この三日ほど衰弱していた私の話。

2020-05-11 20:01:00 | Weblog

参った参ったマイルズデイヴィス。

 

何が参ったかと言うとこの三日くらい、「食あたり」で極度に衰弱していたのだ。

多分「食あたり」だと思う・・・何か変な味の刺身喰ったから(喰うなよ、吐き出せよ)。

それでその日の夜中に発熱して下痢をしたから。

ソフィティスケイトして言えば、「ウォーター・ゲィリー」だ。

しかしそのゲイリーがやって来る前、発熱だけしてたときは怖かった。時節柄、

ついにあたしもコロ助に捕まっちまったか?とマジで思って発熱しつつ震えていたのだ30分間くらい。

そう思うと、目に入る天井の照明器具が真丸で、ああ、あれはコロ助を象徴しているのだ、不吉だ、

などと思ったりした。後で思えば、馬鹿である。

しかし自分自身が、本当に、隔離されて、近親者に看取られもせずに死ぬかも・・と思ったら本当に怖かった。

あとから下痢して、不味かった刺身喰ったのを思い出して、それで「食あたり」と気付いて、どれだけホッとしたか。

ゲリに感謝したのなんか、生まれて初めてだわよ。

でもだから

本当に感染して発病して隔離されて、ましてやそのまま亡くなった人が

どれだけ つらい、怖い思いをしただろう・・・と思う。

 

この3日ほど、だからサケ飲む気もしなかった。サケのことを思い出さなかったくらいだ。

サケ飲んで阿呆なこと言ってる時は健康で元気なのだきっと。

ちょっと身体壊す度にそう思う。健康でないと何も出来ないのだ。

それは「状況」も同じだ。酔っ払いが密集している酒場で飲んだり、

満員のライヴハウスで友達と握手やハグなんて、今思えば「健康」だったのだ。

遠い昔のような気がする。

近い将来、社会が「健康」を取り戻して欲しい、と切に願う。

 

 

 

 

もうひとつ。

インターFM のピーターさんの番組「バラカン・ビート」で言っていたのだが

ビート詩人のマイケル・マクルーアが5月4日に亡くなったそうだ。

 

僕は「ビート好き」とか言っているのに、不勉強なことに

この人の名前も存在も知らなかった(オハズカシイ・・・)。

しかしこの人、何と

あのジャニス・ジョップリンの「メルセデス・ベンツ」の歌詞を、

ジャニスと一緒に作った人だったらしいのだ・・・・・・・驚き。

 

あの歌・・・ジャニスが冗談で作って、テキトーにアカペラで歌って録音したのかと、

勝手に思ってたよ。

ちゃんとビート詩人と共作してたのか。ジャニスあなどれんな。

しかも「物質文明を強烈に批判した歌」と言われてるそうで、

しかしねえ、ジャニスなんかベンツは持ってなかったかもしれないけど、

ベントレー持ってたんだぜ?しかもサイケペイントして。

ベントレーのほうが高いんじゃないかしら、お値段的に?

物質文明を批判?????

まあいいけど。

 

 

 

 

しかしもう二度と、奇妙な味の刺身は喰わんぞ俺は。

・・・・・・・コロ助の息のかかったモノも喰わんがな。

 

 

 

 

 

 

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夢に関しての考察。

2020-05-05 16:08:00 | Weblog

この何日か、実によく眠った。

知ってるかもしれないけれど僕は眠るのが何より好きで、

何日かでもいいから好きなだけ眠りたい、というのがここ最近の願望であったので、

たっぷり眠れて、とてもとても幸せである。

何しろ平日は・・・・・・・・・・朝早くて夜遅い、寝足りない日々だった。

カフェインの錠剤を齧りながら生きてるのだ。

それはともかく。

 

眠りの中で

昨日の朝は、今はもうこの世にいない友達と会った。・・・・・岩佐だ。

ちょっと不思議な感じだった。

大体が、そんな風に「今はこの世にいない人と会う夢」は僕は、明け方に見る。

昨日も、明け方だった。深い眠りから浅い眠りへと移行して行く途中。

そして「夢」が薄れていく中で会う。僕は、そういう事が多い。

 

何だか、大勢の人の中で彼を見た。忙しい、騒がしい感じ。

別教室に移動中の学校の廊下みたいな。でも我々は学生ではない。

そして人波の中で、彼を追いかけた。でも彼はこちらに気付かないし、

なかなか追いつけない。やっと追いついて声をかけたら気付いてくれて、我々は座り込む。

その場所が、何故か今僕が住んでいるマンションの玄関で、自動ドアが二重になっている。

現実のマンションのドアは一重なのだが、夢の中でのそこは宇宙船のエアロックみたいに、

ライヴハウスの防音部屋みたいに、外と内の真ん中に部屋がある。

後から考えたら、それは象徴的だった。「あちら」と「こちら」の中間の部屋。

その真ん中のガラス張りの部屋で座り込んで、少しだけ話をした。

僕は「今はどこにおるん?」と聞く。夢の中の彼は、亡くなってない(生きている)、という設定のようだ。

彼は言う「沖縄とか、東京とかな・・・あ、大阪にもちょっとおったな」と。

沖縄?ちょっと驚く。

「家(奈良の実家、という意味だ)には帰られへんの?」と聞くと

「国の都合でな、いろいろあんねん」みたいなことを言う。・・・国????

このへんから急速に夢が醒めていく。

「俺、こないだ岩佐の家行ったよ。(岩佐の)お母さんとごはん食べてん」と僕が言う。

それに返して彼が何と言ったのかはもう、聞き取れなかった。

何か聞いた気もするけど、覚えていない。

不思議なのは、夢の中の自分が、「こないだ(彼の)家行った」ことは明確に覚えているのに、

「彼」が亡くなって、もう32年も経つのだ、ということを認識していないことだ。

すっごく、変。

夢の中の記憶ってその時々で違ってて、「彼」が亡くなっている、ということを認識しながら

会ったことも、何度もある。

夢の中で会って「あああ、生きてたんだ!」と思うこともある。

 

それは、岩佐だけでなく、今はこの世にいない人・・・・佐治に会ったときも、自分の父親に会ったときも、

様々な状況と、「夢の中での設定」がある。

 

すごくすごく不思議。

 

最近の定説では夢は、脳が記憶の整理をしている途中で発生する、「泡」みたいなもの・・・・

ということになっているように思う。

長期記憶と短期記憶をより分けているのだそうだ。

そして、不要な記憶は消去される。AIには絶対出来ない芸当、「忘れる」という奇蹟。

(でもまぁ、「忘れられないこと」も・・・ある。)

 

しかし、夢って、それだけのものではないような気が、僕はずっと、しているのだ。

 

その、記憶を整理している「隙間」に、電波みたいに「思念」が入り込んでくるのではないか??

それは「この世の出来事ではない」から、

記憶として頭の中に留めておくことが出来ない・・・・のではなかろうか。

(夢ってなかなか・・・覚えていられないよね。)

 

ちょっとスピリチュアル過ぎるかもしれないけど。

僕は自分では「唯物論者」的だ、と思っているのだけれど・・・・・・・・。

 

「夢」に関してだけは、そんな風に思う。

こういう、今は亡き友達と会った夢を、

僕の(無意識の)願望がもたらす「妄想」だとは思いたくないし、思えないのだ。

 

 

 

 

 

 

目覚めてから本を読んでいた。

全世界にばら撒かれた人工のウィルスによって50億人が死んだ、という世界の話、

「12モンキーズ」というテリー・ギリアム監督作品の映画の、ノヴェライズ(小説版)だ。

 

テリー・ギリアムは佐治が大好きな監督の一人だ。

「バンデッドQ」も、「バロン」も、「未来世紀ブラジル」も、佐治と二人で映画館に見に行った。

 

その「12モンキーズ」の中に出てくる心理学者のキャサリン・ライリーの台詞に、こんなのがあった。

「夢には、自分が生きていくのに必要なものが現れるのよ」。

 

そういう解釈も、あるのだろうか。

そうすると、僕が生きていくのに必要なものって・・・・・

 

一体、何なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

写真は、順調に育ちつつある、僕の ひまわり。

・・とか言ってるあいだに、この2020年の奇妙なゴールデンウィークも終わりだ。

飽きるほど寝れて、満足。

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「目の眩みそうな光が輝く夜」

2020-05-04 13:21:34 | Weblog

 

 

(一番)

すべてが逆転する、君は素敵な

 

夜を駆け抜けて行く 小さなナイフだった

 

スピードメーターの針は振り切っていたが

 

まだアクセルは 踏む余裕があった

 

信号は 七色に輝いて

 

人工衛星までが君を祝福した

 

(サビ)

目の眩みそうな光が輝く夜

 

張り裂ける夜

 

目の眩みそうな光が輝く夜

 

 

(二番)

巨大な渦に巻き込まれて   僕は可笑しくて

 

笑い転げていた  ちょっと涙が出るくらい

 

そして

 

運命を捻じ曲げる誰かが出現して

 

大音響で頭の中で歌が鳴り出した

 

惑星は・・・・・・・・直列した

 

太陽と月は どちらがどちらか わからなくなった

 

 

(大サビ)

とんでもなく ろくでもない日々は遙か彼方に見えなくなる

 

重力の及ばないところで どんな景色が君に見えたんだろう?

 

 

(三番)

何もかもを手に入れて 何もかも手放して

 

 

ようやく僕等は復活できた

 

 

時間だけが過ぎ去ってしまったが

 

何一つ 何一つ   終わってなんかないぜ

 

(サビ)

目の眩みそうな光が輝く夜

 

張り裂ける夜

 

目の眩みそうな光が輝く夜

 

・・・夜

 

 

目の眩みそうな光が輝く夜

 

張り裂ける夜

 

目の眩みそうな光が輝く夜

 

Ah・・・・・・・・・・・・・・・・・夜

 

 

 

詞・曲・片山道郎

 

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