魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

それなり

2016年08月06日 | 日記・エッセイ・コラム

書くつもりではなかったが、やっぱり書くことにした。
正直、オリンピックにはあまり興味が無い。ことに、マスコミが盛り上げようとするほど拒否反応が起こる。普通に、中継だけしてくれれば、真っ白な気持ちで感動できるのかも知れないが、騒ぎたてられると、『騙されないぞ』という気持ちがわいてきて、せっかくの感動ドラマが汚れてしまう。

映画や小説、マンガに至るまで、騒がれているものから離れることにしている。そういう、ひねくれた性格だからしかたがない。どんな美味しいものでも、「美味いよ、美味いよ」と横で言われると、食べた気がしなくなる。良し悪しは人に言われて決めるものではなく、自分の実感で決めたいと思う方だ。

そういうことも多少はあって、サッカーのナイジェリア戦のことは書く気は無かった。しかし、予想通りの結果に、どうも、もやもやして書かずにはいられなくなった。
かねがね思うことだが、日本は「相手なり」「それなり」の試合をする。勝てるはずの相手に苦戦したり、凄い強豪に勝ったりする。今回も、ナイジェリアの悪条件に遠慮したとしか思えない。遠慮がちに様子を見ているうちに先制され、後半、急に本気を出したが後の祭りだった。

昔は、一点でも先制すると、守りに入るぐらい弱かったが、今は、負けていても、ロスタイムに逆転するぐらい実力を付けてきた。強豪国に対しても、気後れすることもなくなった。ところが案外、弱小国相手に一杯一杯の試合をしたり、時には負けたりする。
こんな日本チームを見ていると、サッカーファンとしては何なんだと思うが、占い的に言えば当然だ。

天秤座の日本は、常にバランスを保とうとする。相手の立場に立って考える癖があるから、外交でも弱者の立場で交渉されると引いてしまうし、居丈高に圧力を掛けられると勝ち目がなくても引かない。清、露、米に対し引かなかったのは、軍国主義だけでもなく、相手が高圧的だったからだ。バランスの天秤座には上下意識がない。
ちなみに、中国が引かないのは、バランス意識ではなく、上下意識によるメンツだ。

ナイジェリア戦、仮に勝っても、日本人としては後味が悪かっただろう。それでも引き分ならバランスがとれたはず。勝ったナイジェリアは世界に賞賛されている。
日本は負けたものの、そう嫌な負け方でもなかった。ダメージは少ないだろうが、残りも強敵揃いだ。でも、ナイジェリアのように気の毒な相手ではない。全力勝負できるだろう。