、面白くて仕方がなくはまりこんだ。サッカーゲームも結構はまった。くるくる棒の先の選手を回して、4人で戦うものだ。わたしの場合テクニックの上達にはまる。剣玉でも、ベイゴマで、メンコでもそうだった。養鶏でも一緒だ。黒チャボを作り出すということにハマった。らんちゅうにもハマった。洋蘭にもハマった。いまは自給生活にはまっている。自給生活が面白いのは、生活がかかっているからだろう。どうすれば、最小の労働力で、最大の収穫を得るか。どうすれば、90日生き続ける卵が作れるか。意味がある、価値がある言うより、そのドキドキにはまり込んでしまう。結局、絵もそうだ。自分が見ているものを、絵にしたい。この事にこだわってしまう。捉われてしまう。どうもこういうことは良いとか悪いとかいうより、のめり込む脳の先天的なものかもしれない。

ギャンブルに破滅する人と、うまくコントロールできる人が居る。実は、円高はどう考えても不自然なことだ。遠からず円安に振れる。こう考えて何度か書いた。書くだけではどうも真実味がないと考えて、外貨を購入してみた。短期間に1割以上の利益を得た。あぶく銭である。ハマるのが恐ろしい。後ろめたいからこれは相馬市の子供支援に充てる。お金というものは、手に負えないものである。農地の価格上昇など、農業者の人生を変えてしまう。土地の値上がりの方が、働くより大きいようでは、生き方が狂ってしまう。お金は無くても困るが、あっても困る。生きて行けるだけ丁度あればいいのだがこれが難しい。父は大学に入る時に、後は自分でやれということだった。その後、何とかここまで生きるだけのお金に困ることはなかった。そう言う時代だったこともある。ギャンブル脳をかろうじてコントロール出来たことが良かったのだろうか。
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有機の里づくり協議会の報告会

2012-03-25 04:11:56 | あしがら農の会
有機農業技術講演会の開催について(お知らせ)

1. 日 時  平成24年 3月25日(日) 10:00~11:45(9:30開場)
2. 会 場  生涯学習センター「けやき」 ホール
3. 内 容  有機農業技術講演会
第1部 事例発表(10:00~10:45)
① 「コマツナの有機栽培」       株式会社 報徳農場 田嶋 享
② 「水稲の有機栽培」         NPO法人 あしがら農の会 笹村 出
③ 「キウイフルーツの有機栽培」   有限会社 ジョイファーム 長谷川 功
④ 「小田原における有機栽培」    小田原有機農法研究会 石綿 敏久
第2部 講演「根圏環境と有機農業」について (10:45~11:45)
         明治大学 農学部 特認教授 佐倉朗夫 氏
4. 参加費  無料


今日のことになってしまったが。佐倉先生の講演会がある。根圏の事を話してくれる。土壌を考える上で、根と土壌の関係がどうなっているのかが、肝心なことである。特に有機農業を行ううえでは、微生物が作り出す、土壌の世界をどう感じるかが、農業者として一番大切だと考えている。土壌が豊かになる。土壌を育む。このことは植物にとってはどういうことなのか。このイメージを膨らませることが、自分の農業を作り出すカギだと思っている。有機農業にも様々な系列がある。100人100様の農業がある。それぞれの農業を作り出すカギが、今日の講演会にはあると考えている。

あしがら農の会では、私が「水稲の有機栽培」を報告させてもらう。話す内容のメモ。舟原で昨年行った栽培を具体的に報告しながら、稲作の有機栽培が難しくなく、どなたにも実現できる事をお伝えしたい。

○一番問題になる、雑草対策の事を話させてもらう。
8センチ以上の深水にすれば、ヒエは発芽しないこと。その為には平らな田んぼを作ること。稲は水没しても枯れない。田植え直後から一度も8センチより下げないと、分げつが取れない心配があるが、16分げつ程度で収量は8俵行く。

○コナギについては、トロトロ層を作ること。トロトロ層が厚くなれば草は減る。軟らかい土の層にコナギが埋もれてしまい、発芽しにくくなる。又機械的ななコロガシやチェーン除草効果が高まる。トロトロ層は微生物が何年もかけて作り出す。腐植質を増やす事が、重要なことになる。

○堆肥を入れる。緑肥を作る。藁を返す。堆肥は冬の間に田んぼに入れてやる。最初は、2トンは入れる。秋起こしの際に入れるのが合理的である。遅くとも冬の間に入れ、土壌と撹拌して置く。堆肥の肥料成分で稲を育てるのではなく、堆肥で土壌の微生物環境を改善すると考える。堆肥は土壌が良くなるに従って減らす事になる。土壌が良くなるの目安は、トロトロ層がどれだけの厚みで形成されるかである。

○堆肥の性格が重要である。堆肥は完熟したものを使う。肥料成分を重視するのでなく、腐植質の増加と考える。冬の間に良い微生物を土壌の中に増やして置くと考える。腐植質は耕作によって減少して行く、特に機械的なトラックタ―の過度の耕運は腐植質を分解して減らす。常に不足を増やす気持ちでいなくてはならない。

○田植え直後に、米ぬかあるいはソバカスを散布する。すると、これを餌として膨大なミジンコが発生する。田んぼによってはイトミミズの発生もある。そうして、トロトロ層が形成される。これがうまく行けば厚いトロトロ層が撹拌される。

○チェーン除草を初期2回、コロガシを1回行えばかなり雑草は抑えられる。

○お米は水で採るという。水の駆け引きがとても重要になる。土壌の性格、水の性格で一概には言えないが、初期水温を上げてやることが重要。○有機栽培では、初期生育が悪い。分ゲツの確保が難しい。分げつは、最終的にも16程度で8俵とれる。
○深水で貯め水で行う。入水口に水温の上昇するため池を作る効果もある。可能な場所では、干しを行わず、稲刈りギリギリまで水を入れて栽培をしている。

○穂が大きくなる。無効分げつを減らすことが出来れば粒張りも良くなる。

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社会保障と増税

2012-03-24 04:35:51 | 暮らし
現在の社会保障のレベルを継続するためには、増税が必要と言う意見が定着してきた。そして増税するためには無駄な経費の削減をしてからだということも、一応は言われている。無駄を省くのは当たり前のことで、増税とは関係がない。この議論の立て方の矛盾は、社会保障のこれからのあり方についての基本的な議論を避けている点にある。年寄りが増えているから、社会保障費が足りなくなる。こういう計算上の問題ばかりである。将来の社会において、社会保障や年金や医療がどうあるべきかをまず考える。自給生活もいつまでも出来る訳ではないだろう。せいぜい70歳くらいとして、後十年のことである。政府の福祉政策に一貫性がないため、公平性が揺らいでいることに原因がある。福祉政策は100年間ぐらいは、変わらないもので無ければならない。医療費が35兆円である。医療の世話にならないで暮らしているが、医療保険料は払わなくてはならない。それでも、医療保険料を感謝の気持ちで払えるかである。

収入のある年寄りに年金はいらない。無料の医療もいらない。月7万円の最低保障を行うのは良い。ただし、月収入が30万円以上ある老人には、一切給付はしない。簡単に整理することはできないことは分かっているが、年金をどれだけ積み立てたかを御破算にする。つまり年金の積み立ては掛け捨てだったと考え諦めるしかない。何とか暮らせる人には年金をもらわないでも我慢してもらう。幸せな社会のベースを再生することである。今日資本主義に基づく、競争社会が壊してしまった人間が交流しながら生きる社会。自給的社会をもう一度再生することだと思う。どうやって、思想、信条、宗教の異なる人間が、互いを認め尊重しながら、しかも一定の距離を保った連携が取れるか。互いに助け合う、新しい社会関係が見つからない限り、この先さらに厳しくなる国の財政は破たんする。

農業者は70歳の平均年齢と言われる地域が増えている。70歳の農業者が働いて行ける仕組みを考える方が、健全である。80歳までそれなりに働け得る環境を作れるなら、その方がさらにいい。ご近所の80歳の元気な農業者の方など、私よりよほど働く。それは、20歳の若者よりお年寄りの方が、その人のペースなら働けると言う事だ。昔からの農業のお年寄りは良く働くし、働ける。自分の家で昔ながらの暮らしをしているのだろう。最近、畑で見えないなと思うと、病院通いをされていると聞いたりする。はたしてそう言うお年寄りのように、地道に農業が出来る若者がどの程度いるだろうか。80歳を越えても何とか農業をして暮らしてもらえる、社会のほうがいい。お年寄りの役割があり、若者の役割があり、緩やかな連携が互いを生かすような関係。

社会保障を考えるときに、社会の再生が無ければ解決は無い。一言で言えば、新しい地域を作り出すほかない。そばに住んでいるとしても、暮らしのあり方はそれぞれにかわってしまった。昔ながらの農業主体であった時代の地域と言う考えでは、適合しないことが多い。孤立死、幼児虐待、を考えれば、個人情報保護と地域社会のあり方など、根本から見直しが必要であることは明白だ。先日、舟原は土砂災害危険地域の指定がなされた。なにしろ、同じ組内でもお名前も家族状況も分からない。電話番号も知らないし、緊急連絡先など当然知らない。この状況は極めて不安なことだ。しかし、今の時代ではプライバシーの事があるから、慎重にやらなくてはならない。その為、ハード的砂防工事が優先される。本来、里山の暮らしが存在し、山仕事、里仕事を重ねながら川を生かしながら、管理した。昔に戻れという訳ではないが、今度の震災でも人間の対応の方法が大切だということは良く分かった。
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楽な生ごみ堆肥法

2012-03-23 04:21:27 | 暮らし

雪の日の堆肥箱の様子。堆肥熱で雪が溶けている。つまり雨が降れば濡れる環境に置いてある。欠けてあるのは麻袋である。12月初めに開始した。剪定チップのみの基材で、ほぼ3カ月が経過し、40キロの生ごみが堆肥になった。発泡スティロール箱を2つ用意し、生ごみを入れる時に、箱ごと移し替える方式である。発泡スティロール方式は、2度目の実験だが、もっとも楽な、手抜きな方法を試みた。このやり方で自信がついたので、昨日生ごみサロンで紹介させてもらった。

生ごみを簡単に堆肥化できれば、家庭ごみの半分が無くなる。焼却炉も半分になるということである。ごみを燃やすということは、循環を断ち切るということである。避けなければならない。堆肥化の方法を誰にでも可能なものにする。日本のみならず、世界中で有用な技術である。小田原の生ごみクラブでは段ボールコンポストを中心に、1000人を越える人たちが、この堆肥化の技術の研さんに努めている。これだけ多数の人が熱心に技術革新を行うので、進歩は極めて目覚ましいものがある。暮らしかたが違えば、堆肥化の手法も異なる。室内で行う人と野外で行う人では、かなり違ってくる。冬場と夏場では、これ又大きく異なる。堆肥化技術の基本はあるのだが、それぞれが自分の暮らしに合わせて、工夫をしてゆく必要がある。

☆生ごみ堆肥化の整理  
1、 基本の管理の注意点
○温度計での測定。温度管理を身に付けることが堆肥化の要点。
○基材は多様に可能で、手近で手に入る基材を見つける。木質系は3ヶ月40キロは継続できる。
○毎日1キロまでが、1箱の限界の量。それを越える人は2箱必要となる。
○生ごみの性質や水分量は、各家庭で違うので、最適な水分量を身に付ける。
○かき回し方は、とても重要な技術。2箱全量入れ替え法は有望だが、女性には重たい。
○出来た堆肥の利用法を考えておく。

2、 野外置きでの注意
○雨に濡れないようにする。ビニールカバー程度で可能だが、天候により対応を変えた方がいい。
○猫や動物にいたづらされないように、コンテナ箱などカバーを工夫する。
○暖かい時期、虫が寄ってくるので、隙間の出来ない管理をする。
○日向の方がいいが、日陰でもできる。
○風通しがいい所の方が管理がしやりやすい。

3、 室内置きでの注意
○台所にあると、日常管理が楽である。 観察が深く成り技術が身に付きやすい。
○臭いの発生が気になる人はよした方がいい。
○ダニなどの虫が気になる人は、室内置きは避けた方が無難。
○アレルギーなど不安のある人も避けたほうがいい。
○虫の発生はやがいおきより、少ない。

4、   段ボール箱法
○もっとも管理のやりやすい手法である。
○段ボール箱が、生ごみの水分で底が抜けることがあるので、対応に工夫が居る。
○箱の隙間から虫が入り込むので、ガムテープの目張りは大切。
○自分の好みの交換段ボールをスーパーなどでもらえるようにする。
○冬は2重段ボールにして保温に努める。

5、 発泡スティロール箱法
○箱はほぼ永久的に持つ
○冬の温度管理が楽である。
○水分量が増えやすく、べたつくので、工夫が必要。
○2箱入れ替え法だと水分管理が楽になる。
○隙間が無いので、虫の発生が少ない。

6、 冬場の管理
○温度が上がらない場合は、米ぬか、油かす、廃天ぷら油、等を加える。
○湯たんぽなどで、温度を上げてやる。 毛布でくるむのもいい。
○水分過多、かき回しかた不足、などで温度が上がらないことがある。
○水分不足で温度が上がらないこともままある。
○冬は発酵は遅いが、20℃程度あれば発酵が進んでいる。
○2重段ボール、発泡スティロール箱は冬に向いている。

7、   夏場の管理
○春になると、虫が増えてくるので気おつける。
○スイカなどで、生ごみ量が1キロを越える日がある。細かく切って、 よくかき回す。
○温度管理は楽になる。
○基材の交換時期に気おつける。

8、   虫対策
○臭いが虫を呼ぶので、臭いを出さない。臭いには、えひめAIのスプレーが効果的。
○生ごみは必ず虫を集めるので、ながしでも注意。
○箱の小さな隙間からでも、虫が入り込むので、
○虫をあまり毛嫌いしないこと。
○乾き過ぎも、ダニの発生につながる。
○ダニは、米ぬかから来ることがある。

9、   出来上がったたい肥
○1カ月から3カ月で堆肥は出来上がる。
○1箱で30キロから100キロまでの生ごみの投入が可能。
○出来た堆肥は1カ月ほど寝かせてから利用する。
○土と堆肥1:1で1カ月寝かせておくと確実。

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土砂災害警戒・特別警戒区域指定

2012-03-22 04:19:59 | 暮らし
11月17日付の回覧で舟原地域が土砂災害警戒・特別警戒区域指定にされたということである。4ヶ月経ちやっと昨夜、久野区民会館で神奈川県と小田原市から担当部署の方がが見えて、説明会が開かれた。このブログでふれた事だが、すぐに小田原市の防災対策課にお願いに出掛けた。災害時に重要なことは、ソフト面であるので、情報整備を緊急に進めて欲しいということである。一つは、避難場所が一般に公民館ということになっているが、舟原では川沿いの警戒地域に公民館があるので、とても逃げることが出来ない。フラワーガーデンなり環境事業センターを一時避難所に当てる。考えはないのか、聞いた。以前からここに、防災情報機器を備え、小田原市の防災センターの、準備施設にしたらいいという考えを持っている。もう一つが、地域の連携こそいざとなった時に一番大事である。どうやって情報の準備をして行けばいいかである。

全く、その気がなかった。「その内説明会があるから待っていろ。」だった。その若い担当も見えていて、同じ質問が出た。ところが、皆さんが進めることです、というような、他人事のような対応で怒りをかった。「法律が出来て発表するまで、行政がソフト面で何もしてこなかったというのは、おかしいのではないか。」こういう意見が出て、謝罪する事態になった。質問して分かった事だが、今回の指定は川に関する「土石流災害」だけを調べたものだ。そのことはなにも書かれていなかった。がけ崩れについては、調査をしていないということである。舟原地域では、土石流よりもむしろ、がけ崩れが不安だ。調査がまだないとすれば、法律の目的がまだ途中ということになる。そのことは記載する必要がある。雨量計の増加をお願いした。和留沢付近あるいは明星岳付近の雨量情報が、小田原土木菅内情報に掲載されるようになれば、久野川の様子が一段と把握できる。

土石流が起こる原因の一番は、山の管理が十分でなくなっていることにある。この事も質問が出た。近年日本全体で土石流が増加している、原因を温暖化から来る自然災害とだけ位置付けている。山の管理について一言も触れていないことは、手落ちである。山が十分に手入れされれる事。自然の循環が可能な社会を目指さなくてはならない。ただハード面から砂防ダムを作るだけではだめだ。今のところ考えていないという頼りない回答だった。もう一つが、住民の災害時の対応である。全国の山村が高齢化し、いざという時の対応が機敏に行われにくくなっている。舟原でも、私の組では、どういう方が、何人暮らしているかすら把握できない。これをどう進めるかも、プライバシーの問題もあり個人が動くのも難しい面がある。行政と連携してどういう体制を作り、どう情報を管理するか、重要なはずだ。これについても小田原市の若い担当に相談したのだが、「自分でやることでしょう。」という返事だった。

確かに行政頼みにしていても、始まらないことではある。この機会に、地域で防災対策を住民自身が動き出す必要がある。避難所を決め、情報を整理して、連絡網を決め、避難訓練を行う。避難訓練にあたっては、全体の人数把握が出来なければ、訓練にもならない。歩ける人だけではないだろう。舟原には適切な避難所が想定できない以上、諏訪ノ原の方に逃げるしかない。1キロぐらいは大雨の中歩かなくてはならない。お寺は協力してもらえるのだろうか。あるいは火葬場はどうなのだろう。実際に土砂災害が起きて、家が埋もれた場合、その中に人が居るのかどうかが分からないようでは、救助すらできない。年に1回ぐらいは最低でも避難訓練を行った方がいい。崖崩れ災害については、行政の調査は当分ないということなので、独自に専門家に見てもらうということもあるだろう。
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谷戸田の放射能注意

2012-03-21 04:24:03 | 環境関連
国民は、私はと言った方がいいのかもしれないが、政府と報道機関にとことん愚弄されている。原発事故以来の情けなさは、そのことに行き着く。政府が愚鈍で、その上福島の命を切り捨てたために、こんな事態に立ち至ったという以外にない。この間報道はまるで戦時中の報道機関と同じく、大本営発を垂れ流したように見えた。正確に検証する必要がある。ところが案の定政府は、公式な記録を捨ててしまった。あるいは、記録していなかったと恥をさらしても、証拠隠滅を図った。報道機関に至っては、報道しなかったことによってパニックを回避できたというような、驚くべき自己満足に到っている。東電が逃げようとしたのか、しなかったのか。こうした肝心なことが不明である。その結果誰も逮捕されたものが居ない。農業分野で考えてみれば明らかで、農水省や政府の指示は、まるで後手後手で、何の役に立たないばかりか、被害を広げた。現状でも農水省の指示は、羹に懲りてなますを吹くのとおりで、全く耕作するものの迷惑など理解も出来ないようである。

稲作においても、5000ベクレルの土壌では耕作禁止というような、科学的根拠も乏しい考えを、繰り返すだけである。もみ殻クン炭がどうなるのか、こういう事を問い合わせると、駄目というだけで根拠がない。官僚は小賢しく自己保身にだけは、素早く頭を働かすから自己弁護の用意だけはしている。その結果、現実に今年の稲作に置いて、どういう対応が必要で、何を注意すればいいのかなど、全く見解の発表はない。カリウムを沢山蒔けばセシュームの吸収は減ずるだろうという、一年前の根拠のない予測に寄りかかったままである。もうそういう考えだけではどうにもならないことは、一年間の耕作で、見えてきている。しかし、今出てきているいくつかの対策も、あくまで学問的に言えば推測に過ぎない。しかし、農業者は今年も作付をしなくてはならない。いよいよ始まる稲作の季節を前に、何をどう考えればいいのか、その材料が提示されない状況にある。尋ねれば駄目と言われるばかりなのでもう聞かない。

放射能の総量は予想以上の速度で、流れ出て行くようだ。だから安心とかいう意味ではない。水に混ざって流れてゆく経過に注意すべきということ。田んぼでは、今年の方がリスクが高まる可能性もある。それはごく微量のセシュームが水に溶けて、継続的に田んぼに流入する恐れだ。この点水から直接セシュームを吸収する水生植物は、畑の作物とは違う。セシュームが広大な面積の山の、杉檜の葉や表皮に取りついたことは分かっている。植林の測定では表土以上に葉と表皮にあることが分かっている。常緑樹の葉や表皮が落ちるのは、1年から3年である。去年以上に放射能を含んだ落ち葉が降り積もる可能性がある。そして温度が高まる、夏に向かって腐植が進み、水に溶けだし、川に流れだす可能性がある。これが素人の杞憂に終わればいいのだが。情報を集めて予測して身ると、この悪い予測が当たる可能性もないとは言えない。放射能に関して素人であるから、私の予測など、当てにならないでくれればいいのだが。山に近い田んぼでは不安がある。

谷戸田は注意しなければならない。玄米に置いて、昨年以上になる可能性があるとして、できる限りの対策をしたい。当たらないで欲しいが、この不安に取りつかれている。対策の第一は、流入する水を気おつけることである。7月8月が要注意。穂を太らす時期に、一気に放射能を集める可能性がある。大雨の時とその後数日は、田んぼに水は入れない。水は出来る限り辛い管理にする。浅根にならないように栽培することである。例年より少し深く耕す。表土に栄養分がたまることもあまりよくない。表土に広がる浅い、水根的な根は直接水から、セシュームを集める。流入口にゼオライトを置く。もみ殻も効果があるようなので、入水口に溜池など作り、一度もみ殻をくぐらせて入水させる。本来なら素人考えなど、書いている場合ではないのだが、不安にさいなまれ書かずにおれない。

昨日の自給作業:籾洗い、苗代準備 苗土準備 5時間 累計時間:16時間
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結果主義

2012-03-20 04:57:18 | Peace Cafe
結果主義でなければならない。結果を想定してそこへの道を考える。道筋が見えないことも多いのだが、方角を定めてそこに向かう。鶏を飼っていれば、それが当たり前の日常である。卵が悪くなれば、必ず原因がある。まず考えるのは、この1週間の餌である。だから毎日卵は食べるし、10個近くは割ってみている。卵が良ければ、餌の状態も良い。結果、鶏の状態も良い。すべての結果は原因がある。良い結果を期待するなら、結果に連なる良い原因を作らなければならない。笹村農鶏園では発酵飼料を使う。蕎麦ぬかに様々なものを混ぜて、好気性発酵をさせる。おからに蕎麦ぬかを混ぜて、嫌気性発酵をする。これを餌にする。その結果の卵がどれだけ長く生きているかが、結果である。生命力の強い卵が良い卵である。命を考えればそうなる。有機農業の基準が、やってはいけない事ばかり示しているのは、結果軽視で食べ物としての意味が無い。生産された作物の生命力の強さを判断材料にすべきだ。

政治の事を考えている。瓦礫処理も片付けるという目的より、世論操作に利用しようという意図の方が先になる。正義をかざす建前主義が支配している。原発が破壊したら、原因がある。原因を明確にすることが第一義である。それを究明できないで続ければ、もう一度爆発をする。日本の財政は破たん寸前の借金まみれである。これは深刻な結果である。まず、原因を究明して、借金を無くすという事に進まなくてはならない。どう説明するのも構わないが、借金を減らすという結果を出さなければ、財政破たんである。年金と税の一体改革というが、その為に国の借金が増えるようでは改革どころでない。偽りの正論を述べて、複雑系に持ち込み、国民を欺く。これが政治の手法になっている。確かに日本一国で解決できないこともままある。しかし、結論は単純に借金を減らせたかどうか。そう言う結論になるかである。その為の手が打てているかである。その道筋すら示せないのが、今の政治状況である。

沖縄の基地問題では、沖縄が明らかに負担が大きい。沖縄の基地を縮小することが結論である。後はその結論に向けて、動くだけである。出来ないなら、政治が機能していないという事だ。小田原の加藤市長は、自らの公約の85%を結果を出したと自己評価している。この自己評価は、結果を問題にしていないということである。建前を公約にして、建前に85%触れたということに過ぎない。具体的に言えば、地域の再生。もっとも重要な課題である。何も具体的な結果は出ていないので、達成率と言えば、ほぼ0というのがわたしの採点である。確かに、正論は述べた。建前の範囲では地域も動いた。それだけではないだろうか。それで成果があったとしてしまう甘さが、今の政治を良く表している。きれいごとを述べただけが現状である。泥まみれで現実を変え、結論に向け動き出す行動が無い。こうした政治家の姿が、日本の行きずまり現象を深刻にしている。

野田政権が立派なことを並べた時に、もう少し見て見ようと考えた。ところが、現実を変える力量がまるでない。うわべの正義が空しく響く。TPP加盟問題でも、現実の結果という点はまるで逃げていて、何が目標なのか表明が無い。グローバル企業とアメリカに言われたことに従っているという、流されている状況以外でてこない。今結果主義での登場が、橋下市長である。そこで期待感が集まり始めた。大阪市で結果を出してからのことにしてもらいたい。神奈川県では、黒岩知事が太陽光パネルを推進している。問題はどれだけ他所の件より早く進んでいるかである。足元に戻り、どういう結果を出せるか。政治はすべては結果である。地域が変われば世界が変わる。人間の暮らしが変わらなくては、地域は変わらない。暮らしを変えるのは、段ボールコンポストだと考えて、堆肥をかき回す。
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土づくりの成功 2

2012-03-19 04:19:02 | 自給
山の果樹畑であった所を畑にする場合。土のバランスがくずれていることが多い。これは杉檜の植林の林であった所も、似たように考えていい。土壌の微生物が偏っていると推定される。麦畑からスタートするといい。麦の生育の状態を見て、畑全体の土壌の歪みを判断をする。果樹園は傾斜地が多い。傾斜地の場合周囲の地形いの影響がある。地中の水の流れに着目して、土づくりを考える。土壌に水を遮る部分が存在し、地下水の川があるイメージ。これを時間をかけて直してゆく気持ちが必要。果樹の根を取る時に土を上下に掘り返さないこと。畑にした後も、木があった所と、そうでない所では、変化が大きい。強い雨の時に畑に川が出来て、表土が動くようでは、土は良くならない。作物、あるいは草で表土が常に覆われている状態にする。いずれの場合も、表土が出ている期間は出来る限り短い方がいい。藁でマルチをしたりするのはいい。

耕作を続けると、3年目あたりから土に粘りが出てきて、表土が流れにくくなる。団粒かが出来るというらしいが、鍬を一畝畝立てする時間が半減する。果樹園は長年除草剤を使ってきた場合が多い。自然の状態の土壌とは、かけ離れている。どのような草が生えているかを観察する。大抵の場合偏っている。ゼニコケ等の苔が案外に多い。見たこともない外来種の草が出て来ることもある。除草剤がかけられても生き残る植物である。この偏りが無くなるまで、土壌が改善されたとは言えない。腐植を増やして行く。麦は根も深く入り良いもんだが、緑肥作物を夏場作ることから始めると良い。落ち葉がそばで手に入るのであれば出来る限り、落ち葉堆肥を入れてやる。良い堆肥の効果は1年間は続く。そして腐植を増加し、土の中の生物生息環境を改善し、微生物の土壌の改善を手助けしてゆく効果がある。

やはり堆肥を年間2トンは入れて、麦が300キロ以上取れるようになるまで繰り返す。雑草は少なく偏っているので、麦の後に緑肥作物を作るのは良い。麦藁もたい肥にしてから畑に戻す。夏草を生やし、刈倒すを繰り返し、腐植を増やす事を3年間は第一目標にする。2トンもの堆肥は多いい、と思われるが、転換して行く際は使う方がいい。5年間は作物を作りながらの土づくりである。土づくりの基本は、腐植を増やすということに尽きる。腐植が充分発酵した良い完熟たい肥であれば、土の状態が変えて行く、堆肥の中の、畑を良くしてくれる微生物が、土地を良い方向に作る導入剤のような役割をする。良い堆肥を作ることが重要となる。良い堆肥とは、良い微生物が充分に、生死を繰り返したものである。堆肥は腐植質の増加になる。畑の微生物の導入剤のような役割をする。

堆肥は自分で作ることである。購入した堆肥は、他所の環境で育った微生物たちである。堆肥の肥料成分や、C/N比以上に自分との相性がある。どうしても購入するのであれば、同じものを繰り返し使い、自分の使い具合を獲得しなければならない。堆肥づくりは、作物作りと同等に重要なことだ。笹村農鶏園では、それを養鶏場の中で鶏と一緒に行う。だから、農鶏と呼ぶことにした。養鶏場に、稲藁、麦わら、落ち葉、剪定チップ、植物残渣、乳酸発酵おから、等を入れる。養鶏場の床を良い状態にする。良い状態とは、しっとりしていて、堆肥の匂いが充満し、アンモニア臭が少ない。表面は鶏糞で固まっていれば、それを剥いで、出来るだけ細かく撹拌しておく。それを何度か繰り返し状態が良くなったところで、運び出して1カ月ほど袋詰めして寝かしておく。この状態であれば、畑の都合で日にちを空けることが出来ず、作物に追肥として直接まいてやることになっても、作物によいものになる。

昨日の自給作業:一連の堆肥づくり合計2時間 累計時間:11時間
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炭素循環農法

2012-03-18 04:20:20 | 自給
書かない方がいいことである。しかし、性分というか、頭に浮かんだ事はやはり書いておく。3月10日に二宮の中村さんが主催して、エンドファイトの講演会があった。50人位の人が集まった。中村さんの長年の地道な活動が作った仲間なのだろう。炭素循環研究会の人が多いらしい。茨城大学の農学部の準教授が講演をした。二宮のラディアンで午後1時始まり、夜の8時まで聞いていたのだから、随分長い企画である。エンドファイトとかいう微生物の話が中心の話題だった。中村さんが時々この言葉は言われてはいたが、微生物の事だと今回初めて知った。多分エンドファイトと炭素循環は繋がっているのだろう。この農法について、この機会に少しでも疑問が解消できればと聞いていた。結論としては、申し訳ないが私には合わなかった。農法というものは、生き方である。自らが正しいと名乗るような断定的な農法には、気持ちの開きがある。

講演者はカナディアンロッキーが素晴らしいと感じるそうだ。私は竹林の中の澄んだ感じが好きである。それぞれの理由がある。農法は競争ではない。各々の思想哲学である。良い農法は何千年の歴史の中で育てられている。新しい視点で考えることは大切だが、何十年繰り返してみなければ、決定的な判断など出来ない。一時もてはやされ消えていった農法は、数多い。何も言わないでも、良い農法は定着する。「話の途中でも、何でもいいので質問を出して方向を変えて欲しい。」初めに、講師の人が謙虚に言われた。真に受けて質問をしてしまった。有機と無機の炭素のあり方を質問をした。炭素循環農法という以上、そこに何か思想があるのかと思った。「そう言うことはどうでもいいことです。」この断言解答には正直がっかりした。中村さんのフォローの意見。「炭素は命に連携する。」これは興味深い意見だった。根圏の微生物に着目するのは大切なことだ。エンドファイトだけではなく、もう少し総合的に考えてみる必要がある。

エンド・ファイドという微生物だけが森林世界を作っているはずがない。植物を支える土壌や根の周辺には、様々な生き物世界が広がる。無限の世界が広がっていると感じたい。ある微生物だけを取り上げてそれさえ着目すれば、すべてが理解され、解決するというような考えは危険ともいえる。あくまで、エンドファイトという微生物に着目して考えた、一つの側面というに過ぎない。生き物には意味のわからないやつもいる。迷惑な奴もいる。そしていくらか役に立つ奴もいる。土壌中の微生物は人間の為に存在する訳ではない。土壌の中の世界のイメージは、世界観であり、宇宙である。より広く大きく広がる、豊かな思想でありたい。何ひとつ特別なものがないというのが私の土壌世界観。農業に有用であるとか、無駄であるとか決めつけることは、次元の低いことになる。特定のものを抜き出して、特殊な状態を作ることは、必ず問題が起きる。これは殺菌する思想に繋がる。

あくまで人間が出来ることは、自然に対する手入れである。自然の持つ循環を邪魔をしないように、暮らしの生業を織り込ませてもらう事だ。足るを知るために、農業をおこなう。技術はとても大切であるが、100人が100様の自分らしい技術を育てる方が楽しいし、大切である。農業はその人らしい、美しい空間が出来るから楽しいのである。深く生きるための農業技術。その自らの技術を育てるためには、一人ひとりが、個人としての思想を育てながら、考え方を広げて行けるような大きな土台がいい。どれほど、まだろっこしい農法であれ、その人らしく暮らして行ければ、最善であり充分な農法である。わたしなりの土づくりがある。それは私の育てている行動であり、生き方であり、思想である。これだけが正しいなど全く思わない。あくまで、ひとつのやり方である。
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何故か、円暴落とは言わない。

2012-03-17 04:00:56 | Peace Cafe
ドルが、60円台から、80円台に変わった。ユーロも96円から109円にまでなった。何ヶ月の間のことである。不自然すぎる事態である。貿易赤字が問題視されている。これほどの、乱高下では企業は日本一国に立脚することは不可能であろう。日本は1960年代中盤までは、貿易赤字国であった。そのことが日本の成長にはいい事だと言われた。又その通りにその後の高度経済成長の背景には、長い間の貿易赤字状況が存在した。その頃も、何故赤字が国力の増大に繋がるのかと、すっきりはしなかったことは確かだ。今の時代の赤字の要因は大きく3つ。「円高」による製品輸出の減少。同時に「円安」による原材料や燃料の高騰。かつて日本企業と思われた、グローバル企業の製品の輸入増大。言いなおせば、日本企業の海外生産製品の逆輸入の増加。もう一つが燃料価格の高騰。原油が高騰しているうえに、原発が停止して輸入量も増加。さらに東北大震災やタイの洪水による国内生産の停滞、休止。

震災の復興特需から考えれば、今年から来年にかけてかなり経済は回復するだろう。株は一気に20%も上昇したが、まだまだ上昇する。1万3000円まで行くだろう。19兆円とかいう巨額の財政的投入を行い、1,2年は様々な形でで経済が動き出すだろう。しかし、2年後あたりからマイナスの揺り戻しを予測しておいた方がいい。赤字問題と併せて考えれば、復興に伴う輸入もさらに膨らむと考えておいた方がいい。次に円高も円安もあくまで一時的なものであり相対的なものだ。まだまだ、下がってくると思っている。「なぜ円高なのか」を考えればそうなる。日本経済が近々に良くなるとは思えないので、下がるときが来ればさらに下がるだろう。となると、いよいよまずいのが、燃料輸入の増大である。これが多くの企業家が原発の再開を言いたくなる原因だろう。

根本から言えば日本の製造業が、普通の国の普通の形に落ち着いてきたということだ。貿易が赤字と言え、貿易外収支から言えばまだ黒字である。特に産油国以外との関係から言えば、まだ輸出超過である。江戸時代においても、さらに明治以降の日本の国際化、そして戦後の復興と輸出立国。この背景には、ごく一般的な日本人において、たぐいまれな観察力とそれに基づく調整能力が存在した。すべては水田耕作にも続く水土文化である。それが失われてしまった。その失われたものは、学校教育とか、社会教育とか、いうようなものでは到底補うことはできない、深刻なものである。教育はせいぜい体験学習どまりである。暮らしの基盤が失われている状態では、人間の能力が育つことは難しい。どうすれば日本人の基本的能力を育てられるか。この事を考えることが根本。

農業と食糧輸入がある。円高になれば少々の生産性の改善など、一次産業では忽ち吹っ飛んでしまう。原油が高くなれば、ハウス栽培でも採算性が取れなくなる。これは工業製品以上に影響を受けるものとなる。10%の生産性の向上は自然に従う一次産業的ではに緩やかにしか出来ない。飲み屋のワタミが、介護では成果を上げたとしても、農業分野ではイメージ作りだけである。「イオングループも農場とスーパーを結んで」と言うようなことを言うが、イメージ作戦の規模でしか農場は無い。宣伝費で運営されているのだろう。農産物もこのままでは、日本企業のグローバル企業が海外で生産したものを日本に輸出する形が、さらに大きく出て来るだろう。企業が国を跨いでリスク分散するように、国の経済も、この為替の変化からどのように逃れればいいか。私は生活者として円安になることの方が、素直に心配である。
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