私は自分の仕事を家族に見せることが多い。
家内や母親などだ。
その都度、割に手厳しい感想が述べられたり😅
その仕事を元にしていろいろ話をしたりもする。
書籍や雑誌、webメディア、電子ブックデータもある。
コロナ以前と違い、ほとんど地元に関する仕事だ。
当然市民としては興味もあるからいろいろ話も弾む。
しかし、今週刊金曜日で連載している
「さまざまなわたし-性的指向と性自認のリアル」については
家内からも親からもほとんどリアクションがない。
読んだ後も何も言われることはない。
2人とも身近に性的マイノリティを公表している人がおらず
どう受け止めていいのかわからないのだと思う。
(実際には人口の1割が性的マイノリティを言われているので
身近などこかには存在していると思うのだが)
特に昭和ヒト桁生まれの母は
ことあるごとに「男だから」「男なら」「男じゃないと」
と、小さい頃から私に言い続けてきた。
ジェンダーに関するこれらの言葉が、もしかしたら私に
この連載で取り上げてきたことに興味を持たせたのかも知れない。
そういう周囲の人たちの反応を見て、多くの人々のこの反応が
社会における性的マイノリティといわれる人たちの生きにくさに
大いに関係しているのではないかと最近感じるようになった。
コトは法律や制度以前に社会の理解や許容度にあるのではないか。
そのこともまた今回の連載の仕事で気づいたこと。
まずはそこだと気づいた時
この仕事の意義がはっきり見えてきた。
仕事は学び。