カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

もちろん、最初に専門性ありき、だけど   崖っぷち「自己啓発修行」突撃記

2012-08-24 | 読書
崖っぷち「自己啓発修行」突撃記/多田文明著(中公新書ラクレ)

 もともと本を読まないライターが、いわゆる自己啓発本を読んで、その内容を実践、チャレンジしてゆく体験記。ライターなのに最初は本の内容の理解に苦しんでいるところは愛嬌だが、しかしこのような自己啓発本を読んでも実際にはほとんどの人が実践などに至らないだろうことを考えると、なかなか凄まじく偉い人だという感じがした。それに単純にそれらのエピソードが面白い。最初は多少まどろっこしいところで悩んでいる風ではあったけれど、どんどん本の内容を自分に取り組んで実行していく様は、ある種のサクセス・ストーリーだし、爽快な楽しさを感じさせられる。実際は苦労の連続でもあるけれど、そこのところも含めて、やっぱりそのような自己啓発本でも、役に立つ人には十分役立つということを自ら証明しているといえるだろう。
 何となく僕の書き方に疑問を感じる人がいるのではないかと思うのだが、実は僕自身は自己啓発本は微塵も信じていないということがあって、時間つぶしに精神薬として読むことはあっても、絶対に実践などしたことが無いというのが実情なのである。いや、ある意味で参考にはさせてもらうことはあるのだけれど、自己啓発本に感化されて何かを実行するような人は、そもそも成功などしないのではないか、という偏見があったからだ。確かに朝を制する者ビジネスを制する、などという話は、勤勉に働くうえでは大切な心がけだとは思うものの、そんなことで成功するほど世の中は甘くないと考えてしまうくらいひねくれている所為だろう。
 しかしながらそんな偏見で、せっかく読んで感化された事を実践しないということは、実はもったいないことなのかもしれない。著者はそこのあたりは愚直で(もともとは版元の企画であったにせよ)、ある意味で啓発本の良き読者であるというのが、何より偉いと思えるのである。啓発本を書いた著者たちにとっても、実に頼もしい存在なのではあるまいか。
 そうではありながらこの本の醍醐味は、やはりその実践的な部分であるとは思う。啓発本のエッセンスをもって実行するとはいえ、実際にぶち当たるさまざまな困難や問題を解決するにあたっては、それなりに自分なりに解釈を変えて、現状に苦しんだ末に自分で答えを見出しているように見えるからである。本を読んでそのままというのでは無くて、自分の考えを取り込んだ上で、さらに改良しながら自分自身の納得のいく事を愚直に実践に移しているというのが、本当には言えることだったのではあるまいか。この後本当に自己啓発本を読みあさり、更なる成功を収めていく物語というより、このような啓発本から卒業するという意味合いの方が強いような気がする。もちろん、本当に身に付いたからこそそういうことが言えるということもあるから、まったくの無駄であるとは言えないのだけれど、啓発本というのは、そういう役割があって役目を終えるものなのではないだろうか。
 お話自体は企画ものの実践ドキュメンタリーということかもしれないが、奇しくも本書自体が、本当に役立つ啓発本ということが言えるのかもしれない。やはり人間の行いこそ、血となり肉となる貴重な経験であるという証明なのだろう。
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