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まず小田原に来た翌日、早速に溜池の工事をおこなった。準備段階で石垣から連絡を取り合いながら、何とか資材の用意をお願いしていた。13人の人が集まり、集中して作業をした。石垣に沿って土を盛り上げて、その高さまでは水が石垣の隙間に漏れて行かない状態に工事を行った。
何度か溜池では石垣の穴にモルタルの目地で詰めるという事をしたのだが、それでは水漏れが止まらないところまで、穴が開いてしまった。石垣の中は空洞が相当にあると思われる。なかなか水漏れを止めるのは難しいものだ。そこで一定の高さまで土を盛り上げてしまう事にした。前から石垣際は浅かったから、可能だと考えた。
少なくとも土を入れた高さまでは水位が保てるようになるはずだ。盛り上げた土の量は2トンダンプ2台分。その土をネコで運んで、溜池の下でセメントを土に混ぜながら積み上げていった。泥セメントである。前回も上下の溜池のダムを泥セメントで固めたのだが、水漏れは上手く止まった。
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今回はもう少し場所を広げて、工事をした。人数がいなければできない工事だったのだが、平日にもかかわらず、13人も集まってくれた。仕事を休んできてくれた人までいた。おかげで午前中に終わることができた。何しろ、午後雨の予報である。雨が降れば土が濡れてしまい、運ぶことも、工事も困難になる。
全力で午前中に工事をやり切った。午後は予報どうりかなりの雨になった。みんなで気持ちをあわせて、協力するという事は実に爽快なことだ。こういうことが可能なのは、この工事が誰かの利益という事ではないというところにある。久野に人が集まり始めた江戸時代初期の農業遺構、元治の舟原溜池を何とか守ろうという事だけが目的だからだ。
農政課がダンプ2台の土とセメントを10袋現物提供してくれた。有難いことだ。それがなければできない。こちらには一切予算がある訳ではない。里地里山協議会のボランティア活動という事なのだ。この溜池の再生は小田原での最後の仕事だと思っている。上手く完成まで持ち込めるところまで来た。
溜池の掃除から始まり、10年がかりである。後世に残れば、未来の小田原の大切なものになると考えている。久野の傾斜地に、棚田が作られた時代。そしていまそれが終わりを迎えようとしている。溜池と棚田が具体的に生きたものとして、見える形で残されることが、久野の昔の暮らしを考える起点になると考えている。
29日には味噌の仕込みを行った。諏訪の原のマゴノ森で大釜2つで行った。前日の午前中が大豆洗い、大釜の設置という準備作業。準備にも10人以上は集まった。いつもそうなのだが、味噌の仕込みは前日準備がかなり大変なのだ。ここでもみんなが積極的に準備をしていた。私が小田原を離れて、自主性がずいぶん増している。
翌日のいよいよ仕込みは朝早くからやるとは思っていたのだが、6時に行ったときにはすでに大勢が集まっていた。10人以上いただろう。これも昔とは違う。誰もが自主的に集まり、やる気満々である。この空気が懐かしい。何か気持ちが朝からはやる。
朝の内からどんどん集まり、80人にはなっただろう。早速にみんなが自分の敷物を敷いて、味噌を仕込む場所を作った。さすがに広いマゴノ森だけれど、かなり森の中全体が人であふれたのは壮観だった。私は車の中で味噌を仕込んだ。この方がだいぶ楽だ。
大豆は11時ごろには煮あがった。それをみんなに配るだけで、1時間はかかった。すべて渡部さんが一人でやり切った。すごい体力である。全員に大豆を配り終えたころには早い人は仕込みが終わっていた。大きなみんなでやる活動は、コロナ発生以来久しぶりのことのような気がした。
楽しいみんなの活動がなければ、農の会も元気が出ない。時々はなにかこうしたことをやりたいものだ。今度は収穫祭に餅つき大会ぐらいできないものかと話した。収穫祭も室内では難しいので、欠ノ上の田圃ではやれるのかもしれない。マゴノ森の野外収穫祭もその昔一度やったことがあった。
欠ノ上田んぼの3か所の畔直しをした。こちらも軽トラ2台分の土が入った。水の入水口、排水口で水漏れが起きている。一度掘って埋め戻したが、周りもだいぶ傷んでいる事が分かった。これではまだまだ工事が続くことだと思う。ユンボを借りてきて、思い切って作り直さないとダメそうなところが多いい。
土もかなり足りないので、今後土を購入して、田んぼのそばに置いておき、一気にやる必要があるのではないか。まあそんなことは今更私が口を出すことではないのだが。このままでは水管理が大変になるばかりだ。一度思い切って直さなければだめだろう。
もっと畦全体を掘り取り直さなければ、水を入れてから壊れるはずだ。これでは十分な水管理ができない。田んぼを作ってから20年近くになる。もう手直しぐらいでは済まなくなっているようだ。結構大変なことになるが、そこまでやれるかどうかが問題である。
新しい人が、3人参加していた。やめて行く人もいるが、入ってくれる人もいる。こんな楽しい田んぼの活動だから、いつまでも続くに違いない。楽しい自給活動。こういう場があるという事が大切なんだと思う。いつも子供たちが来てくれるが、ここで蒔かれた種が、必ず育つと思う。
農の活動の良さは、みんなで協働するというところにある。協働して初めて自給が実現するという事を身をもってわかる。もちろん一人でも自給農業は出来る。しかし、みんなでやれば、労力は半減する。みんなの農業では初めて農業をやる人にも、その役割がある。
その上に良い仲間が出来る。現代社会で信頼できる仲間が出来るという機会はなかなかない。一緒に汗を流して働くという事が大切なのだと思う。特に子供には良い機会だと思っている。時々子供を腹を立てて怒ってしまう。親のほうが緊張する。それでも子供は怒る時は怒った方がいいと思っている。そうしてだんだん子供はどこまでぐらいなら許されるかが分かる。
道具を粗末にすること。田んぼの中をめちゃくちゃにすること。これは子供でもダメだ。段々に子供が働けるようになればいいのだが、それは別に期待しているわけではない。大人自信が面白と思ってやっていることを見る機会になればいい。嫌なことをやらせていいことなど何もない。
今回も短期間であったが、いろいろやることができた。タマネギと小麦の畑も草がなく、きれいになっていて今回はやるようなことはなかった。穴あきビニールも少しもはがれた様子はなかった。早くからビニールを張った私のタマネギが一番活着が良く、期待が出来そうだ。