大学院生になったとき、大動物それも馬の獣医師になりたいと思っていたので、修士論文は馬のことをやらせて欲しいと教授にお願いした。しかし、馬のテーマがなかったので、助教授の指導で牛の第四胃変位に取り組んでいた。が、これはなかなか順調には進まなかった。
年が明けてからだったと思うが、子馬の白筋症の調査をすることになった。当時、子馬の白筋症は生産地の大問題だった。ヴィタミンEとセレニウムの欠乏が原因だと考えられ、暗黙の了解で予防のためにヴィタミンEとセレンの投与が行われていた。しかし、病気の原因がヴィタミンEとセレニウムの欠乏であることを科学的に証明しないと、海外にあったヴィタミンE・セレニウム製剤輸入の認可が降りないということだった。
「予防すれば発症しませんでした」では通用せず、発症した子馬の血液や臓器でヴィタミンEとセレニウムの欠乏を証明しなければならないというのが教授の考えだった。
そのためには白筋症の子馬がでたらその血液、死んだら子馬、そして餌を集めてまわらなければならない。そのため、前の年の夏、当地に臨床実習に行ったことがある私が修士論文のテーマを変更して、担当することになった。
白筋症の子馬は一見肉付きよく見える。立派な子馬だと喜んでいると、立てなくなり死んでしまう。生き残っても筋肉に硬結ができて売り物にならない。解剖してみると、筋肉は色あせ、肉付きよく見えたのは皮下の膠様浸潤のためだったとわかる。
病理組織では、筋繊維が変性している。
同じような大きさの丸い断面の筋細胞が密に並んでいなければいけないのに、大きさもまばらで、形も不整形のものが多く、すきまができ、中には空胞ができているものもある。
筋細胞の間には細胞浸潤も起きている。
1ヶ月半ほど滞在し、20例以上の白筋症発生牧場を採材できた。多くの牧場や臨床獣医師の先生方に協力していただいた。
それから数ヶ月かけて血清や臓器のヴィタミンEとセレニウムを測定した。研究室の仲間や後輩達が大いに協力してくれた。
結果は翌春の日本獣医学会で発表し、論文は日本獣医学雑誌に掲載された。ヴィタミンE・セレニウム製剤は正式に認可された。子馬の白筋症が栄養欠乏による筋変性症であることが教科書にも記載されるようになった。
論文の別刷り請求は、それから何年か続いた。世界中から50通以上、「論文を送ってくれ」と言って来た。いまだにあんなにたくさん別刷り請求が来たことはない。発症馬とその母馬そのものでヴィタミンEとセレニウム欠乏を証明した成績はなかったのだろうと思う。
あのころ、生産地では毎年何十頭も子馬が白筋症で死んでいただろうと思う。今はほとんど発生しなくなった。北海道で馬を生産する上でヴィタミンEとセレニウムの補給が不可欠であることが認識された成果だ。
私は、当時教授であった一条先生が一つの病気を解決するのを間近で見せていただいたことになる。研究の成果で、経済的にも問題の大きい病気がなくなる。なんと素晴らしいことか。
私と馬生産地との関わりの初めの一歩だった。