吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

とにかく、何事も「始末」することが大事の話

2021年09月17日 | Weblog

いま住み暮らしている地域は、自分ひとりのものではない。居住し生活している地域に限らず、人類を含む動植物生きもの全体で共有している地球だが、自分の暮らしている地域も国も地球も、多くの人々や生きものたちと共同して共有してくらしている。まずもって大事なことは、自分以外の人々に迷惑をかけないこと。共有している地域や環境を大切にして暮らすことだ。

その第一歩が「始末」。井原西鶴の「始末、才覚、算用」(日本永代蔵)の”始末”は、商人だけの心得ではない。まずは この巷で暮らす人はすべて、何事も”片づけること”(始末)が大事。社会生活の必須の要諦だ。わたくしが居住している東京は板橋区の3R広報ではないが、「か、た、つ、む、り」の最初の”片づけ上手”が 始末の第一歩。ちなみに、「か」たづけ上手、「た」いせつに使う、「つ」かい切る、「む」だにしない、「り」さいくる。

日常生活で出る「ごみ」は、行政が、産業廃棄物は回収処分業者などが回収し、処分してくれる。環境や地球の保全を壊す「ごみ」は 年々増加している。寿命やライフサイクルが来た原発や放射線汚染使用済核燃料に留まらず、高層ビルや道路や社会インフラなどの補修解体廃棄材などの社会産廃ごみなどは、ほんの一部。老朽化したり、無用化廃墟化したハコもの施設や住む人がいなくなった廃屋などに加え、台風や豪雨などの自然災害に被災した田畑や山林や耕作放棄地などは、すべてゴミになる。”始末”放棄のゴミが膨大になる。

とにかく、「始末」が大事になるが、始末できない/始末しない人々や施設や行政が増える。個人的な始末に加え、行政や社会が責任始末しなければならない「ごみ」が増えるのだ。地域や国や地球が壊れるのだ。小さいうち、すぐ始末するクセを見につけてほしい。

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