地場・旬・自給

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小田原の農作業10日間

2020-07-13 03:58:21 | 自給

 舟原ため池 上の段の池に水がたまらなくなっている。冬には直したい。

 7月3日(金)
 小田原に到着が夕方5時30分だった。飛行機は割合空いていてた。直行便が復活したので、3時間で着く。羽田からはコロナに気を付けて、乗ったこともないグリーン車両に乗った。車両には私しかいなかったので大丈夫だ。費用には代えられない。

 着いて息をつく間もなく、田んぼや畑をを一通り見てあるいた。見ているだけで気持ちが上がる。さあいよいよ農作業が出来るぞという気分だ。農作業はやはり好きなんだとつくづく思う。まだ、何とか普通に作業できそうなので良かった。

 日曜日に種を播く大豆畑をまず見た。綺麗に耕運してあり、一安心。これなら当日雨が上がれば何とか播種できそうだ。然し天気予報は悪い、しかし九州のすごい雨を思えば、この程度で大変などとは申し訳なくて言えない。九州の農家さんもつらいだろう。苦労されていることだろう。

 田んぼに回ると、どうだろうか少し不安な面もある。色が少し浅いように見えた。夕方だからだろうか。6日に観察会をやるのでその時じっくりと見たい。

 7月4日(土)
 この日は田んぼの草取り、4番田んぼをとにかく取り切る。ここはどういう訳か、草がはびこるようになった。十分転がしてあるのに、草が出てくる。特に手前側が草がひどい。

 それでも久しぶりの草取りも楽しい。昔より草取りの速度は落ちたが、楽しんで続けられるようになった。根気が出てきた。余り疲れないでやれる。現在

 7月5日(日)
 雨がすぐにでも降りそうな空模様。ともかく急いで播種してしまう事になる。いつもは子供や、初めての参加者にも播種器で播いてもらうのだが、今回は慣れたものでどんどん進めてしまうことにする。雨が降り出せば、たちまち播けなくなるからだ。

 全部で2反5畝ぐらいの大豆畑である。それが、2か所に分かれていて、一か所が1反5畝ぐらいで傾斜地で畑は4段に分かれている。8時前に蒔き始めて、人が増えてきた9時には1反は播種が終わった。

 すぐ、舟原圃場に移る。3人一組で播種器を操作する。舟原はそば殻からそばが芽吹いていて、播きづらいところがあった。それでも10時半には播き終わった。播き終わったころに、雨が降り出す。急いでやってよかったよかった。

 そのころ諏訪の原でネットを張り終わった人たちが来て、舟原圃場もキラキラテープを張り巡らせる。11時過ぎにはすべての作業が終わった。こんなに早い播種は初めてのことだ。雨のつもりで、充分準備がしてあったからうまく行ったのだろう。

 7月6日(月)
 田んぼ観察会だ。久野にある、欠ノ上、子の神、舟原の3か所の田んぼを見て歩く。どういうところを見るかと言えば、以下の点である。再掲

 1、株の背丈 ーーーサトジマンで60㎝が基準。葉の幅は12ミリ。 
 2、分げつの数 ーーー1本植で10本以上、20本あっても悪くない。 
 3、株の堅さ ーーー株全体が手に一杯になる量あり、弾力が強いほど良い。
 4、土壌の深さーーー 田んぼに入り歩きにくいほど深くない方がいい。深い場合は、間断灌水で土を固めてゆく。 
 5、葉色ーーー濃すぎないこと。黄ばんでいないこと。周囲の雑草と同じくらいなら心配ない。田んぼ全体に色ムラがない方がいい。この後どんどん色を増してゆくが、どす黒い色でなければ心配ない。色が濃すぎる場合は、穂肥を控える。
 6、トロトロ層の厚さーーー 土を触って表面のふわふわなところがトロトロ層。これは微生物が作り出している。これが厚い方が良い。トロトロ層より下の深い層の土を取り、匂いを嗅ぎ確認。腐敗臭がしなければいい。 
 7、入水口と水尻の違いーーーこの時期に入水口が遅れているのはそれほど心配はない。生育の違いでその年の水管理の状態の良し悪し、水温などがわかる。
 8、泥のわきの具合ーーー 歩いて泡の出具合と泡の匂いを確認。
 9、コナギの状態ーーー 草があればとる。この時期より遅れると、草取りが大変になる。
 10、虫や病気の有無ーーー ツトムシ、ずい虫、幽霊病、イモチ、たいていの場合はそのままでも収まることが多い。その年の様子を記憶して、どの程度に広がるかがで、対策の有無が判断できる。

 夕方から、市役所で中山間地南舟原集落の事業の打ち合わせ。今度の担当の方は女性の方で、とてもしっかりした方で良かった。5年が経過して、新しい事業に変わった。農の会の久野の活動が、全体の活動の中で連携が取れることを期待している。

 7月7日(火)
 田んぼの草取り、5,6,7番田んぼ草取り。ここは手作業の田んぼ。機械でやりたいという人が多いらしい。農の会の自給の意味を考えれば、どこかに手作業の田んぼがなくてはならないと思っている。機械を使わなくとも、田んぼは出来るという実際の姿を残すことは大切なことだ。

 コロガシが充分に入っていて、草はほとんどなかった。手作業の田んぼの状態は他より良い。アラオコシが大変だから、機械でやりたいという気持ちはわかるが。農の会の、地場・旬・自給の意味を身体で感じる場所も必要だと思う。

 アラオコシもしないで、水を入れるだけで、田植えをするという事も検討してみよう。

 7月8日(水)
 田んぼの草取り、10番たんぼ。15番田んぼ。15番田んぼは急遽田んぼに戻した。とても状態が良い。レンゲを寸前に漉き込んだので、草が出ないのだと思う。青草を寸前に漉き込む農法は確かにある。

 7月9日(木)
 何をやったか忘れてしまった。多分この日は寝ていたのだろう。

 7月10日(金)
 午後、田んぼの草取り、2番田んぼの半分まで、

 7月11日(土)
 午前中、舟原ため池草刈り。午後カキツバタの手入れ、株分け。ため池は年々良い環境になってきた。昔のような良い雰囲気が再現されるように努力したい。冬には松を植えたいと思っている。

 溜池は上の池から、下の池にまだ水漏れが続いている。これも冬には工事が必要になっている。上の池にもう少し水がたまらなければカキツバタにも良くない。

 カキツバタは10株を2年前に植えた。一度目に購入した株は全部枯れた。そして、2度目の株を植えてなんとか、昨年は根付いて30株ほどになった。それが今年は150株ほどになっている。それをかなり広い面積に株分けをした。今度は一応水が来るようになったので、何とかなるかもしれない。

 夜は定例会。

 7月12日(日)
 午前中、和留沢林道草刈り。久しぶりにいろいろの方にお目にかかることができたが。余り密にならないように草刈りをする。朝、7時半から始めたので、10時半ごろには終わる。

 和留沢林道の草刈りももう10年くらいの参加になるのだろうか。今年も40人近い方が参加されていた。和留沢の方が半分くらいだろうか。和留沢集落は戦後開拓の入植地である。開拓75年ということになる。小田原では一番自然環境の良い集落である。

 小田原に移る時には和留沢に暮らしたかったのだが、家が探せなかった。昨日の様子では、新しく和留沢に住むようになった人も加わっているような感じがした。和留沢林道は舟原から、4キロほどの道である。今は車道になったけれど、入植当時は歩くだけの道だったそうだ。

 この道が和留沢で暮らす生命線なので、何としても管理は続けなければならない。自分たちでやるほかないことだ。例年、7月の第2週の日曜日が年一回の管理日なので、参加できる間は参加させてもらいたいと思っている。

 午後はマコモダケの抜き取り。3分の2まで取れたのだが、3分の1は取り切れなかった。午前中の草刈り疲労が残り、結構きつかった。もう少し昼寝をすればよかった。この日は久しぶりに暑かったこともある。

 7月13日(月)
 午前中、田んぼや畑をじっくり見て歩くつもり。午後石垣に向う。
 
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第9回 水彩画 日曜展示

2020-07-12 04:36:01 | 水彩画
第9回 水彩画 日曜展示






28,「崎枝の海と空」①
中判全紙 ファブリーのロール紙
2020.6








29,「崎枝の海と空」 ②
中判全紙 ファブリーのロール紙
2020.6





30,「崎枝の海と空」 ③
中判全紙 ファブリーのロール紙
2020.6



 随分と絵を描く技術が偏っているようだ。要領の良い人なら、高校生か美術学校に行っている頃に身につけているようなことを、70歳になった今になって学習している。ああこういうことだったかと、つまらないことに感心している状況である。

 空の描き方でも、海の描き方でもきっとこうすればそれらしくなるという方法があるのだろう。ところが一般的なやり方から学ぶと言うことがなかった。自分の見え方は人の見つけた描き方とは違うだろうと思っていたからだ。それで、全く描く技術が偏ってしまったようだ。

 人間の見ているものの表現法は大差ないものらしいと言うことになる。そこで自分でやってみて、なるほどあの人のこの空の表現はこういうことだったのかと、画面を通して出会う事になる。今更ながら気付いている。実に基本的なことというか、ありきたりのことでもそうなのだ。

 空の描き方。海の描き方。水彩技法のこうやりなさいと言うようなところから進めれば、それなりにそう見えるという事になるのだろう。もちろんそれはそれで大変なのだろうが、私のやり方はその都度、手法を発見するというやり方である。その時に見えている世界をとらえるためには、いわゆる空の描き方を用いると、最後の所で見えている世界とは違う事になる。

 全く人より遠回りである。他の人の手際の良さに驚くばかりである。どうもやり方の要領がとんでもなく悪いわけだ。同じ問題を何回となく間違って、その末になるほどこうなのかと、人のやり方と同じようなことに到達することも良くある。と言って反省しているわけではない。

 ダメだったと言うことを、良かったと思っていると言うことになる。下手は絵の内、上手は絵の外とやはり思っているのだ。そう言った、熊谷守一氏はそういいながらも手法の画家である。下手なものの見方描き方を確立してしまった。私のようなヘタは、手法を受け付けない下手だ。絵はうまいとあれこれ抜け落ちてしまう。

 ゴッホのヘタが好きだ。上手くなりたい。立派な売れる絵が描きたい。ところが、ゴッホは見えている世界が違うから、独特の世界観に向うしかなかった。絵を描こうとしての下手ぐらいの方が、その人が伝わってくる。この下手が、意識的であるとこれはこれで最悪いやらしい。

 絵はとても技術的なものだとは思う。良い絵が上手い絵である必要はない。品格が高ければいい。絵を描いていると、もうこの先はどうすればいいのか分からないということになる。その時に自分の見ている世界を凝視することだと思っている。その世界にどこまで近づいているのかだ。

 それだから止められない。やればダメになるだろうが、進むためにはやるしかない。それで当てもないことをやる。ところがもうダメだの先がある。描いてみるとダメなはずの先が続いている。そして、時には想像もしていなかった新しい世界を見せてくれる。

 絵が収まりが付く。もうこの先はないと、ダメだった先にすごい物がでてくる。このあたりが絵の不思議なところだ。一方向に気持ちよく完成に向かう絵もあるが、どうにもならない続きで、消したり洗ったり、あらゆることを試行錯誤した後に出てくる絵もある。どちらの絵の方が自分なのかは分からないが。
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藤井壮太の将棋はどこが違うのか

2020-07-11 04:28:04 | 身辺雑記

 アンティチョークの華 渡部さんが庭に植えてくれた。初めて花を見た。アザミを大きくしたような色の花ですさまじい感じがした。

 藤井壮太七段の将棋は見ていて面白い。今までの将棋とは違うからだ。子供のころから将棋は見てきた。将棋世界を毎月購入していた。今月の順位戦はどうなっているかとドキドキしながらページを開いたものだ。週間将棋が出来てからはそれを買う事もよくあった。

 それを思えば、いまはネットで将棋の勝ち負けがすぐわかるのだから、様変わりである。アベマテレビでは解説もないまま、将棋を流している番組もある。観戦だけで十分に面白い。その中でも藤井壮太将棋は特別に面白いのだ。特に、コロナ自粛明けの将棋は一段強くなっていた。まだ17歳だから、成長が大きい。

 長い将棋観戦のなかで、面白かった将棋はまず大山将棋である。あの頃は棋譜を見て並べて楽しんでいた。棋譜を読むだけでも頭の中の将棋を動かし、将棋世界が読めた。。今は頭の中での全局の再現は出来なくなっている。若い頃はそれほど将棋ばかり考えていたのだろう。電車の車両で、いつの間にか人間が駒になっていて、次の手を考えているようなことさえあった。これはとうぜん自慢ではなく、だめな奴だなぁー。ということである。

 大山将棋は他の人と違っていた。鋭い手が指されるというより、構想自体が一段大きかった。そして次に面白さが変化したのが、羽生将棋の登場である。ここで将棋の何かが変わった。今でも羽生永世7冠は強い。罠が張ってあるような将棋がじつに新鮮だった。それまでの定石で先手良しとなっているような棋譜に誘導する。

 羽生自身が負ける道に進んでいるかのように見える。ところがその不利場面を切り返す手を見つけ出しているのだ。気が付いた時には大逆転が起きている。それが羽生マジックと呼ばれた。どんな不利場面であっても、相手が落ち込む可能性のある手順に進む可能性を捨てないで、罠を仕掛けようとする。

 そして、もう一度将棋をひっくり返してくれたのが、藤井将棋である。藤井将棋は読みの徹底である。読みの量が人の数倍あるのだろう。他の人より間違えが少ないのだ。将棋はそもそも、敗因のあるゲームである。どれほど強い人も間違えて負けている。勝因ではない、敗因のゲームだ。一見勝者が素晴らしい手を指してそれが勝因に見えるが、実はその前の敗者の手が敗因であったという事が多い。

 藤井将棋は間違えが少ない。他の棋士が1手間違えれば、その間違えをわずかずつ広げてゆく、そして藤井7段は間違えない。その為に終われば素晴らしい妙手があったわけではなく、勝利している。読みの深さと正確さが他の棋士よりもずぬけている。

 ただ、それが欠点にもなる。自分が読み切り相手を寄せきれないと判断すると、攻めに出れなくなると見えることがある。大山将棋のように相手の間違うのを待つような感じがない。罠のある攻めを仕掛ければ、相手が間違う可能性もある。しかし、ダメだと読み切ってしまい、混乱に持ち込むような勝負術は少ない。

 それはIT将棋の申し子という事である。だから、見方によっては人間的な将棋ではない。その見方自体が、古いあたまだからかもしれないが。人間は間違うから人間なのだ。藤井登場前の将棋はどちらの間違えが決定的であるかで勝敗が決まっていた。最後の間違いが敗者になると言われていた。誰だって間違うが、最後に間違えれば、逆転され負けてしまうのが将棋。

 将棋は中盤まで必ず先手有利である。同じコンピュターソフト同士で戦えばほとんどが先手が勝者になってしまう。そう遠くなく先手必勝が証明されるのではないかと考えられる。5目並べは単純に先手必勝が証明されている。そうなればもうゲームとしては成り立たなくなる。

 囲碁は明確に先手必勝なのだが、先手にはハンディとして5目半という条件が付けられていた。ところが、それでは先手が有利と言うので、6目半になっている。ところが、IT碁では7目半のハンディが適当という事らしい。碁の方がゲームとして終わりが遠いという事だろう。

 将棋は先手必勝の棋譜をITがいつか作り出すことは間違いがない。だから、藤井将棋の先手は注目だと思う。もちろん今の藤井将棋はまだまだその領域には遠い。ただ、コロナ自粛で2ヵ月の休みがあった。この後藤井将棋がどうも一段強くなった。
 
 藤井7段は自粛を生かしたのだ。たまたまできた空白期間に、読みの力を向上させたように見える。こんなことが出来たのは、藤井7段がまだ17歳の伸び盛りだからだろう。間違えが減少した。少なくとも最後に間違う事がなくなったてきた。以前はそれでも、終盤の読み落としがあった。ところが今はそういう事がほとんど見られない。

 終盤まで5分で進むのが、藤井勝利の道だった。寄せ勝負になれば、藤井の方が強い。特に両者1分将棋に入れば、藤井は自信があるのではないかと思われる。だから、中盤辺りで、とことん読んでいる。いくつかある大きな筋道を読み切ろうとしている気がする。

 将棋は中盤一方的な勝負に見えても、不利な方が難しい混乱を仕掛ける。そして逆転をすることがままある。羽生将棋までの将棋だ。ところが、藤井時代の将棋は、中盤以降の局面の複雑化に混乱することが少ない。詰みまで読み切る局面が他の人より少し前の場面のようだ。

 そして、最後の一分将棋では相手の倍は読み切る力がある。それは詰み将棋選手権で3連勝で分かる。圧倒的に読みが早いのだ。これは天性のずば抜けた能力を磨き上げたとしか言えない。しかもまだ17歳でその能力がさらに今伸びているのだ。

 伸び盛りの棋士がトップ棋士になったのだ。こういうことは過去ないことだ。新しい将棋を生み出しているのだから、新鮮である。IT将棋の申し子だとすると、次に登場する強い少年はさらにIT化した将棋になるのだろう。

 そして将棋はある意味終わるのだと思う。いまでもインターネット観戦ではITは次の一手を表示している。それが棋士より良い手であることが多い。ITの手段が良いとしても、人間の感覚ではそれが使えないという事がある。

 ITは詰みまで読み切りその手を割り出しているのだが、その読み筋は人間とは違う。今のところその読みは間違っていることがままある。ITの間違いは終盤に近付くにしたがって少なくなってゆく。詰みまでの手数が短くなれば、なるほど読み切りやすくなる。藤井将棋も同様である。

 将棋というゲームが終わりになってゆく最終過程に、藤井将棋が必然的に登場してきたのだと思える。この最後のせめぎあいが見ていて面白い先手必勝の結論まで、あとどれくらいなのかという事に興味がある。ディープラーニングが取り組めば、案外早く結論は出るのかもしれない。

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日中外交の今後を見直せ

2020-07-10 04:01:36 | Peace Cafe


   自民党は7日の政調審議会で、中国の習近平国家主席の国賓来日中止要求を決議した。これは間違った判断である。香港一国2制度を否定したのは、問題ではあるが、一度来日を要請した習近平主席訪日を日本側から拒否することは、対立を深め、問題の解決をより困難にするだけだ。今こそ日本独自の外交を考えるべき時だ。

 香港問題を触れないというのも外交手法である。ウイグル問題に触れないというのも外交である。台湾問題に触れないというのも外交である。正義だけを振りかざして対立を深めることでは、何も生み出さない。正義を主張するときにはだいたいの場合、自国の問題から目をそらす時だ。もっと粘り強く関係を模索しなければ、中国とかかわってゆくことはできない。中国と良い関係を作らなければ日本の未来はないと考えている。

 特に現在の中国は転換期にある。あれほどの大国が、20年余りの間に最貧国のような状態から、経済大国に変わりつつある。しかもその変化は日本の高度成長期以上の速度である。社会も人間も混乱と変化の中にあると言える。中国に対して短視眼的な見方でかかわらない方が良い。

 中国の本音がどこにあるかについて、興味深い記事があった。中国共産党の政党外交を担う対外連絡部の元副部長、周力(65)。
「対米関係悪化の加速に備え、闘争レベルが全ての面で上がる事態に備えよ」
「外部の需要の萎縮に対応し、サプライチェーン断裂への準備を怠るな」
「新型コロナウイルス感染症の常態化、ウイルスと人類の長期的な共存に備えよ」
「米ドルの覇権から脱するため、一歩一歩、人民元と米ドルのデカップリングを実現する準備をしよう」
「地球規模の食糧危機の爆発に備えよ」
「国際的なテロ勢力の復活に備えよ」

 自民党には武力主義への転換のために、わざわざ中国との関係を悪化させようとする人たちがいる。その人たちにすれば、大多数の日本人が平和ボケをしている。だから、中国の怖さを眼に見えるものにして、目を覚まそうという事なのだろう。しかし、世界情勢はそれどころではなく、自民党の武力主義を茶番だと言っているのだ。

 世界の武力主義自体が変化をきたしている。原爆保有という事が日本にない以上武力を保有してにはどうあがいても限界がある。世界の軍事情勢において、原爆保有国を無くせない以上。原爆に対する非核国の安全保障が必要である。それがないために、核保有国が非核国を言いなりにすることになる。

 国連の中に非核国に対して原爆攻撃をした国には、国連が原爆攻撃をするという核の傘を作る必要がある。本来は核廃絶が良いとは思うが、それまでの妥協策として、アメリカの傘の下から抜けて、国連の傘の下に入れるようにするべきだ。非核国の連名で行う必要がある。日本はその先頭に立つべきだ。

 日本こそ中国と少しでも良い関係を模索しなければならない。中国が孤立することで良いことは何もない。日本が近隣諸国と対立ばかりしている国ではだめだろう。お隣と仲良くするというのは難しいことかもしれないが、対立してよいこと等何もない。中国の覇権主義に問題があるというのはよく分かる。中国が良くなるには時間がかかるという事もある。長い目で見るというのが今は一番良いと思う。

 誰が考えても、世界の成長エンジンとして世界経済を牽引する中国の近くに日本があることは事実だ。なのに、なぜそこから離れ、わざわざ距離を置く必要があるのかとおもう。仲良くして何の問題はない。依存はせず、良い関係を見つけるという事だろう。

 経済を見れば、世界一の大市場中国が目の前にある。経済関係を作らないのだとすれば、経済としては失敗ということだ。これからの30年は日本社会にとって問題だらけだ。経済的な好材料はほぼないといっていい。日本にとって経済的にわずかなチャンスがあるとすれば、それは中国とASEANの巨大な市場である。

 唯一のチャンスを狭量で偏った価値観のために無駄にすることはない。明治帝国の幻影に惑わされてはならない。日本は中堅国家だという意識を持つべきだ。中国の覇権主義嫌いな人でも、中国以外に日本の経済に有効な国にはないと歩み寄ったほうが良い。

 やるべきことはまず尖閣の問題の解決である。訪日してもらい妥協案を提案して話し合う事だろう。日本政府は尖閣を対立のための材料にして来た。自衛隊の軍隊化や、在日米軍に対する反対運動を抑えるための説得材料である。中国が怖いから、軍事力を強くしなければならないという、材料としての尖閣諸島である。

 だから、棚上げされていた問題をわざわざ棚から、石原都知事が下ろしたのだ。日本の右翼勢力の戦略である。石垣島ではそういう人たちが説得して回っている。市長や保守系議員はその思想に同調している。というか洗脳されてしまっている。洗脳の前提として、様々な恩恵が用意されていると想像される。

 尖閣は国連に解決を呼び掛けてもらおうと習近平と話う。現在実効支配をしている日本から、提訴すべき問題である。そして、国連に一時預けにする。そうして、対立の材料にされないようにしなければならない。棚から降ろした尖閣諸島をまた棚に戻さなければならない。

 小さな無人島など経済的にはマイナスだけである。地下資源とか、漁業権だとかいうが、日本の今の経済に対して、中国との良好な関係が生まれれば、どれだけ助かるかを考えれば経済に関しては小さな事になる。地下資源なのに期待するより、健全な経済活動を考えるべきだ。

 それは中国だけではない。東アジア全体を見るべきだ。日本人がアジアの一国という意識を持たなければだめだ。明治の脱亜入欧論の尻尾がいまだ残っている。アジアから孤立して、中国とかかわるという事はよくない。東アジアの一員として、中国とかかわることだ。

 アジアの一員であれば、アメリカとの距離を持たなければならないという事が出てくる。日本の現状はアメリカの属国である。アメリカの顔色を見なければ中国との付き合いが出来ない。アメリカとの関係を対等なものに変える。アメリカの威を借りているだけでは中国と良い関係は持てない。

 今の状態は日本が米中経済戦争に巻き込まれるという形になっている。あるいみ、50年前の外交関係はいまや、国内関係と言えるほど世界の関係は密になっている。それはコロナの感染拡大を見れば、世界のつながりの深さが良く分かる。関係ない国など何処にもないという事だ。

 世界がつながっていることは明らか。温暖化問題、マイクロプラステック問題。感染症問題。世界は1国の都合だけで考えられる時代ではない。世界のどの国とも仲よくするのが望ましい。平和憲法を持つ国日本としては、仮想敵国を作るなどもってのほかである。

 マスコミの大半は中国批判を展開している。悪の国中国を演出してしまっている。日本に必要なのは、中国は覇権主義の国なのだと理解した上で、どのように付き合っていくか、現実的な選択を考えるべきなのだ。中国嫌いを生み出そうというのが自民党の長年の戦略だったために、日本人の多くが、中国を誤解するようになってしまった。

 中国の人とはある程度かかわってきた。3回農村部に行った。報道ではない生の中国のことを知っているつもりだ。中国人は実に多様である。貧富の差も大きい。人間の能力も多様である。日本人よりも様々な人がいると言っていい。人間力もすごい人がいる。学ぶところの多い複雑な国だと思う。

 国家として長期間疲弊していた。そのことが今の中国の姿に現れているのだと思う。経済に余裕が出来て、一世代ぐらいたてば、もう一度大きく変わるはずだ。台湾に行くとそのことがわかる。人間が素晴らしい。実に魅力的だ。もう少し時間をかけて中国を見ていることだと思う。

 
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富士通が全面テレワークに

2020-07-09 04:05:05 | 暮らし


富士通は、国内のグループの従業員、およそ8万人を対象にテレワークを原則とすることを決めました。働き方を抜本的に見直すことによって単身赴任をやめ、家族と同居できるようにするとしています。富士通は製造現場を除く、国内のグループの従業員およそ8万人を対象に、テレワークを原則とする働き方に改め、今月から勤務時間を自由に選べるフレックス勤務に移行します。自宅からのテレワークと出張で、対応できるようにすることで単身赴任をやめ、家族と同居できるようにするほか、介護や配偶者の転勤などで転居が必要な場合も、遠方からテレワークと出張で働けるようにする方針です。

また、通勤の定期券代の支給を廃止する代わりに、自宅で働くための環境整備や通信費などの補助として、月額で5000円を今月から新たに支給します。働く場所を選べるよう、サテライトオフィスを全国に増やす一方、余分なスペースは減らしオフィスの面積を3年後には今の半分にする考えです。オンラインで会見した富士通の平松浩樹常務は「社員の生活を犠牲にしないような働き方を実現したい」と述べました。---NHKニュース

  富士通は全面的なテレワークを発表した。素晴らしい見識の企業だ。今この文章を書いているパソコンは富士通の4代目のものである。富士通を使い慣れているので、他のものに変えないできたのだが、何か他人事でないようで嬉しくなってしまった。きっと富士通の先駆的な試みは成功するだろう。

 日本の企業にはこうした大胆な先駆性が失われたかと思ったが、そんなことはなかった。こうして思い切った挑戦をする大企業があったのだ。2017年4月より全社員を対象に、自宅やサテライトオフィスなどの様々な場所で業務を可能とするテレワーク勤務制度を正式導入していたとある。

 富士通はテレワークのシステムを販売もしている。その為には当然自分の会社がやってみなければわからないだろう。それで、2017年から試みていたようだ。その実践がコロナによって生かされる時が来たのだろう。企業としての躍進の機会ととらえているのがわかる。

 テレワークが広がれば、当然富士通のパソコンの販売も伸びる。当然企業戦略としても正解である。富士通がテレワークに取り組む事には、富士通の企業として当然のことでもあったわけだ。それをコロナを機会に全面的に取り入れたわけだ。

 果たして直接顔を合わすことがなくて、日本的な合意形成が可能なのか。この辺が一番気にかかることだ。仕事が終わって飲み会で良いアイデアが出るというようなこともないのだろうか。私のかかわってきた、いろいろな会では普段の会話の中から、次の形が出てくるという事が良くあった。これがメールだけではどうなるのだろうか。

 テレワークを効率的に運用するために欠かせない要素は「Web会議」「ペーパーレス」「仮想デスクトップ基盤」富士通では書いている。 例えば、社内のメールシステムをマイクロソフトのクラウドサービスである「Office 365」に変更するのは大変だったとある。つまり、企業の内部データーをクラウド化しなければならない。これが完成していれば、情報漏えいに強くなる。

 テレワークが定着することによって、隙間時間を有効活用できていると体感している社員の割合は85%と非常に高い数字になっている。ワーク・ライフバランスに関しては2人に1人が向上したと感じている。また、東洋経済新報社がまとめた「CSR(企業の社会的責任)企業総覧2017年度版(注1)」では、女性が働きやすい会社の第1位に選ばれている。確かに女性にはより良いかもしれない。

 7月から定期代に代わる在宅勤務費用として月5000円の「スマートワーキング手当」を支給する。光熱費や机の購入などに充ててもらう。出勤が必要な場合や、業務都合による移動の交通費は実費精算とする。通勤の負担軽減は大きいだろう。1時間節約できれば、食糧自給が出来る。

 富士通の働き方を読んでいると、地方に暮らすことが可能になることがわかる。地方に人が分散して暮らすことが出来ることになるだけで、日本の課題がいくつも解決が出来る。大都市偏重の歪みが、いろいろな弊害を生んでいる。地方社会が消滅してしまえば、日本という社会は崩壊すると考えた方がいい。

 もし富士通の方が、石垣島で生活していたとしたら、気っと地域社会にも良い影響が出るのではないだろうか。企業の人たちが地域社会の生活者になるという事は、日本の社会が様変わりするような、良いことが起こるはずだ。農の会にも企業の人が沢山いる。そのことが、会を良くしていると思う。

 日本の地域社会は、様々な人の集合として成り立っていた。例えば自治会とか、消防団とか、そして農業とか。個別には仕事として成り立たなくとも、様々な仕事を重複して行う事で、地方の小さな社会は成立している。道路に倒れた木をどけるなど、仕事ではないが、生活の中で当たり前に行うことで、地域社会は成り立っている。

 地方社会から、企業で働くような人が抜けてしまったとしたら、活力が失われるのは当然のことだ。日本衰退の一つの原因として考えてもいいのだろう。多様な人が地域社会を構成する社会を、テレワークは作ってくれるかもしれない。

 がけが崩れた、川が氾濫したなど、地域からの情報が上がってきて、全貌がつかめる。各所に暮らす人がいて、きちっと連携が取れていて、地方社会は成立している。日本の農業が3ちゃん農業と言われて、父ちゃんが勤めに出るようになる。残されたじいちゃん、ばあちゃん、母ちゃんが支えてきたわけだ。

 それが成立しなくなったのは若者が都会に出てゆき戻らなくなったからだ。特に若い女性が地方の社会から消えてしまった。ただでさえ女性が暮らしにくい日本の社会で、地方にいるのは結構大変なことだったのだと思う。一度は出ていこうと都会の会社や学校に行けば、そちらで結婚して戻らなくなるのは当然だったのだろう。

 ところが、今回のコロナ感染症はどうも都会暮らしは良いだけではない。こういうことを思う人が増えている。仕事があるなら地方の暮らしもいいのではないか。特に子育てを思うと、都会よりも地方の方が豊かな情操が育つのではないかと考えるようになっている。

 テレワーク勤務が良い人材の採用に繋がる可能性が出てきているのではないか。特にテレワークを取り入れることで、優秀な仕事が出来る人が、他所の会社から移籍してくれる可能性があるだろう。故郷に暮らしていいのなら、会社を移ろうという人は多数いるのではないだろうか。

 テレワークシステムが進めば、当然教育や医療分野でも、地方社会の不利が減少してゆくだろう。政府は地方の教育や医療のテレワーク推進のサポートをするべきだ。地方の暮らしの不安である教育と医療が充分でなければ、せっかく動き始めた地方居住の流れが途絶えることになる。

 原発事故を次の社会の転換に何も利用できなかった日本社会であった。コロナウイルスは一度限りのことではない。これから繰り返される災害の一つになる。感染症に強い社会構造を作ること。ぜひとも、コロナを機会に日本社会が変わることを願っている。
 
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田んぼ観察会

2020-07-08 04:04:50 | 「ちいさな田んぼのイネづくり」



 例年、田んぼ観察会を行っている。覚えやすいように、苗床播種10週目。田植え5週目が基本的な観察日だ。それぞれの田んぼを比較しながら、今年の出来具合を把握する。イネはあと5週が15枚目の最後の止葉の出る時期になる。ここからイネは性質を変える。

 イネ作りは、5週ずつに生育を分けて考えると考えやすくなる。この後の5週は穂を作る5週である。一本植の株の幼穂形成期はばらついている。これから出てくる分げつにも穂が付いてもらわなければならない。10週目で10分げつ以上あり、この後20分げつに向って分げつを増やしてもらわなければならない。



 観察する要件は
 1、株の背丈 ーーーサトジマンで60㎝が基準。葉の幅は12ミリ。 
 2、分げつの数 ーーー1本植で10本以上、20本あっても悪くない。 
 3、株の堅さ ーーー株全体が手に一杯になる量あり、弾力が強いほど良い。
 4、土壌の深さーーー 田んぼに入り歩きにくいほど深くない方がいい。深い場合は、間断灌水で土を固めてゆく。 
 5、葉色ーーー濃すぎないこと。黄ばんでいないこと。周囲の雑草と同じくらいなら心配ない。田んぼ全体に色ムラがない方がいい。この後どんどん色を増してゆくが、どす黒い色でなければ心配ない。色が濃すぎる場合は、穂肥を控える。
 6、トロトロ層の厚さーーー 土を触って表面のふわふわなところがトロトロ層。これは微生物が作り出している。これが厚い方が良い。トロトロ層より下の深い層の土を取り、匂いを嗅ぎ確認。腐敗臭がしなければいい。 
 7、入水口と水尻の違いーーーこの時期に入水口が遅れているのはそれほど心配はない。生育の違いでその年の水管理の状態の良し悪し、水温などがわかる。
 8、泥のわきの具合ーーー 歩いて泡の出具合と泡の匂いを確認。
 9、コナギの状態ーーー 草があればとる。この時期より遅れると、草取りが大変になる。
 10、虫や病気の有無ーーー ツトムシ、ずい虫、幽霊病、イモチ、たいていの場合はそのままでも収まることが多い。その年の様子を記憶して、どの程度に広がるかがで、対策の有無が判断できる。

 欠ノ上田んぼでは7月6日に行った。おおむね成育は良好であった。悪いところが数か所あったが、水の例年湧いてくる場所である。毎年同じ個所が悪くなる。水口の生育の遅れはそれほどではなかった。今年の水はそれほど冷たくはないのかもしれない。

 今年の成果は、何といっても吉宮田んぼの出来が素晴らしかったことだ。田植えが2週早く。稲葉式でやっている。3回代掻きである。草が全く出ていない。そして、30分げつである。この後これが過繁茂ではなく、良い穂が付けば12俵まで行きそうな状態である。どうなるだろうか。


 私と東さんの担当の、5,6,7番田んぼ。東さんが頑張ってくれて、草はない。生育も例年より良いようだ。10葉期水がそろそろ見えなくなるぐらい葉が出ていればよい。

 





R2.7.6
欠の上田んぼの評価






田んぼの番号草丈の平均分けつの平均その他の状況コメント評価
160cm12本全体的に順調例年他の田んぼより遅れていたが、今年は極めて順調な生育
10点
260cm12本・北側に湧きがあり、生育が遅れている部分がある。(藁が分解されていない。)沸きはそれでも昨年よりは、改善された。
 ・葉色が薄い部分がある。
穂肥を増加する必要がある。ふたみを1袋播いた方がいい。9点
365cm12本・北側中央部に湧きがあり、生育が遅れている部分がある。
 ・全体的に、土が深い
・苗床であったため、もともと肥料が多く入っており、草丈も65cmなので穂肥はなくてもいい。
 ・湧きが少しひどいので1回干した方がいいかもしれない。水位を下げた。
7点
467-68cm11本・土が深く、少し湧いている部分ある。成育は昨年よりムラが減っている。北側部分に草の密集が毎年できる。これは苗床にあったコナギが流れ出て定着したのではないか。苗床の排水にネットが必要。
8点
560cm12本全体的に順調一本植で種取り田んぼ。代掻きのない田んぼの良さが出ている。
道具でやる田んぼとして残したい。
10点
660cm12本葉色が少し薄いかつてない出来の良さである。入水が良くできているためと思われる。
9点
761cm11本北側に湧きがあるところがある。何故か北側の悪い場所は昨年から目立ってきている。
9点
870cm13本葉の幅は12mm・かなり生育が進んでおり、穂肥は抑えた方がいい。10点
960cm12本北側にすこし湧きがあるところがあるが、問題なし。例年1本植で収量も多く、見本的な田んぼになっている。
10点
1060cm9本北側に生育のむらがある。もともと、湧き水がたまるところであり、土の状況も悪いので、一回水を抜いた方がいいかもしれない。分げつも少し足りない。7点
1160cm8本すでに下葉が枯れている箇所がある。・もともと土壌が悪く、湧く田んぼなので何回か入ってガスを抜く必要がある。
・この状況では、穂肥はやらない方がいい。
 ・冬に土を乾燥させる必要がある。
6点
1265cm12本北側に少し生育の悪い所がある。とろとろ層が少なく、茎が少し柔らかい。3本植のため、分げつが確かに多いい。一部に昨年も悪い部分が出来たが、これは下に埋められた、配水管が割れて洩れているという事はないだろうか。
9点
1365cm12本全体的に順調1株、赤枯れ病と思われる株があるので注意が必要。色が他と比べると少し浅い。10点
1465cm10本やや生育が遅れているところがある。マンゲツモチであるから、この程度で十分なのかもしれない。
9点
1568cm11本少し茎が柔らかい。満月糯のベストの状態
柔らかいのはマンゲツモチの特徴かもしれない。
10点
 

 
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コロナは自分に向かい合う時間をくれた。

2020-07-07 04:04:10 | 暮らし
 

 コロナは自分に向かい合う時間をくれた。結論から言えば、コロナウイルスの時代であるとしても、やりたいことをやり切らなければならないという事になる。死ぬその日まで、一日一日をしっかりと生きてゆきたい以上、自粛が委縮になってはならないと考えざる得ない。

 死ぬことは受け入れていることだが、私がコロナにかかるという事で、医療機関が崩壊することになるのは、困ることだ。もし感染したときには人工呼吸器など、不足する可能性があるのであれば、使わないでもらいたい。医療に十分に余裕がある時の使用に限定してもらっていい。

 私からの感染拡大には最大限気を付けるのは当然のことだ。石垣島に戻る時には2週間人に会わないのも当然だと思っている。やりたいことをやらしてもらいが、人に迷惑をかけるのは本意ではない。コロナは自分のこれからの時間何がやりたいことなのかを、問い直してくれた。

 石垣島に引っ越しをしてから、2年近くがたつ。ただ絵に向かい合えることになっている。他のことを捨てることが出来た。人間関係もある意味断捨離したのである。生きることに一番重い断捨離であろう。石垣では特に新しい人間関係を作らないことにしている。個という自分に向かい合う事で、絵を描きたいという事である。先ずは面壁9年と言うつもりである。

 絵を描くという事は自分に向かい合う。ということであり、自分という存在を自覚したいという事なのだと思う。そんなことを考えるようになったのはやはり、得度をして、僧侶として生きる道を選んだからなのだと思う。いわゆる、僧侶としての正道ではないが、道元の示した仏道を、禅の道を全うしたいと思う。

 今日一日がどれほどの自分の道の方角であるか。それはぐうたらに寝ている一日であれ、精一杯畑仕事をする日であれ、良く絵を描く一日であれ、同じである。自分にとって十分な一日でありたい。後悔というようなものが、どこにもないような日々を生きたい。

 それはある意味不十分で後悔ばかりの日々だからだ。あれも出来ない、これもできない。今日も不十分だったという、情けなさの中に生きているからこそだ。情けない自分というものを受け入れざる得ない。情けないダメな人間の、生切りの一日を認めたいという気持ちが本音の所だ。

 絵を描いているという事は、出来ないという事に向かい合っているようなものだ。何も有意義なことが生み出せない、自分という人間に向かい合っている。ゴッホは美術館にあるような立派な絵を描きたいと考え、立派な絵を描ける自分というものの価値に安心したかった。ところが、あれほどの絵を描きながらも、評価はされなかった。社会に有意義なものを生み出せない自分というものに絶望して、自死してしまったきがする。

 社会からの評価というものに自己評価を重ねることは無意味だと思っている。自己評価をどこまで自立できるかが大切なのではなかろうか。自分が自分という人間を認められるか。ダメでもいいじゃん。と唱えることにしている。

 社会からの不当な評価というものがゴッホを狂気に追いやる。私の絵に対しての社会の評価が不当だという事は全く考えていない。そういう事だろうなと思っている。評価というものから、自分という存在を考えてみても無駄だという事を考えている。自分のことは自分で決めるほかない。

 ダメで何が悪いんだと居直っている。自分の生きる充実というものは、自分の感じるこの肉体と脳みそだけが決めることだ。その覚悟が出来ているわけではないが、そう励ましながら生きている。歳を取ってよかったことの一つのような気がする。

 年をとってもまだ先がある。いまさらに面壁9年と考えている。この先の時間があるという事をコロナは強く自覚させてくれた。病気になって、生きているという事を知るという話を読む。病気から生還して今を生きているという事を充実として感じられるという話を聞く。重い病気をしたわけではないが、コロナはそういう自分の生きている充実を改めて考えさせられた。

 何か、自分の場合は石垣に来たけれど、それでいいのか。こういう日々で良かったのか、今ここで再確認しなさいとコロナは言いに来たようだ。石垣島の人のいない場所で、絵を描いているときに、こんな場所にまで、なぜ石垣市の広報車が自粛しろと言いに来るのかと腹が立っていた。

 ところがどうもそうではない。そういう生き方でいいのかと問いかけてくれていることは有難いことと思わなければならない。大学の時に旧生協の2階のアトリエで真夜中に絵を描いていて、とつぜん、こんな時になぜ絵を描いているのだと、怒鳴り込んでくる中核派のヘルメットを思い出させてくれた。

 こんな時だからこそ絵を描いているのだ。こう答えるほかない。あの時ヘルメットには腹が立ったが、今思えばあの問いかけは重要だった。幾晩か話している内に親しくなった。なぜ絵を描いているんだ。これは問い続けてゆくべきことだろう。広報車はわざわざ、傍まで来て自粛してくださいとテープを流してくれている。

 そうだ、自粛して絵を描いているわけではないと思う。生命を一番に躍動させるために今絵を描いているのだと、再認識する。ボーと絵を描いていたことを活性化させてくれる。これでいいのか。間違いないか。こんな絵でいいのか。そういう事になる。

 絵を描いているという事は、何も生み出せないという事に向かい合うという事のようだ。そんなことをしている場合か。この非常事態にこんなことをしていていいのか。本当にダメな絵を、無駄に書き続けている日々に向かい合わなければならない。納得できることはほとんどない。

 なぜ、見ているものを描くことができないのだろうと、自問するばかりである。生きるという事は何も成果らしきものはないという事のようだと思う。成果の生み出せない自分というものに、直面しろという事が、絵を描くという事のようだ。何にもならない、どうにもならない自分というものが描いた絵というものになるだけのようだ。

 ものに依存して生きるという事ではどこまで行ってもだめだという、禅の教えを思い出す。それは乞食禅だと三沢先生は言われていた。お前はその辺の石ころなんだと言われた。私の中にあるどうしようもない、傲慢のようなものを捨てろという声。

 たぶん、捨てることが出来ず、絵にしがみ付いて生きてきた。絵というものにしがみ付いて自分の存在の有意義性を確認しようとしてきたのだろう。しかもそれではだめかもしれないという事を薄々意識しながらの中途半端できた。

 そういうしがみ付きでしか生きられない自分という存在には自覚はある。そのどうしようもない自分に向かい合うために絵を描いているような気がする。コロナも悪いことばかりではないな。


 

 
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石垣島における住民のアイデンティティー

2020-07-06 04:38:01 | 暮らし


  一生肩書というほどのものはなく生きてきた。恥ずかしいという事もない。肩書きなど無い生き方で大丈夫なようだ。肩書きがないと何かと不便である。聞かれたときにおずおずと口ごもるので、なんとなく怪しげな存在になる。それなら、「画家です。」とか「僧侶です。」というのもなんだかすっきりしない。

 「あなたは誰ですか。」こういう質問をし続けるドキュメントを見たことがある。5年三組笹村出です。はっきりと答えられるのは小学生ぐらいだった。自分は誰かという疑問は、自分は何者かという事に繋がっていて、本田自動車のセールスマンです。というような答えは、職業を答えただけなのかもしれないと、思い直す人が多かった。

 「石垣島になんできたのですか。」こう聞かれる。石垣島がきれいだからです。こう答えて嘘はないのだけれど。そのことではなく、もう一つ奥にある、あなたの生き方として、年を取り知らない島に引っ越すような選択を何故したのですか、と聞かれているような気がする。

 そうなると、実は応えようとすると、30分ぐらいはかかるのではないか。いや、1時間ぐらいはかかる。そんなことを聞いているんじゃないという事だろう。分かりやすく、旅行できて気に入ったのでとか、旅番組で素晴らしかったのでというような答えが、受け入れやすいような気がする。

 沖縄では、「沖縄アイデンティティー」というような難しいことが、2014年の県知事選で翁長雄志(おなが・たけし)氏が、「イデオロギーよりもアイデンティティー」と訴えたこと以来、良く論議されてきた。それが沖縄独立論にも繋がっている。

 沖縄アイデンティティーとは、沖縄の土地、海、資源に関して、沖縄の人々「ウチナーンチュ」が決定できる「自己決定権」を持っている。だから、沖縄にある米軍基地の是非は沖縄自身が決めるという考え方なのだ。

  1879年の「琉球併合」の前には、琉球は独立した王国として中国に冊封(さくほう)していた。中国の内藩ではなく独立した外国の関係であり、中国は沖縄の政治的な独立性を完全に認めた上で、形式として臣下のかたちを取るというのが冊封体制の原型だ。

 沖縄歴史学の伊波普猷氏は、沖縄の住民、文化は日本民族、日本文化と同根である主張した。柳田民俗学で主張された考え方と同じである。沖縄に奈良時代あるいはそれ以前の古い言葉、慣習、風習が残っているという見方に基づいている。日本の枠の中で沖縄の固有性や独自性を認識した。

 1945年、本土防衛の捨て石とされた沖縄戦以降、その後も日本はいろいろな局面で沖縄を「切り捨て」ててきた。現在の、自己決定権を持つウチナーンチュであるというアイデンティティーは、この切り捨てによって失われた人権と自治権の回復と闘争なのだ。この感覚はウチナンチュウ以外には感覚としては無理ではないか。先島の人たちも、どうも本当の人とはこの感覚では違う。やはり、米軍基地がある島とない島では意識が異なる。

 秋田県、山口県ではイージスアショアーが撤回されたが、石垣島のミサイル基地は3分の1の住民の要求に基づく住民投票さえ許されてない。自分の意志の表現さえ、アベ政権の指示で抑えられている。自己決定権が差別的に沖縄では軽視されている現実がある。

 その沖縄に歳をとりきた。老後を石垣島で暮らしたいのです。これではなかなかそうですかと受け入れてくれない。すぐ、今まで何をしてきたのですか。こう聞かれる。つまり、そういう材料によって、これからの付き合い方を決めようと言うことなのだろう。アイデンティティーというような言葉の奥にあるものだ。自衛隊基地反対の為に、石垣に来たのかと思う人もいるかもしれない。

 ただ外部から来たものに対する態度は小田原などと全く違う点がある。石垣の半分以上の人はそもそも石垣島にやって来た人なのだ。琉球王朝時代から、石垣島にご先祖が暮らしてきたというような人は、極めて少数派なのだ。例えば、お隣の玉那覇さんは石垣の最古の泡盛製造所なのだが、本島から来たと社史にある。

 できる限り正確に答えるようにしているのだが、間違いなく答えようとすると話が長くなるので、石垣島の絵が描きたくて来ました。こう言う他ない。それなら今ここで描いてみろと言われたことがある。別荘地の獅子の森の住人に言われた。これがそうですと絵を見せているのに、どうも何を描いているのか分からなかったようなのだ。それで絵はがきセットを名刺として渡すことにしている。絵はがきがわたしというものの説明なのかもしれない。絵葉書がアイデンティティーということか。

 石垣島で日々絵を描こうと考えています。死ぬまで石垣島の絵を描きたいと考えて、引っ越してきました。こう言うとそれは良い趣味ですね。こう理解してくれる。大抵いよいよそれ以上の説明は面倒なので、ハイそうですと答える。

 絵を描く生き方です。本当はこう答えたいのだが、聞いた方としてはさらに意味不明になるだろう。だから、つい面倒で趣味です。と答えて少し誤解を与えることになる。洋ラン栽培が趣味です。これは文字道理で分かりやすいが、絵を描くというのは良いご趣味という訳にはやはり行かないだろう。数学の研究をしております。確かにこれも良いご趣味かもしれないのだが。

 それでも、肩書きに画家とか名乗るほど悪趣味ではない。最近はそういうひとは少なくなったけれど、70年代にはそういうひとが居たものだ。これはさらに印象が悪く見えた。画家は定義があるわけではないから、画家と誰でも言っていいのだが、自分を画家だと思ったことはない。

 「哲学者・思想家・宗教家・詩人・芸術家・教育者」これらはみな避けた方がいいと思える肩書きである。こうしたものを名乗る人がいたら大体は疑ってかまわないと思う。こういう妙な肩書を普及したのは、マスコミである。こうした肩書きの人に何人かお会いしたことがあるが、やはり怪しい人であった。

 何故怪しげになるかと言えば、自ら肩書きとして思想家であるとか、芸術家であるとか、名乗れる恥気のなさがにじみ出ているからだ。つまり、肩書がアイデンティティーを示していないのだ。じゃあ―職業なのかと言えば、思想家というような職業はないだろう。

 こうした肩書きは他人があえて説明に使うときでも控えたいようなものだ。馬鹿にしたようでご本人に申し訳ないからだ。誰かが私を芸術家の方です。こういわれたとしたら、何とも居心地が悪い。もちろんこう言う肩書きで喜ぶ人はいる。だから、平気で自ら名乗る人もいないわけではない。が聞かされただけでも恥ずかしくなる。

 でも、思想家等と自称する人の思想はいかばかりの思想か。聞きたくもない思想に違いない。大体こう言う基準のない肩書きの場合、著作の数を上げることになる。これだけの本を書いているから、思想家であると自称してもいいということなのだろうか。その意味で私にとっての思想家と呼べる人は私が知る限り、花田清輝と林達夫と丸山真男と柳田国男の4人ぐらいだ。

 そうは言っても大して本を読んでいるわけではないので、一般論までは分からない。石垣島のアイデンティティーはあるのかないのかはわからないが、他所から来たものにはとても暮らしやすい場所だという事だけは分かった。これはずいぶんとあちこちで暮らしの結論なので、間違っていないと思う。


 
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第8回 水彩画 日曜展示

2020-07-05 04:12:44 | 水彩画





22,「トウマタダーに水が入る。」①
P12号 クラシコ・ファブリアーノ
2020.1月から6月まで







23,「トウマタダー・水が入る。」②
中判全紙 クラシコファブリアーノ
2020,1月から6月



 

 


 24,「トウマタダー・水が入る」③
 中判全紙 クラシコ・ファブリアーノ
 2020,2月から6月








 25,「トウマタダー・水が入る」④
 中判全紙 クラシコ・ファブリアーノ
 2020,2月から6月






 26,「トウマタダー・水が入る」⑤
 中判全紙 クラシコ・ファブリアーノ
 2020,2月から6月






 


 27,「トウマタダー・水が入る」⑥
 中判全紙 クラシコ・ファブリアーノ
 2020,2月から6月


 トウマタダーとは崎枝の入口にある田んぼである。本当のところはこの田んぼが「トウマタダー」と呼ばれるたんぼなのかどうかはわからない。聞いたのだが今の所どなたからも正解が聞けていない。間違っているのかもしれない。石垣市の市史に崎枝に松の木がある田んぼがあり、トウマタダーと言われたところがあったと記載されていた。それでここの田んぼのことではないかと、勝手に決めたのだ。

   ところが、その後そのことを調べてみたのだが、石垣市のホームページからその記載が消えてしまった。今ではそんな記載があったのかどうか、トウマタダーの記載が正確かどうかも不安になってしまった。何故かそのことを読んだはずの、石垣の各集落の地図や歴史の記載自体が無くなっている。

 何かあの時見たのは幻覚だったような気にもなっているのだが、それを調べた時にブログに書いた記憶があり、調べてみたら記載はあった。どうも、見たことは見たらしい。何故その表示が消されてしまったのか。何か間違えでもあったのか。まあ仕方がない。

 それでも崎枝ではこの田んぼは松に覆われていて、一番その名前が相応しいので、そういうことにさせて貰った。残念なことに今年はこの田んぼは、ヒエが随分と生えてしまい、刈り取りもしなかった場所もある。体調が悪かったのだろうか。

 この松林が何といっても魅力的だ。松林の中にへごの大木があり、南国の様子だ。この松の森の当たりから水が湧き出ていて、この5反ほどの田んぼを潤している。それほど奥のある山ではないのに、田んぼが出来るほどの水が湧いている。それだけでもこの松林がすごいものに見えてくる。

 この田んぼはやらブ半島の先に行く道路沿いだ。道と防風林の向こう側は名蔵湾である。海際にある田んぼだから、土には貝殻や珊瑚が沢山混じっている。それでいてかなり土は古くからの田んぼである。長く耕作されていたとしか思えない。

 この田んぼに水が入る前から描き始めて、田植えが終わるまでを描いてみた。6枚の絵だ。絵を描くと言うより、自分の目が田んぼをどう見ているのかを確認しているようなことだ。自分の目が見ている感触を、筆触を中心に置き換えている。

 できる限り自分の肌感覚の様な筆触に反映するようにした。当然色は筆触に引きづられているかもしれない。画面の構成のようなものは何も考えてはいない。田んぼが入ればいいと考えるだけだ。6枚描いて何かつかめたという事でもないが、改めて絵を見ると、自分が確かに田んぼを見ていたという感触がよみがえる。

 来年も水が入る1月ごろには描き始めてみたい。

 田んぼの地表に水が入ると、突然空が田んぼの中に出来てくる。その空の間に、濡れて潤った地面が光って見えている。当然水があるわけだが、水中の草やら地面やらが、複雑な層をなしている。この状態を自分の目がどう見ているかである。

 田んぼには水が来て、賑わい、喜びに溢れている。そうした思いも見えてくる。そして田んぼにはイネが植えられる。イネが整然と並ぶのだが、ますます田んぼは複層化して、どこを見れば良いのか分からない状態になる。

 水面の輝きを見たり、そこに映り込む末の影が見る。その脇にはイネの水中の姿があり、去年の切り株が見えていたりする。そして田んぼの土のヌメタ感触も感じる。そのすべてを描き尽くしたいと思う。

 トウマタダーについてもう一度今回調べてみたら、とぅまた松節という民謡のことが出ていた。とぅまたとは手のように十の又のある地形という事とある。十又田と呼ばれる田んぼがあったと、文章が以前と違っているようだ。いずれ、私が絵を描いた田んぼがトウマタダーであることは間違いがないようだ。

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レジ袋有料化の馬鹿馬鹿しさ

2020-07-04 04:07:18 | 環境関連

 左側奥が於茂登岳である。山陰で見えない当たりに自衛隊ミサイル基地が建設されている。於茂登岳裾野はかなりの水が湧いている場所である。そこから、水は絞り出て、この川の水となっている。この水は田んぼの水となっている。

 石垣市議会はなんと田んぼに来る水は水源ではないと主張している。汚染しても関係ないと言うことらしい。周辺にはダムもあり、その水が下流域の水源になっている。あらゆることに利用されている水である。何故この水が石垣島の水源ではないというのだろうか。

 7月1日からレジ袋は有料化された。スーパーマーケットに行って、戸惑う人も多いのではないか。これほど馬鹿馬鹿しい環境対策はない。意味の無い悪法である。レジ袋は最終的には燃やせばいいだけのものだ。海洋汚染などレジ袋は起こしていない。海洋に流れ出るプラごみのわずか0.3%がレジ袋というのが、海洋ごみ調査の結果である。

 しかもレジ袋は、燃やしても有害物質が出にくい素材で出来ている。しかも、石油の生成過程で必然的に取り出される材料で作れるのだ。ある意味捨てるもので出来ている面さえある。レジ袋だけを叩くのは政府が環境対策に手を打てないという、負のイメージを取り除くためだけだ。政府は自分の無策を、レジ袋に肩代わりさせているに過ぎない。最近小泉氏の無意味さが際立ってきた。この無意味さに一言あってもいいではないか。それがアベ氏の狙いかもしれない。

 レジ袋対策から始まり、環境全体に目が向くようになれば、それなりの意味はあるとも思えるが、そんな雰囲気はみじんもない。例えば悪玉レジ袋に変わって、善玉エコバック持参をしてスーパーに行く人は何か良い人のように言われているが、果たしてこの環境的計算はどうなっているか。難しいところはある。

 エコバックもレジ袋も大体の場合石油由来のビニール製品である。私のエコバックは綿製品だとい方は少ないのではないか。場合に寄ってはスーパーかご持参の人もいる。私はスーパーに行くときはそうしている。それが一番面倒くさくないからである。スーパーのかごを持参のプラかごに重ねて買い物をする。そのままレジで商品を入れ替えて貰い持ち替えるのである。そうするとレジ前での滞留時間が最小限になる。昔からの習慣だが、コロナの時代には適合している。

 先日あるスーパーでレジ係に持参のプラかごに入れるのを断られた。当店のかご以外には入れない事になっているというのだ。入れるなら自分で入れてくださいと言われた。柔軟性がないのか、おかしな上司がいるのか。このスーパーではレジ袋で儲けようという事か。

 スーパーかごでもエコバックでもほとんどがプラスティクだが、使い捨てでないところが良いわけだ。エコバックの場合、計算上は500回の使用で、レジ袋と並ぶそうだ。確かに、レジ袋が一円でエコバックが500円であればそうなる。つまり、レジ袋500枚分がスーパーかごやエコバックのプラステック量と言うことになる。だからもしエコバックを使うなら、少なくとも三年くらいは使い回しをしなければならない。

 昔から常にレジ袋を車に積んである。今もそれは当たり前のことになっている。どこかでどうしてもレジ袋を貰えば、ただでは捨てない。穴が空いて使えなくなるまで使う。わざわざ袋屋さんにビニール袋を購入していたこともあるくらいだ。大抵は4,5回の利用である。

 そうなると、エコバックとの比較となれば、エコバックは10年使ってトントンと言うことになる。果たして10年使えるものだろうか。私は使っているが、結構ボロボロになって捨てた。風呂屋に行くのも使ったから、毎日使ったという事でもある。それでとても良い中古の革袋に変えた。

 しかも、エコバックは汚れる。時には洗濯をしなければならない。洗えばエネルギーも洗剤も、水だっているのだ。エコバックなどと偉そうな名前を名乗るほどのエコではない。中古の革袋は古びた感じがいいので時々グローブ油で磨いている。コロナの時代である現状では、スーパーのレジ係さんはお客さんの持ってきたかごは触りたくないだろう。触ったらばアルコール消毒だろうか。それで私のプラかごは拒否されたのだ。大変な時代である。

 環境問題はプラステック全体にある現代文明の問題なのだ。レジ袋などと問題を矮小化してはならない。レジ袋の有料化などという生半可の政策しかやれない間は、プラステックは燃やした方がましである。リサイクルやリユースという完全に循環の輪が出来るまでは、どうしてもごみになる。ごみになるくらいならすべてプラステックは燃やすべきだ。ごみの助燃だと考えれば、ダイオキシンの排出削減になるくらいだ。

 ダイオキシン問題で、プラステック焼却が問題視された。当時は焼却炉にバブフィルターがなかったのだ。ごみ焼却炉が立ち上げや消火するときにはダイオキシンが発生した。温度800℃以上、燃焼滞留時間2秒以上、という条件である。これを守ればダイオキシンは殆ど出来ない。

 それで多くの焼却炉が使えなくなった。現状では24時間燃焼や、バブフィルター設置で外部への流出はそれほど大きくはない。プラステックを家で燃やすなら、まず紙を燃やし800度に上げる。良く燃えてからそこにビニールを入れる方がいい訳だ。その時には生ごみなどとは混合しない。

 塩分と一緒に燃やすと化学反応でダイオキシンが発生する可能性が高まる。そもそも塩を燃やせば、ダイオキシンは発生する可能性がある。生ごみを燃やすというのはプラステックと同じくらいのダイオキシン問題がある。生ごみは堆肥化しなければならない。

 一方海洋汚染の方は、もう海の生き物は限界に近づいている。魚が体内にマイクロプラステックをため込み、それを人間が食べているのだ。海洋生物は身体の細胞の中にまで、マイクロプラスティクをため込んでいるという報告もある。

 予測では2050年には海洋生物の量と海洋プラステックごみが同量になるとされている。想像するにもう完全にダメだ。限界は近づいている。地球に人間が生き残ることを諦めるほか無い状況が予測されている。それでもレジ袋の有料化でごまかしを続けるのか。

 レジ袋の有料化どころではないのだ。可能な対策は代替えできる品物すべての、プラステック製品の禁止である。それ以外には人類は生き残る道はない。この最悪の事態を迎えては当面のプラステック製品の全量焼却処分の推進である。ドンドン焼却炉で燃やし尽くす以外にない。

 燃やすのは良いことではない。良いことではないが、人間が自分の浅はかさを見つめる意味でも、プラスティク類の完全リサイクルの方向が見つかるまでは、全量燃焼して、人間自らの愚かさを悲しみ続けるほかない。化学合成物質は極力減らすひかない。

 燃やさないで再生するというならば、完全に可能なのかどうかである。完全に再生処理が出来ない間は、海洋汚染は毎日進んでしている。レジ袋が完全に海に行かなくなったとしても、0.3%の減少に過ぎない。99.7%のプラごみは相変わらず海に流れ出て行く。何故そちらに目を向けないのか。

 これから、世界経済は下り坂になるだろう。コロナウイルスの悪影響は当分続くと考えざるえないだろう。こう言うときに新たに起こるのが環境汚染のさらなる悪化である。背に腹は代えられないと言うことになる。プラスティク製品のリサイクルは一定範囲で止まるに違いない。

 プラステックの使用禁止になるまでの間は、プラスティクは燃やしていかまわないとする以外に現在の解決法はない。生半可なリサイクルで気持ちを紛らわしている場合ではない。
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日米安全保障条約と憲法9条

2020-07-03 04:02:23 | Peace Cafe



 日本国憲法は世界に認知された平和憲法である。平和憲法が世界の常識になるように、努力することが日本の方角だと考える。日本は国際紛争に対して、軍事力を持って対応をしないと明言している。しかし、残念なことにそれがまやかしになりつつある。これは日本の安全保障にとって致命的な弱点になりかねない危険なことだ。

 憲法9条はアメリカに押しつられた条文だと言われている。その一面は確かにあると思う。同時にその頃の日本は敗戦でつくづく軍隊というものにいやけをなしていたので、喜んで9条を大多数の人が受け入れたのだ。その頃の敗戦に心を潰された日本人の心境を考えるべきだ。

 その後朝鮮戦争が起こると、アメリカは日本に対して軍隊を整備して、出兵することを要請してきた。占領軍アメリカは日本を属国としてしか考えていなかったのだ。それでも当時の日本政府は憲法の制限で、日本は軍隊を朝鮮に派兵することは出来ないと、断ることが出来た。これは良い選択であった。

 その後も、世界でアメリカが軍力を行使するたびに、平和憲法を変えて軍隊を派兵しろと要請をしてきた。しかし、経済一辺倒で国作りを進めていた日本は、軍事力の増強は一定限度で止め、経済大国に一心に進んだ。経済大国こそ、日本的な安全保障でもあったのだ。

 アメリカが軍事力を日本から奪い、9条を押しつけたのは、日本が又軍事国家になることを恐れてのことであったのだが、すぐに属国化した日本のした姿を見て、言いなりになる国ならば、兵隊としての日本の軍事力も当てにしたくなったのだ。この点では日本政府はのらりくらりとしながら、外国への派兵を避けてきたが、ついにイラク戦争の際には、日本は自衛隊を派兵することになってしまった。

 アメリカの圧力に押し切られたのだ。イラク戦争におけるアメリカは国連の要請も無いまま、イラクには化学兵器や核兵器が隠されているという、間違った判断に乗せられてしまった。アメリカの圧力でいつの間にか、平和憲法を軍隊を派兵しない理由に出来なくなってしまったのだ。

 とくにアベ政権になると、憲法9条を逸脱するような歪んだ解釈を加え、ついには安全保障法制の変更まで行ってしまった。過去最悪の知恵を持たない政権である。アメリカの圧力が強まったと言うより、日本の中にある明治帝国回帰思いがアメリカの要請に便乗したのだ。自民党は憲法9条を廃止して、明治帝国憲法への回帰をしようとしているのだ。

 戦争の普通に出来る国家になりたいという気持ちであろう。もし、日本が平和憲法を捨てれば、日本の持つ良さを失うことになる。攻撃手武力を持たないという、日本の安全保障体制が、崩れることになる。それは現状と比べても危うい選択になる。

 スイスが世界大戦に巻き込まれないで来れたのは、永世中立国としての認知である。日本もアメリカとの隷属を止め、平和憲法の国として、専守防衛の国の認知をさせて行くことが重要である。それには、攻撃的兵器を持たないこと以外にない。

 今や憲法は実に不安定なところに置かれた状態にある。その原因は憲法裁判所が無いからである。政府が一方的に解釈変更をして、海外に自衛隊を派兵できるようにしたにもかかわらず、このことの是非を判断する司法が存在しないのだ。憲法論議をするためには、まず憲法裁判所の問題を議論の初めに行う必要がある。アベ政権は憲法に縛られたくないから、憲法裁判所の設置には論外として反対なのだ。

 現状の日米安全保障条約では、日本国内に米軍の基地を提供する代わりに、アメリカの軍事力による日本防衛を図るという取引の形で進んできた。アメリカは一方的に日本の防衛負担を負っているのは不公平だと主張を始めている。トランプ一国主義の了見の狭さだ。

 それなら、日本の基地提供の義務はは不公平ではないのか。日本がアメリカの防衛負担を応ずるとして、カリフォルニアに日本国の基地を作れるのだろうか。そんなことはあり得ないだろう。日本の自立のためにもアメリカの軍事基地は縮小して行く必要がある。

 アメリカ軍の基地は縮小してゆく。その分自衛隊が、現実主義としての専守防衛の研究をする。これからの時代の安全保障は正面的な軍事力ではなくなって行く。どうやって多国間の安全保障を作り上げて行くか。模索しなければならないだろう。

 在日米軍基地負担の70%は沖縄県が引き受けているのだ。もし沖縄の米軍基地負担軽減を言うのであれば、沖縄の税金は軽減すべきだろう。余りにアンバランスである。まずは、基地は無人島に移動して貰うことだ。辺野古基地など論外である。

 専守防衛が平和憲法の精神である。自民党政権は的基地攻撃ミサイルの配備を模索している。これは日本を危険なところに落とし込むことになるだろう。現状では憲法違反である。本来であれば、憲法裁判所で判断すべき課題だ。ところが日本に憲法裁判所がない。そのために内閣法制局の長官の解釈で是非が判断される。

 その法制局長官は、内閣が決める。政府の意のままになる長官にすればいいと言うことになっている。これが日本国憲法の解釈拡大の歴史である。素直に読めば、日本国は軍事力を保持できないのだ。政府のご都合主義で揺れ動いてきた憲法である。

 その意味では、憲法論議は大いにしなければならない。ただし、憲法裁判所を作るという大前提が必要である。そうでなければ、どんな憲法を作ったところで、政府との都合で解釈変更になる。これでは憲法のもつ、政府は憲法に従って政治を行う義務があるという尊厳が失われる。

 世界情勢は大きく変化をしている。中国の覇権主義は確かに問題であろう。何故、中国が尖閣諸島の海域に出没して、日本漁船に圧力を掛けるかと言えば、日本の尖閣諸島の実効支配を消したいからだろう。日本の海上保安庁が常駐している現状は日本の実効支配だからだ。

 現状では日本の施設はない。中国は日本の実効支配の定着を阻止しようとしているわけだ。竹島のように、韓国の軍隊が常駐していたらそれは、日本がどれだけ竹島は日本の固有の領土だと主張しようとも、竹島は韓国が実効支配している島なのだ。だから、韓国は竹島の領有権を国際裁判所で話し合おうとしない。話し合うこと自体が実効支配を後退させることになるからだろう。

 それは尖閣諸島も同じで、現状では日本の実効支配に近い状態である。だから、もし中国軍が尖閣に上陸しようとすれば、米軍も中国軍に攻撃をするとしている。それが、もし現状が変更され中国が実効支配に近づいたとすれば、米軍は日米安保の解釈からも尖閣に上陸する中国軍に対して、米軍は攻撃をしないことになる。

 これが、石垣島のどうしようもない、市長と議会がわざわざ尖閣諸島の字名を変更して、少しでも実効支配を書類上でも明確にしようとしているのだ。こう言うやり方は、いかにも韓国の竹島実効支配に似ている。問題を解決することどころか、より深刻化しているに過ぎない。

 領土問題を紛争のまま維持しておきたいのは、どこの国も敵対国を作り、政権の意味付けを強調したいからである。中国も国内に問題が山積みであるからこそ、領土問題を表面化させようとする。韓国も同じである。日本も同じである。どこの国にも領土にこだわる浅はかな国民が多いのだ。

 本来であれば、領土問題は国際裁判所に判断を仰ぐことが良いのである。それが平和憲法の国日本の姿勢である。客観判断をして、結論を出して貰うことが一番なのだ。それをしない理由はどこにもない。ところが政府は全くそういう努力をしない。国際紛争を平和的に解決するという憲法の指示を無視している。

 そこにあるのは敵を作り、自己正当化をしたいからだけだ。石垣島にミサイル基地を作るのは、中国という敵を明確にしたいからなのだ。国民の意識に強く、中国という敵国を印象づけたい。そのためにわざわざ石垣島で一番大事な場所に自衛隊基地を作っている。

 ただ軍事的な意味で基地を作るのであれば、無人島でいい。その方が住民に迷惑を掛けない。周辺住民に不安を与えない。ところがアベ政権にしてみれば、それでは中国仮想敵国の脅威を国民に印象づけることが減少してしまう。

 国防はすでに、大きく変貌している。正面的軍事力では手に負えない状況なのだ。特に原爆を持たない国は北朝鮮にも脅される立場だ。北朝鮮は韓国との交流施設の爆破をした。理由は自分たちの狂気を示しているのだ。私たちはまともではないから、平気で原爆をアメリカにも打ち込みますよといいたのだ。

 日本は専守防衛を徹底して研究しなければならない。その意味で、イージスアショアーもティルトローター機オスプレーも研究対象である。サイバー攻撃や、細菌兵器も充分研究する必要がある。日本の安全保障は正面的武力から、大きく変わらなければならない時代に入っている。


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パイナップルを育てる。

2020-07-02 04:04:39 | 石垣島


  5月25日にパイナップルの実の上の部分を切り取って植える。始めてのことなので、経過写真を撮ろうと思う。一番左のものは最高に甘いが、美味しい甘さでもない。中央のパインはオレンジ色のメロンパイナップルで、ちいさいけれどおいしかった。右側の大きな鉢が新品種と言うが名前が分からないもの。



  
 6月14日の様子。3週間経過して大分弱ったように見える。左端の物は今日植えた物。これは新種で名前が不明だが、とても美味しかった。左右両側が同じものである。



  5週間経過した。7月1日の様子。中央から、新しい葉が出てき来ている。やっと根付いたのだろう。やはり丈夫な植物だ。

 パイナップルを買ってきて、頭に出ている芽を植えてみた。渡部さんがパイナップルの頭は、植えれば再生するんですよ、と言っていたのだ。観葉植物としても面白そうなので、植えてみることにした。パイナップル農家のおばあーが「そりゃあーでるサー」と言っていた。「そんなことやランサー。」とも言っていた。
 
 「五年もかかるよ。静岡の人が持って帰って植えたら五年してパイナップルになったそうだよ。しかし、まずかったそうだよ。」こう言っていた。石垣で植えるんだと言っても聞こえないようだった。人を見ると、観光客だと思ってしまい、もうこのおばあさんには5,6回桃林寺の裏に住んでいると言っているのだが、覚えてくれない。

 その方は福島の人だという。もう83なのだが、おかーのお腹の中にいるときに石垣島の名蔵に入植したのだそうだ。だから、戦前のことである。名蔵は全国各地から入植し的た人の地域だ。石垣生まれなのだが、自分は福島のもんだという。同じに黒いが皮膚の厚さが違うのだそうだ。名蔵で生まれたのだから、名蔵の人だと思うが、そうでもないらしい。

 私も生まれたのは山梨県の藤垈だが、藤垈の人にはどうしても東京モン扱いを受けて育った。父親が東京にいたので、どうしても藤垈にいても東京モン扱いであった。これは私には寂しいことだった。向昌院のおじいさんは死ぬまで東京モンであった。おじさんはさすがに地元の人になった。おばあさんが地元の人だったからだと思う。

 おばあさんは生まれてから死ぬまで、山梨の人であった。このおばあさんのユニークさは格別で、卵を自分で温めて孵化していたぐらいの人だ。その間、何もしないで、食事も作らずにいるようなすごい人だった。だっちょもねいじゃんとおじいさんは嘆いていたのだが、言うことは全く聞かなかった。

 石垣島のパイナップルである。パイナップルは新品種が次々と出ている。日本には江戸時代末期の1866年、石垣島沖で座礁したオランダ船から川平湾に漂着したパイナップルの苗が、沖縄(日本)に最初に伝来したとされている。

 その後、石垣島では1930年に台湾からパイナップルの苗が運び込まれ、1935年には林発氏等を中心に、台湾から栽培農家53農家が移住(入植)して、本格的な生産が始まりまる。林発氏の功績はパイナップルと水牛である。石垣ではとても高く評価されている。1938年には石垣市に缶詰工場も建設される。しかし、第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受ることになる。

       戦後、石垣島では1946年から、栽培が再開される。その後パイン生産は急増し、1960年には、サトウキビと並ぶ二大基幹作物として、石垣島の農業の繁栄に繋がる。開拓移民の人達の生活はこれで確立する。今は生食用の完熟パインとして評価されている。

 石垣島にある品種のことを調べて以下記録しておく。
             
 ボゴール 種  一般に「スナックパイン」と呼ばれる台湾原産の品種です。果肉を手でちぎって食べられるパイナップル。お尻の部分をカットし、あとは節目にそって親指を入れ千切って食べる。  先日小田原でも石垣パインで売られていた。

 ピーチパイン種 小ぶりだが完熟は美味しい。「スムース・カイエン」と「I-43-880」の交配から育成され、1999年(平成11年)に登録された品種。果肉が白っぽくて甘い香りがすることから一般に「ピーチパイン」と呼ばれている。乳白色の果肉は果汁量も多く、普通に国内に流通しているパインに比べて酸味が少なく、甘みがとても強いのが特徴。夏実の糖度は17%前後、酸度は0.5%前後で、高糖低酸でモモに類似した香りがある。一番よく売られていて食べる機会が多い。

 ゴールドバレル (沖縄8号) 「クリームパイン」×「McGregor ST-1」の交配から育成され、2006年(平成18年)に品種登録されたパイナップル。円筒形で、平均的な重さは1.4kgくらいあり、他の品種と比較し大きめです。大きいものは2.5kgにもなる。成熟時の果皮は鮮やかな黄橙色で果肉は柔らかで、酸味が少なく糖度が高いため、甘味が強く感じられます。平均糖度は16度以上、酸度は0.5%前後で、バランスが良く、極めて美味な品種です。6月下旬~7月頃が収穫時期。一般的なパインアップルは3~4年で2回収穫しますが、ゴールドバレルは3年で1回の収穫。価格も他のパイナップルより高価な品種。
                                                                                                                                  ゴールドパイン種 黄金クガニパインとも呼ばれます。 デルモンテ社が独自に品種改良したもので、「スムース・カイエン」種に属する糖度の高く甘味の強いパイナップル。果肉はオレンジ色に近い黄色をしていて、上品な香りがします。サイズは1~1.5kgくらいで他の品種より一回り大きくなる。通常のパインよりも手間暇かけて栽培されるゴールドパインは、石垣島では名蔵地区を中心に生産されている。

 石垣島ではこの3種がよく売られている。品種としてはさらに新しい品種がいろいろ出てきているようだ。面白いことに宮古島ではパインはない。隆起珊瑚礁の土壌ではパインは出来ないらしい。今度根付いたら畑の方に植えてみようかと思っている。
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春の農作業11日間

2020-07-01 04:24:52 | 自給
 
 石垣空港の見送りの人。ブログにはっきりと小田原行きを書けるのも、もどって三週間が経過したからだ。又小田原に行くのだが、こういう小田原との行き来を余り気持ちよく見られないだろうと思う。石垣島には余所から来た人を見ればコロナと疑えという空気がある。絵を描きに人のいないところに出るくらいなので、心配しないで貰いたい。


 欠ノ上田んぼ7番一本植え。田植え後四週間の様子。予定では9葉期になっていないとならない。写真だけでは分からないが。開張型に株が分ゲツして開き始めてはいる。

 コロナ騒ぎで小田原に行くのが大分遅れた。一応の自粛明けになり、5月28日から6月8日まで小田原に行くことがかろうじてできた。来年の参考にこの10日間を記録しておこうと思う。小田原の春の作業に最低限参加した記録である。

 5月28日(木) 石垣空港を9時05分発で羽田空港に向かう。直行便がないために、那覇乗り換えになる。飛行機はかなり空いていて、3席に一人もいない状態。1時間で那覇着。那覇空港も人影はまばら、1時間乗り継ぎで待って、羽田まで2時間ちょっと、こちらも3席一人がけ。羽田も人は驚くほど少ない。

 羽田から、京急線で横浜へ向かい。途中寝過ごして、杉田で起きる。スギタでつい笑った。戻って、小田原に着いたのは4時頃。バスも人は少ない。ここまで感染の不安のような状態はない。バスの窓から、欠ノ上田んぼの準備と、舟原田んぼの準備完了が見える。ほっとする。

 小田原の家に戻り、すぐに田んぼに行って明日からの打ち合わせ。帰りに、スーパーに行き11日間の食料を冷凍食品を中心購入。スーパーそうてつローゼン。石垣ほど混んでいない。安心して購入できる。石垣ほどコロナに対する緊張感は感じられない。11000円ほど。一日1000円の食料を買ったことになる。 8,160歩

 6月29日(金) 朝から欠ノ上田んぼで苗取り。苗は多すぎるくらいあり、取り尽くせないまま、漉き込む。田んぼ2枚の線引きも終わる。15人の苗取りで過去最高の参加者数。それでも夕方まで苗取りをしても終わらない。4時半から、渡部さんが苗床代掻き。苗が漉き込まれたのは悲しかったが、何しろ苗が多すぎた。どうも3本植えもしたいという要望があり、増えたようだ。しかし、苗取りが一日でできない分量では困る。2本植えまでである。

 15番田んぼの荒起こしをお願いする。いる人全員で畦立て。そして一気に入水を始める。6時半になっていた。15番は崖崩れで、やれないと考えていたが、崩壊部分の外側に畦を作り、急遽田んぼにすることにした。 11,665歩

 6月30日(土) 朝9時から田植えを始める。その前に15番の水がたまらないので、トンボで代掻きをしておく。1時間ほど。上で田植えのために水を調整するので、一番下の15番にはなかなか水が来ない。田植えは25名くらい集まる。昨日線を引き終わっていた。8番と12番を最初に植える。その間に9番。12番と線引きが進む。
 
 線引きは3名で一日がかりで全部終わる。線引き作業はとてもきついので、精鋭が担当。この日の田植えは8,9,10,11,12,13,14,と下の田んぼが終わる。おおよそ、5分の3が終わったことになる。そして、15番の急遽作った田んぼのトンボを行う。なんとか、水が広がり始める。 11,160歩

 5月31日(日) 朝9時から田植え。やはり25名の参加。この日も15番のトンボがけを田植え前の朝1時間ほど行う。ほぼ全体に水が回る。荒起こしだけでも手植えでは田植えができる。このやり方をみんなに知ってもらいたいと言うこともある。上手くゆけばこの方が田んぼの土の状態がいいと言うことがある。

 午前中に15判を除いた、すべての田植えが終わる。田植えが終わった人から、担当の田んぼの補植に入る。午前中に各自担当の田んぼの補植が終わる。水が入ると浮く苗ができる。早めに補植をする。午後、水が回ったところで、そばかす播き。すべて順調に終わる。

 15番も昼前にトンボがけも終わり、畦塗りも終わる。何しろ人数がいるから何でも早い。昼食中水を抜いて、午後の線引きに備える。1時から、線引きをして貰い、すぐに田植え。案外に植えやすい。すべてが終わったのが、3時。実に順調。この後あちこちの直しなど行う。 15,187歩

 6月1日(月) 冨田田んぼの田植え手伝い。良く準備ができていた。冨田さんの丁寧な性格が出ている。田んぼはやはり作る人で違う。午前中で田植え終わる。 4,745歩

 6月2日(火) 家の片付けと荷物の発送。ため池の新しい畑の玉ネギの収穫。タマネギの整理と干し。 タマネギは赤タマネギは良く出来ていたが、他は今ひとつだった。これは小田原ではどこでもそうだったらしい。何が違うのだろうか。赤タマネギは湘南レッド。7,227歩

 6月3日(水) 午前、舟原ため池周辺の草刈りを行いました。(参加12名、刈払機10台、ハンマーナイフ1台、チェーンソー1台)次回は3週後に行う予定。(作業:田仲康介、近藤増男、近藤忠、笹村、近藤孫範、廣川登、渡部、富田、斎藤薫、杉山、東、石井)田中さんには久しぶりにお会いできた。嬉しかった。

 大麦収穫。コンテナに入れて家で干す。東さんの田んぼ荒起こし。舟原奥の通路の田んぼの荒起こし。一番奥の田んぼへの配管部分の穴を掘る。 15,276歩

 6月4日(木) 午前、大麦収穫。東さんの田んぼ荒起こし。舟原奥の通路の田んぼの荒起こし。午後、ため池西側、田んぼ経由水配管作業。材料は農政課支給、当日13時に届く。塩ビ管1本余り、ため池脇の太い管が保管してあるところに一緒に置く。 13.344歩

 6月5日(金) 小麦刈り取り機械準備。大麦をハーベスターで脱粒してみる。大麦は16キロしかない。夕方から小麦畑で機械の試し。バインダー順調。 11,307歩

 6月6日(土) 小麦の収穫。収穫して機械小屋で干す。午後、東さんの田んぼの代掻き水調整。 11,793歩

 6月7日(日) 午前、東さんの田んぼの田植え。 午後、5,6,7,15番のコロガシ。 17,830歩

 6月8日(月) 朝、びわの収穫。11時に石垣に向かって出発。小田原駅まで渡部さんが送ってくれる。 飛行機は一つおきに座る程度の一杯。 まだ直行便はないので、那覇乗り換え。石垣空港はがらんとしていた。石垣島は羽田より緊張している。街を歩く人のほとんどが、マスクをしている。 10,514歩

 まだ、体力的には充分にこなせた。それほどの疲労もなく、快調に動けた。動ける間は小田原に行き、農作業がしたい。農作業すると、気持ちが一新する。やはり、農作業は原点である。これが出来なくなると、絵も心配になる。今度小田原に行ったらば、田んぼの草取りを精一杯させて貰う。

 田んぼのことをあれこれ言うなら、田んぼの草取りをしてからだ。そのように昔から主張してきた。農業のことにはやった人にしか分からないことがある。だから、田んぼに入り、一番辛い田の草取りをやってみて貰いたい。これは自分に言い聞かせていることだ。

 田んぼはどうなっているだろうか。楽しみだ。


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鳥インフルエンザ以来10年、政府は感染症対策に見向きもしなかった。

2020-06-30 04:20:04 | Peace Cafe

 遠くに見える山の裾野当たりが、ゴルフ場が出来る場所だ。山の上にかすかに光って見える建物が、石垣島天文台である。すばらしい景観の場所だ。現状は農地である。行政が転用を進めている。現在牧草地が多い。パイナップルやサトウキビもある。環境破壊にならないように、ゴルフ場を作って貰いたいものだ。

 10年前高病原性鳥インフルエンザの流行で、鶏の放し飼いが禁止された。それでは免疫力の強い鶏を育てることは出来ない。この処置には本気で反対した。抗議文や意見書を各所に出したのだが、全く政府は見向きもしてくれなかった。

 そして、小さな養鶏場が経営できなくなるような馬鹿なことばかりを押しつけてきた。例えば、雀が入れないようにしろ。ネズミが入れないようにしろ。野外の草は与えてはならない。自然養鶏においては不可能なことだ。嫌がらせとしか思えなかった。家畜保健所の方はこの間違った政策に対して、何ら科学的な説明を出来なかった。

 その背景にあるのは国際競争力のある養鶏業一本である。大企業養鶏を保護するために、中小の養鶏場虐めをしたとしか思えなかった。徹底した消毒をする。規模はより巨大化して行く。卵は物価の優等生。現状では物価は上がる方が良いと言われているが。この方向こそ、鳥インフルエンザを誘発する道だ。新しい感染症を生み出す畜産である。

 鳥インフルエンザが鶏から、豚に感染する。そこで、ウイルスは変異してヒトヒト感染をするウイルスに変異する。中国の混沌とした野生と巨大畜産の隣り合わせのせめぎ合い。こうして、新しい感染症が登場してきたのだ。これが中国という新ウイルス発生大国である。

 新型ウイルスの危険を訴えるためにこのブログを始めたようなものだった。そしておりに触れて、その主張を繰り返してきたのだが、政府は何の反省もなく、巨大養鶏場を守る政策を繰り返すだけだった。あまりのことに、養鶏を止めることになった面もある。

 そして予想していたとおり、SARS、MERS、今度のコロナウイルスの感染が連続的に起きたのだ。予測したものとは少し形は違ったが、感染症が人類を襲うと言う図式は同じである。政府はその準備をしなければ行けなかったのだ。

 コロナウイルス対応には政府には組織としての準備がまるで無かった。重要な初期対応が出来なかった。幸い、ファクターXで日本では余り広がらずにすんでいる。政府の一番の失敗は、新しい感染症が必ず来る。と言う警告に全く耳を傾けなかったところにある。来ることは専門家では常識的なことだった。どうして日本政府は目先のことに追われて、大きな安全保障が考えられないのか。

 政府は今になって、新型感染症対策委員会を廃止して、政府の中に対応する専門家会議を作ることになった。いままで、対応をしてきた組織の何が行けなかったのかよく分からないし、説明もない。今更であるし、これでは専門家委員会のメンバーも寝耳に水と言うことで、やりきれないだろう。

 政府は専門家会議の議事録は残していない。その上に、決定に対する責任を政府はとりたくない。そして、都合が悪くなれば、ついに廃止である。アベ政権のデタラメさ加減は尽きるところがない。これほどひどい政府を未だかつて見たことがない。

 政治家が科学に無知のために、相手にされないのは仕方ないだろう。悔しいならば、もっと日ごろから勉強をすべきだ。学者は学者の立場で、科学的な見解を述べればいいことなのだ。ところが、未知の新型ウイルスには科学的には専門家であったとしても分からないことが出てくる。科学者としては可能性を述べるだけだ。決断は政府が行う。

 ところが政府が、特にアベ発言が余りに無責任できれい事なのだ。これでは専門家会議が怖くなるわけだ。例えば第2波のような問題が出てきたら、専門家会議での指示通り動いた結果だと言い出しかねない。政府には政治家としての覚悟がないのだ。

 政府には都合の良いこと以外には聞く耳がないのだ。新型インフルエンザ後も、いくつか起きたSARSやMARSなどの新型ウイルス感染症に対しても対応を変えることはなかった。そしてついに新型コロナの大流行が起きた。日本政府は対応の組織を作ることなく、マニュアルもないままにその場しのぎを始めた。その結果病院のマスクさえ底をついた。政府は国民に対して謝罪すべきことだ。

 高病原性鳥インフルエンザについて、養鶏業者としていろいろ勉強をした。素人なりにウイルスと免疫の関係について理解をした。ウイルスというものは無限に存在しているが、巧みに生き物と共存しているらしいと言うことだ。ウイルスもいなくならないし、生き物も生存を続けている。自然界では折り合いを付けて存在している。

 ウイルスが生きものに感染する。その生き物がウイルスで死んでしまうのではウイルス自体も消える。当然そういうウイルスもいたのだろうが、生きているウイルスというものは巧みに生き物との関係を成立させているものなのだ。それが生き物の免疫システムというものを作り出している。

 ところが、ウイルスというものは簡単に変異する傾向がある。例えば生き物の中で、10の違った個体に感染を繰り返すと、その間に最初のウイルスと、10番目のウイルスとは違う性格のものになっている可能性がある。ウイルスにはこうした変異をする性質がある。

 感染の連鎖と言うことは、ウイルスが病原性を深刻化する可能性がある。人間の感染の連鎖でもそうした可能性がある。ヨーロッパにコロナウイルスが広がる過程で、病原性が強まったのではないかと言う意見がある。それがアジアに戻り、再度の感染になったというのだ。大規模畜産のように環境で、何万回もの感染が繰り返されれば、ウイルスは病原性を高める可能性は高い。

 変異は違う宿主に入ったことで起こることもあれば、例えば放射線のような刺激を受けること。あるいは抗生物質のような物質と出合うことなどで、変異をして行く。未知の化学合成物質との出会いは変異の原因になるだろう。この変異の課程でヒトヒト感染をしやすいウイルスが登場することがある。

 そうして突然宿主を死に至らしめるような性格に変異することもある。今回のコロナウイルスの場合、コウモリにいたウイルスが変異したものらしいと言うことだ。直接人に感染したというより、コウモリから、何らかの小動物に感染をして、ヒトヒト感染をしやすい性格を持った変異が起きた可能性が高いのだろう。

 これと同じようなことは、いくらでも自然界には起こりうることだ。しかも、自然界にも化学物質の汚染が広がっている。化学物質を体内に取り入れた生物が体内のウイルスを変異させる可能性も出てくる。つまり、今や人間が感染をする可能性のあるウイルスは次々と出現してくる可能性が高まっている。

 どうすればいいかと言えば、化学合成物質などで自然を汚染させない。動物を一カ所で大量に飼うような畜産は止める。抗生物質の使用を控える。むやみに自然界を撹乱させない。こういうことを地道に行い、自然界の中で人間が折り合いを付けるほかない。

 しかし人間にはそれが出来ないだろう。快適な暮らしを求める人間の方角の先には新型の感染症がある。分かっていてもできないと考えざるえない。残念なことだが、そう考えて生きるほかない。ある程度孤立している生きることが、当分の間の人間の生き方になる。新しい人間の苦悩である。

 これからの人間は時々ひどい感染症の繰り返される世界に生きると言うことだろう。感染症で死ぬことも有ると思い生きるほか無い。都会というものはなくなるのかもしれない。ヒトヒトが濃厚接触する機会は減少するだろう。文化そのものが変容していく。もちろん人間はすぐ忘れるから、何度も感染症を繰り返しながら、自ずとそうした暮らしに変わって行くのだろう。

 新型ウイルス感染症に対する医学的な対応は生まれるののだろうか。ワクチンによる対応はあくまで対処療法である。ウイルスが登場して、ワクチンが作られる。インフルエンザワクチンでも、完璧ではない。ウイルスが変わればワクチンは無意味化する。今回のウイルスはワクチン対応は極めて難しいように見える。医学はワクチンや化学薬品以外の対応方法を見つけることが出来るのだろうか。


 
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「コロナ接触確認アプリ」と「マイナンバーカード」

2020-06-29 04:02:20 | Peace Cafe


 政府が進めようとしている「コロナ接触確認アプリ」と「マイナンバーカード」はいずれも広がらないとみているが、果たしてどうだろうか。政府は肝心な点で配慮が欠けている。国民が登録情報漏洩に不安を感じていることは分かるだろう。その上に、政府が情報を悪用するのでは無いかとも考えているのだ。

 日本人は不思議なところで、権力に対していつも不安を抱いている。それは自民党に投票する人でも同じである。お国のためにと言った戦時中でも、お国には帝国主義日本ではなかった気がする。たぶん歴史的なDNAに組み込まれたような性格に感じられる。

 アベ氏はコロナ給付金は、緊急性を重視して性善説で進めます。と記者会見で発言していた。つまり、政府の方も性善説で見て欲しいと言うことだろう。政府を性善説で見たらダメだ。何しろその給付金の業務は政府が行うのではなく、電通やパソナに丸投げしていただけだ。民間委託すると言うことは情報漏れの可能性は増大する。しかも、孫請け、ひ孫請けと続くのだ。

 情報がこうしてダダ漏れで大丈夫なのかという点に、国民の多くは不安を抱いている。孫請けの会社の臨時社員になりすました某国のスパイが情報を持ち逃げすることだって想定できないわけではない。何でも外部委託する行政に対して、性善説というわけにはいかない。日本人として恥ずかしいくらいIT後進国化している。

 情報は集まれば漏れる。必ず漏洩する。だから、情報を政府が集める場合、政府が悪用したくとも出来ない仕組みを、作り示さなければならない。当たり前のことだが、政府が仕組みを作るときには、現政府が野党になったときにも安心な情報管理の仕組みを考えなければならない。

 来年春からマイナンバーカードを健康保健証とを連携すると言われている。それはいいことだと思うが。その時医療情報がどう管理されるのかと新たに不安になる。もし医療情報が漏れるとすれば、これは人権侵害に繋がりかねないだろう。

 マイナンバーカードをどれほど有利なものにしても、問題は銀行口座と紐付けするという考えがある以上、登録者は増えない。国民の所得が完全把握されるのである。こうなるとタンス貯金と言うことになるのか。あるいはマイナンバーカードとは紐付けられない、海外貯金とか。

 アベ氏も病気で総理大臣を辞めた経験がある。政敵に医療情報が漏れることは、政治家としては致命傷になるだろう。こう言う情報を集めるのが、独裁政権のやり方である。政敵の弱点を押さえておくのだ。遺伝的な疾患や精神疾患に対して、人間淘汰が行うと言う、独裁政権も過去にはあった。

 政府がやるべき情報管理の大前提は、情報が限りなく安全に管理されていて、どんなことがあっても漏れ出るようなことはあり得ないという証明である。又漏れ出た場合、どのような補償が行われるか。どのように政府が責任をとるのか。どのような形で情報管理して行くかをわかりやすく説明することだ。それが出来ない間はマイナンバーカードは気持ち悪いものである。まして医療情報は不安が増す。

 個人情報は憲法に定めた人権に及ぶ問題である。マイナンバーカードでは、そうした人権に関する説明を受けたことがない。だから普及しないのだ。政府は性悪説で考えなければ成り立たないものなのだ。悪い独裁者が登場したとしても、情報収集が出来ないようにしておく必要がある。

 納税では納税者番号として、利用されている。つまり、国民の収入の把握のための番号なのだ。この番号事態は漏れても問題は無い。小田原市役所の納税課にいた友人が、ふとした会話の中で、私の市税の納付額を知っているなと感じたことがある。それはそうだろうと思うが、気持ちは良くないことだった。

 どの段階で情報が漏れ出すのかは分からないが、ともかく内部の職員が情報を持ち出す事件は後を絶たない。ひどい事例では、行政のパソコンの記憶装置が廃棄されて、外部業者に処理を依頼した。その記憶装置がオークションで販売されていた。そんな事件さえある。この場合情報はどこまで漏れたか分からずじまいだった。

 マイナンバーカードの情報流出は起きている。政府機関や自治体からマイナンバーを含むデーターの処理を請け負った業者が、許諾を受けずに再委託した。その結果、流出したマイナンバーの情報が少なくとも約233万6,100件にものぼることが、マイナンバー違憲訴訟神奈川・弁護団の調査で明らかになったと掲載されていた。

 東京都江戸川区では、A社が委託を受け、そのA社がB社に再委託、そのB社がC社に再々委託をしていた。許諾を受けない違法再々委託によって本人や家族の12桁のマイナンバー、氏名、住所、給与、年金、住民税の額などの秘匿性の高い個人情報が流出していたとのことだ。

 神奈川県内だけで13の国の機関や自治体が違法流出していたことから、全国的規模になると一体どのくらいの違法委託がされ、情報が流出しているのか分からないほどだ。結局の所行政改革で、外部委託が増加しただけなのだ。これでは情報管理は出来ないに等しい。

 マイナンバーが盗まれることはまだしも。マイナンバーカードはICチップが埋め込まれていて、実印の役割も果たすことになっている。今度は健康保険証も兼ねる。もしカードを紛失して、悪用されたとしたら被害は実に大きなものになる可能性がある。すぐに効力を消滅できるのだろうか。

 もちろんマイナンバーカードを盗まれたとしても、ナンバー情報さえ漏洩していないければ大丈夫だ。しかし、ナンバーは様々なところで記載はしている。どこかで漏れていない共限らない。このあたりの安全性をどういう方法で担保するか。これが普及の鍵である。

 こうしたことが、こんどは医療情報にまで広がる可能性がある。正直どういう形でどう漏れてくるのか分からないのだが、政府はどうやっても情報漏れが起きないような仕組みを考える方が先だろう。この先、IT化が遅れる国が後進国と言うことになるのだろう。

 世界最先端のIT国家、エストニアの事例ではIT国家が完成しているらしい。エストニアは北欧にあるソビエトから独立した小国である。国の方向をIT国家として方向付けて、世界で始めて、インターネット投票を行った国である。よほど情報管理に安心があるのだろう。

 誰でもが知っているのは大相撲の元大関バルトである。立派な大関で横綱なるかと思ったが、残念なことにケガで大関を陥落してした。バルトの名前はバルト海に面した、バルト3国のエストニア出身という意味であった。バルトの故郷に帰る映像でエストニアの美しい風景を見た人も多いいのではないか。バルトは今はエストニアの議員である。

ーーー2007年には、総選挙でオンライン投票を可能にした最初の国となりました。エストニアは世界最速レベルのブロードバンド回線と、1人当たりの起業率が非常に高い国として知られています。市民は、自分の携帯電話から駐車料金を支払い、すべての個人の健康医療データはクラウドに保存されています。約95%の人がオンラインで行う税申請は、5分ほどしかかかりません。

 エストニアはITセキュリティーでも世界一なのだそうだ。国が武力攻撃を受けて、国土を失ったとしても、エストニアのITは失われず、国家はITとして存続し国民はそこに登録をしているというのだ。だから、エストニア人には日本人も登録できると言うらしい。そこで3000人もの日本人が登録しているそうだ。国民が情報漏洩がないという安心の上に、国が成立している。

 今度はコロナの接触アプリである。これで行動が完全に把握される。まあすでにそうなっているのだが。情報管理が一元化されることになる。これがマイナンバーカードや様々なカード情報を総合化されているのだろう。私自身も忘れているようなことが多い、私の行動が、国の管理者にはいちいちに明らかになり得る。今後は、いつどこに行ったのかは政府に聞けばいいと言うことになるのだろうか。


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