因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

動物自殺倶楽部第2回公演 『凪の果て』

2022-12-15 | 舞台
*高木登(演劇ユニット鵺的)作 小崎愛美里(フロアトポロジー/演劇ユニット鵺的)演出 公式サイトはこちら 雑遊 18日まで
 高木登作品の過去記事→22が動物自殺倶楽部の旗揚げ公演記事(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21α,22,23
 
 ステージには椅子が3脚、客席に対して斜めの向きに置かれている。ある弁護士事務所の一室。妻の市原茜(三浦葵/劇団いいのか・・・?)は離婚に応じない。彼女が雇った弁護士の笹井(函波窓/ヒノカサの虜)は切れ者のの印象だ。対する夫の市原丈留(たける・橋本恵一郎)には愛人がおり、彼女と再婚するためにひたすら離婚を願っている。彼の側の弁護士稗田晶子(赤猫座ちこ/牡丹茶房・動物自殺倶楽部)はまだ若いが、誠実な姿勢が感じられる。

 弁護士二人を前に夫へ暴言を吐き、暴力まで奮う妻は尋常とは言えず、まずは夫に同情するが、ひっきりなしに愛人の留守電にメッセージを入れ、めそめそと泣き続ける彼も十分に病的である。夫婦のあいだに愛情などはとっくに無くなっているのに離婚が成立しないのは、「離婚しないことで、より夫を苦しめたい」という妻の歪んだ願望のためだ。そりが合わず、一緒に暮らす意味がない夫婦であるのに、憎悪ゆえに「別れてやるものか」と頑なになり、相手も負けた気がするから別れてくれと言えない。このどうしようもない様相が容赦なく晒される。弁護士たちにもやっかいな過去があり、その関係性は想像の範囲であるものの、笹井には弁護士としての実力や経験値以前に人間としてどうかと思われるところがあって、まことに嫌な男である。

 現在の場面からいったん過去の場面に戻り、さきほど観た現在の場面を別の視点から照射する構造じたいは珍しいものではない。しかし愛人の野木陽加里(ハマカワフミエ)と妻が顔を合わせ、双方の言い分を聞いた稗田が提案した新たな戦術は想像を超える。依頼人の気持ちに寄り添い、協議を有利に進める弁護士の義務と責任ではなく、稗田の私怨を晴らすための代理戦争どころか、自分がリーダーとなって戦いの指揮を取らんとするものだ。この意図をもってのさきほどの第一場であったことを考え、観客は頭と心を激しく揺すぶられることになる。

 毒を吐き続ける妻もさることながら、夫の情けない振る舞いにも同情しづらい。その夫がほとんどストーカーのごとくしがみつく愛人も深刻な事情を抱えており、人間の最小単位である夫婦、家族というものが斯くも複雑で互いに傷つけ合い、がんじがらめの壮絶な争いを続けることに気が遠くなる。

 妻と愛人の不幸は、単純に言うと「男運が悪い」ことなのだが、「世の中には暴力も振るわないし、みじめに泣いたりしない男もたっくさんいるんですよ」と諭す妻に、「そういう人には選ばれないんですよ」と応える愛人の言葉には絶望的な響きがある。弁護士の稗田も恋愛や結婚については痛い思いをし続けているようだ。出会ったことを喜ぶどころか、呪わしく思い、それでもその関係を切れない無間地獄に陥った女性3人が、男たちに対してどのような復讐劇を仕掛けるのか。

 本作の終幕に対して、「もういい加減ここまでにしておいてくれ」と、「それでも結末を見せてほしい」というふたつの気持ちが混在する。第二場を観た上で、ある意味で「答え合わせ」をしながら第一場をもう一度、そして決定的な第三場があれば、と思う。しかし劇作家がここで筆を置いた意図を考えてみる。「観客に委ねる」などという生易しいものではない。といって決して攻撃的、挑戦的ではないのは不思議であり、救いにもなっている。

 3つの椅子は同じ向きで置かれており、登場人物は互いに向き合わず、前を向いて会話をする。後半で椅子は正面を向くが、やはり彼ら彼女らは向き合わない。全員が客席を向いたままで会話をする『荒野1/7』(2012年夏 当blogwonderland)のステージングを思い起こすが、照明や音響の効果も相まって、舞台の空気は研ぎ澄まされ、息詰まるような緊張感を産む。

 この物語はどこに着地するのか。稗田の作戦に対し、あの笹井がそう簡単に屈するとは思えず、自分の弱さが最大の武器になることを取得している夫がこちらが想像もしない捨て身を見せたり、最も弱い被害者と見える愛人の野木こそが最後に勝利者になる可能性もあるのではないか。タイトルの「凪の果て」は、彼らそれぞれがたどり着くどこか、向き合い、支え合って生きることができずに、たった一人で佇むすがたを指すのかもしれない。
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