地場・旬・自給

ホームページ https://sasamura.sakura.ne.jp/

人工頭脳が人類の未来を変える。

2019-02-28 04:06:18 | Peace Cafe

科学の発展は止めることはできない。人工頭脳というものが人間を支配するだろう予測は、2050年と出ていた。ロボットが単純労働をやる社会はそこまで来ている。ロボットが人工頭脳を備える社会は、人間がロボットに従う社会のようでもある。山極寿一京都大総長の予測である。「50年までの技術進化で人類は転換期を迎える」とみている。もちろんこの転換期いう意味は良い場合もあるし、悪い場合もある。是非100歳まで生きてその成り行きを見てみたいと思うが、2030年にはまず、人工頭脳が人間の能力を凌駕する時期とされる。人間を超えれば、後は人工頭脳同士が互いにその能力を高め合ってゆくことだろう。こうしたときに、人間が人工頭脳をどのように使うかである。ビックデーターを政府や企業が支配し、国民を操作していく。こういうイメージもある。これも未来社会の問題なのだろう。しかし、あくまで不安であって、なぜ人間社会や個人の暮らしがだめになるのかは繋がらない。人間より思考能力の高い人工頭脳が考えてくれることが、回答を人間に与えてくれる社会が果たしてどういうものになるのか。大きな課題がありそうだが、明解な想像は出来ない。

身近なところから考えてみると、個人情報が漏れるという事はどういうことなのだろう。ビックデーターというもので、自分の行動が逐一把握される。それは不都合なことなのだろうか。プライバシーがないという事は何がまずいのだろうか。私はフィットビットをいつもつけているから、監視しようと思えば、常にどこにいるか把握されている。把握されていて別段不都合はない。その昔、要注意人物として監視されていたことがある。だからと言って困ったという事はなかった。鳥インフルエンザ流行の時には身の危険を感ずるような不安があり、すべてを公開した方が、却って安全のように感じた。鳥インフルエンザ流行ではおかしなことが繰り返し起きたのだ。WHOのなかで起きた製薬業界の莫大な利権の暗闘。私は当時情報など持って居なかったが、それ以外考えられない動きが見えた。その巨額な汚職問題は今は明らかになったが、当時は何か見えない恐怖を感じたが、特に何も起きなった。確かに命を狙われる人はGPSは付けられないだろう。

個人の情報が明らかになることは困ること。医療データーを国が一括管理した場合、この情報が悪用される可能性がある。医療データーが統一管理されること自体は医療費削減に繋がることだろうし、また医療の革新に大いに貢献する。例えば、フィットビットのビックデーターから、病気の予知をする、膨大な実証実験が行われていることになる。すでにそのデーターから、疫学的研究が生まれているという。情報の悪用という意味では、あらゆる場面での悪用が想像できる。例えば、あの人はこういう病気であと寿命は何カ月であるというようなことが、本人の知らない間に流される問題。様々な病気が虚実様々に流布されるようなことは、確かに問題があるだろう。しかし互いに寿命や病気を知って暮らすという未来社会も悪くはないのかもしれない。

監視社会という事が言われる。政府に監視されるという意味であるが、独裁政権に監視されるという事は、最悪のことだろう。しかし、民主的な政治が確立されたうえでの監視はただ悪いともいえない。ここでも、ビックデーターを操作する存在が、悪意を働かせる可能性がある状況があるのかどうかが問題なのだろう。国民背番号制自体が悪いという訳ではないが、政府に対して絶対的な信頼がなければ、こうしたやり方は普及しない。情報漏えいや悪用の問題は信頼性である。政府が統計調査で法律違反をしていた。総理大臣は謝罪はしたが、政治家は誰も責任をとる訳ではない。国民は政府の統計資料には信頼性がないと考える人が70%を超えたが、アベ政権の支持率は50%を超えているという。こういう状況でビックデーター政府が利用しているという事は、独裁政治と状況は近い。

私が自由にされているのは、どうでもいいからに過ぎない。まあ、自由主義が存在することの、悪い意味での証明のようなもの。私が本当に安倍政権を倒しかねない存在になれば、その前にどこかで抑え込まれるだろう。窯の中の茹でカエル。だけれども情報の把握は避けようもない。避けられない以上、悪用できない制限が出Kるのかどうかが課題なのだろう。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

辺野古基地問題から学ぶもの

2019-02-27 04:14:07 | Peace Cafe

沖縄では辺野古米軍基地拡張について、反対の民意が示された。その翌朝も美しかった辺野古のサンゴの海は土砂で埋め立て続けられている。一瞬たりとも工事は止まることはなかった。アベ政権は県民投票を真摯に聞くと、口にしながらまったくの無視である。この人は人間ロボットだから、誠意のようなものは皆無だ。沖縄県民の反対の意識は選挙のたびにより明確になっている。県民投票の結果はそれを表している。民主主義において、地域住民の明確な意思が、全く無視されるということはあり得ることだろうか。たとえ、アベ政権の政策が正しい選択であるという確信が政府にあるとしても、一時工事を中断して、話し合いを持つというのが最低限の民主政治というものである。そして、普天間基地の危険除去という、政府の主張の意味を沖縄県民と徹底的に話し合う必要があるだろう。

アベ政権が全くの無視をするだろうということは事前に予想された。ここで学んだことは、地方自治と政府の関係である。国の専権事項ということになると、地域住民の声は無視されてよいということになる。核廃棄物の廃棄場をあなたの村に作る。これは国の専権事項である。こう指定された地域は一切の反対ができないということになる。これは独裁主義国といえどもためらうことであろう。日本国全体のためだとして、犠牲を強いられる地域は人権が無視されて、意見さえ主張できないということでいいのだろか。辺野古基地問題を民主主義政治の教訓にしなければならない。住民自治ということが、政治の中でどう位置付けられれば良いのかである。住民が行政に協力するときにだけ、都合よく駆り出される仕組みが民主主義ではない。政府の方針と違うことは必ず起こる。その時どう住民と話し合いを持つかが、大事なのではないか。それは国防であっても同じことである。住民がそっぽを向いたままでは国防など成立するわけがない。

果たして東京に核廃棄物の処理場を作るだろうか。そうしたものは過疎地域の弱い力の地域が選ばれるのが常である。核廃棄物の処理場は選定すらできないでいるのが、50年の原発の歴史である。これが米軍の基地であればどれほどの不都合であっても、属国日本は従わざる得ないのであろうか。こうして力の弱い地域は、意見の主張ができないから、不都合なものが押し付けられつづける。沖縄は日本にとって、別枠なのであろうか。どれほど嫌がるものでも押し付けていい地域と日本国民全体が認識しているのであろうか。私が経験した産業廃棄物の反対運動でも同じである。不都合なものでも誘致しなければ、地域が危ういという意識が根底にある。この意識が不都合なものを誘致するものの倫理観を支える。核廃棄物の受け入れを表明した地域すら過去存在した。

国防は大切なものだ。基地が不要などとは思わない。専守防衛のための軍備はどうあればよいかは、国民的議論を持って研究してゆかなければならない。3つの検討しなければならないことがある。1、平和外交 平和外交が大前提である。銃を突きつけながらの外交ではない。両国民が親しみを持って交流してゆく外交である。互いを助け合う関係を作り上げられるかである。2、専守防衛の軍備 現代の戦争は経済戦争と、情報戦争がまず始まりである。武力的な攻撃は最後の手段となる。経済戦争に備えるということは、エネルギーから食料までの自給体制である。情報戦は米中が衝突しているように、水面下では日本も巻き込まれていることだろう。目在増井情報化社会の中でどのように情報管理をできるか。3、日本国の方角と同盟関係 より広く多様な国との同盟関係を持つことである。それには日本という国家を目指すのかを明確にする必要がある。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプがノーベル平和賞だって

2019-02-26 04:34:17 | Peace Cafe

トランプ氏をノーベル賞に安倍氏が推薦した。この馬鹿話しにはさすがに驚く。バカ話はバカ話で書く以外にない。どこの誰が推薦したかと思えば、日本のバカ殿さまのアベちゃんである。ひどい、ひどすぎる。なんという蒙昧か。日本人としてこんな総理大臣を恥ずかしいと思う。そもそもノーベル賞というのは、各国総理大臣に推薦権でもあるのだろうか。いったん何がどうなっているのか、頭が混乱してくる。これはフェークニュースというやつか。そうだろうまさかこんなバカ話が本当であれば、エライこっちゃ。平和とは何だ。強いものが安心ということか。平和な世界というものは、どんなに弱いの者でも、守られる世界ではないのか。アベ政権が平和というものを武力の強いものだけにあるものだと考えて、アメリカの属国になるというなら、正直に言え。憲法を改定して、日本はアメリカに編入すると明記しろ。アメリカにいる間に、頭にチップでも埋め込まれたのかと、NASAによる操縦で動いているロボットか。

宇宙のかなたのリュウグウに到着、はやぶさ2がタッチダウンを成功させた。はやぶさ2はJAXAの遠隔操作である。軌道修正には40分もかかると書かれている。アベシンゾウ2の場合は、以心伝心のソンタクで動いているから、トランプが思いつくより早い。ノーベル賞を推薦すれば、お気に入りでポチっとしてくれるかもしれない。手が少々遅れたとしても、2秒ぐらいでノーベル賞推薦だ。この効果は、確かに絶大である。わざわざ、トランプが日本の恥を世界にさらしてくれた。50年間秘密は保持されるそうだ。草履を懐で温めて、それをトランプの王様に褒められて、喜んでしまう藤吉郎。いやだ、いやだ。これが日本国の総理大臣だ。世界を最もダメにしている悪者怪獣トランプ様だ。基本外国のことは批判しないことにしているが、アメリカは別だ。つまり、アメリカは実際のところ日本の宗主国である。日本の主権はアメリカにある。アメリカという日本を支配している国を、批判する権利を日本人は有すると考えている。

安倍晋三氏はアメリカにいたらしい。そもそも日本いた当時劣等感があったのではなかろうか。立派な一族の跡取りとして、優秀でなければならなかった。所が、それほどの出来ではなかったといわれている。大臣にも任命された優秀な家庭教師の下で指導されたらしいが、それほどの成績にはなれなかったようだ。そんなことはどうでもよいが、その屈折したものが、アメリカで解放されて、ゴルフ三昧でくらしで暮らしている間に、アメリカファーンになってしまった。アメリカなら、なんででもかんでも、カリユシウエアニゾウリマデ、よくなってしまったのではなかろうか。アメリカで様々な密命を受けた。その約束を果たすという条件で、属国日本の総理大臣にならせてもらうことになりました。めでたし、メデタシ。宗主国のトランプ王様の言うことには逆らえない。王様はご褒美のノーベル賞が欲しいのだ。もし推薦状を書いてくれたらば、頭くらいは撫ぜてやろうとも。

当然のことにノーベル賞が貰えるわけもない。これには、怒り心頭である。ヨーロッパから軍の引き上げだ。その分日本には同盟軍としてアメリカ軍を増やして取らす。アベ政権は早速に思いやり予算の増額。日米地位協定の見直しなど決していたしません。にほんはどこでも、ご自由に訓練場として使っていただきます。アメリカ様にはいて頂けるだけで、もう何も言うことはありません。そうです、辺野古の基地も急いで作らせていただきます。この通り、サンゴの海も土砂で埋め立てております。宮古島の自衛隊基地は随時拡大してゆきますので、アメリカ軍にもぜひ共同利用ということでお立ち寄りください。石垣島ももうすぐです、あそこの市長は自分の配下のようなものですから、なんなりと指示をいただければ、草履をとらせます。こうして中国に虎の威を借りて、にらみを利かせばおおいに安心というものです。さすがに、これほどのノウテンキ総理大臣は初めてである。アメリカのトランプ王様は満足をしたそうな。アメリカで洗脳教育を受けたのかもしれない。

ウーン、冗談言ってる場合じゃないゾ。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

辺野古基地反対 沖縄の民意は示された。

2019-02-25 04:50:59 | 石垣島

辺野古米軍基地拡張工事は反対の民意が明確になった。当然の結果だと思うが、今後安倍政権は政治としてはどうするというのだろうか。県民投票は一切無視とアベ政権は言い続けている。果たしてそんな民主主義無視の政権が、今後続いてゆくとは思えない。次の参議院選挙で支持されるとは思えない。もし、民意をないがしろにするアベ政権が支持されるとすれば、それは日本国有権者による、沖縄差別が明確になるということである。まさかそこまで、日本人全体に利己主義が広がっているとは思えない。国防が国の専権事項であるというのであれば、とうぜん、日本国全体の平等性は保たれる必要がある。もし、それでは戦略的に問題があるとすれば、その沖縄に偏重しなければならない戦略を明確にしてほしい。日本会議のように、沖縄に防人になれというのであろうか。現代の戦争では、地理的に近いということは、戦略的価値が減少してきている。今後の対応を注目したいと思っている。

「新基地反対72% 43万4273票、有権者4分の1超 賛成19% どちらでもない9% 反対票は43万4273票知事選時に玉城知事が得票した39万6632票を5万票近く上回った。」

沖縄では、石垣島では自民党も公明党も無視作戦に出ていた。「辺野古米軍基地拡張反対に〇をつけましょう。」こういう車は日に一、二度は回ってきた。しかし、賛成のポスターも、車は見たことも聞いたこともなかった。無視の中でも投票はした自民党員が19%で、どちらでもない公明党が9%とみればいいのか。そうではないと思う、自民党や公明党支持者の中にも、米軍基地の沖縄負担軽減を思う人たちは存在する。だから、先日の知事選挙で、玉城知事の投票数よりも増えたのだろう。県民投票に対する石垣の雰囲気は心配になるほど、静かであった。反対の宣伝カーにはなんども出会ったが、特に手を振る人もいなかった。どちらかといえば、どう対応したらいいのか戸惑うよう様子を見受けた。それは、先日の自衛隊基地住民投票の時と比べても覚めている印象を受けた。あの署名活動はかなり盛り上がっていた。

その署名は1万4千筆をこえた。名前を出したうえで、住民投票をするべきという人がそれほどいたのだ。何しろ署名名簿は公開するといういう石垣議会の要望がその前に出されていた。だから、この1万4千の人は公表覚悟の上の署名である。しかし、石垣議会では住民投票はやらないと一度は決めた。まさかの選択であった。この選択は次の市会議員選挙では大きく影響するはずだ。つまり、住民投票をやらないと、住民の請願を無視した議員は投票を減らす可能性が高いだろう。とくに、署名前には署名が多ければ議会では投票に賛成するかのように明言した議員が、実際には反対、退席したことは信じられないような行動であった。理由は、議論が不足しているからということのようだが、議論を十分すればいいだけのことではないか。その場は今日からある石垣市議会である。議員提案をして、市民に見える形で議論をしてもらいたい。

石垣の市議会にも辺野古基地建設反対の県民投票は影響するだろう。夏にある参議院選挙にも影響することだろう。こうしてこの住民投票の結果は、安倍政権の横暴を明確にし追い詰めるはずだ。そのように期待したい。沖縄の防衛負担の軽減がなされるどころか、日に日に沖縄に負担を増やそうとしている。中期防衛計画の見直し案を見れば明らかなことだ。沖縄に、先島に自衛隊基地の帯を作る計画である。先行した宮古島の基地は、当初小さな基地を作るとして住民に説明をして建設した。ところが、すでに基地の拡大を計画を進めている。こうした沖縄をそして先島全体を基地の島にしようというのが、アベ政権の思惑である。それが本音の日本本土の基地軽減計画である。石垣にも自衛隊基地がある方が安全だという意見がある。その方が安全だという意見である。それならなぜ、自衛隊基地を要望する地方自治体が現れないのか。なぜ、日本全体で、沖縄に押し付けようとするのか。騙されてはならない。もし敵が存在するなら、軍事基地を奇襲で狙うのだ。そこを壊滅してから、上陸部隊は侵攻してくる。当たり前のことだ。ミサイル防衛が有効であるとすれば、潜水艦防衛である。いつどこにいるかが分かりにくいということは、迎撃ミサイルをいざというときに発射できるということになる。

中山市長の談話を転記しておく。どんな市長かわかってもらえるだろう。

意識高くなかったのではーー石垣市長中山氏の談話

石垣市の得票率は前回の知事選から大幅に下がっており、県民投票に対する市民の参加意識が高くなかったのではないか。法的拘束力もないので、参加してもあまり意味がないととらえた人が多かったのではないか。反対票が1万2000票を超え、県知事の玉城さんの票を上回っており、玉城さんに入れた皆さんが今回、全員投票に行ったと思う。「賛成」「どちらでもない」の票が少ないのを見ると、佐喜真さんに入れた皆さんは賛成と思っていてもボイコットした可能性が高い。県民投票で現状が変わるという認識ではなかったと思う。

 




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日韓関係の悪化の対応策

2019-02-24 04:26:06 | Peace Cafe

日韓関係の悪化に対して、日本から関係改善のための行動を起こさなければならない。韓国のミサイルレーザー照射問題に対する、日本政府の初期対応は政治家としては最悪のものだったと思う。安倍総理、菅官房長官が、感情的な国民を煽るような対応をしてしまった。それに続く、徴用工賠償問題でも同様である。国民の反韓感情を煽るかのような、感情的韓国批判を繰り返した。今度は天皇謝罪問題である。まさに、韓国文政権の望むところにはまり込んでいる。韓国では日本問題はさして盛り上がっていないという報道もある。そんな気もする。それどころではない差し迫った問題が韓国にはある。韓国文政権は日本と対立を深めることで、国内の不満の方向を変えたいはずだ。繰り返されてきた手法だ。経済不安が根底にはある。日本と何も変わらない。アベ政権も反韓意識を高めて、自分の不安定な状況を脱しようとしたのだろうが、こういう政治の手法はずるずると落ち込むだけである。

こんな状況にもかかわらず、世論調査の結果はアベ政権の政策はおかしいとしながらも、支持率を高めるという不思議な結果になっている。国内的にはまさに一時しのぎ成功である。日本の東アジアでの立ち位置は徐々に失われてきている。世界の反応は日本に望ましい方向ではない。特にトランプアメリカは日韓問題は無視である。アメリカ軍の好意的な判断ぐらいはもらえると考えた日本政府としては大きな間違いをした。自衛隊機はミサイルレーザー照射がされながら、同盟軍のはずのアメリカ軍に無視されてしまうという、ひどい結果だけが世界にさらされたわけだ。アメリカは韓国の方が現状重要であるということなのだろう。中期的には、朝鮮は南北統一に進むであろう。そして、米中経済対立は、最終的には痛み分けになり、中国の立場はアメリカと対等なところまで進むのであろう。アメリカはアジアからもその影響力を徐々に低下させてゆく。トランプ主義は結局のところ、アメリカの中にこもることになる。もちろんすんなりとは収まらないだろうが。

その時の日本はどこへ行けばいいのか。当然、アジアの一国として、朝鮮、中国と対等な外交関係を持たなくてはならない。アメリカの虎の威を借りて、大きい顔などできない日本なのだ。トランプにへつらう、アメリカの属国という世界の認識が日本という国の尊厳を弱めてきている。政府が目先の支持率を上げる為に、国民を感情的に扇動する。本来なら国民を冷静にさせ、安心させるのが政治だ。しかし、参議院選挙まで、こうした安倍政権のばかげた手法は続くであろう。ここに歯止めをかけなければ、韓国はますますエスカレートするだろう。日本政府は韓国が何を言おうが、冷静に受けとめ将来を見据えた発言をすべきだ。徴用工問題で、国際裁判所に申し出るということは、一体どうなったのであろうか。総理大臣が一度口にしたことを、忘れたふりでは世界からどう見えたか。韓国より口先だけの国ではないかと見えているのだろう。従軍慰安婦問題も同じである。竹島の領土問題も同様だ。日本は目先のことではなく、堂々と裁判を提案し、判断を仰げばいい。韓国は裁判に応じる可能性は低い。それならば、その姿を世界に示せばいい。

日本、朝鮮、中国の3国が未来のアジアの為に、平和を求め協調してゆく以外に道はない。トランプアメリカの次の時代を見据える必要がある。世界経済戦争の時代の中での日本の立ち位置を見つけなければならない。日本人が近隣諸国と感情的に対立するなど、無用のことだ。たとえどれほど相手が悪いと見えるとしても、収める方法を考えなければならない。その為には日本の社会の安定である。日本という国柄の確立である。食糧自給の確立。自分の生きる目的を持ち、立ち向かうことのできる国。当たり前のことを書きながら、アベ政権のことを思うとむなしくなってくる。石垣では自衛隊ミサイル基地の住民投票が可能なのかどうか、最後の段階に来ている。25日からの石垣市議会で議員提案という形で、提案される可能性がある。宮古島ではミサイル基地がすでに強化の予定である。日本のミサイル拠点になろうとしている。石垣の分かれ道である。平和の党のはずの公明党の判断にかかっているらしい。平和なアジアの為には、石垣には自衛隊ミサイル基地はいらない。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣島で一番のおいしいソーキそば

2019-02-23 04:44:02 | 石垣島

石垣島では、やはりそばだろう。そばといっても、ラーメンとうどんの間のようなそばだ。

看板にあるように、八重山そばである。「おいしん坊」が私には石垣で一番おいしいソーキそばだ。一度食べてみる価値がある。石垣では結構、ソーキそばを食べ歩いている。毎日でもいいのだが、我慢している。100軒はあるのではないだろうか。東京で食べたソーキそばも、沖縄本島で食べたソーキそばも、おいしいと思ったことがなかった。名物に何やら。これは近々ラーメンに圧倒されるに違いないと思っていたが、予想通り沖縄本島では最近ラーメンチェーン店が目立っている。ところがである。やはり、ソーキそばには別格のおいしいものがある。そばといっても、そばではない。ラーメンでもない。もちろん、うどんとも違う。これをそばと呼んだことがそもそもの間違いである。そば粉は使っていないのだから、八重山温麺ぐらいがよかったか。つい、更科のそばとどうかな思って食べた人にはとんでもない食べ物である。そんな人はいないか。それでも名前は大切だ。

おいしん坊は看板にあるように、ウナギもあれば、エビフライも、牛汁もある。みそ汁だってある。それにしても、なんでみそ汁が看板にあるのだろうか。石垣のみそのみそ汁を大切にしているのかもしれない。普通なら看板にはないだろう。加えてこういう店には必ずあるのがぜんざいである。かき氷に金時豆の煮たものが載っているという感じのものを、沖縄では「ぜんざい」というらしい。らしいというのはかき氷も、ぜんざいもたべたことがないので、正体は分からない。おいしん坊のソーキそばは700円である。900円くらいの店もある。400円の店の看板には石垣で一番安い店と書いてある。ソーキそばというのは、豚の骨付きバラ肉を軟らかく煮たものが乗せられている麺である。豚バラ肉を軟らかくなるまで煮てあるがのがソーキという。これも随分と味が違うものだ。何度も作ってみたが、押し辛抱には程遠い。軟らかいのに、豚肉の味が濃厚。ラーメンとうどんでもない麺が八重山そばなのだが、黄色い細ウドンと言えばいいか。

肝心なものはやはりスープである。鯖節やイワシのだしのように感じるが、おいしん坊のスープはなんともうまい。トン骨も入っているのだろう。それをさっぱりにしているのは野菜なのだろうか。さいこうにキッシュにうまい。駄菓子屋や縁日の焼きそばのうまさだ。小さな皿がついてくる。これは骨を取り出す皿だ。そしてもう一つの皿が紅ショウガ。これは唯一苦手の食べ物。紅しょうがの赤の食紅で子供のころ蕁麻疹になったことがあった。それ以来食べないのだが、今の食紅はあのころとは違うので大丈夫だ。と思って食べた。出されたものを残すのはやはり気が引ける。そう思っていたら、これがうまい!今では必ず全部乗せる。最後にはソバの汁が赤くなっている。しかし紅ショウガと実に合う。紅しょうがの出ない店もある。それはそれで漬物が付け合わせで出たりする。

おいしん坊で気お付けないといけないのは、水である。お店に入ったら、注文を考える前に、水のセルフサービスである。これがこのお店のルールというか、習わしである。水を飲みたくないと思っても、水をセルフサービスしなければ、お店のおばさんに迷惑をかけることになる。「水はセルフサービス、水はセルフサービス」が必ず来る。注文は水のセルフサービスの後が決まりだ。店に入ればそのまま水を汲みに行き、それから席を探す。別段おばさんは怒っているわけではない。とても優しい良いおばさんだ。以前、セルフ・セルフと言われたので、水は嫌だったので、ポットのお湯をもらおうと思った。お茶が欲しいなら入れてあげるよと、急須にさんぴん茶を入れてくれた。親切でセルフといっているので安心。ともかく、昼時は混んでいる。車で行くとまずは駐車場は満車である。食べれなかったこともよくある。今は歩いてゆけるからありがたい。おいしん坊定食というのもある。刺身・そば・ご飯と書いてある。不思議な感じがする組み合わせだがたぶん石垣の普通定食なのだろう。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣島「あじゅんま」の惣菜店

2019-02-22 04:09:50 | 石垣島

「あじゅんま」の惣菜店。「あじゅんま」はハングルでおばさんの意味だ。

小さなお店ではあるが、とても忙しい揚げ物屋さんなのだ。天ぷらと、鶏のから揚げ。揚げ物は家で作るのは大変である。たまにてんぷらなどやると、あとで油がもったいないことになる。営業中と赤い大きな旗が出ているのは、外から見たのでは、営業中なのかどうか、誰にもわからないからなのだ。それが不思議なことに、中からは良く見えるようになっているらしく、店の前まで人が来ると、たいていの人は車で来るのだが、窓の中から大きな声でやりとりが聞こえてくる。それは喧嘩をしているようなあじゃんまと思われる人の、元気すぎ屋さんの声と、か細いようないつも言い訳しているような声。その合間に子供の声もする。何をしゃべっているのかは誰にも分らないのだが、一生懸命注文の、てんぷらを揚げているための声のようだ。あじゃんまだから、ハングルでしゃべっているのかとも思うのだが、よく聞くと単語は日本文字になる。しゃべり方がハングルだから、ひらがなには起こせない。

ふくろがよんだ。ふくろはさんだ。サンハアリサンノトコロデ、ヨンハオモテサンダヨ。さんはよんだ。等と総菜を箱詰めしている。箱詰めしなければならないほど大量な注文がまいにち毎日ある。次から次へと注文である。そこに私が紛れ込んでしまったので、さんもよんもあったもんじゃない。今日はもう何にもない。何にもないのだから、あげられない。あげられないけど、鶏は少しはある、それなら冷蔵庫から出せばいい。10分過ぎのアラシロさんが来る前に、からあげならあげるよ。いやそうでなくて、もう10分のトウダさんはさっききたのだから、10分はとうに終わった、今は15分のアカミネさんだから、もうなんだかわからないけど鶏の唐揚げならあげられるよ。この揚げられるが売れるというのか、揚げることができるのかはわからない。2時間先になるけどいいのか。いや2時間先じゃなくて、すぐに15分を上げるのでそのついでに上げるので、10分待てば、あげるよ。

その間も大きな小学生が天ぷらをモクモクと揚げている。かなりおおきな天ぷら鍋からは香ばしてんぷらを揚げる香りだ。全くしゃべろうとしない。ひたすら揚げている。大きな小学生の女の子なのだ。小さいといっても年は小学生なのだが、身体はあじゅんまより少し小さいぐらいはある。良いにおいが立ち込める。おなかが減る。いつの間にか鶏のから揚げを注文したことになっているようだ。いつまで待つのかはわからないが、帰るわけにもいかないし、待っていてもいいのやらいけないのやら。よんが3んになるなんて、みればすぐわかる。おかしな袋だ、いつの間にか大きくなったよ。あじゅんまはあまりに忙しくて、私を忘れたのかと思っていたのだが、300円だよ。早く袋に詰めて持っててよ。300円もらってよ。それで出てきたのが鶏のから揚げ7つ。これは最後のせいか、だいサービスだ。

 これは安い。アツアツのうちに持ち帰って泡盛を飲みながら、あっという間に食べてしまった。味はさっぱりしている。あのあじゅんま勢いだと、濃いめの味かと思ったが、実にさっぱり味で悪くない。悪くないどころか、ケンタッキーよりもうまい。油も悪くない。こんな良いお店が、家からすぐのところにある。今度はテンプラノミックス500円というのを頼みたいが、こちらの注文を聞いてくれるかどうかは不安があるが、なんやかんやこの空気のお店はいい。

ついでに書いておけば、写真の敷物は麻布の沖縄の手織りの帯地。燕絣という。二つをつなげてテーブルクロスにしてある。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

成田ビューホテルに泊まる。

2019-02-21 04:17:13 | 日帰り温泉

成田ビューホテルは、温泉施設を併設している。泊まりたいタイプのホテルだ。今回、バニラエアで石垣に帰ることにした。8650円だった。今度4月26日に小田原に行くが、それはバニラエアーでなんと5000円以下である。成田便であるなら、成田ビューホテルに泊まってみたいという事があった。小田原から成田までの交通費を考えると、案外格安ではなくなる。そこを補うのが温泉ホテルではないかと。成田ビューホテルは平日だと、5700円で温泉付きと出ている。新幹線を使わないで成田に行き、温泉料金を割り引いて考えれば、1万円なら安いと言える。冬に成田発という言ことになると、飛行場まで雪で都内が交通混乱になった場合を考えてしまう。小田原から成田まで、かなり危ういことになる。遅れたって別段用事ではないから良いのだが、遅れそうでひやひやしたくないという方が大きい。この頃はあわただしく動くと、忘れ物、落とし物をする。この頃ではないか。中学の修学旅行では、山手線の網棚に荷物を忘れて、山本先生が何とか助けてくれたことを思い出した。

成田ビューホテルに入り、ちょっと独特の感覚に陥った。初めて泊まるホテルのはずなのに、どうも夢で一度来たような記憶のある場所である。じわじわと思い出したのだが、農文協の中国視察旅行で泊まったホテルだ。外から見たときは初めてのホテルに見えた。ロビーのあたりで何か記憶が、部屋に行くためにエレベーターの前の、変わったソファーが、何かおかしい。喫茶室のような場所に確かな記憶にあった。なんとなくほかにない様子の部屋で、あそこで中国に一緒に行く皆さんと話した。あの時は夜遅くホテルに着いて、早朝にバスで飛行場に向ったので、ホテルの外観は見なかった。あの時お風呂はまだなかったような気がする。温泉があるのに入らないわけがない。温泉は「美ゆ」という名前である。あとから温泉が掘ったのだろうか。時間がなく温泉にも入れなかったのか。

成田温泉 美湯 地下1200メートルからくみ上げている。強ナトリウム温泉。広さは普通にホテルの大浴場。サウナは詰めて、10人。掃除は良くされている。入口の従業員が一人。感じの良い対応である。タオルを部屋から持ってくるのを忘れたのだが、取りに帰ろうとしたら、そこにあるものを貸してくれた。朝は6時からなのだ。どこもホテルはそんなものだが、4時くらいからやってもらいたい。早く入りたくて10分前に行ったのだが入れてくれた。夜と、朝では、男と女風呂が交代である。夜の男風呂は高温サウナ。朝の風呂はミストサウナ。露天風呂はどちらにもある。外には一人用のツボ風呂もある。広い風呂があるのにわざわざ一人風呂というのもどうかと思うが、試しに初めて一人風呂に入ってみた。やはり広い方が気分が晴れる。泉質はかなりショッパイ。色はわずかに茶色系。それなりに効く温泉とみた。ゆっくり堪能させてもらった。

ホテルからバスで30分近く成田第2ターミナルまでかかった。この点は要注意である。地図を見ると近いからせいぜい10分と思っていた。ANNホテル経由で行く。ANNホテルでかなり手間取るためだ。バニラエアーは成田の第3ターミナルになる。バスが到着してから、第3にたどり着くのも少々苦労をした。バニラという案内掲示がない。バスの到着場所から見ると、だいぶ降りてゆく。そして外に出て、ぐんぐん外れまで歩いてゆき、バスに乗る。バスを降りてまた歩いて、昇って第3ターミナル到着。成田に鉄道で着いたとして、急いで20分ぐらい見なければだめだろう。そこにもあれこれ航空会社があり、一番奥がバニラの受付。これがまた要領が違う。入口で機内持ち込みの計測。7キロ以下のチェック。私は6.5キロと計ってある。次は、自動搭乗券打ち込み画面に並ぶ。これがだめだった。ほかにもダメな人がいたから、機械の不調なのではないか。長い列を並べという。時間がない時なら焦るだろう。焦るのは嫌だから、やはり、成田ビューホテルは正解だった。まだ先があり、搭乗手続きを終えてから待合所、それからさらに階段を下りて、バスに乗り5分かかり飛行機に到着。飛行機にはタラップで登る。

飛行機には空席がけっこうあるのにはびっくりした。バニラはシートが狭いということだったが、私には問題なし。ビジネスシートのようなクラス分けがないところが気分が良い。アテンダントの方が、バスの車掌さんのようなところも悪くない。車内販売でカップヌードルというものが売られていた。久しぶりに食べてみた。テレビの「まんぷく」を思い出しながら食べた。」小学生の時食べた、即席ラーメンと変わらない味がした。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣の映画館

2019-02-20 04:55:28 | 石垣島

上映前の映画館の様子

石垣には映画館がある。一回は無くなっていたのだが、1年ほど前に新しい映画館ができた。この映画館に初めて出かけた。「岡本太郎の沖縄」を見に行った。ユイロードシアターという名前の映画館である。家から歩いて5分くらいの場所になる。ユイロードにあるビルの3階にある。山田書店のすぐ隣である。1階には、飲食店や面白い小物類のお店がある。ビルの中をユーグレナモールの方に通り抜けることができる。この通路が独特で面白い。2階が素泊まりホテルになっている。素泊まりホテルがほかにも2,3か所ある。格安に泊まれるらしい。最近キーヤマ商店だったところもドミトリー何とかにしたと、新聞に出ていた。旅行者というより、半居住者という人が住んでいる。このビルの3階が映画館である。空間としてはかなり広くて、3,4階をぶち抜いたという感じなのだ。そもそもが映画館だったような気がする。どうだろうか、満席で200席ぐらいだろうか。ずいぶん広い気がした。ここでは映画だけでなく、ミュージシャンのイベントが開かれることもある。

驚いたことに、平日の雨模様なのに、人は40名ぐらいの入りである。もっと少ないと想像していた。人が多いので驚いたのだ。小田原コロナシネマワールドは一人だけで映画を見たということもあるくらいだから、40人も人がいて映画を見るのは最近では珍しいことだ。しかも、大半が若い人だ。映画館に限らず、どこに行っても若い人が多くて、それだけで活気を感じてしまう。これが偏らない人口構成の社会の当たり前のことなのかもしれない。石垣のような若者の入り混じり方に驚く方が、おかしな感覚になっている。若い人がたくさんいることで、自分の年齢を自覚することになる。年寄りが年寄りになれるのかもしれない。小田原にいると、自分ぐらいが多数派なので、それが当然のような気になってしまい、年寄りという自覚がしにくい。

若者に交じってみた映画が「岡本太郎の沖縄」だからすごい。たぶん岡本太郎を知らない人の方が多いのではないだろうか。太陽の塔を作った人ということになるのか、芸術は爆発だと叫ぶ変なおじいさんということなのか。50年前多くの美術学生が影響を受けた。縄文と沖縄である。文章に説得力のある人だった。読んでいて一緒に力が入った。今読み返してもよい本だ。日本人というものがどういうものであるのかという原点を力説していた。芸術は商品ではないということも、岡本太郎から学んだ。日本人の作品は床の間芸術だ。絵描きのつもりの建具屋か経師屋ばかりだと、ということも岡本太郎から教えられた。残念ながら説得力のないのは、岡本太郎の作品が爆発していないことだった。岡本太郎の制作の映像を見ていると、画面の遠くで踊り叫んで、画面の前に立つと、実に慎重にちまちま塗っている。技術のない人だ。岡本太郎はフランスのテレビに出演していて、日本ではピカソはフランスの岡本太郎と言われているんだとうそぶいていた。

この映画は岡本太郎の言わんとするところを捉え切れていない。特に、岡本太郎の沖縄論を捉えていない。変わりゆく沖縄というものが副旋律のようだが、そもそも芸術に消えるとか、変化するというようなことは岡本理論にはない。今ある沖縄を岡本太郎ならどう見るのか。たしかに沖縄にある何かが日本の本質につながるものだと看破したのだ。その一つが何もないという清らかな文化。そしてもう一つが縄文からつながる日本人の根底にあるもの。そこを振り下げてゆくことが芸術の役割。作品でそれをやることが芸術家の役割。まさに石垣に惹かれたことはここにある。初めて日本にわたってきた日本人がこの景色を見て、この地に住み始めた。この地を切り開き、田んぼを作るようになった。そして今は田んぼをやり、サトウキビを作り、牛を飼って風景を作っている。こういう日々の暮らしの現れている日本を、自分という生きものが見ている。日本人という自分の眼が、見ている。私には私の石垣島がある。

思い出したので、書き足しておく。大島安克さんが出て、唄っていた。少し前の映像のようだ。八重山の心の唄を唄われている。この人は天才だと思う。石垣の誇りだ。これだけでもこの映画は価値が高い。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣で蘭展が2つ開催された。

2019-02-19 04:31:36 | 石垣島

siし石垣のラン コウトウヒスイラン

石垣で蘭展が二つ開かれた。素晴らしい蘭が展示されていた。以前盆栽展があったのだが、蘭の方がさすがにレベルが高い。昔洋ランが好きで栽培していた。山北には床暖房方式の温室まで作った。自分で交配まで試みた。しかし、鶏の方に傾斜してゆき、洋ランはやめた。石垣で散歩していると、庭でラン栽培している家が結構ある。加温しないで洋ランが栽培できる環境の魅力。石垣島には100種を超える野生蘭があると説明されていた。ただし、この野生蘭は西表を含めて、絶滅の危機にあるらしい。以前、採取業者が取りつくしてしまった種も多いいと言われていた。世界自然遺産申請なのだから、徹底した保護をしなければいけない。

パフィオペディルムのロスチャイルディアナム系統の交配種。温室なしでパフィオペディルムが栽培できるという環境が石垣島である。湿度が高く、15度より下がらないという気温。むしろ問題は夏の暑さ。熱帯の高層湿原にあるようなタイプは難しいに違いない。自生地が標高500メートル以下の系統ものしか、栽培できないといわれていた。確かに石垣島で冷房室でマスデバリアを栽培するなどというのは、ばかげているだろう。

イリオモテラン

石垣には2つのランの趣味グループがあるようだ。同時期に展覧会を開催していた。一つの会は市民会館の展示室で。もう一つの会は大きなショッピングモールで。久しぶりに出会う蘭に心躍らされた。写真のような根の状態である。この栽培は2階のベランダだそうだ。ベランダに鉄骨の枠を汲んで、寒冷紗で覆ってあるそうだ。水やりは朝に一回と言われていた。近所にも似たような栽培場があるが、そこでは水が霧状になって出るように工夫されていた。

穂刈さんと言われる方が、とても美しい栽培をされていた。着生させた形そのものを楽しんでいるそうだ。まだ若い方だった。石垣でのラン栽培の様子を教えていただくことができた。ますます、ラン栽培に引き付けられた。準備をして少しやってみたい。

パピリオナンセ テレス 

これも穂刈さんの栽培されたもの。石垣では垣根でも庭でもでいくらでもできるといわれていた。バンダ テレスではないかと思ったが。その点はよくわからないが、いずれも庭で栽培できるなら、やってみたいと思う。皆さん台湾の蘭展に行かれるらしい。このらん展は世界的なもので、何万人も入場者があると書かれている。蘭は台湾の業者さんから購入するといわれていた。台湾で出来るものは石垣でも栽培可能と言われていた。3月に台湾で蘭展があるので行くという方もおられた。それなら、来年は台湾旅行をして、ぜひランを買ってきたいものだ。原種でもバイオ増殖できるので、そういうものが売られているのだそうだ。台湾の南の方で蘭展がある。新幹線に乗ってゆくといわれていた。それにしても石垣の暮らしは多様だ。ますます、楽しみである。

   

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣のうまいもの屋さん

2019-02-18 04:04:08 | 石垣島

 

石垣島で一番おいしいものは新鮮な貝だと思っている。シャコガイとか、タカセカイとか、まだいろいろあるようだが名前は忘れた。2皿で2000円だった。これほどの贅沢はほかでは難しいのではないか。何でもおいしいのだが、シャコガイの貝柱というものを始めてたべた。お店で貝が好きだということを話したら、それならということで、めったにないからというシャコガイの貝柱を出してくれた。想像ほど固いものではなく、独特の触感が絶品である。貝は味というより歯ごたえを味わう。よほど大きなシャコ貝が入荷しなければ、立派な貝柱はないのでと言われていた。ホタテの貝柱ぐらいあった。石垣島には貝専門の漁師さんがいるらしい。たぶん素潜り漁なのではないだろうか。どんな人がどんな漁をして居るのだろうか。貝を置いている店は、1軒しか知らない。ちょっと人には教えたくない。教えたら、殺到してしまいそうだ。家から、1キロほどの貝の買い物散歩。夜、貝の刺身を食べ過ぎて、翌朝、バター炒めでまた食べて、まだ余ったほどだ。なんという贅沢なことか。

 

ここは貝殻のお店。こんなに充実した貝標本の専門店は初めて見た。貝の標本館なのかと思うほどの量がある。ここにはスイジ貝も置いてある。インドの大スイジ貝とあったのは24センチくらいあろうか、2700円とあった。悪くはないのだが、インド洋ものでは火伏のご利益があるかどうか。やはり石垣産でなければ、石垣の碑は毛防げないのではないか。海はつながっている。石垣産という貝も100種類ぐらいある。立派なものだ。インド洋のスイジ貝でも助けてくれるか。家の出入り口にスイジ貝を付けるというのは、出かけるときの火の始末の再確認ということでもある。【まるわお土産店」ということで、貝を使ったつるし雛風の飾り物が売られている。暖簾のような形になっているのだが、これもわるくない。今度家の玄関のところにスイジ貝を含めた大きな一本のつるし貝を作ろうかと思っている。10㎝くらいの貝を20個ほどつなげて、つるし雛のような貝の柱(要注意:貝柱ではない)を作ろうと思っている。貝のつるし雛。

「まるわ」のお店は三崎町にある。歓楽街の外れあたりである。離島ターミナルからも遠くない。まさかこんなところに、貝が置かれているのかというような場所なので、見落としていた。観光客も見落としているのではないだろうか。ユーグレナモールの方にあれば、みんなが押し掛けることだろう。余計なお世話か。おばあさんが店番をしている。もちろん貝のことは詳しいから、いろいろ教えてくれる。もしかしたら知る人ぞ知るのお店なのかもしれない。

 ここは、たこ焼き屋さん。目立たないところにあるのだが、結構おいしいお店だ。小田原にあるチェーン店は油で揚げたタコ焼きというところああって、ちょっと胸焼けがするようなところがあるが、このお店はなかなか素朴においしい。この伝票の通り、お店の前でベンチに座って大勢が待っている。246交差点のところにも新しくできたタコ焼き屋さんはあるのだが、そっちはまだ食べてないので、わからないが小さな屋台風である。あの感じも悪くない。ともかく石垣というところが、無いものがない。そうだお好み焼き屋さんもなかなかおいしいお店がある。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣の名刺を作る

2019-02-17 04:26:13 | 石垣島

 

 

 

名刺を作った。特に名刺が必要な状態ではないのだが、石垣島住所の名刺を作りたかったのだろう。以前、水彩人の事務所をしている時に、他の会の方、美術雑誌の方、画材会社の方、新聞社の方、お会いしたときなど、名刺が必要という事になる。そこで農の会の名刺の裏に「水彩人笹村出」と手描きしていた。この名刺は無料で作るというインターネットの会社で試しに作ったものだ。海外で作られ送られてきた。自分でデザインした完成原稿で作る。自分の持っている適当な写真を使う事が出来る。カラー印刷である。裏に顔写真も入れてみた。どの程度の印刷になるのか試してみた。何故無料なのかよく分からなかったが、ここで絵葉書の印刷なども格安でやっているので、これも試しにお願いしてみたが、これは使えなかった。前回は表は田んぼの写真のなかに白抜きでに住所は名前を載せてみた。おかしな名詞だが、これを200枚作ってもらった。もう何年も前のことだと思うが、いつの間にかこれも無くなったという事は、それなりに役に立ったという事なのだろう。水彩人の事務所2年間でも水彩人用の手書きのものを100枚くらいは使ったのだろうか。

以前久野の産廃処分場のことでお世話になった弁護士の梶山氏がくれた名刺は、古いカレンダーの裏にプリンターで住所と名前を入れたものだった。さすがに環境弁護士らしい名刺として記憶に残っている。真似をしてみたが、ちょっとそれポクて無理があったので使えなかった。東京にいた時代の名刺はプリントゴッコで刷ったものを使っていた。まだ、画廊とかかわりがあったころで、絵描きでやって行く用の絵のような名刺だった。絵描きにはなれなかったのだから、あまり役立たなかったともいえる。その次には養鶏用の名刺も作った。これには鶏の顔をスタンプにしてゴム印を使った名刺だ。何にでもこのゴム印を押していた。スタンプはゴム版を彫って作って、木切れに張り付けたものだった。日付も入れられるようにした。玄米卵の通信の下に押して、日付けも書き入れていた。卵に輪ゴムで止めていたこともある。説明書きは通信を兼ねていて、毎月書き換えていた。この一部を応用したゴム印名刺だ。このゴム印はまだ捨てないで残っていた。養鶏業らしいゴム印名刺で良かった。

今回の石垣名刺を作った。兄と東京であった時に、石垣に越したらしいが、住所はどこなのかと言われて驚いたからだ。年賀状で伝えたつもりでいた。兄弟がどこに住んでいるのかわからないというのでは、さすがに不都合である。案外年賀状の文章を見ていないものだ。年賀状に入れておけば、わかると思ったのだが、甘かった。石垣に住所が変わる時には名刺が要らない暮らしになる。と思っていたのだが。何故か、年賀状を送った人から、石垣に越したらしいがと住所や連絡先を聞かれることがほかでもあった。石垣の住所をお知らせするためには、やはり名刺がいる。そこで、ネットで安いところを探して作ることにした。

アドプリントというところが安かったのでここで初めて作ってみた。ところがうまく誘導されてしまい、何故かそう安くはなかった。200枚で送料を入れて、2000円くらいだった。広告では680円とあったはずなのだが、何やかや高くなった。最後に何故か特殊紙の方に導かれて、不思議な紙での印刷になった。石垣の名刺だから、石垣の名蔵湾を描いた絵を入れた。絵を入れて見たくて頼んだ。裏表カラーで作っても価格は同じとなると思ったのだが、そうでもないのかもしれない。私としては、白いままにしておくより、絵を入れたくなる。名刺など見た目がつまらないものだから、少しでも楽しいものにしたくなる。絵でも入れば、少しは良い。失敗といえば少しかっこが良すぎてしまった。黒地の金縁名刺に何故かしてしまった。この選択はさすがに良くなかった。作ってしまったので使うしかない。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石垣に帰るぞ。

2019-02-16 04:06:05 | 石垣島

小田原にひと月半ほどいた。今日石垣に帰る。小田原には仲間が沢山いるので、居心地は良い。説明なしに私が何ものであるかを理解してくれる人の中にいる安心。これが少し、絵を描くには甘くなるところでもある。雲水修行に出なければならない時はやって来る。いたるところ青山あり。野垂れ死にの場所に向って放浪に出発する。まあ、放浪と言っても石垣島にもどるのであるが。無意味に向って歩いてゆくという事である。小田原の暮らしは意味があり過ぎるのであろう。正義の御旗を立てた暮らしは絵を描くうえでは良くない。というようなところが、ひと月半の小田原生活の感想である。なんとなくやることがある。やることが正しいことだから、退屈をしないで埋まってゆく毎日。農作業というものはそういう健全なものだ。絵を描くというようなことは、どうしようもない暮らしだ。良い趣味ですねとせいぜい言われる、千日回峰行が絵を描くことだ。この穀潰しと思われている、千日回峰行が絵を描くことだ。それでいいのだ。ニャロメ!

次に小田原に来るのは4月末の田んぼの種まきである。今度の小田原は暖かくなっているだろう。一番寒い時期に小田原にいたというのは、間違いであった。温度差が20度もあるのでは、もう身体の方が対応できない。どこか身体が早く石垣に戻りたいときしんでいた。小田原で自分としてのやらないとならないと考えていたことは、これで一段落終わった。今までやってきたことの責任のようなものがあるとすれば、今回で終わった。これからは、協力して付いてゆく立場である。やれることはやるつもりであるが。口を出さないこと。もうたいした力にはなれないと思うと寂しいが。あれこれ、事務的な残務整理は大変だった。まだ気になることはないこともないが、生きて居れば何時も片付くという事はない。電気の名義変更は、東電が何度でも名前を間違えてしまう。東電は意味不明だ。現場から離れて、状況を理解しようとしないまま、受付業務だけ機械的に行う仕組みがおかしいのだろう。黒柳さんが処理してくれた。う・・ん・・・原発と同じか。

小田原ではタマネギと、小麦を作っている。みんなでやっているから、私の分もなんとなく進んでいる。タマネギは6月が収穫だから、小田原に来ているので大丈夫だ。諏訪の原圃場の玉ねぎの草取り、片づけは昨日終わらせた。4月の末に小田原に戻った時、草でおおわれていることだろう。それではタマネギは無理かな。もう野菜を作ることは無理なのだろうか。小麦も草取りと追肥はした。もう一度草取りは居るだろう。麦の収穫も6月になるが、6月田んぼの田植えが終わって、麦を収穫してから石垣に戻るという事になるのだろうか。麦刈りは出来ないか。小田原生活が1月半とまた長くなるが仕方がないか。麦の脱穀から精粉とみんなにやってもらうほかない。麦が終わるとすぐに大豆播種だが、大豆の畑の準備位は出来るかもしれない。4月小田原に戻るとすぐに絵を語る会を予定した。絵を語る会があるぞと思いながら、石垣で絵を描くのだろう。その後7月には水彩人の集まりがある。ここで今年2回目の絵を語る会を行いたいと考えている。そして本展で絵を語る会を行うと、今年は3回の開催になる。

 さあ石垣に帰るぞ。力まなくてもいいのだが、つい嬉しくなって大声で書いてしまう。早く石垣で散歩をしたい。実は散歩用の靴を購入して石垣に送った。石垣ではいていた靴が、底がはがれてしまったのだ。毎日水溜まりの中歩いていると、こういう事もあるのかと少し石垣の湿った気候を感じた。今も石垣は雨続きという事のようだ。石垣で雨の絵が描きたい。雨で濡れた色を見ていると、描きたくなる。石垣が好きになった理由かもしれない。空は晴れ晴れと明るい、しかし広がる景色は濡れている。濡れている大地は豊潤に見える。豊かなみのりを感じさせてくれる。石垣はもう田植えが進んでいることだろう。水田のかがやきが早く見たい。今度こそいい絵を描くぞ。これがいけない。今度こそ自分の絵を描くぞ、だ。見えている、見ている自分を描く。成田を10時に出て、1時半には石垣である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一人暮らしの孤独感

2019-02-15 04:34:46 | 暮らし

麦の会の小麦畑 追肥、土寄せ後の様子

人間はそもそも一人である。孤独老人などという言葉はどうも甘ちょろいお話。人間生死に向かい合う事が、自分を自覚するという事。もっと深刻に、ごく当たり前に一人である。個の確立があれば、孤独とは関係がない。私絵画を描くという事はそいう事と向かい合っているということになる。自分というものと向かい合わないで、私絵画の絵が描ける訳もない。人間一人で生まれてきて、一人で死んでゆく。これは有難くもないが、事実だ。寂しいものであるが、受け入れるしかない。受け入れるしかないのであれば、正面で向かい合った方がいいと思いやっている。なんとなく暮らしに紛らわせて、命の意味を避けるつもりはない。今の室温は4度だ。暖房は使わない。寒いからこういうことを考えるのだろうか。一人で自分というものと向かい合うという事は、孤独とは違う。人は個であるが、それを孤独という言葉で表すのは違う。言葉は怖いものだ。個の自覚は孤独という言葉では置き換えられるものではない。個は自己確認の最初の道であり、前向きで厳しいものだ。孤立という言葉ならまらまだいいが孤独はいけない。孤立は個であるという事からいつも起こることだだからだ。

「連帯を求めて孤立を恐れず。」共産党員時代の詩人谷川雁の言葉だという。(谷川雁についてはまた別稿で、前に書いた気もする。)それが全共闘運動の安田講堂の壁に殴り書きされていた。1969年の昔兵舎だった金沢大学の美術部の壁にもその言葉は書かれた。それは自分の自給生活の根に残っていた。言葉が自分を励ました。一人で生きる。個で生きなければならない。だからこそ、人とのかかわりを失ってはならない。人に依存しながらの孤独など甘ちょろい。こういう思いつめた気持ちで始まった、開墾生活だった。「その辺のもので生きる。」鹿児島で自給生活をしている青年の座右の銘だそうだ。この軽さがなかなかいいではないか。力みがないところが、私よりだいぶ上質である。山の中で自給を目指し、開墾生活をした。それは案外たやすいことであった。偉そうに孤立を誇るようなことではなかった。自給生活は到底生きる目的というようなものではない。ここから生きるが始まる自覚。個に生きるものこそ連帯を求めなければならない。「力及ばずして倒れることを辞さないが 力を尽くさずして挫けることを拒否する」壁にかかれた言葉はこのように続く。あの言葉が残っていて、あしがら農の会を始めたのだと思う。

小田原生活は一人暮らしである。やはり自分と向かい合う。石川県体育館裏の、馬小屋で寝泊まりしていたころを思い出す。寒かったせいなのだろう。孤独とも孤立とも思わないが、少し内省的に暮らすことになる。このブログの向こうにいる、一人で生きている人を思う。連帯なのか、甘えなのかはわからないが、記憶をたどりながら、どこかで誰かに無数に、永遠に繋がっているのだと思う。そういう事が絵を描くときの色に出たりする。色の記憶。これは案外に深いところに染み付き消えない。学生の時の授業で描いた、桜の木の濡れた幹の色。あの濡れ色の深さはどういう訳か今も思い出す。きっと大学にいたころはロマンチスト的に甘ちょろく孤独だったのだろう。私の笠舞の下宿にはいつも誰かが泊まりにきているような、賑やかなものであったが、孤独というような気分は今よりずっと強かった。この孤独は理解されないという、甘えに裏付けられた情けないものであったと思う。

70年も生きて来て個である自覚を、孤独というような言葉で表わしてしまうと実につまらない。後ろ向きでしかない。通俗でしかない。孤独はせいぜい若者の独りよがりの世界観にお任せする。老人としての私は近づく死を自覚して、個として自立しなければ恥ずかしい。個である確認のおしまいは死の自覚だ。孤独は群衆の中の孤立感である。群衆という想念の中の孤立。人間は最後には一人の存在としての自覚に至ることだろう。死ぬという事がそういう当たり前の事なのだから、死が身近になれば個としての存在の自覚を考えることが当たり前のことになる。自分とは何か。死を前にしてそういう事になるのではないか。いつまでたっても分かりたい肝心なことに至れないのは情けない限りである。修業は確かに不足している。そのちょっと先まで行きたいから絵を描く。そういう事ではなかろうか。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

電話のできるタブレットを買った。

2019-02-14 04:50:48 | 身辺雑記

ヤフーオークションで通話可能タブレットを購入した。これが最後になりそうで焦って購入した。docomo ソニータブレット XPERIA Z4 SO-05G 地デジAndroid7.0 というもの。画面の大きさは10.1インチ。キーボード付きカバーと併せて、送料込みで35.000円弱で買った。重量はセットして800グラム。このタブレットの特徴は音が良いことだ。でん田楽団の演奏を1時間半動画で録画したことがあるが、音も画像もなかなかの出来だった。この機種が電話のできる最後の機種のようだ。同じdocomoでなければ、シムカードが使えないと言われたので、買える機種も限定された。今使っているタブレットが怪しくなっている。まずは防水機能がだめになっている。雨にぬらしたら、曇ってしまった。写真が取れなくなった。もう駄目かと思っていたら、だんだん曇りが抜けてくれた。なんとか生き返った。もう濡らすことは避けなければならない。液晶画面の下のあたりが少し薄暗くなっている気がする。電話は相手が聞き取りにくいらしい。マイク機能も悪いのか。何時使えなくなっても、仕方がないような気がしてきた。もし壊れたら後がないと思ったら怖くなった。

混んでいる鴨宮のドコモショップに出かけて、いろいろ教えてもらった。迷惑な客で申し訳なかったが他に方法がない。ドコモショップでは5,6年使えばダメになっても仕方がないのがタブレットだという診断だった。しかも後継機種がない。スマホにした方が機能がいろいろあってお勧めといわれる。タブレットとスマホを2台持てばいいでしょうと言われてしまった。2つの持ち歩き管理はとうてい無理だ。どうしてもタブレットでなければ、作業が出来ない。スマホの大きさでは私の目では文字が小さすぎて無理。キーボードでなければ文字が打てない。親指で打っていることが信じられない。ではノートパソコンでやれるかと言えば、写真はとれないし、電話ができない。いや写真の取れるノートパソコンはあるかも。どうしても通話可能タブレットが良いという事になる。それなら中古を探して購入してもらうしかないという事が結論だった。量販店や他のドコモショップでもしかしたら在庫がある可能性はある。そう言われてあちこちの店に行っては見たが、やはりない。こんなに便利な通話可能タブレットが何故普及しなかったのか。私の使い方が特殊なのだろうか。

インターネットで購入すべき機種がどれかを知ることが大変だった。ドコモショップに行っても、通話のできるタブレットなどありません、から始まる。「あるのですよ。」と言って自分のものを見せるとびっくりして(顔には出さないが)調べてくれる。こんな状況から始まるのが普通だ。それくらい普及していないものが通話可能タブレット。ドコモショップでは同じものを買えばいいというが、どれが同じかがそもそもわからない。ネットの表示はまったくあれこれである。そんな迷い事を言っていられない状況であるので、運試しである。この後さらに入手が困難になるのは眼に見えている。この先通話可能タブレットの新製品が出るような感じはない。目をつぶって購入した。タブレットが来るまで不安だった。来てみたらどうもウンデモスンでもない。どこを押しても反応すらない。失敗したか。何がおかしいのかすらわからない。

困ってまたドコモショップに出かけた。本当に迷惑な客だ。ロックがかかって居るので動かないのかなとか言って、どこかをひらいてしらげていたうようだ。小さな針で差し込んだようだった。そうしたら動き出した。愛想のないお兄さんが救いの神見えた。ただしこの機種は若干違うというのだ。シムカードを買い替えないとならない。マイクロシムカードを今の機種は使っている。この機種はナノシムカードという事だった。初めてシムカードが3種類もある事を知る。2160円で交換できるそうだ。それは石垣島のドコモショップでも売っているので心配ないそうだ。今のタブレットが使えなくなったら石垣のドコモショップへ交換に行けば大丈夫とのことだ。何はともあれ電話が出来るなら、問題ない。しかしまだ、シムカードを入れ替えたわけではないので、不安は残っている。タブレットのようなでかいものを顔に当てて電話している図が、おかしすぎて想像できないと言う人がいた。それじゃーさすがに変人だ。そうではないのだ。タブレットを普通に前において、電話をしているのだ。うるさい場所では、イヤホンで聞く。音もその方がよく聞けるのだ。年寄りは危なくて歩きタブレットなどやらない。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする