因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

鵺的第14回公演『夜会行』

2021-07-02 | 舞台
*高木登作 寺十吾演出 公式サイトはこちら サンモールスタジオ 7日まで
 舞台にはマンションのリビングと思われる一室が作られている。中央に小さなテーブル、周囲にソファやスツール、クッションが置かれ、上手奥にはキッチンカウンター、大型の冷蔵庫も見える。家具調度、調味料やアルコール類の瓶などもまことにセンス良く配置され、生活実感はあまり感じられないが無機質でもない。部屋全体が何かを待ちながら、ひそやかに呼吸しているような不思議な雰囲気を持つ(舞台美術/袴田長武+鴉屋)。

 冒頭、近藤笑里(福永マリカ)と新田みどり(笠島智)が短く言葉を交わす。今夜この部屋で笑里の誕生パーティをする。訪れる友人たちのために飲み物や料理の準備をしているが、笑里はあまり喜んでいないようだ。そして「3年も一緒に暮らしてる相手に言うことじゃないでしょう」というみどりの台詞から、二人が恋人同士であることがさらりと示される。劇作家が昨年から温めてきたという『真夜中のパーティ』(Wikipedia)女性版がいよいよ始まると、思わず身構えた。

 身構えてしまうのは、これまでの鵺的観劇から身についた条件反射のようなものであろうか。特に血に呪われた一族の壮絶な愛憎劇『悪魔を汚せ』(初演再演)の印象は強烈で、劇薬のような人物を演じた福永マリカはその象徴である。その彼女が今回も一筋縄ではいかない厄介な性質らしき台詞を発すると、これはまたどんな修羅場が起こるのか、と予想したのである。

 パーティの主役である笑里は絵を描くのが好きだが今はバイトもしておらず、料理人のみどりに養われている身だ。最初の客である秋元遼子は都銀勤務。筋金入りの風情。勢いよく飛び込んできた廣川愛(ハマカワフミエ)は新しい恋人永井理子(青山祥子)にぞっこんの様子だ。皆も興味津々だが、恋人たちは交際を始めて早々、ある重苦しい事情を抱えていた。

 詳細を書けず残念でならないが、今夜の舞台に出会えたことは、これまでの自分の鵺的体験のなかで飛び切りの幸福であった。確かに修羅場はある。だがこれまでのように過度に猟奇的、衝撃的ではなく、静かで繊細で、温かなものであった。

 彼女たちは、そのセクシュアリティゆえに、これまでたくさん傷つき、苦しんできたのだろう。またお互いの性格や過去の恋愛体験をよく知っているだけに、ずけずけと相手の心のなかに踏み込んでくるような物言いをしたり、わざと自虐的なことを言ってみたり、逆に自分だけで抱え込んでしまうこともある。5人の女優は、自分の役の核を的確に捉え、軽い相槌ひとつ、ほんの少しのからだの向きもおろそかにしない。それでいて大仰な演技ではなく、自然である。

 堅固に構築された戯曲を的確に読み解いた演出、果敢に取り組み、献身的に応える女優、前述の舞台装置はじめ音響、照明など、作品に注がれた愛情が伝わる。たった数時間のあいだに、彼女たちは互いに傷つけあいながら同時に労りあい、廣川&理子のカップルは大いなる一歩を踏み出すことができた。二人に対して批判的だった遼子は、少し頭や心が柔らかくなったのではないか。笑里とみどりは、これからもっと互いのことが好きになるだろう。

 週末の仕事疲れや梅雨寒の鬱陶しさも消えて、女性たちのやりとりに聞き入る75分であった。身構えていたからだは、いつのまにか前のめりになり、しかし「彼女たちをそっとしておこう」と少しだけ背を引いて劇場をあとにした。
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