因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団印象 新作リーディング公演『3℃の飯より君が好き』&ミニライブ

2019-03-31 | 舞台

鈴木アツト作・演出 公式サイトはこちら 西調布・浮ク基地 31日終了1,2,3,45,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24
 
鈴木アツトはポーランドのドルマーナ劇場に演出家として招聘されており、5月から6月にかけて現地に滞在して子どもに向けた芝居の創作にあたる予定だ。今回は渡欧を前に、新作のリーディングとライブ公演が行われた。場所は西調布一番街商店街の理髪店の2階にあるアトリエ浮ク基地。お花見日和の麗らかな日差しが当たる部屋でのお披露目となった。本作執筆にあたり、福岡県宗像市で「宗像」を題材とした演劇を作る依頼(宗像SCAN2018)を受けて、鈴木アツトが昨年12月地元に一週間滞在し、取材と短編の創作を行った経緯を持つ。

 高齢化が進んだ海辺の町。結婚して3年めの夫婦の二人芝居である。38歳の夫は売れない詩を書きながら夜間警備のバイトをし、34歳の妻は固定収入のある仕事に就いているらしい。夜勤に出かける前の夫と、仕事を終えて帰宅した妻が冷凍してあったカレーを温めて夕食をとろうとしたそのとき、妻のからだに異変が起こる。それは続いて夫にも。

 この設定をどう捉えるかで、本作の受け止め方は変わってくるであろう。鈴木アツトの創作テーマのひとつである「子どもを持つこと(妊娠、出産)」を取り上げてた舞台『父産』(1,2)、『ベイビー・ファクトリー』Part1Part2の観劇記録をリンクしておきます。ご参考までに。

 夫婦は子どもを持たないと決めていた。妻のほうによりはっきりとその意志があるが、子孫繁栄を祈願する地元の祭りに参加しようとしている夫の気持ちは揺らぐ。当日リーフレットの挨拶文によれば、ある劇作家仲間から「この戯曲は子どもが欲しいのにできない人たちを傷つける可能性がある」と指摘されたそうだ。鈴木は予想外の指摘に戸惑い、「傷ついている人をさらに傷つけるような作品にはしたくない。かと言って、書きたいと思うものを曲げたくない」と記す。

 唐突だが、4月から始まったNHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』で、父親の戦友に引き取られて北海道の酪農農家に来たヒロインが、牛の出産に立ち会う場面を思い浮かべた。出産後の牛がすぐに搾乳されることに驚くと、一緒に働く大人から「子どもを産まないと乳は出ない」「人間だってそうだ」と聞く。ヒロインは改めて牛たちを見つめ、「みんなお母さんなんだ…」と感嘆の面持ちでつぶやく。自分はここで、「子どもが欲しいのに叶わない女性、また母乳で育児ができない女性が差別され、傷つくのではないか」という感情が湧いた。ドラマの作り手は生命の不思議と、それに触れたヒロインの素朴な驚きを伝えたかったのであり、事情を抱えた女性を傷つける意図はないと思う。しかしもしかすると傷つく人はあるかもしれない。

 創造活動において、意図しないところで誰かを傷つけてしまう可能性はある。現実に差別は存在し、その様相を描くことで差別の実態、差別される側、差別する側の双方の心象を描くことは必要であろう(特に後者)。そこに作り手自身に対象を差別し、傷つけようとする意図があるか、さまざまに想像してぎりぎりまで悩み、配慮した上での表現であるかどうか。それを「差別だ!」と言う前に、いや思ったとしても、まずはじっくりと考えたい。

 再び鈴木の挨拶文に戻ると、宗像市で創作した際、「ざらざらした何かが私の中に残った。滞在時には掴めなかったそのざらざらと形にしてみたいと思って書いたのが、この戯曲である」とのこと。自分は鈴木の「ざらざらした何か」を、もっと知りたい。鈴木作品の特徴、持ち味であり、自分もずっと好ましく受け止めているSF風の設定や展開を敢えて使わない手法も可能ではないか。東京に留まらず、地方そして海外まで活動の幅を広げる鈴木アツトと劇団印象の舞台に、今後も注目したい。

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