羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

戦争が終わった日

2005年09月29日 07時42分35秒 | Weblog
 「終戦」と「敗戦」。
 この使い分けは、人によって異なるようです。
 
 野口三千三先生は、戦後の一年の始まりは一月元旦ではなく、8月15日として生きておられた。
「だまされた」。
 それが、多くの日本人の実感らしい。
 野口先生も言葉は同じだった。しかし、主語が違う。
 主語は何か? それは「自分自身」である。
 つまり、「おかしいと思いつつ、自分にだまされていた」という。

敗戦後
「自分のからだのダメージと、どうつき合って生きるのか」
 という野口先生自身にむけられた刃にも似た問いは、からだの問題であり、生き方それ自体への問いかけだった。
 そして、生き方それ自体への問いかけは、即、「体操」への問いかけであった。
「方法が本質を決定する」という考えのもとに、新しくからだの動きの原理を探り、方法を練り直していく。結果としてこれまでにない「稀なる野口体操」が生まれたのだ。

『原初生命体としての人間』の第一章「体操による人間変革」を読んでみると、「からだ」と「意識」に対する野口先生の切実な思いにふれることができる。
 つまり、この章の冒頭で「意識によってからだがだまされた」という思いが読み取れるのである。
 
 僭越ながら、言葉を足せば、ご自分のからだが『今日、ただ今、どう感じ、どう考え、どう信じているのか』(←原初生命体としての人間)という、”からだの現在地”を、常に実感をもって確かめる「自分」であることが、そのまま「生きること」とイコールになる生き方を本気で探りはじめられたのが、敗戦の虚脱から立ち上がる先生のスタートであった、と、今、想像している。
 

 因みに『あの戦争は何だったのか』保坂正康著・新潮新書によると、「戦争が終わった日」は、8月15日ではなく、9月2日であると世界の教科書は書いていると記されている。
「戦争が終わった日」、第二次世界大戦が終了したのは、ミズーリ号で「降伏文書」に正式調印したその日である、と。
 
 
コメント (1)
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