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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座12月アトリエの会 『文、分、異聞』

2022-12-06 | 舞台
*原田ゆう作 所奏演出 公式サイトはこちら 信濃町/文学座アトリエ 15日まで
 
 タイトルは「ぶんぶんいぶん」と読む。休憩無し、1時間55分。

 年初に福田恆存はじめ29名の脱退者を出した1963年(昭和38年)の11月20日、東京・信濃町の文学座では、当時文学座文芸演出部に籍を置いていた三島由紀夫が書き下ろした『喜びの琴』の翌64年の正月公演の是非を巡って議論が紛糾、さらなる分裂の危機を迎えようとしていた。幹部俳優や総務部、研究生ながら主役に抜擢された若者などが喧々諤々の議論を展開する。
 
 イヌイさん、スギムラさん、ナガオカさんなどと呼び合うやりとりは、「史実を基にしたフィクション」ではなく、まさに実在の人物が実名で登場する「ドキュメンタリー演劇か」と身構えたが、いくら60年前とは言え髪型や服装など、あの杉村春子先生とは似ても似つかず、これは研究生たちの物語ではなかったかと困惑していたら、「はい、ここまで」とカットがかかった。

 彼らは当時の研究生たちで、銘々が先輩座員に扮して会議の様子を芝居にしたのだった。文学座の現在の若手俳優が実在した研究生を演じるという多重構造である。「研究生という名の宙ぶらりんの若者たち」(公演チラシより)の物語で合っていたのだと安堵する。ほとんどが互いをファーストネームで呼び合うため、「これはあの人だ」とすぐにわかる人とそうでない人がいる。シンは岸田森、マユミは小川真由美など、映画やテレビドラマなどでその名を知る俳優がかつて文学座の研究生であったことを改めて知る観劇となった。中には「トオルくん」の名を聞くと、先日急逝した渡辺徹のことが即座に思い浮かんでしまい、「60年後には文学座の代表になったりして」などと揶揄する台詞を聞いて、そうだ、あの人だと思考修正する場もあった。

 既に映画など外部出演が多い者、劇団創設者の縁者、有望株など研究生のありようもさまざまだ。正式な劇団員になれるか、なったとしても生活していけるのか。不安や互いへのライバル意識、嫉妬や羨望を抱えながら、それでも相手を称え、応援もする。11人の男女が不安定で複雑な胸の内をぶつけ合う様相は壮絶だ。本公演である『喜びの琴』は翌年だが、それとは別にカフカの『城』のアトリエ公演の稽古真っ最中であることも、彼らの思いをいっそう複雑にしている。

 80年を超える日本屈指の老舗劇団である文学座にとって、2度の分裂と『喜びの琴』事件はさまざまに禍根を残す、いわば「黒歴史」かもしれないが、それを大胆にも舞台に乗せる企画を立て、原田ゆうという劇作家に委ねたことに、文学座の懐の広さや強かな心意気を見る。そして原田は研究生を主軸にした劇中劇的な構造で描き、なぜ自分たちは演劇を作るのか、俳優の役割とは?と、正解がない質問を発し続け、悩んでもがき続ける現在の俳優たちの物語へと昇華させた。

 実在の人物の中に異分子を紛れ込ませるのは作劇の有効な手法のひとつであろう。その存在が充分に活かされたか、当時の流行歌を盛り込むことの効果、作り手の意図が反映されたかは、まだ自分のなかで十分に咀嚼できていない。

 観客としての自分の失敗は、若手俳優が扮する実在の俳優を結びつけることで本作を理解しようとした点だ。例えば「チホ」と呼ばれる女優が「悠木千帆」つまり「樹木希林」であることはすぐにわかったものの、自分が知る彼女のイメージを、目の前にいる若手女優と何とかして近づけよう、いわば「答え合わせ」をしてしまったのである。それをしなければ、紛れ込ませた異分子の捉え方、舞台ぜんたいの味わい方も違ったのではないか。

 『喜びの琴』に揺れる研究生たちは互いの行く末はもちろん、東日本大震災やコロナ禍を知らない。しかし不測の事態において「不要不急」と位置付けられる演劇が、「絶対常時必要」な人々であり、自分も演劇の無い人生は想像がつかないことを思わされる。

 演出の所奏が文学座通信に寄稿した「もし文学座が『喜びの琴』を上演していたら」には、事件の功罪について文学座だけでなく、日本の演劇史が塗り替えられた可能性が綴られている。所は「気が遠くなる」と記しているが、自分は背筋が寒くなり、やがて胸が熱くなった。あの事件の連なる先に目の前の『文、分、異聞』があり、現代の若手俳優たちが居て、客席に自分が居る。何と幸せなことか。それでいて、もしあの時代に自分が居たとしたら、政治や思想はもちろん、劇団の事情も考えず、観客として『喜びの琴』の上演を望んでいるだろう。実は今でも観てみたいのである。何と業の深いことか…。
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