因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

鵺的第9回公演『丘の上、ただひとつの家』

2015-02-12 | 舞台

*高木登作・演出 公式サイトはこちら 新宿三丁目/スペース雑遊 16日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10
 作者が自分自身の人生を作品に対してどれくらい、どのように反映するかはさまざまである。生育歴はじめ過去の経験の影響を濃厚に感じさせるものもあれば、まったく逆もある。自分が体験したことでなければわからないし、表現できないというのはある意味で正しいが、ならば男性が女性の妊娠や出産を描くことは不可能なのか、経験がなければ殺人の描写はできないのかということになる。過去の体験が幸せであるにせよ、そうでないにせよ、人間の心の奥底を知り、現実ではない虚構がこの世にある意味、創作の意義があることを身を以て示すことが、創作者の役割であると考える。

 作・演出の高木登の生い立ちは、非常に特殊である。今回の公演のチラシには、じつにさらりと記してあるが、母上のことや、兄弟たちとの関係は読む者をたじろがせる。これほどに複雑な家族関係は、自分もそうではないし、周辺でも見聞きしたことはない。こうした特殊な家庭環境が子どもの心にどのような影響を及ぼすか、高木自身が幼いころから今日に至るまでどのような心境であったかは想像もできない。そしてじつに不謹慎な言い方になるが、これはもう小説や芝居などにしない手はない、宝の山ではないかとも思うのである。

 今回の舞台に対して、「作りすぎだ。いくら何でもここまでの話は現実にない」と、それこそ現実的な批判をするのは野暮であろう。実例があるかどうかは問題ではない。重要なのは、過去のできごとの現在における修復がほぼ不可能なことがあること、生まれながらにして人間の業を背負わざるを得ない人生があること、それでも生きていくしかないこと、生まれてきてよかった、この世が生きるに値すると実感するにはどうすればよいかは、経験のちがいはあっても、生きる人すべての課題であることなどであろう。
 当日リーフレット掲載の挨拶文には「自分の血筋からインスパイアされたもの」ではあるが、「内容は完全にノンフィクション」とことわってある。その安心感(これが正直な気持ちだ)も決して小さなものではない。

 登場人物のなかに、ずばり「これが高木さんだ」とわかる人はいない。人々が交わすやりとりは極めて濃厚であり、ぎりぎりと追いつめるような展開ではあっても、作者の視点はそのただなかにどっぷりではなく適切な距離があり、いわゆる「これでもか」的ではない、抑制された空気がある。舞台からは透徹したかのような作者のまなざしが感じられ、それが観客をある面で解放し、ある面では凶暴なまでのエネルギーで舞台に引き寄せるのであろう。

 『荒野1/7』はまったく緩みのない舞台であったが、近年は重苦しいなかに多少とでも笑えるところや、人物などが設定されるようになった。それは作者がエンタメ性を意識したからではなく、人々が真剣であればあるほど、第三者からみればユーモラスにみえたり、「笑うしかないよなあ」といった状況もあること、それを「笑いをとる」などという小手先のテクニックに走ることなく、淡々と描いている作者の手腕のあらわれであろう。
 また鵺的の舞台、高木登の作品に魅せられた俳優は、こちらが想像するよりはるかに強く深く、人物の心象に入り込み、状況や台詞を血肉化するのではないか。上演台本の台詞をそのまま発しているのに、ト書きにも、もしかすると演出にもない、まさに生身の人間のありようをみせる。それがときに笑いを生んだり、設定としてはあまりに特殊であるが、そういう状況において人がこんなことを言う、こんな表情をすると、腑に落ちる演技をみせるのである。
 それは『この世の楽園』のとみやまあゆみであり、本作では長女愛の高橋恭子の天然な善良、一瞬の緩みもない弁護士の生見司織をはじめとする出演者全員である。ヒール役の井上幸太郎と母親役の安元遊香は、人物関係のバランス上いたしかたなかった面もあるが、やや造形が強い。もう少し抑制され、あからさまでないつくりかたがあり、それができる俳優であると思う。

 公演チラシの写真では、赤いドレスで寝台に横たわる母の周辺を、喪服を着た子どもたちが囲む。この構図が意味するものは、物語の終幕にわかる。母を葬る日はいつか必ずやってくる。それまでの日々と、それからの日々を子どもたちは生きていく。生きるしかない。それはどうしようもなく悲しいものであるが、それだけではないはず。
 特殊な設定の物語をみるとき、自分はまったく見聞きしたことのないものとしてみるか、そこから何かを感じ取れるかが重要だ。
 『丘の上、ただひとつの家』は、まぎれもなく後者である。

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