因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

講演会「私の子役時代~江森盛夫」

2010-10-14 | 舞台番外編

 東京工業大学外国語研究教育センター主催 公式サイトはこちら 
 講師は演劇評論家の江森盛夫氏 聞き手は同大学准教授の谷岡健彦氏
 江森盛夫氏は、シアターアーツなどの演劇批評誌だけでなく、劇評ブログ「江森盛夫の演劇袋」では連日のようにさまざまなジャンルの演劇について執筆しておられる。1936年生まれの73歳。子や孫の年代が作る舞台に対しても、ご自身にまったく垣根がなく、自然に楽しまれている様子が伝わってくる。講演会のタイトルの通り、氏は子どものころ、映画や舞台の子役をしておられたそうで、今夜はその話が中心になった。

 1943年、作家の壷井栄の紹介で劇団東童に入団したのが子役人生のはじまりで、栄の夫壷井繁治と父上の江森盛弥が友人であったためという。その父上はプロレタリア詩人で、治安維持法により長く投獄され、江森家は「赤貧洗うがごとし」の暮らしだったそう。翌年初舞台を踏んだ劇場は、築地小劇場を改称した国民新劇場で、同年出演したラジオドラマには、杉村春子、中村伸郎、宮口精二がいたというから、伺う話は、一風かわった経歴と家庭環境にあるひとりの少年の成長記録であると同時に、戦中戦後の映画・演劇史で、ほとんど「生き証人のコーナー」に聞き入る気持ちに。

 おもしろかったのは、聞くほうとしては若き日の杉村春子や中村伸郎がどんな様子であったのかと身を乗り出すのだが、そういうことはほとんど覚えていらっしゃらないようで(笑)、しかし長野県に集団疎開していたときに上級生から受けたいじめと、「6年生」という年代に対する憎しみは忘れ難いのだそうだ。父上が地下生活を余儀なくされる暮らしには辛いことが多かったと想像するが、それらすべてを明るく自然に語っておられる姿が印象的であった。
 ほかに心に残ったことを書きだしてみる。記憶によるものなので言葉は正確ではない。
*文学座公演で、芥川比呂志が演じた『ハムレット』をみて、「やっぱりこちらがわだ」と思ったこと。
*年間およそ200本くらいの舞台をみるそうだが、「よくも悪くもない、みてもしかたがないような芝居もあって、こういうものはきちんと決めないといけない」と思っていること。
 子役をつとめ、高校時代には友人と劇団を結成したりと、演劇をつくる側であった江森氏が、なぜ演劇をみる側の演劇評論という立場に移行していかれたのかを質問してみたが、わりあいあっさりとしたお話で、気負いなく柔軟に演劇に関わっておられるのだと推察した。

 お話の最後が詩の朗読になったのはいささか唐突に感じたが、高校時代に作った劇団少年俳優クラブでは詩や小説の朗読が多かったとのこと、島崎藤村の『初恋』はじめ3編を読んでくださった。がぎぐげごが自然な鼻濁音で、目を閉じて聴いているととても心地よい。自分は3番めの中野重治の『雨の降る品川駅』が好きだな。

 講演会が終わって退出し、エレベーターで1階まで降りたら出口がわからず、裏口から建物をでた。夜の大学は静かで、並木道をいい風が吹いていた。帰宅して、中学時代の恩師が亡くなったことを知らされる。自分はこの恩師から演劇の楽しさを教わった。自分の書いた劇評を熱心に読んでは、「肩の力を抜いて、これからも続けてください」と励ましてくださった方だ。「肩の力を抜く」。自分は本稿において、「自然」という言葉を何度も使っている。自分に足らないことを江森氏のお話のなかに感じ取った。それは恩師が自分を諌めてくださったことと、奇しくも同じであった。いい時間を過ごした手ごたえとともに、言葉にしがたい寂寥感を胸に抱えるような夜になった。

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2 コメント

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江守さんのこと、懐かしく想い返しました。 (服部 浩夫)
2014-04-30 19:46:11
江守さんのこと、懐かしく想い返しました。
山形での長いロケ生活では冷静な批判者の目をお持ちでした。
私は民間放送のスタートからテレビの初期まで放送台本を書きまくっていました。今なお放送作家協会員です。メールで久闊を叙したいとおもいます。
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服部浩夫さま (因幡屋)
2014-05-07 15:46:22
服部浩夫さま
当ぶろぐへのお越し、ならびにコメントをありがとうございました。懐かしい方のことを思い出すきっかけになったのでしたら、大変嬉しく思います。わたしもこの日に江森さんが朗読された詩が耳に蘇りました。
最近江森さんとは「俳句をつくる演劇人の会」という句会でお目にかかる機会があり、演劇と俳句を通じたよいお交わりをいただいております。
これからもこのブログにご登場いただく機会があるかもしれませんので、ぜひまたお運びくださいませ。
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