魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

かくし味

2021年07月03日 | 日記・エッセイ・コラム

子供の頃、故郷の町が被災地になり、進駐軍からの支援物資が町中にあふれた。
子供だったので、どのように配布されたのか知らないが、ラベルの無いカーキ色の缶詰は、開けるまで何が入っているか分からない。桃缶もあれば、パイナップルもあった。
その中に並外れて大きい缶があり、振っても中身が分からず、みんなで集まって開けたが、「大きいつづら」は中身が悪いものと信じていたので、余り期待していなかった。
開けると、中からえもいわれぬミルキーな香りが広がり、それはビスケットだった。

小さな楕円形のハードビスケット。口に入れると芳醇なミルクがとろけた。それまで、ビスケットは動物やアルファベットビスケットなど、既に常時食べていたが、これほどミルキーな体験は初めてだった。それまでの経験で最も近いものと言えば、食パンをミルクに浸して食べる幸福感だっただろうか。
この時の感動が忘れられず、ハードビスケットを見かければ、必ず試してみたが、国内外を問わず、あの芳醇な感動に出会えることはなかった。

進駐軍の物資なのだから、アメリカ製だろうと思ったが、外国製は香りが強すぎて口に合わない。意外にも一番近いのは森永のマリービスケットで、これよりも更に濃厚なのは、ブルボンのミルクビスケットだった。ただ、ブルボンの場合、焼きが強めで、口に溶ける優しさが足りない。それでも、マリーよりうま味が分かりやすく、食べ過ぎると吐き気がするほどの子供向けでもない。
ブルボンのミルクビスケットは日頃、ほとんど見かけることがないので、ブルボンに電話をかけ、美味しいからもっと売り出してくださいというと、担当者は、
「はあ~、森永さんも明治さんもありますからねえ・・・」
と、鈍い反応なので、しょうがないから、箱ごと取り寄せた。

いくら、美味しくても、ミルクビスケットは子供の栄養食でもあるので、2、3日でたちまち太ってしまった。
この経験から、箱では注文できず、かといって、先ず、どこにも置いてない。
近頃は、ネットで見てもBOX入りは無く、非常食として缶入りが売られている。
これを買って食べれば、今度は、空き缶の山になりそうだ。
ブルボンは、どうも始めから二番手を守る気らしいが、マリーがあれだけ売れているのだから、ハードビスケットのもう一つの塔を建てても良いのではなかろうか。

ところで、森永のマリーが最も近いように思ったら、終戦直後、森永は米軍からの発注でビスケットを焼いたのだそうだ。
マリーの食感が米軍からの系譜なのか、逆に、米軍のビスケットが森永のものだったのか。いずれにせよ、あの時の進駐軍のビスケットがマリーと同じか、それに近いものであることは否定出来ないだろう。
ただ、まったく同じものでないのは、森永の意図するところなのか、貧困日本の幼児が受けた衝撃が隠し味だったのか、今だにわからない。