地場・旬・自給

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ごみをどうするか

2010-04-30 04:18:16 | 地域
小田原市【基本方針】
市民、事業者、行政がそれぞれの役割を認識し、廃棄物などの発生抑制、再使用、再生利用に努め、環境負荷の少ない持続可能な資源循環型社会づくりを進めます。

基本方針で書かれた、市民・事業者・行政それぞれの役割とは何か。これが素案において分かりやすく明確に反映されなければならない。市民の役割だけは現状と課題の中に書かれている。「環境負荷の少ないライフスタイルが定着し、家庭や事業所から排出されるごみが少なくなっています。」「ごみの問題は、市民一人ひとりが自分の問題と捉え、廃棄物の発生抑制(リデュース)、再使用(リユース)、再生利用(リサイクル)を基本として減量化、資源化を進めていくことが必要です。また、減量化、資源化の意識啓発を図るとともに、ごみの適正処理を進めることが必要です。」市民の役割だけは、ゆるぎなく正しい。正しいが実現が出来ないだけである。市民に努力しろの掛け声だけで解決するなら、行政はいらない。市民の役割だけ明確にかけると言う事は、行政の役割に気がついていない証拠では無いか。

では、事業者の役割とは何か。これもどこにも書かれていない。ここでは製造者責任の問題を明確にする必要がある。地域主権を切り開くためには、ごみ問題は素晴しい教材になる。身近なごみ問題から地域の構成を見直す。物が作られ消費され、そして廃棄物を生み出す。農家であれば、農産物を作り、生ごみを作り出す。糞尿も作り出す。農家はウンコも作っている。その循環に対して、農家がどのような責任を持つのか。この循環の役割分担を明確化する必要がある。事業者にはどのような製造者責任があるか。地域循環においてどのような役割を持つべきか。当然国の法律の問題が大きい。しかし、国の仕組みが悪いからどうにもならないというのでは、地域主権は生み出すことが出来ない。地域行政は何が出来るのか。身近なごみの流れが循環の輪に乗るような仕組みづくり、事業者の位置づけは現在地域により、費用負担という形で違いが大きい。それは事業者の位置が明確にされていない証拠である。

以上でもわかるように、素案では少しも省みられていない行政の役割とは、ごみ処理の仕組みづくりである。この素案に見られる仕組みの一部と思われるところは、「③ごみの適正処理  委託化など民間活力の活用を進め、収集・運搬・処分体制の効率化を図るとともに、廃棄物処理施設の適正な管理・運営を行います。また、ごみ処理の広域化を視野に入れながら、新たな施設整備やごみ処理体制の方向性を検討します。」これが唯一行政の役割として示されている部分である。これでは、地域主権のごみ循環は見えてこない。特に「ごみ処理の広域化を視野に入れながら」となっているが、これはごみの市民の役割と逆行していないか。市民にはごみを出さない、暮らしを提案している。一方広域化して、ごみを暮らしから遠ざける仕組みを提案している。

広域化が大前提であるなら、広域化の利点と、市民の暮らしの整合性を考える必要がある。広域化して、溶融炉で全てを焼却するごみ処理法と、ごみを出さない暮らしは、離反している。もし、広域化を主張するなら、ごみは全て混合収集し焼却処理した方が、整合性がある。経済の合理性からも、一切分別も止めるべきだ。、市民・事業者に3Rを要求する以上、行政だけが溶融炉による一括焼却では、矛盾を抱えることになる。3Rを主張する以上、全体のごみ処理の流れもより小さく個別的な処理法にせざる得ない。それが理念と、行政の役割の一致した仕組みづくりである。大きな方向性だけを、国に支持に従い地域の意思を反映させないとするなら、市民はその矛盾を察知して、暮らしの転換は進まない事になる。行政の役割とは、市民の方角を示す事だ。観念ではなく。具体的仕組みづくりを示す事で、方角を示す事だ。
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航空路線の廃止

2010-04-29 04:35:05 | Peace Cafe
今度、帯広に行くのに飛行機に乗る。先日購入したのだが、往復で2万6千円ぐらいだった。遠くまで行く割に安い。2泊3日で行く。それ以上は家を空けられない。飛行機がなければ、行けない状況である。昔なら、鹿追町というような遠い所で、まさか展覧会をやらせていただくなど思いもよらないことである。今回は、久し振りにというか、今生のわかれというか、ナンシーに居たころ世話になっていて、パリに一緒に出て行ったほど仲の良かった、Uさんが新得町に暮らしているからだ。たぶん、二度と会う機会も無いだろうと思うので、思い切って行くことにした。それで、ネットで航空券を買う事にした。初めてで方法がわからない。今でも本当に買ったのかどうかさえ判らない。搭乗券は飛行場で番号を入れて手に入れるらしい。一度こう言う事に詳しい人に聞けばよかった。そういう不安がある。

全国の県知事が16名雁首を揃えて、JALの路線廃止を取り止めてもらうようにお願いである。訳のわからない話だ。いらない飛行場を税金を使って作ったことが既に無駄。その上に、赤字路線を存続しろとはどういう政治姿勢だろう。愛知県の知事もお願いに上京したらしい。愛知県の飛行機路線など、何故必要なのかがわからない。地方の自立これを考えて欲しい。東京一極集中がさらに進むというのが反対理由らしい。その東京にお願いに来るなど理由にもなっていない。大体民主党に頼んだらしいが、交渉するならJALだろう。いくら出すから続けて欲しいならまだ分かる。人の懐で存続してくれとは迷惑な話だ。何しろ倒産した会社である。税金を使って立て直そうという民間会社だ。既に33路線が廃止された。今年度45路線廃止の計画である。全体の3割から4割が廃止となる。

当たり前の事だろう。生活密着のバス路線ですら、赤字になれば廃止される。小田原だって、バス路線の廃止が進んでいる。田んぼやお茶畑のある坊所にはバスは来なくなった。不便ではあるが仕方が無いことである。静岡や茨城などでは、JALが倒産する最中に新空港の開設である。時代の流れを予測する力がなかったことを反省すべきだ。関西空港すら、巨額の赤字である。先日は伊丹空港と関空に関して、橋下・前原会談があった。あれは一体どういうパホーマンスだったのだろう。新しい脱官僚・政治主導という方法のつもりだろうか。相変わらず、東京にお願いに通う知事の旧態依然の手法と橋下詣でをさせる人気知事。いずれも、まったく根幹がおかしい。将来の日本の交通のあり方を国民的論議にしなければならない。高速道路はどうする。新幹線はどうする。リニアモーターカーはどう位置づける。そして航空路線は要らないのかどうか。何一つ総合的な論議がされていない。

圧力団体や、自動車産業への選挙対策的配慮。建設業を中心とした、労働対策。本来とは違う論理で大規模公共事業が行われてきた。コンクリートから人へ。掛け声だけでは何も変らない。国家予算に表れて来なければ始まらない。民主党の最初の予算編成では、コンクリートからばら撒きへ。少しもスッキリした感じがない。2度目の事業仕分けが始まり、ここだけは確かに溜飲を下げる。批判力はあるが創造力はない、らしい。モノを作り出すと言う事は、ともかく時間がかかるし大変な力量が必要である。絵を描くことと鑑賞する事では、まるで違う。作物を作るのと食べて感想を言うのでは全く違う。日本の交通網をどうするか。たぶん昔はこう言う事を、密室でそれなりに能力がある人達が、勝手に進めてきた。それが先見性があった時は、効率的であった。しかし、それが利益誘導だけとなり、日本が沈没になった。
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桜の花漬け

2010-04-28 04:38:42 | 地域
昨年一年をかけて、一つ下の集落の欠ノ上に畑や田んぼを7反ぐらい、耕作する事になった。中心に活動されているのは、あしがら水土考をかかれているIさんである。(こういうとき名前を書いてはいけないのが、ルールのようで難しい。)おととい、ユンボを練習するというので、養鶏場の下の畑で一緒に作業をした。一時間もすると、何とか様になってしまった。しかし、何もユンボを使わなくてもトラックターで耕せば大丈夫で、むしろユンボで土を掘り返したほうが良くない。前からそう考えていたので、ユンボは私の養鶏場で練習してもらい、トラックターで耕してみた。想像通りみかんの根はほとんど問題なく耕せた。ユンボを貸してくれたホダさんは、ちょっと心配で見に来た。その頃はもうIさんは上手に乗りこなしていたので、安心したと思う。もう少し練習して、免許を取りに行くことになった。

ホダさんがその帰り際、「欠ノ上の桜の花は今日明日が、摘み時だ。桜の花の漬物は花1キロに、塩200グラム。梅酢200ccと言われた。」これを聞いたとたん、これがIさんの特徴で、直ぐに明日摘もうと言う発案になった。当日は雨の予報。雨でも何でもやってみる。これだけで掲示板に出して2人だけでも行う事にした。それでも、びっくりすることに雨の中参加者は7人も居た。Iさんや私のような馬鹿げた人間が案外に居る。この辺が農家の方とだいぶ違う所だろう。コンテナ3杯を摘むころには、すっかり体が冷えていた。1時に初めて、3時だった。直ぐ持ち帰って塩漬けにした。コンテナ3つで、9キロ。濡れたぶんを引いて、8キロと言う事にした。素晴しい、Iさんの木樽に漬け込んだ。それが終わったのが、6時近かった。

山菜つみなどもそうなのだが、採るときに漬ける下準備をしろ、これがおばあさんがいつも言っていた事だ。山で下ごしらえまでする。食べれる所意外ははずしながらとる。土筆でも山で袴をはずして来いという。一種類だけ摘んで混ぜない。。そうすればいいものしかとらない、とり過ぎない。里江はこれが良く出来る。と私の母の事をこのことでは格別褒めていた。おばあさんにしては、こう言う事が出来れば後の事などさしたることはないと考えていた。桜の花が8キロ。塩が1.6キロ。洗って水を切り、丁寧に塩を混ぜながた。重石を16キロ。一晩漬ける。今日の2時から、水の上がった桜の花を梅酢2800ccに漬ける。漬けて1週間ほどで出来上がりと言うから、案外に簡単なものである。ようは手塩にかける手間暇である。

何故、こんなに急に思い立ったかと言えば、北海道の新得に協働学舎という所があり、これをやられている宮島さんとIさんは知り合いである。チーズに遣う桜の花の話があり、これを届けようと言う話が前からあった。神田日照美術館に行くなら、そばだから訪ねたいと話していた。購入する桜の花は色止めに明礬を使うらしい。これがチーズの発酵に良くない。そこで、塩と梅酢だけの桜の花が欲しいと言われていたらしい。桜の花が小田原の産物である事は、全国的に知られている。案外な事で梅酢と結びついての事なのかもしれない。桜の花を摘むのも手間仕事で、こういう作業を丁寧に根気良くする。これを作業所などの、仕事にできるのではないか。こんな事を将来的に考えている。その第一歩にしようというのが、今回の桜花漬けである。

昨日の自給作業:自給半分で2時間 累計時間:19時間
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トキが卵を捨てる

2010-04-27 04:47:13 | 自然養鶏
自然に戻す実験が続いている。今年初めて、自然の中でペアーが出来た。雛誕生を楽しみにしていた。しかし、3個産んだ卵の内2つを巣から外に捨ててしまったという。最初は雌が捨てたらしい。次に雄が抱いていて、その雄が捨てたらしい。原因はいくつか想像できる。一つは鳥が未熟なため中の雛を取り出す行動が、タイミングよく機能しないでまだ孵化に到らない、卵を割って外に放り出した可能性が考えられる。人工飼育中のトキに孵化した雛を捨てたものも居るそうなので、何かそういう異常行動が、既に少ない系統のため起きている可能性は捨てがたい。しかし、センターの観察では、トキという鳥はそういう学習をしてだんだん上手に成ると言う事も考えているらしい。次に考えられることは、無精卵を判別して捨てている可能性がある。子供の頃飼っていた黒チャボで、とても子育ての上手な雌鶏が居た。

上手というのは、孵化率が高いと言う結果になる。孵化がとても難しい卵は、その鶏に任せていた。1度に15個ぐらい孵してしまう。抱えている卵が平均して温まるように、足で外のものと中のものを入れ替える。最初のうちは、餌も日に何度か食べて、卵を冷ましたりする。2週目にはいる頃から、一切立たなくなる。そして、無精卵を外に転がしだす。これが、トキの行動のヒントになる。無精卵を外に出す行動については、何度も確認した確かな事であり、その雌鶏以外でもあったことである。抱いていて、無精卵は腐ってしまう。一方2週を過ぎる頃には、卵の雛の鼓動が強くなる。有能な親には、この判別がつくはずだ。腐った無声卵を孵化していることは、その周辺の卵にガスが悪影響をする。その卵を巣から外に出して捨てるのは、当然の行為の可能性がある。

新潟大の永田尚志准教授は「孵化(ふか)が近くなり、ひなが卵の殻を破ろうとした音で経験不足の若い雌が異物と認識して、捨てたのではないか」と分析している。これは間違っている。雛が嘴打ちを始めるとすれば、三つの卵はほぼ同時期になる。嘴打ちした雛を捨てたとすれば、卵を捨てた所を見れば分かるだろう。また、この場合、捨ててから幾日立っても、残る卵が孵化しないという事はない。二つが雄雌によって、4日の日を置いて巣から外に出された事は、無精卵を捨てる行為の可能性が高い。3つのうち2つが無精卵だった可能性が高いとすると、残る1つも、残念ながら、無精卵であると思われる。しかし、まだ二つのペアーが抱卵しているらしいので、今年度の雛誕生も希望はまだある。

トキが自然界で生息できる環境があるか。といえば、とても難しい。佐渡で田んぼの保全を続けて居一部の人達の努力が、トキの餌を供給している。雛が生れるためには、良い餌が大量に必要である。その環境が日本から失われたために、コウノトリやトキや丹頂鶴は絶滅していった。。野生の大型鳥類が絶滅が早いのは、大量の餌が必要だからである。ドジョウ等ウジャウジャ居るというような環境で、生息している生き物である。それが失われたと言うことが実は深刻な問題。この背景にあるのは自然界の汚染が原因の主である。あくまでトキの保全は象徴。そっくり生息地全体の回復が図られなければ、人間の生息を脅かす。今は、中国状態から抜け出て、自然は回復傾向にあるとの想像がふくらんでいるが、これは間違った認識である。水生昆虫の調査を続けられている学者によると「回復どころか、あちこちで絶滅は進行している。」こう言われている。
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路上生活者の訪問活動

2010-04-26 04:53:13 | Peace Cafe
       

ピースウォークfrom沖縄の皆さんが、小田原に見えた機会に三つの事を行った。一つは市長への平和アピール。市長は平和に対してとても積極的な姿勢と思いがあった。市民が小田原らしい平和活動を動き出さなければならない事を、痛感する所となった。二つ目が平和を思う農作業。農業と平和の連なりをそれぞれが考えるきっかけになった。そして三つ目が路上生活者パトロール活動。ただパトと呼ばれることもあって、不思議な言葉だが、定着した言葉となっている。Takeさんが小田原で始められ、長年続けている活動である。パトロールに直接同行させていただくのは、始めての事であった。暮らしている場所は全て知ってはいる。その昔、最小限の家を考える時何度も伺った。その後も、時々訪ねることもある。ただ、今回のようにパトロールという形では、初めての事だ。訪ねて、一番ビックリしたのは、ずいぶん減っていることである。

以前、10軒も立ち並んでいた所に、2軒とか。すっかり居なくなった所もあった。Takeさんや、マゴサンは毎週伺う。対応が一軒一軒で違う。「〇〇さん」と少し遠くから声を掛けながら、何度も「何さん、何さん」と呼んでも反応がなくて居ないのかと思うと、実はとくには返事が無いのが普通のようで、そのままどうですか。と世間話をしている。話すというよりは、話しをしてもらう感じだ。それから、今日は沖縄から、平和を願って歩いてきた人が居るので、ということで皆さんからと、おにぎりやゆで卵を食べてもらうように手渡す。そこで、石橋さんは沖縄から歩いてきました。という訳だが、どうも受け止め方は、さすがに少し違う。それは大変でしたね。という感じでは当然ない。皆さん歩き続けている人である。平和の為に歩いていること。それを人生にしているような、石橋さんと路上で暮らし続ける人と、何がどのように違うのか。見当違いのようではあるが、生きる本質のような事が、生にぶつかる姿を見た。

小田原では路上生活の人が減っている。100人を越えていたこともあるそうだ。それが、30数名ではないかと言う事だ。。そのこと自体は良い兆候ではあるのだが、不可視化してきているという声もあった。行政の対応が改善されて、生活保護を受けやすくなったことがあり、アパートに入りやすくなったそうだ。受け入れてくださる大家さんの理解というものも深まった。かえって孤立化して孤独死と言う事もある。また言い方は悪いが、小田原がそうと言う事ではないが、行政が、ある種のNPO受け入れ組織に送り込んできたと言う事もある。もう一つは、マンガカフェやインターネットカフェでの仮眠生活。路上生活している人は、それなりの生活術を身につけた人だ。空き缶を拾って、お金に換えるといっても、条例違反である。とても難しくなっている。なるほどという形で乗り越える力がないと、路上では当然暮らせない。10年以上もそうして暮らしている人も居る。

皆さんの共通の特徴は優しい人である。この世知辛い社会では優しいは弱いと言う事でもある。ともかく繊細な人が多い。花壇を作る。家庭菜園もある。ミレーの祈りの絵を飾る。生き物と一緒に暮す。暮らしは整えられている。ブルーシートの利用が特徴ではあるが、その他の素材も上手く工夫して暮らしている。自炊生活だから、不衛生にしてしまう人には、出来ない暮らしでもある。こざっぱりしている。街で会えば、普通の人。普通の人はさらに不可視化を進める。社会保障費の増大。低所得世帯のうち約3割が生活保護を受けていない現実。生活保護世帯の自殺率は2倍である。格差社会の深刻さは解決の方向どころか、社会そのものを崩壊させる要因になり始めている。パトロール後の配って、余ったおにぎりを食べながらの話し合いは、とても深刻なものになってしまった。
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価格の意味

2010-04-25 04:54:40 | Peace Cafe
値引き競争がデフレを招くと、言う話が重要な事のように騒がれている。物に値段があると言うことは、とても難しい事だ。笹村農鶏園の玄米卵は、55円である。私の絵は号2万円である。このように決めた根拠はいわく言いがたい。この価格は変えない。差し上げてもいいものであるが、一応販売している。そこはなかなか難しいのだが、一応の価格である。差し上げると、要らないのにもらっていって、捨ててしまう人も居ないとは限らない。本当は、その人が相応しいと考える価格を、置いていってくれれば、それが一番いいのかもわからない。否、一番良いとは到底いかない。頼岳寺の三沢先生が「お布施はもらってあげているんだよ。」こういわれた。高校一年生の私にはまだその意味は良く分からなかった。坊さんは人を騙して、お金を巻き上げていると思っていた。馬鹿な事にそういう手紙を三沢先生に書いたのだ。

値引きと言う以上、本来の価格がある。本来の価格とはなんだろう。普通、原価計算とかがある。当然、労働の対価も入る。この原価計算や労働という物の考え方は、実は多様である。好きな事以外出来るだけやらないことにしている。楽しみで労働している1時間に、お金をもらうというのも変だ。小学生が、デズニーランドに遊びに行くのに、労賃はない。鶏を飼うのを止めろと言われたら困る。そういう諸先輩は沢山いるが、大抵は道楽と言う事で、なかなか趣味と実益とはいかない。むかしの、実用本は大抵趣味と実益という副題があった。趣味と実益の万年青栽培。そんな感じだ。万年青一株で家が建った。そういう信じられないような、時代だってあったのだ。万年青の本来の価値など、まるでない。まるでないものに、尾ひれがついて、坊主丸儲けと同じような事になる。ブランドなどという物は、おおよそそういうものだと思っている。コマーシャル。こう言う費用も原価に入る。

中国でゴッホの贋作というか、模写というかそういうものが、850円とかで売られている。とても怒っている人がいるが、何がいけないのかが良くわからない。私の絵など贋作がでる訳が無いが、役に立つならどのように真似しようがかまわない。写真を取る事すら許さないとか、そういう意味がわからない。何の為に絵を書いているのだろう。少なくともゴッホなら、絶対に怒らなかった。ゴッホは絵によって人間を救済したいと考えていた。牧師を志した人だ。自分の絵が誰の役にも立たないらしいと言う事に絶望して、命を絶った。人類の為に描いた絵なら、どう利用されようがかまわないはずだ。そして今になって、ゴッホの絵は人類の役に立っている。それの贋作を作って、人の役に立てようと言う事は悪い事ではない。ただし、テレビに映るゴッホの贋作は似ているだけで、どうにもひどいものだ。

物の価格と価値は違う。ゴッホの絵が値上がりしてゆくのは、価格である。価値は唯一の信奉者の弟のテオに捨てられたときから変らない。価格は必要な人に必要なものが流れる、便利な手段なのだろう。何故、値引き競争になるかは簡単なことだ。高ければ買いたくないような、どうでもいいレベルのものだからだ。80円の缶ジュースと120円の缶ジュースが同じ会社の製品である。同じであるだけでなく、出来るだけ飲まないほうがいいようなものである。ゆたゆた農園で作った、みかんジュースは一家に必要な価格で買いたい。農園が継続できる価格で買いたい。そうも行かないので、何となくつけたような、55円の卵と同じような事になる。デフレスパイラルとか、実に怖ろしげな名前があるが、ありがたいだけで何がいけないのだろう。

昨日の自給作業:野菜苗の植え付け3時間 累計時間:17時間
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平和市長会議

2010-04-24 06:07:01 | Peace Cafe
小田原市は平和市長会議に加盟している。昨日は、ピースウォークfrom沖縄の皆さんに、お礼と激励の機会を加藤市長から戴いた。今回のピースウォークの皆さんは天地行として歩いている。2010年5月には米国連本部にて核兵器不拡散条約(NPT)が開かれる会議に歩調を合わせ、2010年1月1日より沖縄を出発した。昨日は、小田原市庁舎において、主旨と思いを歩いてきた皆さんが話され、加藤市長からも心のこもった平和への思いがメッセージとして届けられた。小田原市は平和市長会議に加盟している。平和市長会議は2022年までに核兵器の廃絶を目指す平和の市長の会議である。小田原市民を代表した思いは、一行によって、国連本部までとどけられる事になる。一行の柱になっている方は、石橋行受さんといわれる方で、2年前の前回も歩かれた方である。友人がアメリカを一緒に歩いた仲間で、どのような方かは以前より知っている。

一行には26歳の若者も居る。彼は、四国お遍路に行こうかと思い立ったとき、このピースウォークを知って加わったそうだ。そしてとても沢山の事を学んだようだ。そのことを何度も語っていた。小田原に見えた皆さんへの、私たちの中に湧き上がる共感の思いは、たぶん、お遍路さんとお接待の関係なのだ。菩薩行をされている皆さんを支えさせて頂く事。自分の代わりに平和への思いを、届けてもらいたいという気持ち。平和な世界を願う。誰もがそう思いながら、日常に埋没しがちである。そうした気持ちを、目覚めさせてくれたのが、一行の沖縄からの長い道のりであった。今一行のブログでは三島での雨の中の活動が掲載されている。今年の天候不順のなか、大変苦労の多いい道のりであったとおもう。にもかかわらず、石橋さんは農業の事をしきりに心配されていた。

小田原での平和活動について、今回は思い切って、平和の農作業を提案させていただいた。あしがら農の会では、「地場・旬・自給」を掲げ、1993年より活動を続けている。平和への道だと思っている。「一人100坪1時間の自給農」これで食糧の自給はできる。その技術を精査してきた。食べる物が自給できる、安心立命。すべての原点はこのことにある。平和市長会議でも平和のためには、飢餓と食糧の確保を平和の条件としてあげている。世界の多くの諍いは、食べ物がないことから起こる。誰もが苦労せず、たった一時間の労働で、食べ物は確保できる。この原点に人類が立てば、多くの紛争はなくなるはずだ。このことを思い、平和の農作業を提案した。

今回の「天地行」が、平和の農作業の出発だと思っている。農の会から生まれた、ピースカフェあしがらも、そのことだったのだと思う。今日はまだ雨が降っているが、9時には雨も上がる。
「平和の農法」
1、 出来る限り機械を使わない。
2、 生産は自給自足の範囲に抑制する。
3、 地域で全てが循環する農法を行う。
4、 一日1時間、年間365時間で農業を行う。
5、 一人100坪以内で農業を行う。
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ダンボールコンポストの原理

2010-04-23 04:43:07 | 環境関連
小田原市のダンボールコンポスト1000戸配布は、すでに300件を超えたそうだ。小田原市民の意識の高さを反映している。是否、成功したい。
〇ダンボールコンポストの原理
1、 自然の森の自然循環の原理である。
2、 落ち葉や倒木や生き物が死んで土になって行く姿。
3、 微生物や小さな虫が分解の活動をしている。
4、 段ボールの中で自然を再現するため、管理が必要になる。
5、 温度、水分、酸素。の3要素の調整で、微生物の活動の促進。
6、 生ごみは、水分とCO2になり、ミネラル分だけが基材に残る。
7、 水分調整は60~70%。
8、 毎日1回は隅々までかき回し、酸素補給。
9、 温度は20度でも遅いが発酵は続いている。60度を超えるように成ると早い分解。
10、 基材は慣れれば、腐葉土、土、枯れ葉、おがくずのみ、何でもかまわない。
11、 ピートモスは、冷涼地で泥炭になる前のコケの堆積したもので、虫の発生を抑止する。
12、 クンタンは、お米の籾殻を炭にしたもので、酸性度の調整と、臭いの吸着、微生物の棲家。
13、 おがくずは製材で出る鋸くずの事で、基材の基本。
14、 米ぬかは、玄米を白米にする際に出る微生物のえさ。
15、 腐葉土は、落ち葉を堆肥化したもので、微生物資材。

〇ダンボールコンポストの簡単な管理法
1、 段ボールをガムテープで組み立て、底に段ボールを敷く。
2、 段ボールは部屋に置く事も可能だが、雨のあたらない、軒下などでもいい。
3、 段ボール中にビニール袋から出して、基材を入れます。
4、 米ぬかをカップ1杯と水500ccを入れる。
5、 初期段階では、生ごみを一日500グラム程度入れる。
6、 段ボールのふたとして、布をゴムの輪で隙間なく、きっちりと止める。
7、 段ボールの下には、床から浮く様に棒を2本置く。
8、 生ごみはどのようなものを入れてもかまわない。
9、 初期段階は、熱が出にくいが、温度を継続して計測し、30度から60度を上下するように。
10、 洗剤等は生ごみに混ざらないようにする。
11、 大きい生ごみは、小さく切る方がいい。
12、 魚や肉を入れると臭いが出るが、臭いが気にならない環境なら、入れてもいい。
13、 生ごみ乾かさず、3角コーナーで水を切った程度がいい。
14、 基材は毎日良くかき混ぜる事が良い状態を作る。
15、 水分は60%がベストである。
16、 温度は60度をこえることもあるが、20度でも分解が進んでいる。
17、 コツを掴んだら、毎日1キロまで入れることが出来る。
18、 水分が多くなったら、米ぬかを加える。
19、 白いカビが表面に出た場合、良い状態なので、かき回してやる。
20、 虫が発生することがあるが、温度を時々60度を越えるようにすれば、虫は死滅する。
21、 温度を上げるには、廃油、米ぬか、納豆、糖類などを加える。水分不足も温度を下げる。
22、 乾きすぎると、カビが発生することがあるので、水分を加えよくかき回す。
23、 しばらく使わなかった場合、生ごみや水や米ぬかを加え、良くかきまぜれば再開できる。
24、 生ごみの総量が、60キロから100キロになると、発酵がとまる。基材の交換時期。
25、 基材は、鉢やコンポストの下部に入れて、野菜栽培の肥料になる。
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佐藤さんが死んでしまった。

2010-04-22 07:01:02 | Peace Cafe
市立病院に入院していた、佐藤さんが亡くなった。肺がんだった。佐藤さんは骨になって故郷に帰ることになった。それだけでも、みんなが良かったと安堵した。佐藤さんは不思議で、素敵な人だった。まだ、40代と思われる。初めて会ったのは、コッコ牧場である。コッコ牧場は杉山さんが、路上生活をしている人の生活再建の為に、農業分野で仕事を提供しようとしていた。ダチョウを飼いたいので、と言うのが最初の話だった。テレビで仕事に成ると放送した。それだけでダチョウを飼う気になるのが、杉山さんで次から次へと変った仕事を考えた。農業分野の狭間産業。それで、結局養鶏をやると言う事になった。一時期1000羽ぐらいまで増やしたと思う。その立ち上げのころ、良く協力で出かけた。一緒に小屋作りをしたこともあった。但し、入り口の条件が急坂の狭い山道で、苦労する場所だった。その小屋が一通り出来上がったころ、佐藤さんは小田原に現れた。

そのころ、城山にみんなのアパートがあって、ぎゅうぎゅうに暮らしていた。ともかく、大変な状態で暮らしていたので、佐藤さんはしばらくして、海岸で暮すようになった。佐藤さんは何しろ、腕がいい。土建関係の仕事なら、何でもこなす。仕事仲間にも評判がいい。みんなに好かれる。そういう人だから、仕事はある。アパートで暮らせばいいようなものの、そこは事情あってそうもいかない。一切そう言う詮索はなしで関わっているので、何も知らない。佐藤さんは海岸で暮らしながら、その収入から、コッコ牧場の支援をしている。月々の収入から、一定の割合で、コッコ牧場を助けている。驚くようなことを普通にしていた。コッコ牧場のほうは、またそこも移ることになって、早川の方に移った。その大家さんが事情を呑み込んでくれて、そのアパートに入った。いい大家さんだったのだが、コッコ牧場の方は早川から、さらに下大井の方に移った。

佐藤さんは結局そのアパートで小田原の暮らしを通した。コッコ牧場が早川を離れるころから、佐藤さんは謂わば定職についた。箱根の方の建設会社では、中心になるくらい働いていると言う事だった。そこでも、最初は手伝いに行ってその人柄や仕事ぶりで、忽ち、居なくてはならない存在になってしまった。一言で、好漢なのだ。無口な人だったが、人間的な優しさが漂っている。好漢とはこういう人のことだ。仕事を始めると、それは懸命にやる。どんな仕事でもえり好みせず、大変な所を率先してやる。見たところもいいし、今思えば映画のようだ。みんなが思う不思議は、何故これほどの人が、路上生活者になったのか。ふるさとに戻れない何かを抱えてしまったのか。もし、自暴自棄の期間があったとしたなら、何故、こうして立ち直れたのか。

ホダさん、の存在だ。ホダさんが彼を救ったのだとおもう。どこの誰とも判らない、佐藤さんを信頼して、一緒に仕事をした。そのことに、佐藤さんは本心答えた。そして、一人の人間を救った。あり得ないほど、すごい事だと思う。最後にはホダさんは自分の仕事を彼に譲るつもりだった。そのときである。欠ノ上の圃場をホダさんが、佐藤さんと一緒に見に来てくれた。この後の工事について、相談した。農業分野の工事は、農業を知らない人にはできない。ホダさんその道のプロだ。そのとき、佐藤さんは苦しそうで、悲しそうな様子だ。何か悪い予感がした。その翌日病院で、末期がんであることが告げられた。我慢強い佐藤さんは、苦しいことを我慢して、その日も働いていた。それから半年で、この世を去った。病院に行くと、佐藤さんは直って又手伝いに行くから、と明るく言う。あまりに辛くて、その顔を見れなかった。地獄を見て、神様になった佐藤さん。忘れることが無い人である。
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石原差別発言

2010-04-21 06:11:56 | Peace Cafe
「この中に帰化された人、お父さん、お母さんが帰化され、そのお子さんいますか。与党を形成しているいくつかの政党の党首とか、与党の大幹部ってのは調べてみると多いんですな。先祖への義理立てだか知らないが、どういう心情だか知らないが、日本の運命をまかりとうす法律を成立させようとしている。」
>
石原都知事の低劣なすがたがまたさらけ出された。人間として一番恥ずかしい、差別的体質の人間。歳を取ったからだろうか。抑制が出来なくなっている。都知事と言う立場の人間が、公の場で差別発言を垂れ流してしまう。もともとこれほどひどい人間であったとも思えない。どんどん人間性が劣化してきている。裸の王様。原因は絶対的都知事として、君臨してきた政治的状況にある。3回も都知事に選んだ東京都民の責任は重大である。帰化した人間である事の何が問題と言うのだろうか。たぶん皇国史観のようなものが根にあるのだろう。

この発言で一番打撃を受けるのが、「立ち上がれ日本」と言う新政党。特に、与謝野氏の政治的スタンスは、これと一緒でいいのだろうか。結局、極右的政党に巻き込まれたと言う事になりやしないか。石原氏は全てに破れ、憂国の士気取りなのだと思う。自民党内で結局排除され、都知事として巻き返したが、最後に取り組んだ、オリンピック招致が不成功に終わる。その原因を日本国という枠での後押しがなかった、無念がある。特に皇室まで持ち出そうとして、失敗に終わった屈辱感が、立ち上がれになり、こうした差別発言を言わずに居られない心境に追い込まれている。帰化した人間を、差別しなくていられない、追い込まれた心境。他所の政党の党首をこういう形で、批判する事の効果。オバマが大統領になったアメリカ。

永住外国人地方参政権の問題、本質は韓国との関係が大きい。国交の成立していない北朝鮮の事、あるいはその他の国の人とは又別に考えたほうがいい。日本が植民地化し、多くの韓国人が強制的に日本人にさせられた歴史。その歴史的背景から、日本に単純に帰化できない心情の、韓国出身者が多数存在する。しかし、まったく日本社会の一員として、暮らしている。本来なら帰化して貰うことが一番である。しかし、そうするしないは、各々複雑な重い気持ちが背景にある以上、時間をかけて解決するしかない状況である。その第一歩として、日本の社会が変わる必要がある。国会で成立する可能性があるのは、「永住外国人」の「地方」の「選挙権」である。中には、朝鮮総連の人が日本の総理大臣になっていいのか。など見当違いの発言がある。あくまで暮らしに密着した、地方選挙において、投票できる権利を永住外国人が持つこと。

福島社民党党首がこの対象は私を指しているのではないか。と言う事で反論を表明している。確かに石原発言は亀井氏か福島氏か鳩山氏の3名の誰かの祖先が、帰化した人と言う事である。亀井氏は反対の立場、鳩山氏のお父さんお母さん著名な一族である。結局、福島党首がいかにも名指しされたと言う事になる。撤回しない限り、法的手段もじさないとしている。是否、とことん戦ってもらいたい。そのことで、社民党の輪郭も明確に成ってくる。与党入りしてから、どうも分かりにくい、政党になった。その意味でも、石原発言と戦って欲しい。こうした発言をあえて行うのは、反論するものが、むしろ不利益になる事があるからだ。必ず、そうはいうけれど、本当の所は見たいな議論が、社会の影に流れ始める。それで相手にしないで置く人がおおいいのだろう。今回は徹底して正義を貫いて欲しい。
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農協の運営委員会

2010-04-20 04:26:07 | 地域
今年は農協の運営委員という役になった。しばらく前に、16日の夜に市役所の傍のみやじと言う所で、集まりがあると言う留守電があった。運営委員という役がどんな役かもまるで知らない。20年前から農協の正組合員ではあったが、今でも地域の生産組合には入っているのか、居ないのかも良くわからない。たぶん入れてもらっていないのだろう。農協の方の回覧が回ってきたのが、おととしからである。どんな集まりをやるのだか、何故農協で集まらないのだろうか。等思っていたが、近づいてきて場所をヤフー地図で調べると、みやじは宮路で飲食店らしい。と成ると、食事が出る集まりなのか。ビールぐらいはでるだろう。と成ると、車では行けない。帰りのバス時間を調べて、それから出かけた。10分前にはついたのだが、すでに、20人くらいの人が見えていた。席は40くらいはある。知った人は居るのかと思って見渡すとかなりの方の顔は知っている。

隅の方に座って落ち着いてみると、舟原からはもう一人、小泉さんがでておられた。早速運営委員とは、何をする係りかとお聞きすると、回覧板を回す係りであると、言う事であった。私もそのぐらいならできそうなので、ホッとする。舟原の前の方からは、順番で一年やると言うだけを聞いていた。集まりには、西湘農協理事長の渡邉氏も出られていた。はじめてお目にかかった。会は、理事長の挨拶から始まった。梅の凍害の事を何度もいわれた。とても深刻な被害で、農協始まって以来の大きな農業被害である。梅だけでなく、お茶にも被害は広がっている。今日もつめたい冬の雨が降っているから、朝方の遅霜が心配だと挨拶された。食事中の話でも、野菜にでた長雨の影響など、持ちきりだった。前に座られた方が、花の苗を荻窪でやられている、府川さんという方で、花の苗の事を色々伺う事ができた。

府川さんは花の苗を農協の朝ドレファーミーに出すそうだ。出荷の仕組みを丁寧に教えていただけた。売れる人と売れない人がはっきり別れるそうだ。野菜の人は特にそうで、売れ残る人はいつも同じで可哀想だ。売れ残ると携帯に取りに来るよう電話がある。値段もあるが、あの人のものはおいしい、物がいい。こう言う名前買いが定着しているそうだ。倍あったってそういう人のものは全て売れてしまう。専業農家より、小さくやっていた人にはいいシステムだと言われていた。ちょこちょこ小回りを利かせて、出せれば結構収入にもなる。大きいくやっているものには、市場だしとの兼ね合いがあって、なかなか難しいそうだ。変ったのは、野菜市場のほうだそうだ。今までいいものを出しても、地場のものがたたかれた。他所からのものばかり優遇して、荷を集めていた。朝ドレが出来てから、地場のものも見直された。市場では、インターネットをチェックしていて、ネット販売などした人の生産物は、とことん邪険に扱かわれたものだそうだ。

農家の方の話は、実に面白い。お前の所のキャベツは今いいじゃん。250円で売れとるぞー。確かにキャベツは良いけど、キューリがだめだ。60円だ。これジャー油がかかっただけ、そんだべぇー。フキがやられて、出荷も出来ない。農家は一年かけて作っても、一晩ですっかりだめになる。だめになったったて、だれも知ったこっちゃない。おめっちは何をつくっとるけぇー。モゴモゴしていると、小泉さんが色々説明してくれて、助けてくれる。卵はどうだいとい事で、宅配していると説明する。宴たけなわのころには、すっかり仲間になれたような気分で、嬉しかった。盛り上がってきて、田中さんのお茶の講義が始まる。さすが、プロ中のプロの農家向け講義というのは、奥がふかい。どういうメカニズムで、凍害が起こるのか、相当専門的な話が酒の席でも真剣になってしまう。雨が朝まで降り続けば大丈夫だと、これが朝からっと晴れたら、もうだめだ。朝起きたら、雨は降り続いていた。
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市民が主役

2010-04-19 04:25:39 | Peace Cafe
4 市民が主役の小田原【現況と課題】
◆ 小田原市では、多くの事業や政策づくりに多様な市民参加の手法を取り入れてきましたが、自治基本条例(※現在策定作業を進めています。)によってまちづくりにおける市民と行政の役割やルールが明確化されました。今後も、市政運営における市民参画を進めるとともに、さまざまな主体が協働してまちづくりを進めるための取組が求められています。


市民が主役はいいのだけれど、そこへの道筋を示す事が、行政の役割である。この現状把握は、甘すぎる、おごりがある。市民の役割は繰り返し行政が言葉として述べるが、行政の役割は少しも精査された経緯がない。市民と行政の役割分担を明確にすることが先決である。どの部署でもこの点まともな対応ができていない。自治基本条例の策定過程において、行政からの公開されたヒヤリングが行われていない。行政はできないことを明確化する必要がある。部署により、人により、対応がまったく異なる事が普通となっている。市民にしてみると、お願いするとやってくれる課、やってくれる部署、やってくれる人が、いい行政となる。行政は行政がやらなくてはできない業務に絞るべきだ。地域や業種によって大きく対応が違う、という実態がある。

素案のいたるところに繰り返し書かれている、「市民の役割」を具体的に示す必要がある。「市民が主役の小田原」「市民による市民のための」「市民がまちづくりの担い手として参画し、課題を自ら解決していく」「市民と行政との信頼関係に基づいた市民協働型のまちづくり」「自分たちのまちは自分たちでつくる」全ての言葉が抽象であり、市民が具体的に、どんな段階を経て、具体的に何を行うべきかが明確でない。美辞麗句を繰り返すばかりで、市民の役割が何なのかは、わかったようでわからない。ここがとても消化不良で、むしろ不信感に繋がり始めている。これは市民の役割を行政自身が認識できていない結果である。、市民の役割と、動き出してみると肩透かしと言う事が続いて居る。里地里山の再生でも、有機農業協議会でも、生ごみプロジェクトでも、やることなすこと、こうした行き違いを体験している。

行政の役割。このブログのでも何度も書いていることだが、市民にやれない部分だけが行政の役割である。どちらが行うべきかの中間的業務においては、具体的に書けば補助金等申請業務。事業における法的手続き処理。公的会計事務処理。公平な連絡業務。守秘義務が存在する業務。これらの業務は、行政が行った方が効率的であるし、市民相互の猜疑心が生れにくい。しかし、そのほかの事は、とくに行動、実行は市民が行うことである。市民自身が行動や実行をできないのなら、それはやれないことと考えるべきだ。小田原市行政は「市民が行える事は、行政はやらない。」この宣言をすることが第一である。次に「行政がやるべきことは、行政がやりきる。」これも続けて宣言する。

財政が厳しくなる。そのなか福祉的支出が増大してゆく。お金が無いから何も取り組めない。こう言う事ではまったくない。行政職員は専門知識を駆使して、頭脳的業務を行うことに専念する。単純労働てき業務は、外注するか、市民自身が行う。行政職員はその給与額に相応しい、専門業務に専念する。市民が主役とは、決して公僕というような、行政が市民に仕えると言う事ではない。市民の中にある様々な問題に関して、豊富な専門的知識と、たゆまぬ研究をもって、解決の方向を提案する事が役割である。現在行われている、市民の中から知恵を引き出す、検討委員会方式、あるいはTRYホォーラム方式は、行政自身にその解決の力量が無い場合に限定すべきだ。むしろ市民が既に行っている事を、掘り起こし、繋ぎ合わせてゆく事を重視すべきだ。今行われているとする市民参加の形は、具体的結果を出さないと、不満の増幅になる。
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セルトレー播種

2010-04-18 05:31:42 | 稲作
セルトレーの播種を行った。舟原田んぼでは田植えは6月13日を予定しているので、8週間前の種蒔きとなる。これで5葉期の苗が出来る予定である。籾洗い、海水選を行ったのが、3月22日だから、さらに4週間前。種籾は眠りから覚めて、晴れて田植えを迎えるのに、12週間となる。昨年の流れを思い出すと。4月1日浸種。 4月19日セルトレー種蒔き。苗代設置 6月10日あらおこし。 6月14日田植え。 7月5日転がし。 7月20日と8月7日干し田。 8月10日走り穂。 8月24日穂揃い。 10月24日稲刈り。ハザ掛け。11月1日脱穀。 11月10日籾摺り。これは昨年の流れである。毎年繰り返している。繰り返していることなのに、少しも心配が減るものではない。頭の中で作業をなんども反芻している。その通り行くことなどない。

今年ビックリしたのは、予定していた種もみの量が200グラムしか余らなかった。良かったといえばいえるのだが、例年もっとあまっていた。10キロの種籾を籾洗いする所から始めた。それは去年も同じ。籾が軽かった訳ではない。むしろ重かった。播種が少し今年は多かったかのではないか。3粒蒔きを考えているが、これが4粒平均に成ると、33%は種籾が多く必要になる。6,7キロと10キロの違いが起こる。4粒がまずいと言うのではない。33%多く用意していて助かった。いつもあまってもったいないと思いながら、そのくらいの余分は必要と考えてきた事が生きた。来年は12キロは籾洗いしよう。そうだ、それも違った。今年直播の実験をするので、その結果による。

26日に「シバタプラセール」滋賀長浜まで見学に行く。そこでは湛水直播をしていて、きわめて興味深い。山北では直播をしていた。自給なら本当は直播である。作業時間がぐんと減る。稲にもいいし、いいお米が採れる。それは分かっているのだが、リスクがとても高い。よほど、観察力が無いとできない。田んぼが大きくなれば、リスクが膨らんでいって、無理と言うのが今までの判断だった。しかし、2センチ発芽しただけの稲に、水深10センチの水張りをすると言う考えが、芽からうろこ。いや目からうろこ。なぜ、稲がこの水深で弱らないのか。この点を実験してみたい。7畝の上の田んぼ1枚でやってみるつもりだ。舟原のみんなも許可してくれたので、挑戦して見る。だめなら、いつもの流れに戻れるので、やって見たい。特に今年は、いわこしさんという、とても観察眼の優れた人が居るので、ディスカッションしながら、実験できると言うのは心強い。

直播の実験を何故やるのか、今のやり方で充分でないか。ある人から詰問調で言われた。答えながら思ったのは、結局、新しいことをやりたくてしょうがない。と言う性格からきているのだろう。あえて理由を挙げれば、こんな実験は農家の人はやれない。研究機関の人はやらない。とすると、馬鹿げた人が、無駄を承知でやらない限り、自給農業の集大成は出来ない。自給農業は一日1時間の農業。1年365時間の中に、合理的に全ての農作業が納まる。その為には、さらに精査を繰り返す必要がある。今のセルトレー方式では、苗作りに相当の時間を費やす。直播とセルトレー苗作りを混合した方法が、イメージとしてある。直播を行いある程度の、完全ではない発芽ぞろいの田んぼの状態を作る。おおきく、補植を行うように、田植えを行う。結局、雑草がどうなるかである。これで、なんども失敗している。しかし、雑草については、抑草技術の進歩がある。考えるだけでも楽しみである。結局性格である。

昨日の自給作業:種蒔き4時間30分、苗床1時間30分 累計時間:14時間
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小田原市総合計画

2010-04-17 04:56:57 | 地域
これからの小田原の方角を示す、地図の素案が行政から出ている。自分が関わるいくつかの分野において、何度も何度も読ませていただいた。先ず、農業の分野の事から感想文を書いてみる。
15農業の振興【目指す姿】
安定した農業経営が確立され、遊休農地が減少するとともに、小田原の農産物を求めに多くの人が訪れ、交流施設や直売所がにぎわっています。

分析も、方角も間違っている訳ではないのだが。イメージできるだろうか。この文章の作成に関わった方が、ご子息から「こんな文章を読んだので、小田原で農業を始めたい」と言われて、果たして農業をやりなさいと進められるだろうか。

4つの詳細施策が実行できたとしても、残念ながら小田原の農業に展望が開けるとは少しも思えない。例えば、②生産基盤の整備として上げられている三つの施策は1、圃場整備、2、農道整備、3、用排水路整備。具体的にはどの程度の規模で、どの地域に行われるのかが、見えない。確かに田んぼの水路の個々の農家による維持管理は限界に近い。しかし、その程度の事で、国際競争力ある農業と言うレベルの、生産基盤が整備されるとは、到底思えない。ほんの10メートルの水路改修でさえ、現物支給すらないのが今の状況である。都市農業は美しくなければならない。これは、農水省でも取り上げている。耕作されない田んぼが増える中、水路の維持管理ができない現状が増えている。整備は必要であるが、日常的管理が既に限界になりつつある。現状を踏まえた、可能性のある方角にはなっていない。

少ない労働力で管理をするためと思われる、水利組合の賦課金は施設の改善に費用がかかると倍増した。地代の30%から50%と言う状況になっている。農業の環境維持機能重視とは、大きく食い違っている。何故、都市農業は美しくなければならないか。それは、農業への税金の投入の国民的コンセンサスを得るためである。ただの生産工場であれば、農業への多額の税の投入は必要ない事になる。もし、産業の規模に相応しい、税の分配となれば、農業分野への税配分はいくらも無いことになる。圃場整備においては、田んぼ地帯と、畑地帯と、果樹地帯と、全く違う状況にある。形ばかりの整備を満遍なく行った所で、農業振興につながるとは想像できない。
新しい大きな視野を持った農業の方向性を示す事が行政の役割であろう。まず、小田原農業が置かれた状況を考えれば、広い一元化された圃場はない。大きく団地化出来るような集積がない。大型機械による機械農業が展開される可能性が低い。国際競争力のある農産物を、目指した所で不可能である。
この認識を持った上で、どのような方角が取れるかを指し示す役割が、この素案には必要である。

小田原農業の方向は、地産地消と環境調整能力に絞るべきだ。地域に大きな消費者が存在している。農地面積から言って、全ての農産物は、地域で消費可能である。具体的にいえば、お米は全量小田原市が購入し、学校給食に利用する。周辺の観光地を含めて考え、地域の消費者、周辺観光地を目的にした、農産物に特化すべきだろう。適地適作を考えれば、キューイを小田原農産物として、集中的に力を入れることも可能性がある。そうした方向性が、素案にはかけている。どうやって地域の消費者に地域の農産物を届けることが出来るか。この具体的な流れを示す事が、行政の役割である。行政の役割は可能性のある構想を示す事である。行政内部にそうした能力が無い場合は、外部の力を借りて、構想を立てることである。構想を実行するのは、あくまで当事者たる農家である。行政は法的な部分、事務所的役割に限定して、行えばいい。

例えば1、学校給食の地場産農産物の流通構想。2、地域の八百屋さんの引き売り商売、配達の連携。3、朝ドレファーミーの小田原駅前版の可能性。4、地域のスーパーとの連携。5、箱根の観光業への農産物の提供の仕組み。6、果樹の通年摘み取り園の総合的形成。7、新しい農業者を迎え入れる仕組みの構築。

もう一つの柱は、農業によるより良い生活環境形成である。水田の役割。都市周辺に農地が点在する事の有り難さ。こういうものが、全ての市民の恩恵に繋がるものとなるような、農業の公園的機能の方向性を示す事。小田原めだかは小田原のシンボル的価値である。しかし、その生息地を破壊する大きな道路が工業団地構想によって、作られた。それは小田原市の方向性が定まって居なかった証拠である。農業地域を特定し、その地域が不利益地域にならないように、手立てを打ちながら、徐々に里地の再生をはかる。そのための法的整備を行う。地域指定を行う。
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ワシントンポストの記事

2010-04-16 04:48:35 | Peace Cafe
4月14日アメリカで行われた核安保サミットに、鳩山首相は参加した。日本が唯一の被爆国としてこの会合に期待するものは大きかった。昨年12月準備会合を東京で開催している。準備会合には米のほかインドやパキスタン、イスラエルを含む計43カ国と国際原子力機関(IAEA)など国際機関からも参加した。核安保サミットでは、日本は核兵器を持たない原子力平和利用大国という立場から、貢献すると表明した。日本政府は核鑑定や人材育成を提案した。茨城県東海村の日本原子力研究開発機構にセンターを設けて、アジアを中心に専門家を受け入れ、原子力施設や核物質の保全、防護の教育をする。国際原子力機関(IAEA)に資金提供するプランも示した。だがサミットで、日本の存在感は薄かった。鳩山由紀夫首相は昨年九月の国連安保理会合で「唯一の被爆国として核廃絶の先頭に立つ」と誓った。今回は非核化への貢献をいっそうアピールできる好機だったが、生かすことは出来なかった。

ワシントンポストでは、日本の総理大臣に対し、異例とも言える揶揄を掲載している。もちろん普天間の戦いが背景にある。愚かな日本の報道は、アメリカの報道の尻馬に乗って、日本の総理大臣を愚弄している。情けない。鳩山総理の問題ではない。核兵器廃絶の事だ。核兵器と言うと日本に対して特別な反応が起こることが、アメリカの常である。唯一核兵器を使用した記憶が蘇るからであろう。その日本の首相の行う、核廃絶へのアピールはアメリカ批判と単純に感じてしまう、アメリカがある。ただでさえ、神経を逆なでするような状況下で、普天間を無理やりに持ち出した、鳩山首相に対し日本人であるなら、深く感謝しなくてはならない。宇宙人でもなければ、あの夕食の場で、必死に追いすがり主張はできない。立派な事である。アメリカの報道の傲慢さは、自由に使える占領地域という、勝者意識がありありと感じられる。

最大の敗者と指名された、鳩山首相は何を負けたのであろうか。プロレスのミスタートウゴウのような反則負けなのか。アメリカが自由に使える基地は日本に一つとしてあってはならない。アメリカがこのように日本を軽視している以上、日本は覚悟して、日米安全保障条約の見直しをすべきだ。アメリカ軍事依存がこういう、日本を属国と思い込ませている。アメリカはアメリカの為に、極東に基地を持っている、これが基本的立場。普天間移転は辺野古沖以外ない。こう繰り返す根拠は明確ではない。なぜ、他の案が考慮に値しないのかすら示さない。何故、日本国民はアメリカに対して怒りを向けないのか。アメリカは日本人が、アメリカの軍事の方針に対し、意見を言う事すら許す気が無いのだ。長い自民党政権時代に作り上げた、アメリカの植民地的日本像である。日本は軍事に関して、たぶん、全ての分野で、意見を言えるような関係ではなかったのだ。

経済さえよくなれば、日本と言う国家が少々屈辱的状況であれ、かまわないと言うのが、戦後の日本の来た道である。戦争に負けて、経済で勝つ。しかし、戦争に負けてアメリカに占領されることで、日本に起きた状況は、意外に鬼畜米英ではなかった。むしろ、その後のアメリカの手先となって、すばしっこくお金お金と走り回ることで、失ってきた日本国の尊厳の方が大きい。占領と言う屈辱をバネに、経済に活路を見出そうとした、日本の方向が間違えと言う事ではない。アメリカと言う虎の威を借りた状況を、延々と続けていることが良くない。軍事をただ乗りして、経済で有利に動く日本。このイメージが定着した。だから、軍事について日本が口出しするなど、許せない気持ちがアメリカ人にある。そう言う事が、あからさまに出た、ワシントンポストの記事だ。
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