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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

覚醒時の起立介助

2006-04-12 | 麻酔学

P4050027  馬の麻酔のもっとも危険な局面は覚醒して起立するときだとされている。乱暴な立ち方をしようとして失敗し、自分の体重で肢を骨折してしまう。

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これらの写真は、馬の麻酔学の本や、急性腹症の本の中の、麻酔覚醒を介助する方法の記述だ。

頭と尻尾をロープで引っ張って起立を介助する。

起立介助は、麻酔に伴う事故を劇的に減らす。と書いてある本もある。

 文献によれば、馬の麻酔事故率は0.9%などと報告されている。その文献では24%が起立時の事故で、9%は筋損傷であったとされている。

Photo_44 Dscn6257 左は以前の覚醒室でのロープのかけ方。基本的には今と変わっていない。

右は今の覚醒室で介助して起立した様子。

この方法だと人が覚醒室の外から馬の頭と尻尾を引っ張ることができる。

人にも馬にも安全な方法だと思っている。

尻尾のロープは、動滑車の原理でホイストにかけられており、引っ張る力が倍になる。

大人二人がぶら下がれば100kgくらいにはなるから、その倍だと200kg程で引き上げることになる。それ以上の力で尻尾を引っ張れば、尻尾が切れるか、仙椎が折れかねない。

昨年AAEPでも起立介助のロープのかけ方の発表があった。馬の病院にとっては非常に大事な獣医学的技術なのだ。滑車を使う方法だったが、その分、長くロープを引かねばならず、人が覚醒室の中に入っているため安全ではなく、私達の方法のほうが優れている気がした。

 今は、まったく立てないか、立つのが非常に危ない馬のために、馬を完全に吊り下げられる吊起帯も用意してあるが、それはまた今度紹介しよう。

 馬、とくにサラブレッドは馬房の中で自分で骨折してしまっていることがある動物だ。放牧地での骨折も実に多い。そんな動物を麻酔から100%安全に起立させる方法はない。

しかし、工夫して数百頭に1頭の事故でも減らしたいと思っている。

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 使っているのは、ケービング(洞窟探検)用のロープ。登山用のザイルは、衝撃を吸収するように伸びるようにできている。それでは段々伸びてしまうので、伸びないケービング用防水ロープを使っている。

カラビナはロッククライミング用。アルミ製で軽いが、2000kg以上の重さに耐える。

結び目は8の字結び。登山や軍隊で使われる結び方だ。

馬の臨床に役立つと思って学生時代ロッククライミングをやっていたわけではないんだけど・・・・・・・・


新しい馬保定具Stableizer

2006-03-20 | 麻酔学

  今日は風が強い。おまけに忙しかった。午前の手術が長引き、昼食抜きで血液検査をしなければならず、第四胃右方変位の牛は予後不良でトラクターで運び出さなければならず、副鼻腔炎の馬は真菌性の珍しい症例で・・・・・結局、昼を食べたのは4時だった。

 いっそ食べなきゃよさそうなもんだが、診療が一段落したら休憩したいし、空腹のままカルテ書きしたくもないし。

 忙しいのは良いが、食事と睡眠だけはちゃんと取りたい。ま、それができなくなるのが私たちの春だが。

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P3140006  左は新しい馬の保定具 Stableizer。馬の項(うなじ)も、歯肉も鎮静効果のあるツボだそうで、刺激すると脳内で鎮痛鎮静効果があるエンドルフィンが分泌される。そうだ。

伝統的には鼻ねじが多用されてきたが、鼻ねじの効果は15分以上は続かないことが科学的な研究で明らかにされている。とStableizerのメーカーは言っている。

このStableizerは着けたままロンギをかけたり、削蹄したりすることができる。そうだ。

昨年AAEPへ行った時、展示ブースで勧められて買ってきた。半信半疑だったが何度か使ってみた感触はよさそうだ。

今日の副鼻腔炎の円鋸術でも使った。

horse, stableizer で検索したHP、例えばhttp://bmbtackshop.com/ct_detail.html?PGGUID=2e87c082-7b6a-11d5-a192-00b0d0204ae5 で買えると思う。

                       


帝王切開の麻酔

2006-03-12 | 麻酔学

 ケタミンの麻薬指定はたいへん困ったことになりそうだ。麻薬施用者の認定を受ければ使うことができるが、管理と使用にはかなりの手間が必要になる。薬の流通も宅急便でというわけには行かず、専用車を走らせることになるそうだ。そのため、今動物用ケタミンを扱っている業者は扱わなくなる。動物用ケタミンも製造中止になるようだ。製造、流通に今の何倍もコストがかかるようになるので製薬会社はやりたくないのだろう。使いたい獣医師は、人用ケタミンを、麻薬施用者の認定を受けた上で使うことになる。しかし、人用ケタミンも今の値段では手に入らなくなるだろう。

 しかし、馬の麻酔においてケタミンの代わりになる薬は今のところない。プロポフォールは上手に使えばいけるかもしれないが、遊泳運動が起き易いことや、値段も問題だ。

 GGEにバルビツールを混ぜて倒馬と維持に使う方法もあるが、輸液管をつないだ状態で倒馬しなければいけない。維持のために投与量が増えると覚醒が悪くなる。などの問題がある。そのため、倒馬にはケタミンを使い、維持にはGGE、キシラジン、ケタミンを点滴するトリプルドリップが多用されてきた。

 子馬が生きているときにP3120035帝王切開するときにも、キシラジンとケタミンは比較的胎児に安全だとされてきた。吸入麻酔に移行するときもできるだけキシラジンとケタミンで麻酔されている状態のときに胎児を出してしまうことが望ましいと考えられている。

 人医療の麻酔学の本だがユーモア麻酔学(J.D.Tolmie&A.A.Birch著、諏訪邦夫、長瀬真幸共訳、総合医学社)http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/491576401X/qid=1142134957/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/249-0130238-0869155

は楽しい本だ。右上のようなユニークな写真にあふれている。ちなみに右上は表紙にも使われている「小児麻酔科医」の写真。しかし、簡潔で使える情報にあふれている。

この本の帝王切開の項目を見ると、

「局所麻酔で帝王切開をするのは良い麻酔ではない。局所麻酔薬の使用量が極端に多くなりがちである。痛みが防げないで、鎮痛薬や鎮静薬を併用することになって、結局児に影響が及ぶ。」とある。

「帝王切開を全身麻酔で施行するとしたら、産婦は眠って児は覚醒、という状態に維持しなくてはならない。」

「麻酔薬はすべて胎盤を通過する。したがって、大量に使用してはならない。帝王切開の麻酔はできるだけ浅い麻酔で行う。」などと記述されている。

 サイオペンタルかケタミンの静注で導入し、笑気、ハロセン・エンフルレン・イソフルレンなどを投与して、児娩出まで維持するとされている。

 「サクシニルコリンは、血中で加水分解されるので、児に達する量が相対的に少ない。したがって、母体のほうに問題がなければ、サクシニルコリンを使用するのが望ましい。非脱分極性の筋弛緩薬は、分子構造が大きく、胎盤通過性が低い。手術が長引いた場合は使用してよい。」とある。しかし、このへんは動物種による差もあるだろうから、馬については馬で検討する必要があるだろう。

 「分娩室は喜びの場とも悲嘆の修羅場ともなりうる。産科麻酔が母体と新生児に寄与するところは大きい。」 これは獣医領域でも同じだ。ケタミンが使いにくくなったり、使えなくなるなら、代わる方法を考えておかなければならないだろう。