地場・旬・自給

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ブログの点検とその意味

2018-11-19 04:27:05 | このサイトについて
石垣の引っ越しを終え、二地域居住になるにあたり、ブログについて考えておく。 自覚として中レベルのブログである。井伏鱒二さんが好きで、あのような文章を書きたいと思うが、とうていそれは無理。大雑把で、適当な内容が沢山ある。誤字脱字不統一は数知れずで読み返して気付くと恥ずかしくなる。矛盾や誤解も多々ある。それは私の農業のやり方と同じことである。大雑把で、適当な自給農である。しかし、稲作では畝取りはしている。自然養鶏では自負がある。大雑把で、適当だからこそできたことだ。ブログもこの点では怖れていない。正確であることや、矛盾を避けようとしたら、行動ができなくなる。農業をやるという事は、大体の見込みで進まなければならない。自然を相手にする実践というものは、いつも方角を見て、風見をする。方角を見るという事はカンが重要である。大局観が重要である。細部にとらわれず、大局を見なければ方角は見えてこない。細部に矛盾があろうとも、おおよそ方角が伝わることを重視して書いている。多分、絵を描いてきた経験で出来たやり方である。

決めてきたことがいくつかある。まず、毎朝必ず書くという事である。旅行先であろうが、どれほど忙しい田植え時期であろうが、毎朝必ず書く。そうしないと、続けられないからだ。続けるとは平和憲法を守りたいという願掛けである。憲法を守るために私のできることは少ない。デモも時々行く。抗議文も書いて送ることもある。選挙では一番憲法を守ってくれる政党に投票する。しかし、ほとんどなにをやろうとも平和憲法が危うい。何もできることがないようにも思える。せめてもの思いで、祈願のように毎日ブログを書くことにした。今や、書いている間は憲法が守れるというような信仰の気分にまでなっている。以前は誤字の指摘や、矛盾点の指摘など頂くこともままあった。能力不足でもやるしかないので、謝るほかない。大切なことは平和憲法への祈願である。平和に関する文章は二割程度のすることにしている。もちろんすべてが平和につながるのであるが、直接的に平和に関して書くのは、時々書くと決めている。そうしないと平和に興味のある人以外は読まなくなるからだ。

政治的なことばかり書いていると、興味を持って読む人がいなくなる。稲作技術や、自給農のこと等も書いてある。その興味でついでに読んでくれたならば、なんか憲法の事も書いてあるな。という調子にしたい。本音で言えば、平和という事は暮らしという事だと思う。自分が喧嘩ばかりしていて、平和もないものである。平和に日々暮らしている。そのことが大切なのだと思う。私自身の暮らしを表現する。これがピースカフェブログの実際である。日々の暮らしのいい加減さも含めて、書くことにしている。まあ、格好をつけてしまい、なかなか実態というものは案外に書けない。自慢話は嫌味になるからできるだけ避けるようにはしているが、実際には多いかもしれない。コメントいうものを書いてもらう事にしている。時々書いてある。以前は必ず、わたしなりの反応を書いたが、全く無駄だという事が分かったので、今はコメントとして公開して、一ヵ月ほどしたら消すことにした。不愉快なものは読まずに消す。その位の対応がちょうどかと思うようになった。

ブログをあちこち読んでいると、ずいぶんとレベルの高いものもある。学ばせていただき、学べるものが沢山ある。努力をしなければとは思う。このGOOブログというものが出来てから2001年だそうだ。最初の記事は2006年のことだから、できて5、6年目の頃から書き始めたことになる。今度大きく変わると連絡があった。ブログも随分と変化があるようだ。期待して読んでいても、止めてしまう人が多いものだ。私の場合は、ブログが書かれなくなった時は病気なのか。死んだときだろうと思う。最近、百歳時代という。という事は来年は30歳である。つまり、次の年は29歳にしようと思う。逆算してゆくと百歳が分かりやすい。そのつもりで計画が立てられる。いまはあと31年かと思いながら、絵を描いて行こうと思う。毎朝ブログのお灯明を上げることにする。

 

 

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このサイトについて

2012-05-23 03:59:45 | このサイトについて
沖縄でヤンバルクイナを2羽も見た。青ヶ島ではアカコッコを見た。それをブログで確認していたら、青ヶ島でも普通に良く見るという事が書かれていた。それでどんな人だろうと「このサイトについて」を見たら、自己紹介が書かれていた。それで、この「地場・旬・自給」ブログに自己紹介文がないということに気付いた。日記のつもりだったので自己紹介の必要を感じていなかった。しかし、読んでくれる人もいる訳だ。何かの記事でこのブログに来てくれても、どういう人間なのかということが分からないのもどうかと。今更のことであるが、自己紹介させていただく。「あしがら農の会の仲間」「 Peace Cafeの常連」「水彩人同人」「発酵利用の自然養鶏」 ここまでは書いてあった。


自己紹介・・・・
 小田原の箱根山麓の久野の、一番上の方の集落「舟原」という所に暮らしている。笹村農鶏園という自給農業を試行している。1町歩くらいの田畑を管理している。一人でやるというだけでなく、『あしがら農の会』という仲間で、協働でやっている所もある。田んぼをはじめとする農業全般が好きである。特に鶏が好きで、小さな子供の頃から鶏を飼っていた。犬好きでもあり、猫好きで、金魚もだいぶ飼った。その上植物も好きであり、原種の洋らん特にパフィオぺデュラムが好きだ。生き物が好きではあるが、知識が深い訳ではない。ただその周辺にいれば嬉しいという程度のものだ。鶏については、長年養鶏をやっていていてそのことをまとめた、「発酵利用の自然養鶏」という本を農文協から出させてもらっている。鶏の飼い方を書いたものは少ないので、飼育法として有効なものだと思う。好きなことばかりやっているのだが、絵を描くという事は、ほかのこととは自分の中では少し違う。何としてももう少しやりたいと思っている。

 生まれたのは山梨県東八代郡境川村藤垈の向昌院である。1949年夏、曹洞宗のお寺の味噌蔵の上の、中二階に生まれた。その後東京で育ったが、藤垈の自然の中に、何度も戻っては暮らした。多分その体験が自分という人間を作ったと考えている。修業は全く足りないが、、寺院と関係していない僧侶である。僧名は笹村出雲(すいうん)という。1986年山北の山の中へ通いの開墾生活を始める。大島の噴火が見えた。最初はアトリエを作ろうということで1988年に移住した。興味半分でシャベル1本で自給生活に挑戦する。案外と簡単に達成出来る。はじめて安心して暮らせるようになる。自給農業をまとめてみようという気持ちになる。その過程を書きとめておこうということが、このブログの直接の意図である。自給農業で安心できれば、平和な国が出来ると考えている。自給農作業を毎日最後に記録している。この5年間の平均の年間作業時間が300時間程度である。

 平和への道として、段ボールコンポストの普及に力を入れている。イラク派兵を反対することをきっかけに、「ピースカフェ―」という小さな通信を作っていた。参加者のブログの輪を作ろうということになり、設定までしてくれて始めた。今でも分からないときは教えてもらっている状態である。始めてみると、この公開日記という形が、自分には合っていたようである。ともかく毎日継続している。平和への道は安心して自給で暮らす事だと思う。その具体的なきっかけを作るのは、段ボールコンポストを始めてみることだと思っている。循環というものが、言葉ではなく体感できる。もう自給生活で25年が経過した。「100坪の土地で、1日1時間働けば、食の自給はできる。」この事をもっと楽に出来ないか、日々の工夫を楽しんでいる。自給体験をしてみたい人は、手作りした小屋があるので、そこに泊り体験も受け入れている。
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