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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

かつて馬産地で獣医師は

2006-03-29 | 想い出

宮本輝氏の小説「優駿」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101307067/qid=1143580958/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/503-7718662-4681556

には、最初の方に生産地の臨床獣医師が登場するが、なんとこれが酔っ払いの先生である。小説は素晴らしく、私は自分のいる世界を理解して欲しいと思った人には何度か勧めたり、贈呈してきた。

 まあ、かつては本当に朝から一杯ひっかけながら往診していた先生(達?)がいた(ようだ?)。

休みもなく、早朝から深夜まで往診に飛び回り、仕事と休憩の区別もなく、あいた時間には牧場へ上がりこんで一杯飲ませてもらいながら、話し込む。

 腹痛の馬を診るときなどは、良くなるまで牧場で夜明かしすることもあった。聴診器以外には診断器具もなく、著効のある薬もなく、手術で治す手段もなく、そうするしかなかったのだろう。

その時代ではそばにいることが、見捨てない意思表示だったのかもしれない。

 今はもう牧場がそんなことは望んでいないだろう。何もかも一人の獣医師に託して、その先生で駄目ならあきらめる。というふうでもなくなってきたように思う。

もどれるわけはないし、昔が良かったと思っているわけではない。ただ、そう遠くの昔話ではない。たかだか20-30年前の話だ。


子馬の白筋症

2006-03-21 | 想い出

 大学院生になったとき、大動物それも馬の獣医師になりたいと思っていたので、修士論文は馬のことをやらせて欲しいと教授にお願いした。しかし、馬のテーマがなかったので、助教授の指導で牛の第四胃変位に取り組んでいた。が、これはなかなか順調には進まなかった。

 年が明けてからだったと思うが、子馬の白筋症の調査をすることになった。当時、子馬の白筋症は生産地の大問題だった。ヴィタミンEとセレニウムの欠乏が原因だと考えられ、暗黙の了解で予防のためにヴィタミンEとセレンの投与が行われていた。しかし、病気の原因がヴィタミンEとセレニウムの欠乏であることを科学的に証明しないと、海外にあったヴィタミンE・セレニウム製剤輸入の認可が降りないということだった。

 Wmd_1 「予防すれば発症しませんでした」では通用せず、発症した子馬の血液や臓器でヴィタミンEとセレニウムの欠乏を証明しなければならないというのが教授の考えだった。

そのためには白筋症の子馬がでたらその血液、死んだら子馬、そして餌を集めてまわらなければならない。そのため、前の年の夏、当地に臨床実習に行ったことがある私が修士論文のテーマを変更して、担当することになった。

白筋症の子馬は一見肉付きよく見える。立派な子馬だと喜んでいると、立てなくなり死んでしまう。生き残っても筋肉に硬結ができて売り物にならない。解剖してみると、筋肉は色あせ、肉付きよく見えたのは皮下の膠様浸潤のためだったとわかる。

Wmd_2 病理組織では、筋繊維が変性している。

同じような大きさの丸い断面の筋細胞が密に並んでいなければいけないのに、大きさもまばらで、形も不整形のものが多く、すきまができ、中には空胞ができているものもある。

筋細胞の間には細胞浸潤も起きている。

1ヶ月半ほど滞在し、20例以上の白筋症発生牧場を採材できた。多くの牧場や臨床獣医師の先生方に協力していただいた。

それから数ヶ月かけて血清や臓器のヴィタミンEとセレニウムを測定した。研究室の仲間や後輩達が大いに協力してくれた。

結果は翌春の日本獣医学会で発表し、論文は日本獣医学雑誌に掲載された。ヴィタミンE・セレニウム製剤は正式に認可された。子馬の白筋症が栄養欠乏による筋変性症であることが教科書にも記載されるようになった。

論文の別刷り請求は、それから何年か続いた。世界中から50通以上、「論文を送ってくれ」と言って来た。いまだにあんなにたくさん別刷り請求が来たことはない。発症馬とその母馬そのものでヴィタミンEとセレニウム欠乏を証明した成績はなかったのだろうと思う。

あのころ、生産地では毎年何十頭も子馬が白筋症で死んでいただろうと思う。今はほとんど発生しなくなった。北海道で馬を生産する上でヴィタミンEとセレニウムの補給が不可欠であることが認識された成果だ。

私は、当時教授であった一条先生が一つの病気を解決するのを間近で見せていただいたことになる。研究の成果で、経済的にも問題の大きい病気がなくなる。なんと素晴らしいことか。

私と馬生産地との関わりの初めの一歩だった。


はじめに

2006-02-26 | 想い出

Photo_2 獣医師になってもう20年が過ぎた。

3-40年臨床獣医師として働けるとして、もう折り返しをすぎてしまった。

早かったような気もするし、長かったような気もする。

まだまだ修行の日々は続く。

大動物臨床獣医師はメジャーな職業ではないし、まして馬にかかわる人は少ないけれど、何かの縁のきっかけになればと思います。

コメント歓迎します。