風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

敏感で、心地いい部分

2008-02-01 | 風屋日記
小説には、
読者が客観的に立場からその本の世界を覗き込み共感するものと
本の方から直接的に読者の心のあちこちを押していくものの2種類ある。

私にとって前者は
岩井志麻子さんや篠田節子さんなどの女性作家ものが多い。
恩田陸さんの場合は両方かな。
最近ハマっていた中山可穂さんの作品群は
特にそのスノッブで繊細な世界を覗き見ることによって、
主人公への様々な思いがかきたてられる。
疑似体験的とでも言おうか、
どちらかというと、自分の方から寄っていく感じ。
男性作家だと村上春樹さんが私にとってはそれに近いかな。

一方、向こうから勝手にやってきて
心のいろんな部分を押していく作家の代表は浅田次郎さん。
最も心地いい優しさというボタンを的確に押していく。
そしてそれは涙のボタンともリンクしているらしい。
ある種のカタルシスさえ感じられる作品には今まで散々ハメられてきた。
その的確さは時々「コンチクショー」と思うぐらい見事(笑)

村上龍さんは逆に、
あまりに人に見られたくもない無防備で、だからこそ
触られるだけでも気持ちの悪い部分を無遠慮につっついてくる。
特に「コインロッカーベイビーズ」や「だいじょうぶマイフレンド」は
若い頃その薄気味悪さに気持ちまで悪くなったことがある。
漫画でいえば浦沢直樹さんの「20世紀少年」にも共通する気持ち悪さ。
村上さんの「だいじょうぶ」、浦沢さんの「ともだち」という
2つの単語の裏に潜む気持ち悪さをストーリーの中で演出したことこそ
彼らの才能なのだろう。
でも結局、吸い寄せられるようにどちらも読んじゃうんだけどね(^^;

さて重松清さん。
彼が静かに触っていく心の部分もまた
普段は見えないところに秘しているアンテッチャブルなところにある。
しかしそれは龍さん達とは違い、自分でもその部分を意識しておらず
触られ慣れてなくて敏感な部分を撫でられて初めて
「そういえばこんな部分が自分にもあったんだ」
「こんなところを触っていくのか」と
改めてその存在に驚くような、それでいて妙な心地よさを感じるところ。
例えれば、今まで気がつかなかった自身の性感帯みたいなものかも(笑)
重松さんの本はあまり自ら探して読んだりはしないんだけど
(常に性感帯を触られているのも嫌なので 笑)
時々無性に読みたくなることがある。

「なぎさの媚薬~海の見えるホテル」重松清 著 小学館文庫
を読んだ。
重松さんはあとがきで「官能小説を書いてみた」と言ってたけど、
これはそんな下世話な作品じゃなくて
私のような、中年のくたびれたおじさん達へのメルヘンだよねぇ。
コメント (4)
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