風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

PTA考

2024-09-11 | 社会
親なら誰しも、
子ども達には伸び伸びと元気に育って欲しいと思う。
しかし社会には危険もたくさんある。
子ども達を危険から守りつつ、伸び伸び育てるには
学校にいる時間が限られている中、学校の教師だけでは足りない。
だから親と先生が手を繋ぎ、輪を作って、その中で子ども達を見守る。
たくさんの親が参加し、その輪が大きければ大きいほど
子ども達は大きなスペースで伸び伸び育つ。
かつて10年近くPTA役員を経験し
花巻市PTA連合会の役員も務めた経験から
PTAとはそういう組織だと認識することができた。

加えて、地域社会。
岩手では学校、家庭、地域の三位一体教育施策を推進し
その教育振興運動が全国でも注目された。
昭和40年代ぐらいまで、学校は地域のものだった。
運動会に家に児童がいない地域の人たちも応援に駆けつけ
一大イベントだったり
共働きの家の子には地域の人々の目が行き届いていた。
それを施策化して実践したのが教育振興運動。
地域社会全体で子ども達を育てようというものだ。
人間は、類人猿がそうであるように
集団的子育てが生物学的行動と言われる。
そう考えると、三位一体教育は理にかなっている。
そのベースとなるのもPTA。

最近PTA不要論が全国的に言われている。
伝統的子育て集団が崩壊するとどうなるか想像してみる。
まず地域社会はすでに崩壊しつつある。
現代社会の諸問題はそれが原因だと思っているのだが、
それはまた別な問題としてさておき、
教師と親が連携しなくなると、お互い不信感を招くこととなり、
疑心暗鬼による子を挟んだ対立構造になりがちだ。
それも現代の学校教育の問題となっているのではないか?
それを解消できるのがPTAだと思うのだが。

今、PTA不要論が出てくるのはなぜか。
それはPTAの本来の意味、意義、目的を見失っているからでは?
「例年通りのことをやらなければならない
「新しい企画で、年々やらなきゃいけないことが増えていく」
「仕事をしながら時間を作らなければならない
「誰かが役員を引き受けなければいけない
「PTA会費を払わなければいけない
いかにも「must do」だらけ。
これじゃ嫌気がさすのも無理はない。
正直、PTAのイベントって必要か?
例年通りこなすことで、いかにもやってる感見せるだけじゃない?
それぞれのイベントは当初は目的があったはずだけど
それも忘れられて、こなすだけになってない?

PTA会長をやった時、それを感じて
「PTA活動で一番大事なのは、先生方と親の飲み会です」
と冗談混じりに言ってみた😆
もちろん飲み会じゃなくてもいいが
一番大事なのは先生方と親達のコミュニケーション。
お互いに信頼関係を持つことで、子育て環境が整備される。
「自分だけ、自分の子どもだけ」じゃなく
地域社会に代わって、子ども達みんなをPTAで見守る。
そのためにPTAがあると思うんだ。

余談だが、市P連の役員時代
その年度の事業として提案し実施したのは
市内各小中学校の学区地図づくり。
当時なんと教育委員会にも学区地図がなかった。
(あるのは住所による学区別の一覧表だけ)
学区の境目を地図に落とし込む作業は結構大変だった。
そしてその地図上に「子ども110番の家」を記号で配置し、
なおかつ、夏休み中に子ども達自身に学区を歩いて回ってもらい
危険な場所を、これも記号で書き込んだ。
「子ども110番の家」は幟こそ立っているが
それじゃ通学路のどこにあるか答えられる子がいなかった。
地図上に落とし込むことで頭に入りやすくなる。
また自分で学区内を歩くことで
自分が住む地域のことを理解する一助となる。
手前味噌ながら、こういう活動こそPTAだと思うのだ。
残念ながらその活動から20年ほど経つが
その後地図は更新されていない。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 花巻まつりに向けて | トップ | 「車のある風景」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

社会」カテゴリの最新記事