断捨離が、ことしの流行語大賞にもなりそうだ。「断捨離のすすめ」を書いた川畑のぶこさんややましたひでこさんがオリジンの言葉やライフスタイル本のようだが、アラフォー・ウーマンの生活バイブル本なる勢いだ。
”ゆたかさ”や”クオリティ ライフ”の定義が変わったことが、流行の背因のようだ。地球資源の有限性を認識するようになったことが、”モノ”離れ価値基準を浸透させた理由かもしれない。足の踏み場もカベも見えないほどにモノにあふれて暮らす私たちの生活。わたくしたち自身が、”ノー”を突き付けたのだ。
この何年か一度も袖を通さなかった衣類や一度も履かなかった靴下や靴。台所や物置の品物の半分以上は、この一年不使用の品だ。十年に一度も使わなかった日用品などまで家庭内在庫だ。便利希求や”あればいつか”の幻想を後生大事にしたモノ依存体質を反省しての”断”なのだろう。多くを”捨てる”ことも大事だが、要は”モノ離れ”することがコンセプトなのだろう。
遅ればせではあるが、この一年のアメリカの友人たちとの議論は、サステナビリティだ。あらゆる行動の礎にサステナビリティ(持続可能性)コンセプトをおこうということが、流れだった。人々の生活からみれば、ロハス(LOHAS)なのだろうが、主題はサステナビリティだ。このサステナビリティ・ライフへの一里塚に断捨離があるのかもしれない。個人の断捨離が社会や地球の断捨離にオーバラップすることを願ってやまない。
”ゆたかさ”や”クオリティ ライフ”の定義が変わったことが、流行の背因のようだ。地球資源の有限性を認識するようになったことが、”モノ”離れ価値基準を浸透させた理由かもしれない。足の踏み場もカベも見えないほどにモノにあふれて暮らす私たちの生活。わたくしたち自身が、”ノー”を突き付けたのだ。
この何年か一度も袖を通さなかった衣類や一度も履かなかった靴下や靴。台所や物置の品物の半分以上は、この一年不使用の品だ。十年に一度も使わなかった日用品などまで家庭内在庫だ。便利希求や”あればいつか”の幻想を後生大事にしたモノ依存体質を反省しての”断”なのだろう。多くを”捨てる”ことも大事だが、要は”モノ離れ”することがコンセプトなのだろう。
遅ればせではあるが、この一年のアメリカの友人たちとの議論は、サステナビリティだ。あらゆる行動の礎にサステナビリティ(持続可能性)コンセプトをおこうということが、流れだった。人々の生活からみれば、ロハス(LOHAS)なのだろうが、主題はサステナビリティだ。このサステナビリティ・ライフへの一里塚に断捨離があるのかもしれない。個人の断捨離が社会や地球の断捨離にオーバラップすることを願ってやまない。