ひこばえ農法をネットで調べた。3つの文章があり、参考にしたい。よく、よく読むために、ブログに転載させていただいた。こういうことはやっていいのかどうかわからないが、今のぼたん農園でやっている実証実験の為なので、許してもらいたい。
超越的高収量・高水生産性水稲ヒコバエ栽培法のメカニズムと環境負荷低減効果の解明 山岡 和純 国立研究開発法人国際農林水産業研究センター, 企画連携部, 再雇用職員 (70463883) 溝口 勝 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 教授 (00181917) 木村 匡臣 近畿大学, 農学部, 講師 (80725664) |
本年度は、熱帯多年生イネ栽培の高収量メカニズムの解明および環境保全面の評価のため、以下を実施した。 (1)熱帯多年生イネ栽培試験については、共同研究機関であるミャンマー農業研究局DARの試験圃場において各種比較栽培試験を実施した。コンクリートタンク試験水田の試験結果から、前作稲収穫前後4週間を土壌乾燥条件で水管理した再生稲の籾収量は、飽和条件で水管理した場合に比べて50%以上増加すること、また、前作収穫後に行う再生作のための追加的な株刈りには増収効果は認められないことを明らかにした。また、試験圃場でのコンバインハーベスタを導入した再生稲栽培試験では、手刈りによるものと同等の収量が得られることを確認した。 (2)イネの生育・環境等のモニタリングについては、コロナ禍でミャンマーDAR試験圃場や東京大学生態調和農学機構の慣行水田での試験ができなかったため、代わりに茨城県土浦市宍塚のSRI水田に気象センサー、水位センサー、生育調査カメラを設置して、ICT技術によるフィールドモニタリングシステムを構築した。また、ドローンを用いてイネの背丈を観察する手法を開発した。 (3)熱帯多年生イネ栽培の環境負荷低減効果については、ミャンマーDARにおいて、熱帯多年生イネ栽培法及び慣行移植農法による水田からの栄養塩類の排出負荷量を計測するための実験対象水田区画を選定した。そして、試験水田圃場における田面水を定期的に採水し、栄養塩類の分析を実施することにより、その濃度の時系列データを取得した。
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ひこばえ農法がミャンマーで日本の研究者によって、研究されている。来年3月までの研究という事だが、ぜひともその成果を公開してもらいたい。今公表されている情報は稲刈り前後4週間乾田状態にすること。
そして、稲株の狩り戻しには意味がないという事が書かれているが、この実験ではスマトラ島の株の切り戻しには意味がないという結論だが、本当なのかまだ疑問が残る。これだけ読むと、どのような実験をしているのだろうかと思う。
もう一つの実証実験が農研機構が九州で行っていることがわかる。
福岡県筑後市にある農研機構九州沖縄農業研究センターの試験圃場において、生育期間の気温が比較的高かった2017年と2018年に、研究用に開発された多収系統を用いて行いました。両年とも、3月中旬に苗箱に播種・生育させた苗を4月中旬に本田に移植し、1回目稲を8月中旬(早刈、出穂からの積算温度7)900℃)又は下旬(遅刈、出穂からの積算温度1200℃、多収品種では標準的な収穫時期)に地際から50cm(高刈)又は20cm(低刈)の高さで収穫した後、2回目稲を11月上中旬に収穫しました(図1)。また出穂は、1回目稲が7月中旬で、2回目稲が1回目稲を早刈すると9月上中旬に、遅刈すると9月中下旬になりました。なお、稲体の窒素を常に高く保つため、追肥を1~2週間毎に行いました。
1回目稲を遅刈すると、1回目稲は早刈に比べて登熟8)が良くなり、精玄米で180kg/10aの増収になりました(図3)。また、このときの2回目稲は、早刈に比べて出穂が遅れ、気温の低下により登熟が悪くなったものの、成長に利用可能である非構造性炭水化物9)が切株に多く残った(図2c)影響で籾数が減少せず、30kg/10aの減収(高刈と低刈の平均値)に留まりました。このため、1回目稲と2回目稲の合計収量は、150kg/10aの増収(高刈と低刈の平均値)になりました(図2b)。
1回目稲を高刈すると、2回目稲は低刈に比べ、非構造性炭水化物や緑葉(葉面積指数10))が切株に多く残った(図2c、d)影響で籾数が増加するとともに登熟も良くなり、精玄米で190kg/10aの増収(早刈と遅刈の平均値)になりました(図2b、図4)。
以上のことから、1回目稲を十分に成熟させた時期に地際から高い位置で収穫することにより、1回目稲と2回目稲の合計で多収となることが明らかになりました(図3、図4)。なお、生育期間を通じて気温が高く日射量が多かった2018年には、生産現場の平均収量(福岡県で0.50t/10aの精玄米収量)のおよそ3倍に当たる1.47t/10aの粗玄米収量(精玄米収量で1.44t/10a)に達しました。
ここでは実際の手法については、詳しくは書かれていないので、実験の実態が分からない。乾田状態と切り戻しをどうしたのかをもう少し詳しく、知りたい。
以下山岡氏という日本でのこの研究の中心に動かれている方の文章がある。少し長いが、かなり詳しく書かれているので、参考にしたいので転記させて貰った。
開発の現場から SALIBU:蘖(ひこばえ)で目指す第二の「緑の革命」
山岡和純 農村開発領域主任研究員 国立研究開発法人国際農林水産業研究センター
1. はじめに-蘖(ひこばえ)って何? ヒコバエの話をしますと、「どんな蠅でしたっけ?」などと訊ねられることがありま すが、蠅ではありません。これは、刈り取り後のイネの茎から自然に出る側芽が伸びた 「孫生 ひこば え」のことで、漢字では「 蘖 ひこばえ 」などと書かれ、学術的には「再生イネ」とも呼 ばれます。
日本では通常、イネの「孫生え」は、成長しても穂が出る前に枯死するか、 穂が出ても中身が空のことが多く、田に鋤きこまれるか、わずかに実ったものが家畜の 餌にされますが、熱帯・亜熱帯地方では、苗から育てたイネの 20~50%ほどの収量が 得られ、前作の補完(追加)として主食用に収穫されることがあります。しかし、収量 が低い蘖の生産は常に一代限りで打ち切られて、その収穫後は播種から始める通常の栽 培に戻されます。蘖の収穫後に再び蘖を育てるなどということはあり得ませんでした。 ところが、ちょっとしたある工夫を加えて育てますと、播種して苗から育てたイネと 同等以上の収量が「再生イネ」からも得られることが発見されました。
この方法は播種、 代掻き、田植えが不要で、収穫までの日数も苗から育てるより 10~20 日短縮できるの で、蘖の収穫後に再び蘖を育てるということを繰り返すと、2 年間で 7 回ほど最初のイ ネと同等の収量で収穫できます。
通常の二期作ですと 2 年で 4 回の収穫なので、年間の 収量が 2 倍近くになり、しかも、一作当たりに要する肥料の量は同じで、農業用水の消 費量は 5~6 割減ります。これにより年間の水生産性が著しく向上します。 通常の蘖(左)と SALIBU 農法技術による蘖(右)では一 株あたりの側芽(分げつ)の数が大きく異なる。(インドネ シア西スマトラ州で)
SALIBU 農法技術による 2 年 7 作と通常の 2 期作(2 年 4 作)の播種・収穫時期の事例 2
この画期的な蘖農法はインドネシアのスマトラ島が発祥の地です。当地の農業技術評 価試験場の支所に勤務していた Erdiman 研究員が、農民たちを助けたいと考えて開発 した新技術で、現地農民が蘖のことを指して呼んでいる SALIBU(もともとはインドネ シア語の「SALIN(複製)」と「IBU(母)」との合成語)という用語を用いて、SALIBU technology と名付けました。
ところが、誰もこの新技術をまともに研究として取り上げ ず、インドネシア以外では全く知られていません。そこで筆者は彼と相談して、この技 術をミャンマーで研究して世に知らしめようと、2 年前に活動を始めたところです。
2. 西スマトラの高地稲作での蘖栽培 世の中には常識と思われていることが事実に反することが度々あります。イネは世界 各地で一年生植物として栽培されています。ミカンやリンゴやブドウなどの果樹のよう に、何年も生き続けて繰返し収穫できる多年生の作物ではなく一年生の作物だと常識で は考えられています。
国際標準産業分類(ISIC)第 4 次改訂版(仮訳)の「詳細構造と 説明」にも、他の穀類や野菜と共にコメの栽培は「非多年生作物の栽培」欄に位置づけ られています。
ところがイネは、そもそも熱帯地方では多年生植物として生存でき、蘖 による穀物(ラトゥーン・クロップ)を何世代にもわたって繰返し収穫できる生き物な のです。ただし、その性質の強さには栽培品種間で差異があり、大きくはアジアイネで あるオリザ・サティバ亜種のインディカ、並びにアフリカイネであるオリザ・グラベリ マ亜種の品種と比較して、オリザ・サティバ亜種のジャポニカとジャワニカ(熱帯ジャ ポニカ)は、多年草としての性格をより強く有していることが知られています。
また、蘖は省力的に栽培できるものの収量が著しく低いので、その収穫後は播種から 始める通常の栽培に戻すのが常識とされてきました。インドネシアのスマトラ島西スマ トラ州ブキティンギ市近郊のマトゥール村(標高 1100m)でも、以前から農民たちが蘖 を栽培してきましたが、やはり収量が低く一代限りでした。
ここは赤道直下にも拘わら ず標高が高く気候が冷涼なので、農民たちはKurik Kusuik 及び Lumut Kurik Kusuik という耐寒性のイネ品種を栽培していましたが、これは播種から収穫まで 145 日を要 する晩稲でした。通常作がもしもの不作に陥る事態に備えて、彼らは一部の水田で蘖を 追加的に栽培、収穫し、リスクを分散していたのです。
イネの場合は蘖農法と呼びますが、 植物の株と根を残して側芽を出させ、 これを育てて穀物等を収穫する手法は 一般的に「株出し栽培法」と呼ばれ、サ トウキビ、バナナ、ソルガムなどの作物 では合理的な収穫量が得られる確立し た農法とされています。
例えば宮古島 のサトウキビでは右図のように、株出 し栽培が 2012 年以降拡大し 2017 年に は全体の約 6 割を占めています。 出典:宮古毎日新聞(2017 年 11 月 16 日)
3 イネの場合に蘖栽培が広がらないのは、従来の蘖農法には欠点が大きく 2 つあり、一 つは穂数も 1 本の穂に実る籾数も少なく反収が低いことと、もう一つは同じ株から生え る複数の蘖の成長速度に差があり、出穂時期や収穫適期がバラバラになることでした。
このため、一度に全て収穫しようとすると未熟米や過熟米が多く発生するので、それを 防ぐには適切に熟した穂を選択して 2~3 回に分けて収穫する必要があり、収穫作業の 効率を著しく低下させ農民に不評でした。
3. SALIBU 農法技術の誕生~筆者との出会い 2007 年に妻の実家があるマトゥール村を訪れた Erdiman 研究員は、農民たちから蘖栽培の欠 点について相談を投げかけられ、蘖の栽培と成 長の観察を 2 年間続けた後、収穫後に残る切り 株を当時主流の 15~20 ㎝よりも短く、圃場面ギ リギリまで刈り込み、かつ一定期間は土壌を湛 水せずに湿潤に保つことを思いついたのだそう です。
その後も栽培試験を続け改良を重ね、2014 年に筆者が初めて現地(西スマトラ州のタナダ タールという標高 500~600m の地域のパリア ンガン村)を訪れた時には SALIBU 農法技術の 栽培手順がほぼ確立していました。
まず、収穫は通常の収穫よりも 1 週間早い生理的成熟期に手刈りで、地表面から 25~40cm 程 度でいわゆる穂刈りをします。その収穫の 1~2 週間前に次世代のための 1 回目の施肥を行い、 このとき施肥と同時に落水して、以降 3~4 週間程度の間、土壌水分をフィールド・キ ャパシティー(湛水せず地表に水はないが、土壌内は水分で満たされている。圃場容水 量ともいう)の状態に保ちます。
彼によれば、収穫適期である生理的成熟期の判断は、 見た目で稈 かん (イネの茎のこと)や葉が黄茶色に色づくもまだかなり青みも残っており、 穂にも帯緑色籾の割合が通常(たとえばコシヒカリでは 10~15%とされている)の 2 倍程度の割合で残っている段階とします。
その趣旨は、株(稈と根)の活力が少しでも 多く残っている間に収穫するということです。 土壌水分をフィールド・キャパシティー状態に保ったまま、収穫の 1 週間後に動力草 刈機を用いて、穂刈りで残った長さ 25~40cm の株(稈束)を地表面から 3~5cm のと ころで再切断します。
その 1 週間後に深さ 1~3cm 程度の灌水を開始して湛水状態を保 ち、その 1 週間後に蘖が 15~20cm 程度に育ったら湛水深を通常の 5~10cm に保ち、 1 週間以内に次の 4 点を実施します。
① セパレーション・アンド・アディション(分げつの多い株から分げつの少ない株 に根付きの稈の束を一部移植し、株の大きさを均等化する)、 稲株を示す Erdiman 氏(2017 年 5 月) 4
② インサーション(気中根が多い株をその位置で数 cm 土中に押し込む)
③ ウィーディング(除草。落ち穂から出た芽や、異常に早い出穂稈も雑草と見なし て除草する)、
④ 2 回目の施肥 セパレーション・アンド・アディションは、慣行農法で言うところの田植え後の補植 に相当します。株の大きさ(有効分げつの本数)を均等化することで欠株を防ぎ、各株 の成熟速度をそろえます。出穂時期や収穫適期を均等化する上で重要な作業です。
イン サーションは浮き株の土中への挿入です。親稲の稈にはいくつかの節があり、蘖の芽は いずれかの節から分げつするのですが、できるだけ地表面に近い節からの分げつが望ま しく、土壌中の節からの分げつが最も理想的です。何故ならば、蘖の芽が出る節から根 も生え、この根は蘖に直結して水分と養分を土中から吸い上げるからです。
もし、蘖の 芽が出た節が地表面から離れてい ると、節から出た根は気中根となり 時間と共に劣化して朽ちるので、そ の蘖は水分と養分を吸収するのに 古い親の稈と根を使わざるを得な くなります。このような蘖は栄養不 足で稈が細く弱々しく、穂も小さく なります。
そのため、気中根が目立 つ株を見つけたら株全体を土中に 数 cm 押し込むのです。ウィーディ ングは、湛水状態よりも雑草が生え やすいフィールド・キャパシティー 状態の下でとくに重要な作業です。
再切断から 4 週間後に灌水を中 断し、湛水状態からフィールド・キャパシティー状態に戻して 2 週間維持します。再切 断から 6 週間後に 3 回目の施肥と 2 回目の除草を行うとともに、再び灌水を開始して 湛水状態を保ちます。
そして親稲の時と同様に、収穫は通常の収穫よりも 1 週間早い生理的成熟期に行い、その収穫の 1~2 週間前に次世代のための追肥を行います。 上記の手順を数世代にわたり繰り返すことで、2 年間で 7 回の収穫を目指します。
そ の間に反収は落ちないので、原理的には 3 年でも 4 年でも続けられるはずですが、西ス マトラ州の農民によれば、次第に土壌が硬く締まってくるので、多くの農民は 2 年間以 内に再び耕耘、代掻きを行ってリセットしています。
筆者は 2017 年 5 月にタナダター ルを再訪した際に、同地域の 460 名の農民全員が同農法技術を実践し、さらにメイン・ クロップ(親稲の収穫物)とラトゥーン・クロップ(蘖の収穫物)が同価格で市場に出 荷されている事実に接し、同農法技術への現地農民からの信頼と消費者からの支持を実 感しました。
親株の根元 の節から生 えたヒコバ エ 親株の根元 から生えた ヒコバエに 直結した根 親株の桿の地表 面から離れた節 から生えたヒコバ エ 親株の古い桿 親株の古い根 親株の古い桿の 節。ここから生 えた気中根は既 に枯死 親株の根元の節から生えるヒコバエと地表 面から離れた節から生えるヒコバエの違い 5
4. SALIBU 農法技術で栽培された蘖は従来の蘖とどこが違うのか 苗から育てた通常の移植栽培イネと比べて 20~50%ほどの収量しか得られなかった 従来の蘖が、SALIBU 農法技術の下では何故 100%かそれ以上の収量が得られるので しょうか。100%の収量が得られることで蘖から蘖へと連続的に栽培する発想が初めて 生まれ、SALIBU 農法は改めて「熱帯多年生イネ栽培法(Tropical Perennial Rice (ToPRice) Farming System)」として世界にデビューしていく道が与えられたのです から、この点を明らかにすることが極めて重要です。
上の二枚の写真を比較すると判りますように、一言でいうと通常の蘖は茎葉が十分に 成長しきらないうちに栄養成長から生殖成長に移行して出穂してしまいますが、 SALIBU 農法の下では通常の移植栽培によるイネと同様に、まず茎葉が十分に成長し てから出穂します。
イネの蘖栽培に関する研究は、1950 年代以降多くの研究者によって盛んに取り組ま れてきました。その分野は、草丈などの形態学、植物生理学、成長速度、品種特性、分 げつ能力、生育期間、代掻き均平と親株の移植間隔、親イネの収穫時期、親株の切断長、 肥培管理、水管理、温度および光の強さなどの多岐にわたっています。
フィリピンの国 際稲研究所(IRRI)では 1986 年頃より、それまで蓄積された膨大な知見と共に、より システマティックに研究成果を取りまとめる作業を開始し、イネの蘖を研究する 26 名 の研究者の参加を世界各国から得て、1988 年にテキスト”Rice Ratooning”を取りまと め、その後の研究のベースを構築しました。その後現在に至るまで、世界中の研究者に よりイネの蘖に関する数多くの研究が取り組まれたものの、何れの研究においても蘖イ ネの穀物(Ratoon crop)の収量は、その親イネの穀物(Main crop)の収量の概ね 20 ~50%程度の範囲にとどまるとの結論であり、このため Ratoon crop の栽培と収穫は Main crop の収穫を補完するための一代限りとするのが当然の常識となっていました。
蘖の栽培を二代続けるよりも、蘖の収穫の後は株を土に鋤き込み代掻きを行って、播種 から行う通常の栽培で 100%の収量を得る方が良いに決まっているからです。
隣接する区画において同条件 で栽培した同品種の親イネを 同時期に収穫し、親イネの株 の切断処理方法を変えて比較 した。
左は IRRI が推奨する 地表から 15~20cm で切断し た通常の蘖、右は同 5 ㎝で切 断しその前後各 2 週間土壌水 分条件を圃場容水量に保った SALIBU 農法技術による蘖
通常の蘖は分げつも少なく草 丈が伸びきらないうちに出穂 するがSALIBU 蘖は出穂せず に栄養成長を続ける
6 地方の農業技術評価試験場の研究者であった Erdiman 氏は、英語の読解や会話が不自由なため、IRRI のテキストや英語論文による数多くの研究の蓄積に触れる機会があ りませんでした。このため研究者の世界の常識に囚われることなく、膨大な過去の研究 蓄積を肯定も否定もせず、ただ純粋に農民のために蘖の成長の様子を日々観察し、試行 錯誤を繰返したのです。
そして問題解決の鍵は「親株の桿の根元から蘖を生えさせる」 ことにあり、そのために「穂刈り(地上高 25~40cm の高刈り)で収穫した後に、地表 面から離れた節が取り除かれるように親株の桿を 3~5cm に再切断する」ことを基本に 据えたのです。
そして、土壌水分を収穫の前後の 4 週間、インドネシア語で「マチャマ チャ」と呼ばれる「フィールド・キャパシティー」状態に保つことが、この親株の切断 長と並ぶ重要なポイントであることを発見したのです。
収穫時に単に親株の桿を地上高 3~5cm で切断することは、世界中の各地で日常的に 行われています。この切断長をいろいろと変化させて比較する研究も過去に多数行われ てきました。しかし、通常は収穫の少し前から土壌を乾燥させ、かつ、穂が十分に熟し 乾燥が進んでから収穫するので、その間に株と根が弱ってしまい、地上高 3~5cm で切 断しても根元から多くの蘖が生えてくることはありませんでした。
Erdiman 氏は、親株の切断時まで株と根の活力を保ち、株元から多くの蘖を生えさ せるために、農民の話に耳を傾け、試行錯誤と工夫を重ねて、 西スマトラ州の 同じ村で高さ 40 ㎝程度に育った 通常の蘖(左) と SALIBU 農法 技術による蘖 (右) SALIBU の蘖の姿 は、一見して通 常の移植イネと 見分けがつかな いほど旺盛な成 長を見せる
株を 5 ㎝程度に再切断した 3 週間後の SALIBU 蘖で、セパレ ーション・アンド・アディション(株の大きさの均等化) を行う直前の状態(上)。順調に成長した蘖は分げつが旺盛 で、茎葉が十分に成長するまで出穂しない(右)
7 ① 通常の収穫時期の 2~3 週間前に湛水状態から落水し土壌水分をフィールド・キ ャパシティー状態に保つ
② 上記と同時に次世代の蘖のための施肥を行う
③ 通常の収穫よりも 1 週間早い生理的成熟期に、地表面から 25~40cm 程度で穂刈 りによる収穫を行う
④ 収穫の 1 週間後に動力草刈機を用いて親株の桿を地上高 3~5cm で再切断する
⑤ 再切断の 1 週間後に深さ 1~3cm 程度に湛水して浅い水深を保ち、その 1 週間後 から湛水深を通常の 5~10cm にする という手順を確立しました。
まず、この作業手順のうち、④の再切断作 業を動力草刈機で行うことにより、この作業 は労働負荷が著しく軽減されました。この発 明は Erdiman 氏の大きな功績です。
穂刈りで 残った 25~40cm の桿を一週間置いてから再 切断する理由は不明ですが、彼の経験から一 週間置くことが最適とされています。筆者の 観察によればこの一週間の間に蘖が成長し、 長さ 10~20cm 程度の葉が多数繁ります。
これ らの葉で光合成により炭水化物が生産され、 親株や根に栄養が蓄積され、活力が増進され ている可能性があります。 そして③はこれまでの農民の収穫作業を 1 週間早く行うだけのことですし、②はちょっ とした追加作業に過ぎません。
これらの②~ ④の作業は明快でわかりやすく農民達も直ぐ に実行できます。 一方、①と⑤は地味な水管理作業ですが、実はこれらがとても重要な作業なのです。
上述したように、①は土壌の乾燥を防ぎ、③とも相まって株と根の活力を保つことに貢 献します。地表面が湛水していて泥濘んでいると足場が悪くなり、収穫作業の労働負荷 が高まりますので、フィールド・キャパシティー状態に保つというのは、収穫作業を無 理なく行うのに必要な程度まで地盤の支持力(地耐力)を高めつつ、湿潤土壌で根を保 護するという絶妙な土壌水分管理です。
そして⑤は、再切断直後のイネ株にとって最も 危険な「湛水による完全冠水」を防ぐための水管理となっています。親株の桿を 5cm 以 下の高さで切断する研究は過去にも多数行われていますが、フィールドで栽培試験を行 う場合にこのタイミングで大雨が降ると親株が完全冠水して窒息し、死滅してしまうこ とがありました。このため、親株の桿を短く切断するのは危険な行為とされてきたので す。
⑤では農民達に、再切断の 1 週間後まではフィールド・キャパシティー状態を保ち、 その後は深さ 1~3cm 程度に湛水して 1 週間後まで浅い水深を保つことを求めていま す。
8言い換えればこれは、水田からの排水のコントロールをしっかりと行いなさいとい うことです。農民達は日々水田の状況を見に出かけ、地表面に水が湛水していないか、 湛水深は浅いかを敏感に観察してきめ細かく水管理をしますので、その結果として自然 に完全冠水の危険を回避することができるのです。
5. SALIBU 農法技術による増収効果と水資源節減効果 結局、農民たちにわかりやすい方法で、親株と根の活力を最大限維持すると共に、完全冠水のリスクを回避して、蘖の成長過程を慣行農法による移植苗の成長過程にいかに 近づけるかが、SALIBU 農法技術の神髄であると言えます。
前頁の⑤の作業の後に、セ パレーション・アンド・アディション(株の大きさの均等化)やインサーション(気中 根が多い株をその位置で数 cm 土中に押し込む)といった作業を行うのも、その延長線 上にあります。
慣行農法による移植苗の成長過程に極限まで近づけることで、親イネの 穀物(Main crop)収量と同等の収量を目指すのです。 このことを体系的に解明する先行研究はこれまで行われていません。
穂刈りによる収 穫の後 1 週間おいて再切断することによる効果についても、品種による違いも、株によ る穂数の違いも、蘖が出やすい節との関係もわかっていません。
今後は栽培学の分野で のこれらの仮説を体系的に検証する研究が望まれます。現在筆者は農業水利の立場から、 SALIBU 農法技術が水生産性を如何に向上させるのかを解明すべく、ミャンマー連邦 共和国の農業畜産灌漑省農業研究局(MOALI/DAR)と共同で、試験ほ場を設定してフ ィールド研究を進めています。
その過程で SALIBU 農法技術と慣行農法の反収等の比 較データも得られることになります。農業研究局の施設内に 2017 年 1 月と 6 月に 2 か 所の試験ほ場を設定して、試験栽培とデータ収集を始めています。 同局ではこれに先行して、1.8m×2.4mの大型ポット 15 個で SALIBU 農法技術の連 続栽培試験を実施しており、現在は第 6 世代のラトゥーンクロップの収穫を迎えようと しています。
これ は、同局が所在する 首都ネピドー市近 郊のイエジン市付 近の農民が一般的 に栽培している Thee Htat Yin とい う比較的早生の栽 培品種を用いて、 2016 年 11 月にメイ ンクロップを収穫 し、その後 SALIBU 農法技術を適用し て栽培試験を続け 大型ポット試験栽培による親イネ~SALIBU 蘖第 1~5 世代の収量、草 丈、有効分げつ数及び地上部バイオマス量の推移しているものです。
その平均反収は、 メインクロップが 5.3t/ha、SALIBU 第 1 世代~第 5 世 代のラトゥークロ ップが 9.1t/ha、 6.9t/ha、11.5t/ha、 6.9t/ha、11.0t/ha と推移していて、 蘖の全世代で親イ ネの収量を上回っ ています。
同局が 2017 年 6 月に設定した試験ほ場では、上述の栽培品種 Thee Htat Yin に加え て、晩稲の Sin Thu Kha 並びに早稲の Shwe Thwe Yin という 3 品種を用い、それぞ れ栽培水管理法として W1:SALIBU 農 法技術、W2:SALIBU 農法技術+AWD (間断灌漑)、W3:慣行農法(Control) の 3 通りで計 9 通り、これらの試験区 を 4 反復のランダム配置により 36 区 画、右図の通り配置しました。
このうち同年 10 月の豪雨洪水災害 によって再切断後の株が冠水被害を受 け、作付のやり直しを行った Shwe Thwe Yin を除く 2 品種は、同年 10 月 にメインクロップを収穫し、2018 年 1 月に第 1 世代の SALIBU ラトゥーンク ロップを収穫しました。
その結果得ら れたデータを分析しますと、上述の栽培水管理法 W1 と W2 の SALIBU 蘖第 1 世代の両品種の収量は 4.59-5.91 t/ha で、親イネのメインクロップの収量 4.07-5.71 t/ha 及び W1、W2 と同時期 に栽培した W3(慣行農法)の両品種の 収量 3.41-5.10 t/ha と同等かやや上回 っていました。
また、同年 4 月に収穫 した第 2 世代の SALIBU ラトゥーンク ロップでもデータを整理中ですが、収 Small farm pond Water source (tube well) Plastic hose (φ2 inch) Legend W1: SALIBU V1: Variety 1 W2: SALIBU+AWD V2: Variety 2 W3: Conventional V3: Variety 3 親イネ 蘖第1世代 蘖第2世代 蘖第3世代 蘖第4世代 蘖第5世代 草丈 (cm) 92.7 68.2 96 119.9 87.8 76.5 穂長 (cm) 22.95 19.89 25.3 25.23 21.86 19.59 有効分げつ数 (/株) 10 38.6 16 32.6 28.4 49.4 一穂籾数 (/穂) 126.94 92.37 92.75 127.2 112.43 117.9 一株穂数 (/株) 9.78 36 16 32.6 21 49.2 1000粒重 (g) 21.68 18.92 19.9 22.26 19.8 17.87 登熟歩合 (%) 81.94 60.15 68 64.37 62.22 56.08 地上部バイオマス量 (g/株) 22.41 73.74 53.88 123.85 63.41 161.91 収量係数 0.49 0.51 0.53 0.47 0.46 0.35 株の再切断日 (年/月/日) '16/11/18 '17/03/03 '17/06/14 '17/09/18 '17/12/25 収穫日 (年/月/日) '16/11/11 '17/02/22 '17/06/10 '17/09/12 '17/12/19 '18/04/03 各世代の生育日数 (日) 115 103 108 94 98 105 収量 (t/ha) 5.3 9.1 6.9 11.5 6.9 11.0
大型ポット試験栽培による親イネ~SALIBU 蘖第 1~5 世代の収量及び収 量構成データ並びに株の再切断日、収穫日、生育日数 10 量が 4.66-6.46 t/ha となるなど、同様の結果が得られています。
これらの栽培に要した灌漑水量から計算により得られた水生産性の値(1 リットルの 灌漑水量で生産できる穀物の重量で、単位は g/l)は、SALIBU 蘖第 1 世代の両品種で は W1 が 1.40-1.76 g/l、W2 が 1.47-1.92 g/l となり、0.61-0.73 g/l であった同じ時期の W3 の 2.3~2.6 倍となりました。
つまり、同じ灌漑水量のもとで SALIBU 農法技術を 適用して栽培すると、慣行農法による栽培と比べて 2.3~2.6 倍の穀物が生産できると いうことです。これは、慣行農法で必要な苗代用水、代掻き用水が不要で、かつ、栽培 期間即ち灌漑期間が 2 週間程度短くなる分の用水量を節約できるからです。
一作期あた りでは概ね 60%程度の灌漑水量を減らすことができます。 慣行農法では 2 年間で 4 回収穫するのに対して、SALIBU 農法技術を適用した栽培 では 2 年間で 7 回同等の収量で収穫するので、作付面積が同じままで前者から後者に 移行すると、計算上は年間の収量がほぼ倍増する一方で灌漑水量は年間 20%ほど減じ ることができるという、夢のような未来が描けることになります。 このほか現在ガーナでも、ガーナ大学と共同でフィールドに設置された 54 個のコン テナ(1m×1m)を使い、SALIBU 農法技術の適用による水生産性の向上について研究 を開始しています。
6. おわりに―第 2 の緑の革命へ向けて 以上まとめますと、SALIBU 農法技術は、上述のような大きな増収効果と水資源の節 減効果をもたらしますが、以下のような様々な特徴によりさらに重要ないくつもの効果 を発揮します。
(1) 現地の小農が実践している水田稲作の慣行農法(品種、施肥、栽培法)をほぼ踏 襲しながら、特別な機械装備への投資を要せずに、株出し栽培(蘖農法、英語で は ratooning)技術の導入により、これまでと同様の反収を持続的に実現する
(2) 蘖が越冬できずに枯死または衰弱する日本、韓国、中国の大半、米国カリフォル ニア州、欧州などの温帯地方では導入不可能な農法で、冬がない常夏の熱帯地方 のみに有効な農法である
(3) 大型コンバイン等による収穫が適さないため、機械装備と大規模経営による低 コスト化に馴染みにくく、手刈りで収穫する熱帯地方(開発途上国)の小規模農 家にのみメリットがある
(4) 稲作では田植と収穫時(二期作では年間計 4 回)に労働力投入が集中するが、例 えば最初の播種を 1 か月ずつずらして 3 区画で営農すれば 2 年間で 21 回、ほぼ 毎月の収穫(田植は不要)となり、労働力の分散投入が可能となるうえ、その度 に市場へ出荷して現金収入を得られるようになる
(5) 現金収入の機会の劇的な増加は、年収の増大と相まって、更なる発展のための投 資に対する貧しい小農たちの心のハードルを大きく引き下げ、これまで臆病で あった新品種や新農法の導入、パワーティラーや籾摺り機等の機械装備、地下水 灌漑施設の整備等に必要な投資に踏み出させる
SALIBU 農法技術に適した品種の選定、高収量が得られる生理学的メカニズムの解 明、通年にわたる還元土壌下での連作障害の可能性、収穫時期が通常と異なることによ る病虫害や鳥害の異常な発生への対応、作物は種子から育成すべきと考える保守的な稲 作農民による拒否反応など、解決していくべき今後の研究テーマは尽きません。
しかし、 インドネシアでは既に、先に踏むべき研究段階を飛び越しSALIBU 農法技術を1万 ha の水田に普及すべく、2017 年1月に農業省が予算を計上したと聞いています。筆者 も微力ながら、ボゴール農科大学に働きかけて、同年 5 月に同国で初めての全国 SALIBU 農法技術セミナーを開催していただき、基調講演と意見交換を行いました。
コメは小麦、トウモロコシと共に世界の三大穀物と呼ばれ、FAO の統計によればア ジアを中心に、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなど世界各地で年間約 1 億 5,000 万ト ンの籾が生産されています。
現在の世界全体の小麦やトウモロコシの生産量もほぼ同量 です。国連の推計によれば、今世紀末の世界人口は 112 億人に達するとされています。 この人口を養う持続可能な生産を達成するためには、環境に優しい第 2 の緑の革命が必 要です。
3つの報告を何度も何度も読んでみて、まだ実際の所は分からないという気がした。インドネシアスマトラ島で実施している方法と、農研機構の現状の判断では大きく違っている。農研機構の見方では稲刈り前後の1ヶ月水を落とす以外は意味がないと言う経過報告のようだ。
のぼたん農園では様々に条件を変えて実施している。切り戻しせず1ヶ月水を落としている田んぼもある。果たして違いが出るのかどうか。ともかく観察を続けることにする。