地場・旬・自給

ホームページhttp://sasamura.sakura.ne.jp/

「自衛隊員倫理カード」

2007-11-30 06:40:32 | Peace Cafe
小田原には「おだわらっ子の約束」という10の子供が守るべき、倫理を取り決めた。条文がある。教育委員会が決めたものだ。地域ぐるみの教育推進委員会というよく何をやっているのかはわからない組織が、中心で動いているのか、動こうとしているのか。黄色い名刺サイズのカードだ。早寝早起きとか、明るく挨拶。ありがとうごめんなさいを言う。等の列記で。特別の内容ではありません。だからどうでも良いかというと、少々気に成る。こんなカードを配れば、効果があると思う気持ちの方だ。もしかしたら、教室で、「4つ、人の話はきちんと聞きます。」等と子供が言わされていないだろうか。こんな強制行為は教育的とは、とても言えない。カードを配る行為は、子供をよく育てたいというより、自分の努力の方を、具体化したいというときに、行われるものだ。やることはやっている。というのを見せたい。

私は軍隊というものは生理的に厭だ。自衛隊に入るという気持ちがよく理解できない。だから自衛官という人達が、どんな倫理で生きているのかは、想像し難い所がある。驚くことに、自衛隊員にもおだわらっ子のように、倫理カードが配られたそうだ。そっちはラミネート加工があるらしい。ハードな訓練にも携行せよと言う事か。今自衛官は心底耐えられないだろう。心理的、精神的に大丈夫か。これも苦境の訓練と思って耐えよ。などと訓辞がされているのだろか。自衛隊を防衛省に格上げした、恩賜勲章でもつけさせたい。守屋防衛前次官が何と夫婦で逮捕だ。自衛官が、嫌々イラクの砂漠地帯や灼熱のインド洋で、訳のわからない国際貢献だ。これが日本の為だと、愛国心を鼓舞させられていた。その裏側で巨悪の幹部が、のうのうとゴルフや三ツ星料亭で接待三昧だ。

何故、軍隊というものは腐り易いか。これは明治のご時勢からの伝統だ。軍隊というものは基本的には無駄でなければならない。無駄になるための、仕事をしている。役に立っちゃいけない仕事なのだ。活躍するようじゃ、それは不幸な時代だ。何千億円の戦闘機を買おうが、一度も使わないで廃棄するのが、一番良かったことなのだ。だから、アメリカから張りぼての戦闘機を買って、訓練をしているように見せて、それでバレなければ、それの方がいいような仕事なのだ。軍事力という力を前にして、それを無駄にするのが仕事だ。どうせ廃棄する備品だ、汚職があってもいいような気になるのだ。まして、専守防衛が任務で在る自己矛盾。駆けつけ警護で、実践することに憧れて、その命がけを賛美するような、内部の空気なのだ。自衛官の我慢が限界に来ていないか。イラク派兵の自衛隊員の自殺数は7名と国会答弁あった。インド洋派兵も併せて、これは毎日新聞によると、0.08%。国民全体が、0,024%と言う事だ。

自衛官の自殺は一般国民の倍くらいだというから、海外に行くとストレスは高くなり、その倍くらいになる。というのがおおよその数値だろう。それくらい辛い仕事と言う事だ。その自衛官に、倫理カード必携を命じた。当の石破大臣は辞任しないという。守屋前次官は、大臣に言わせればイラク派兵の重大事に、昼夜を分かたず、頑張った同志のはずだ。それが女帝といわれる、奥さんともども逮捕だ。倫理を言うなら、先ず、石破大臣が辞任し、隊員に対しことの重大性を示す所だろう。幹部が腐っていて、許せんというような青年将校ならぬ、三島由紀夫のような、オタク隊員が出てこないとも限らない。カードを配るより、武器管理の方が先かもしれない。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

水彩人の個展

2007-11-29 09:35:39 | 水彩画
水彩人の仲間の3人が、個展を行っている。よくみんな個展をやるが、3人が重なるのは、ちょっと珍しい。小笠原緑さんが、日本橋の三越の前の千葉銀行のギャラリーだ。広いスペースで、思い切った発表が出来る会場だ。千葉在住の作家の個展を長年継続的に行っている。銀行が行うギャラリーは、水彩人の使う東和銀行のギャラリーが、銀座にある。案外に少ないのが、日本の銀行らしくて、横浜銀行が、神奈川在住の作家の発表の場を、別に絵画に限らずとも、銀座に運営するようなことがないのだろうか。私が、カトランの絵を知ったのは、三菱銀行のカレンダーだった。今から、40年位前の事だ。その後ギヤマンや私のパリで教えていただいた、ザバロ先生の絵などが、日本に紹介されるようになった。私が知る限り、最初が銀行のカレンダーだった。カトランのこの花の風景画は、今どうなっているのかと尋ねたら、銀行が購入して、カレンダーにしたとの事だった。

小笠原氏の絵はその本質が見えてきていると思った。これは作家としてすごいことで、その体質なり、本質が、制作に現れてきている人はごく希なことだ。日本での制作は模倣が基本だ。芸術を伝統工芸のようなものと考えているのかと思う。作家の魂はその作品としての熟達の上に隠れるように、在るべきものと考える人が多数派。所が、それは屏風や襖の事で、作家の哲学というものは、そうした装飾とは、縁のないものだ。では、立ち現れた、小笠原哲学の本質とは何か。無限の混沌。切りの無い、自問。存在の確認に至れない、虚無。自己の内部的空白への絶望。こうした、感情的に見える言葉を、形式的なものに置き換えようとしてきた、流れと。肉声的な逃れ切れない情緒性の、混乱。

銀座に行き、モテキ画廊での疋田利江さんの初個展。何故個展をしないのだろうと、長年思っていたが、満を持しての発表。ああ、疋田氏の絵が、おもぼろげながら現われ始めていた。その人が現われる為には、色々の事を捨てなければ成らない。努力して覚えたこと、慣れ親しんだこと。大切なこととして学んだ考え方。その中から、自分でないものを剥ぎ取ってゆくこと。それを教わったように思う。覚えたものが多ければ多いいほど、捨てなければ成らないものが沢山ある。もしかしたら、捨てた後何もない、猿のラッキョ。誰もが何もないのが当たり前。この当たり前に至ることができないから、装飾絵画に逃げる。

一枚の絵画廊での、大原裕行氏の個展。広い会場が所狭しと絵が並んでいた。この人を見ていると、私たち世代とは明らかに、異なる発想に立っている。団塊の世代までの制作は、本気モードに入れば入るほど、内向してしまう。制作が内部的であれば、本質に近づいたような錯覚が起こる。より内部的であることで、社会的な大きさに対峙する精神のような、姿勢がある。しかし、大原氏は違う。違うらしい。この違いが私には、距離があるわけだが、何か期待値でもある。大きな作家人生で、第一段は通過した人だ。これからは何処まで沈みこんで、深い制作に沈潜できるかが、とか言う事が、団塊の世代の発想になる。きっとまるで違う展開になるのだろうと、ただ、見させてもらっている。

その後、日本橋の兜町に戻って、水彩人センターの下見に行った。みんなはどう考えるだろうか。私にはそこではちょっと運営が難しいように見えた。画廊的利用。研究室的利用。たまり場的利用。どちらにももう一つに思えた。むしろマンションのような所の方が、いいかもしれない。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

生ごみ処理機

2007-11-28 04:39:17 | 環境関連
生ごみ処理機には家庭用から、業務用。そして行政を対象とした、メタン抽出の巨大なものまである。昨日は高木産業の機械を販売している。茅ヶ崎のサクセスという所の吉澤さんという人が見えた。沼代園の山口さんの紹介だ。山口さんが、養鶏のえさ集めで、給食残渣を貰いに行って、出会ったらしい。給食残渣が養鶏の餌になるなら、生ごみ処理機から出る。処理物を餌にできないかと言うことを思いついたらしい。確かに良い観点だ。ただ、様々な問題がある。長年当たってきた数々の問題だ。食品リサイクル法が飼料に直接使うための仕組みとして、不備なのだと思う。ただ、この法律も出来てから、特例やら改正やら、色々あるので、現状では違っているかもしれないので、確認して見たい。

高木の生ごみ処理機はただ熱を電気で加え、乾燥して減量化する。単純な仕組みだ。一回の処理量が、20キロから、300キロぐらいまでの大きさだ。処理時間は10時間程度のようなので、学校給食センターなどでの利用を想定した機械だ。減量は5分の一となっている。20キロが、4キロ、300キロで60キロ。に減容。学校給食センターで、米袋で、3体。一週間で、15袋。これを鶏の餌に使うと、500羽ぐらいの規模だろうか。小田原全体の学校給食残渣が、この方式で集められたとして、2トンの食品残差が出る程度ではないか。せいぜい、2000羽の餌になる程度だろう。農の会で全量引き取れる程度だ。所がこれがそうはいかない。

現在、キロ50円とか言う値段で、業者に出しているらしい。そして、堆肥にしている。その堆肥を買ってくれないかと言う事で、業者から何度も連絡があったが、これが、20キロ袋に入れて。900円とか言う値段の堆肥だ。もし1反の畑に入れる場合。堆肥なら100袋つまり2トンは最低でも必要だろう。9万円になる。1反一作9万円は利用できない価格だ。1トン1万円にしてくれても利用したくない価格だ。成立していない。小田原の業者は、その堆肥を千葉の方に運んでいるという。有利に販売しているというが、信じがたいことだ。2トン車で運んだとしてもその輸送費はどうなっているのだろう。堆肥のようなコストの割りに、がさを取る物はその地域で使わない限り、有効利用など出来ない。業者のこの程度の説明で、農業を知らないものはそんなものかと納得して、小田原の給食残渣処理は素晴しいなどと、発言している。業者は小田原市から貰う処理費が欲しいだけなのだ。

それなら、何故、私がただでいいから引き取るという話を、小田原市は受けてくれないのだろうか。ただで給食残滓を集めることは、犯罪行為だとまで、責めている。結果、業者に費用を払って、引き取ってもらっている。おかしなことじゃないか。横浜では給食費が足りなくなって、2日給食を出せなかったそうだ。こんな不合理が原因になってやしないか。行政は自分の責任さえ回避すれば、どんな無駄使いでも平気だ。つまり、給食残滓を燃やしていることを、散々問題だ、と責めたのだ。燃やすぐらいなら、私に寄こせと。そうした、循環する業者に渡すようにして、上手く処理しているから問題ないと言い出した。せめて、各給食施設に生ごみ処理機を入れる。それを地域の畜産農家が、順繰りに引き取る。こんな費用のかからない方式がありながら、何故出来ないのか。行政が、その業者と癒着しているのか。と想像してしまう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

稲作農家崩壊

2007-11-27 05:01:56 | 自給
今、農家として暮らす、一人として、「稲作農家崩壊」の今年を書き留めておきたい。春先来の低温と日照不足で、苗作りに苦労した。その後も天候は予想を裏切り続けたが、夏の高温で、何とか盛り返した。早稲品種は大きな減収。晩生稲は豊作。乳白米が多く、品質はいまひとつ。天候が年々荒くなり、稲作技術もその対応は不可欠になった。栽培の浮き沈みが大きくなった。マニュアル的な農業はより難しくなった。直接稲を見る能力が問われる、稲作と言う事だろう。農民の平均年齢が、65歳を越えた。60%が65歳という、もう労働人口と言えない状況で支えられている、日本の農業。政府の言う事と逆をやればいい。というのが、昔からの農家の教え。大型化、農地の集約。国際競争力、グローバル化。補助金。この通り進めた稲作農家は、今崩壊を始めている。

今年の米の農協の引きとり値段は60キロ1万円。と思えばいい。10年前の半分。政府の発表する、大型モデル農家の生産費ですら、16750円。作れば作るほど、の赤字。もしこの農家に補填するとなれば、2兆円の税が必要になる。機械化し、農地を集約し、大型化すればするほど被害額が増大する。これほどお米が安くなる一番の原因は、米はこの10年で消費が半減した為だ。食べないのだから、売れないのは当然。米主体の食事から、周辺の食べ物への移行。こうした変化は、食への国の方針がない為に起こった、食の異変。例えば日本人主食が、バナナでいいわけがない。日本という国土に適合し、日本人の暮らしを作り上げる食が、日本で生産出来ない物になって、言い訳がない。これから世界は食糧不足に入る。この認識が政府には足りない。稲作を大切にしないで、日本人はこの国土に暮せない。

当然の結果として、農地価格が極端に値下がりを続けている。特に米所では買い手が居ないという状況だ。山形県南部でも上田が1反150万円。100万を切っても売れない田んぼもあるそうだ。足柄平野の農地は、10年で3分の一以下になった。実態、1反300万では買い手はなくなっている。売るなら早いうちが良い。という空気だ。小田原市では、農地の宅地転用を目的にした、田園優良住宅制度を取り入れる。もうはっきりと農業に見切りをつけたと言う事だ。農協ではその説明会が行われている。東京への人口集中がさらに続く。日本人の大半が都会という、人工空間で暮して行く時代。生活とか、暮らすとか言う事が、食糧生産の現場から、遠のく日本人。食料の生産も観念的にしか考えようがない。別に都会生活者が自滅したとしても、当然の事で、仕方がないとは思うが、その反動は日本全土に及ぶ。

来年は生産調整を国主導で、強化する。つまり、米を作らせないで、米価を上げようと言う事だ。と成ると、稲作生産できるのは、集落営農団体とか認定農業者だけと言う事になるかも知れない。全く農業の展望を誤っている。しかし、政府は大型化と競争原理が、日本農業の道と考えた。方向の誤りに気付かず、間違いの上塗りをして、更に問題を深刻化するだろう。都市に集中する日本人の暮らしが、間違いの基だ。これでは、都会が崩壊する選択などできるわけがない。こうした大きな舵取りの誤りを正さない限り、農地が余りながら、食糧危機が日本人を襲う。遊休農地があったとしても、農民が居なければ、食料は生産できない。この先5年すれば、60%の農民は老齢化して、いよいよ働けなくなる。利益追求の企業がこのバカバカしい産業に、加わる訳がない。新たに参入出来ない現状を見れば、崩壊まで5年の限界農業。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地鶏の放し飼い

2007-11-26 03:53:36 | 自然養鶏
比内地鶏やみやざき地頭鶏の名を語った、食品偽装が相変わらず、問題化している。今更と言う内容で、本質から外れては居る。吉兆での居直りが、目に余るものがあって、但馬牛と佐賀牛を偽装したと言う事で、佐賀の畜産農家が怒っているという。吉兆の良くないのは、下の者がやったことだと、会社の幹部が居直っている点だ。もし本当にそうだとすれば、アルバイトが勝手に日付を変えてしまえるような管理体制と言う事で、食品販売をする基本のシステムが出来ていない。今に至れば、世間で販売されている大半の食品が「あやしい」と言う事が見えてきたと思う。食は自己責任。饅頭が古かろうが、お腹が痛くなったという人が居ないのだから、私にとってはどうでもいい。製造年月日から、賞味期限に変えたのも、外圧によっているそうだ。当時はもっともらしい理由が言われたが、予想通り、食べる人の判断力が鈍った。

国際基準とか、グローバリズムとか、まるで倫理のように唱えられるが、各国の利害のない混ぜに成った所産だ。日本が日本流を通せないのは、日本の工業製品の輸出為に、日本人の暮らしがゆがめられている。と言う事だ。「そんなことを言ったって日本人の豊かな暮らしは、企業なくしてどう維持できるの。」こんな風に思う人が多い。これが大間違いのもと。本質的に考えれば、豊かな暮らしとは脆弱な暮らしではない。豊かさとは、その根源まで把握されていることだ。素性のわからないものを食べ、素性の良く判らない、もしかしたら、どこかの誰かが泣いているような、お金で暮らすのは、すこしも豊かじゃない。

地鶏の放し飼いの規定だ。先ず、放し飼いは飼育の上で、大変だと言う事がある。だから、放し飼いを平飼いと言い換えた。自然養鶏を自然卵養鶏と言い換えたセンスだ。似ているけど、本質的には全く違う。「平飼い」は檻に閉じ込めたケイジ飼いではありません。と言う点ではいいように聞こえるが、実は平らな床にぎしぎし押し込めて、その床が三段とか言うのもあるのだ。「放し飼いなど意味がない。」有機農業研究会では言い切った。わざわざ農水に放し飼いは不要の、請願書まで出している。日本の有機農業者のレベルはその程度のものだ。鶏には放し飼いが必要だ。本当に鶏を飼えば、すぐ判るはずだ。それが判りたくないから、あれこれごまかす。それぐらい、放し飼いは大変なことなのだ。

しかし、地鶏の規定での放し飼いは何と、1㎡に10羽以下の事と成っている。何足ることか。これじゃ放し飼いにはならない。放し飼いとは緑豊かな自然への放牧の事だ。こんな当たり前の事が、理解されない。鶏が健康に育つ、為の放し飼いは草一本ない、ほこりの立つような炎天下へ放すことではない。基準などいつもそうなのだ。放しているとは名ばかりの、屋根がない。というだけの過密。放牧地は常に草があるように、4区画程度に分ける。1坪1羽がせいぜいの所。その程度にしなければ、放しても意味がない。意味がないから、放し飼いは無駄だ。等との暴論が出てくる。大切に鶏を飼った事がないから、その辺の事がわからないのだ。

放し飼いをしても、一回目の放し飼いはいいが、二回目以降は糞の上だ。というのが農水の議論。常に新鮮な土壌に出さなければ、意味がない。だから放し飼いは大変だし工夫が居る。土地の高い日本では無理だとまで、農水では議論されている。とんでもない事だ。日本の消費者は土地が高いからまがい物でいいという議論だ。と言っても、比内地鶏の場合、ケイジ飼いのほうが肉がやわらかくおいしいといわれる。こんな意見が出ている。消費者が鶏の味がわからないから、ブロイラーを利用した、ごまかしが出来る。こんな情勢の中で、放し飼いをしてきた。1羽1500円だ。おいしいといってくれる人は居ないわけではないが、確かに売れない。私は売れなくてもいいのだが、本当におかしなことだとは思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

大豆の脱粒

2007-11-25 05:23:12 | あしがら農の会
農の会の大豆畑で、昨日脱粒を行った。昨年の大豆の会は収穫祭の行事として行った。全て手作業で行った。確か3週間前に、刈り取りをして、各自のハウスに分散して乾かした。殻からはずしたのは12月3日の事だった。人海戦術で行ったけれど、運搬の手間が一番芳しくなかった。やはり畑で脱粒したいというのがあった。でも他に方法が思いつかない。今年はほぼ中村さんのハウスに運び込んで、そこでやろうと言う話に固まりかけていた。と思っていたら、エビさんから、ビーンスレッシャとかいう機械の、実演をしてもらうので、という話が来た。わざわざ山形県の酒田から、機械を積んで、実演に来てくれた。斉藤農機の雑穀まで出来るスレッシャーだ。とれ秋の間は各地を廻って、実演講習をしてくれているらしい。大豆の事が頭にあったので、参加させてもらった。これが素晴しい機械だった。

機械というと、筧次郎氏を思い浮かべる。「手で掘るごぼうを味わえない人に、食べて欲しくない。」私の農業の方向を、「百姓入門」で教えてくれた人だ。お会いしたことはないし、本のみの事だ。先日軽トラには載っているという話を伺った
軽トラになら、元総理大臣の作陶家、細川氏も乗っている。機械とのかかわり方の範囲。今回の大豆の会では、つくづく考えた。手作業での大豆の脱粒は、乾いた大豆の準備がされていて、40人少しで、3時間30分ぐらいの手作業だった。結構真剣に取り組んだ時間だ。それ以外に刈り取り、2度の運搬がある。今年は作年より畑を広げた。40人で、一日の作業になることは間違いない。相当厳しい作業になる覚悟をしていた。そこに、ビーンスレッシャの登場だ。この名前が、何か正義の味方「スレッシャーマン」のような見えた。

この機械で大豆の脱粒をやると、昨年の倍あったはずの畑の仕事が、刈り取りを含めて、3時間で終わってしまう。多分5,6名居れば充分だろう。人数が居れば、大豆の粒選別まで出来る。しかも、鞘に残る取りこぼしが、手より少ない。3時間を超えて手作業でやると、始めての人はあきあきする。子供も居る。昨年残った鞘には結構大豆があった。これは機械の恩恵だ。田んぼの作業なら、稲刈りはバインダーが、それに当る。コンバインまで使うと、自給農には、ちょっとおかしなことになる。しかし、手刈りにすると、なれない人には上手く藁束を結わけない。これを干すと、乾いてくると抜け落ちる。落ちた藁を再度結んでかける仕事もしんどい。毎年始めての人が居るわけで、それを作業として、辻褄を合わせるとなると、指導ががみがみ言う事で、雰囲気が悪くなる。田植えは手植えでいい。バインダーで刈り取り結束。ハザ掛けで天日干し。そしてハーベスターで脱穀。この手順ぐらいg良い所じゃないだろうか。

大豆の場合の最低限の機械使用はどこまでか。大勢の初心者が参加する前提での、作業の効率性。その辺まで考えると、ビーンスレッシャはやはり使っていいのではないか。実は石油の消費量を考えれば、それの方が少ないのだ。歩き、自転車、バイクもあるとしても、1回10台の車が集まると言う事は、最低10リッターの石油を使う。それが一回分のスレッシャのガソリンはせいぜい1リットル。もちろん単純比較は出来ないが、機械の使用枠は、余り、かたくなに考えない方が、自給は上手く行く。その一方で、不耕起の方がエネルギーを消費しないとか。上手く緑肥を組合すとか。機械を最小限利用にするのは当然の事。そして、機械が一切使えな状況になったとしても、手作業で全てができるように、一度は体験しておく必要はある。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

第2回ごみフォーラム

2007-11-24 05:32:57 | 環境関連
第2回ごみフォーラムを開催した。人の集まりが少なかった。ごみに関心を持ってくれる人は少ない。残念ながら、これは本当の所だ。しかし、「入ると、出る」を確かめれば、確かにすれば。暮らしが見えてくる。運動として考えた時には、ごみ問題をもっと面白くして、人集めを考えるというのはあるのだろうが、本当に興味のあるものでやるしかないと言うのも、仕方がないのかもしれない。人の集まりに無理をするより、もう少し膝を交えて、深く考えて見るというのも、必要なところか。講師の藤原寿和氏と、松本真知子氏には申し訳なかったが、必ずこの成果を実りあるものにしたい。実は主催者として、事前にお会いしてお話を伺っていた。それで、相当に難しい話ではあったが、理解できた。理解が深まったという感じがした。

藤原氏の指摘された。低温で生成される、ダイオキシンの問題。触媒があれば、100度以下でもダイオキシンは精製される。触媒になものは鉛や、アルミニュームもあるが、紙に含まれる白土が、触媒になる可能性もある。だから、堆肥からもダイオキシンが検出されている。堆肥の山には絶対に、プラスチック類を入れては成らない。食品リサイクル法で、一定のプラスチック類の食品残渣への混入を認めると言う話があったが、とんでもないことになりそうだ。人間がプラスチックを使用した事は、パンドラの箱だったのか。すでに滅亡への道を歩み始めたのかもしれない。人間迷走飛行中。以前、ある環境系の学者に、コンビニの弁当を温めるときに、ラップや発泡スチロールの弁当箱と、食品が接した状態で電子レンジに入れるが、ダイオキシンの精製はないのか質問したことがある。300度以下では精製されないから、安全だと断言された。何となく怪しいとは思っていた。

そうとも言い切れないらしい。絶対にビニール系のものは堆肥に混入させない。養鶏場の床にも混入させない。もちろん餌の発酵にも混ざらないようにする。ビニール紐は要注意か。藤原氏の指摘だけに、ここは聞き逃すわけにはいかない。農業分野でのビニール使用は多い。お陰を被る所大。人間が暮らすというのは、つくづく厄介なことだ。ともかくごくごく微量の物質が、環境ホルモンとか言われて、人間に影響を与え始めている。便利と危険は隣り合わせ。便利なものを使うときは、判断の慎重さが必要。

昨日の大きな成果は、箱根や、真鶴から来ていただけたこと。少しづつ繋がりができてきた。広域化の良さ、と必要性を生かし。又同時に、見える範囲のごみの処理が出来る道。これがないものか。ごみは廃棄物ではなく、排出物。清掃処理するのでなく、全てを再生利用する。その為には産業構造からの、根本的な仕組みの建て直しが必要。国の環境計画の構築これが確かに大前提。そもそも、小田原市にはそうした環境計画はあるのか。まちづくりの整合性。例えば、中心市街地の再生、環境計画的に見た場合、どのように位置づけられるのか。周辺部に残された自然がある。それに続く、農村地域、そして住宅地があり、中心部に行政機能や、商業施設。全体の有機的な、環境計画。これこそ、今小田原に必要なことだろう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

飼料米の助成金

2007-11-23 04:19:37 | 自給
米価がやっと上がってきた。政府が備蓄米として34万トン買い付けることを発表したことが大きい。更に昨年度の売れ残りから、10万トン飼料米として買い付けることになった。米価が戻したといっても、実は問題の先送りで、抜本的解決には程遠い。こう言うその場限りの事を、いつまで続けるのだろう。米の政府の買取とか、生産調整がなくなって以来、迷走を続けている。お米は作れば必ず政府が買い取ってくれる作物だった。1961年に出来た。農業基本法がスタートになっている。経済が著しい成長つづける。農業からの労働力流出が起こる。経営規模は拡大し、消費が拡大すると見込まれた畜産、果樹等に農業生産をシフトさせることが想定された。所が米価は農家の所得保障の色合いを持った。労働力不足は機械化で補われ、生産コストは一気に上がった。自民農政は農村部の票田を守る為、無策に米価を上げ続けた。

米価が上がる変わりに、生産調整が進められる。あの最悪の減反政策だ。旧来の農村社会のしがらみに乗せて、減反を強制させる。米作りが誇りのもてない仕事になる。しかし、米価の補償は都会消費者から強い反発が起きる。結果、政府買取補償も無くなり、米価下がり続ける。何処まで行っても、農業の基本的なワク組みが出来ない。今の発想では、国際価格との遊離が根本にあり、解決不能。輸入飼料穀物価格はキロ40円程度。日本のお米はキロ200円以上。この価格差をどう埋めるのか。小泉元首相は、一個3000円で売れるりんごを作ることが、日本農業の国際競争力だと言っていた。上海で6000円の日本米を売ろうという話は、どこへ行ったのだろう。

飼料米については、もう10年は繰り返されている話だ。事例も増えてきてはいる。しかし、今のところは、自給率の向上につながるとか、水田の放棄地の解消につながるまでは進んでいない。当然だ。今年度の10万トンの飼料米買い付けは、2006年産米の売れ残りで、購入と売却価格の差損約100億円。国と全国農業協同組合連合会(全農)が折半する、らしい。差損額はキロ100円。飼料米で使えるのはキロ40円。差損の方が大きくキロ140円のお米。10キロ1400円のお米はどこにあるのだろう。この辺がいつもわからない。飼料米の実態は、大規模転作奨励金とか、集団営農の補助とか、様々な公布金がかかわっている筈だ。誰でも気軽に取り組めるようなものではない。専門家でも居なければ手続きの煩雑さで、農家には全く無理。更に転用防止の処置がまたややこしい。鶏用が、人用にならないように、牡蠣ガラを混ぜてしまう。

輸入価格との関連の中で、農業の事を考えてもダメなのだ。食料は自給すれば、簡単に解決する。人の数だけ、自分で鶏を飼えばいい。4人家族が、4羽の鶏を飼うのに、わざわざ飼料を作る必要などない。その辺の草やら、余った残飯をやれば、充分育つ。生ごみも無くなる。暮らしを変えることだ。そこを抜きに農業政策を考えるから、どんどんおかしくなってしまった。国は自給の暮らしが可能になる。社会体制を作る。土地や税の制度を変える。方向付けさえしっかりしておけば、いつかそこに行き着かざる得ないような、仕組みにする。簡単に言えないことは承知しているが、例えば、300坪の土地に家を建て、自給農業を行う場合。一定の要件の農地なら可能にする。農地価格は宅地価格の10分の一だから、住宅取得に有利になる、条件は作れるはずだ。農業の大規模化と、小規模化を平行して進めることではないだろうか。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

消費税10%賛成。

2007-11-22 06:15:35 | Peace Cafe
消費税は出来た時から賛成だった。フランスでの消費税の存在を体験していたから、悪いばかりではないと、思っていた。留学生であろうと、一定の税は負担する。当然の事だと思った。消費税が出来るという時に、賛成だとある集まりで発言すると、排斥を受けるような感じだった。今でもそうだが、野党でこの税に賛成することはない。批判勢力が消費税に賛成するとは、何事ぞ。というような思想的な枠組みが出来上がっている。何でも一辺倒は良くないと思う。きちっと税の事を考えようとしない、悪習が出来ている。税そのものを否定するなら、それはそれで、むしろ尊重したい。一つの考え方だ。無政府の方が、却っていい。国家という存在がそもそも、人間の暮らしに迷惑なものなのだ。という点では共感できる。それで上手く行くかとえば、やはり、弱者ほど苦しいのではないだろうか。

人間が暮らすと言う事には、組織はあったほうがいい。一人で農業をやるより、農の会があったほうがいいのと、同じだと思う。いわば必要悪的ではあるが、無い訳にもいかない。組織が在る以上、運営資金はいる。日本国の会費が税だろう。その会の運営に当っての問題だから、集め方、使い方が、政治と言う事だ。使い方の方が、気に入らないから、税は払いたくない。こういう気持ちはある。イラクへ自衛隊を派兵をすれば、イラクを更なる混乱に陥れることが判っているのに、アメリカに押されて同調した。こんな事に税が使われるのは耐えられない。もちろん税云々だけではないが。税の使い方次第で、気持ちよく税が払えるだろう。使い方の問題で、「福祉目的税」というごまかし名称が出てきた。同じことだ。福祉に他の税を使わないだけだ。むしろ、「軍事目的税」にしたらいい。これなら、払いたくないから、物は絶対に買わない。

自給自足で暮らすと言う事は、消費税は払わないで済む暮らしをすることになる。そうやって、「軍事税」を払わない運動というのはいい。農の会では会費がない。いわば受益者負担でやっている。味噌の会で言えば土地の借り費から、管理等の経費全てを、参加者で分担する。何処にも利益が残らないようにする。似たような活動でも、特定の人の収益になるような仕組みは、どこか居心地が悪い。その人が立派な家でも作れば、恨みがでる。私が支えてあげたのに、というような、変な気分だ。国が必要な経費を、平等に割っているなら、どんな集め方でも問題はない。所が、企業の国際競争力というのが出てくる。あまり、企業から高い税をとると、企業が日本から出てゆく、という主張がある。私は是非出ていいって欲しいと思っている。企業が日本を支えていると思うのは、思い上がりもいいところだ。

消費的な暮らし、これはおかしな暮らしなのだ。この機会に消費税を払わないですむ、自給の暮らしをめざしなさい。と国が方向付けている。と受け取れば良い。「物々交換。結いの世界」を地域の仲間で作り出せる、良い機会だ。地域通貨の意味合いは明確に成る。食料が自給できれば、後はたいしたことはない。衣料等買わないでも大体は交換できる。住はセルフビルドだ。結いの仕組みを復活させて、農閑期には互いの家を建てる。物も大事に使うようになる。機械や車は、消費的に消耗させれば、やたらお金がかかる。ガソリンは買わなければならないが、これはそもそも使わない方がいいのだから、節約することになる。それにしても、名称を変えるのは姑息だ。はっきりと、アメリカ協力税。とか、本質を表わせばわかりやすい。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

一日2時間の自給

2007-11-21 06:04:54 | 自給
昨日はタマネギを植えつけた。正直恥ずかしいのだけど、購入した苗だ。300本植えた。今年はタマネギの種蒔きができなかった。田んぼに入れ込みすぎて、田んぼが終わるまで、秋は他の事ができなかった。9月の内にタマネギは種を蒔く。何度もそらやさんに確認したが、間違いない。この時期は結構気を使うものらしい。それで今頃植える。言い訳をすればその頃、展覧会が2つあって、そのことでも気をとられていた。と言って、タマネギを蒔く位の時間はあった。そういう理由で無く。やはり農業の頭の方が、田んぼに行っていた。大きく傾向が違うことなら、いくつ重なっても大丈夫なのだが、同種の事を2つやるのは難しい。今、有機農業推進法の事と、広域ごみ処理の事をやっているが、これがまずい。頭が2つはできないのだ。どっちかが疎かになる。

「1日2時間の自給」の内訳は週一回は農業の日を作る。後の日は毎日1時間と言う事だ。昨日のタマネギの植え付けも、1時間以内だ。自給の畑で、1時間で終わらないような仕事はめったにない。畑がすでに畝たてが出来て、植えるばかりにしてあった。その状態で、3週間ほど置いてあった。これが私なりの方法。そこに300本の苗を植える。やれば誰でも1時間以内の仕事だ。300のタマネギを植えれば、自給できる。足りないよ。というのは内の奥さんの食べちゃう分だ。あくまで一人の自給の事だ。家族四人なら、4人が1時間づつ自給の為に働かないと。何故一時間かというと、このくらいが効率がいい。身体の丁度いい運動になる。気分転換になる。楽しい時間だ。でも田植えをする。とか、稲刈りをする。これは一日仕事に成る。これが週に1回入る。

それなのに、タマネギの種蒔きのように、抜け落ちることが出る。そういうものだ。と諦めるしかない。本来なら、いつ何をやると書いて置けばいいが、私にはそう言う計画的なきちっとした事が出来ない。そのときやりたいことをやる。朝起きると急に草刈がやりたくなって、やるべき、タマネギの種蒔きを忘れる。行き当たりばったりの性格だから、100種も作る野菜作りには不向きなのだ。せいぜい30種ぐらいだろう。冬の青物はとことんカラシナ。後一応はキャベツ。ブロッコリー。どの位時間を節約して、最低限必要なものが作れるか。実は、農業は周辺作業の方に、時間が掛かる。例えば、今度大豆の脱粒をする。今回は機械でやることになった。この機械を借りる為の、あれこれ、そして運搬。清掃。返却。実際の作業以上に、時間が掛かる。

大勢で大豆を作る、メリットはここにある。味噌醤油。程度なら、一軒の大豆は大した面積はいらない。1反大豆を作れば、50軒分はある。それでもこれを一人でやるとなれば、相当の時間になる。大豆を大勢で協力してつくれば、一人当たりの時間は何分の一かになる。お米もそうだ。共同や手分けを上手くやることも、一日2時間の大切な要素になる。近所ならキャベツの担当と、大根の担当が分かれていてもいい。私は卵と肥料の担当ならできる。ともかく、自給に時間を取られたらいけない。食料は手段で、生きる目的ではない。食べるものが確保できれば、憂い無く好きなことができる。こっちの方が大切なのだ。着る物の自給がしたいと成れば、その空いた時間でやれば良い。器を作りたいと思えば、楽しめばいい。そんな暮らしをすれば、知らず知らずに人様に迷惑をかけている、暮らしから抜け出ることができる。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

徴農制

2007-11-20 06:07:06 | 自給
自民党には「村・むら・邑」食糧とか農業・農村を論じ合う、若手議員の集まりがある。その中に稲田朋美さんという、方が居る。福井県選出の人らしい。落下傘ではなく、おっかさんだ。と選挙では訴えたというから、どうも都会で弁護士をされてきた人らしい。この人が、「徴農制」を主張している。日経の19日付の記事だ。発端は水野正人氏というスポーツメーカーの会長の、3年程度若者を「下放」しろという話だ。JOCの副会長というから、こんな荒っぽい議論が出てくることが恐くなる。そのことは、細部が見えないので、一先ず、稲田氏の「徴農制」の方だ。南京100人斬り裁判で、100人斬りをでっち上げだと主張して、敗訴した弁護士だ。

「徴農制」を主張をする、水野氏も稲田氏も農業が嫌いなのだと思う。よく罰として、草取りをさせる、というのがある。不甲斐ない若者に、農業をさせるという、罰を与えようと考えるのだろう。そもそも、肉体労働を下に見ている人の発想だと思う。罰としてJOCの委員をさせるとは言わない。下積みをして、たたき上げて来い。こんな匂いがどうしてもする。稲田氏のホームページをたどると、稲刈り体験の写真が出てくる。高校生の息子さんが学校の行事で北海道での農業体験をしたが、それでは本当の農業を知る事になっていない。こう主張する。稲田氏は何処で本当の農業を知ったのだろう。どう見ても農業体験はしても、農業はした事がないようだ。自分は賢いから、やらないでも農業の何たるかぐらい、理解できる。と思っているのだろう。でも、頭脳の人が、体で覚えろ。と主張するのは矛盾だ。あるいは、下に見ている。

「徴農制」など、本当に止して欲しい。まるで農家が罰で、懲役で農業をしているということを、国家が認めるようなものだ。まさに生かさず、殺さず。の世界に逆戻りだ。工業製品を、外国に売りたいが為の、今のところ農業は犠牲だ。鎖国をすれば食料が要だと言う事がわかる。別に農業が好きに成ってもらう必要など少しもない。そもそも農業ほど面白い暮らしはない。本当の所を知ればみんなが始めてしまう。義務にしようという人は、農業の楽しさを知らない人だ。嫌々やっていると思い込んでいるから、こんな発想が出てくる。これが農業体験の悪い所だ。徴農制に成れば、みんな農業が嫌いに成る。感謝されたくて、農業をやっているわけじゃない。そもそも人の生き方にかかわることを、あれこれ言うのは許されない。特に、国会議員たるもの、その節度を知るべきだ。農業を取り巻く、制度をおかしくしてきたのが、国会だ。今もまた、認定農業者制度のように、農業をつまらなくしているのが、国会だ。自分の仕事をしっかりやるのが先だろう。WTO交渉は大丈夫か。

今も、新規就農希望の人が、1人と1組、農の会に見えている。このやりたいという人達が、農業を出来るようにしてあげることが先決だ。行政は無理だから止めろという。あるいは、先ず、ここで研修を受けて、資金はこれだけ必要です。等と指導する。つまり、遠まわしに止めろという。行政がお世話します、家もありますなどという所は、普通の営農が不可能な地域だ。普通の人が、普通にやって就農出来る様な条件はまずない。今この地域で農業を継続している人は、スーパーマンのような人ばかりだ。並みの人はとうの昔に止めている。自営業はどんな職種でも同じだ。成功するとは限らない。だから、面白い。農業を始める機会は平等に持ってもらう。失敗したら尻拭いをする覚悟さえあれば、応援できる。当人にとって、失敗も成功も同じくらい意味があると、私は思っている。
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

ごみ処理広域化の真実

2007-11-19 07:48:53 | 環境関連
「小田原・湯河原・真鶴・箱根の1市3町のごみを集めて処理する。」ことが検討されている。各市町村がやりたいというのでなく、国が「ごみは、より広域で処理するようにしなさい。」こういう方針なのだ。5万人以下の町ではそうしないと、費用の協力をしませんよ。こう言う事に決まっている。何故、国がそんな方針になったのか。1つ目、ごみ処理費用の低減が出来る。2つ目は300t以上の連続燃焼炉で燃焼し、立ち上げ、埋火時のダイオキシン発生を削減する。3つ目は灰溶融炉の利用で、最終処分量の削減。4つ目が一般ごみの8倍も存在する。産業廃棄物の問題化。大きくはこの4つの問題の解決に、市町村の焼却炉を連続燃焼の大型溶融炉にすることで解決しようという考えなのだと思う。

先ず費用の事。実際にはむしろごみ処理費が増大していっている。新しいごみ処理施設を、企業は実験炉として協力運営する。その段階ではごみ処理費が削減されると、言う触れ込みだ。ところが実際に稼動して見ると、実験段階なので、様々な技術的トラブルが起こる。更に、予想を上回る、運転費用がかさむ。そして、企業の試験期間が終了したら、ごみ処理費が以前の倍以上になった。こんなことがあちこちで起きている。御殿場、小山PDF施設もそうだ。行政が企業に対し、話が違うと訴訟を起こしている。溶融炉の価格は規模1トンあたり、5000万円といわれている。日本の溶融炉は外国よりバカ高いが、焼却炉は自由化されていない。広域化岩手中部では282トンで、152~188億円と見ている。もちろんそのほかに広域化すれば、中継施設や圧縮減容化施設なども必要となり、1箇所6億から8億必要。更に運営的には輸送コストは倍増する。国の思惑とは異なり、処理費の増大につながっているのが現状だ。

大型化はどうなっっているかと言えば、実際は日量300t以上の連続炉を造れる広域などなかなか成立しない。さらに炉は掃除や改修をするので、最低2基必要になる。ということで毎日600トンごみが出なければならない。こう言う事はなかなかないので、100トン程度の炉でも溶融炉で連続燃焼するなら、いいだろうという緩和が行われている。さらに、生ごみのメタン化施設や発電機能の併設など、エネルギーの回収が、10%から15%あればそれも、それも広域化の助成の対象にするなど、条件が緩和された。しかし、整合性がないのが、ごみが計画通り、減少していけば、この巨大施設がごみの奪い合いになる点だ。連続燃焼で、最低100トン確保しなければならない。そこに用意されているのが、8倍ある。産業廃棄物。

実は4番目の課題である産廃処理問題、この産業廃棄物の行き詰まりが、一般廃棄物におよんで来ている。「併せ処理」といわれる市町村の焼却炉に、産廃を入れる動きだ。ごみ処理法の合理性から言えば、産廃も一般廃もない。種類別に処理すべきだ。問題は併せ処理から、製造者責任が抜け落ちているところにある。大企業・産業優先で、日本政府は企業に甘い。製造者責任を課すことで、国際競争力が落ちることを怖れている。製造者責任を貸すことは、ごみにならない製品を製造するという、循環型社会への道だ。使い捨ては当面の競争力は強い。中国製品がまさに代表だろう。しかし、いつまでも通ることではない。徹底した製造者責任を貸せば、生ごみを除いたごみはほとんど無くなると言ってもいい。

小田原以外の町は、今厳しい選択を迫られている。小田原としては他が入らないというなら、規模的に1市でやれる。「3町の皆さん小田原方式で、ごみはお願いします。」所が、こう言われても、そう簡単なことではない。分別が違う。事業系の範囲、処理費用がまるで違う。更に産廃の併せ処理も出来なくなる。広域化することで、小田原市民の減量の努力が無になることは、さすがに出来ない。「まだ計画が立ちません。」これが期限の今年度の小田原の回答のようだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

果樹園を作る

2007-11-18 07:25:15 | 自給
中段の畑を果樹園にした。7畝ぐらいの広さの斜面だ。竹林を開墾してから、2年。竹林を切ったのが一昨年の寒い頃で、その竹を燃やしたり、運び出したりが、昨年の寒い頃。やっと果樹が植えてもいいようになった。最初に傾斜地の上の方にずらっと10本枇杷を並べて植えた。枇杷はすでに根づいて一回り成長をして居る。花芽もつけているから少しは、実も付けそうだ。その下になる中段の畑を、最小限の畑にしようと準備をしていた。今年は草とタヌキに負けてしまい。大して採れなかった。それでもカボチャは豊作だったし、昨日はまだ、ナスが採れた。今は、昨年の菜の花のこぼれ種から、一面芽が出ている。そこに、果樹苗を21本植えた。孫範さんに頼んで、取ってもらったのだ。果樹園を作るというのは山北にいた頃からの夢だった。山北でもあれこれ植えたのだが、果樹園とまではいかなかった。

今度は思い切って面積もとれた。それは、お隣の事情で、家のすぐ脇の畑を5畝購入することになったのだ。紆余曲折はあったが、そこを最小限の畑にした方が、合理的と言う事で、中段の畑は果樹園に変更した。ひょんなことから、果樹園ができることになった。「チェリーブロッサム」のセールスマンではないが、果樹園のイメージは都会暮らしをしていると、やけに膨らむものだ。花が咲き乱れ、地面が緑の草で覆われ、風が流れてゆく。その上実が食べれる。そんなイメージがある。さすがに今はどれだけ、果樹栽培が困難か理解しているつもりだ。それでも、上段に最小限の家、中段に果樹園、そして下段が畑。少しはなれて入るが、共同の田んぼ。竹薮とその中に鶏小屋。これらが一そろいに成って、最小限の自給生活が、成立する、と思うと夢が膨らむ。

果樹をどんな種類にするか。あれこれ迷った。迷っていて、進められなかった。その内、寒くなってくるし、来春になりそう、これでは相当にまずいので、ともかく3本づつ7種にした。栗、これは絶対に必要。昔、栃木の妙見寺で、素鳳先生と採った、栗が忘れられない。日本人には必需品である栗。次に、柿。これは、一番好きな果物だ。又木が美しい。葉もいい。スモモ。これも使える。梨。イチジク。間ではいいとして、桃はやりたいが、無理だと思って止めた。この辺りまでは、私の希望。後が、ネーブルと、ブルーベリー、これらはカヨ子さんの希望。希望は入れなければいけない。で5メーターに1本という距離で植えた。それでも植えると近すぎるような、感じがした。きっともっと距離を離すものだろう。ブラジルのりんごは間をトラックが通れるそうだ。

果樹園が出来上がるのは5年先だろう。63歳と言う事になる。気の長い話だが、あわててもしょうがない。どんなに先の事でも、あっという間に過ぎることは判っている。私が何処までやれるのかは分からない事だが、ともかく、自給自足のモデル園作りに進みたい。5年先の日本の食料の事情は、更に深刻度が増しているに違いない。そのときに、日本人の暮らしをどのように転換するか。何処に不時着するか。その一つの、方角として、私の目指そうとする暮らしが、意味をなすのではないか。と思っている。何処の誰でも出来る自給自足。一日2時間働けばできる自給。1人100坪あればできる自給。この後は来年一年かけて、上段に最小限の家を建てる。下段には畑を作る。何か準備ばかりしているようだが、どの道、完成の姿などないのだから、ある方角に向かっていると言う事で良い。昨日は少しは進んだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

最小限の家申請終わる。

2007-11-17 07:00:32 | 最小限の家
ついに、ついに、建築確認申請が終わった。5000円で受付けてくれた。長かった。小田原で素人が建築確認申請をした前例は何人ぐらいだろう。役所の様子ではめったに居ないことのようだった。申請方法が難しいというより、役所の追い返し作戦に、いかに負けないかが。分かれ目だ。素人が、農地に家を作ることを、思い止まらせたい、という気持ちが見え見えだ。追い返し作戦は、別に小田原市役所の特許ではない。役所という所はそういうところだと、経験的に判っている。いまや生活保護の受給者数を、前もって決めて、それより増えないようにどこでもしている。上手く追い返せるテクニックを磨いている。一番は届出を面倒にすることだ。植物の新品種の届出がそうらしい。やたら素人の趣味かが申請してきたら、受付ける確かイギリスにあるらしい、認定機関もあふれてしまう。そこで、ラテン語でのみ申請できるようにしてある、と聞いた。

申請途中の、今年の4月から申請方法が変わったことも災いした。構造設計書の偽造アネハ事件の結果、設計士は悪意の人になった。確かに、見落とした行政機関も、賠償請求される可能性が出ているのだから、担当のほうも、それは大変だ。色々面倒になり、何しろ着工件数が、激減して、建設関係の消費下落が、景気後退に繋がるかと言われる。建設省では曖昧な改変を、講習会を行い、判るようにしているらしい。しかし、いよいよ素人に出来ることでなくなったことだけは確かだ。ミカン農家が、ミカン小屋を作るのに、専門家に頼まなければならないような、仕組みが健全なわけがない。本来、百姓は何でもこなす。農閑期には大工になって、出稼ぎをする。軍隊でも一番役に立つのは、百姓だったそうだ。

これほど厳しいから、違法建築などないか、といえばそれがまるで違う。いたるところ違法建築だらけだ。今時作る、農業用倉庫や、作業小屋は、先ずは違法建築物だ。正直私も何度も作った。違法で作ったからと言って、咎められるような事はない。今違法の小屋を作っているから、と役所で話しても、聞こうとしない。取り合わない。これも役所精神のまるで同根で、面倒にはかかわらない。事なかれ主義。
10㎡以下の簡易な小屋を、農地に農家が建てる場合。別枠の簡易な届けを作るべきなのだ。こんなものまで、住宅と同じ確認申請を要求する方が、不自然ではないか。これにかかわる、時間と費用の浪費もバカにならない。不自然な無駄なことをしているという、互いのストレスも、大変なものだ。

とにもかくにも、申請が終わったと、思いきや。では、この書類に各課を廻り、承認を受けて来て下さい。「全く、どうなっているの」7つ8つの都市計画課や、文化財課や、道路課、何と課、かんと課、最後の嫌がらせなのか。全く非効率。各課を回すのを何故、要領のわからない、素人にやらせるのだ。こんなもの役所内で、回せば済むだろう。それから、順番に廻る。どう説明したらいいのかも分からないし、どだい道路課に承認を受けるといって、この道路はどういう種類の道路ですか、担当に質問されても、訳がわからない。それで、私がやろうとしていること、何故素人であるか。などの説明から繰り返さなければならない。全く役所の4,5,6階を走り回った。何とか時間内に終わらせなければ、又役所に行かなければならない。役所がやっている時間に出かけるというのは、本当に困難だ。それで又、延々先の事になる。そうしていたら、今日はノウ残業デーです。と放送が始まる。おいおいどうなる。あせって更にスピードを上げて走る。それでも、あれこれの質問を、省略する課はない。仕事を丁寧にやるのはいいが、夢の中で走っているようだった。だいぶ遅れたが、申請の窓口は待っていてくれた。案外に親切なのだ。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

有機農業推進法シンポジューム3

2007-11-16 05:47:06 | あしがら農の会
有機農業推進法は昨年12月全会一致で制定された。しかし、まだ認知度は低い。農業関係の行政職員でも、この法律を知らない人が少なくない。この法では、地方公共団体は推進計画を立てることになっている。是非、そうしたことを知ってもらう。シンポジュームの第1の目的。地元のツルネンマルティン参議院議員に基調報告をお願いした。足柄地域で有機農業によって、実際に農業を行っている4団体に報告をお願いした。「ジョイファーム」では長谷川功氏。「報徳農場」では田嶋亨氏。「有機農業小田原」では石綿敏久氏。「あしがら農の会」では代表の相原海氏。今まで団体間の交流は無かった。この機会に連絡が取れる関係になりたい。これが第2の目的。
行政の関係者にできる限り出席をお願いした。それは、実情を知ってもらいたい、と言う事につきる。有機農業なんて出来るわけない。こう考えている農政関係者が普通なのだ。しかし、消費者が変われば、つまり、冬でもトマト、果物は甘いほどいい。肉は柔らかければおいしい。こうした考えを食べる人が捨てれば、有機農業も可能なる。

シンポジューム後の活動こそ大切だと考えている。速記録から報告書を作った。この報告書を届けながら、今後の事を少しでも話せればと思っている。あしがら農の会では12月22日の収穫祭で、今後の取り組みについて、話し合う事になっている。ここに他の3団体の方もお呼びたい。もうだいぶ前になるが、横浜の安田節子氏から、一緒に県の方に働きかける活動をしようと誘われていた。そのとき思ったのは、有機農業の生産者が、各々の地域で、この法をきっかけに自分たちの存在を示すことが大切ではないかと考えた。この法が出来た経過のように、又内容が示しているように、実際の農業者がかかわるには、まだ距離がある。農業者が主体となり、自分達の有機農業の為に、どんな推進計画を持てばいいかは、主張しなくてはならない。自分達の活動の見える、地域で始めなくては意味がない。

それぞれに、この地域の農業の現状を話した。「この地域の農業は、この先大変なことになる。」「住宅が混在する。平場の農地が少ない。規模拡大できるような農地はない。」この地域の環境そのものが、どうなるのか、大変展望が暗い。「この有機農業推進法を、上手く利用して、運用して、何とかこの地域の農業が維持される。その方法が、見えないか。」これが共通の論点だった。

悲観的な内容にもかかわらず、きわめて活力に満ちた皆さんだった。こういう方達がこの地域を支えてきたんだ。そのことを思うと胸が熱くなった。それぞれに、道なき道を切り開き、不利条件のなか、全国でも注目されるべき形の4団体が、小田原に存在した。都市近郊という地域の特性をいかし「市民参加型の新しい農業の模索をしよう。ここに活路があるかもしれない」という提案だった。特に、傾斜地農業があしがら地域の宿命であり、特徴である。この不利条件が、有利条件になる可能性が市民参加の有機農業にある。きわめて風光がいい。この素晴しい自然景観を生かす為には、傾斜地が有利に働く。ここに、いくらかの行政の手立てがくわわれば、何か可能性が見えてくる。

市民が、家庭菜園レベルで、農作物を作るためには、コスト計算はいらない。充分有機農業で行ける。適地適作。それなら、放棄が進んでいる、傾斜地を市民参加型の農園の地域指定をする。環境保全のための農業地域として、有機農業に限定した、地域保全策を取る事は出来ないだろうか。この法では、国が推進地域として認定する事もできることになっている。そうなれば、それなりの補助が加わり、市民が参加できる、環境整備、基盤整備も可能になるかもしれない。ともかく皆さんが、バイタリティーに満ちている。難しい事でも、可能になるかもしれないという、希望が湧いてきた。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加