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石垣のうまいもの屋さん

2019-02-18 04:04:08 | 石垣島

 

石垣島で一番おいしいものは新鮮な貝だと思っている。シャコガイとか、タカセカイとか、まだいろいろあるようだが名前は忘れた。2皿で2000円だった。これほどの贅沢はほかでは難しいのではないか。何でもおいしいのだが、シャコガイの貝柱というものを始めてたべた。お店で貝が好きだということを話したら、それならということで、めったにないからというシャコガイの貝柱を出してくれた。想像ほど固いものではなく、独特の触感が絶品である。貝は味というより歯ごたえを味わう。よほど大きなシャコ貝が入荷しなければ、立派な貝柱はないのでと言われていた。ホタテの貝柱ぐらいあった。石垣島には貝専門の漁師さんがいるらしい。たぶん素潜り漁なのではないだろうか。どんな人がどんな漁をして居るのだろうか。貝を置いている店は、1軒しか知らない。ちょっと人には教えたくない。教えたら、殺到してしまいそうだ。家から、1キロほどの貝の買い物散歩。夜、貝の刺身を食べ過ぎて、翌朝、バター炒めでまた食べて、まだ余ったほどだ。なんという贅沢なことか。

 

ここは貝殻のお店。こんなに充実した貝標本の専門店は初めて見た。貝の標本館なのかと思うほどの量がある。ここにはスイジ貝も置いてある。インドの大スイジ貝とあったのは24センチくらいあろうか、2700円とあった。悪くはないのだが、インド洋ものでは火伏のご利益があるかどうか。やはり石垣産でなければ、石垣の碑は毛防げないのではないか。海はつながっている。石垣産という貝も100種類ぐらいある。立派なものだ。インド洋のスイジ貝でも助けてくれるか。家の出入り口にスイジ貝を付けるというのは、出かけるときの火の始末の再確認ということでもある。【まるわお土産店」ということで、貝を使ったつるし雛風の飾り物が売られている。暖簾のような形になっているのだが、これもわるくない。今度家の玄関のところにスイジ貝を含めた大きな一本のつるし貝を作ろうかと思っている。10㎝くらいの貝を20個ほどつなげて、つるし雛のような貝の柱(要注意:貝柱ではない)を作ろうと思っている。貝のつるし雛。

「まるわ」のお店は三崎町にある。歓楽街の外れあたりである。離島ターミナルからも遠くない。まさかこんなところに、貝が置かれているのかというような場所なので、見落としていた。観光客も見落としているのではないだろうか。ユーグレナモールの方にあれば、みんなが押し掛けることだろう。余計なお世話か。おばあさんが店番をしている。もちろん貝のことは詳しいから、いろいろ教えてくれる。もしかしたら知る人ぞ知るのお店なのかもしれない。

 ここは、たこ焼き屋さん。目立たないところにあるのだが、結構おいしいお店だ。小田原にあるチェーン店は油で揚げたタコ焼きというところああって、ちょっと胸焼けがするようなところがあるが、このお店はなかなか素朴においしい。この伝票の通り、お店の前でベンチに座って大勢が待っている。246交差点のところにも新しくできたタコ焼き屋さんはあるのだが、そっちはまだ食べてないので、わからないが小さな屋台風である。あの感じも悪くない。ともかく石垣というところが、無いものがない。そうだお好み焼き屋さんもなかなかおいしいお店がある。

 

 

 

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石垣の名刺を作る

2019-02-17 04:26:13 | 石垣島

 

 

 

名刺を作った。特に名刺が必要な状態ではないのだが、石垣島住所の名刺を作りたかったのだろう。以前、水彩人の事務所をしている時に、他の会の方、美術雑誌の方、画材会社の方、新聞社の方、お会いしたときなど、名刺が必要という事になる。そこで農の会の名刺の裏に「水彩人笹村出」と手描きしていた。この名刺は無料で作るというインターネットの会社で試しに作ったものだ。海外で作られ送られてきた。自分でデザインした完成原稿で作る。自分の持っている適当な写真を使う事が出来る。カラー印刷である。裏に顔写真も入れてみた。どの程度の印刷になるのか試してみた。何故無料なのかよく分からなかったが、ここで絵葉書の印刷なども格安でやっているので、これも試しにお願いしてみたが、これは使えなかった。前回は表は田んぼの写真のなかに白抜きでに住所は名前を載せてみた。おかしな名詞だが、これを200枚作ってもらった。もう何年も前のことだと思うが、いつの間にかこれも無くなったという事は、それなりに役に立ったという事なのだろう。水彩人の事務所2年間でも水彩人用の手書きのものを100枚くらいは使ったのだろうか。

以前久野の産廃処分場のことでお世話になった弁護士の梶山氏がくれた名刺は、古いカレンダーの裏にプリンターで住所と名前を入れたものだった。さすがに環境弁護士らしい名刺として記憶に残っている。真似をしてみたが、ちょっとそれポクて無理があったので使えなかった。東京にいた時代の名刺はプリントゴッコで刷ったものを使っていた。まだ、画廊とかかわりがあったころで、絵描きでやって行く用の絵のような名刺だった。絵描きにはなれなかったのだから、あまり役立たなかったともいえる。その次には養鶏用の名刺も作った。これには鶏の顔をスタンプにしてゴム印を使った名刺だ。何にでもこのゴム印を押していた。スタンプはゴム版を彫って作って、木切れに張り付けたものだった。日付も入れられるようにした。玄米卵の通信の下に押して、日付けも書き入れていた。卵に輪ゴムで止めていたこともある。説明書きは通信を兼ねていて、毎月書き換えていた。この一部を応用したゴム印名刺だ。このゴム印はまだ捨てないで残っていた。養鶏業らしいゴム印名刺で良かった。

今回の石垣名刺を作った。兄と東京であった時に、石垣に越したらしいが、住所はどこなのかと言われて驚いたからだ。年賀状で伝えたつもりでいた。兄弟がどこに住んでいるのかわからないというのでは、さすがに不都合である。案外年賀状の文章を見ていないものだ。年賀状に入れておけば、わかると思ったのだが、甘かった。石垣に住所が変わる時には名刺が要らない暮らしになる。と思っていたのだが。何故か、年賀状を送った人から、石垣に越したらしいがと住所や連絡先を聞かれることがほかでもあった。石垣の住所をお知らせするためには、やはり名刺がいる。そこで、ネットで安いところを探して作ることにした。

アドプリントというところが安かったのでここで初めて作ってみた。ところがうまく誘導されてしまい、何故かそう安くはなかった。200枚で送料を入れて、2000円くらいだった。広告では680円とあったはずなのだが、何やかや高くなった。最後に何故か特殊紙の方に導かれて、不思議な紙での印刷になった。石垣の名刺だから、石垣の名蔵湾を描いた絵を入れた。絵を入れて見たくて頼んだ。裏表カラーで作っても価格は同じとなると思ったのだが、そうでもないのかもしれない。私としては、白いままにしておくより、絵を入れたくなる。名刺など見た目がつまらないものだから、少しでも楽しいものにしたくなる。絵でも入れば、少しは良い。失敗といえば少しかっこが良すぎてしまった。黒地の金縁名刺に何故かしてしまった。この選択はさすがに良くなかった。作ってしまったので使うしかない。

 

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石垣に帰るぞ。

2019-02-16 04:06:05 | 石垣島

小田原にひと月半ほどいた。今日石垣に帰る。小田原には仲間が沢山いるので、居心地は良い。説明なしに私が何ものであるかを理解してくれる人の中にいる安心。これが少し、絵を描くには甘くなるところでもある。雲水修行に出なければならない時はやって来る。いたるところ青山あり。野垂れ死にの場所に向って放浪に出発する。まあ、放浪と言っても石垣島にもどるのであるが。無意味に向って歩いてゆくという事である。小田原の暮らしは意味があり過ぎるのであろう。正義の御旗を立てた暮らしは絵を描くうえでは良くない。というようなところが、ひと月半の小田原生活の感想である。なんとなくやることがある。やることが正しいことだから、退屈をしないで埋まってゆく毎日。農作業というものはそういう健全なものだ。絵を描くというようなことは、どうしようもない暮らしだ。良い趣味ですねとせいぜい言われる、千日回峰行が絵を描くことだ。この穀潰しと思われている、千日回峰行が絵を描くことだ。それでいいのだ。ニャロメ!

次に小田原に来るのは4月末の田んぼの種まきである。今度の小田原は暖かくなっているだろう。一番寒い時期に小田原にいたというのは、間違いであった。温度差が20度もあるのでは、もう身体の方が対応できない。どこか身体が早く石垣に戻りたいときしんでいた。小田原で自分としてのやらないとならないと考えていたことは、これで一段落終わった。今までやってきたことの責任のようなものがあるとすれば、今回で終わった。これからは、協力して付いてゆく立場である。やれることはやるつもりであるが。口を出さないこと。もうたいした力にはなれないと思うと寂しいが。あれこれ、事務的な残務整理は大変だった。まだ気になることはないこともないが、生きて居れば何時も片付くという事はない。電気の名義変更は、東電が何度でも名前を間違えてしまう。東電は意味不明だ。現場から離れて、状況を理解しようとしないまま、受付業務だけ機械的に行う仕組みがおかしいのだろう。黒柳さんが処理してくれた。う・・ん・・・原発と同じか。

小田原ではタマネギと、小麦を作っている。みんなでやっているから、私の分もなんとなく進んでいる。タマネギは6月が収穫だから、小田原に来ているので大丈夫だ。諏訪の原圃場の玉ねぎの草取り、片づけは昨日終わらせた。4月の末に小田原に戻った時、草でおおわれていることだろう。それではタマネギは無理かな。もう野菜を作ることは無理なのだろうか。小麦も草取りと追肥はした。もう一度草取りは居るだろう。麦の収穫も6月になるが、6月田んぼの田植えが終わって、麦を収穫してから石垣に戻るという事になるのだろうか。麦刈りは出来ないか。小田原生活が1月半とまた長くなるが仕方がないか。麦の脱穀から精粉とみんなにやってもらうほかない。麦が終わるとすぐに大豆播種だが、大豆の畑の準備位は出来るかもしれない。4月小田原に戻るとすぐに絵を語る会を予定した。絵を語る会があるぞと思いながら、石垣で絵を描くのだろう。その後7月には水彩人の集まりがある。ここで今年2回目の絵を語る会を行いたいと考えている。そして本展で絵を語る会を行うと、今年は3回の開催になる。

 さあ石垣に帰るぞ。力まなくてもいいのだが、つい嬉しくなって大声で書いてしまう。早く石垣で散歩をしたい。実は散歩用の靴を購入して石垣に送った。石垣ではいていた靴が、底がはがれてしまったのだ。毎日水溜まりの中歩いていると、こういう事もあるのかと少し石垣の湿った気候を感じた。今も石垣は雨続きという事のようだ。石垣で雨の絵が描きたい。雨で濡れた色を見ていると、描きたくなる。石垣が好きになった理由かもしれない。空は晴れ晴れと明るい、しかし広がる景色は濡れている。濡れている大地は豊潤に見える。豊かなみのりを感じさせてくれる。石垣はもう田植えが進んでいることだろう。水田のかがやきが早く見たい。今度こそいい絵を描くぞ。これがいけない。今度こそ自分の絵を描くぞ、だ。見えている、見ている自分を描く。成田を10時に出て、1時半には石垣である。

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一人暮らしの孤独感

2019-02-15 04:34:46 | 暮らし

麦の会の小麦畑 追肥、土寄せ後の様子

人間はそもそも一人である。孤独老人などという言葉はどうも甘ちょろいお話。人間生死に向かい合う事が、自分を自覚するという事。もっと深刻に、ごく当たり前に一人である。個の確立があれば、孤独とは関係がない。私絵画を描くという事はそいう事と向かい合っているということになる。自分というものと向かい合わないで、私絵画の絵が描ける訳もない。人間一人で生まれてきて、一人で死んでゆく。これは有難くもないが、事実だ。寂しいものであるが、受け入れるしかない。受け入れるしかないのであれば、正面で向かい合った方がいいと思いやっている。なんとなく暮らしに紛らわせて、命の意味を避けるつもりはない。今の室温は4度だ。暖房は使わない。寒いからこういうことを考えるのだろうか。一人で自分というものと向かい合うという事は、孤独とは違う。人は個であるが、それを孤独という言葉で表すのは違う。言葉は怖いものだ。個の自覚は孤独という言葉では置き換えられるものではない。個は自己確認の最初の道であり、前向きで厳しいものだ。孤立という言葉ならまらまだいいが孤独はいけない。孤立は個であるという事からいつも起こることだだからだ。

「連帯を求めて孤立を恐れず。」共産党員時代の詩人谷川雁の言葉だという。(谷川雁についてはまた別稿で、前に書いた気もする。)それが全共闘運動の安田講堂の壁に殴り書きされていた。1969年の昔兵舎だった金沢大学の美術部の壁にもその言葉は書かれた。それは自分の自給生活の根に残っていた。言葉が自分を励ました。一人で生きる。個で生きなければならない。だからこそ、人とのかかわりを失ってはならない。人に依存しながらの孤独など甘ちょろい。こういう思いつめた気持ちで始まった、開墾生活だった。「その辺のもので生きる。」鹿児島で自給生活をしている青年の座右の銘だそうだ。この軽さがなかなかいいではないか。力みがないところが、私よりだいぶ上質である。山の中で自給を目指し、開墾生活をした。それは案外たやすいことであった。偉そうに孤立を誇るようなことではなかった。自給生活は到底生きる目的というようなものではない。ここから生きるが始まる自覚。個に生きるものこそ連帯を求めなければならない。「力及ばずして倒れることを辞さないが 力を尽くさずして挫けることを拒否する」壁にかかれた言葉はこのように続く。あの言葉が残っていて、あしがら農の会を始めたのだと思う。

小田原生活は一人暮らしである。やはり自分と向かい合う。石川県体育館裏の、馬小屋で寝泊まりしていたころを思い出す。寒かったせいなのだろう。孤独とも孤立とも思わないが、少し内省的に暮らすことになる。このブログの向こうにいる、一人で生きている人を思う。連帯なのか、甘えなのかはわからないが、記憶をたどりながら、どこかで誰かに無数に、永遠に繋がっているのだと思う。そういう事が絵を描くときの色に出たりする。色の記憶。これは案外に深いところに染み付き消えない。学生の時の授業で描いた、桜の木の濡れた幹の色。あの濡れ色の深さはどういう訳か今も思い出す。きっと大学にいたころはロマンチスト的に甘ちょろく孤独だったのだろう。私の笠舞の下宿にはいつも誰かが泊まりにきているような、賑やかなものであったが、孤独というような気分は今よりずっと強かった。この孤独は理解されないという、甘えに裏付けられた情けないものであったと思う。

70年も生きて来て個である自覚を、孤独というような言葉で表わしてしまうと実につまらない。後ろ向きでしかない。通俗でしかない。孤独はせいぜい若者の独りよがりの世界観にお任せする。老人としての私は近づく死を自覚して、個として自立しなければ恥ずかしい。個である確認のおしまいは死の自覚だ。孤独は群衆の中の孤立感である。群衆という想念の中の孤立。人間は最後には一人の存在としての自覚に至ることだろう。死ぬという事がそういう当たり前の事なのだから、死が身近になれば個としての存在の自覚を考えることが当たり前のことになる。自分とは何か。死を前にしてそういう事になるのではないか。いつまでたっても分かりたい肝心なことに至れないのは情けない限りである。修業は確かに不足している。そのちょっと先まで行きたいから絵を描く。そういう事ではなかろうか。

 

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電話のできるタブレットを買った。

2019-02-14 04:50:48 | 身辺雑記

ヤフーオークションで通話可能タブレットを購入した。これが最後になりそうで焦って購入した。docomo ソニータブレット XPERIA Z4 SO-05G 地デジAndroid7.0 というもの。画面の大きさは10.1インチ。キーボード付きカバーと併せて、送料込みで35.000円弱で買った。重量はセットして800グラム。このタブレットの特徴は音が良いことだ。でん田楽団の演奏を1時間半動画で録画したことがあるが、音も画像もなかなかの出来だった。この機種が電話のできる最後の機種のようだ。同じdocomoでなければ、シムカードが使えないと言われたので、買える機種も限定された。今使っているタブレットが怪しくなっている。まずは防水機能がだめになっている。雨にぬらしたら、曇ってしまった。写真が取れなくなった。もう駄目かと思っていたら、だんだん曇りが抜けてくれた。なんとか生き返った。もう濡らすことは避けなければならない。液晶画面の下のあたりが少し薄暗くなっている気がする。電話は相手が聞き取りにくいらしい。マイク機能も悪いのか。何時使えなくなっても、仕方がないような気がしてきた。もし壊れたら後がないと思ったら怖くなった。

混んでいる鴨宮のドコモショップに出かけて、いろいろ教えてもらった。迷惑な客で申し訳なかったが他に方法がない。ドコモショップでは5,6年使えばダメになっても仕方がないのがタブレットだという診断だった。しかも後継機種がない。スマホにした方が機能がいろいろあってお勧めといわれる。タブレットとスマホを2台持てばいいでしょうと言われてしまった。2つの持ち歩き管理はとうてい無理だ。どうしてもタブレットでなければ、作業が出来ない。スマホの大きさでは私の目では文字が小さすぎて無理。キーボードでなければ文字が打てない。親指で打っていることが信じられない。ではノートパソコンでやれるかと言えば、写真はとれないし、電話ができない。いや写真の取れるノートパソコンはあるかも。どうしても通話可能タブレットが良いという事になる。それなら中古を探して購入してもらうしかないという事が結論だった。量販店や他のドコモショップでもしかしたら在庫がある可能性はある。そう言われてあちこちの店に行っては見たが、やはりない。こんなに便利な通話可能タブレットが何故普及しなかったのか。私の使い方が特殊なのだろうか。

インターネットで購入すべき機種がどれかを知ることが大変だった。ドコモショップに行っても、通話のできるタブレットなどありません、から始まる。「あるのですよ。」と言って自分のものを見せるとびっくりして(顔には出さないが)調べてくれる。こんな状況から始まるのが普通だ。それくらい普及していないものが通話可能タブレット。ドコモショップでは同じものを買えばいいというが、どれが同じかがそもそもわからない。ネットの表示はまったくあれこれである。そんな迷い事を言っていられない状況であるので、運試しである。この後さらに入手が困難になるのは眼に見えている。この先通話可能タブレットの新製品が出るような感じはない。目をつぶって購入した。タブレットが来るまで不安だった。来てみたらどうもウンデモスンでもない。どこを押しても反応すらない。失敗したか。何がおかしいのかすらわからない。

困ってまたドコモショップに出かけた。本当に迷惑な客だ。ロックがかかって居るので動かないのかなとか言って、どこかをひらいてしらげていたうようだ。小さな針で差し込んだようだった。そうしたら動き出した。愛想のないお兄さんが救いの神見えた。ただしこの機種は若干違うというのだ。シムカードを買い替えないとならない。マイクロシムカードを今の機種は使っている。この機種はナノシムカードという事だった。初めてシムカードが3種類もある事を知る。2160円で交換できるそうだ。それは石垣島のドコモショップでも売っているので心配ないそうだ。今のタブレットが使えなくなったら石垣のドコモショップへ交換に行けば大丈夫とのことだ。何はともあれ電話が出来るなら、問題ない。しかしまだ、シムカードを入れ替えたわけではないので、不安は残っている。タブレットのようなでかいものを顔に当てて電話している図が、おかしすぎて想像できないと言う人がいた。それじゃーさすがに変人だ。そうではないのだ。タブレットを普通に前において、電話をしているのだ。うるさい場所では、イヤホンで聞く。音もその方がよく聞けるのだ。年寄りは危なくて歩きタブレットなどやらない。

 

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民主党政権は悪夢だったのか。

2019-02-13 04:01:23 | Peace Cafe

安倍晋三氏は自民党総裁として民主党政権の時代を悪夢と大声を出していた。間違いなく自民党には悪夢だったことだろう。自民党は過去の利権を手放さなければならなかった。お大尽が破産した恐怖を味わったことだろう。政権交代は官僚にも悪夢であった。自分たちも同様に利権構造を崩したくなかった。そこで民主党政権には官僚の多くは協力的ではなかった。官僚が嫌う事業仕分け方式が第一原因である。官僚としては巧みに組み上げた、事業のやぐらがギシギシ、ガタゴト崩れる悪夢。熱心だった河野太郎氏が外務大臣だが、官僚との関係は大丈夫なのだろうか。大臣になり人が変わったようだから大丈夫か。自民党政権が復活してから、官僚はアベ政権忖度に徹している。お互いに利権が重なっていることを、悪夢を見ながら再確認した結果であろう。官僚もなにかと甘い汁のすえる、自民党が好きなのだ。一番世論形成に影響のあるテレビも、自民党がかなり好きである。新聞には反権力意識がまだ残っているが、おおよそテレビは産経新聞と同列である。テレビのコマーシャルを抑えろと、叫んだ自民党議員がいた。もちろん財界は自民党が大好きである。忖度どころか、自民党を誘導している。こうした状況を見れば、日本の既得権益集団には、政権交代の民主党は悪夢に違いない。

いかに民主党がだめであったかについては、共同戦線を張り既成事実化する為の悪夢発言である。確かに民主党政権はダメだった。私だってそう思う。現実を変更し、実行する力がなかった。この点、期待が大きかっただけに、残念で仕方がない。鳩山さんは、普天間基地移転はせめて、沖縄県外と主張した。正しい主張である。たぶん官僚に、可能性があるかのように説明を受けたのであろう。いろいろアメリカに対して準備があり、可能である手順を説明を受けたのではないか。それを真に受けた鳩山氏は海外移転を述べた。せめて県外論を述べた。沖縄の負担軽減の正しい道である。当たり前の主張である。ところが、驚くほど鳩山氏には具体策がなかった。まるで無能な総理大臣に見えた。そう見えるように官僚が演出した気がする。打つべき手などまるでないかのような態度を取り続けた。その時自分が外務官僚に計られたことに鳩山氏は気づいただろうか。確かに、国民は失望した。官僚の本音を見抜けなかった、人望のない鳩山氏には失望した。

有機農業推進法も同じような経過をたどっている。法律を作るのは国会かもしれないが、その実際の運用は官僚の方針というか、鉛筆の舐め方が強く影響する。自民党政権では、農水の外郭団体が利権を構築しようとしている。確かに有機農業の推進を企業的に行うためには、こうした団体が必要なのはわからないではない。今までそういう現場に2度かかわった。意図に反してその恩恵を受けたという事で、おかしな経験をした。自然養鶏のパソコン教育というのが一つ。今度は有機の里づくりで2回目。既存の有機農家にしてみれば、とんでもない無能扱いで人権侵害を受けることになった。50年もやってきた有機農業農家をまるで価値のないものとして扱う。農業経験もろくにない人間から、指導を受けなければならないということになった。自分でやってみろと言いたい。思い出すと腹が立つ。やれるものならやってみろ!農水の外郭団体が自分でそういう有機農業を展開して事例を作ればいいだけのこと。経営が良いなら、真似をする人は出るだろう。これも、民主党政権と自民党政権の移り変わりに巻き込まれた、被害の一つであろう。

悪夢の原因はむしろ長期にわたる自民党政権の作り上げた利権構造にある。自民党と官僚は結託して利権政治を永遠に続けようと忖度し合っている。そうでなければ、安倍晋三記念小学校がひとり歩きするはずがない。アベ夫人の御威光はある。四国の獣医大学もどうもすっきりしないまま押し通された。これこそ国民にとっては度重なる悪夢である。利権構造はますます堅固になり、蔓延している。そしてどうも国民はこれを突き崩すより、自分が利権に加われるかというような、白昼夢を見ている。この先、恩恵があるような錯覚である。この錯覚の根底には差別社会がある。差別されるものは差別をなくそうというよりも、差別する側に回ろうとするもののようだ。一旦できた階層社会は、より堅固になることはあっても、それを突き崩すことなど、まず特殊例だけだ。二宮尊徳ぐらいである。これをあたかも誰れにでも可能なような白昼夢を作り出しているのが、アベ政権である。あああ、悪夢だ。

 

 

 

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孤食の連続6食料理

2019-02-12 04:15:28 | 自給

食事を作るのは好きだ。久しぶりに孤食を続けている。一人分を作るというのはなかなか難しいものだと改めて感じた。高校の頃は孤食であった。この頃は東京の松陰神社というところに住んでいたのだが、一人で食事を作り食べていた。家は3家族同居の9人で住んでいたのに孤食という変な同居家族だった。それぞれが違う事をやっていて忙しかった。家族が4つほどの商売をやっていて、夜は麻雀屋をやっていた。同居していた青木さん家族は当時中華の惣菜店をしていた。朝から晩まで中華総菜を作っていたのだから、それを食べさせてもらえばよかったのだろうが、そういう事は新しい料理の試食の時ぐらいだった。調理場やお店は三軒茶屋だったので、ついでという事がなかったのだろう。たまには9人で食べた記憶もあるが、覚えているくらい稀なことだったと思う。一人の食事がほとんどだった。

今はあの頃の半分も食べない。少量だから料理が難しい。6食分一度に作る。一度と言ってもバリエーションがあり、違う料理に変化してゆく連続料理である。朝、まず小さな保温寸胴鍋に、最近はやりの袋入りの鍋の汁を入れる。例えば、完熟トマト鍋スープ。などと書いてあるものだ。その日の好みで、伊勢エビだしスープ。とかカニスープ。とかいろいろ買って来てある。トマト味スープを鍋に入れる。そこに野菜ジュースを入れる。ホールトマト缶を入れる。緑色野菜ジュースという時もある。こにキャベツをぶつ切りにして放り込む。面倒なと思いながら、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、オリーブオイルニンニク、あるいは醤油ニンニク、大きめのまま、入れる。弱火で煮込む。これはタイマーで12分。電気コンロのタイマー機能は便利だ。大抵の場合はこの間にコーヒーを入れている。仕掛けておいて、またこういう風にブログを書き始めることもある。そこに、冷凍エビ、ホタテ、など魚介類を要れる。そして、またタイマーで12分かける。熱い内に保温ジャーの中に入れておく。

ご飯は1.5合の糯米玄米に天津栗を加える。ここに焼き豚、キノコ等も入れる。圧力電気釜で炊く。場合によっては竹の子、アサリ、とかを中心にする。冷凍ものか、缶づめで食べれるものが売っていればであるが。もちろん玄米のままのこともあるが、大抵は味付きご飯にしておく。そうしておけば弁当のおにぎりも簡単だからだ。場合によってはこれをチャーハンに変化させて食べることもある。玉ねぎか長ネギをオリーブオイルで炒める。味付けご飯と卵を入れて、炒めれば出来上がる。チャーハンには必ず、スープを付ける。連続料理のスープを取り出し、コショウとゴマ油と生わかめを入れる。すべて同時進行でやるから、慌ただしいようだが、手順が慣れているので、ブログを書く合間にことは進んでいる。そして、お腹が相当に減ったなという段階に成ったら食べる。

次は昼食事に、連続料理鍋を温めて、最後にカキを加えてカキなべで食べる。そして夜は坊さんなので薬席で食事ではないことにしている。鍋に、ブロッコリーとか、長ネギとかを大量に加えて、酒を飲みにながら少量食べる。ご飯は食べないで酒。翌朝はさらに鍋の汁だけを移して、ガンモドキ、あるいはさつま揚げ、厚揚げ、のような豆腐系。そして割り卵を入れて、冷凍うどんを加えて温める。場合によっては朝食は、残ったものにカレー粉を加えて、カレーにする。カレー粉はあれこれあるのだが、これを加えるとおいしくなると、レストラン葡萄舎の方がくれた。粉は加える。これで、糯米玄米栗ご飯にかけたカレーという事になる。

2日目の昼食は具材の残り次第でこれをパエリアにすることもある。つまり、ごはんが無くなっていればである。よく洗ったコメを生のまま、オリーブオイルでいためる。この時に焦げるので、丁寧にかき回しながらいためる。硬いままであるが香ばしく焦げたような感じになったら、鍋に入れる。とろ火で上手く煮込む。そして最後の2日目の夜は、残ったカレー鍋かパエリアで酒を飲む。こうして2日分の流れを繰り返す。このやり方が良いのは食材に無駄が出ないという事だ。前はこれが2人分のこともあったから、作りやすかったのだが、一人分は量の加減が難しい。やせ我慢かもしれないが、孤食の良いのは好きなものを勝手に食べれるというところである。この味は良いのだが、見た目の悪い料理は人様には提供しにくい。このほか、おでんロールキャベツ連続バージョンとか、丸ごとキャベツバージョン。豚肉ゆでながらバージョン。骨付き鶏肉の丸ごと白菜鍋バージョン。いろいろキノコ鍋バージョン。様々な連続バージョンを作った。どれもこれもほぼ2日連続料理だった。計算してみると一回の食材費が平均4000円ほどかかる。6食分と思えば、1食666円か。

 

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人間は減少した方がいい。

2019-02-11 04:20:15 | Peace Cafe

 

田んぼの赤クローバー 今年は良く出ている。

麻生財務相がいつものように暴言である。「子供を産まなかったという事が問題なのだ。」少子化問題である。老人が増えて、その老人を支える若い人の数が減少した問題。昔は6人で一人の老人を面倒見ればよかった。今は2人で1人の老人の面倒を見なればならない。この事態に至った原因は増えた老人の方に問題があるのではなく、子供を産まなかった方に責任があるという論理。それはそれで筋が通っているとおもう。これを暴言として退けても仕方がない。むしろそこにある考え方を掘り下げるべきではないだろうか。人口問題である。人口減少がなぜ悪いと考えるのか。ここに問題の本質がある。その一番は国際競争力の低下を怖れているのだろう。戦争に勝つために、産めよ増やせよと同じである。競争論理である。労働人口が減少して、国力の衰退になるという考え方である。企業が使える若い労働力が減少する。外国人労働力の導入。共産党ですら、人口減少を問題としている。日本の人口は半減しなければならない。

人口減少は地球維持の唯一の希望だ。地球の大きさに対して、明らかに人間は増えすぎている。日本の経済という観点からだけ、人口問題を見てはならない。中国は人口増加を怖れて一人っ子政策をとった。そして一人っ子政策を止めた今になり、少子化問題が深刻だと言っている。それでも中国の人口増加が止まったことは地球の希望である。何とかして欲しいのはインドやインドネシア、アフリカの人口増加である。その地域地域に可能な人口数はある。先ずは食糧自給が可能な人口が正常な人口である。日本であれば、6千万から8千万人ぐらいである。まだまだ日本の人口は多いいのだ。確かに人口が増えた時期に高度経済成長が起こり、人口減少期には経済停滞が起こるのは当然である。日本の未来の社会像を7千万人くらいで想定すべきなのだ。少子化は日本人のというか人類の本能的判断の結果である。世界中で人口爆発の次に起きていることだ。余りに人口が増加すると、社会がゆがんでしまい、崩壊してゆく不安が生ずる。アフリカでは人口増加が社会崩壊の危機になっている。

子供が減少してゆくことは認めるべきことだ。受入てその中でどうするかを考える。人口増加をして、対応しようなどという考え方が間違っている。6千万人を割ったころにたぶん人口は安定すると思われる。日本の人口密度が適当になるからだ。生き物としての人間集団の自然の選択ではないだろうか。人口減少を前提にすれば、ロボットへの労働移行である。ロボットで可能な仕事はロボットに置き換えてゆくことだろう。人間は人間でなければできない事だけを行う。ロボットで十分と思われるところに、ずいぶん人手が投入されている。例えば、高速道路の料金所。まだまだ人が働いている。宅配便もそうだと思う。宅配は置いてゆくだけで十分である。ステーションに取りに行くという事も可能だ。置いた荷物をどうすれば盗難に遭わないかの方の工夫だ。ごみ収集にも工夫があるはずだ。収集費用はごみを出す人が負担する。持って行けば無料で分別廃棄できるごみステーション方式が普及すれば、人は減らせるはずだ。

人手を減らし、ロボット導入の良い機会である。社会システムの見直し。今の半分ぐらいの人出で済ませる職種はいくらでもあると思う。食糧の自給など最たるものだ。流通全てが要らなくなる。趣味で日曜農業を行う人が増えれば、人口減少に対応できる。確かにそういう事はモノを売ることだけを考えている企業は困ることであろう。企業は企業でなければできないことを見つけて行くことになるという事だろう。麻生氏の考える企業は都合の良い労働力が必要、そういう意味で人口増加を望んでいると表明している。つまりオルテガのいうところの大衆を必要としているのだ。均一化された労働力としての大衆。大衆は量が多ければ多いほど企業にはありがたい。それだけのことである。労働者というものをロボットと同じに見ているのだ。だから安く均一で、多量にあればそれが一番という発想になる。それをまともな考えだと表明している麻生さんは正直な企業家なのだ。しかし、日本の社会はもうそれではやれなくなっている。

 

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豚コレラの感染拡大

2019-02-10 04:59:10 | 自然養鶏

湧き水が来なくなり、乾いてしまった。舟原ため池

何でもすぐ騒動にしたがる報道が多いので、間違わないで欲しい。豚コレラは人間には心配のいらない病気だ。また、アフリカ豚コレラが中国でも猛威を振るっているという報道で不安を煽っているが。別の病気である。家畜伝染病ではある。狂牛病とも違うし、鳥インフルエンザとも違う。豚コレラについてはこのブログで、昨年9月に書いている。その時指摘した通りの展開で進んだだけのことだ。国がやるべき対応をしていない結果である。農水省では養豚場の立ち入り検査等は徹底してやるように指示しているが、イノシシに関しては全く触れていない。9月にもイノシシが感染していることは確認された。もうこの時から、養豚場だけの問題ではなくなっている。イノシシは野性だ。鳥インフルエンザでも、シベリアの水鳥の感染は普通にあることだ。イノシシが感染して死んでくれればまだいい。イノシシの中には、感染しても生き残る奴がいたはずだ。豚コレラに抵抗性のあるイノシシが日本の野山にいるという可能性も否定できない。イノシシが増加して、街に出てくるようになった。このことも関係している可能性がある。当然養豚場にも出没する。

養豚場の豚は強い消毒下で暮らしている。過密の過保護飼育である。ここに豚コレラのイノシシが紛れ込む。忽ちに感染すると考えるべきだ。こうなると、ワクチン接種が言われる。養豚業者は、全頭淘汰など命じられるのだから、ワクチンを使わせてくれという事になる。農水大臣の記者会見では、現状ではワクチンは最終手段であり、まだその必要はないとしている。これは鳥インフルエンザでも同じ対応であった。正しい判断である。人間のインフルエンザを考えてみると良い。ワクチンは完全なものではない。接種したところで感染する人はいくらでもいる。この接種したにもかかわらず、感染するという場合の積み重なりが、家畜では手に負えない状況を作り出す。人間の場合、淘汰できないので、薬でインフルエンザを抑える。ところがその薬に耐性のウイルスが登場する。つまり鼬ごっこである。家畜ではサイクルが早いので、この鼬ごっこに加速がつく。人間はまだ、豚の飼育環境よりはましに暮らしているので、死ぬ人は少数である。

工業的養豚場は何万というような数のものが、過密に一か所で暮らしている。限界を超えた飼育法だ。自然界ではありえない飼育環境。極端な消毒世界になる。この家畜の飼育法に限界があると考えるべきだ。イノシシが直接感染するのではなくとも、様々なルートがある。感染を止めることなど出来ない。野鳥のインフルエンザを止めることはできない。あくまで自然と折り合いをつけた、家畜の飼育という範囲にしなければならない。私の家の鶏にワクチンを打つなら、まず野鳥すべてワクチン接種をしてからにしてほしい。こう家畜保健所には主張をして、ワクチン接種をお断りした。日本に存在する鳥の、何万分の一の鶏にだけワクチンを打つ無意味さ。イノシシの感染が確認された以上、日本は27年ぶりに豚コレラ清浄国ではなくなったという事と考えて対応策を練るべきだ。今回の豚コレラのウイルスは27年前に日本であったものではなく、海外で今流行しているものと同じと言われている。つまり、島国日本であっても感染は海を超えるのだ。これだけ海外との物流があれば、あらゆる可能性が考えられる。もう清浄国という発想を変えなければないのかもしれない。

養豚業者はワクチン接種を強く要望している。しかし、生ワクチン接種にはそこから感染豚が広がる可能性がつきまとう。ワクチンは常に水漏れが生じる。鳥インフルエンザでもあったのだが、極秘に生ワクチンを使った業者から、感染が広がった事例がある。もしワクチンを使うなら、すべての豚に接種が命じられることになるだろう。すべてのイノシシにも接種しなければ無意味になる。ここをどうするかである。全てのイノシシにワクチンを打つことが、あり得ないことであるように、すべての豚にワクチン接種が行われても、完全な防除にはならない。薬というものでの対応は、不完全対応になる。病気が蔓延していても、気づくことができないことも起こりうる。病気が潜在化する可能性がある。本来家畜を飼うという事は、折り合いをつけるという事だ。企業的な家畜飼育という事で、折り合いがつかなくなっている。27年前に豚コレラ撲滅と宣言したときには、イノシシの感染もないと調査したとある。何頭調査をすれば疫学的に正しいことになるのか。9月の感染の際は、イノシシの調査もするとされたが、結果はどうだったのか。野生のイノシシの感染調査などそう簡単なものではない。

 

 

 

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子供虐待事件の増加

2019-02-09 04:00:01 | Peace Cafe

2018年に虐待の疑いがあるとして警察が児童相談所に通告した子供は前年比22.4%増の8万104人で、過去最多を更新したことが7日、警察庁のまとめ(暫定値)で分かった。摘発件数も同19.1%増の1355件で最多を更新した。14年からの5年間で通告人数は2.8倍、摘発件数は1.8倍にそれぞれ増えた。--日経新聞

凶悪犯罪は減っても家庭内の事件は増加する社会なのだ。階層社会の矛盾が弱い家庭が病んでしまい、膿を吹き出す。国会でも子供虐待死の事件の質問が出ている。安倍総理大臣は子供の虐待事件が2度と起きないために、関係閣僚会議を行い関係者の連携を強化する、かなり必死の形相で答えていた。前回の目黒の事件の時の同じで答弁である。残念ながら、結果がでないからまた事件が起きたのだ。児童保護施設と警察と学校と教育委員会の連携をしなければならない。総理大臣以上の権力者は居ないのだから、総理大臣が本気でやってできないのであれば、もう日本の社会を諦めるしかない。安倍氏は前回の繰り返しではなく。実際に組織改革。連携の強化を計る義務がある。

子供のことを思うと地獄である。親にいじめ殺されるというようなことは、ひとつでも在ってはならないことだ。昨年の目黒の事件も、今回の野田の事件も、児童相談所が状況把握をして、保護預かりまでしていながら、判断を間違ってしまったという事件である。前回も、今回も、仕組みを見直せばなんとか救う事が出来た可能性が高い。警察が介入するべきなのだ。目黒事件の時にもさんざん言われたことだ。そして、総理大臣がやれと言えばできることだ。それをまだやらないでいる千葉県の森田知事。東京の小池知事は何を考えているのか。児童相談所の記者会見では、忙しいとか、他の緊急対応があり、対応がおろそかになった。とうつむきながら答えている。もし忙しいのであれば、人員の増加が必要である。子供の保護に落ち度が起こるほど忙しい職場では、目的である児童福祉を果たすことができない。対応の人員を増やすとすれば、まず他の機関との連携である。どんな事案であっても、単独で判断をしない組織作り。助言をする人を加えることだ。助言者は法律の専門家や、犯罪に関する専門家が良い。それは警察や弁護士だ。第三者を加えた会議を定例で行う。

今回の事件では犯人は沖縄観光ビューローというところの職員とある。職場では能力のあるひとで、一度沖縄の職場を止めたにもかかわらず、東京で同様の仕事に再雇用されている。社会的におかしな人であればそういう事はないだろう。社会的には無理をして対面を維持できる。一方で家庭が崩壊していて、家で子供をいじめている人だというような、異常なのだ。しかし、犯罪者といつも接触している警察であれば気付くところがあるはずだ。児童相談所のようなところにしてみれば、警察では違和感があるだろう。守ることが目的の児童相談所の考え方は、性善説である。それはとても大切な基本姿勢でもある。その在り方で救われている人が、たくさんいるはずだ。その一方で社会は地域が失われた。家庭は孤立して変貌してきている。追い込まれた人間が家庭内で狂気に変貌する。こうした家庭の実態に児童相談所の意識が追い付いていないと思われる。その為に甘い対応が繰り返されるのだろう。

異常な親が存在するのと同様に、充分ではない児童保護施設の職員がいる可能性はいつもある。少人数で判断しない。他の立場の人が加わり対応を相談する。協力を仰ぐことが率先される組織にする。前回の事件の後、児童相談所の職場の環境は何も変わらなかったと報道されている。今後児童相談所と警察等の連携。このことだけは総理大臣の指示で、実現してもらいたいと祈っている。誰しも、殺人を犯すような異常な親が相手なのだから、恐怖で判断を間違う事もあるだろう。忙しくて見落とすこともないとは言えない。職員が完全に組織に守らる安心感を持って、親と面談できるような条件を作る。親の権利というものは確かに重い。ついつい、親の言い分に従いやすはずだ。面談場面は記録を残す必要がある。音声記録は保存する。そして第3者が必要に応じて確認をする。警察ならおかしな親を見抜くことが出来る人がいるはずだ。警察というものは人を疑うものだ。児童相談所は人を信じる組織だ。総理大臣がかなりの形相で、子供を救うと断言した。これで出来なければ、演技者なのか。お飾りという事になる。今度こそなんとかしてくれ。

 

 

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石垣、小田原2地域居住

2019-02-08 04:47:46 | 石垣島

 2地域居住を始めている。石垣島と小田原半々である。小田原は18年暮らして来たので、おおよそ様子のわかる場所である。石垣島は新しく暮らし始めた新鮮な場所だ。どこででもそれなりに暮らせる自信はある。小田原の舟原は車がなければ暮らせない、箱根東斜面の山の中である。石垣は歩きだけで暮らせる街中である。この違いはずいぶんに大きいというのが今の印象である。小田原でも街中で暮らしている人と、山の中での暮らしでは違う。だから私の場合、老人でも便利に暮らせる場所を探して、一番好きな石垣島に行くことにした。これ以上先では引っ越しは不可能になる年齢である。70歳前にギリギリの選択をした。もう少し遅れれば、石垣で暮らしていることをよく理解できないかもしれない。離島の暮らしだから、不便だというようなことは、石垣島では全くない。物がこんなにあふれていて大丈夫かと思う程商品は豊富だ。世界中の人が街を歩いている。レストランの多様なことには驚かされる。地元の情報誌もいくつもある。素晴らしい、八重山毎日新聞もある。

一昨日、Tさんご夫妻が舟原の家に来てくれた。11年前、石垣島から箱根に移住された方だ。私とまるで逆をたどっているという事で、紹介してくれた人がいたのだ。Tさんは私が石垣島で知り会った方々皆さんと親しい知り合いだという。当然かもしれないが、やはり驚いた。玉那覇酒造さんも、石垣設計室さんも、よくよく親しくされている方だというのだ。田んぼをされている、新城さんもご存じのようだった。すぐそばの幼稚園の角を曲がったところにある、角家がお母さんの出られたご実家だというお話で。もう少し早く知り合う事が出来たら、また違ったこともあったかもしれない。ここまで石垣暮らしが進んでから、出会えたという事も、何かの運命であり良かったと思う事にする。次の機会には、農業をされている方を紹介いただけることになった。温州ミカンと石垣島のことを聞かせてもらいたいと思っている。意外だったのは、鶏を飼っている家の話をしてもご存じないようだった。鶏というものは案外興味がなければ、気づかない存在なのかもしれない。

小田原に来ているのは農業をするためだ。みんなと続けてきた農業に、出来る範囲で加わってゆきたい。動ける間は来るだろうと思う。農業だから、あと何年やれるかはわからない。小田原の農業者の平均年齢は、何時になっても私くらいだ。だから、80になって農業をやっているとすれば、それはその頃の小田原の農業者の平均年齢は80に近いのかもしれないと、ウソのような馬鹿げたことを想像をしている。一方、石垣島の農業はどこか若々しい勢いがある。例えば、畳を先日2枚購入した。その本原畳店さんの息子さんは、石垣でイグサを栽培している。地域のイグサで畳を作りたいという真っ当な考えの持ち主なのだ。こういうことを考える人がいるところが、すごい場所だと思う。そういう畳の上に石垣では寝ている。こんな幸せな場所はないのではないか。食べたいものがすべてある場所。まともな卵が売られている幸せな島。

先日、牛の専門家である兄と石垣牛の話していたら、南の島で肉牛の放牧が可能になったのは、新しい薬が出来た結果だと教えられた。南の方では家畜の伝染病もいろいろ起きてちょっと前までは成牛の放牧は不可能だったという。それに対応できる新薬が出来て、南の方でも牛の放牧が可能になったと言っていた。日本人の作った薬だと言っていた。一年中青草があり、放牧が出来るという条件は、病気さえ克服できれば最高の場所だと話してくれた。昔は北の岩手とか北海道の夏だけ。高い山の上とか涼しい気候の放牧地だ。石垣牛が良くなった餌の話など、さすがに詳しく教えてくれた。石垣の畜産はいろいろの意味で有望だ。有望な農業地域は、農地が有効に使われて生き生きしている。そうした農業が景観を作っている。この傾向は私が行きだしてからでも、年々動いている。石垣5万人が食べるお米の量は、2毛作で賄うとして300ha位かなと計算した。現状320haと出ているから、バランスはとれているようだ。小田原の田んぼと似たり寄ったりの面積。農業者数は1132名とある。稲作をやっている人は300人くらいとすれば、一人1ヘクタールになる。

小田原暮らしもあと1週間になった。

 

 

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自分の絵が好きという事

2019-02-07 04:33:56 | 水彩画

不思議なのか、当たりまえのことなのか、絵を描く誰でもがそうなのか、もう一つわからないが。一番好きな絵は私の絵である。これは幸せなことだと思う。最近は、石垣島の景色を描きたいというだけで、小田原に戻って絵を描こうという気持ちに一度もならない。少し不安なくらいだ。自分が一番見たい絵を描こうとしているという事に尽きる。そうなると、そこをどうしても描きたいという時以外は、描く気になれなくなる。絵を描く気持ちは、それぞれで全く違うので、他の人のことは分からない。私絵画という造語を作り、自分の絵を考えている。私小説と混同されることがままある。自分の心の中を深層心理を表現する絵画と思われることがある。私絵画はそういう意味とはまるで違う。第一義的に、自分の為に描く絵画という意味である。絵画に社会性が無くなった。社会に影響を与えるような絵画は失われた。社会的な商品絵画はここでは芸術という問題からは、切り離す。芸術としての絵画は私自身の内的な世界の問題になったという意味である。描くという行為の中にこそ、芸術としての、つまり自分が生きる価値とのかかわりが存在する。描かれた作品の意味は2義的なものになる。

自分が見たい絵を描くという事も、なかなか難しい。見たい絵が明確でないという事もある。ある程度こういう絵が好きだという事があっても、見えている世界を描く力がないという事もある。マチスも、ボナールも、鈴木信太郎も、中川一政も、須田剋太も好きであるが、やはり自分の絵の方が好きだ。恐ろしい思い上がりではある。一枚だけ監獄で飾らしてもらえるなら、やはり自分の絵にするほかない。今、暮らしている部屋にかけてあるのだが、一向に嫌にならない。自己陶酔者なのか、変な奴なのかわからないが、自分のことを考えるためには、それでよいと思うほかない。自分が見ている世界を描いている。自分が見ているという、見ている自己が確認できれば、それでいいのかと思っている。私が見ているとか、見たいというのは、私の価値観だから、他の人の絵ではどうにもならないという事かもしれない。人の見た深い世界はうらやましいものではあるが、絵を描くことで私という存在が、たどり着きたいという目標である。

私よりも深く見ているなと感じる絵は沢山ある。そういう絵を見ると、絵の世界の深淵を思わざる得ない。それでもその深さは他人の深さで、自分の深さとは異なる。深くなりたいとは思うが、自分の深さでやるほかない。結局のところそう思うわざる得ないのが絵というものだ。誰かのそれっぽい絵を真に受けて描いた絵というものは、一番見たくもない絵になる。真似をするという一番自分の俗っぽい嫌なところが表面化しているからだ。絵というものの世間的な価値に引きづられているという事。こんなこと今更何故やるのかと、情けない気持ちになる。まあ、気づくとやっているので情けないのだが。自分の絵の中に現れるそうした通俗のことであり、人の絵のことではない。ダメでもいいじゃん。そう口に出して自分を励ます。ダメな自分をダメなように描ければそれでいい。自分でないようなことを描くことよりはだいぶましだ。自分の範囲が自分にはちょうど良いようでもある。この頑張るぞ、という残された部分の自覚があるから、また描きたくなる。

この絵が、笹村出では困るぞ、といつも思う訳だ。そのちょっと今のところ、到達していない絵でも他人の絵よりは見ていなければならない。向かい合わなければならない。幸せというか、極楽とんぼというか。ここまで来て今更どうにもならないことである。自分の絵が好きな理由はもう一つある。自分が好きな場所を描いているからだ。須田剋太さんがそこを書いてくれたならば、また違うかもしれない。須田剋太さんに暗闇の中の棚田の絵がある。その絵は田んぼの恐ろしさが描かれているように見えた。確かに田んぼは恐ろしい場所だ。田んぼに踏み込んでみなければ、あの恐ろしさは分からないだろうと思った。恐ろしい魔物が住んでいるようで、足を入れることが怖いものだ。須田剋太さんはそういう田んぼの本質に迫っていると見えた。凄いことだ、私の見えていない深さがあると思った。確かに、脳天気な私の見ている田んぼとは哲学の深さが違う。それでも楽しく耕作する天国田んぼの方が好きなのだ。お米が実る豊かな生命力の漂う田んぼの方を私は見ている。この私が見ているというものは、やはり他に代えがたい。この明るい方角の深淵をもう少し見たいと思うのだ。

 

 

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石垣島自衛隊住民投票拒否

2019-02-06 04:08:13 | 石垣島

自衛隊基地のできる予定地の上部にある、神聖な山オモト岳の最上部の水場。

石垣島では自衛隊ミサイル基地建設が進んでいる。十分な議論はされないまま、進められている。さすがに話し合い位持つべきだという事で、住民投票の請求がされた。有権者の3分の1の署名が集まった。当然、投票はあると考えていたがこれが、あっさりと行われないことになった。軍事的な問題は国の専権事項であるから、受け入れ以外選択の道がないと、中山市長が率先して進めている。果たして、地域住民は意見を表明すらできないのか。自衛隊基地が出来ることが、石垣の未来にとってどういう事になるのか、そいう事を十分議論して進めるべきではないか。こういう若い人たちが登場した。このまま議論がないまま、国が問答無用で建設を進めてしまえば、島民の間の分断が起こると話していた。まず、問題がどこにあるのか議論をすべきではないか。そして、現在の予定地域公民館5つが、こぞって反対している場所が望ましいのかどうか、考えてみるべきではないか。こうして、署名活動が始まった。そして、有権者の3分の一の1万4千人の署名で、住民投票を行う事が求められた。

これが、議会でまさかのことに拒否されて終わった。何故、議会は拒否したのか。住民投票を行うことを通して、石垣島民がこの問題をどのように考えるべきか、議論することは大切なはずだ。ところが、議会においても十分な議論がないまま、住民投票をやらないことにしてしまった。保守系議員は投票結果が怖かったのだろう。住民投票はやるべきと言っていた期待の保守系議員は黙ってしまった。住民投票をすれば、自衛隊基地反対票が圧倒的に多いに違いないと保守系市会議員が考えた結果の判断だ。市会議員の自民党系と、公明党系の人たちは、自衛隊誘致である。住民投票を行い、反対という民意が明らかになる。自衛隊建設を進めにくくなると考えたのであろう。市民の意見は反映される可能性がないのだから、住民投票は問題を深刻化させるばかりだと考えたのだろう。あくまで国の専権事項だから、受け入れるほかないという論理で押し切ろう。議論もしない方がマシだという結論。

この石垣議会の選択も、一つの選択であることは確かである。しかし、この議決によって、話し合うという、民主主義の大切な手法を切り捨てた事になる。石垣市は最も大切な、地域住民が市政に興味を持つという事を拒否した。何をやっても聞いてももらえない。こういう空しさのなかに市民を陥れた。国の専権事項は問答無用であるというだけでは、戦時中と同じことにならないだろうか。民主主義国家の安全保障とは、国民全員で議論すべきことだ。議論したところで、意見の相違は埋まらないのだから、話し合いも無駄と決めつけることでは、民主主義が死んでしまう。対立は対立として、充分に話し合い互いを認め合うのが民主主義であろう。石垣議会はずいぶんもったいないことをしたと思う。民主主義の芽を摘んだのだ。問答無用、意見など言わないでいい。お国のいう事には、黙って従えというのでは、公に対して協力して行こうという市民は育たないであろう。島のために頑張ろうという若者が、島を出てゆくかもしれない。地域社会というものが弱体化を始めている中で、市民協働の精神を育てる為には、市民の考えを十分に聞く。これが出発点である。ここで拒絶された市民はもう市のいう事など協力しないと、消極的に考えることになる。

この地域社会に対する絶望感は、石垣島にとって大切なものを捨てた選択になった。その未来に対する責任は、住民投票を否決した、中山市長と、自民党系市会議員と、公明党市会議員が追わなければならない。未来の石垣島の希望の火を吹き消したかもしれないのだ。少なくとも、私は石垣市にたいして協力などしないだろう。市民としての最低限の義務で沢山だと考える。住民投票すら拒否されたのだから、非協力な態度であるとしても許されるであろう。こんな事では、危機の迫っている地域社会が成り立つ訳がない。住民の地域を思う心があって初めて地域社会は成立する。その為には、どこまでも民主主義の確立である。一人一人の尊重である。意見の表明さえ許されないものが、市行政のやることに協力などしないのは当然であろう。落ちているごみを拾うか拾わないかの選択は、地域に対する愛情である。ポイ捨てをして平気な住民が増えることになる。すべての分野において、愛情のない地域社会になる。その原因を、石垣市議会はここに作ってしまった。残念なことだ。

 

 

 

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裁判員裁判制度の10年

2019-02-05 04:17:02 | Peace Cafe

裁判員制度が出来て10年がたとうとしている。現状を見るとうまく機能しているとは思えない。制度導入時に条件として言われた、裁判の時間短縮も進まない。裁判所や裁判官がこの制度で変わったとも思えない。早くやめるべき制度である。裁判員制度が出来る前から、日本には適合しない仕組みだと繰り返し書いた。予想通り日本では裁判員制度は定着しそうにもない。理由は被告になった時に、裁判員裁判は嫌だからである。裁かれるのも嫌だし、裁くのも嫌だ。裁かれるのであれば、専門家の裁判官の方がいいと思う人が多いのではなかろうか。素人の感情的判断が量刑に影響するというのは嫌だ。私がもし裁判員のくじに当たり、依頼されたとしたら拒否するつもりだ。思想信条として拒否する。法に従う自信がない。実際のところ、4人に3人が裁判員を受けていない。やりたくない人があるいはやれない人が、75%の制度は機能していない。4人の一人の裁判員をやってくれる人がいる。この方たちを尊敬するが、一定の傾向が起きているはずだ。ここに4分の1の選抜が働く。司法制度にそうした選抜が働いていいとは思えない。

裁判員を受けてくれる人は正しい傾向の人であろう。どちらかと言えば優等生的な方々かもしれない。大抵の場合、犯罪者とは縁遠い傾向の人たちが裁判員を受けるのではなかろうか。裁判員を受ける優等生的タイプの25%の人たちが、犯罪に関して判断をするという事になる。それは立派な良い傾向であるとしても、ある傾向の中での裁判が行われるのはおかしいことだと思う。むしろ量刑は一応AIで出すようにして、裁判官の判断とAI判断を同時に発表したらどうだろうか。AIが社会通念からしておかしな判断をするとすれば、法律の方を直す必要があるのだろう。犯罪を犯す人は、特殊な人である。裁判員を受諾する人とは別世界のひとであろう。裁判官はそうした特殊世界の専門家である。むごたらしい事件に関しても経験が豊富である。感情的な反応は少ないであろう。もちろん、人を裁くことは専門家であっても辛いことであろう。外科のお医者さんが手術をしてくれるのは必要なことではあるが、その手術の状況は厳しいものがある。人の体にメスを入れるというようなことは誰にでもできることではない。人を裁くという事は、人の命や権利にかかわる深刻なことだ。専門家に任せた方がいい。

原発ではないが、始めたことを簡単には止められないのが、日本社会の悪いところではなかろうか。誤りを改めるのは早いほど良い。裁判員制度は10年やってみて、上手く機能していないのだから、もうやめた方がいいということになる。アメリカの陪審員制度と比較されるが、日本の制度はかなり裁判員に重いものになっている。アメリカでは義務になっていて、断ることは基本出来ないらしい。然し1日だけの参加でもいいとされていると書いてある。日本では裁判が終わるまで何週間も参加しなければならない負担の重いものになっている。普通の社会人であれば、なかなか参加できないのではなかろうか。多く国の陪審員は全員一致の原則のということが言われているが、日本では多数決である。全員一致まで話し合うということがあり得るのか良く分からないが、どこかで、誰かが妥協するのであろうか。陪審員がとんでもない評決を出すことはがあるらしい。優秀な弁護士にかかれば、黒も白に裁かれることが起こる。

何故裁判員制度を止めないのかと言えば、裁判官の精神的な負担感の軽減ではなかろうか。人を裁くという重さを国民も、等しく味わえという事のような気がする。しかし、外科医と同様、裁判官はその仕事の専門家として尊敬されているのだから、精神的な負担は担ってもらうほかない。普通に生きる人間見たくないものを見ないで良いのだと思う。犯罪や刑罰のことで悩んでいたら絵など描けない。人間の生き様の選択として、そのようなことで煩わされないでも良いはずだ。まあ、これだけ裁判員制度の問題を繰り返し書いておけば、偏光のある人間として、選別されることはないのだろうか。そうだ、裁判員制度以上に検察制度を改革してもらいたい。警察が権力の下部構造であるのは、一定仕方がないことなのであろうが、検察まで権力を忖度するようでは、社会の構成は守ることができない。ゴーン事件で日本の検察制度が特殊であるという事は明白になった。三権分立を大切にするためにも、司法改革をするべきだ。

 

 

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ゴーン事件で分かったこと

2019-02-04 04:52:40 | Peace Cafe

日産のゴーン事件で日本の社会の特殊な状況がうかびあがってきた。検察の在り方が、近代国家の組織とは到底言えないと言われている。世界から指弾されている通りの状況だろう。今までも冤罪事件が検察のでっちあげで、繰り返されてきている。司法制度の問題ではなく、検察の持っている行政的側面の問題と考えるべきことだ。今回の事件は国の意向を汲んだ、国策逮捕と考えていいのだろう。企業を忖度する姿勢、アベ政権ならではの事件に見える。検察は捜査の権限もありながら、正義を裁く司法の立場でもある。時に政治的な色合いの濃い忖度を行っている。裁判所のように行政から独立したような組織ではない。ゴーン事件は政府の意向を汲んだ捜査に見える。ゴーン事件は逮捕された人が、外国の著名な人だったために国際的に日本という国の前近代的な姿が浮き彫りになった。この機会に日本の三権分立を改めて問い直す機会にすべきだ。過去、ロッキード事件なども、政治権力闘争の事件なのだろう。政治の裏にある力が、検察を動かしているかのようなことが、後になると表面化してくる。日本の国営企業、日産なのであろうか。

ゴーン事件は日本の企業風土と外国人という関係である。企業は当然世界に開かれている。英語をしゃべるように奨励されている。しかし、根はどこの分野よりも日本的封建世界なのかもしれない。日産自動車は世界に車を売る仕事をしている。そして、日産は業績が低迷して、そのテコ入れに外国人のゴーン氏が社長になった。その辣腕によって、日産は立て直しに成功した。この頃はゴーン氏は救世主として大いに持ち上げられた。ところが、日産が持ち直した今となっては、ゴーン氏はできれば追い払いたい気持ちが社員に生まれた。要らないどころか迷惑な存在になった。という判断が働いている。どうやってこの金の亡者のリーダーを取り除くのか。ホリエモン事件と似ている。田中角栄氏が今太閤と呼ばれるような、それまでのエリート集団とは別枠の人間であった。それが原因で過去の伝統的権力の鵺集団から追い落とされたように見えた。ホリエモンやゴーン氏が守銭奴的であったのは事実なのであろう。しかし、違法であるのかどうかは微妙である。出過ぎた杭を敲くという事のように見える。見えない過去の利権集団の何かを、食い破る恐れがある存在に見える。

ゴーン氏は嫌いである。金の亡者であることは間違いないのであろう。それでも違法であるかどうかは、案外に微妙である。この微妙な存在が、企業的には排除できれば、有罪無罪は関係ないのであろう。ホリエモンも大嫌いである。まともに名前すら呼びたくもない。それでも両者の追い落とし方はおかしいと思う。ゴーン氏は何故か仮釈放もされない間に、日産、三菱、ルノーの三社連合から外されてしまった。弁明の機会も与えられないまま、自分が盛り上げた会社から葬り去られてしまい、ゴーン氏としては無念であろう。今はまだ見えていないが、背景に深刻な自動車会社の国際競争の世界がある気がする。有罪と裁判で決まるまでは、容疑者であり人権は守られなければならない。韓国では政権が変わるたびに大統領が犯罪者になると日本では大いに批判される。しかし、日本の社会は犯罪的な行為をしていたとしても、権力が覆されることなく、その利権構造は温存されていると考えた方がいい。その罪が問われないだけという気がする。

検察の行政からの完全な独立が必要である。検察が警察と連動している状態では、日本の社会の権力構造の闇に光を当てることができない。アベ政権は様々怪しいところがありながらも、すべてうやむやにして生き延びている姿。権力利権構造。これが日本の行政にも、企業にも蔓延している。こういう社会にしているのは国民の意思だ。国民が民主主義を好まないのであろう。民主主義が機能していない代わりに、検察の派手な行動が起こる。国民もこぞって利権主義になっている。その利権意識を先回りしている検察。正しくなくとも自分に利益があるという判断で選挙の投票を行う。国民の民度を反映しているのが、その国の政治。政治家は国民のことより、自分の当選のことばかりに翻弄されている。何をやりたくて政治家になったのかというより、政治家という職業にしがみ付くばかり。こんな利権意識がゴーン事件から見えてくる。

 

 

 

 

 

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