














農林水産物の2018年の輸出額が、9068億円と過去最高になりました。輸出額が最高になるのは6年連続です。品目別では牛肉やリンゴ、イチゴ、日本酒などの増加が目立ちました。鶏卵は、生で味わう日本の食べ方が海外に広がり、約1.5倍の15億円に増えました。魚のサバはアフリカで人気が高まり、22.0%増の266億円となりました。輸出額が多い国・地域は香港がトップ。2位が中国、3位がアメリカでした。--東京新聞
農産物輸出が増加したと書かれていた。日本の農業がこれからどんな変化をしてゆくのかに、関係してくる。養鶏をやっていた人間としても気になるところだ。卵の輸出が増加しているということには興味がある。と言ってもサバの18分の一かと思う。日本の農業生産額の総額で見ると、お米が減少して畜産が増加するということが、大きな流れである。畜産の増加傾向を見ると、なぜ豚肉が輸出が増加しない。むしろ競争力がないとされている。鶏卵は輸出しながら、鶏肉は輸出できない。とすると、和牛とか、生卵とかいう日本独特の文化に由来し、日本人が磨き上げてきたものが、海外でも認められてきたと考えていいのだろうか。お米に関しても、良質の銘柄米が輸出されている。日本のお米が特別においしいということが、評価されている。これで、放射能汚染の輸入制限が行われているのだから、消費者の安全意識は別である。日本産品の評価は農産物においては、本物志向ということだろう。たぶん、輸入してくれる国においては、かなり比較すれば価格の高い商品であろう。高くても買いたい。そう思う人たちに日本の農産物が受け入れられていることは素晴らしいと思う。それは日本のリンゴやイチゴなどの果物に対する評価も高品質ということになる。
畜産に関わってきたものの眼からすると、卵は本物らしい偽物状態。本物の卵など売られていない。商品の世界では、純粋な本物は難しい。卵で言えば、3つの条件を備えた卵が本物である。1、放し飼い 2、自家鶏種の育雛 3、発酵を利用した有機飼料。現在この3つを備えた卵は販売されていない。この卵を作り販売しようとすれば、1個400円ぐらいの商品になるだろう。それを食べたいという人は居ないとは言えないが。しかし、私ならそんな卵を食べれる贅沢な人に売りたくない。だから自分で作ると言うことになる。しかし、世界が求めている本当のものは、ここにある。卵で言えば、中国にはすでに登場している。日本人が中国を侮っている内に、差が付き始めている。これは和牛でも、果物でも似たようなことがある。中国国内では日本にはないそうした徹底した食べ物が存在する。果物なら、有機栽培であって、品質も味も優れている。そういうものが本物のであろう。ところがそういうものは日本にはほぼない。和牛で言えば、脂身を入れるという考え方がおかしくないだろうか。人間の方の味覚が本物を見誤っていないか。健康を損なうようなものは本物の食べ物とは言えないだろう。有機農産物が輸出されるようになれば、農産物輸出も本物になるのだろう。
日本は本物の農産物を生産する、技術を磨かなければならない。どうすれば、養鶏の3つの条件をクリアーできる養鶏が可能になるのか。有機の卵が売られるようになって初めて本物の養鶏ができると言うことになる。今輸出ができている、大規模養鶏の卵を本物に似たものと考えて、本物を作る技術を作り出さなければ、将来の日本にとって有効な輸出品としては、いつまで続くのか怪しいことになる。日本の消費者は本物に似たにせものが好きなのだ。日本人の商売感覚には不徹底がある。養鶏ではそうとしか思えない名ばかりの平飼いばかりだ。3つの要件をクリアーできる卵は、日本でなくむしろ中国に可能性があるように私には思えた。中国をにせもの国などと揶揄している間に、本物らしい偽物の国日本になりかねないと思う。日本酒はどうだろうか。国内の消費は下落しているという。日本酒自体の生産量は減少する中での、輸出の増加である。日本酒は確かに本物がある。本物を外国の方の方が理解してくれるという事例のような気がする。
湧き水が来なくなり、乾いてしまった。舟原ため池
何でもすぐ騒動にしたがる報道が多いので、間違わないで欲しい。豚コレラは人間には心配のいらない病気だ。また、アフリカ豚コレラが中国でも猛威を振るっているという報道で不安を煽っているが。別の病気である。家畜伝染病ではある。狂牛病とも違うし、鳥インフルエンザとも違う。豚コレラについてはこのブログで、昨年9月に書いている。その時指摘した通りの展開で進んだだけのことだ。国がやるべき対応をしていない結果である。農水省では養豚場の立ち入り検査等は徹底してやるように指示しているが、イノシシに関しては全く触れていない。9月にもイノシシが感染していることは確認された。もうこの時から、養豚場だけの問題ではなくなっている。イノシシは野性だ。鳥インフルエンザでも、シベリアの水鳥の感染は普通にあることだ。イノシシが感染して死んでくれればまだいい。イノシシの中には、感染しても生き残る奴がいたはずだ。豚コレラに抵抗性のあるイノシシが日本の野山にいるという可能性も否定できない。イノシシが増加して、街に出てくるようになった。このことも関係している可能性がある。当然養豚場にも出没する。
養豚場の豚は強い消毒下で暮らしている。過密の過保護飼育である。ここに豚コレラのイノシシが紛れ込む。忽ちに感染すると考えるべきだ。こうなると、ワクチン接種が言われる。養豚業者は、全頭淘汰など命じられるのだから、ワクチンを使わせてくれという事になる。農水大臣の記者会見では、現状ではワクチンは最終手段であり、まだその必要はないとしている。これは鳥インフルエンザでも同じ対応であった。正しい判断である。人間のインフルエンザを考えてみると良い。ワクチンは完全なものではない。接種したところで感染する人はいくらでもいる。この接種したにもかかわらず、感染するという場合の積み重なりが、家畜では手に負えない状況を作り出す。人間の場合、淘汰できないので、薬でインフルエンザを抑える。ところがその薬に耐性のウイルスが登場する。つまり鼬ごっこである。家畜ではサイクルが早いので、この鼬ごっこに加速がつく。人間はまだ、豚の飼育環境よりはましに暮らしているので、死ぬ人は少数である。
工業的養豚場は何万というような数のものが、過密に一か所で暮らしている。限界を超えた飼育法だ。自然界ではありえない飼育環境。極端な消毒世界になる。この家畜の飼育法に限界があると考えるべきだ。イノシシが直接感染するのではなくとも、様々なルートがある。感染を止めることなど出来ない。野鳥のインフルエンザを止めることはできない。あくまで自然と折り合いをつけた、家畜の飼育という範囲にしなければならない。私の家の鶏にワクチンを打つなら、まず野鳥すべてワクチン接種をしてからにしてほしい。こう家畜保健所には主張をして、ワクチン接種をお断りした。日本に存在する鳥の、何万分の一の鶏にだけワクチンを打つ無意味さ。イノシシの感染が確認された以上、日本は27年ぶりに豚コレラ清浄国ではなくなったという事と考えて対応策を練るべきだ。今回の豚コレラのウイルスは27年前に日本であったものではなく、海外で今流行しているものと同じと言われている。つまり、島国日本であっても感染は海を超えるのだ。これだけ海外との物流があれば、あらゆる可能性が考えられる。もう清浄国という発想を変えなければないのかもしれない。
養豚業者はワクチン接種を強く要望している。しかし、生ワクチン接種にはそこから感染豚が広がる可能性がつきまとう。ワクチンは常に水漏れが生じる。鳥インフルエンザでもあったのだが、極秘に生ワクチンを使った業者から、感染が広がった事例がある。もしワクチンを使うなら、すべての豚に接種が命じられることになるだろう。すべてのイノシシにも接種しなければ無意味になる。ここをどうするかである。全てのイノシシにワクチンを打つことが、あり得ないことであるように、すべての豚にワクチン接種が行われても、完全な防除にはならない。薬というものでの対応は、不完全対応になる。病気が蔓延していても、気づくことができないことも起こりうる。病気が潜在化する可能性がある。本来家畜を飼うという事は、折り合いをつけるという事だ。企業的な家畜飼育という事で、折り合いがつかなくなっている。27年前に豚コレラ撲滅と宣言したときには、イノシシの感染もないと調査したとある。何頭調査をすれば疫学的に正しいことになるのか。9月の感染の際は、イノシシの調査もするとされたが、結果はどうだったのか。野生のイノシシの感染調査などそう簡単なものではない。
岐阜県で野生のイノシシが、豚コレラで死んでいた。予想されたことではあるが、畜産業の総点検が必要という事だ。日本で養豚場での豚コレラが確認されたのは26年ぶりである。豚コレラは日本は清浄国とされてきた。何故、一度清浄国になった日本で豚コレラが再発したのか、理由は現状ではわからない。想像では自然界のイノシシにはウイルスが残っていて、イノシシから養鶏場の豚に感染したと考えた方がいいと思われる。人間に感染する病気ではないので心配はいらない。感染した豚を間違って食べたからと言って問題はない。イノシシも同様である。養豚業としては、感染するとかなりの豚が死んでしまうので大打撃になる。まずはイノシシの総点検する必要がある。他にもし感染イノシシがいないのだとすれば、何故岐阜の養豚場で感染が起きた理由が、考えにくい。ウイルスが新しい形だとされているので、イノシシにウイルスが残っていたというのも考えにくい。何処から持ち込まれただろう。調査可能だろうか。鳥インフルエンザでも、侵入経路不明が続いた。
長年養鶏業にかかわってきた。鳥インフルエンザでは、その渦中で大変な苦労をした。地域の人から白い目で見られるような、嫌な思いも散々した。家畜の伝染病は不明なことが多いいからだ。人間にすぐにでも感染し、パンデミックが起こるというデマが流れた。これには製薬会社が、人間のインフルエンザワクチンの接種を推進するための策略に見えた。人間のインフルエンザとはそもそも違う。人の感染はあり得ないと何度も主張した。その主張を広めるという事がこのブログの初期の目的にもなった。私の主張通り、世界で鳥インフルエンザからの直接感染など、特異例を除いて起きていない。騒ぎ立てた人たちは少しは反省をしろ。しかし、製薬会社の戦略は成功して、今やインフルエンザワクチンはたいした効果もないのに、接種をしない人はとんでもない人間だぐらいに言われる社会になった。経済は不思議なもので、この無駄なワクチンに莫大なお金が動くようになった。経済効果は高いのだろうか。費用対効果はいかばかりのものか。
動物との暮らし方を日本人は間違ってしまった。日本では放し飼いの猫が批判される。17年前に横浜の方の猫の保護団体から、猫を引き取った。今でも元気なうずらである。その引き取る時の条件が家から出さないという事だった。それなら引き取るべきではないと猛反対だった。猫を去勢した方がいいとは思った。野良猫が増えることは避けたい。しかし、猫の室内飼いという条件はひどすぎる。団体の方はとても熱心な良い方で、家まで見に来てくれた。それで、外に出すことを曖昧に受け入れてくれたようだった。猫放し飼い禁止。一人暮らしの人はダメ。60歳以上の人ダメ。外国人はダメ。こういう条件の保護団体もある。保護団体から猫を貰い、虐待するような人がいないとも限らない。その防ぎ方はまた別問題だ。私にはそんな猫文化は理解が出来ない。猫は自由にあちこちを歩くことが大好きだ。年寄りの一人暮らしなら、保護された年寄り猫を飼えばいいではないか。人間が自由に猫が飼えるようなところに暮らせばいいだけのことだ。人間の暮らし方の方がおかしいのだ。世界中の猫が野外で遊んでいるではないか。日本人の都会での暮らし方が変なのだ。
日本の大規模畜産は新しい病気の温床になりかねない。餌の中に抗生物質を混ぜて与えるようなことをしている。耐性菌が生まれてくる可能性がある。野生のイノシシからの感染がおこるという事で、また豚コレラワクチンの徹底だろう。鶏だって同じだ。野鳥には当たり前に、鳥インフルエンザウイルスは存在する。免疫すらあるから野鳥は居なくならないのだ。イノシシだって同じだ。免疫のあるイノシシが野生に存在していた場合。イノシシは増えるばかりである。野生動物とどのように折り合えばよいのかを考えるべきだろう。いよいよ、豚を薬漬けにするというのか。その豚を我々は食べ続けろと言うのか。豚コレラウイルス酔いも危険な気がする。大規模畜産の在り方がおかしい。このままでは放し飼いの豚の飼い方は禁止という事になりかねない。問題が起こる都度、小規模の農家畜産がやり玉に挙げられる可能性がある。